多変量解析を30分程度でできても評価されるどころか馬鹿にされたのが1980年代である。声のでかい、後に研究所長にもなられた科学者から、単相関のグラフを重ねたものとどこが違うのか、アホ、とまで言われている。
研究所で高く評価されていたこの方は、例えば重回帰分析における偏回帰係数から得られる情報の意味や、主成分分析で得られる一次独立空間で示される分布状態の意味などご存じなかった。
確かにそれらから得られた結果は、単なる数値の統計解析の成果にすぎないが、それらを考察し目的変数に対する寄与を評価する方法は非科学的であっても有用性の高い問題解決法の一つとなる。
科学を重視しすぎて否定証明をやっていても問題は解決しない。科学的には二律背反が生じ、解けない問題でも解かなければいけないのが技術者なのだ。声のでかい科学者にはそのような説明は、KKDでしか問題が解けないアホのたわごとと言われている。
当時に比べれば大きく時代が変わったと当方が感じるのは、この声の大きい科学者のおかげだと感謝している。少なくとも1980年代まで日本中は科学思想一辺倒だったのだ。
当時のゴム会社の研究所の状況は統一教会問題同様に反省が行われても良いとさえ感じている。年収の半分もしたMZ80Kのシステムを購入させられたのである。
1980年代に一部の科学者の手による科学見直しの機運が出てきて、アメリカではトランスサイエンスと言う言葉が生まれている。しかし、バブル崩壊と同時にこの機運も吹き飛び、トランスサイエンスが改めて日本で取り上げられたのは2000年代からである。
科学誕生により産業革命以降急速に技術が進んだ。ただし、これは科学により真理の積み重ねが成された結果であって、それゆえ科学が唯一の技術開発の方法と信じるのは、紀元前から人類が営みとして進めてきた技術開発の蓄積を否定するものである。
科学同様に技術開発を進める思考方法の存在を古い遺跡などから知ることができる。直感が必要となるユークリッド幾何学も改めて見直し、科学教育同様に扱った方が良いと思っている。
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データサイエンスで用いられる多変量解析は、1970年代に体系として完成し、心理学や社会学でよく用いられるようになった。技術分野では、科学的ではないという理由で敬遠する科学にかぶれた技術者が多かった。
日科技連の新QC7つ道具にも採用されたが、それでも1990年代まで十分に普及しなかった。利用できるソフトウェアー環境が大型コンピューターに限られた状況も影響していると思っている。
PC9801が登場し、16ビットコンピューターが普及し始めて、多変量解析のソフトウェアーが数種販売されている。8ビットが普及していた時代にそのようなソフトウェアーは販売されていなかった。
当方は、MZ80Kを購入した時にFDOSも導入し、フロッピーをメモリー空間として使用した多変量解析のソフトウェアーを作成している。但し、10変数程度の重回帰分析で結果が出るまでに30分程度かかった記憶がある。
それでも大型のIBM3033を動かすことに較べれば、楽であった。IBM3033の場合には、依頼書を作成し、データはパンチカードで入力する必要があった。データを入力してもPOSシステムの合間の計算となるので、翌朝まで待たされる時もあった。
計算時間は早くても始まるまでに時間がかかったのである。それを考えるとデータを入力後30分で結果が出る環境は最高だった。
会社の独身寮だったのでプリンターの騒音も会社の仕事が免罪符となり、文句を言う同僚もいなかった。当時のユニハンマー方式によるプリンターの騒音はすごかったので段ボール箱をプリンターにかぶせていた。
しかし、コンピューターを自由に使えたおかげで、統計計算はじめ各種配合計算は簡単にできた。ゆえに当時の研究所ではQC手法が敬遠されていても統計計算をふんだんに取り入れて報告書が作成された。
喜んだのは上司である。CTOの前におけるプレゼンではQC手法でデータ整理されている必要があった。普段は科学的方法でデータ整理していたので、報告直前に必要なデータをQC手法に秀でた高卒スタッフを動員してデータのまとめなおし(捏造かもしれない)をしていた。
