推論については、第一次AIブームで大きな進歩があり、逆向きの推論により特定の問題にコンピューターを使って解を提示できることが示された。
例えば、E.J.Coreyは、1970年ごろ逆合成のアルゴリズムを提唱し、第二次AIブームの時に有機化合物をデザインするためのエキスパートシステムを発表している。
筆者は、この時初めてAIの研究に接し、彼の論文に従い逆合成を行って、シントンとなるジケテンからシクラメンの香りの成分であるゲラニオールの全合成に成功している。
ここで、シクラメンの香りを選んだのは、布施明の「シクラメンの香り」がヒットしていたからにすぎず、合成ターゲットは何でもよかった。
第一次AIブームで成果が出た「推論と探索の方法」について、実際に活用したかっただけである。専門外の難解なAI技術であるが、その成果をブラックボックスとして活用するだけであれば、難しくない。「使い方の手順」を理解するだけで良いのだ。
ちなみに、推論には、科学で使われる前向きの推論と第一次AIブームで検討された逆向きの推論があり、逆向きの推論では、ゴールとなる結論を満たすケースだけ考えればよい。
この逆向きの推論によるアルゴリズムの効率の良さは、1960年代の受験参考書にも「結論からお迎え」と標語化されており、実務から大学入試まで使える範囲は広い。難解なAIであるが、成果を使うだけであれば、その敷居は低い。まず、使ってみることが重要となってくる。
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第三次AIブームで登場したデータ駆動による生成系AIについて、先にその動作概略を説明したが、過去のAIブームについて図1により改めて説明したい。
「コンピューターを使って問題を解く」という視点では、細々であるがTRIZの研究は進められている、と述べた。また、知の研究成果が注目されて生まれた過去二度のAIブームでは、エージェント指向という新しいパラダイムが生まれて現在でも研究されている。
これは、1999年に派手なワイヤーアクションが注目された映画「マトリックス」にその世界観が表現されていた。多数のエージェントが自ら情報を探し出し、その情報から状況を判断して各エージェントが振る舞いを決めるアルゴリズムを主人公との戦いの場で表現していたのだが、データ駆動よりも高度なソフトウェア技術が必要であり、未だ実現されていない。
ところで、第三次AIブームは、従来のオブジェクト指向で作り上げた深層学習のソフトウェア、生成系AIの成功で始まっている。
そもそも機械学習という手法はAIの研究において一分野に過ぎない。また、このパラダイムにおいて、知識は単なるデータにすぎず、パターン認識で動作しているソフトウェアという見方もできる。
A.M.Turingが1950年に提起した「機械は人間のように論理的に考えることができるか」という問いで始まったAI研究であるが、一つの解となる期待から生成系AIブームとなっている。
社会実装も始まったが、材料技術者が、これからAIに関する学問を学ぼうとしても難解な数学と対峙することになる。また、ソフトウェア工学の視点からアプローチしても数学以上に難解だけでなく膨大なプログラムコードと格闘することになる。
しかし、基本となるパラダイムは、知識を表現するための「知識表現」と、知識を利用するための「推論」であり、この大枠の中で、これまでのAIブームが起きていることに着目するとその理解が容易となる。
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過去の2度のAIブームでは、例えば創薬のデザインなどの特定の専門分野に関するエキスパートシステムを提供できたが、今回のAIブームで登場した生成系AIでは、知を学習データに表現できる限り人間のように柔軟に答えを出してくれるので、一過性のブームではなく、AIの本命と期待されている。
但し、データとなる知識を明文化しなければいけないので、形式知と経験知しか扱えない。それでも生成系AIに接していると、あたかも人間と話しているような錯覚になる。
しかし、人間のヒューリスティックな回答の動作とそれが本質的に同じかどうか不明である。現在のAI(大規模言語モデルLLM)は、推論型モデルを含めて、本質的に暗黙知を獲得することはない。
