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2013.09/05 科学と技術(44:アイデアを出すコツ2)

E.S.ファーガソン著「技術屋の心眼」に次のような文章がある。

 

「目で見、匂いを嗅ぎ、触り、持ち上げ、落とす―――私たちは肉体的感覚の相互作用を通して物を知る。その経験の元締めが心眼であり、思い起こされた現実と思い描く工夫のイメージの座、信じられないほどの能力をもつ不思議な器官である。」

 

心眼というものを説明した文章であり、勘と経験の元締めが心眼である、と説明している。技術のアイデアとはその心眼で見えてくる、という意味のことをこの本には書いてある。32年間の技術開発経験から同感と思い、若い人たちに実験の重要性を説いたりしてきたが、うまくこれを伝えることができなかった。

 

K0チャートやK1チャートは状況により書かせたりしたが、その効果を実感してもここまで書けばアイデアが出るでしょう、と効能のよさを労力の寄与と見なし、高く評価してもらえない。そもそも何もしなくてもアイデアが出る状態を望んでいるようにも見える。アイデアとは思いつきという誤解である。血のにじむような経験の蓄積の結果、容易にアイデアが出るようになる、と説明しても、今の若い人には「どん引き」されるだけである。99%の汗と1%の霊感をありがたく拝聴した若者の姿は昔の話である。

 

優れたアイデアと単なる思いつきとは大きく異なる。しかし、優れたアイデアでも「単なる思いつき」ととらえる風潮があることを知った。例えば30年前ポリエチルシリケートとフェノール樹脂を均一に混合し高純度SiCの前駆体を合成したときに、「当たり前の結果で、君と同じアイデアを持っていたが実行しなかっただけだ」と言った人がいた。

 

当時の特許を調べてもらえば解るのだが、ポリエチルシリケートとカーボンの組み合わせ、あるいはフェノール樹脂とシリカの組み合わせを前駆体で用いるSiCの合成法特許が存在し、それらの特許には、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂との均一な混合はできない、と書かれていた。実際に実験をしてみても簡単に2相に分離する。また、相分離を抑えるためにポリエチルシリケートを重合し、フェノール樹脂を取り込むようにしてもシリカの沈殿が生じて失敗する。逆にフェノール樹脂の架橋反応を行い、その中にポリエチルシリケートを閉じ込めようとしてもうまくゆかない。

 

すなわち両者を分子レベルで均一に混合することは一朝一夕にできない技術である。仮にフェノール樹脂の重合条件を科学的に研究しても、あるいはポリエチルシリケートの加水分解条件を研究しても両者を均一に反応させる条件を見つけることは至難の業である(注1)。この組み合わせで分子レベルに均一に混合する方法は当たり前の結果ではないのだ。また似たような前駆体ができたとしても反応速度論で解析すると分子レベルで均一になっていない(注2)。技術がなければ分子レベルで均一な前駆体の合成は不可能で、アイデアを適当に実験で確認しても、せいぜいシリカ粒子とフェノール樹脂を混合したような前駆体ができる程度である。

 

このアイデアはフェノール樹脂の天井材開発のテーマで耐火試験を通産省建築研究所と行っていたときに、石膏ボードと同じような耐火性能を持った樹脂発泡体ができないのか、と注文があり、水ガラスとフェノール樹脂のハイブリッド発泡体を提供した。フェノール樹脂をご存じの方ならば、アルカリ性である水ガラスをそのまま用いることができないので、それはうそだ、とおっしゃるかもしれない。化学的に正しい表現は、水ガラスから抽出したケイ酸とフェノール樹脂のハイブリッド発泡体という表現になる。

 

この材料の開発過程で、水ガラスとフェノール樹脂のハイブリッドは難しいがケイ酸オリゴマーとフェノール樹脂のハイブリッドならば簡単にできることを学んだ。ところがケイ酸オリゴマーを水ガラスから抽出するのが大変なのである。また抽出後放置しておくとシリカの沈殿ができる。ただ研究用に石膏ボードと同様の耐熱性を示すスーパー有機発泡体を供給するように依頼されたのでこのような材料設計を行った。

 

