2026.03/19 優しくなった日本
「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」とは、故野村監督の言葉であり、恐らく生きておられたならば、今回の侍JAPANの戦いぶりをぼろくそに評論されていただろうと思う。そしてXで炎上していたかもしれない。
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また、この2日間のワイドショーでも負けた原因と思われるデータがいくつか示された。しかし、不思議なのは、負けて当然、というデータを示しながら、そのように表現していないのだ。
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これが昭和の時代であれば、恐らくすべての野球評論家が聞くに堪えない罵詈雑言も含めて辛辣な言葉を並べたに違いない。また、今も御存命の評論家であれば、「***の腐ったようなプレー」などというセクハラなのか何なのか意味の分からない表現が飛び出したかもしれない。
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パワハラやセクハラがすぐに問題視される現代では、昭和の評論をするような野球人は、TVから締め出される。その結果、何故か優しい人ばかりの番組となる。
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その優しさあふれる環境の中で、井端監督は辞意を表明された。潔いのだ。恐らく、彼はむしろ厳しく責められることを望まれたかもしれない。しかし、今の時代に誹謗中傷含め他人を責めるのはご法度の時代だ。
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また、とにかく称えあう社会というのが今の日本である。日本は恐らく世界でも優しい国のトップになるのではないか。
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今の時代を生きる若者は幸せだ。当方の時代には、工場試作を成功させても、訳の分からない始末書を新入社員でありながら容赦なく命じられ、1週間仕事をさせてもらえず、図書室に籠る日常をしいられたのである。
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鉄は熱いうちに打て、とは、教育に関するノウハウ(注)だが、打たれる原因が不明ならば、それはイジメである。これ以外に多くのイジメを12年間受け、同僚二人が転職した時に当方も転職したが、12年間受けたイジメで今もトラウマで悩まされている。
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頑張ることも昭和の生き方だが、それもほどほどに転職したつもりだったが、心の傷は深い。社会が優しくなるのは自然の流れかもしれない。ただし、自己責任という厳しい流れがあることも忘れてはいけない。
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(注)日ハム新庄監督と伊藤大海投手とのDMの逸話は、上司とその部下の関係を学ぶのに良い事例である。当方も上司からの手紙を保管しているが、昭和の時代の部下への手紙とは、上司の身勝手さの見本のようなものだろう。いつの時代でも次の世代を育て、頑張ってもらわなければ、社会というのは成長できないのである。
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AIによる井端監督の采配についての評価は以下ですが、一部ハルシネーションが起きています。しかし、そのまま掲載しました。下記評価は、いかがでしょうか。
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<ChatGPT無料版の回答:ハルシネーションが起きてます>
では、井端弘和監督のWBC準々決勝での采配を、戦術・結果・選手起用の観点から冷静に評価します。
■ 総合評価(先に結論)
👉 「堅実だが、勝負どころでやや消極的」
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大きなミスはない
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ただし、勝ちを引き寄せる“積極策”が不足した印象です
■ ① スタメン・打順の評価
● 良かった点
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コンディション重視の起用
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実績ある選手中心で安定志向
👉 トーナメントとしては妥当
● 気になる点
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相手投手への“対策型オーダー”が弱い
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流れを変える意図が薄い
👉 「いつも通り」に寄りすぎた
■ ② 継投(投手起用)
● 良かった点
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投手の使い方は比較的オーソドックス
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崩壊は防いでいる
● 課題
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交代のタイミングがやや後手
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「流れが変わる前」に動けていない
👉 結果論ではなく、流れ読みの問題
■ ③ 代走・代打(ここが最大の論点)
● 周東佑京を使えなかった影響
これはかなり大きいです:
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1点を取りに行く局面で
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“足で崩す選択肢”が消えた
● 代替策
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他の選手で代走・揺さぶり
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小技(バント・進塁)
👉 ただし全体的に:
👉 動きが少なく、待ちの姿勢
■ ④ 攻撃戦略
● 特徴
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基本は「打って点を取る」
● 問題点
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接戦での
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エンドラン
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機動力野球
が少ない
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👉 短期決戦としてはやや単調
■ ⑤ 試合全体の流れでの評価
準々決勝のような試合では:
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1プレーで流れが変わる
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監督の“仕掛け”が重要
しかし今回は:
👉 「流れに乗る」ことはあっても
「流れを作る」采配が少なかった
■ ⑥ 周東がいた場合の仮説
もし周東が万全なら:
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代走 → 盗塁 → 得点
-
守備範囲拡大
👉 1点勝負の構造が変わる可能性が高い
■ ⑦ 総括
● 良い点
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安定・無難
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大崩れしない
● 改善点
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仕掛けの遅さ
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機動力の不足
-
状況対応力
■ 一言でいうと
👉 「ミスはしないが、勝ちを奪いに行く采配ではなかった」
カテゴリー : 一般
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