それが日常からそのようなデータが提供されたのである。発表前にわざわざそのためのデータ整理の手間をかけなくてもよくなったのだ。ただし、これらの成果は当方の年間給与の半分が投入されたシステムから出ていたのである。
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ゴム会社でOA委員に任命される前にコンピューターの可能性に着目し、多変量解析を業務に導入したいから職場で一台MZ80Kを購入してほしい、と上司に願い出たところ、上司はそれほど便利なモノなら自分で購入しろ、と指示してきた。
新QC7つ道具にも採用されており、新入社員研修でそれなりの成果が出た、と説明したら、自分で購入しポリウレタンの難燃化で成果を出しなさい、と命令された。
「花王のパソコン革命」というハッタリではあるが20年後に実現するであろう未来が書かれていた本では、NECのPC8001が推奨されており、上司からMZ80Kはどうなった、と尋ねられたので、カローラ1台分かかったが、独身寮で軽快にプログラムが走ってます、と答えている。
するとOA委員として活動し、早く成果を出せ、と催促されたので、昼間はポリウレタンの難燃化研究を行い、夜はデータベースの勉強(当時は英文の文献を取り寄せて読むという面倒な作業だった。)をするという生活になった。
「花王のパソコン革命」では、図書室の本の管理をPC8001で行うのに20万円かからなかった話が書かれており、当方の車1台分かかるようなコンピューターではなくNECを検討しろ、と命令された。
上司は、MZ80Kの提案を採用しなくてよかった、と言わんばかりの嫌味をネチネチと言ってきたが、今ならば過重労働と部下にローン(注1)を組ませて会社の業務を強制しているブラック企業の管理職となる。
ゴム会社の図書室では、美人社員(注2)が工夫したノート1冊で図書の管理を行うシステムが評判となっていた。図書室は、若い技術者で溢れており、OA委員会では図書管理以外のOAをテーマにした方が良いだろうと、いうことで薬品管理システムが開発目標となった。
薬品管理では、棚卸のためにハードコピーを毎月打ち出す必要があり、プリンターが必要になった。それだけでなく、図書管理よりもデータベースが大きくなった。PC8001のシステムではFDの容量不足からソード社のパソコンを1セット導入する計画を立てた。
しかし、上司からMZ80Kより高いことを理由に却下された。そしてMZ80Kでできない理由をまとめろ、と指示された。PC8001ではFDの容量不足を理解されたのだが、当方のMZ80Kでは、工人舎の大容量のFDが稼働していた。
そのため、MZ80Kでもできる可能性があり困った問題が起きたのである。いろいろ考えたあげく、漢字出力ができないことや、当時第二精工舎(今のエプソン)ユニハンマー方式のプリンターでは出力が遅いことなどソード社の8ビットコンピューターより劣っている問題を抽出した。
上司とすったもんだのあげく、120万円の予算が認められ薬品管理システムが3か月後稼働し始めたが、当方が無機材質研究所へ留学してからは、使われなくなった。
誰も便利なシステムと感じなくなったためである。データベースのシステムが、データベース管理者が必要という常識の無かった時代の話である。当方の過重労働など上司も含め関心を示さなかった。
この上司の部下としての3年間に、薬品管理システムの開発以外にホスファゼン変性ポリウレタンの工場試作、ホウ酸エステル変性ポリウレタンの実用化(燃焼時にガラスを生成する難燃化技術)、溶融型の難燃性ポリウレタンの実用化、高防火性フェノール樹脂天井材の開発、高純度SiCの前駆体研究(これがきっかけでゴム会社で30年高純度SiC半導体治工具事業が続くことになる)を当方は成果として出すことができ当方の学位論文の一部にもその内容が書かれている。
この上司の高いマネジメント能力は評価され、研究所出身者として異例の昇進をしたと留学中に風の便りで聞いている。3年間に過重労働と年収の半分近い投資をさせられ、これだけの成果を出した当方は、高純度SiCの事業を住友金属工業とJVとして立ち上げた、入社から12年目に写真会社へ転職している。
