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2017.08/08 世界陸上川内選手(2)

「看板激突、転倒、給水失敗と“川内劇場”を繰り広げながら、それでも最後は出場選手の中で群を抜く70回に及ぶマラソンの経験を生かし猛追。入賞までは3秒届かず、ゴール後は天を仰ぎ崩れ落ち、車いすで搬送されたが、完全燃焼の走りを見せた。

 

数字で見ても、驚異的な追い込みだった。川内のラップは、35キロ~40キロが15分58秒で全体4位の数字。さらにラスト2・195キロは6分41秒をマークし、金メダリストのキルイ(6分51秒)らを上回り、最速タイムをマークした。」(デイリースポーツ8/7電子版より)

 

川内選手の記事がWEBを賑わしている。入賞もしていない選手についてここまでニュースで取り上げられるのはすごいことだと思う。最強市民ランナーという肩書は伊達じゃない。

 

今朝この欄で川内選手を取り上げるつもりはなかったが、実業団選手の成績を思い改めて書いた。女子選手は何故30分の壁を越えられなかったのか。陸連は原因を調査すべきではないのか。

 

根性論を述べるつもりはないが、再放送を見ても気合のようなものを女子選手たちから感じられなかった。川内選手が指摘していたように、「できることをすべてやる」精神が無かったと言われても仕方があるまい。

 

がむしゃらになって何かに打ち込む姿は美しい。2時間以上も他人が走っている姿をTVで見るのは感動を得るためでもある。残念ながら実業団選手からはそのような感動が得られなかった。事務的に走っている姿が何か異様だった。

現代は、選手として選ばれたなら頑張ることを強要してはいけない時代である。頑張るかどうかは個人の自由で、かつて水泳選手でそれを正直に話した女性がそれ以後の大会代表から外されたことを不満としスポーツ裁判所に訴えた事件があった。
誠実と真摯はドラッカーの著書を読むと何処かに必ず書かれている言葉であるが、自由を前提としたときに個人の考え方あるいは人生に対する姿勢、社会に対する姿勢がどうあるべきかは常に意識し体現できるようになりたい。スポーツ選手であれば川内選手はその模範である。

カテゴリー : 一般

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