このスーパー有機発泡体は簡易耐火試験で石膏ボードと同様の燃焼特性を示した。しかし、この材料設計では、コストも高く生産も安定にできないのでとても商品にならない。そこでこのスーパー有機発泡体と同等の機能を実現するために、いろいろ設計して軟質ポリウレタンフォームで実績のあった燃焼時にガラスを生成する難燃化手法を組み込み商品化した。研究ではなく技術開発で行い、その過程でポリエチルシリケートとフェノール樹脂の重合も検討したので、前駆体のアイデアが生まれる下地ができた。

 

高純度SiC前駆体のアイデアは一朝一夕にできた思いつきとは異なるのである。ダンフレームという商品名の硬質ポリウレタンフォームの市場がなくなるかもしれない、という状況における不眠不休の天井材開発過程(今ならばブラック企業と騒がれるような状態)の技術蓄積があって生まれたアイデアなのである。

 

(注1)仮にフェノール樹脂やポリエチルシリケートの反応速度の解析ができても、実用化に際しては、フェノール樹脂にわずかな水が含まれているため、その水の管理が問題となる。すなわち特定のフェノール樹脂について研究論文がまとまったとしても、安定に生産できる条件がそれで解明されたわけではない。実はこの系について最適化するためにはタグチメソッドあるいはそれに近い方法(例えばクラチメソッド)が必要である。最適化された条件では、安定に前駆体が合成される。また合成された前駆体を用いてSiC化の反応を速度論で解析するとSiOガスが中間体で生成しない機構の結果となる。これは重要なことで、出来損ないの前駆体を用いた場合には、SiOガスを中間体とする反応機構になる。そのような機構で進む前駆体を新技術として紹介している論文もあるが、それはレベルの低い技術論文である。すなわち前駆体高分子の状態でSiC化の反応が制御されているのである。中間体としてSiOガスを生じない反応機構でSiC化が進行する前駆体が本物である。この事実はあまり知られていない。興味のある方はお問い合わせください。あるいは筆者の学位論文をご参照ください。

 

(注2)前駆体の合成がうまくいったかどうかは、電顕写真でも確認できるが、バルクとして確認するためには反応速度論にもとづく分析が必要である。ゆえにこの前駆体の品質管理の目的で超高温熱重量分析計を開発した。

カテゴリー : 一般 高分子

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2013.09/04 科学と技術(43:アイデアを出すコツ1)

現代科学の観点からすれば、設計は取るに足らないものだが、工学の観点からは設計が全てである。設計とは、あらかじめ想定された目的を達成するために、各種の手段を意図的に適合させることであり、まさに工学の本質である、とは、エドウィン・T・レイトン・ジュニアの言葉である。

 

この工学の定義については、1828年イギリスの土木学会の憲章に「工学とは、自然界の動力源を人間の利用と利便のために支配する技である」と書かれている。また日本の特許法第二条第一項には「発明とは自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」とある。これらの定義に科学的に証明されている、あるいは科学的に支持されているという要件が書かれていないことに注意すべきである。

 

すなわち技術は科学的に支持されていようがいまいが、自然法則を利用し機能を実現でき、人間の利用と利便のためそれらを制御できれば、それが技術なのである。科学的アイデアも非科学から誕生しているケースが多いにもかかわらず、この技術について科学的ではない方法や非科学的プロセスで実現された技術を認めない風潮があるのは残念である。

 

PPSと6ナイロンが相溶した材料を電子写真機に実用化した成果で、退職前学会の技術賞に推薦されたが、χが大きな組み合わせで相溶するわけがない、と言われ落選した。相溶しない組み合わせでも相溶させることが可能なプロセシングが存在し、そこに新しい科学の種が存在するにも関わらずアカデミアの支持が得られなかった。

 

落選はしたが、脆いPPSに6ナイロンを相溶した材料は、しなやかさという機能が付与され市場で5年以上トラブル無く活用されている。また、自宅の書斎のカラープリンターにもそのキーパーツは使用されており、普通紙でインクジェットよりも美しく絶好調のフルカラー印刷を実現している。「マジ、このカラー!」と言いたくなるほどである。技術の詳細を発表する機会を失い残念であるが、技術として成功している。

 

この新しい材料は、電子写真機のキーパーツとして設計し、また実用化した技術であり、技術を実現するための多数のアイデアも含め、科学的に研究して導かれた成果ではない。学会の技術賞とはこのような技術の成果についても受け入れ新しい科学の種を拾い上げる活動の一環であるはずである。

 

