ワクチンソフトの不具合がニュースになっているが、アルビントフラーの著書がベストセラーになって40年近く経つ。そして、今日のデジタル化が進展した社会で情報はもはや波ではなく日常のものとなった。
具体的にはアマゾンその他の流通革命があり説明の必要は無いと思う。デジタル技術で何かを変革しようと考える間もなく、世の中が変革された状態の中に取り残された企業や国家の組織があふれているのが現在の状況である。
そして、過去の経験をそのままに取り組んで不具合を発生させて右往左往しているのが、ニュースとなったワクチンソフトの問題である。これは仕事のやり方をデジタル時代に適合させていなかっただけである。
仕事そのものをデジタル時代に適合したやり方で推進するとは、と言う問いについては、ドラッカーの言葉が参考になる。すなわち、日常の仕事は常にイノベーションの要素を含んでいなければいけない、と彼は述べている。
今更デジタルトランスフォーメーションなどと叫ぶ必要は無く、もうすでにデジタル化社会になった今、素直に身の周りの仕事を社会の中で再度定義づけを行ってみると、やるべきことが見えてくる。
例えばBtoCで事業を行っている会社であれば、かつてその間には複雑なサプライチェーンが存在した。しかし、デジタル化が進展し、BとCを直結できる可能性が生まれた。これは重要なことで、この可能性に着目している企業はどれだけいるのだろうか。
ある会社の営業担当にこの話をしたところ、それが簡単ではなく既存のチャネルを壊す可能性があるから、云々と化石状態の回答が返ってきた。既存のチャネルなど壊れても良い、という発想こそ大切である。
また、商品を売っている、という発想はデジタル時代の発想ではない。この意味が不明な方は弊社にご相談ください。環境問題も含め、すべてがデジタル化の中で変革を求められているのだ。
ところで、昨日舛添氏はワクチン接種についてとんでもない勘違いをニュースで伝えている。彼はWEBで申し込んで何とか8月21日が最速、と言っていたが、昨日東京都の大規模接種予約センターで予約したところ、5月24日に第一回を予約できた。
第二回は会場で通達するとのこと。彼は2回目はネットパンクで予約できず、と書いていたが、何か勘違いをされておられる。もし早く予約を取りたいならば大規模接種予約センターを活用すればよいのだ。
今ならば東京都区内在住者は5月中に第一回を接種可能と最新ニュースで伝えていた。舛添氏も早く摂取したいのであれば、政権批判をする前に5月23日までに大規模接種センターに予約すればよいだけである。
ネット予約は、手続き時間30分弱(注)かかっているが、手順通り行えばできるのだ。舛添氏が言われるような恐ろしく時間がかかるわけではない。できの悪いプログラムを前に1時間程度は我慢できる老人でありたい。おそらく昨日11時から予約受付した大規模接種センターの稼働で、一気に接種率が上がるのではないか。
(注)おそらくプログラムの設計が悪いのだろう。申し込みをしたときにアクセス数が多いと、はじかれてTOP画面に戻る動作をしていた。そのため、また最初から名前等の情報を入力することになる。一度入力した情報を記憶するようにできていないのだ。そのため5度も同じことを入力することになった。6度目にようやく受け付けてくれたので、30分以上かかってしまった。しかし、落ち着いて気長に入力しておれば必ず受け付けてくれるはずなので、手順通り操作を行うことをお勧めする。設計の悪いプログラム相手に腹を立てても仕方が無いのである。このようなプログラムしか発注できない担当者の時代遅れの知識が問題なのだ。
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ワクチン接種者の管理システムの問題がニュースとなっている。これは初めから予想されていたことである。なぜなら、国や自治体など公共機関が発注したソフトウェアーシステムが、最初からまともに機能した事例を当方は知らない。
たとえば、e-TAXでも現在ようやく何とか使えるソフトウェアーになってきた。しかし、このシステムの経験知を公共機関は生かそうとしていない。少なくともそのための体制を作っていない。
