2013.06/04 科学と技術(酸化スズゾル5)
タグチメソッドで最適化された酸化スズゾル水溶液に含まれる非晶質酸化スズの体積固有抵抗は10000Ωcm前後で安定して合成できた。また、この程度の導電性であれば、帯電防止層を設計する時に最適な値である。
帯電防止層は、酸化スズゾルをラテックスに分散した溶液をPETフィルムに塗布して製造する。帯電防止層の表面比抵抗は10の10乗Ω程度あればよいので、導電性粒子の体積固有抵抗は10000Ωcmもあれば充分である。パーコレーション転移の安定化の観点からは、タグチメソッドによる実験で最適な透明導電性材料が得られたのである。
過去の技術を見直し、すなわち温故知新ですばらしい技術ができた。公知技術を用いて完成しているので1000件以上あるライバル会社の特許も気にする必要が無い。この非晶質酸化スズゾルを用いた帯電防止層は、アナログからデジタルに移りつつあった感材の新製品に使用されるすべての支持体に採用され、化学工業協会から技術特別賞を頂いた。
この技術開発を行いながら、科学の視点でも非晶質酸化スズを見直した。その過程で驚くべき事実に遭遇した。無機化学の世界では偉い先生なのでお名前を伏せるが、10人中9人の学者が非晶質と答えた分析データを結晶との区別ができなかったのだ。この事実から改めて結晶という言葉の科学的意味を調べてみたら、無定義用語に近い言葉であることがわかった(1995年の出来事)。
ガラスには定義が存在したが、結晶については明確な定義が無く、非晶質との境界が不明確なナノ結晶などという言葉も存在する。例えば完全非晶質なカーボンを合成しても、粉末X線で測定すると低角側にブロードな反射がわずかに現れる。TEMでカーボンの結晶を探しても存在しないが、わずかに積層しているような構造が観察される。しかし、TEMで層間距離を測ってみても一般のカーボンよりも広い。
この材料を2000℃程度で処理を行うと徐々にカーボンの結晶らしきものがTEMで見えるようになるが、粉末X線の反射像はブロードのままだ。すなわち結晶と非晶の区別に明確な境界線を引くことができない可能性がある。そこで複数の分析データが必要になり、それらを組み合わせて非晶と判断することになる。非晶質体を科学的に研究しようとするとこのあたりの難しい問題が存在する。
<明日に続く>
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