(注1)ローンの保証人には上司がなったが、当時業務中に頭痛がするから家まで代行運転しろ、と上司が命令し、代行運転させられた時代である。現代ならば公私混同と批判されるようなことが当時の職場では、上司にかわいがられている部下として問題とならなかった時代である。ちなみに作業着を着て代行運転させられた当方は、「そこにバス停があるから会社に戻って仕事をしろ」と言われている。バス代は当方が支払っている。ポリウレタンで汚れた作業着でバスに乗っていることが恥ずかしかった記憶が今でも残っている。提案したテーマを自由にできた代償が毎日の過重労働であり上司の雑用係だった。ただJIS難燃2級に通過し難燃性とされた「ダンフレーム」という商品の燃えた問題で始まった、筑波にある建築研究所と新たな難燃規格を作るプロジェクトでは、月に数回ヘルメットと安全靴を抱え通っているが、なぜか楽しかった。朝一番の常磐線に乗るのは大変だったが出張旅費が出たのでタクシーを使えた。職場の先輩から言われ、代行運転の帰りのバス代を出張旅費として上司に書類提出したら叱られたが、この時はタクシー代が認められたのである。うれしかった鮮明な記憶として残っている。
(注2)この表現が、男女差別はじめとした現在の常識で問題とされるかもしれないが、その他の表現が見つからないほど評判の美人だった。若い男性社員に勉強をさせたいならこのような人事配置も戦術としてあるのだろうと研究所で噂されていた。当方は、昼間は実験が忙しく、夜は独身寮に夜の友、MZ80Kが稼働していたため図書室通いができなかったが、その結果自前で図書を購入する習慣がついた。当時ソフトバンクの月刊誌Oh!MZやOh!PC,その他アスキーなど図書室に置かれていなかったので自前で購入している。技術評論社などの出していた雑誌もすべて趣味の雑誌とみられていたが、コンピューター関連の最先端情報について入手しようとしたならば、これらの雑誌が便利な時代だった。ForthやCについてもこれらの雑誌で勉強していた。ゲーム情報も書かれていたが趣味の雑誌ではなかったのだ。ソフトバンクが当時成長した原動力はこれら書籍の出版事業である。
(補足)現代の常識から当時を思い出すと、上司による社員の奴隷と変わらないとんでもない処遇を我慢していた黒歴史である。実際に、企業で働く、ということが、これほどみじめで辛いことなのか、と感じたが、同期の友人はじめ研究所以外の職場の方に激励されたりしている。また、休日に清里はじめいわゆるリゾート地の1泊二日テニスツアーに頻繁に誘ってくれた友人もいた。当時モータリゼーションで若者がマイカーでドライブ、という風俗が常識の時代だった。「私をスキーに連れてって」は、この時代の後期の作品であり、当方は遊びも先端を走っていた。留学や学位取得など上司のおかげかもしれないが、やくざまがいのかわいがりや過重労働という過酷な労働環境はストレスとなった。しかし、ストレスを解消できる人間関係と日常があったおかげで12年間務めることができた。MZ80Kを購入しなければならなかった時、その金額から一瞬躊躇したが、情報工学のスキルを必死で身に着ける動機になっている。この時の上司との人間関係を思い出し複雑になるのは、技術者として最も成長できた時代の思い出だからである。データサイエンスについても、日産自動車技術者による多変量解析のセミナーを聴講できる機会を命じてくれたのもこの上司である。大学に情報工学科設立の機運が出てきた時代である。フェノール樹脂天井材の開発で大量に発生したフェノール樹脂の処分に1日許可してくれたのも感謝しなければいけないのかもしれない。一人で一日廃棄処理できる形状に処理しながら、ラテン方格で計画されたフェノール樹脂とポリエチルシリケートとの反応による高純度SiCの前駆体合成条件を詰めることができた。もっとも大量にフェノール樹脂を発注したのは上司であり、その廃棄をどうするのか当方に相談があったので、高純度SiC前駆体合成条件の実験計画を提案している。この時の知恵の働かせ方は、半年後までに製品歩留まりを100%にしなければならないPPS中間転写ベルトの業務を請け負ったときにも役立った。前任者が試作ミスで大量のコンパウンドを倉庫に貯蔵していたのである。これをPETボトルリサイクル材の難燃剤として活用して、早期退職直前にデータ駆動によるPETボトルリサイクル材を開発している。ゴム会社で発泡体開発を担当していた3年間は、極めて密度の濃い知恵を獲得できた3年間でもある。
