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2016.10/17 基礎研究の効率的推進方法(2)

半導体用高純度SiCの事業化では、不眠不休に近い集中力で無機材質研究所で行った5日間の成果を基に2憶4千万円の投資が決まり、1階がパイロットプラントで2階が研究室のファインセラミックス棟が建設された。たった5日間の実験だったので実際のデータは少なかったが、パイロットプラント建設のための十分な情報がすでに世の中にあった。
 
すなわちイビデンはじめ先行するメーカーのシリカ還元法に関する特許が多数公開され始めた時代である。またSiCはエジソンの弟子アチソンによる発明で、その製造方法については公知情報だけでもプラント建設が可能な状況だった。
 
しかし当時の技術で量産可能なSiCの純度はせいぜい99%が限界だった。経済的な高純度化技術については未知の領域であり、もし高純度SiCを使用したいというときには実験室で用いられるレーリー法がよく知られた方法だった。気相合成法も登場していたが、量産には難点があり実用化プラントは成功していなかった。
 
このような時代背景で、フェノール樹脂とポリエチルシリケート、酸触媒の3成分によるリアクティブブレンドで合成された前駆体による方法が唯一の高純度SiC量産方法であるとの、専門家のお墨付きが得られた。このような状況ではアジャイル開発で直接製品を作り市場開拓をするのが一番と判断し、前駆体法の基礎研究を後回しにした。
 
そのような時にU本部長から前駆体の品質管理をどのように行うのか質問があった。本質をとらえた鋭い質問だったが、アイデアの整理はできていたので、「超高速熱天秤を開発し、その熱天秤で検査を行う」と回答した。すぐにやれ、との指示が出た。
 
1ケ月ほどで当方の設計による熱天秤の外形は出来上がったが、これは当方の要求した部品をつなぎあわせただけでスペックについては満たされていなかった。依頼したメーカーにこのままでは検収できない、と伝えたら、設計の責任は当方にある、と言われたので、すぐに納入してもらい、急遽改良に取りかかった。たった3日でスペックを満たす熱天秤となったので、メーカーの担当者を呼び、クレームをつけたら「性能が出るんですね」とびっくりしていた。
 
熱天秤に2000万円の見積もりを出してきたときにふざけている、と思ったが、仕様を満たさない装置を当方の責任と押しつける神経にも驚かされた。しかし、部品の製造技術をもっている会社が当時そのメーカーしか無かったのでしかたなく発注したのである。このような状態なのでソフトウェアーも自分で開発することになり、この装置のために1週間ほど徹夜(注1)したが、何とかSiC生成の速度論を研究できる設備、すなわち、SiCの前駆体の品質管理ができる設備ができあがった。
 
U本部長に品質管理方法をプレゼンしたところ、仕事の早さを褒められた。褒められついでにこの品質管理の装置で速度論の研究を行ってよいか尋ねたところ、学位を取れとの指示も出た。T大で学位を取ることになったが、それはすべての研究が完了してから上司が調整してくださった。
 
当時の開発状況を簡単に描くと以上であるが、市場開拓と基礎研究が同時並行(コンカレント)で進められている。基礎研究結果がどれほどのレベルであったかは、T大の先生が勝手にその先生の名前をファーストネームにした論文を出したことからご想像願いたい。よほど良い研究と評価されたのだろう。あまりの行為に腹も立ったが、当方が企画しまとめた研究の評価ととらえ、学位のために我慢した(注2)。
 
(注1)当時の残業時間は常識外れな量であり、そのため会社へほとんど残業申請していない(補足)。すなわちすべてサービス残業でこなしている。会社の責任ではなく、すべて自己責任と考え、死なないように健康管理とストレス解消に努めた。ファインセラミックス研究棟から徒歩3分の所に独身寮があったので都合が良かった。同期や同僚との飲み会がストレス解消の場となった。当方のために合コンを企画してくれた友人もいた。死の谷の6年間の前半は、今から思えば人生でもっとも輝いていた時だ。職場環境は大切である。ゴム会社がアメリカの会社を買収後、次第に風土劣化が進行し組織も機能しなくなった。U本部長が続投されておればもう少しまともなマネジメントでFDの問題も起きなかったのではないか。
(注2)結局これ以外にいろいろ問題があり、学位を中部大学で取得している。STAP細胞の騒動でも学位のあり方が問題になっているが、有名大学だからその学位が価値がある、という認識は、日本では持たない方が良い。学位は、中身こそ重要である。アカデミアの優秀な研究者が自分の研究にしたくなるほどの内容の学位にまとめ上げた満足感がある。また中部大学は、海部俊樹元文部大臣が中部圏下の私立大学ではじめて学位審査権を授与したスタッフが優れた大学である。学位審査方法も厳しくコピペは御法度である。
(補足)この状態は好ましくないことである。しかし、知識労働者が働きたいように自由に何でもできた時代でもある。今は労務管理が厳しくなりこのような残業は、せいぜい1週間しか続けられない。死にそうなぐらい働いて、残業代も申請せず、見かけ上ブラック企業そのものだが、貢献の喜びが満たされているときには苦痛よりも幸福感を感じるものである。いや、むしろ幸福感があったので死ぬほど働くことができたのかもしれない。死の谷は長かったが、日々目標を確認しながら、小ゴールを設定し、それを毎日実現する達成感のおかげで苦痛ではなかった。

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