企業でも銀行のシステムを見れば、銀行間でそのロバストの違いがある。すなわちATMが全国で使えなくなる頻度が高いのは、あの銀行であり、たまに発生すると大事になるのは国内トップレベルの例の銀行である。
ワクチン接種者の管理システムはOSのような複雑なシステムではないが、それでもそのロバストを最初から確保するには、それなりの経験知が必要になる。
ソフトウェアー技術に関し、このあたりの事情を知らない人が多いし、また大学でもカリキュラムに入れていないところもあるので驚く。もっとも、これは実務スキルの問題、と言ってしまえば大学で教える内容ではないが、ソフトウェアーの信頼性工学と捉えれば、大学で研究すべき問題である。
このようなことは、マイコンの黎明期から50年近く日曜プログラマーとして遊んできた当方としては、大学の研究者よりも詳しいのかもしれないが、これは形式知まで高めなければいけないと考えている。大学の情報工学の研究者で少し時代遅れとなって自信を喪失されている方はご相談ください。無料でご指導いたします。
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オリンピックを中止に、という声が日増しに大きくなってきた。しかし、本当に中止派の人数が過半数を占めるのだろうか。一度国民投票でもしたらどうか。
組織委員会は開催方向に走っているが、ニュースで知る限り、仕事の進め方が下手である。また、真摯さが伝わってこない。この際、予算の見直しを行い、観客有で開催した時の感染対策に投入できる予算を国民に開示すべきである。
この二週間以内に日本国民全員のPCR検査と抗体検査を行い、東京都民については開催期間中1週間おきにPCR検査を行えば、感染を最小限に食い止めることができるはずだ。
オリンピックを開催すべきかどうか、と言う問題は、コロナの感染状況に大きく影響を受ける。もしオリンピック開催中に今のような状況が見込まれるならば、とてもオリンピックなどできないのではないか。
しかし、感染者数が東京都で100人未満となり、PCR検査による感染者のコントロールができているならばオリンピックを開催すべきである。このような状況になってもオリンピックを開催できないとなると経済活動その他に影響がおよぶ。
オリンピックを開催すべきかどうか、の議論の前に、この感染状況をコントロールできるようになるのかどうかの問題が解決されなくてはいけない。この解については尾見会長がPCR検査以外に抗体検査を国民全員に実施するよう提案している。
もし予算がないというならば、オリンピックの開催予算から捻出すればよい。その結果オリンピックは華美に行わず貧相な行事となっても良いのではないか。それこそオリンピックの原点ともいえるような大会として運営すべきである。そして開催期間中感染者0を目指す姿こそコロナ禍のオリンピックである。
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オリンピックまであと70日もない中で、開催をめぐって問題が噴出している。それぞれの問題について言及しないが、開催すると決心したならば、問題が起きないような開催方法を公開討論すべきではないか。
問題が異なる、と言われるかもしれないが、ステージゲート法で開発を進めたにもかかわらず、製品化があと半年と迫った状況で歩留まりが上がらず、とてもこのまま開発を続けたら、赤字の事業となることが見えてきたときに、どうするか。
大抵は、そのテーマを止めて代替技術で製品を立ち上げる。半年もあればそれが可能である。代替技術で製品を立ち上げる方針が出される雰囲気になってきたときに、転覆しそうなプロジェクトに関わっていた人たちの中には、「どうせ中止になるから」という気持ちの人も出てくる。
そして本来自分の持ち場の仕事について手抜きを始める、ということをする。このような光景を30数年のサラリーマン生活で幾度も見てきた。
15年近く前に担当した仕事もそうだった。しかし、センター長の機転の利いた投資判断で想定外の混練プラントを驚異的な短期間で立ち上げ製品化直前に歩留まりが100%に達した。そして、無事本流の仕事で製品が立ち上がったが、その周辺技術でさぼっていた人たちがおり、数か月間その仕事の遅れで量産の足を引っ張った。
