活動報告

新着記事

カテゴリー

キーワード検索

2013.05/02 成功する技術開発(9)

科学的に考察して実現不可能な技術を担当したときに中断を申し出ることができる状況であれば中断するのが無難な選択である。しかし、その選択ができない状況の時には、担当したテーマの完成の姿に最も近い“モノ”を実現して見せて、その”モノ”が当初の方針と異なることを説明し方針変更について周囲の承認を得て技術開発を続けるのが成功する技術開発のコツである。

 

科学の世界で真理は一つであるが、技術の世界では真理は必ずしも一つでは無い。技術の世界の真理とは、その技術で製品の機能を達成できるかどうかと言う点が重要で科学的な真理と一致しないときもある。換言すれば科学的真理にとらわれる必要は無く、製品の機能を達成できる技術手段を考えることが重要である。

 

絶縁体の樹脂に6ナイロンとカーボンを分散し、半導体シートを作る時に、絶縁体の樹脂に6ナイロンが相溶せず海島構造となるのは、フローリーハギンズの理論では重要な真理の一例になるかもしれないが、半導体シートのあるべき姿からすればどうでも良いことである。重要なのはカーボンブラックのナノオーダーの弱い凝集体が絶縁体の樹脂の中で安定に分散しているシートを作り出せるかどうかである。

 

前任者の目指した目標を否定し、新しい技術コンセプトによる開発を納得してもらうためには、最低限の制約の中で実現したい“モノ”を作ってみることである。不完全でもよく、とにかく担当した技術開発テーマにまつわる制約を少なくすることが肝要で、方針変更した時に実現可能な技術の前に存在するすべての障害を取り除くことである。すなわち、新しい技術のコンセプトで実現した“モノ”を作って、開発の方針変更について周囲の承認を早急に取り付ける作業を最初に行う。

 

コンパウンドの成形技術を研究開発している会社では、コンパウンドを外部調達している場合がある。コンパウンド供給メーカーの協力が得られるのならばそのメーカーの技術力を利用して実験を行えば良いが、通常コンパウンドメーカーは非協力的である。そのような場合は装置メーカーから装置を借りて自分でコンパウンドを開発するところから始めることになるが、その技術が無いときには弊社のようなコンサルタントに相談すると良い。専門家に技術イメージを伝えると、実力のある技術コンサルタントならば希望を実現してくれる。

 

<明日に続く>

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

pagetop

2013.05/01 成功する技術開発(8)

10の9乗Ωcmの半導体シートを樹脂で製造する時に、樹脂へカーボンブラックを分散するという材料設計の話に戻る。この設計では、導電性の良好なカーボンブラックを用いるために10の9乗Ωcmの体積固有抵抗を安定に作り出すことは難しい。10の9乗Ωcmの材料を絶縁体と導電体の組み合わせで安定に作りたいのならば、体積固有抵抗が10の3乗から4乗程度の導電体を用いる必要がある。

 

絶縁体樹脂にカーボン表面のカルボン酸と反応しうる6ナイロンを分散させる、というアイデアは、パーコレーションだけに着目すればそれなりに理にかなっている。相分離したナイロン表面をカーボンが覆い、そのカーボンで覆われたナイロン粒子が分散してパーコレーション転移を生じたならば、ナイロン表面のカーボンどおしの接触抵抗が大きくなったときにナイロン表面の導電性は下がり10の3乗から4乗前後になり、パーコレーション転移を安定化できるようになる。ただし、このアイデアの問題は、絶縁体樹脂と6ナイロン、カーボンブラックの3成分を混練した場合にカーボンブラックとナイロン樹脂がうまく反応してくれない点にある。

 

このアイデアの他の問題として、絶縁体樹脂に非相溶の6ナイロンを分散したときに生成するドメインの大きさを考慮していない点である。絶縁体樹脂に6ナイロンだけを分散してもこのドメインの大きさはあまり大きな問題とならない。すなわち6ナイロンがしなやかなので多少ドメインが大きくとも実験値にその影響は現れにくい。しかし表面をカーボンが覆った場合にはそのドメインの硬度があがるのでドメインサイズの影響が靱性に現れる。

 

