最近のTV番組を見ていると、インターネットの情報をそのまま活用しているような番組がある。さすがにNHKではまだ見つけていないが、民放のニュース番組には時折ネットからそのまま拝借したような内容で報じている場合がある。
退職してから当方は、毎朝一定時間インターネットサーフィンを行い、主なニュースや痴話話まで見ているので、TV番組の安直な内容にすぐに気がつくようになった。
ひどいのは、内容の誤りを確認せず、すなわちネット記事の裏をとらずニュースにして流し、後から視聴者に誤りを指摘されるケースも出てきた。TV局が視聴者の指摘を公開しなくてもネットにはその事実が報じられているからジャーナリズムの堕落がばれてしまう。
今や、民放の報道番組はバラエティー番組と変わらない状態になっている。報道番組ではキャスターがまじめな顔をして語っているところが異なるだけであり、内容の「テキトー」さではバラエティー番組と変わらない。
明らかな偏向報道もあるが、最近では内容が裏のとれていない迫力の欠けた語りとなっており、これは偏向と言うよりも滑稽である。先の都知事選に立候補していた大物老人キャスターについては女子大生との関係が週刊誌に取り上げられたが、およそ現代のジャーナリストと呼ばれる人たちは倫理感も欠如してきたようだ。
新旧メディアの力はもはや明白で、おそらくTV局は満足な娯楽番組も製作できなくて、かつての日本映画界のような末路をたどるのかもしれない。面白いのは最新の液晶TVはもはやパソコンで、放送局の受信以外にネットサーフィンできるブラウザまでついている。
当方の使用しているパソコン(自作)にはTV受信機がついているが、いっそのこと家庭用テレビにもワープロ機能などをつけて販売したらどうだろうか。
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20世紀末に起きたセラミックスフィーバーの最中にセラミックスの焼結理論に関する論争があった。
これが最終的にどうなったか知らないが、本屋で発売されている教科書を見たところ新しい理論の説明が無いので、結局多くの研究者は新しい理論の意味を理解できなかったのだろう。
新しい焼結理論の視点は、物質の変化を取り扱う当たり前のことだった。すなわち、自由エネルギーの視点から焼結理論を論じていたのだ。
熱力学的平衡で物質の変化の方向を論じたりする時にも自由エネルギーが使われたりするので当たり前の考え方に見えたのだが、旧来のセラミックス研究者から総すかんをくらったようだ。
岡目八目ではないが、古い理論は材料科学全体を見渡したときに、理論になっていない。いわゆる現象の説明である。ただ、それをセラミックス協会誌で唯一無二の理論のような説明をされていた先生がおられた。
学問の進歩のために重要な議論だったはずだが、結局新しい理論は当時著名なその先生により速度論としてかたづけられたようだ。中身は自由エネルギーの理論であったが。
古くからある科学の理論がすべて正しいとは限らないし、それを実務に適用しようとしたときに適切でないこともある。実務では必ずしも熱力学的平衡に到達している場面ばかりでは無いからだ。
一方非平衡状態を学問で論じることは難しい。どうしても現象の説明となってしまう。セラミックスという学問は未だにこのような状態のようだ。高分子物理は今研究者が必死で研究中なので、セラミックスより健全な学問に思われる。
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メーカーにおける経営者やマネージャーは、KKDも含め経験に土台を置く専門知識を理解し、重視しなければいけないと思っていたが、人事制度も含めそのようになっていない会社を経験し、退職後その考え方の是非について考えてきた。
結論は、業界でトップになれるような会社は、形式知だけでなく経験知や暗黙知を大切にしているということだ。
単に評価で有能なレベルの人を重用していっても経験知や暗黙知をうまく伝承できるとはかぎらない。逆にそれらを切り捨てることも行われたりする。
転職した時の最初の成果は酸化スズゾルを用いた帯電防止層で、この技術は写真会社が昭和35年に出願していた特公昭35-6616を元に再現した技術である。