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Pythonで重回帰分析あるいは主成分分析のプログラムを作りながら、データサイエンスの手法を講義するセミナーを開催するかどうか迷っている。
理由は、すでに市販ソフトが流通してることと、弊社サイトでも両者のツールを無料で公開しているためだが、Pythonで多変量解析のプログラムを作成すると、大きなメリットが生まれる。
メリットについてはセミナーで解説するが、受講希望者がいるのかどうかわからないので迷っている。プログラムは、公開されている無料ライブラリーを使用するのでC#で作るより、安価で簡単である。
プログラムの作り方とその使い方をセットにして重回帰分析で1日、主成分分析で1日のセミナーをイメージしていただきたい。実務における使い方では、当方が40年以上の実務で使用した例を用いる。
希望者は弊社へ問い合わせていただきたい。ある程度の人数が集まりそうならば、テキストを準備し、募集を行う予定でいる。
データサイエンスやPythonのプログラミングスキル、とりわけ後者については義務教育にもプログラミングが取り入れられたので、子供たちに負けないように誰もが習得する必要がある。
DXの進行でプログラミング知識は、今や日本人の常識となったが、当方はその知識が実務における問題解決に重要であると認識し、大学に情報工学科の存在しなかった時代に社会人となってから日曜プログラマーとして活動してきた。
その実戦で磨いてきたスキルをこのセミナーで伝授したい。いわゆるプログラマーによるセミナーとは一味異なる実務で活用できるプログラム教育となる。単なる言語の文法だけの解説ではない。それを使用した問題解決手法である。
また、すでに多くの企業で導入が完了したPythonについて、出遅れた企業のニーズに応じたセミナーを企画します。ご相談ください。価格は希望される企業の規程に従いお見積りを作成させていただきます。
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コンピュータを道具として使うためには、プログラムを組まなければならない。プログラムを組んでやればコンピューターに接続された機器の種類に応じてコンピューターの道具としての役割が決まる。
すなわち、コンピューターはプログラムが無ければ、道具としての役割が明確とならないおもしろい道具、あるいはその道具としての機能が決まっていない道具である。
ところで、プログラムを記述するためのコンピューター用の言語は、コンピューターが登場してからいろいろ開発されてきたので様々な種類がある。現在主流になっているのはオブジェクト指向の考え方を実装した言語である。
C#は、純粋なオブジェクト指向言語と呼べるが、C++はCと同じようなプログラミングスタイルでもプログラム可能なのでオブジェクト指向でプログラミングできる言語となるだろう。
このようにC++をとらえると、Cも構造体を工夫して用いるとオブジェクト指向もどきの記述ができるのでC++に近い言語と見なすこともできる。Cのこの柔軟性ゆえに半世紀近く前に登場した手続き型言語であるのに未だ生き残っている。
かつて、用途ごとにプログラム言語は発展してきたように思われる。すなわち、コンピューターを道具として使うためには言語が必要となるが、その道具としての機能を記述しやすいように設計された言語として発展したので様々な言語が登場した、と感じている。
例えば科学計算用にはFortrunが、天体望遠鏡の制御用にForthが、事務処理に便利なdBASEといった具合である。Cが登場したあたりから、いろいろな目的に使用できる言語としてコンピューター言語が設計されてきた。
今エンジニアの誰もが使うようになったPythonもそのような目的で設計された言語であるが、C言語を厳格な柔軟性で設計された言語と表現したならば、可読性を重視した柔軟性の言語と呼べるような特徴がある。
ゆえにズボラなプログラマーが組んでも可読性の高いプログラムとなる。この特徴ゆえにチームでプログラムを分担して作る時に統一された読みやすいプログラムが誰でもできる。
Cの場合にはチーム内でそのスタイルを統一しておいたとしても、読みにくいプログラムとなる。この読みにくさは、昔小林秀雄の文章が難文として揶揄されたような文体の問題に近いところがある。