絶縁体樹脂に6ナイロンとカーボンを分散し安定な半導体シートを作る、というアイデアは、混練時にカーボンブラックとナイロンがうまく反応しないという問題と、仮にうまく反応しても脆い半導体シートになるという問題がある。ゆえに絶縁体樹脂に6ナイロンとカーボンブラックを混合し半導体シートを作るというアイデアは、フローリーハギンズ理論を信じる限り、八方ふさがりのアイデアである。技術企画の最初の段階で冷静に議論したならば、一般にこれはつぶれるだめなアイデアである。

 

もしこのアイデアを生かしたいならば、フローリーハギンズ理論を否定するアイデアを用意する必要がある。技術企画を行うときに様々な制約が働き、技術手段が束縛される状況は頻繁に発生する。今回は、商品化を半年後に控えて、絶縁体樹脂と6ナイロン、カーボンブラックの組み合わせを変更できない、という状況である。このような状況でテーマを引き継いだマネージャーは、商品化を断念する、という決断は勇気がいるが、最も無難な選択肢である。その決断をしたことでそのマネージャーは、技術開発の失敗を免れることができる。しかし、このような状況でマネージャーを代えるときに商品化断念という選択を塞ぐという間違ったマネジメントがしばしば行われる。

 

科学的な見地から実現不可能なテーマを請け負ったときにどうすれば良いか。できないことを説明しても周囲は納得しない。実現できる道を示すことが唯一の使命である。マネージャーに課せられた制約をすべて取り払い、こうすればできます、という成功のシナリオと、不完全であっても実現できたモノを一緒に示すことが大切である。科学的理論ではなく実際のモノを短時間で作る必要がある。

 

<明日へ続く>

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

pagetop

2013.04/30 成功する技術開発(7)

科学的手順で実証された現象は正しい、ということになっている。フローリーハギンズの理論でもその理論に適合する現象を例に実験で理論の流れを証明している論文がある。おそらくフローリーハギンズ理論の考え方は、高分子の混合系について現象をうまく説明できる理論なのだろう。しかし一方でフローリーハギンズの理論に合わないような実験データもある。合わないような、と表現したのは高分子の混合プロセスに必ず問題が残るからである。理論を正しいという考え方に立てば、理論にうまく合わないときに考察を混合プロセスの問題に持ち込めば良い。

 

哲学者イムレラカトシュは、科学的に厳密に証明できるのは否定証明だけだ、とその著書「方法の擁護」の中で述べている。すなわちフローリーハギンズ理論を否定する証明は科学的に厳密にできても、この理論を肯定する証明では科学的に不確かな部分が残るというのである。イムレラカトシュに従えば、フローリーハギンズ理論が間違っていることを示すために、χが大きい高分子の組み合わせで安定に相溶する系を示せば良い。

 

この視点で、光学用ポリオレフィン樹脂とポリスチレンの組み合わせを用いた相溶実験を計画した。ポリスチレンを様々な重合条件で重合してスチレン単位の並び方が異なっているポリスチレンを100種類以上合成しようと考えた。これらのポリスチレンと、光学用ポリオレフィン樹脂とを混練する実験を計画した。あらかじめ光学用ポリオレフィン樹脂だけで平衡状態になる混練条件を求め、その混練時間よりも短い条件で混練し、透明になるかどうか確認する実験を行った。すなわち混練時間5分という短時間の条件でポリオレフィン樹脂が平衡状態に無いことを確認し、この条件でポリスチレン存在下、透明樹脂ができるかどうか実験を行ったのである。

 

ポリスチレンの合成条件を100以上考えたが、運良く16番目の条件で合成したポリスチレンを混合したときに透明な樹脂が得られた。この16番目の合成条件のポリスチレンは、実験に用いた光学用ポリオレフィン樹脂と様々な比率で混合しても透明になる。すなわち完全に相溶しているのである。面白いことにこの樹脂で直径1cm程度の丸い平板を射出成形で成形し、温度変化を観察するとポリスチレンのTgあたりで平板は白濁し始める。さらにこの現象はゲートから樹脂の流れた状況がわかるような白濁の仕方である。そして、光学用ポリオレフィン樹脂の高い方のTgあたりから高温度の領域でまた透明な樹脂になる。