技術とは何か、という問いには多くの答があるかもしれない。しかし、科学的に明らかな現象を利用した技術であれば、特許としての新規性はやや低くなり、その内容によっては成立性まで無くなる場合がある。科学で説明できない「驚くべき」技術こそ新規性が最も高い。そんな技術開発を可能にするのが弊社の問題解決法であり、アイデアを出すコツも指導している。

 

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

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2013.09/03 科学と技術(42)

科学の方法論に関しては学校教育で学ぶが、技術の方法論についてはメーカーのOJT以外に学ぶ場所は無い。

 

技術の方法論については、成果をあげた技術者の数だけ存在する、と思われる。そのなかでKKDは比較的古くから存在するコンセプトであるが、これを軽蔑する人と重視する人とに分かれる。

 

「勘と経験と度胸」の頭文字を取ったKKDは、うまくいく場合もあるから軽視できない。しかしKKDだけではいつでもうまくいくとは限らない。だから意見が分かれる。科学の時代の今日では、科学的ではない、という一言で片付けられることもある。このKKDだけでもその価値について充分議論できるぐらい技術の方法論について考え方は多様である。

 

田口玄一先生は技術の方法論に一つの具体的な解を出されたが、肝心な基本機能の見いだし方を技術者の責任としてぼかしたままこの世を去られた。また、システム設計を科学的研究の成果として見いだすことを推奨されていなかった。研究を行う対象はあくまでも基本機能について、である。基本機能が見いだされれば、技術開発をタグチメソッドでできる。しかし基本機能を見いだすにはどのように行ったらよいのだろうか。

 

田口先生と議論していて面白かったのは、基本機能として科学的成果以外も認めておられたことだ。KKDの成果でも容認して頂けた。田口先生はタグチメソッドだけを教える立場だったから、という理由ではない。田口先生はそのような方ではなく大変教育熱心な方であった。

 

技術者が提案した基本機能に関して真剣に議論してくださった。その意見は、抽象的ではあったがシステムについて専門家ではないにもかかわらず的確な指摘をしていた。そしてそこには一つの哲学が明らかに存在していた。

 

技術とは機能を実現する行為あるいは方法である、とは田口哲学から学んだ技術の定義である。

 

カテゴリー : 一般

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2013.09/02 科学と技術(41)

複雑な現象を科学で説明するときにモデル化がよく使われる。その現象の最も支配的な因子に焦点をあて、モデルを組み立て、論理的に現象を説明する方法である。モデルと現象がほぼ同じであれば科学的な実証モデルとして認められる。

 

現象とモデルが一致しないときに新たなモデルを考え直すのか、誤差として認めそこで妥協するのか、あるいは全く別のアプローチで現象を説明するのか多くの場合悩む。フローリーハギンズ理論ではχの導入により、一致しない現象をすべて誤差としているように思われる。そして誤差の支配因子を探索する研究が今も行われている。フローリーハギンズ理論で合わない例も多いので、新たなモデルを考えた方が良いようにも思われるが、多数の科学者が正しいモデルと認めている状態へ新たなモデルを提案するのには勇気がいる。

 

科学の世界では真理を探究することが使命となるので厳しい議論に耐えなければならない。しかし技術の世界では機能を実現できれば勝利者である。真理かどうかよりもロバストの高さが重要となる。再現よくロバストの高い技術ができたなら、仮に間違ったモデルであっても、正しく機能しておれば大きな問題とみなされない。ただし機能の再現性やロバストの高さについては、市場に出す前に厳しく問われる。科学と技術では厳しく問われる観点が異なるのだ。

 

弊社の問題解決法のK1チャートは現象や機能を実現するモデルという見方もできる。複雑な因子の絡み合いが存在し、やってみなければ分からないところはループになる。しかしそのループについて無限ループになるのか有限ループなのかは科学的知識と経験から判断できる。有限ループと判断されたならただひたすら実験を行い、安定に機能を実現できる条件を絞り込む。こうしてできあがった技術は、ブラックボックス化しやすい。

 

安定に機能を実現できる条件が求まると、その条件を逆にたどることで科学的な考察を容易にできる場合が多い。半導体分野で使用されているプリカーサー法による高純度SiCの製造条件については、このような方法で技術を完成している。プリカーサーについては、フローリーハギンズ理論では説明ができない組み合わせとχの値であるにもかかわらず有機高分子と無機高分子が安定に均一化する、科学では説明できない現象である。また、SiC化の反応条件を探索する実験では不思議なことが発生し、1回の実験でベストな条件が求まった。