驚くべきことに、この特許の存在を知っている人がいなかっただけでなく、この特許に記載された素材が新素材として市販されており、その素材評価をこの特許に記載された技術を知らないまま行い帯電防止性能が無い、という結論を出していた。
当方は、この昭和35年の特許に記載された技術をパーコレーションのシミュレーションプログラムを開発して見直した。そして、十分に帯電防止層としての機能があることや特許に記載されていなかった当時のノウハウを明らかにして実用化に成功した。
この昭和35年の特許が忘れられた経緯について少し調べた。また、他の同様の伝承されていない知が無いか調査しようとした。その矢先に転職した部署はリストラされた。技術の伝承がうまくいっていないと心配されている企業はご相談ください。
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8月16日版J-CASTニュースに以下の記事が載っていた。
「牛のマークでお馴染みのロングセラー商品「牛乳石鹸」の広告が、インターネット上で「不快だ」との批判を浴びている。
物議を醸している広告は、2017年6月に公開された「与えるもの」と題したWEBムービーだ。いったい、何が問題視されたのだろうか。」
これは、いわゆる炎上商法に関するニュースだが、過去の牛乳石鹸のポスターにも触れて、何が問題なのか、いろいろと考察している。
問題となっているCMは、いずれも「洗い流そう」を言うために用意した「洗い流したい事例」が批判の対象になっている。
この記事を読み、記事が提起している問題を考えた結果、牛乳石鹸が頭に刷り込まれ、昨日薬局で買う必要のない牛乳石鹸を買ってしまった。炎上商法に見事に引っかかったのだ。
単純に炎上商法に引っかかったのは理由がある。子供の頃、石鹸と言えば牛乳石鹸のことだった。これがいつの頃からか使わなくなった。日本製の石鹸であれば特に品質に問題が無いことを知ったからだが、炎上商法までしている商品への関心と懐かしさから思わず手にして、そのまま買ったのである。
コモディティー化した商品で事業を続けるのは難しいが、最近はネットの炎上商法という手法でCM代を安くあげることが可能になった。炎上商法で話題を喚起し、それが特に大きな問題とならなければ潜在顧客を掘り起こすことができる。やや、キワモノ的商法である。
ところで、記事で取り上げた内容を読んで、確信犯的にこのようなギリギリの話題でCMを考え出す思考方法は技術開発へ応用できる。買ってきた牛乳石鹸を眺めながら、巧妙なCM内容に感心した。
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20世紀末に登場したデジカメは、転換期である。すでにコンパクトデジカメの低価格品は携帯端末付属のカメラに追いやられた。一眼レフカメラは、ミラーレスの追い上げがものすごく、キャノンとニコンの二強にソニーが割ってはいてきた。
ソニーのミラーレスは、その性能ですでに一眼レフを超えたと言われている。東京オリンピックの時にカメラマンが使用しているのは、キャノンやニコンではなくソニーだともいわれ始めた。
しかし、これは旧来のパラダイムで捉えたときのトレンドであり、今静止画像の撮影は、圧倒的に携帯端末カメラを使用しているケースが多い。SNSへ画像を掲載するための撮影であるが、3人に1人がそのために何処かへ出かけているという。
一方消費行動の30%以上がSNSへ写真を投稿する目的、というデータも存在する。もはや、写真を撮影するという行為は従来のパラダイムで捉えられない時代である。
このような時代に、市場で販売されている一眼レフを改めて眺めてみると時代遅れの遺物に見えてくる。懐古趣味的デザインの商品も企画されたりしたが、今一眼レフに求められているのは携帯端末カメラをはるかにしのぐ商品性を持ったカメラである。ご興味のある方は問い合わせてほしい。
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先月末、近所の書店が店じまいとなった。インターネットの普及で書店は最盛期の2/3以下になり、半分となるのも時間の問題である。