 

この実験でフローリーハギンズ理論が間違っていることを確信した。多くの系でこの理論に合う現象が生じるのは、考え方の大枠が間違っていないためであろう。しかし、χの定義が不十分ではないか、と疑っている。フローリーハギンズ理論は高分子のエントロピー変化に着目し構築されている理論であるが、χの定義をもう少し厳密に行う必要があるように思う。このあたりは高分子物理の専門家に任せるとして、技術の立場では、フローリーハギンズの理論が正しくないとすると面白いアイデアの展開ができるのである。

 

<明日へ続く>

 

 

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

pagetop

2013.04/29 成功する技術開発(6)

例えば、10の9乗Ωcmの半導体シートを樹脂で製造する場合に、樹脂へカーボンブラックを分散する材料設計を思いつく。しかし、導電性材料を絶縁材料に分散したときにはパーコレーション転移が生じるので、10Ωcm以下の体積固有抵抗で導電性の良いカーボンブラックを用いたときには、ある添加量のところで10の9乗Ωcmから1000Ωcm前後までばらつくことがある。このような場合でも成形プロセスで成形条件を工夫し、強引にシートを作ることは可能である。おそらく歩留まりは悪いがこのようにして10の9乗Ωcmの半導体シートを製造している場合が多い。

 

しかしマトリックスを構成する樹脂によっては、半導体シートの歩留まりが30%前後になる場合がある。パーコレーション転移は確率過程の現象なので10の9乗Ωcmの抵抗ならば30%前後の歩留まりで目標の抵抗となる。歩留まりを上げるために、樹脂の中で分散しているカーボンブラックのクラスターを制御することを思いつく。カーボンブラックの表面にはカルボン酸ができているはずだから、ナイロン樹脂を一緒に分散させればカーボンはナイロン樹脂の表面にくっついて分散するだろう、と甘いアイデアを思いつく。ナイロンの構造式を見れば周囲も信じてしまう。ところが実際にはうまく反応しないことは化学屋の常識である。

 

高分子をかじった技術屋がいれば、ここでフローリーハギンズ理論を持ち出し、χが大きいナイロン樹脂を選べば良い、とアドバイスする。このような材料設計案を材料開発の実力のある技術屋が聞けば一笑に付すはずである。しかし構造式や期待される反応、高分子分散に対する理論をまことしやかに並べて説明されると皆が納得するから不思議である。また、皆が納得しているところへ反対意見を言おうものなら袋だたきに遭う場合もあり、おいそれと怪しい理論のプレゼンテーションで反対意見を言いにくい。フローリーハギンズ理論など教科書に書かれた有名な理論なのでその理論に従い相分離するナイロンの島の表面にカーボンブラックをくっつけてパーコレーション転移を制御する、という怪しいアイデアは採用されテーマとして推進されることになる。

 

ある樹脂にナイロンを分散させて海島構造を作り、その島の表面でカーボンブラックのクラスターを制御する、というアイデアは一見すばらしい。アイデアは間違っているが、実験を行うと歩留まり改善に寄与して、30%が60%まで上がる場合がある。ナイロンの添加でパーコレーションの確率に影響がでたわけだが、それが良い方に出現したのである。2倍に歩留まりが上がったのだからもう少し頑張れば100%に行くかもしれない、と周囲も応援する。ただパーコレーションが確率過程であることに気がついていると、ここで限界と悟ることができるのだが周囲の応援もあってどんどん開発を進める。

 

開発プロセスにも品質管理を導入しているところでは、開発中の技術をある時点で商品化するかどうかの議論を行い、商品化決定後は技術の中身を固定化する。商品化まで半年あるからそれまでに60%から100%にできるだろうという予測で技術手段を決めてしまうとこの場合には開発を失敗する。このような技術開発をしている場合があるのではないか。このような場合に失敗の原因は明らかだが当事者には見えにくい。ゆえに不思議な失敗となるが、技術を正しく知っている技術者が最初に一任され、技術をチェックする仕組みしておけばこのようなことは起こらないが、日本の多くの企業ではそれだけの力量の技術者が少ないだけでなく、力量の高い一人の技術者に判断をゆだねることをしない。

 

