30年以上前だが、電気粘性流体の耐久性問題は典型的なトランスサイエンスだった。高偏差値の大学卒工学博士など数名で1年間取り組み、「あらゆるHLB値の界面活性剤を用いても解決できない」という否定証明の結論を導いている。
そして、電気粘性流体を封入するゴムとして、加硫剤も何も添加されていないゴム開発というテーマを設定して、住友金属工業と高純度SiCの半導体治工具事業をたった一人で立ち上げ忙しい当方に担当するよう命じてきた。
当時実務肌のU本部長から学者そのもののI本部長に代わり、当方の身の回りでは不思議な事件が起きるようになった。このゴム会社でありながら、絶対に実現できないテーマが当方に割り当てられたのもその一つである。
当方は1週間だけ時間が欲しい、と願い出て、データサイエンスを用いて電気粘性流体の耐久性問題をたった一晩で解決した。
MZ80KとPC9801の二台が当方の書斎で稼働しており、この二台はパラレルインターフェースでつながれていた。MZ80Kで走らせた主成分分析のプログラムから出力されたデータはPC9801へ送られた。
PC9801ではLOTUS123が動作し、そのデータをグラフ化する。こうして界面活性剤の物性値を主成分分析にかけたデータはグラフ化された。第一主成分と第二主成分の平面には界面活性剤が数種類のグループに分類された様子が描き出された。
もっとも大きいのはHLB値の寄与が80%以上の第一主成分の軸の周りに集まったグループである。面白いのは、そのグループから大きく離れた位置に存在したグループである。粘度の寄与が大きい第二主成分に並行に存在していた。
このグループの界面活性剤を耐久試験で増粘した電気粘性流体に添加したところ、増粘が解消され、初期の特性に回復した。興味深いのは界面活性剤の粘度は高いにも関わらず1%しか添加しないのでその影響が観察されなかったことだ。
この結果は特許として出願され実用化されたが、トランスサイエンスの問題をデータサイエンスで解いたところ、ますます住友金属工業とのJVを推進しずらくなった。
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当方が社会人になる時には、学際思考とπ型人間がキーワードだった。すなわち専門が一つだけでは生きてゆけない時代の到来が叫ばれていた。それより10年前にドラッカーは強みを磨け、と書いている。
半世紀前を思い出すと、リスキリングは不易流行、「学び」の重要性を言っているに過ぎないが、背景にDXの進展にボーっとしていたらどうにもならなくなった日本人の姿がある。
バブルがはじけて30年、なかなかGDPが上がらず日本だけが先進国の中で沈み続けている。少し前に田中角栄がもてはやされたが、確かに国家のリーダーの責任が大きい。田中角栄は当時の通産省の役人を集めて日本の未来像を考えさせたという。それがもとになって日本列島改造論が生まれている。
未来のシナリオを描いてくれるリーダーがいなければ、国民の一人一人がそれを描く努力をしなければ日本は良くならない、との精神で起業したが、電子出版で出だしを誤った。日本でニーズが無ければ中国で、と方針転換して売り上げを伸ばしてきた。
指導した会社が中国で成長し、日本企業の中国市場を奪ってゆく様を見て悩み始めたら、コロナ禍ですべての売り上げを喪失した。日本企業の弱さを見てこの3年近く日本人向けセミナーに力を入れてきた。
その時、政府の音頭取りでリスキリングのニーズが生まれた。当方の経験から何か一つスキルを磨くとすれば、技術者だろうが事務屋だろうがPythonによるプログラミングスキルを身に着けるべきだと提案しておく。
Pythonで劇的に仕事が効率アップする。当方は自動処理をしたいときに、かつてはAutoexec.batというバッチファイルを活用し、必要ならばCでコマンドを作ってきた。そして10年前までそれがC#となっていたが今はPythonである。
当方はプログラマーではないが、パソコンで仕事をする以上はコンピューターに仕事を命じられるスキルを身に着けるべきとの考え方でプログラミングスキルを情報工学の無い時代から磨いてきた。その当方が今リスキリングをするならPython、と言っているのだ。間違いない!