昔、町の本屋にも「工業材料」のような専門雑誌が置いてあったが、そもそもこのような大衆専門雑誌が21世紀になるとどんどん廃刊になり、専門書の類は大型店舗の書店に行かなければ手に入らなくなった。
その専門書も、大型書店でも取り扱いが減ってきているという。大学の生協でも授業で使う教科書程度しか置いていないところもある。
この数年は、本屋に足を運ばず、いきなり国会図書館へ行く機会が増えた。何か勉強しようとした場合に昔は本屋でまず立ち読みをしたのだが、立ち読みで読む本が無くなったので、国会図書館へ行くようになったのだ。
子供たちに知識をどこで得ているのか聞くとインターネットで事足りるという。確かに簡単な知識であればインターネットですぐに手に入る。しかし知識の体系になるとインターネットでは無理である。
一冊の本は、知識の体系であった。それを比較することで知識を立体的に体系化できる。例えば、当方の学生時代に物理化学の教科書にはバーローとムーアがそれぞれ異なるスタイルの本を著していた。この二人の著書を読み比べることで物理化学の理解が進んだ。
著者により知識の表現は異なるのだ。知識は単なる情報ではなく活きた形で学ばなければ身につかない。だから著者が明確である本で学ぶ行為は今でも重要だと思っている。
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終戦の日ということで毎年この時期になると先の大戦に関する番組が多い。先日はNHKでプロ野球選手の兄弟を題材にしたドラマが放送されたり、終戦後も樺太の部隊に戦闘命令が出ていたドキュメントが放映されたりしているが、どれをみても戦争と平和、そしてわが身の人生を考えてしまう。
言うまでもなく、今の時代と戦時中では、人生の自由度は大きく異なる。戦時中の人生に比較すれば今の時代は社会問題がいろいろあっても自由度ははるかに大きい、と言える。
時代という軸で人生を眺めると、人生の自由度が大きいゆえに見失いがちであるが、今の時代は誰もが幸福になれるチャンスがある。今の時代だけで人生を眺めると幸福感の偏差は大きいかもしれないが、それでも、絶対値で眺めると空襲で明日をも知れぬ時代よりは、はるかに幸福である。
社会格差や貧困は今の時代のキーワードになっていても、戦時中の生活に比べれば、社会全体の幸福度は高いだろう。先の大戦は異常だから、という人もいるかもしれないが、それは平和が70年以上続いているのを当たり前に考えすぎである。
いつ何時この社会全体が地獄に陥るのか分からないのが国際社会の掟であることを忘れてはいけない。グローバル経済の流れが戦争回避に役立つ一方で、現代のこの社会の不幸を創り出す原因にもなっている。しかし、戦争で生まれる不幸に比べればはるかに小さい。
終戦記念特集番組を見ながら、戦争と平和という大きなテーマではなく、わが身の人生を考えた。ただし、それは井上陽水のヒット曲「傘が無い」的な考察ではなく、幸福なこの社会へ感謝し今自分は何をすべきか、という反省である。平和な時代の老人は、小さなことでも良いから社会貢献を考えるのが幸福感を味わう一つの方法だ。
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20世紀末日本で始まったセラミックスフィーバーは世界的なナノテクブームを引き起こした。このセラミックスフィーバーは、1960年代の圧電素子として注目されたペロブスカイトが引き起こしたフィーバーを第一期とするならば、1980年代のそれは二期目である。
1980年代のセラミックスフィーバーで無機材料の科学が大きく進み、ほぼその体系が完成した。1970年代には有機合成化学の体系がほぼ出来上がったので、20世紀に高分子材料以外の素材に関する体系はほぼ出来上がった、と思っている。
高分子材料については、20世紀から21世紀にかけて、結晶に関する研究が大きく進歩したが、ポリマーブレンドあるいはポリマーアロイに関する研究は、研究者により評価が異なる。材料を階層化してとらえようという提案がなされた段階、と当方は捉えている。
