CTOの質問は、ドラッカーの「何が問題か」という質問と同じたぐいの質問であった。しかしそれに気がつかず安直に答えたのでカミナリが落ちたのだ。昨日のカミナリを詳しく説明すると、タイヤという商品は命を預かる商品で、多くの安全検査に通過してもなお実地テストで問題がないと確認されない限り、「タイヤ」とは呼ばない、という内容を語っていた。
このCTOのカミナリは、企業における技術開発の精神を新入社員に伝えるために落とされたのだが、カミナリのきっかけとなった質問は大変哲学的な問だと思った。科学では真理を求めるために仮説を立て実験を行う。仮説が間違っていたならば真理を得ることができないわけで、そのため仮説立案に時間をかける。しかし、扱っているテーマそのものを問題にするプロセスはない。
なぜならその時代に追い求めている方向は、たった一つの真理であり、科学ではゴールが明確なためである。仮説を見直すことはあっても、ゴールそのものを見直す機会は少ない。もしそのような機会に遭遇したならばノーベル賞のチャンスとなる。現象に遭遇しないで仮説だけで異なるゴールの話をすれば、STAP細胞同様の騒動になる。
これは学校で学ぶ科学的姿勢が社会で役立たない、などと言われる原因の一つとなっている。社会の問題解決では目の前に遭遇した現象からまず問題を抽出しなければならない。この問題抽出作業について学校ではトレーニングプログラムを用意していないのだ。問題の抽出に失敗するとどうなるのか。問題が不明のままならばまだ良いが、間違った問題を抽出し、それを解くことになる。間違った問題を正しく解いて得られた答は正しい答か?
間違った問題から目の前の現象の正しい答など得られるはずがない。ドラッカーが、まず「何が問題か」とよく考えることの重要性を説いている理由である。CTOは軽量化タイヤの技術を開発するにあたり、新しいコンセプトの重要性を説いていた。
リバースエンジニアリングで他社品を解析する前にまず自分たちの設計技術を見直し、新しいコンセプトを考えろ、という内容の発言は、新入社員へのメッセージというよりも研修した部門のリーダーへのメッセージに思われる。しかし、CTOのカミナリは新入社員にとってその後の行動指針となった。
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データカード一組は重回帰分析を行うときに作成していたので、主成分分析は簡単にできた。この手法では、一次独立の新たな組にデータを変換して解析を進めるので、重回帰分析のように説明変数の相関を気にする必要は無い。
データは13組と少なかったが、それでもサンプル集団は第一主成分と第二主成分の軸できれいな群に分かれた。そして第一主成分と第二主成分が分かりやすい軸であったので、各群をうまく特徴付けることができた。
注目すべき軽量タイヤ群にはM社以外にP社とC社が入っていた。P社とC社のタイヤ重量は、平均値を下回っていたが、特別軽量というわけではなかった。しかし、ビード部と他の部分の構造をM社に揃えてやると、M社に肉薄する重量になった。また、P社とC社のタイヤ構造にはM社には無い新しい工夫がされていた。そしてトレッド部分が特に軽量化されていた。
入社したゴム会社とY社は特徴の無い平均的なタイヤの群であった。面白いのは、軽量化因子を全く持っていないタイヤの群が存在し、その一つは昔からのバイアスタイヤだった。主成分分析を行った結果、ラジアルタイヤでも異なる設計思想と技術でタイヤが設計されている様子がうまく整理された。
主成分分析により、重回帰分析の結果の理解も進んだ。そして軽量化に効果がありそうな因子を特定でき、それぞれの理想の数値を重回帰式に入れたところ、単純に各要素の最低値を入れた場合よりも軽量の数値になった。この技術要素で実際にタイヤを作ることができるのかどうか指導社員に尋ねたところ、作ってみようということになった。
一週間後にできあがったタイヤは一応タイヤの格好をしていた。リム組みして乗用車に取り付けて走ることもできた。乗り心地も悪くなかった。皆研修テーマの完成を喜んだ。
技術研修発表会の日、自信を持って発表したら、CTOから、「君にとって軽量化タイヤとは何か」という質問が飛びだした。「ここでご説明した、多変量解析で導き出された技術要素で軽量化されたタイヤです。」と答えたらカミナリが落ちた。