30年近く前に誕生したPythonが、何故今もてはやされるのか。詳しくは弊社に問い合わせていただきたい。
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DXの進展により、技術者はこれまでの仕事のやり方も含め見直しが迫られている。さらにその専門性さえも変更しなければいけない技術者も勤務している企業によってはいるだろう。
例えば、材料メーカーの技術者ならば、勤務している企業がサービス産業へ転換した時に人文科学系の知識を要求される場面もあるかもしれない。
極端なことを書いているが、決してそうではない。デジタルトランスフォーメーションは企業内にカオス状態を創り出している、と言っても良いような社会変革を起こしている。
この活動報告でデータサイエンスに関して連日書いているのは、どのようなリスキリングにおいても共通に要求される新たな知がデータサイエンスだからである。
今技術者向けに、データサイエンスとトランスサイエンスについて連載を書いているが、もう少し一般的なリスキリングとデータサイエンスについても連載を予定している。
ただし、リスキリングがAIを学ぶことと誤解してはいけない。実験のやり方がDXの進展で変わってきたのだ。そのトランスフォーメーションにおいて、AIも含めたデータサイエンスのスキルを早急に身に着ける必要がある。
弊社にはそのコンテンツが揃っているので問い合わせていただきたい。今科学と非科学の境界も変化し始めており、このような変化を研究している組織は弊社ぐらいではないか。
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科学で問うことができるが、科学で答えられない問題をトランスサイエンスと言い、1980年代に科学論が議論された時、アメリカで生まれている。しかし、バブルがはじけた時期と重なり、日本では普及しなかった。
日本では環境問題が騒がれ始めた2007年に「トランスサイエンスの時代」が出版され話題になった言葉だが、高分子の相溶に関わる問題にトランスサイエンス現象と呼んでも良い事例がある。
PPS/6ナイロン/カーボンの配合組成で設計された中間転写ベルト(半導体無端ベルトの押出成形で製造されている)は、6ナイロンがPPSに相溶して初めて開発に成功した複写機のキーパーツである。
昨日の樹脂補強ゴムもこの中間転写ベルトもトランスサイエンス現象の成果である。科学ではうまく説明できないが、データでは現象の存在を説明できるので面白い。
中間転写ベルトのコンパウンド開発では、安定化指数という独自のパラメーターを設定し、品質管理し工程立ち上げに成功している。このパラメータは相溶の程度を検出でき、コンパウンドの品質管理に利用できた。
プラントが立ち上がり、タグチメソッドの再現を確認した。その時に、コンパウンドに関わる様々なデータを測定し、ベルトの表面比抵抗のばらつきを目的変数として、重回帰分析を行い標準偏回帰係数からヒントを見出している。
このとき説明変数をそのまま眺めていたのではなく、それぞれの説明変数の寄与率について考察を進め、新たなパラメータを設定し、そのパラメータと表面比抵抗のばらつきとの相関を再度単相関で吟味している。
多変量の回帰分析をAIで行おうとするマテリアルインフォマティクスの研究がこの数年盛んだが、すなおに重回帰分析で考察を進めたほうが、アイデアが出やすい。
重回帰分析では、説明変数の二次以降は誤差項に含まれるので、残渣分析も活用し、アイデアを練ることが可能である。
重回帰式を単に未知の値の推定式という活用だけでなく、複数の説明変数がどのように絡み合って目的変数と相関しているのか考察すると、単相関では見えていなかったパラメーターが見えてくる。
弊社のサイトでは無料で重回帰分析ができる。エクセルの表にデータをまとめ、それを張り付けるだけで計算できるので、わざわざAIのアルゴリズムを考える必要はない。
計算して出てきた数値の考察を進めることが重要である。重回帰分析のコツは一回計算して終わりとするのではなく、説明変数を加工したり、残渣分析を行い、データの中に潜む未知の知を探し出す努力を惜しまないことである。
科学的では無いが、技術として意味のある相関を見出すとそれがもとになり、新たなアイデアやコンセプトを練ることが可能となる。
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当方に全く高分子材料の知識がない、という理由で、毎朝3時間のレオロジーを中心とした講義が展開された。そこでは、ゴムの世界では形式知がほとんど通用しない話や、KKDを研究所では馬鹿にするが、最後はKKDで決断しなくてはいけない、ばらつきの問題など、多数のノウハウを説明してくれた。