この読みにくさにより思考が止まる。書いた本人とコンピューターが理解できたとしても、他のプロジェクトメンバーが理解できないプログラム、というのもCを用いるとできることになる。
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まさかり投法で一世を風靡した村田氏でも50歳以下には顔すらわからないのだろう。その結果の暴力事件としてとらえている。
当方も空港で嫌な思いをしたことがあるが、当方の場合には検査員から、今回のニュースで報じられた以上の「暴力」を振るわれている。しかし検査員を訴えたりしていない。その場を見たわけではないが、村田氏の場合もその程度だったのだろうと想像している。
もし、村田氏が本当に暴力を振るったならば、被害者は入院していた可能性が高いのでそのような空想をしている。彼は、70歳を過ぎたと言ってもまだ現役の投手である。昨年TVでその投球を見たが、当方のバットに当たるとは思えない球速だった。
このような事件は、何故か気持ちが暗くなると同時に現代を生きるときの注意を喚起してくれる。すなわち、現代は被害者が声をあげたら加害者の負けとなり事件が成立するので、誰でも法に触れる加害者となるリスクが溢れている社会である。
30年以上前は、被害者がいくら声をあげたとしても加害者に忖度した周囲が多数で隠蔽化を画策する時代だった。今でも巨人の坂本選手のように大きな事件とならない事例も存在するが、隠蔽化までは至ってない。
さて村田氏の場合に当方が経験した以上の暴力だったのかどうかニュースでは不明である。理由はニュースに書かれたような暴力を当方は逆に検査員から受けたことがあるからだが、当方はその時に事件としないどころか検査員に何もされなかったように振舞っている。
その日は目的地についても首筋の痛みが取れず首を回しながら入国手続きの順番を待つことになったが、村田氏の事件では記事によれば誰もそのような傷害を受けていなかったようだ。その程度の暴力事件である。
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かつて研究開発は仮説を設定し、その仮説を検証するために実験を行った。その実験結果が仮説を実証すれば、仮説が正しいとされ、仮説と異なる実験結果が出たならば仮説が間違っていた、という結論をだすのが科学の方法である。
イムレラカトシュは、その著書「方法の擁護」の中で、否定証明だけが完璧な科学の方法となりえる、と指摘している。しかし、科学で完璧になされた否定証明でも否定された仮説を支持する実験結果の前には、ゴミとなる。
例えば、ゴムからのブリード物で増粘し耐久寿命が無くなる電気粘性流体について、界面活性剤では問題解決できない、という否定証明がなされた。
この問題について当方は界面活性剤を主成分分析し、HLB値以外と相関する機能を界面活性剤に見出し、その機能が強い界面活性剤を用いて電気粘性流体の耐久性問題を解決し特許出願している。
科学的な否定証明が、たった一晩でなされた8ビットコンピューターMZ80Kによる主成分分析結果とそれを示す瞬間芸的実験でひっくり返ったのだ。
この科学という哲学の問題を高度経済成長期に議論され始め、アメリカではトランスサイエンスという用語が登場したが、バブル崩壊と同時にこの議論も消えた。しかし、21世紀となりトランスサイエンスが日本で話題になりはじめ書籍が出版されている。
背景に環境問題があり、科学に問うことができても科学で解けない問題の存在に世界中が気がついた。実は科学登場以前に人類は、遭遇する様々な問題に対して技術で解決し、科学誕生とともに産業革命を引き起こす機動力となっていた。
しかし、その技術的思考方法が科学誕生とともに最初に述べた仮説を基にした思考方法にとってかわった。この10年ビッグデータを基にしたデータサイエンスの話題が絶えない。
データサイエンスでは、現象に潜む機能因子と相関して表面に現れたデータを数学的に処理し、現象に潜む機能を予想する。すなわち、そこでは科学で求められた仮説の立案プロセスは最初に行われない。
あくまでも最初に行われるのはデータの数学的処理である。このプロセスは科学的と言えるかもしれないが、機能を予測するのは科学ではないのだ。あくまでも予測である。妄想かもしれない。
