酸化スズゾルをシャーレに入れて、ドラフトの中に放置したところ、1ケ月弱で10%相当の重量になり、ゾルから固形分を取り出すことができた。その固形分を粉砕し、圧粉法で圧力を掛けながら導電性の変化をグラフ化し、外挿法で微粒子の導電性を求めた。
驚くべきことに、酸化スズゾルに含まれる微粒子は、10000Ωcm未満の半導体であることが分かった。しかし、過去の研究レポートでは、酸化スズゾルから生成した薄膜は絶縁体と評価されていた。研究レポートに従い、薄膜を製造しその評価をしたところ、確かに導電性は無かった。
不思議に思い、顕微鏡観察を行ったところ、薄膜には微細なクラックが観察された。すなわち微細なクラックが大きな接触抵抗をうみだし、絶縁性を示していたのだ。
薄膜に生成している微細なクラックは目視観察では気がつかない。薄膜に導電性がないことを疑って初めて見つかる現象であった。科学者はときおりこのようなミスを行う。STAP細胞では、何らかのミスが重なり、あのような大騒ぎになったのだろう。
技術者は、自然現象から機能を取り出そうと努力をするので、愚直な実験方法を選ぶ。バカな方法でも、それが必要であれば、実行するのが技術者である。あくまでも現物にこだわり、その現物を用いたあらゆる条件の実験で仮説が否定されて初めて技術者は、一つの仮説を断念する。そして新たな仮説に基づき機能の取り出しを試みる。
あらゆる条件の実験をどのようにデザインするのかは、技術者の力量に依存する。科学的知識が豊かでも、技術者としての力量が低いために簡単な実験で早急に結論を出す人がいる。一方科学分野の知識が乏しくても心眼を使い、身の回りの設備を用いた可能な限りの実験を愚直に行い技術を創り上げる人もいる。ゴム会社と写真会社それぞれの会社で、後者のタイプの技術者に出会ったが、ゴム会社では評価されていたが写真会社では評価されていなかった。当方は後者の人を技術者として力量が高いと評価した。
面白いのは、科学的に実験を進めて非科学的な技術が出来上がったりする。話はそれるが、カオス混合装置を用いた中間転写ベルト用のコンパウンドは、科学的には相溶しないと言われている高分子の組み合わせで相溶現象を起こし、わずかに生じるスピノーダル分解を活用し凝集したカーボンの接触抵抗をコントロールしている非科学的成果である。PPSと各種ナイロンの組み合わせでコンパウンドを製造し、カーボンの凝集状態を観察しながら技術開発を進めた。これは酸化スズゾルのパーコレーション転移制御技術を担当してから15年後の成果である。
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1990年頃市販されていた酸化スズゾルが絶縁体である、という社内レポートは、科学的にレベルの高い否定証明の報告書だった。当時複合材料で一般に用いられていた複合則を用いて超微粒子の導電性まで推定していた。
このレポートを書いた技術者は、それなりの能力の技術者と思われたが、企業風土が悪かった。技術を追求する風土ではなかったのだ。日本の企業では、自然科学の優秀な研究者を採用している。
そして、やがてメンバーの一員として管理職に、さらには経営陣へ成長してゆくことが人材に求められている。このような風土では、技術者としての自己実現など目標にうっかり努力すればラインから外されてしまう。
日本の多くの企業では、技術者の将来として技術者のままでいることを期待していない。しかし、今の時代は技術者のジョブも高度化しているのでジョブ中心の採用と育成が求められている。
もし技術者が本当に酸化スズゾルの機能を実用化したいと考えたならば、酸化スズゾルの微粒子を取り出し、その導電性を直接評価する、という泥臭い方法を行わなければいけない。すなわち現物の機能を現物で評価する、という技術者の鉄則に従い業務を遂行する。
確かに10wt%程度の濃度のゾルから超粒子を取り出すのは大変で、それなりの「技」がいる。濾過して超微粒子を取り出すことなどできないからだ。
これをスプレードライ法で取り出す、というアイデアがひらめいた技術者はそれなりの実践知を持っているが、スプレードライでは加熱プロセスを避けて通れないので、「加熱により物質が変化する」という形式知に邪魔され、その採用ができない。