コロナ禍のオリンピック開催について問題が噴出している状況よりも、実際に推進している人たちの稚拙な仕事ぶりが垣間見えるのでこのような話を書いてみた。開催すると決めたなら、日本国民が一丸となって問題が起きないような開催方法を目指すよう努力すべき時である。オリンピックはお祭りである。
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高分子材料には何らかの添加剤が含まれ市場に提供されている。この添加剤が環境問題を考えるときに難しい問題を引き起こす。すなわち添加剤によっては代替材料が見つからない場合があるからだ。
家電リサイクル法はじめ各種環境関係の法律が制定され始めた20年ほど前に高分子同友会では環境関係の法律が高分子事業に及ぼす影響について議論している。そのとき抽出された大きな問題の一つに難燃剤があった。
どのような高分子でも火災が発生すれば燃える。そもそも火災とは急激に進行する酸化反応なので空気中で燃えない高分子など存在しない。このことを知っていたのかどうか知らないが、かぐや姫は求婚を迫る皇子に対し結婚の条件として絶対に燃えない衣を要求している。
空気中で絶対に燃えない不燃高分子は存在しないが、燃えにくい高分子は存在する。例えばPPSは着火してもすぐに火が消える。ゆえに高分子材料では火災に対して燃えにくくする機能を不燃化と言わずに難燃化と言っている。
PPSのように空気中の燃焼で自己消火性を示す材料は用途により難燃剤が不要となるが、高分子材料の多くは添加剤が無ければ空気中で自己消火性を示さないので、用途によっては難燃剤の添加が避けられない。
難燃化技術の説明を省略しているが、例えば電子材料への応用を考えたときに必要不可欠となる難燃剤の中には環境ホルモンや発がん性その他の環境負荷の大きな化合物が存在する。
そのような話を聞くと、難燃剤無添加の難燃化技術を開発しようと考える人も出てくるが、これはかぐや姫の発想と笑われる可能性がある。
そのような発想も理想追及のために必要かもしれないが、高分子の難燃化技術に詳しい人からは、絶対に困難だと反対される。高分子の燃えにくさという火災に対する絶対的尺度が存在しないので、各業界ごとに存在する難燃化規格を例に説明する。
例えばUL規格では、この規格にまったく合格しない高分子材料に添加剤を加えないで5VBという規格に合格するように変性できない。難燃剤の添加が不可欠である。
長年の経験から高分子材料の難燃化技術は、今日の環境問題の動向変化から20年前と異なる段階になてきており、技術の見直しが必要と思っている。だからどうしたらよいのかは、ご相談いただきたい。
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高分子と環境問題について正しい解をだすのは難しい。そもそも地球環境のあるべき姿と現実の人類の活動とがあまりにも乖離しているからだ。その昔、恐竜はその肉体の大きさゆえにほろんだとされている。人類は肉体の大きさではなくその知の使い道を誤って滅びるのか、と悲観的なことを考えてしまう。
悲観的なことを考えていても仕方がないので、その時代の技術で実現可能な、少しでもよくなる方向を考えてゆこうとするのが健全な知の働かせ方である。そもそも人口爆発の問題さえも解決できていない。焼け石に水かもしれないが、最善と思われるできるところから対策をせざるを得ない、というのが地球規模で起きている問題である。
20年ほど前に高分子精密制御プロジェクトという国研が東工大中浜先生をリーダーとして推進されたが、産業界からは酷評された。少なくとも当方の評価よりも低い評価が当時の説明会でなされていたが、例えば分子一本の粘弾性データというようなその価値がわからない人には遊びにしか見えない渋い成果を出されていた。
バブルがはじけ国研の評価が厳しくなってきた時代なのでこのような渋い成果は酷評される。しかし、企業ではできないような実験では、それが実施されるだけでも新しい現象がそこで観察されるといった価値がある、と見るべきである。そこには新たな機能が隠れているかもしれないからだ。