仮説を立てて実験を行う問題も出てきた。研究所では学会発表のためにわざわざきれいにデータを揃えようとする問題がある、と指摘していた。すなわち捏造では問題となるが、ゴムの大きなばらつきを活用し、希望するデータが出るとそれを採用し、その他の変動した数値に言及しない作法があるという。
実はゴムのばらつきデータを解析してゆくと気がついていなかった因子や新しい機能が潜んでいたりする。この樹脂補強ゴムサンプルもそうだ、と言って見せてくれた。
そのサンプルは、当方の新入社員研究テーマのゴールだという。しかし、研究所内ではまだできていないことになっているから、誰にも言うな、と口止めされた。
そのできていないことになっている樹脂補強ゴムは、混練条件により、樹脂の海相が形成されたり、樹脂の島相が形成されたりするという。χが0ではない組み合わせであるが、相溶している可能性があるが、このような変化はまだ知られていない、という。
指導社員は偶然得られた、樹脂が海相を形成しているサンプルの粘弾性データを見て驚いたという。ダッシュポットとバネのモデルでシミュレーションした結果と同じになったという。その粘弾性データを防振ゴム開発担当者に見せて、研究企画となった、という。
最初に当方が行う仕事は、ロール混練の練習であり、この樹脂補強ゴムと同じ粘弾性データが得られるまで練習してほしい、と言われた。
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ゴム会社に入社した時、いわゆる技術者としての専門は、無機材料化学と合成技術者だった。合成技術者としては、天然物合成の論文をアメリカ化学会誌に掲載されただけでなく、ポリホスフォリルトリアミドの反応解析をアメリカの無機材料化学専門誌に掲載されたので、恐らく当時世界に一人の有機無機合成技術者だった。
入社した年に高分子学会内に無機高分子研究会が設立されているので、世界に一人のという形容は大げさではないと思う。また指導して下さった大学の先生がそのように称して社会へ送り出してくださった。
しかし、その就職先がゴム会社では専門能力をどのように発揮してよいのか、とまどった。新入社員のこの戸惑いを年配の指導社員は十分に配慮してくださった。驚いたのはその年齢で、世間の係長職に昇進したばかりだという。そして小生が初めての部下だった。
指導を受けてすぐに理解できたのだが、高いレオロジーの専門性と穏やかな人格の技術者で昇進がここまで遅れるような研究所の人事評価に震撼した。ゴム会社の厳しさを学ぶことができた指導社員だった。
研究所の人事の厳しさのためなのか、いろいろと研究所で生きてゆくための知恵を教えられた。企画は必ず文書として残し、上司に見せるまでは他の人に見せない方が良いとか、社内における機密の扱いには厳しかった。
また、研究をやりたいなら開発をやり終えてから研究をした方が良い、というアジャイル開発とよべる考え方も指導してくださった。ただし、一番役立ったのは、物性データからどのように高分子材料を考察するのか、というレオロジー専門家としての高い形式知と経験知からの学びである。
毎日9時から12時までの3時間、高分子の知識が乏しかった当方にレオロジーを基礎とした高分子材料科学の座学を3か月熱心に指導してくださった。
指導社員がシミュレーションされたデータとゴム配合の関係や、その実際のゴムの粘弾性データとの関係の説明は圧巻だった。今のMIにもつながる側面もあり、大学よりも実践的でありながらアカデミックな色彩もはなつ、当方が受講した講義の中で人生最高の講義だった。
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当時のゴム会社の研究所は40年先を走っていた。定時になると皆帰宅する、ワークライフバランスを先取りした職場だった。タイヤ開発部隊も同じ8階建てのビルで研究開発を行っていたが、夕方の6時には6階以上の研究所事務所の電気は消えていた。
同期からは羨ましがられたが、当方は勉強のために時間があれば実験をしていた。ゆえに当方が配属された10月から夜中12時近くまで6階以上のどこかの部屋の明かりがついていることが少し話題となった。
指導社員は、毎朝9時から12時まで3時間の座学で高分子の基礎から最先端のレオロジーまで指導してくれた。理論的に混練技術の学習ができた。伝説のカオス混合についても教えてくれて、当方ならばどのように実現するのかと宿題を出されている(注)。
また、午後は自由にテーマを推進していいが、データについては誰にも言うな、と言われた。研究所内では他人の成果を奪っても平気な輩が多かったからである。
気がかりとなったのは、指導社員は学生時代から理学部でレオロジーを学んだ技術者だったが、ダッシュポットとバネのモデルによるレオロジー研究は20世紀で終わりになるから、新たなレオロジーの姿をデータから研究するように、と指導社員の教えてくださっている知識を否定する難しいことを要求されたことだ。