<明日へ続く>

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

pagetop

2013.04/28 成功する技術開発(5)

勝負の世界では不思議な勝ちがあるという。しかし、論理を積み上げて行う技術開発では不思議な成功は無い。成功した技術開発には成功するための論理があり、問題は皆が成功すると信じていた技術開発が失敗する不思議である。そもそも技術開発を博打同様に考えている企業は少ない。少ない、と書いたのはリーダーが自分の定年退職の日までこのテーマが続けば良い、とうそぶいて技術開発を行う場合が大企業では起こりえるからだ。これは冗談の言葉としても言語道断で、そのようなリーダーの上手なプレゼンテーションに経営者はだまされないことである。

 

話は高分子材料から離れるが、省エネで注目を浴びているLED電球は無機系の材料でできている。これを有機系の材料で置き換える技術開発は100億円以上のマーケットを狙う必要のある大企業では技術テーマとして取り組まないはずである。また、寿命が無機系材料と有機系材料では大きく異なり、そのようなことは20年以上前から分かっている。当たり前だが特殊な付加価値でも無い限り、寿命の短い照明用の材料が寿命の長い照明用の材料を置き換える、という逆転現象は市場では起きないのである。コストは現在のLED電球の状況を考えればわかるように無機系材料にやや歩がある。ゆえに普通なら有機系照明という商品を目標に大企業では技術開発企画を立てない。

 

ただし有機ELディスプレーは15年前にすでに小さな画面ならできていたので、照明用ならば技術開発の目標として易しい。このように小さな市場と予測される分野を大企業は狙わないうえにすでに機能を達成できる基本技術が揃っている技術開発は、技術がさらに成熟してからニッチを狙う企画として中小企業が取り組めば必ず成功する。今から5年後であれば基本特許も切れるので、特許戦略を今立案し、特許出願を行って5年後に必要な技術開発を行えば、大きな市場をとれないが必ず成功できる技術開発を行える。

 

しかし、フローリーハギンズ理論のような怪しい理論がかかわる技術開発になると成功と失敗の見極めを企画段階で行うことが難しくなる。先の照明の例では20年ほど前に有機系材料及び無機系材料で「光るモノ」ができていたので技術開発を有機系で行うのか無機系で行うのかという選択を技術以外のどのような判断で行うのかという問題になり、技術的な要因で成功か失敗か左右されない。しかし、技術開発の根幹に関わる部分で怪しい理論がある場合には、その理論を頼りに技術開発を行うと失敗する可能性が出てくる。まずその理論が正しいのか間違っているのか、あるいは技術開発のよりどころとして捉えて良いのかどうかと言うことを最初に明確にする作業が必要になる。すなわち技術開発に関係する科学の成果を整理して、科学的に必ず成立する現象と怪しい現象を区別する作業が成功する技術開発のために重要である。

 

科学的に必ず成立する現象はそのまま技術開発計画の中に入れても問題ないが、怪しい問題は、まずその問題を解決してから技術開発計画の中に入れる必要がある。怪しい問題の解決方法であるが、それは技術開発のゴールとなる「モノ」を自分たちが保有している技術で作り上げ、どのような「モノ」ができるのか確認することが一番手っ取り早い。すなわち技術開発の「ゴール」に対して怪しい理論の副作用を手作りで不完全でも良いから1つ「モノ」を作って確認してみることである。そのとりあえずできあがった「モノ」を解析し怪しい理論の副作用の影響を見極めるのである。

<明日に続く>

 

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

pagetop

2013.04/27 成功する技術開発(4)

フローリーハギンズ理論は2種類の高分子を混合したときに生じる変化を論ずる重要な基礎理論と言われている。その理論では2次元の四角の中に異なる2種類の高分子を閉じ込めたときのエネルギー変化を論じている。その理論の中でお互いを溶かし込みやすいパラメーターとしてχを定義しているのだが、このあたりから怪しくなる。しかし、理論は実験で得られる現象をうまく説明できそうな雰囲気があるので2成分系の混合ではよくχまたはその相関するパラメーターとしてSPが用いられたりしている。ただしこのとき用いられるSPは低分子溶媒に溶解して求めたSPではなく、低分子の溶解の世界で用いられているSPである。