しかし、ChatGPTに搭載されているメモリ機能やRAG(検索強化生成)を活用することで、過去の情報を参照し、あたかも暗黙知から経験知を創り出しているかのような振る舞いを見せることはある。
ただし、これは人間の暗黙知による活動とは異なる。つまり、AIが暗黙知を持っているように見えても、その動作は外部情報の言語連鎖を活用した疑似的連想であり、技術や芸術の創造を促す人間の暗黙知とは異なる。
AIの本命と言われている生成系AIではあるが、人間が暗黙知から芸術や技術を生み出すような動作は、まだ確認されていない。
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今注目されている生成系AIのアルゴリズムは、大量の知識データを用いて知識をパターン認識し推論ルールを決めてゆく自由度の高いアルゴリズムである。ゆえに、人間に代わり自由な発想で問題解決できそうな期待を抱かせる。
2006年に発表された深層学習(ディープラーニング)の手法にベーズ統計を組み合わせたアルゴリズムで動作している。TRIZのようにあらかじめ用意された、あるいは既知のパターンとの比較参照で推論を進めるアルゴリズムではなく、大量のデータを学習して、その学習結果により判断ルールが決まり推論が行われる。
すなわち、第三次AIブームで生まれた生成系AIは、過去のAIのようにアルゴリズムで知の表現や推論が決められている動作ではなく、大量のデータを学習して動作が決まる、データ駆動と呼ばれるアルゴリズムで作られている。
繰り返しの説明になるが、あらかじめ大量の論文を学習アルゴリズムでプログラムされた学習機械に読みこませ、知識のパターンである言葉のつながりを学習させる。
学習が終了してから質問を行うと、連想ゲームのようにコンピューターが動作して回答を出す。すなわち、大量の論文データで学んだ単語のつながり、関係の強さなど知識のパターンを基に動的に決められた判断ルールにより推論して答えを出している動作が、生成系AIの「考える動作」である。
この動作は、過去の2度のAIブームで開発された、専門分野の知識をあらかじめアルゴリズムで組み立て、そのプログラムで推論させる方法とは明らかに異なる。
このビッグデータを用いた知識のパターン認識により、コンピューターの推論動作を構築する手法、データ駆動の仕組みゆえに、動作が広範囲の分野の単語に柔軟に対応でき、あたかも人間のような動作に見えるのである。
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このAIブームの成果と1946年にロシアで生まれたTRIZでは、知の活動である問題解決をコンピューターで行う。そして、これらは日本で1970年代に設立ブームのあった情報工学分野の技術、データサイエンスで扱われる。
ここで着目していただきたいのは、コンピューターを用いて問題解決を行うためには、何らかのアルゴリズムで作られたプログラム、ソフトウェアとデータが必要という制約である。
そして、その制約の中で、人間が問題解決を行う時の推論をどのようにアルゴリズムでコンピューターに実装するのかはAIを設計する時に問題となる。
例えば、TRIZであれば、図2の概略で示したように、モデル化された知識のデータベースを比較参照しながら問題解決を進める。モデル化された知識とは、知識のパターン表現であり、このパターンとの比較参照がTRIZにおける推論のアルゴリズムとなる。
また、モデル化ができるためには、形式知もしくは形式知に準ずる経験知に限られる。1998年に開催されたTRIZ国際会議ではUSITが発表されているが、どこか第二次AIブームのさなかに生まれたオブジェクト指向に似ているところが面白い。
問題分析でパターンを生成し、その後推論のプロセスとなっている。残念なのは、この手法で導き出される答えは、その仕組みから明らかなように「科学的に当たり前の答え」であり、科学教育を受けた人であれば、容易にかつ迅速にこの手法を用いなくても同じ答えを出すことができる。ゆえに、あまり注目されなくなったが、研究者は活動している。
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最近中国からも生成系AIが登場し、この分野の日本の技術の遅れが指摘されたりするが、ハードウェアの社会実装と異なり、ソフトウェアの社会実装は垣根無く広がる。文化面における日本の先進性に目を向けていただきたい。