 

科学では説明できない世界であるが、新たな発見があればそれを頼りに新たな技術を開発できる。例えばプリカーサーの密度を制御すると新たな機能が生まれることを発見したならば、科学的推論を展開することにより、できあがったプリカーサーの密度も自由にコントロールできるようになる。

 

一つ条件が見つかるとその条件について科学的考察を加える。すると新たな機能を実現できる技術のアイデアが浮かぶ。技術開発における科学の使い方の一つである。

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

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2013.09/01 科学と技術(40)

技術をうまく伝承するには、整理された科学的知識を使うのが一番簡単である。しかし、技術の中には科学で解明されていない技術も存在する。これをどのように伝承するのか。報告書で残してもうまく伝承できない、と思った方が良い。例えば、以前体験談を書いたが、「写真工業と帯電防止」という臭い本の話である。

 

その本は、現在市販されている静電気の教科書をすべて包含していた内容で、わかりにくい説明という問題を除けば大変優れていた報告書と思う。通し番号がついていたので複数存在したのだろう。しかし図書室には1冊残っていただけである。その最後の1冊も図書室とともに無くなった。

 

その報告書には科学で解明されていない現象も説明されていたが、その説明が大変わかりにくい。日本語で書かれていたが、科学的ではなかった。おそらくその説明を理解する為には、ある経験が必要で、その経験を共有化していることを前提に書かれていたのだろう。昔帯電防止層の開発を担当していた方を紹介してもらい質問したところ、その人も報告書に書かれていた現象をご存じなかった。

 

よく分からないから勝手な想像をして、インピーダンスを測定するアイデアを思いついた。これが、パーコレーション転移の閾値検出方法として、あるいはタバコの灰付着テストの代用評価技術という発明につながった。低周波領域のインピーダンスとパーコレーション転移との関係はモデル回路の数値シミュレーションでうまく説明することができた。そしてそのモデル回路を眺めていたら、臭い本に書かれていた内容を理解できたような気がしてきた。

 

おそらく報告書を書いた技術者は、フィルムのインピーダンスなど評価していなかっただろう。なぜなら報告書には交流で評価する方法など出てこない。しかし、技術者の経験談を数値計算に用いたモデル回路から理解(こじつけかもしれないが)できる。

 

ある特異な現象に遭遇したときに科学で解釈することは重要である。科学的に説明できれば、その説明を経験が無くとも論理的に多くの人と共有化することができる。しかし科学で説明できない現象の時に、経験という暗黙知をうまく伝承しない限り、後世に伝えることは難しい。今ならばビデオカメラで撮影し経験をそのまま伝えることができる。しかしそれでもうまく伝わるかどうかは不明である。

 

暗黙知を伝承するために基礎研究は重要で、少しでも科学的に解明する努力をして暗黙知の見えない部分を少なくして伝承する努力が必要である。それができないときには、弊社のK1チャートは暗黙知を伝承する一つの手段となる。科学は自然現象の解釈や問題解決及び技術の伝承手段として重要な道具であるが未だ完璧な道具ではない。科学で解明されていない技術の伝承手段や問題解決法を弊社は提供している。

 

カテゴリー : 一般 高分子

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2013.08/31 科学と技術(39)

特許に記載された実施例を実験してもうまく再現できない場合には、その特許がインチキかあるいは特許に記載されていないノウハウの存在を疑うべきである。特許には権利書としての側面があり、ひどい特許も存在するが、公告特許になっている実施例に関して再現できない場合にはノウハウの存在を疑った方がよい。

 

特許は科学の論文と異なるので怪しい実施例も存在するが、公告特許でその権利が維持されている場合には、実用化されている技術の可能性が高く、信憑性は高い。しかしそれでも実施例の機能を再現できない場合にはその実施例に書かれていない隠れた重要な技術が存在すると思われる。

 

パーコレーション転移が関わる技術や高分子の難燃化技術では、多数のノウハウが組み合わせられ技術として完成している場合が多い。これらの技術では混合分散技術が不可欠で、それが特許の実施例には詳細に書かれていない場合が多い。そのため「物質を混ぜる」という基本技術のレベルが低い場合には、まずそれらの技術の底上げをしない限り、ライバル技術の確認を正しくできない。