1円でも儲かるような拾い物ができれば、それを膨らませて1億円以上とするのは技術者の仕事である。科学者と技術者の違いはこんなところにもあるが、とにかく鵜の目鷹の目で研究者と一緒に実験結果を好意的に眺めれば、面白いネタ程度のものを必ず拾える。
例えばとんでもないL/Dの二軸混練機を使用した研究やらウトラッキーのEFMやら実用性の無いと思われた設備の実験結果は、当方にとってカオス混合の発明や再生PET樹脂の開発に大変参考になった。
また、当時のアカデミアからの提案に強相関ソフトマテリアルの動的制御という概念があり、この説明に高分子材料の環境問題解決のための壮大な概念図が示されていた。
およそ今眺めてみても荒唐無稽と言っても良いような図なので産業界から顰蹙を買っても仕方がないのだが、そこに描かれているアイデアには、注目すべき点がある。
金属やセラミックス材料では加熱相分離により、それぞれの要素となる金属を結晶として取り出すことが可能であるが、高分子ではそのような手法をそのまま使えない。そのため特殊な相分離によりできる高次構造制御により機能を設計するというアイデアが提示されていた。
この考え方を近い形で中間転写ベルトの設計に活用させていただいた。そして無事量産に成功し、今でも生産されている。そしてその材料は、期待されたようにリサイクルすればするほどロバストが向上する。
残念なのは、20年前のアイデアでは、活用後にマクロ相分離を生じさせて各エレメントに分解し再び原料とするプロセスが提案されているが、この実用性についてリサイクル実験をしたところマクロ相分離させても回収は困難だった。
高分子は機能を上げるためにどうしても複合化が必要になる。ゆえに20年前のアイデアのように無理に各エレメントに分別することを考えず、それを機能要素としてさらにブレンドして活用するアイデアの方がリサイクルしやすいのではないか、と考えた。
それを念頭に置き、再生PET樹脂の作戦1では、5種以上のポリマーを用いた多成分ポリマーアロイで材料を設計している。作戦2は月並みのPC/PETであり、これがリサイクルされて他のPC系のポリマーアロイとブレンドされても、作戦1を使えば、樹脂の性能を落とすことなくリサイクルできる。
すなわち、この時思い描いていたのは、高分子精密制御プロジェクトで提案されていたマクロ相分離による各ユニット分離手法ではなく、ブレンドしても機能が生きるリサイクル技術であり、PC/PETをPETやその他のリサイクル材とブレンドしても機能が保存される技術である。
当時時間が無かったので十分な研究を行わず、まずモノを作ることに専念したので、退職した翌年に社長賞を受賞したと連絡が入った。10年間その後の報告を待ったが、音沙汰なしなので環境問題に貢献できるよう公開させていただいた。
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千昌夫はバブルの時期に歌手をやめて不動産業者を名乗っていた。あるトーク番組では、歌う不動産王と紹介されたぐらいなので、歌手ではなくバブルの時に不動産業者だったのだろう。
額中央のほくろも当時無くなっていた。今も無いのでほくろを手術で取ったのかもしれないが、今は不動産業者としてよりもTVで歌を歌っている姿をよく見る。彼にとって不動産業も歌を歌うことも人生の営みの一つなのだろう。
これを器用という表現にしてしまうと技術とのつながりが無くなるが、生活の糧とか生きる営みとして不動産業者になったり歌手になったりしている、と捉えると、セラミックスで学位を取得した材料技術者が高分子材料分野でカオス混合機を発明したとしても不思議ではない。
当方にとってカオス混合機は生活の糧(?)のようなものだった。早期退職前に大きな成果を出せば退職金が増えるのではないかと期待したのだが、規程に沿った額しかもらえずがっかりした。中間転写ベルトの開発成果や再生PET樹脂の開発成果でかなりの利益が出たはずであるが。