 

多分に怪しい理論にもかかわらず、実験でしばしば遭遇する現象をうまく説明できる。2つ3つうまく説明できるとマインドコントロールされたような状態で、その理論で全ての現象を解釈しようという気になる。これが危ない。新しいアイデアが出てくる可能性をつぶしてしまうのである。たった1種類の高分子を混練した時に、それが安定化するまでに40分以上という時間が必要な現象があるのに、5-6分で二軸混練機から吐出されるポリマーアロイをフローリーハギンズの理論で解釈しようとすることは乱暴な試みである。

 

実務で扱う高分子が、多分散系であることを理解している人は多い。GPCなどの測定器が進歩し分子量分布を簡便に測定できるようになったため分子量分布のデータを見る機会は多い。しかし、これが多成分系であることを示しているデータとして考える人は少ない。分子量が数100万以上の高分子と数万以下の高分子では分子運動のモードは全く異なる。化学式でモノマー構造にnをつけて代表して表現していても、実際には多成分の混合物と捉えた方が良い場合が実務上の現象では出てくる。さらに2種以上のモノマーを共重合して合成したコポリマーならば順列組み合わせを思い出して頂ければすぐに多成分と考えなければいけない状態ということに気がつくはずである。

 

光学樹脂用ポリオレフィンは、Tgを高めるために側鎖基をバルキーに分子設計している。ポリスチレンを水添した構造の材料や提灯のような構造をぶら下げたモノマーとエチレンを共重合させた材料などがある。

 

ポリスチレンは結晶性樹脂である。まだ完全な非晶性ポリスチレンは合成されていない。結晶性樹脂を水添してできた樹脂も結晶性樹脂のはずだが、これが非晶性樹脂として売られている。一部二重結合が不規則に残り完全にランダムな構造になっている、というなら理解できるが、この材料について二重結合は含まれていないので405nmのレーザーのレンズに使用できる、として説明されては何が何だかわからなくなった。使えない、というのが正しいし、実験をやらなくても予想はできたが実際に実験を行っても実用化ができなかった。無駄だと分かっていてもサラリーマンゆえにやらなければならない実験ほどむなしいものは無い。

 

提灯のような分子構造をぶら下げたポリマーでは、明らかに多成分系であるがこれを単成分のポリマーとして供給元の技術者は説明してきた。多成分のポリマーと解釈しなければならない実験結果が出ていても実験がおかしい、とまで言われた。現実を正しく見るように求めていたら最後はプロジェクトを外された。どうせおかしな実験と思われているならば、とポリスチレンとポリオレフィンを混練し透明な樹脂材料を作って405nmのレーザーで耐久試験を行ったところ、単成分と言われていたポリマーよりも耐久時間は延びた。ただし、この材料はポリスチレンが入っており複屈折があるのでレンズとして使用できない。そのかわり、押出成形して延伸すれば偏光子ができ、二枚重ねて90度回転させると暗くなる。フィルム会社ではこのような実験ができる環境がある。このあたりは別の機会に述べるが、新しい現象を発見できることが期待される実験は楽しい。

 

ここで大切なことは、フローリーハギンズの理論からはポリオレフィンとポリスチレンが相溶し透明な材料ができる、という現象を説明できないという点である。フローリーハギンズの理論を信じている限り、この二種のポリマーを混ぜて透明な樹脂を作ろうという動機は起きない。また、少し高分子科学を知っている人にこのようなアイデアを話せば馬鹿にされるのがオチである。しかし、ポリマーメーカーの技術者とポリマーに対する技術思想の違いから、いたずら心で行った実験でとんでもない実験結果が得られたのである。

 

この実験結果そのものは面白い実験結果であったが外されたプロジェクトで推進されていたテーマは失敗に終わったのは残念である。勝ちに不思議な勝ちはあるが、負けに不思議な負けは無い、とは野村克也氏の言葉だが、技術開発では不思議な成功は無い代わりに、皆の意見が一致した道を進んでいたのに失敗するという不思議な出来事はよく見かけた。技術開発の方向を多数決で決めるのは不思議な失敗の始まりとなる。

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

pagetop

2013.04/26 成功する技術開発(3)