 

特公昭35-6616は写真会社の特許で、その特許が書かれたときには高い分散技術が存在したのだが、30年以上経ったときにそのプロセシング技術が無くなり、自社の発明でありながらうまくその実施例を再現できない、という状況になっていた。おもしろいのはそのような状況になっていても技術が低下している、という自覚が担当者に無かったことだ。実施例を再現できない理由は“特許がおかしい”と説明していた。

 

パーコレーションの科学を解説するとともに実際に実験をして見せた。フィルムの表面処理など初めての経験だが、バーコーターの使用方法を教えてもらい隠れて練習した成果がその時うまく出た。実施例に近い値を出すことができたのだ。しかし実施例と同じ値ではないので半信半疑で担当者はフィルムを見ている。今度は添加順序を変更し、予めチェックしておいた温度管理を行って塗布をしてみた。実施例と同じ結果になった。

 

ようやく“すごい”という言葉を担当者から聞くことができた。パーコレーション転移という現象を知っているかどうかが実施例を再現するときに重要になる。

 

しかし、特公昭35-6616が発明されたときにパーコレーション転移の科学など未知の世界で、混合則が議論されている時代だった。おそらくノウハウが多数あり、分散を制御すれば抵抗が下がるという現象が当時の技術者には分かっていたのだろう。1991年に転職したとき、技術のノウハウなど持ち合わせていなかったが、当時よりも進歩した科学的知識で30年以上前の技術を復活することができた。

 

カテゴリー : 一般 高分子

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2013.08/30 科学と技術(38)

高分子の難燃化技術は、科学として未完成であるが、技術としては出そろった状況ではないか。ただしこの感覚について研究者間で意見が分かれる。

 

高分子材料の大半は、むき出しであれば実火災で燃えてしまう材料である。それを前提に考えれば現在特許出願されているアイデアよりも新しいコンセプトの発明が提案されない限り、難燃化技術として出そろった、とまず捉え、個別のケースにこれまで開発された手法を適用しながら新たな問題に対応した方が賢明である。現在の難燃化技術では、難燃化の機能を実現しようとするとコストはじめ物性など他の機能に影響が出る。

 

実はこの10年間高分子材料の難燃化について新しい技術コンセプトの提案は無い。ただし新しい研究報告は存在する。ただその研究報告は従来の難燃化技術に関して考え方を補強した内容であり、新たなコンセプトの提案ではない。

 

30年前のインツメッセント系やその後の臭素系難燃剤のブーム以上の大きなイノベーションは、この10年間に起きていない。ノンハロゲンは、環境意識の高まりとBAなどの規制からキーワードとして重要だが、30年以上前にホスファゼンによる方法や無機高分子を生成する組み合わせシステムによる難燃化手法などの提案があり、すでにノンハロゲンの取り組みは一部で行われ成功例が存在する古い概念である。

 

三酸化アンチモンとハロゲンの組み合わせは最も高い難燃効果が得られるシステムとして知られているが、過去の技術の中には、特定の系と用途でそれを凌ぐシステムも存在している。おもしろいのはそうしたシステムが公知になっていても目の前の材料を難燃化しようとするときにうまく技術を使いこなせないという現実がある。

 

コストの問題や設備の問題だけでなく、技術者のスキルの問題も関係している。科学の研究論文ではそのまま実施すれば再現よく論文の結果を確認できるが、特許の場合には実施例を実施例通り実験しても再現できないケースがある。

 

例えば、難燃化技術ではないが、特公昭35-6616の酸化スズゾルを用いた帯電防止層の発明では、パーコレーション転移の制御技術を用いない限り、実施例を再現できない。難燃化技術の中にもこのような特許が存在している。超微粒子を用いるナノテクノロジーの難燃化技術では分散が技術の効果を左右するのでパーコレーション転移と同様の技術再現の難しさが存在する。

 

難燃化技術は、帯電防止技術と同様に科学と技術の違いを学ぶ対象として適している。30年前ホウ酸エステルとリン酸エステルの組み合わせ系難燃化システムを学会発表したときに、何をやっているのか分からない、というアカデミアの評価を頂いた。

 