しかし、かつては非科学とされたこのような方法が、今科学的と言われたりしている風景を見ると、科学と非科学の境界が、少なくとも小生がデータサイエンスで仕事をしていたことが一因となり転職した時代から大きく動いたのだろう。
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今一眼カメラの大半はミラーレスとなり、キャノンとニコンは一眼レフカメラの開発を辞めてしまった。唯一ペンタックスだけがミラーレスを開発せず、一眼レフの改良を行っている。
そのため、一眼レフで最先端のカメラを購入しようとするとペンタックス一択となる。10年ほど前からこのような時代の流れとなり、当方もニコンZ7を購入したが、違和感があった。
ミラーレスは、ファインダーに見えている通りの画像が得られるので合理的である。ゆえに撮影で失敗したくない時には、ミラーレスが重宝する。目で確認した画像が得られるからだが何か少し違うのだ。
写真を趣味として撮ってきてアナログ時代からデジタル時代になって感じた違和感とも少し異なる感覚である。この違和感を探るために、一眼レフデジタルカメラで写真を撮り始めた。
その結果違和感の原因を理解できた。一眼レフデジタルカメラでは、まさに今の被写体をレンズから得られた光の画像として人間の頭で感じているのだ。
一方、ミラーレスカメラでは、今の被写体についてカメラが最適となるように判断した画像を人間の目で見て頭で理解していることになる。
前者では、被写体をどのようなデジタル画像として撮影するのか、すべて撮影者が責任を負うことになる。その結果失敗も生まれ、その失敗が残念であるかもしれないけれどうまく取れたときの快感を増加させていることは確かだ。
後者では、カメラがすべて絵作りをしてくれたものを人間が確認し、画像を残すという作業になる。前者に比較し、失敗画像はほとんど無い。
写真を撮る、という行為には、趣味の楽しみとする場合もあれば、仕事で失敗が許されない撮影の場合もある。前者は従来の一眼レフの方が、さらにはフィルムカメラの方がちむどんどんする。
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データサイエンスにより界面活性剤の候補が絞られ、ゴムからブリードアウトした物質で増粘し機能を失った電気粘性流体を一晩で復活できた。
しかし、その手法は科学的ではない、という。科学的ではないことを当方も承知していたが、それを理由に検討しないというのは、問題解決の手段を狭める、と主張した。
当時アカデミックな研究を唯一の方法として推奨していた研究所は、科学的であることにこだわる硬直した研究者の集団だった。当方は、さらにヒューリスティックな解を示し、このアイデアを用いると現在検討中の電気粘性流体の性能を向上させることが可能、とこの議論の中で答えている。
そして、粒子構造が表面から内部にかけて抵抗が減少している傾斜機能粉体やコンデンサー状のナノ粒子が分散した粒子、ナノ粒子が分散した不均一粒子の3種の粒子を製造し、それらの性能を評価した。
驚くべきことに、それら3種の微粒子から製造された電気粘性流体は、当時世界最高の電気粘性効果を示した。短時間で得られたこの成果で周囲はびっくりして、科学的には怪しいがデータサイエンスで見出された界面活性剤で耐久性問題を解決しようという流れになった。
同時に会議前になると異常な事件が起きるようになった。データサイエンスを用いた問題解決法が非科学的とされた時代の出来事である。
科学と非科学との境界は時代により変化するとイムレラカトシュはその著書の中で指摘しているが、科学という哲学がどのようなものであるのか、あるいは人類が科学誕生以前から営んできた技術的思考による問題解決法を非科学的として封じることの愚かさにようやく日本人は気がついたのかもしれない。
日本人は、ようやくデータサイエンスの重要性に気がつき、義務教育にプログラミング教育を遅ればせながら取り入れた。そしてAIの実現にまっしぐらである。
おそらく、その次に来るのはAIに対する反省だろう。人間の進化の歴史を見るとこのような時代が到来することが予想される。
