2013.09/10 科学と技術(49:ミドリムシプラスチックス1)
今年の夏は暑かった。ミドリムシがよく育った。健康食品の会社ユーグレナは南方の島でミドリムシを培養しているそうだが、理由の一つがわかりました。ミドリムシは栄養を与えなくとも空気中の二酸化炭素を栄養としてよく育つ(光合成)。しかも光を与えて育てると、ある一種類の多糖類だけを選択的に作るという面白い性質がある。暗がりで育てればバイオディーゼルに使用できる脂肪酸を生成する。
この性質を利用すると、暗がりでできた脂肪酸と光合成でできた多糖類とを組み合わせて100%ミドリムシの樹脂を製造可能である。但し実際には工業用脂肪酸が安価なのでこちらを使用した方が安くなり実用的にはセルロース系樹脂と同様にアセチル基やプロピル基で変性した材料になると思われる。
興味深いのは、同じ多糖類のセルロースの場合では植物からセルロースを抽出するときに多量にできるリグニンなどのアルデヒド類の処理が問題となるが、ミドリムシから多糖類を抽出するときにそれが不要な点である。これはセルロースに比較して大きなアドバンテージになる。また抽出方法も乾燥したミドリムシをある薬品で処理するだけで簡単に多糖類が沈殿として落ちてきて、ミドリムシ1固体あたり収率50%という効率の良さだ。この実験は台所でもできる。
多糖類をベースにしたバイオケミストリーの研究は進んでおり、あとはコストだけ、と言う段階である。ミドリムシから抽出される多糖類は高分子量なのでそのままでも生分解樹脂としての応用が可能であるが側鎖を修飾することにより、セルロース化学と同様の展開が可能である。さらにセルロースでは難しかった押出成形や射出成形が可能な材料になる。すなわち液晶用フィルムTACはフィルム製造プロセスでメチクロという環境に悪い有機溶媒を使用しており、それを押出成形で製造する特許が多数出願され、いまだ実用化されていないが、それを解決できるようになる。化粧品を開発しながらミドリムシを育て健康食品と光学用部材を開発する、という技術シナリオは面白いと思う。
ここまでの話はすでに公開された情報であるが、ミドリムシから抽出される多糖類の性質を活用すると様々な応用展開が考えられる。夢ではなく既存の技術でそれが達成可能であり、あとは工業生産を行うだけ、と言う状況である。
昨日までアイデアを出すコツとしてKKDの重要性を指摘してきたが、Dはともかくミドリムシについて調べるとKKの観点で極めて実用性の高い技術シーズであることに気がつく。特にTACやDACの押出成形で苦しんできた人がこの材料を扱うと驚くことになる。可塑剤が不要なのだ。ここまで読んで光学材料を扱ってきた人にアイデアが浮かばないとしたら、それはその人のKKに対する考え方に問題がある。
日頃KKを整理する努力を怠ると良いシーズを見落としたり、悪いシーズに執着して開発を失敗したりする。セルロースの分子構造及びそれを熱分析したレオロジーデータ等からなぜ可塑剤を大量に添加しなければ射出成形や押出成形ができないのかは、科学的にも想像ができ技術的な解決策としてミドリムシから抽出される多糖類へ思いが至る。
ミドリムシの商業生産は最近株価が上がっている(株)ユーグレナが成功し、健康食品の事業を展開している。放置しておけば肥溜めでも緑色に染めてしまうミドリムシを大量生産する方法は難しくない。藻の仲間については(株)デンソーがバイオディーゼルの商業生産をめざして取り組んでいるように原料価格150円/kg前後を見込める技術だ。ミドリムシから50%という高収率で1種類の多糖類が抽出されるのでさらに価格が下がる可能性はプラント開発を経験していれば技術的に想像がつく。
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