生成系AIだけを取りあげれば、それを突然変異的に現れた技術と錯覚し、ただ驚くことになる。しかし、1649年にパスカルが歯車式加減算機を、1674年にはライプニッツが歯車式乗除算機を提案して以来、人類は機械に知の活動をゆだねる技術を考え続け、18世紀末に産業革命が始まるや否や1820年トーマスによりライプニッツの考案した計算機の実用化に成功する。
その後改良が続けられ、第二次世界大戦では暗号解読機として計算機は活用された。戦後ノイマン式電子計算機が実用化され、これが現在のコンピューター技術の始まりである。
これまでの歴史からすれば、産業革命以降に技術開発の遅れていた分野が、ようやく人類の文化へ影響を及ぼすレベルに到達したと捉えることもでき、現在進んでいるDXによる変革を「産業革命の総仕上げ」と表現している日本人もいる。
ともすれば、生成系AIの登場でその技術に遅れまいと慌てて走り出したくなるが、今話題のAIは三度目の正直で生まれた技術と泰然自若に構え、これまで開発されたAIとの比較や、人間の知について少し考えてみたい。
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2022年11月に登場するや否や、2ケ月で1億人以上のユーザーを獲得し、驚異的なペースで普及が進むChatGPT。これは2006年から始まった第三次AIブームの一つの成果である。
10年余りで収束した過去の二度のAIブームと異なり、第三次AIブームは、2018年に発表された大規模言語モデルGenerative Pre-trained Transformer(GPT)の成功で、2020年にはGPT-3が、2022年にChatGPT-3.5がリリースされ、現在はGPT-5が有料と無料(制限付き)でサービス提供されている。その市場は他の新たな事業者の参入もあり成長を続けている。
第三次AIブームと同じ頃に登場したAKB48がそうであるように、ブームも20年近く続けば日常となる。気軽に会いに行けるアイドルのコンセプトで社会実装された結果、SNSには自撮りの写真が溢れ、一億総アイドル時代となった。
生成系AIも社会実装され、結婚式の披露宴における祝辞や学生のレポート作成に利用されるようになっただけではない。自撮り写真ではAIによる処理が施され、「Kawaii(カワイイ)」が溢れだした。100%AIで創造されたKwaii画像も多数登場し、アニメとともに、この日本文化は世界から注目されている。
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1970年代に基礎研究が完成したホスファゼンは、無機ベンゼンとも呼ばれているP=N骨格の3量体環状化合物を中心にした環状化合物の総称である。
ファイアーストーンによりPNF200という商品名で1970年末にエラストマーが販売されたが、このポリマーを合成するためには高純度の3量体環化合物が必要である。
合成ルートは様々あるが、不純物として生成する4量体を少なくするルートが開発され、1980年代にはホスファゼンに関する研究がブームとなった。
リン系化合物なので、難燃剤としての実用化研究が盛んになったが、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームはその先鞭をつけるものだった。日本化学会などで発表されたが、世界初の技術でありながらゴム会社では始末書扱いの情けない結果となっている。
ホスファゼンを研究したのは、大学院を修了し卒業するまでの20日間である。大抵の学生は卒業旅行はじめ遊んでいたが、当方は大学の許可を得て20日間研究し、論文2報書いている。
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残業代が出ないことを承知で残業を命じた上司、そして残業代が出なくても素直に従った部下、しかし当時のことは心の傷として癒されず今でも残っている。
部下が残業しなければいけない状況で、それを拒否して帰宅するのは、ある意味健全である。そもそも残業させなければいけないような計画を立てている上司がダメなのだ。