χと高分子のSPについて高分子の教科書の取り扱いは様々である。明確にχがSPの関数であるがごとく説明しているケースやSPに触れていないケースなど様々である。しかしはっきりとχと高分子のSPとは異なる、と書いてある教科書は存在しない。

 

高分子のSPについて、実務上は低分子有機溶媒に溶解して決める。簡便にはSmallの方法が用いられているようだ。OCTAを使用できる環境であれば、SUSHIで温度依存性まで求めることができる。しかしこれらの方法で求められた値のお互いの相関係数は1ではない。例えば、SUSHIでは大別して2通りの方法で求めることができ、それぞれで求められた値と実務的SPとの相関係数は異なる。SUSHIの2通りの方法で求められた値どおしの相関についてもわずかにくずれている。

 

実際に2種類の高分子を混合したときに観察される挙動は複雑で、混練プロセスにより異なっている。どのような状態を均一に混合された状態と決めたら良いのかさえも難しい。そもそも1種類の高分子について混練しただけでもプロセス条件で異なった状態になる。高分子材料ではどのような状態を基準に論じたら良いのは実務上難しい問題がある。

 

初めてゴムの混練実験を行ったとき、指導社員から1組の加硫ゴムサンプルを渡された。そして、まずそのサンプルと同一の処方を混練し4種類の力学物性がすべて一致するゴムが得られてから実験を開始するように指導された。ところが、このゴムサンプルと同様の力学物性を有したゴムを再現良く作れるまで5日かかった。バンバリーとロールを組合わせて混練していたのだが、勘所を指導されていてもそれが身につくまで1週間近くかかったわけだ。

 

特殊な樹脂補強ゴムでプロセス変化が顕著に物性に表れる。その後様々なゴムを混練したが、そのサンプルほど物性がプロセスに依存していた例を体験しなかったので高分子の混合がどのような意味を持っているのか理解するのに貴重な体験だった、と思っている。一度この体験をすると、高分子の混練プロセスだけでなくその他のプロセシングについても慎重になる。

 

13年前、レンズ材料を担当したときに某ポリオレフィン材料だけを混練してみた。横軸に混練時間を、縦軸にガラス転移点における熱力学的値をとり、その変化を調べた。驚くべきことに30分以上混練しないと縦軸の値が安定しないのである。30分以上4時間まで混練したが40分から安定してばらつかなくなった。分子量分布はわずかに変化していたが誤差の範囲であった。

 

この実験結果は、日々納入される材料の品質安定性とも関係する。材料スペックや力学物性の偏差は小さいが、あるパラメーターのロットばらつきは大変大きいにもかかわらずスペックに入っていない。その一方でレンズ成形においてばらつきに悩んでいる実態を見て複雑な気持ちになった。<明日へ続く>

カテゴリー : 一般 高分子

pagetop

2013.04/25 成功する技術開発(2)

異なる低分子の組み合わせで混合したときの現象については基礎的な物理化学の教科書に書かれた内容でほぼ説明可能である。ほぼ、という表現を用いたのは、低分子の組み合わせでも科学的理論からはずれた現象が観察されることがある。これが高分子の組み合わせになると、まず均一に混合するところから困難になる。

 

高分子と低分子の組み合わせについて希薄溶液ではフローリーの基礎的研究が科学的に正しい、と言われている。すなわち誰がどこで行っても再現する理論である、とされている。しかし、高分子の濃度でたった1-2%の世界の話で、この濃度を超えると低分子溶媒の中で高分子どおし接触が生じ理論から外れてくる。また再現性も怪しくなる。

 

高分子と高分子の組み合わせで生じる現象について、この低分子の組み合わせの世界で生じている現象と同様の捉え方で理論が構築されている。フローリーハギンズ理論がそれで、大雑把な理論にもかかわらず高分子の教科書に取り上げられている。

 

異なる低分子の組み合わせで均一になるかどうかは、溶解度パラメーター(SP値)で吟味される。高分子についても同様にSP値が用いられるが、フローリーハギンズ理論ではχパラメーターが定義されている。ややこしいのはこのχパラメータがSP値の関数である、という教科書が存在することである。

 