さらに、ダッシュポットとバネのモデルを教えているが、データベースで考えろ、とも言われた。すなわち、ダッシュポットとバネのモデルで仮説を設定できるが、あくまでもデータ中心に考えろ、と。
この考え方は、その後の当方の技術者としての成長にとって重要なアドバイスとなった。科学者は仮説を基に実験を進める。そして、仮説に従った実験データが得られれば満足するが、仮説を否定するようなデータが出ると、否定証明に走る場合がある。
当時タイヤ開発を担当していた役員から、科学ではモノができない、と新入社員研修の発表会で多変量解析による成果を批判された。新QC7つ道具に多変量解析が取り上げられていても、である。
(注)約30年後にこの宿題を完成させることができた。PPS/6ナイロン/カーボンの配合の中間転写ベルトの歩留まりをあげるために必要な技術だった。
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子供のころから化学が好きで、高校生の時に名古屋大学平田教授のフグ毒の新聞記事に感動した。大学では、その先生の特別講義を拝聴でき、卒業研究は有機金属合成の講座で1年間シクラメンの香りの全合成経路について研究した。
アメリカ化学会誌にショートコミュニケーションとして紹介されたが、教授の退官とともに講座が閉鎖されるというので、大学院はSiCウィスカーを研究していた無機材料の講座で2年間ホスホリルトリアミドの研究をして論文を4報ほど書いた。
だから、専門は無機材料化学となるのだが、2度のオイルショックで就職氷河期だった。当時最先端材料として注目を集めていたホスファゼンについてファイアーストーン社は人工衛星ジェミニ用の特殊ゴムを提供していた。
そのファイアーストーン社の研究所へ訪問した企業の非公開リストをたまたま某先生が持っておられて、そこに載っていた日本のブリヂストンタイヤに興味を持った。
運よく先輩社員がリクルーターとして来校されたときに入社意思を示したら、79年にはその社員となっていた。入社までの経緯においてもいろいろあったが省略する。とにかくゴムについて形式知の乏しいまま、研究所へ配属されたことから話を書く。
79年10月1日にアカデミアよりもアカデミックな研究所へ配属されたのだが、大学院2年間の生活よりもアカデミックだった。ただし、アカデミックな点は学部の卒研の時の講座と同様だったが、厳しさは無かった(注)。
アカデミックでありながら厳しさの無い状態とはどのような状態か、想像していただきたい。入社4年後に無機材質研究所へ留学し高純度SiCの新合成法を実証するのだが、この時に研究所を管轄する本部長がYからUに交代した。
Yは大学教授にしたなら最も大学教授らしい人だったが、Uは実務家で研究所の風土改革を目指していた。このUの忘れられない迷言に「女学生より甘い」という言葉がある。今なら世間から批判される言葉だが、これが企画会議で管理職に向けられた言葉なのでパワハラにもあたるかもしれない。
しかし、アカデミアよりアカデミックで厳しさがない当時の研究所の姿を形容した言葉でもある。当方は学部の卒研の1年間にアカデミックな研究とは自己を厳しく律しない限り堕落に走る、と躾けられ、1年研究したら1報論文を書けるぐらいになれ、と学部の4年生にアカハラ以上の圧力をかけられて成長できた。
今でも思い出すが、明日が締め切りという日に卒論を提出したところ、大量の英語の論文の山を渡され、これを読んで明日までに書き直してこい、と言われたときには、頭が真っ白になった。
しかし、今の君にはそれだけの実力がある、と言われ、豚もおだてられれば木に登るわけでもないが、徹夜で大量の論文をまとめて、数10ページの緒言とした。
大学院まで6年間勉強して語学と数学には自信がついたが、化学については人様に誇れる専門分野は無かった。ゆえに社会に出たときに混練の神様と言ってよいような指導社員に出会ったことは幸運だった。
(注)会社の経営には、石橋イズムといっていいような厳しさがあった。この欄で始末書体験を書いているが経営上の問題があると管理職は厳しく注意を受ける。そして、始末書となるのだが、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの基本配合を半年で仕上げ、課長に命じられて工場試作まで成功させた新入社員は本来褒められるべきだ、と思っている。市販されていないホスファゼンを使ったことを課長である主任研究員は始末書の理由として当方に説明し、その責任が当方にあると責めている。しかし、課内で当方が企画説明をしたときに、この課長は世間に存在しない世界初のホスファゼン変性高分子を合成しようという新入社員は今までいなかった、と褒めてくれたのである。おそらく、課長が書くべき始末書を新入社員に書かせたので、その甘い考え方に人事部長も目が点になっていたかもしれない。世間に存在しなければ、市販されていないことは自明である。