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図書室で多変量解析の教科書を見つけた。それは出版されたばかりの奥野先生の本で、まだ世の中に多変量解析が一般的ではないが、その普及を目指すために、と書かれていた。昨今ビッグデータが騒がれているが、40年近く前にすでにビッグデータを処理していた人たちがいたのだ。
例えば洋服の採寸などを行い、A体やAB体など体形に分類し既製服の型紙を作る作業には当時主成分分析がすでに使われていた。ただし今のようなパソコンで計算するスタイルではなく、大型のコンピューターのプログラムパッケージを使用しなければいけなかった。だから一般には多変量解析など専門家の仕事になっていた。
とにかく難解な本を斜め読みし、関係するページを人数分コピーした。そしてその内容を理解し終えたときには終業時刻になっていた。端末の置いてある部屋に戻ってみると、まだ端末の前で皆が議論しながら操作していた。部屋の中はアウトプットの用紙であふれていた。連続帳票用紙一箱がすでに空になっていた。
会議室に戻り、多変量解析の知識の共有化作業を行った。面白いことに大量の出力データの中に重回帰分析を正しく使ったときの答が一つ出力されていた。やればできるじゃないの、と誰かが叫んだ。IBMの統計パッケージは良くできたソフトであった。従属変数の相関が出てくると段階式重回帰分析に移行するようにプログラミングされていた。
得られた式で各社の技術を組み合わせて軽量化したときのタイヤ重量を推定してみたところ、当時最も軽量であったM社のタイヤ重量を下回る値が得られた。M社のタイヤと最軽量タイヤとの違いは、トレッドの厚みとショルダー部の設計など数カ所だけだった。ただその設計要素をM社のタイヤに適用することができない、と指導社員は説明し、M社はかなり軽量化を実現できているタイヤだと感心しながら説明していた。
この指導社員の解説には新入社員からブーイングが起きた。他社を凌ぐ技術で世界一最軽量のタイヤの設計指針を見いだすのが研修テーマの目的ではなかったのか、というのが皆の思いだった。タイヤの設計技術などまったく理解していないのにすでにその道の専門家の意識になっていた。
ここを潮時と思い、用意してきた多変量解析の教科書のコピーをもとに主成分分析の説明をした。主成分分析を行うと集められたデータの集約ができ、各社の位置づけを知ることができる、M社が本当に一社だけぬきんでた存在であるか、ということも知ることができる、などと説明をしたら、体育会系の本能ですぐにやろうということになった。時間はすでに22時を過ぎていた。
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その日は統計パッケージの英文マニュアルを分担して持ち帰り、翌日担当部分を発表しあって内容を共有化することにした。翌日指導社員を司会者に英文マニュアルの順番でそれぞれの担当分をプレゼンテーションしたのだが、単なる英文和訳の確認作業に終わった。
ところで、という言葉が発せられ、当方に視線が集まった。しかし3ケ月の研修の学習効果でこのような展開を予想していた。あらかじめ英文マニュアルを全部読み、重回帰分析と主成分分析が使えそうだ、という感触をつかんでおいた。
重回帰分析が使えそうで、もし説明変数が一次従属で無ければ主成分分析と組み合わせて使えば良い、と発言したらすぐにやろうということになった。体育会系は、方向が決まれば、すぐに行動に移るのが特徴である。理解は二の次である。また、誰かが何とかするだろうという楽観論者でもある。
とにかく集められたデータをマトリックスに整理してカードパンチャーを使いインプット用のデータカード一組に仕上げた。当時のコンピューターは大型の機械を端末で操作し、TSSで使用する仕組みだった。データのインプットはカードリーダーで行うために必ずカードパンチャーを操作する必要があった。
データのインプットは何とかなったが、統計パッケージの操作では端末を前に一日悪戦苦闘することになった。マニュアルどおり操作してもエラーを起こすとコンピューターが英語でいろいろと質問してくるのだ。英文を和訳することができても操作の意味が分からないから先に進めない。
そもそも多変量解析を十分に理解せず、いきなり統計パッケージを使っていることが作業を難しくしている原因である。これは体育会系の典型的な問題解決プロセスでよくある状況で、行動すれば必ず何か答えが出ると信じている。コンピューターは何も考えず、指示された計算結果を素直にはき出すだけだ。当方はこっそりと作業を抜けだし図書室へ駆け込んだ。