愚直に自然乾燥で取り出す、という方法があるが、意外にもこの方法を馬鹿にする技術者は多い。実際にある担当者にお願いしたら、「どうぞ暇に任せてご自分でやってください」と、言われた。シャーレに分取し、紙をかぶせてドラフトに放置するだけの15分もかからない作業であるが、絶縁体として結論が出ている材料ではmotivationそのものが沸いてこない。
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科学者は、形式知に精通しておれば、職業として成立するが、技術者は、形式知と実践知、そして暗黙知まで身につけていることが要求される職業である。そして、この3つの知識のバランスが技術者の知識労働者としての価値を決める。
例えば、暗黙知と実践知に偏りがある技術者は、昔の職人に近い技術者である。一方、形式知に偏りのある技術者は、科学者に近い。今学校教育では科学教育が行われているので、この形式知に偏りのある技術者が多くなっている。
形式知に偏りがあるからと言っても、科学者ほど知識が深くないので、企業で漫然と実務をこなしていると中途半端な実力の技術者となる。そのような技術者は、酸化スズのような材料を技術として活用しようとする時に、否定証明に走る傾向がある。
本来技術者という職業は自然界から機能を取り出し、人類に有益な価値を提供することが仕事のはずなのだが、科学者のような仕事のやり方を行い、せっかく目の前にある機能を実用化する術を持たないために、チャンスが訪れてもそれを活かすことができない。
パーコレーション転移がポピュラーでなかった1980年代に、この形式知を知っているかどうかは、技術者の自己実現努力に左右される。材料系の学会においてその現象が複合則で議論されている状況でも、形式知としてそれがどのような意味なのかを体系づけて取り込む努力を怠らなければ、それが実践知に分類すべき知識であることに気づき、形式知としてパーコレーション転移を勉強するようになる(注)。
科学者の問題は、実践知をあたかも形式知の如く扱う人が稀にいる点である。STAP細胞もiPS細胞もそうである。後者については実用化研究が花盛りであるが、未だ「何故ヤマナカファクターで細胞を初期化できるのか、初期化できるのはヤマナカファクターだけなのか」という科学的な解明がなされていない。
この解明が進めばSTAP細胞が何故できないのか(あるいはできる条件があるかもしれないが)も明らかになるのかもしれない。iPS細胞の研究は、今科学ではなく技術として進められているのが現状である。世界中で技術開発競争が繰り広げられている科学分野では、形式知と実践知の混乱が起きる。STAP細胞の騒動はそのような事件だ。
特公昭35-6616を見つけたとき、慎重に企画の準備を進めた。ラッキーだったのは知財部門に優秀な人がいて知財戦略をアドバイスしてくださったことだ。転職した最初の一年は一生懸命特許を書いていた。また、都立科技大(現在の都立大)に留学生を送り、酸化スズゾルの導電性を研究しようとした。そしてパーコレーション転移シミュレーションソフトウェアーも開発した。この頃久しぶりに研究色の高い仕事をした思い出がある。
(注)この分野で有名なスタウファーの教科書は、1990年前後に登場するが、1980年前後には科学雑誌にパーコレーションの話題が取り上げられている。また、79年にゴム会社へ入社したときに指導社員はパーコレーション転移をご存じで、混合則で議論する問題を指摘されていた。
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高分子に導電性物質を分散したときに観察されるパーコレーション転移は、1980年代の材料科学の分野ではポピュラーな考え方ではなく、そのかわりに電気抵抗の並列接続と直列接続をモデルにした複合則が一般に用いられていた。
パーコレーション転移は数学の分野で発展した考え方であり、この20年前にボンド問題とサイト問題という有名な議論が展開され、パーコレーション転移の科学的理解は進み、当時は山火事などのシミュレーションに用いられていた。