高分子の構造の階層化については、20世紀に一次構造と高次構造だけだったが、現在は構造サイズで階層化して考える方法が行われている。
金属材料やセラミックス、高分子さらにはシクラメンの香りの合成など素材に関して、当方はすべて1年以上の研究歴がある。学位論文は,高純度SiC新合成技術の反応速度論が半分を占めており、セラミックス分野の比率が多いが、ポリウレタンやホスファゼン導電体の合成なども含まれている。
材料についてすべての分野について研究して面白いと感じたのは、それぞれの分野で微妙に研究時の視点が異なるところである。例えば低分子の有機合成では分子の骨格に着目して研究が進められ、高分子材料の研究でも初期にはその流れから一次構造が注目された。しかし高分子について今は階層構造の視点で研究が進められている。
この階層構造の視点はセラミックスや金属が本家であり、この分野では20世紀に強相関物質という概念が生まれている。面白いのはこのコンセプトが21世紀初めに高分子に展開され強相関ソフトマテリアルという概念が生まれたことだ。
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感動的だった。多田選手のスタートから序盤の走りはほとんどトップだった。そして飯塚選手から桐生選手へバトンが渡り、アンカー藤光選手が走り出したときには、桐生は2位あたりにつけていた。
藤光選手にバトンが渡ったときに、ボルトが飛び出しあっという間に日本は3位あるいは4位か、とはらはらしていたら、突然ボルトの走りに乱れが生じ、ラストランになる彼は、ゴールにたどり着けず、その場に倒れた。
波乱の展開になったレースだったが、日本は世界陸上初の銅メダルに輝いた。ジャマイカの途中棄権で棚ぼたで、という見方はできない。日本は、ケンブリッジ飛鳥やサニブラウン選手を欠いての銅メダルである。十分にチーム力として3位以上の実力があった。
しかし、世界最速の男のラストランは劇的だった。米国、英国、日本と先頭を争う位置でバトンをもらいながら、ゴールに届かなかったのである。今回で引退を決めていた彼は100mでも金メダルを取れなかった。おそらく足の具合が良くなかった可能性が高い。
ジャマイカチームに対して日本チームコーチ陣の決断には感心した。予選で不調だったケンブリッジ飛鳥選手を躊躇なく藤光選手に変更し、堂々の38秒04という予選から0.17秒短縮しての銅メダルである。
この記録を見て、将来ケンブリッジ飛鳥選手やサニブラウン選手が加わったときを予想すると東京オリンピックで金も夢では無くなった。
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ハンバーグを作るにも餃子の具を準備するにも「混ぜる」プロセスは、その味を決定するので重要である。食品だけでなく、金属や樹脂、ゴムなど材料も「混ぜる」技術は大切である。
面白いのは、このプロセシングについて学問大系が少なくとも二つ存在する。このように書くと、大学の先生に馬鹿にされるかもしれないが、実務で「混合プロセス」を32年間扱って、そのように感じた。
「分配混合」と「分散混合」という概念の理解は、混練や混合における基本である。セラミックス粉末の混合でもこの概念が用いられているので、材料科学における混合プロセスは、その概念が一つのように思われる。
一方、日常の洗濯の世界も「混ぜる」プロセスの一つである。ここでは界面活性剤が重要な役割をしている。すなわちエマルジョンの分散プロセスという概念が存在する。
エマルジョンの混合では、均一に分散できることはその前提にあり、むしろ分散後の安定性に力点が置かれる概念が存在している。
すなわち、同じ「混ぜる」というプロセスであるが、それを考察するときに、「過程」を重視する考え方と、混合された「結果」を重視する考え方がある。
しかし、教科書にはこのような視点で書かれていない。当たり前のようにそのプロセシングの説明が成されている。実務には、時として両者の折衷概念で捉えなければいけない問題もあるのだ。
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