話がそれたが、千昌夫はバブルがはじけて歌手としてまた歌い始めた。この彼の姿を節操がない見本として見てはいけない。誰でも生きていくことに必死なのだ。そこでベストを尽くそうとしている姿を学ばなければいけない。
不動産業で失敗したから歌手に戻った、という見方では、彼に失礼なだけでなく、彼の姿勢からの学びも無くなる。若い時のような声量が無くなっても、必死で自分の持ち歌を歌っている姿には感動すら覚える時がある。ボイストレーニングなどかなりの努力をしたに違いない。
もし、技術者が大学で学んだ専門にとらわれて生きているとしたら、それは大変もったいないことである。企業の製造現場では、品質という視点で現象を眺める。これは科学の視点とは異なっていることに気がついていただきたい。そこでは機能に視点が向いているはずだ。
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20世紀に科学のおかげで技術は急速な進歩を遂げた。しかし、最近ベセラゴに予言された負の誘電率が議論され始めたように科学の見直しが一部で始まっている。また、材料の世界ではマテリアルインフォマティクスなる怪しげな科学が展開され始めた。
科学と非科学の境界は時代により変化する、と言われているが、一部のアカデミアはこっそりと科学の見直しを始めた。これを大きな声で言わないのは、言ったとたんに信用を失うからかもしれない。
当方は学位こそ取得したが、科学者ではなく技術者を名乗ってきた。音楽にクラシックとその他の音楽があるように、現象を眺めそれを理解する方法が科学だけ(注)、と言うのは奇妙な話である。
技術には技術としての視点があってもよい。ちょうどクラシック音楽が五線譜を中心に展開し、その関係者は楽譜を読める能力が前提となっているが、その他の音楽では楽譜など読めなくても立派に音楽家として生きている人たちがいる。
千昌夫に失礼かもしれないが、彼は楽譜を読めない、と昔ジョーン・シェパードが「題名のない音楽会」で語っていた。彼女はアメリカで有名なジャズシンガーグループのメンバーであり、ある程度は楽譜を読めると謙遜気味に話していた。
そのジャズであるが、あるトランペット奏者と、当時名古屋市新栄にあったココで偶然お話しする機会に恵まれた。その時彼は、楽譜など読めないと語っていた。酒の上の冗談かもしれないと思うので、千昌夫ほどの著名人ではないという理由で名前を伏せている。
ただ、クラシック以外の音楽関係者に楽譜という形式知が絶対的なモノではないことに注目していただきたい。ところが現代の技術者に対して、科学の形式知が絶対的な存在であり、科学の形式知が乏しい技術者がいくら成果を出しても職人と軽蔑して評価査定を低くつける企業もある。
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当方は職人と呼ばれる人でも独自の工夫で成果を出せば評価点を与えたが、それが難儀な作業だったことを覚えている。そのくらい科学の形式知を絶対視する企業もあるのだ。もう少し音楽の世界のように科学の形式知に対して柔軟であっても良いと思う。科学がなくてもモノ造りが成された過去の歴史がある。
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(注)田口玄一先生は、機能の研究を勧めている。現象を眺めるときに「何故」と疑問を持つのは科学の芽生えと言われてきたが、この「何故」という疑問に機能に対する関心も含まれているはずだが、機能を忘れ解析や分析にうつつを抜かす技術者を田口先生は諫めていた。現象から機能を取り出すのが技術者の仕事であって、否定証明は技術者の仕事ではない。
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科学がいつ誕生したのかは、マッハ力学史その他で述べられているが、ニュートンは科学誕生直前の学者という位置づけである。その同じ時代にバッハが生きている。当方はこのコロナ禍でわけあって音楽について勉強しなおしている。
小中学校時代にそれなりにクラシックについて学んだはずだが、特にクラシックに興味があったわけではないので、テストが終わったとたんに頭からそれらの情報が揮発した。このとき知識になっておれば、今勉強しなおす手間はかからなかったはずだが、改めて音楽を聴きなおしている。