パーコレーション転移は、形式知なので誰でも論文を理解すれば獲得できる(注)。一方材料科学分野では、パーコレーション転移で生じる現象を経験則から導かれた複合則(あるいは混合則と呼ばれていた)を用いた議論が行われていた。
化学という学問は科学の一分野でありながら、このように経験則を科学的議論に持ち込むようなことがよく行われるので注意が必要だ。例えばかつて高分子のレオロジーを論じるモデルとして、ダッシュポットとバネのモデルがあった。このモデルを用いてマックスウェルの方程式を解きながら現象理解を進めるという方法も実践知から生まれた形式知である。
ダッシュポットとバネのモデルではクリープ現象をうまく説明できなかったので、1990年代にこの考え方は消えていったが、防振ゴムや制震材を設計するときに用いると、材料設計を容易にできる、という便利さがあった。また、粘弾性測定の結果もこのモデルで理解すると、材料の高次構造理解に役だった。故に形式知としては廃れたが、実践知として今でも使用しているゴム技術者は多い。
同様に、高分子に導電性物質を分散したときに現れる現象について、科学的に論じるときに複合則を用いる人はもういなくなったが、かつては複合材料の教科書に書かれていた複合則を用いて、それを用いて計算される微粒子の導電性を議論していた。写真会社へ転職したときは、実践知と形式知をごちゃ混ぜにして誤った結論を導いてもそれが科学的論理で展開されていたなら正しい、と信じられていた時代である。今でもそのような光景が見られるので、弊社は新たな問題解決法を提案し、科学的間違いに早く気がつくツールを提供している。
(注)パーコレーション転移が形式知としてまとまってから、材料科学分野へ普及するのに20年以上かかっている。1979年にゴム会社へ入社したときに、指導社員はパーコレーション転移をご存じでカオス混合などのマカ不思議な言葉と同じように教えてくださった。大学で合成化学を専攻してきたので、数学物理系の指導社員に巡り会ったのは技術者として幸運だった。
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転職した当時に、新素材として酸化スズゾルという商品が多木化学から販売されていた。それは、四塩化スズの加水分解で製造された酸化スズをアンモニアに分散したゾルの水溶液で、特公昭35-6616の実施例に書かれた酸化スズゾルと同等の材料だった。
この材料については、ライバル特許に抵触しない可能性のある材料という理由で、十分な検討が社内でなされ、科学的な研究レポートが数報書かれていた。そしてそれらの最終レポートでは、この商品の酸化スズは絶縁体に近い、と結論されていた。
特公昭35-6616の実施例が正しいと信じて、この実施例の結果をシミュレーションしたところ、酸化スズゾルは帯電防止剤として十分な性能がある、と推定された。ところが、高分子にこの材料を分散した時に、パーコレーション転移が起きない場合には、十分な導電性が発現しないことがわかった。
すなわちシミュレーションの結果から、酸化スズに導電性が無いのではなく、適切な実験条件が選択されない場合には、パーコレーション転移が起きないので、あたかも絶縁体のような振る舞いになる。ただし、これは計算機上の結果であり、これを実証できる現物がなければ、この技術を用いた新たな商品化企画を周囲は受け入れない。
なぜなら、酸化スズを用いる帯電防止層は、すでに社内で検討済みという結論が出ている仕事なので、実際に現物で再現できることを示さない限り、周囲の同意が得られないだけでなく、提案の仕方を間違えると反発を招く可能性がある。
これは、ゴム会社で電気粘性流体の耐久性問題を解決した状況と類似で、進め方を間違えてFDを壊される(注)ようなひどい目にあった経験をマネジメントに活かすことができた。さらに、何もドープされていない酸化スズが本当に導電性を持つのか、という科学的疑問も個人的にあった。
個人的な興味という理由は、無機材質研究所から、高純度酸化スズ単結晶は絶縁体である、という論文がすでに公開されていたから非晶質でどうなるのか興味があったからである。ただ非晶質でも絶縁体であるかどうかは、科学的に証明されていない性質であった。