ゴム会社にはいるまでそのように信じていたが、指導社員から高分子のSP値は低分子溶媒に高分子を少量溶解して完全に溶解したときにその溶媒のSPと一致する、という定義であると指導された。χパラメーターと別物であるとも習った。またSBRと書かれていても銘柄が異なればSP値が異なることもある、と聞いてびっくりした。ゴムのブレンド実験をするときにいつも低分子溶媒でSP値を確認するように指導を受けた。χパラメーターやフローリーハギンズ理論は実務で信用されていなかったのである。また言葉は同じでも高分子のSP値は実験値であり、熱力学的パラメーターの関数と等しい、としてはいけないのである。

 

ただ数年してこの常識が常識では無かったことに気がついた。社内でもフローリーハギンズ理論を重視する研究者がいたのである。これは大切なことで、早い話が異なる高分子の組み合わせを混合したときに生じる現象はよく分かっていない、ということである。よく分かっていない現象について、教科書によく分かっているような書き方がされているので技術開発にも影響がでているのである。

 

SP値が異なる高分子の組み合わせ、あるいはχパラメーターが異なる高分子の組み合わせは必ず相分離する。この事実は正しい。そしてその相分離過程はスピノーダル分解で進行する、というのも正しいかもしれない。しかしχパラメーターがSP値の関数となる、というあたりから怪しくなる。この怪しい世界の現象についてどのように接するのか、この接し方でアイデアの出方が変わる。<明日へ続く>

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

pagetop

2013.04/24 成功する技術開発(1)

材料開発をセラミックスから有機高分子まで32年間研究開発した経験から、科学的に完璧に否定されない限り、技術開発は新しいことにチャレンジすべきだ、という考え方に至った。現代の科学で完璧に否定される技術はおそらく実現する可能性は低いが、科学で完璧に否定されない技術は実現する可能性がある。さらにその技術が完成したときに新しい科学の世界が広がるので挑戦的技術開発は人類にとって大歓迎すべき活動である。

 

昨年ノーベル賞を受賞したiPS細胞を創る技術は、それが実現するまでできるのかどうか科学的に不確かな世界であった。一つ一つの細胞について確認する作業が続けられている時にトリッキーな実験で一気にヤマナカファクターが完成した。ただしこの時点でそれはiPS細胞を創り出す技術であったが、ヤマナカファクターの研究が進むにつれて科学として完成しつつある。iPS細胞を創り出す技術ができあがってみると、ヤマナカファクターが4個の遺伝子の組み合わせであったので科学的アプローチをまじめに続けていたら膨大な時間がかかったであろうことが理解された。だから山中博士が最初に行った非科学的な実験を否定する人は誰もいない。むしろそのチャレンジ精神を称えている。

 

ヤマナカファクターには及ばないが、高純度SiC合成技術に用いる前駆体高分子の発明も非科学的方法で開発された。ポリエチルシリケートとフェノール樹脂はフローリーハギンズの理論から相溶しない組み合わせと言われていた。フローリーハギンズの理論を科学的に完璧であると認めるとこの組み合わせで均一なポリマーアロイを合成することは不可能なので技術開発しても成功の可能性は極めて低い。しかし、フローリーハギンズ理論は未だに科学的理論とは言いがたい。ゆえにポリエチルシリケートとフェノール樹脂を均一に混合したポリマーアロイの技術開発は成功する可能性があり、それが成功すると新たなポリマーアロイの技術の世界が広る。また、この技術の成功で、もしフローリーハギンズ理論が科学的に正しいならば、科学的な理論として不足している部分を明らかにできる。

 

高純度SiC前駆体の発明を行った時代にリアクティブブレンド技術はポリウレタンRIMのような低分子どおしの反応で用いられていた。これを高分子で行ったらどうなるか考えてチャレンジしたところたった1日で成功した(注)。山中先生と同じでただひたすら反応条件を変えて実験を行い均一になる条件を探したのである。300種以上の組み合わせ実験を行い、最適条件を見いだした。この30年前の実験の成功でフローリーハギンズ理論に対する疑問とカオス混合技術の可能性が結びついた。(明日に続く)

 