これまで関心のなかったクラシックであるが、「ツアラストラはかく語りき」は、改めて聴いてみると、本当に語りかけられているような気分になるので不思議である。学生時代にクラシック好きの同級生から勧められて大学生協で買ったのだが、当時1-2度聞いただけでこの年になるまで購入したことも忘れていた。
学生時代からブルースやジャズばかり聞いてきたので、新鮮な気分を味わうことができた。このレコードについて、クラシックが趣味の人たち特有の蘊蓄は語れないが、この感動だけは何とか伝えたいと思った。その結果本日の表題となった。
ベートーベンの「運命」は出だしがすべてを要約したような交響曲だが、この「ツアラストラーー」も同じである。レコードに針を乗せたとたんに哲学が始まる。科学という哲学の不満点がたたき出されてくるイメージである。
ニュートン力学の体系も立派な形式知として高校で学ぶが、ニュートンの思考実験は科学ではないとマッハは語っている。素粒子物理学ではアインシュタインの形式知が展開されるが、大学でその事情を教えられることはなかった。自分で学ばなければいけない難儀な作業となった。
少しかじって、ニュートンとアインシュタインとは現象を眺めるときの物差しが違っていただけであることが見えてきた。このように書くと物理学の専門家に叱られるかもしれないが、厳密な体系に見える物理学も化学同様に怪しい世界がある。
素粒子論の詳細などおよそ理解しようとは思わないが、ニュートン力学とアインシュタインの相対性理論とのつながりは科学的に説明がつくのだろうか。素粒子論を科学的に展開してきた結果、新たな尺度で物理学の体系を再度構築しなければいけない状況になったらおもしろい。
ニュートン力学と相対性理論との関係が物差しの違いとして考え出されたのなら、素粒子の素が明らかにされそうな時代に新しい理論がうまれそうな気がする。
宇宙だってビッグバンが最初と考えなければいけないのは科学の視点からである。すべてが爆発した状態から始まっていてもおかしくない。「ツアラストラーーー」を聴きながら、くだらない妄想が膨らんできた。
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以前この欄でバッハが平均律を発明した話を紹介している。今クラシック音楽と言えばこのバッハから始まる一連の体系らしきものが存在する音楽である。どのような体系かは音楽の専門家ではないので書かないが、他方でビートルズなどで代表される現代音楽というものが存在する。
面白いのは、バッハの時代に5線譜やその他の音楽記号の原型ができており、楽器でそれを演奏するときに作曲された当時のままの再現ができそうにみえるが、それができないので指揮者が重要な役割を担うことになる。同じ曲でも指揮者により解釈が異なってくるので「誰それの指揮が優れている」といった評論が音楽雑誌を彩ることになる。
クラシックの形式知はそれゆえ科学ほど厳密ではないと思われるが、楽譜を読み取り指揮者と細やかな議論を進めるクラシック音楽の演奏家の世界は、ジャズやロックの演奏家の自由な表現スタイルとは大きく異なる。音楽の形式知を一通り理解していなければ、クラシック音楽の演奏家にはなれない。
クラシックの世界の演奏家がジャズやロックの世界で一流になるのは容易だが、ジャズやロックの世界からクラシックの世界に異動するのはかなりの努力が必要と思われる。
小中学校の音楽のテストは毎回頑張っていたので、当方も楽譜を読むことができる。ところが学生時代に著名なジャズの演奏家と話す機会があり、びっくりしたのは楽譜を読めなくてもジャズの演奏家になれると言われたことである。冗談かと思ったら、その日の演奏の楽譜には五線譜は無く、ただコードと簡単なメモだけが書かれていた。
それを見たときに明らかにジャズの世界とクラシックの世界の違いに気づくとともに、クラシックの世界が科学に近く、ジャズやロックは職人ではなく技術の世界に近いと感じた。
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