加水分解しやすいホウ酸エステルを加水分解しにくい構造で分子設計した工夫や、組み合わせ効果を示すDTG、燃焼面に生成したチャー並びにホウ酸エステルとリン酸エステルが反応して生成したボロンホスフェートのIRなどをデータとして示したが厳しい評価を頂いた。論文を書いてもムダと思い、論文発表をしなかった。今から思えばアカデミアの研究者が難燃化技術を理解していないだけだったのだが、若い時だったので心ない質問に自信を無くした。

 

その後類似の技術が登場するのをみて、パイオニアとしての自信を回復するのだが、若い技術者へのアドバイスとして、良い技術を学会発表する時にはしかるべきサポーターがいるところで行う方法を提案したい。今でも年会で心ない質問が飛び出す場合があり、そのような場面に遭遇したときには、アカデミアの質問者へ注意するように心がけている。

カテゴリー : 一般 高分子

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2013.08/29 科学と技術(37:高分子の難燃化技術)

UL94燃焼試験とコーンカロリメータによる燃焼試験では燃焼を継続するための熱源の観点で違いが出る。すなわちUL94燃焼試験では燃焼による自己発熱で燃焼が継続するが、コーンカロリメータでは輻射熱の影響もこれに加わる。

 

その結果、前者では高分子の熱分解は燃焼抑制効果として働き、気相で機能する難燃剤が大いに効果を発揮するが、後者では気相において機能する難燃剤の効果が小さくなる。両者の評価法で共通して難燃化の機能が有効に働くのはチャー生成を促進する炭化促進型の難燃化システムである。

 

ここまでは高分子の難燃化を研究している科学者や技術者は共通認識として持っているが、それでは効果的に働く難燃剤は、という問題になってくると意見が分かれる。高分子の難燃化技術の真の姿は未だ科学的に明らかになっていない。

 

30年以上前に燃焼時にガラスを生成して難燃化するシステムを開発し、短期間であるが商品を市場に出した。ホウ酸を使用するシステムだったので環境への影響(排水の問題)を配慮しシステムは使用されなくなったが、その代わりに使用されたのは縮合リン酸エステルである。コストと難燃化性能のバランスが良い大八化学(株)のヒット商品である。

 

ガラスを生成して難燃化するアイデアの基になったのはホスファゼン誘導体である。当時ホスファゼン誘導体はとんでもない値段だったので自分で合成したが、今は大塚化学(株)が安価に提供している。大塚化学(株)は30年以上ホスファゼン科学を研究しているこの分野の老舗である。

 

縮合リン酸エステル系難燃剤よりもホスファゼン誘導体のほうが難燃性能は高い。リンの含有率が高いためであるが、リン1モルあたりで比較してもホスファゼン誘導体の性能の高さを実感できる。但し、この比較では分散状態の影響を受けるので注意深い実験が必要となる。分散状態によってはホスファゼン誘導体の効果が見えなくなることもあるのだ。その結果技術者や研究者によりホスファゼン誘導体の難燃性能の高さに対する見解は分かれる。

 

ホスファゼン誘導体が高い難燃性能を示す理由は、燃焼時にリンを含む分解物が気相へほとんど揮発しないからだ。縮合リン酸エステルの場合は、構造の違いはあるがほとんどの化合物で気相への揮発が観察される。おそらくオルソリン酸の形態で揮発していると思われる。

 

UL94燃焼試験ではホスファゼン誘導体も縮合リン酸エステルも、リンの含有率を揃えてやると評価結果に大きな差異が見られなかったが、コーンカロリメータによる燃焼試験では、その性能に差が現れるものと思われる。すなわち最初に述べたように難燃性評価法に高分子の難燃化機構が影響するためである

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2013.08/28 科学と技術(36:高分子の難燃化技術)

コーンカロリメータの発明により高分子材料の難燃化研究を科学的に進めやすくなった。また、実火災における高分子材料の変化について、発熱量が注目されるようになった。

 

UL規格はコ-ンカロリメータ発明以前に考案された燃焼試験の規格であり、広く普及している。UL94の燃焼試験を行うと、そのグレード設定の巧みさに感心する。恐らく技術的な見地から高分子の燃焼という現象を段階的に捉えようとしたのだろう。各グレードは、HB<V-2<V-1<V-0<5Vの順で難燃レベルが高くなっている。

 

