2025.03/18 高分子の破壊
小学生の頃に象が乗っても壊れないアーム筆入れ、という商品がヒットしている。TVで実際に象に踏ませて壊れないところをPRしていた。
映像で見る限り、象の全体重が筆入れにかかっていたわけではないが、それなりのインパクトがあった。同様に今でも記憶に残っているナイロンザイルの事故は、高分子の破壊について講演するときに常に思い出す。
奥穂高の事故を扱った井上靖の「氷壁」は、当方が3-4歳頃の新聞小説で、その後映画化やTVドラマ化されている。だから、実際の事故について記憶が残っていたわけではない。
小学校時代に見たTVの記憶である。最初のTVドラマではフジTVの昼メロ(注)として放映されており、記憶が正しければ、人妻と密通しロッククライミングで滑落する男性を渋い二枚目の山崎努が演じていた。
この思い出は、その後必殺仕事人で念仏の鉄の演技を見ていて興ざめした体験として残っている。小学校高学年の午前中の授業だけの時に帰宅すると、この昼メロを見ることができ、ナイロンザイルの事故として一生懸命見ていた。
氷壁は長編小説であり、読むのに大変だったが、この昼メロを見ていたおかげで、中学の時に一気読みしている。このような経験から、古い事件でありながら、小説と実際の事件との区別がつかず、鈴鹿高専の実験を見ていたような錯覚まですることがある。
また、念仏の鉄と滑落死した人物が一緒なのは、必殺仕事人を見ているときに邪魔な記憶だった。特に鉄が女郎と遊んでいるシーンを見ると人妻との密通を思い出し、喜劇に映ったのである。
ところで、ナイロンザイル事件はTVドラマのような浮ついたものではなく、長い間裁判が行われ切れるはずの無いナイロンザイル事件として当方が成人するまで新聞でたびたびニュースとして取り上げられている。
ちなみにこのナイロンザイルはT社製の糸をTS社がロープ化したもので、企業と被害者がそれぞれ公開実験を行い戦っている。このように泥沼化したのは、高分子材料の破壊機構について科学的に不明点が多かったからである。
科学的に不明だから企業に過失はない、というのは法的に正しいのかもしれないが、思春期の当方の目には良い印象が残っていない。T社もTS社も日本を代表する立派な企業であり、例えばPPS/6ナイロンの技術は、脆いPPSを高速で動作する複写機部品として使えるようにした素晴らしい技術である。
しかし、パーコレーションの問題を解決できなかったのは残念で、技術サービスからド素人と評価された当方が3カ月でコンパウンド工場を子会社の敷地に建設しなければいけない事態になっている。
この時、脳裏にあったのは、辛抱強くナイロンザイルの問題を訴えた被害者の兄の姿である。PPSの力学特性を改善する技術には成功したが、半導体としての電気特性を安定化させる技術に失敗している点に気づいていない問題を深く議論することをすぐに諦めている。半年後には製品に搭載しなければいけない部品の責任者だったからである。
二律背反の技術は、科学では解決しにくい場合が多い。そのとき科学で分かっていないからモノはできないでは困るのだ。今月19日にこの事例とともに問題解決の方法をゴム協会シンポジウムで2時間講演する。
何をこの時考えていたかについても話す予定でいるので聞きに来て欲しい。セラミックスが専門の人間がリスキリングできたDXの効果についてご理解いただけるのではないか。
ちなみに、材料の破壊力学が金属やセラミックスに適用され、一応の完成を見たのは、1980年代のセラミックスフィーバーの時であり、高分子の破壊についてはまだ細々と研究が続けられている。
しかし、金属やセラミックスで線形破壊力学の考え方の正しさが確認され、K1cというパラメーターは弾性率同様に物質の固有の値という認識ができつつある。
当方が、材料の破壊に関心があるのは、プラモデルが登場した時に今は無くなった今井模型の社長からケミカルアタックの説明と壊れた部品の代わりを送られた思い出からである。
ナイロンザイル事件について新聞のニュースで知ったのは小学校高学年になってからであるが、昼メロ以外に氷壁のドラマをその後数回見ることになり、高校生の頃にナイロンザイル事故が同日に2件起きたセンセーショナルなニュースはワイドショーでも扱われ今も覚えている。
そして成人した時に法制化されたニュースを見た記憶が残ってる。同様にTVドラマを通じて印象に残っているのは、「わたスキ」が放映された時に頻発したABS製スキー靴が壊れる事故である。
高分子材料の破壊について、学術的な思い出よりもこのようなTVドラマとの関連で関心が強く、今も興味深くその研究成果について勉強している。
(注)この昼メロを今から思い出しても少し憤りを感じる。いくらナイロンザイルの結晶化による靭性低下が原因という機構が分かっていないから、といっても、滑落原因を人妻との密通が原因であるかのような展開だったからである。一方で鈴鹿高専の先生が辛抱強く研究成果を発表されて、それが新聞で取り上げられたりしていた。すなわち高分子の破壊がこれほど社会問題化された例を当方は知らない。「私をスキーに連れてって」では、スキー靴の問題を扱わず、モータリゼーションの世相を描くのに一生懸命だった。デートカーという言葉も生まれ、その後プレリュードが大ヒットしている。プレリュードは、バブル崩壊後売れなくなってカタログから消えたが、最近ホンダはプレリュードを再登場させると発表している。初任給バブルの時代にヒットするか?
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