働く意味は、貢献と自己実現、と言ったのはドラッカーである。樹脂補強ゴムの開発では、1年の仕事を3カ月でまとめるぐらい休日も忙しく働いたが、楽しい思い出として残っている。
残業をした、とか休日出勤をしたとかそんなケチな考えなど、今でも思いつかない。むしろ、混練技術や高分子プロセシングについて実技として学ぶことができ、充実した3か月間の思い出として残っている。
当時の指導社員にはお金では買えない知識と体験を指導していただき、大変感謝している。感謝だけではなく、神様のように感じている。
それに対し、本来残業をしないしつけをするために美人の指導社員をつけて、定時退社だけでなく、定時後の楽しみ方を指導予定と話していた上司が、世界初の成果を見たとたんに目の色が変わり、残業代が無いのに残業を命じてきた。
特許も素案を書かせておいて、上司がトップネームで当方は末席である。それだけではない。プレゼンテーションに失敗した原因を部下の責任にして、新入社員の当方に始末書を書かせたのである。
残業をキャンセルする若者の思考がどのような回路であるか、当方は知らないが、キャンセルされたからと言って、上司は怒る必要はなく、やらなければいけない仕事であれば、上司が行えばよいのである。
そもそも、仕事の価値は、上司と部下の関係で決まるのかもしれない。会社がどれほど立派でも直属の上司がポンコツであれば、部下にはダメな会社、無意味な仕事となるのである。
ドラッカーの定義づけた働く意味が、仕事に感じられるようにマネジメントしておれば、部下は残業キャンセルと言わないのではないか。
働き甲斐を上司が部下に説教するのは詐欺である、と言っている女性脳科学者がいる。部下が自分の仕事に働き甲斐を感じるのは、当方のサラリーマン時代を思い出すと、やはり、直属の上司と部下の関係が重要である。
貢献する気も起きないような部下と上司との関係では、部下は働かない。自己実現の可能性が無く、上司の責任まで始末書を書かされるような状態では、部下は皆「この課を出たい」と言い出すだろう。実際にグループ全員の大合唱を40年ほど前に見たときに、マネジメントの知識の重要さを学んだ。
QMSが普及し、新しく赴任した部署ですぐに仕事を始められる環境の職場は多いだろう。しかし、上司と部下の関係は、仕事を通じ育ててゆくものである。仕事を単なる作業として部下に任せてはいけない。
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ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームは世界初のホスファゼン変性ポリウレタンエラストマーである。それを当方は、ゴム会社の基盤技術0の状態から合成に成功している。
大学院はSiCウィスカーの講座で2年間学んだが、大学4年の時に身につけた当方の合成技術スキルが高かったのである。その結果、セラミックスの講座出身の社員にも合成できる簡単な技術と誤解され、主任研究員からすぐに工場試作の準備をするように指示が出た。
主任研究員には、合成スキーム等説明し、エーテルなども使う危険な作業であることを説明しているが、セラミックスの研究室でエーテルを使ったら大変だろうが、ここは高分子合成研究室だから大丈夫と言われている。
さらに、合成するのに時間がかかることを説明したら、残業しても良い、という。しかし、当時新入社員の2年間は残業手当が出ない規則だった。入社して半年間の研修でも終日拘束され、夜は夜で集団生活で、残業代は無かった。
樹脂補強ゴムの開発は面白い仕事だったので、残業代など無くても楽しく残業して1年の計画を3カ月で仕上げたのである。しかし、今回はノー残業生活と時々美人とのオフJTという楽しい生活を犠牲にしてホスファゼン前駆体を工場試作用に大量合成しなければいけない。
それで休日出勤も願い出たら簡単に許可が出た。それで休日出勤もして工場試作に必要なホスファゼン前駆体をたった一人で合成している。そして、工場試作を成功させたのだが、その後、主任研究員から始末書を書けと1週間もめることになった。
こうして当時を思い出しながら書いてみたら、無茶苦茶な体験であることを改めて感じた。このような時代があったのだ。その後FD事件が起きるまで12年間この会社に勤務しているが、完全なるブラック企業だったのだろう。
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