(注)ゴムから溶出する物質で電気粘性流体が増粘するという問題を一年かけて検討した結果、界面活性剤では問題解決できない、という科学的な証明が他の研究者から出されていたが、たった3日でその方法を用いて技術により問題を解決した。「できる」という実験結果が、「できない」という多くの実験結果で否定されたSTAP細胞の騒動では、一流の研究者が自殺するというショッキングな事件(注2)や、ES細胞の盗難疑惑を明らかにしようと警察へ刑事事件として告発する動きまで現れている。研究者で構成された社会では、時として信じられない事件が起きるケースがあるので、細心の注意のマネジメントが要求される。理研の環境やあの時の状況が特別なのではなく、一般企業の研究所でも、マネジメントに配慮しなければ、いじめなどの子供社会で起きるような事件が発生する可能性がある。被害者は事件が放置されると孤立感が進み恐怖感に変わってゆくものであり、マネジメントではメンタル面のケアが重要になるが、管理職にその知識が欠如している場合が多い。弊社では、研究所の健全な風土醸成のノウハウ提供も行っています。
(注2)STAP細胞の存在は未だに科学的にその存在が証明されていない。特定の条件で作ることができない、と科学的に証明されただけである。なぜSTAP現象が人間の細胞で起きないのか、という問いに対して科学的な解が出されない限り、できる可能性が残っている。この分野の素人でも理解できる状況で、一流の研究者は、否定証明の嵐の中で板挟みになったのだろう。誰かが他の組織を示してあげる必要があった。管理者は孤独なものだが、知識労働者は管理職でなくても孤独にさらされる。上位職者の役割は、孤立している当事者を改めて組織で機能できるように道筋を示してやることである。研究者は組織を失えば自己実現も貢献もできなくなる大変脆弱な職業である。組織(コミュニティー)が無くなれば、その職業をやめなければならない。
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プレミア12の日韓戦は後味の悪い試合だった。好投していた大谷選手を球数も問題なかったのに、なぜ交代したのか。おそらく監督は本当の理由を言わないだろうが、その後の選手の起用を見て、おおよそその心中を推し量ることができた。
しかし、日本中のファンが期待していた勝てそうな試合だったのである。長いシーズン中の1試合ではないのである。勝ちにこだわることこそ大切なことだった。あの場面では、チームとしての勝利にこだわってこそ、真のリーダーである。昨日コールド勝ちできるような実力がありながら、また、今年優勝できるチャンスは十分あったのに、と思いながら悔しさのあまり同じようなことを書き始めてしまった。
ビジネスにおける類似の状況を昨日紹介したが、会社により人材の育て方は異なる。故ドラッカーは人材育成について、誠実で真摯な人材を選ぶことの重要性を述べている。ゆえに人材評価がうまく運営されるかどうかについては、誠実で真摯な評価者が多数いるかどうかできまる。
人事評価のシーンで時折おかしな状況を体験したり評価者の立場で見たりしてきた。例えばAさんが貢献して出した成果であるにもかかわらず、組織の都合でBさんを昇進させたいという理由でその成果をBさんの成果として評価しているケースがある。
これは、ゴム会社で担当者の立場で明らかに歪んだ評価を付けられた事例。3人で1チームとなり、ある商品を開発していたが、一人が長期休暇した。その間に二人は、計画を見直し、その一人がいなくても納期を守れるように仕事を遂行し成果を出した。その後長期休暇していた人物が出社した。この人物は、テーマの企画をしたわけでもなければ、休みに入るときの引き継ぎもやらず、2人に尻拭いのような仕事を残していたりと、まったく組織貢献していなかった。
ところがボーナス査定を見て驚いた。当方の給与明細書の数字は、査定がついていないどころかマイナス査定だったのである(注1)。一緒に苦労した他の一人も同様だった。さすがにおかしいと言うことで、同じ職場の課長補佐に相当する方に相談(注2)したら、おかしな評価であるが、長期休んでいた人を昇進させるために課長はその人に高い査定を付けたかったのだろう、と解説してくれた。