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科学で問うことができても、科学で答えることができない問題が増えてきたが、トランスサイエンスという言葉は、科学論が活発に論じられた1980年代末にアメリカで生まれている。
日本ではバブル崩壊とともに科学論も立ち消えになったが、1970年前後からの企業の研究所ブームもバブル崩壊とともに見直しが起きている。
1979年にゴム会社へ入社し、当時最先端材料だった樹脂補強ゴムの開発を3か月で仕上げた後、ポリウレタン発泡体の難燃化技術を担当した。
その時、世界初の難燃化技術を開発せよと命じられたので、ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームを企画し、半年で工場試作まで仕上げている。
ところが、始末書を書かされた話を以前この欄で紹介しているが、未だにこの時の始末書の意味が不明である。命じられたゴールを実現し、特許や論文にもまとめ名実ともに世界初の難燃化技術だった。
上司は、特許の発明者は自分を筆頭にしろと言われたので筆頭にしているが、工場試作の成功の責任は当方が負うことになり、始末書を書かされたのだ。工場試作を命じたのも上司であり、急な予定変更で、工場試作の準備のために過重労働をさせられている。
工場試作を突然行うことになったのは、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの難燃化レベルが高ったからである。半年間の開発業務において、その難燃化機構についても解析している。
燃焼という現象は急激な酸化反応であり、非平衡で進行するので、典型的なトランスサイエンス現象である。しかし、それを科学的に解明せよ、と言われたので、燃焼時のオルソリン酸の揮発量はじめ、様々なデータを収集している。
科学的に解明が難しい現象については、仮説設定よりもとにかくデータを集めることが先決である。現象から科学的手法で得られるデータを絞り出し、科学で証明が難しい現象について多数のデータから考える方法が効率的だ。
これを科学的にとらわれて仮説設定しデータを集めてみても、非平衡で進行している反応を完璧に証明できず、否定証明の報告書を乱発することになる。
トランスサイエンス現象については、科学的に測定可能なデータをとにかく集め、科学的に確からしい多数のデータから何が起きているのか解析的に想像を進める以外に方法は無い(ユークリッドはこのようにして図形の問題を解いていたのかもしれない。そして、経験的に一本の線を引くヒントを身に着けたのだろう。科学誕生以前にユークリッド幾何学は生まれている。)。
ゴム会社の研究所には、これを頭が悪いから、と笑っていた人がいるが、その人が今マテリアルインフォマティクスへ真剣に取り組んでいる研究者を見たら、大笑いするかもしれない。
科学と非科学を厳密に分けていた時代があった。そのような時代に新QC7つ道具と出会い、データサイエンスの可能性について研究するのは大変だった。
しかし、ホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームや高純度SiCの事業化、電気粘性流体の耐久性問題解決など科学的に取り組んでいたら出せなかった多数の成果を出すことができている。
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有機酸触媒存在下でフェノール樹脂とポリエチルシリケートを混合し、高純度SiCを製造する技術では、フェノール樹脂とポリエチルシリケートが均一に相容していることが求められる。
これが不均一のまま固化した前駆体を焼成してもSiCを製造することができるが、そのSiCは、フェノール樹脂とシリカとを混合して固化した前駆体や、ポリエチルシリケートとカーボン粉を混ぜて固化した前駆体を用いた場合にできるSiCと何ら変わらない。
当方が、フェノール樹脂とポリエチルシリケートとの相容のアイデアを思い付いたときにすでにその類の特許が出ており、当方の特許は、フェノール樹脂とポリエチルシリケート、触媒用の酸の3成分の組み合わせが新規となった発明として成立している。
進歩性は、副生成物となるウィスカーや残炭素の除去が不要となりシリカの混入が無い高純度SiCが得られること、均一な超微粒子のSiCが得られることなどである。
ゆえに前駆体の製造技術は進歩性を得るための重要なノウハウとなる。多少前駆体の製造条件が悪くても副生成物ができるのを防ぐことはできるが、均一な超微粒子を得るためには、ノウハウが重要となる。
このような技術を仮説による実験で発明しようとすると時間が大量に必要となる。むしろラテン方格を用いて、何も考えず制御条件をすなおに発見するための実験を行った方が効率が良い。
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