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当たり前のことだが企業における研究開発は、ビジネスの一環である。このような当たり前の事を社会人成り立ての技術者で理解していない人は多い。科学教育が浸透し、頭の中が科学という唯一の哲学で支配されているのではないかと疑いたくなるが、面白いのは体育会系と呼ばれている社会人がいることだ。彼らは科学教育がこれだけ浸透していても問題解決において我流のヒューマンプロセスで問題を解こうとする。
ゴム会社の新入社員研修で面白かったのは、いわゆる事務系と技術系の混成部隊でグループ活動を行ったことだ。ゴム会社の場合には、技術系にもいわゆる体育会系がいたが、彼らの問題解決プロセスは直感的である。深く考えないでとにかく思いついたことをやってみる、というヒューマンプロセスである。この方法でも体系化されたヒューマンプロセスとして行われれば、立派な問題解決法である。ただし科学的とは言えないが―――。
小学校から大学まで科学教育を学んでいるのに体育会系の思考ができると言うことはある意味驚くべきことで、人間の可能性を感じた。これは入社試験を通過してきた仲間だから素直に驚き感激したことだ。当方は科学という哲学一色で完全に洗脳された状態だったから、体育会系の人類は新鮮だった。
ゴム会社の設計部門で技術実習を行ったときにも驚いた。技術部隊が体育会系の「ノリ」で研修テーマを用意していてくれたのだ。当時世界には13社タイヤ会社があり、その各社の代表的なタイヤを解剖して技術要素を取り出しタイヤ軽量化のヒントを導き出す、というテーマだった。リバースエンジニアリングというとかっこいいが、実際の業務はタイヤのカットサンプルを作成し、断面形状からタイヤの構造を解析し、構造要素と思われる部分の面積をはかる、という単純作業である。
面積を測ってその後は、というと誰も考えていない。新QC7つ道具を使って整理してみよう、ということになった。一覧表を作成してみたり、系統図で整理してみたりした。しかし、そこから何も見えてこない。テーマは暗礁に乗り上げた。新QC7つ道具には多変量解析という道具があり、これをやってみようと当方は提案した。当方も体育会系のノリに染まり使っていなかった道具を提案しただけだったが――。
「そうだ、まだこれがあった!」とすぐに皆の同意が得られた。しかし誰一人多変量解析を理解していなかった。新QC7つ道具の中で使っていなかった方法がそれだけだったので意見が一致しただけである。指導社員が社内のコンピューター部門に相談し、IBM3033の統計パッケージの説明書を用意してくれた。ただし説明は英文である。皆で手分けして説明書を読んだ。
若いということは一つの才能である。知識の無い技術領域の英文のマニュアルを前にして一瞬皆引いたが、皆で手分けして読めば一人20ページだ、という意見が飛び出した瞬間に簡単に理解できる気になってしまう。しかし、翌日が大変だった。
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研究開発は大変楽しい仕事だと思っている。その楽しさが習慣となり、そこへのめりこむと中毒になる可能性がある。時がたつのも忘れ、実験を行う。仮説に適合した結果が出て真理を見いだすと至福の喜びとなる。
一方技術開発は苦しい。お客様の要求を満たす機能実現とその許容差設計のために同じような実験を繰り返さなければいけない。まったく同じ実験を何度も繰り返すこともある。それを効率化するためのタグチメソッドという手法もあるが、すべての実験計画が完了するまで結果が見えてこないもどかしさがある。
苦労した結果、お客様から感謝され、売り上げ増になった時にほっとする。そしてそれがささやかな喜びになる。このささやかな喜びが、貢献に結び付くと大きな満足感につながる。
こうした成功体験を積むと技術開発の苦しさを喜びにつながる過程として楽しめるようになる。新たな真理を追究する研究開発では途中のプロセスで遭遇する過去に明らかになった真実を体験する喜びがあるが、とにかく機能を実現しなければならない技術開発では失敗という苦労がつきまとう。
失敗しなくても機能の再現性の乏しさのためそれを改善しなければいけない、繰り返しの苦労がある。技術開発では苦労、苦労の連続で、マゾでもない限り、成功体験がないと続けられない。