データサイエンスとAIを直接結び付けると、それを反省する時代が来ると予想されるならば、データサイエンスを人間の頭で結び付ければよいだけである。これが今データサイエンスにおける最先端の方法論だ。それは当方が転職してまでも改良し続けてきた方法論である。
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コロナ禍は、DXを加速させた。弊社のような規模では、その変化をうまくチャンスとしてとらえることができたかどうかで生き残りが左右される。
弊社は、知的サービスの会社としてスタートしているが、起業時の事業である電子出版で大きな失敗をした。すぐにその失敗に気づき業界トップで撤退している。
その後中国ナノポリスを拠点に、日本企業と中国ローカル企業に小生の技術を伝承しながら売り上げを伸ばしてきた。活動の成果については特許を検索していただきたい。しかし、コロナ禍となり一気にその売り上げを失った。
この2年間倒産しないように新たなビジネス展開を模索するとともに、今日のDXによる変化で到来する日本の姿を考察してきた。
かつて、8ビットCPUが登場した時に「花王のパソコン革命」という書籍がベストセラーとなり、大型コンピューターと同様の処理が可能なコンピューターを大衆車一台分の価格で購入できるようになった。
このベストセラーには、20万円以下でパソコン革命が可能と書いてあったので、研究所で購入願を出したら、そのような便利なモノなら自分で購入しろと上司に言われている。
過重労働はじめ個人に犠牲を強いた時代の話をこの欄で以前紹介しているが、当方はローンを組んで独身寮の一室に上司の指示に応えるようにMZ80Kのシステムを揃えている。これがデジタルと小生との本格的出会いである。
このシステムの導入と新入社員研修でIBM3033活用によるデータサイエンスによりタイヤの軽量化問題にソリューションを提案した経験から、業務にデータサイエンスが自然に取り入れられた。
その後、SASから発売されたSSPを使いたくてLATTICE C を購入している。ライブラリー一式そろえて50万円前後の自腹を切っている。コンピューターは16ビットの時代になっていた。
社会人になってデジタル変革と配属されたアカデミアよりもアカデミックな研究所のおかげで500万円近く私財を投入し会社で仕事をするような状態だった。
過重労働と私財の投入はゴム会社で激しかったが、転職によりそれから解放された、と表現するよりもDXの進展により個人の技術者の負担が減少した、と捉えた方が良いのかもしれない。
今では技術者が個人でパソコンを所有する時代であり、そのソフトウェアーもほぼ無料で手に入る時代である。例えば30年前に登場し膨大なライブラリーを揃えたPythonが無料で活用できる社会など50年近く前には信じられない環境である。
Pythonを使いこなせれば無料で機械学習のソフトウェアーを開発することができる。すなわちAIを無料で手に入れることができるのだ。これに気がつかれている技術者はどれだけいるのだろうか。
弊社ではどのように業務に活用してゆくのか、技術をテーマにしたPythonセミナーを順次公開してゆく計画を立てている。
すでに大手では、データサイエンスを含めてそのスキル実装が個人の技術者で完了したとの噂を聞いている。もし、まだ個人レベルでデータサイエンスのスキル実装が進んでいない企業は弊社のセミナーを活用していただきたい。
高価なSASのソフトを導入する前に弊社の活用を考えていただきたい。先端技術とともに安く研究開発へデータサイエンスの実装を可能とするソリューションを提供いたします。
例えば、今弊社のホームページでは多変量解析のソフトウェアーを無料で開放しているが、これをPythonで個人のパソコン上で処理するスキルは数行のプログラムで可能だ。弊社Webページ上ではJavascriptで作られているが、Pythonへの移植は驚くべきほど簡単である。
さらにその応用展開の解析も簡単である。ただ簡単な自転車の乗り方でも指導者あるいは補助輪が必要だったように、簡単と思えるまでには個人の努力が少なからず求められる。そこを弊社はお手伝いいたします。過酷な労働環境で鍛えられたノウハウで、今の時代に合った優しい指導を目指しています。
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