すなわち課の原資は決まっていたので、特定のメンバーに高い査定を付けるときにはマイナス査定を誰かに付けなくてはいけない仕組みになっていた。長期休暇をしていた人の貢献を明確にするために、サービス残業までしてがんばった二人を犠牲にしたのである。
このゴム会社の担当者の立場で経験した人事評価は、その後のサラリーマン生活に大きく影響した。すなわち職務評価に振り回されることなく、自己実現に努め成果を必ず出すことにこだわる仕事の進め方になったのだ。その後ゴム会社の某人事部長から研修中の酒の席で、「君は人間リトマス試験紙だ」と言われた。当方の評価で上司である管理職を評価できたからだそうだ。
(注1)成果給の意味があるボーナスの配分表を公開している企業は多い。そしてその配分表から自己の評価を知ることができる仕組みになっている。すなわち、仕事の評価を会社が伝達することにより、その努力に報いたことを伝えるためだ。このようなシステムでは、誠実な評価をしない場合には逆効果となる。また社員どおし給与情報などをこっそり見せ合うことも行われる場合もあるので、評価者は誠実さが重要になる。
(注2)仕事の評価に不服な場合に評価者に直接相談してもダメである。第三者で状況を理解している人に客観的な理由を聞いて納得すること。客観的な説明が例え不条理であっても知識労働者は納得しなければいけないのである。知識労働者が成果を出すためには組織が必要であり、納得しない、ということは、その組織を認めないことにつながる。被害者の立場で転職してみて、組織と知識労働者の関係について、まさに故ドラッカーが指摘していたとおり、と痛感した。組織が変われば、新たな知識を獲得しない限り、知識労働者は成果を出せなくなるのだ。貢献と自己実現のために必要な組織はその目的のために大切にしなければいけない。しかし、誠実さと真摯さがないがしろにされるような組織あるいは組織風土ならば改善する必要があり、難しい問題が生じる。
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プレミア12準決勝の結果(日本3―4韓国(2015年11月19日 東京D))について評論家がいろいろ語っているが、監督の投手継投策を問題視している点は共通している。素人が見ていても100球どころか90球にも到達していない大谷投手をなぜ交代させる必要があったのか疑問である。
監督は、「8回は、則本でいくと決めていた。」と語っていたが、大谷投手が打たれてからでも大丈夫だったように思うし、あのまま8回を大谷投手が投げても不都合となる因子は何も無かった。さらには9回まで投げさせても良かったのではないか。勝負にこだわったなら、それが正しい判断だったように思う。
原因は、監督の慢心にあったのではないか。たった3点で勝利を確信したのだろう。しかし、負けた今となっては本心を語ることはないが、ほぼパーフェクトだった投手を交代させた理由は、何かドラマを期待した慢心以外に写らなかった。
さらに理解不能の采配は、若干20歳の左腕をものすごいプレッシャーの中で起用するというむちゃくちゃな決断をさせた。おそらく、監督はリーダーの資質に問題があるのでは、と思いたくなるのが、今回のゲームを最後まで見た当方の感想である。
研究開発でもこのようなタイプがいた。酸化スズゾルを用いる帯電防止技術が実験室レベルでほぼできあがり、生産技術に関する課題を詰めなければいけない時に、センター長命令で企画調査から進めてきた当方が突然テーマから外された。
転職して1年程度しか経っていなかったので、指示に従ったが、驚いたのは技術開発から完全に手を引けというのである。ものすごいマネジメントだと思った。そして若い係長クラスの女性をリーダーにした製品化開発チームが新たに結成された。そのバックアップをする管理職スタッフチームも決められたが、その中に当方は入れていただけなかった。
ところが、新チームのメンバーはパーコレーション転移を甘く見て、製品化に失敗をする。そして、「酸化スズゾルの技術は物にならない」という結論をそのチームは出して、時間が無いという理由でSbドープの酸化スズを帯電防止材にして新製品に採用したのである。