知識労働者ならば真実に対する関心が高く、研究開発を楽しむことができる。苦労の連続となる技術開発と異なり、真実にたどり着くまでの過程も楽しむことができる。研究開発は楽しさを阻害しないマネジメントが重要になるが、技術開発では苦しさを和らげるマネジメントが重要である。
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故田口先生は、技術開発だけやるように、とおっしゃっていた。機能のロバスト確保の研究は不要で、タグチメソッドでそれが実現できる、と指導されていた。しかし、差別化するための新しい機能を生み出す方法については、技術者の責任といわれ、その方法まで言及されなかった。
タグチメソッドの導入で、技術者の責任は大変大きなものとなった。しかしその責任を背負わされた技術者は、その大きさを理解しているのだろうか。20世紀の科学の進歩は著しく、多くの企業で新たな研究開発をしなくても技術開発だけで新商品を生み出すことができる状態になっている。また、情報過多で新たな研究開発テーマが見えにくくもなっている。
中国でローカル企業を指導し、新たな樹脂開発を技術開発だけで進めていると、研究開発の重要性を痛感する。科学論文を調べてみても特許を調べてみても未だ公知になっていない事象が多く存在するのだ。
そのような事象に潜む真実は新たな技術を生み出す可能性を秘めているが、中国のローカル企業には研究開発をするための実験設備が準備されていない。研究開発と技術開発の違いが判らないのは一部の日本企業と同じだが、タグチメソッドでL18の実験計画を実施しようとしたら、その実験をさらに半分にできないか、と言われ目がテンになるような日常である。
研究開発の必要性など説明できる状態ではないが、それでもとりあえず新商品はできてしまう。タグチメソッドのすごいところだが、新しい機能を実現できた背景に潜む真理を知りたくなるのは、知識労働者の基本的な欲求である。
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技術は生産現場で生きている、という人がいる。また、無駄な技術は消え去る、とまで言いきる人もいる。しかし、特公昭35-6616に書かれた写真会社にとって重要な技術が痕跡も無く消えていた状況をこれらの言葉では説明できない。
酸化スズゾルを用いた帯電防止層はその後熱現像感材などデジタル分野で活用される写真フィルムで重要な技術として使われたが、当方がリストラされた状況から察して高い評価を社内で受けていないのだろう。
また印刷学会で学会賞を受けた製品にもこの技術が採用され、その受賞理由にも高度な帯電防止技術で色ずれの置きにくい技術と書かれていたのに帯電防止層の開発部門の担当者は誰一人そこに名前が無かった。
さらに印刷学会の学会賞の受賞も知らされていなかった。たまたま学会賞受賞式が行われた日の講演会で帯電防止の発表をしてくれ、と他部門の方から言われたのでのこのこと会場に出かけて受賞の状況を知った。
重要な技術が伝承されてゆくかどうかは、技術を大切にする風土があるかどうかということだろう。ある日学会の委員会でライバル会社の方から日本化学工業協会で技術特別賞が新設されるからそこへ酸化スズゾルの技術を出してみてはどうか、と言われた。
社内に戻り、技術担当役員に相談したところ推薦されることになり、無事第一回の技術特別賞を受賞することができた。ライバル会社の方は公開された特許や印刷学会賞をご存じで、酸化スズゾルの技術を高く評価してくださっていた。それを知らせてくださったことに感謝すると同時にライバル会社の方だったので感動も大きかった。
類似技術が存在するときに、技術の価値評価は難しいのかもしれない。科学であれば最初に真理を見つけただけで高い評価が得られる。しかし技術は機能が正しく発揮されなければならないので完成までに時間がかかる。その機能が世界で初めてならば科学同様に技術は簡単に評価されるが世界で初めてでは無いときにその評価は難しくなる。
酸化スズゾルの帯電防止層はパーコレーション転移を制御し18%という転移に必要な理論量で機能を安定に実現している。その結果、微粒子が分散しているにも関わらず膜の強度も高く設計できた。その材料設計のためにインピーダンス法でパーコレーション転移を評価する世界で初めての技術も開発している。酸化スズゾルを用いた帯電防止層の技術は幾つかの要素技術を組み合わせ、昭和35年に特許で公開されてから誰も実現できなかった技術を製品化した温故知新の成果である。