(注)ポリエチルシリケートとフェノール樹脂、反応触媒の3種類を混合し、透明な物質になる条件を求めれば良いので、1処方について実験開始から1分で結論は出る。実験準備も含め1日で500種類実験ができるという計算で実験を開始したが、朝9時から始め、ただひたすら撹拌実験を行い技術が完成したのは夜10時であった。

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

pagetop

2013.04/17 技術伝承の難しさ

技術者として身につけた公開可能な情報をここで活動報告として記載している。しかし、グラフなどをここで載せられない。生データが無いからだ。しかし、どのようなグラフであったかは記憶してるので文章表現で伝えるように努力している。うまく伝わるかどうか不明だが反響がそれなりにあるので続けて書いている。

 

ゴム会社で技術者として過ごした12年間において高分子技術に携わったのは3年程度。しかし最初の指導社員が優秀な技術者だったので当時先端のレオロジーを身につけることができた。技術の伝承者としても指導社員は優れた人であった。大学院で物理を専攻された理論家ではあったが、実験を重視していた。混練という技術が数式で表現できない世界であるため現場における観察を中心に指導してくださった。

 

12年間の残りの9年は、当時のセラミックスフィーバーに感化されて高純度SiCを企画し、セラミックスの担当者として過ごした。会社から2億4千万円の先行投資を受け、1階がパイロットプラントで2階が実験室の研究棟まで建てもらったためどんなに苦しくても辞めるわけにいかない。しかしゴム会社で畑違いの開発を始めたので、研究所内では評判が悪く、まさに死の谷(death valley:研究開発でたどる最も苦しい期間)を歩くことになった。ただ経営陣からの暖かい激励があったので開発を続けることができた。しかし、直接の妨害行為を受けるに及び、一人で開発を続けている立場として複雑な思いになった。

 

真摯に努力してきたつもりでも、周囲の目は夢の成果に固執する偏屈な人間に写ったのかもしれない。事業の中心となる技術はできていたので会社を去る決断をした。S社とのJVを立ち上げ、技術が後世に残るよう段取りを整え、高分子技術開発を担当できる会社へ転職した。ゴム会社で担当した技術内容に配慮し、セラミックス関係の会社をあえて選ばなかった。S社のK氏にもこの点はご評価頂いた。

 

当時残してきた技術は、無機材質研究所で1年半学んだ成果が多かった。例えばSiCが炭素だけで焼結することは田中英彦先生に教えて頂いた。留学前にフェノール樹脂発泡体の開発を担当していた経験を生かしフェノール樹脂を助剤にして無機材質研究所のHPを使い緻密化に成功したのも留学成果である。また、SiCの結晶化を考えるときに重要になる多形の存在。このシミュレーション法を井上善三郎先生から指導して頂いた。PC9801を1週間稼働させ50層までのスタッキングシミュレーションを実施した。

 

SiCの結晶成長では、わずかなエネルギー差にもかかわらず1600℃前後では3Cが2000℃前後では6Hが優先して成長すること、2Hが低温度で生成してくることが当時の話題で、2Hから6Hへの転移を直接観察する実験を3ケ月間担当した。この時の経験で高純度SiCの新しい合成法を発明でき、学位も取得できた。無機材研で行った50層までのシミュレーションはN88BASICでプログラミングしたが、計算速度もさることながら、中間データが大きく、当時のメモリーでは50層までが計算できる限界だった。その後Lattice Cの廉価版が発売されたので購入し、趣味で100層以上計算可能なプログラムを開発した。

 

SiCの結晶成長は多形という現象の理解が重要である。これらの研究成果は無機材質研究所で短時間にあげた成果で、学位にも盛り込みたかったが、フェノール樹脂を助剤に用いる技術についてはノウハウの部分が多いので取りやめた。またスタッキングシミュレーションもSiCウェハー技術への影響を考慮し学位論文から自主的に外した。しかし、これが失敗であった。

 

フェノール樹脂を助剤にして用いる技術は現在でも生きているが、結晶成長の基礎データについてはうまく伝承されていないのだ。昨年ゴム会社はSiCウェハーの事業をとりやめた。これから成長が見込まれる事業分野なのに残念である。少なくとも写真会社へ転職した1991年当時、SiCに関してそのゴム会社はトップレベルの技術を持っていたはずである。

カテゴリー : 一般

pagetop