さすがにこれにはびっくりした。バブルがはじけて運良くリストラがあり、当方が高分子材料開発部門のリーダーになった。すぐに、酸化スズゾルを用いた帯電防止層を製品化できそうな商品を探し、印刷感材で商品化を成功させた(注)。最初の製品化失敗から半年後のことである。
当時のセンター長は若い女性に大きな成果を出させたかったのだと思うし、リストラ後そのように語っていた。しかし、なぜ当方を開発チームから外したのか言われなかったが、恐らく酸化スズゾルを用いた帯電防止層を簡単な技術と誤解したのだろう。パーコレーション転移の理論と実践知を完璧に理解しておれば、確かに簡単な技術である。しかし、形式知だけでは困難な問題に遭遇したときに解決できなくなる難しい仕事でもある。
実際に若い女性のチームが失敗した配合処方と、その半年後当方が製品化に成功した処方とは大差が無かった。ただ、生産技術における対策を十分に行ったかどうかの違いである。いくらロバストが高い結果が出ているからといって、それは生産技術を甘く見ても良い、と言うことではない。生産技術には形式知だけでは語れない問題が時にはある。研究開発では、製品が無事完成するまで気を抜いてはいけないのである。
3点差があるから勝てるだろう、と考えたかどうか知らないが、もし、監督が準決勝に絶対に負けることができない、と不安に感じていたなら、大谷投手が韓国チームのバッターに捕まるまで続投させるという判断となったように思う。
そのくらい大谷投手のピッチングは完璧だった。あの状態で投手交代を行ったのは、勝利以外の要素に目が奪われたのだろう。リーダーたるものは、最後まで油断してはいけないのである。ましてや勝負を自分でデザインしようとする驕りは禁物である。
(注)この商品は印刷学会から技術賞を受賞した。また帯電防止技術は日本化学工業協会技術特別賞を受賞した。
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写真フィルムの帯電防止には透明材料が必要になる。導電性を有する酸化スズは、着色が薄いので、その候補材料になる。今は廃業したアメリカの大手写真会社は、20世紀末特許回避のため導電性の五酸化バナジウムウィスカーを帯電防止剤として使用していた。
日本の写真会社では同じ頃、酸化スズに関する膨大な量の特許を出願していた会社はやや青みがかったSbドープの酸化スズ結晶を用い、そのライバル会社は、イオン導電性高分子を帯電防止剤に用いていた。
イオン導電性高分子は、湿度依存性や現像処理後に導電性が劣化する問題を有していたが、それらを技術的に回避する方法で実用化していた。技術的には、同等機能を実現していたので同等性能だった。ただし、プロセス上のある問題をこの技術は抱えていた。
その問題を克服するために、特公昭35-6616特許を中心にした技術開発をはじめた。すなわち公知技術の範囲内で技術を開発すれば、ライバル特許に抵触しない技術を作り出すことができる(注)。
ライバル特許群によれば、特公昭35-6616に記載された酸化スズには導電性が無いことになっていた。しかし、実施例のデータから推定される酸化スズの導電性は1000Ω以下であることがうかがわれた。
ただ実施例を実験で行うとうまく実施例のデータを再現できない。この特許を捏造データによるペテントと捉えるのか、隠れたノウハウが存在すると捉えるのかは、難しい判断となる。
(注)特許の視点からは、この考え方は危険で、例えば組み合わせ特許を成立させて、相手の権利範囲を使えないようにすることが可能である。また科学的に不確実な場合にはインチキ特許で同じことが可能になる。転職した時の最初の仕事はライバル特許の整理だった。この仕事は、高純度SiCの技術開発を行った時の最初の上司が知財部長を経験された方だったので、十分なトレーニング機会をゴム会社で体験しており、証拠探しも含め楽な仕事だった。
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酸化スズは金属酸化物であり、その高純度結晶は絶縁体である。酸化スズが絶縁体であるらしいことは、昔からわかっていたが、それが科学的に証明されたのは1980年代になってからである。