試験方法には目視も入っているので感覚的な要素が入り、科学的評価とは言いにくい側面はあるが評価結果に表れる個人差は小さい。また、用いるバーナーやサンプルの事前準備方法など細かく規定されているので私的評価とUL評価機関の評価結果とのズレも生じないようだ

 

面白いのはV-2合格レベルの試料とV-0合格レベルの試料の炎を接触させた(接炎)ときの変化である。UL94では接炎を2回行う。V-2合格レベルの試料では、2回目の接炎で少し燃えやすくなる傾向に有り、V-0合格レベルの試料ではそれが逆になっている、すなわち2回目の接炎で燃えにくくなっている傾向がある。

 

燃焼試験を行ってきた経験から、おそらくV-2合格の試料では2回目の接炎で発熱量が多くなっている、と推定される。またV-0合格の試料では、その逆で発熱量が小さくなっていると推定される。これらの推定は燃焼試験を行っているときの試料の燃え方から想像でき、特に5VBに合格するレベルのV-0品では2回目の接炎で驚くほど難燃性のレベルが上がっている。

 

これはV-0以上に合格するためには高分子材料の難燃化システムとして炭化促進型で設計しなければならず、炭化促進型では燃焼時にチャーが生成するので吸熱反応となり発熱量が抑えられることになる。これらの考察はコーンカロリメータの実験結果と一致している。

そしてこれらは高分子の難燃化技術のあるべき姿の方向を示しているように思う。

 

 

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2013.08/27 科学と技術(35:高分子の難燃化技術)

ゴム会社に入って2年目1980年に軟質ポリウレタンの難燃化技術を担当した。難燃化技術には炭化促進型と溶融型がある、と最初に指導された。後者の技術には胡散臭さを感じた。溶融型と同様のコンセプトとして変形して炎から逃げる技術で成功した話を聞かされたからだ。

 

実験してわかったことだが、溶融型で高分子を難燃化するとLOIは21を越えなくても各種試験を通過する。一方餅のように膨らみ変形する硬質ポリウレタンフォームは、難燃2級の試験だけパスして、他の評価試験にはいくつかパスしない。ASTMの試験ではうまく炎から逃げ切るように変形すると規格に通過できるが、逃げ切れなかったときには燃焼して燃え尽きる。すなわち10サンプル試験を行うと半分は通過しないサンプルとなり不合格となる。

 

溶融型ではLOIの値は低いが、建築材料以外の用途に要求されるあらゆる試験に通過するので、変形して炎を逃げるタイプの難燃化技術と少し異なる。また、実際に寝具を組み立ててみて、寝たばこと同様の状況で実験を行ってみても火が消えるのである。溶融型はLOIが低くても難燃化技術として使用できそうである。

 

しかし、高い難燃効果を高分子材料に付加するならば炭化促進型である。普及し始めたUL試験を行ってみると溶融型は最も下位ランクの試験にしか合格しない。V0試験ではドリップそのものがあってはならないので溶融型では合格しない。

 

難燃性軟質ポリウレタンフォームの開発を行いながら難燃性評価試験を幾つか検討し、難燃化技術を科学的に行うにはどのように研究を進めたら良いのか悩んだ。コーンカロリメータがまだ無かった時代で、LOIの普及が始まったばかりの時である。

 

LOIは、酸素濃度の値を指数で表す評価試験方法で、空気中で燃えるか燃えないかという科学的な判断には使用できそうに見える。しかし、溶融型についてはLOIとは無関係に自己消化性を示すのである。すなわち高分子材料に実際に火がついてもその火が消えるのである。炭化促進型では、LOIが21を越えない限り自己消火性にならない。

 

炭化促進型は空気中で燃えにくい=空気の酸素濃度においては自己消火性となる、という感覚的なズレが存在しないが、溶融型では空気中で燃えやすく燃えることにより溶融し自己消火性となっているので不安が残る。しかし、難燃剤を用いなくとも高分子の分子設計だけで各種難燃化規格を通過できるのでコストパフォーマンスは良い。アカデミアの研究者の意見を聞いても初期消火に効果がある難燃化システムという評価である。

 

高分子材料は実火災においては燃えてしまうので初期消火に効果がある難燃化システムでも意味がある、と当時言われていた。また普及し始めたUL規格も用途に応じた難燃グレードの試験方法を提供しており、溶融型による難燃化システムを認める規格になっている。

 

カテゴリー : 一般 高分子

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