また酸化スズは、ガラス構造をとらない。すなわち結晶とガラス構造では無い非晶の二つの構造だけである。高純度結晶は絶縁体だが、非晶になると電気を通すようになる。
また、金属酸化物半導体なので、InやSbをドープすると導電体になる。だから液晶などのディスプレーの透明電極としてITOが実用化されている。今では常識であるが、ITOが良導電体であることは、大変なことなのである。
昭和35年に公開された、特公昭35-6616には、非晶質酸化スズを透明導電体として実用化した技術が書かれている。そこには湿度依存性が無いので電子伝導性であることまで確認したデータが記載されている。
この昭和35年頃というのはITOの研究が活発に行われていた頃で、その十年後には透明導電フィルムやNESAガラスなども登場している。しかし、科学的にその導電機構が明らかにされていたわけではない。
正孔や電子を用いた導電性の仮説による説明は教科書に書かれていた(注)が、肝心な酸化第二スズの特性が良く理解されていなかったからだ。高純度の酸化第二スズ単結晶が絶縁体であることは、先に書いたように1980年代に無機材質研究所で証明された成果である。
しかし、それまで、科学的証明が不完全な材料にもかかわらず実用化が先行していた。すなわち、技術が科学よりも先行していたのだ。だからこの期間におかしな特許が、某写真会社からたくさん出ている。残念だったのはその特許群にライバル写真会社の技術者たちが手も足も出ない状態だったのだ。
(注)科学で証明されていないことが、さも真実のごとく書かれていた。だから説明が分かりにくい。大学の授業では科学ではないことを科学として教えていた時代である。非晶質導電体については、ガラスの導電性が真面目に研究されていた時代である。ガラスからの結晶成長と言う研究を当時発展途上であった電子顕微鏡を活用し盛んに研究していた時代である。写真集と言ってよい論文が増産された時代だ。
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ドラッカーの著作を読むと、技術は科学の誕生とともに生まれたと書かれており、科学誕生以前のそれは体系化されていない技能として説明されている。そして、彼は、技術の誕生で知識の意味が変わり、知識労働者の時代になったとして、現代を論じている。
テクノロジーの訳として技術と言う言葉が使われているのだが、マッハ力学史には、科学誕生以前にも技術は存在していたと述べられている。また、ファーガソンの「技術者の心眼」では、技術を形式知に偏った技術と実践知と暗黙知も含む技術という扱いをしている。
ドラッカーは技術者ではないが、ファーガソンは技術者であり、マッハは科学者である。ファーガソンの「技術」の意味は、マッハのそれに近い。すなわち、形式知から実践知や暗黙知によるものまで技術として扱っているからである。ドラッカーは形式知による技術だけを技術としているようだ。
形式知で技能を体系化できたことにより、産業革命以後の技術革新が急速に進み、知識の役割や価値が大きく変わり、すなわち知識も資本と同等になり知識労働者の時代になった、と言うわけである。
21世紀になり、フォルクスワーゲンのディーゼル車不正問題や旭化成子会社の杭打ち問題のような知識を悪用した不正が目立つ。これを倫理観の欠如の問題にするのか、QC活動の知識を身に着けていない技術者が作業を行った結果として捉えるのかは、ISO9001がグローバルスタンダードとなっている現代において議論の必要は無いだろう。
ドラッカーの技術史観から現在起きている不正問題は、知識労働者のマネジメントを誤った経営者の責任となり、そのペナルティーとして、市場からの撤退という事態にも至る可能性がある。環境問題を放置すると企業の突然死を招く、といった経営者がいたが、今回の不正問題の解を倫理感に求める経営者には事態の解決ができない。
マネジメントの意味が、成果を目的として知識の適用の仕方に関する知識とドラッカーの書に書かれているので、QCの知識を持っていない作業者の教育を怠った責任が経営者に求められているのだ。技術分野の知識労働者の再教育について弊社へご相談ください。
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