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ヤミ研でパーコレーションという現象を研究し始めたのだが、この状態では昭和35年当時と同様の状況になる、と憂慮し、センター長に相談して担当者を決めた。大学へ留学したい、と言っていた社員が先行して選ばれしばらくしてバトミントンに夢中になっていた体育会系の社員を加えた。
前者はリストラ時にその後技術サービス部門へ異動し育成できなかったが、後者は職場に残すことができ、無事工学博士まで育てることができた。二人とも最初周囲の評価は高くない社員だったが、潜在能力は高かった。それは仕事ぶりを見ればわかった。周囲には不満分子と誤解されたのかもしれないが、常に問題意識を持っていた。
実績のある社員ならばその実績から能力の推定ができるが、新入社員など社内で実績が無いこのような場合にどうしても低く評価される。会社では潜在能力を評価しないからだ。当方はバトミントンが上手で大学院まで修了していたので能力があると評価しても良い、と思った。またゴム会社でテニスの上手な社員は仕事もできる、と聞いていたからだ。
パーコレーション転移のインピーダンスによる評価技術は彼の最初の成果になった。この評価技術の価値を確認するために福井大学客員教授として当方が招聘されたときにパーコレーション転移におけるインピーダンス変化を数値計算でシミュレーションするテーマを採用した。
大学で検証された評価技術は、フィルムの製造プロセスの品質問題解決にも役だった。それまで直流法だけで評価されていた現象を交流法で見直すことにより新たな事実も分かってきた。
21世紀になり、当方が2回目のリストラを受けるまで、このころ開発された技術は活用され続けた。2回目のリストラで窓際になった後、カメラ会社との統合があり、カメラ会社の研究所がある豊橋へ当方は単身赴任した。そこへこの評価技術を持ち込んだ。
高分子中に微粒子を分散したときに観察されるパーコレーションを評価する技術は材料設計に不可欠である。豊橋では複写機に用いる中間転写ベルトという半導体ベルトの開発を担当したがその材料評価にこの技術は活かされるとともに、コンパウンドの品質管理にも使用された。
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1980年代の材料科学の分野でパーコレーション転移はポピュラーな現象ではなかった。混合則という現象を記述する理論が存在し、これで材料の電気抵抗や力学物性の変化が議論されていた。今から50年以上前に微粒子の分散で観察されるクラスターについて数学界ではパーコレーション転移が議論されていたのだがその考え方が材料分野まで普及していなかったのだ。
その結果特許にもパーコレーション転移という現象が記載されていなかった。これは科学と技術を分けて認識していない学術の責任と思った。パーコレーション転移は機能を設計するために重要である。しかし現象を述べるためには混合則で十分である。この結果パーコレーション転移という数学界における学術の成果が技術を考える上で重要であっても現象を記述する理論が既に存在した材料科学分野で普及しなかったためと思われる。(但し材料で観察される現象を学術で議論する場合にもパーコレーション転移は使えるし、本当はこの理論が混合則よりも好ましいと感じている)
たまたま当方は学生時代に数学関係の書籍が好きでパーコレーション転移について学んでいた。また、戦後のヤミ市で父が購入したというコーヒーの古いパーコレーターが当時も我が家で使用されていたので、パーコレーションという現象の語源として結びつき、トリビアの泉のようなムダ知識と思っていたが、15年後その知識が役だった。
知識に無駄な知識は無い。ただそれを活かす知恵が働かないだけだ。知恵を働かせるためには動機が必要だ。チャンスが訪れるまでどんなムダ知識でも頭に貯めておく事が重要である。いつか知識は役立つ。無駄な知識が頭に貯まって活かされないのは知恵とチャンスが無いからだ。
転職した会社で面接時に金属酸化物粒子を用いた帯電防止層が重要だと聞いたときにすぐにパーコレーション転移がひらめいた。使う機会があるかもしれないと思い、知恵を働かせるためにパーコレーション転移のシミュレーションソフトをすぐに作成し始めた。パーコレーション転移という機能を検証するためには現象に影響を及ぼす外乱をコントロールしなければいけないのでコンピューター計算が便利だと思った。
このパーコレーション転移のソフトを使い、特公昭35-6616の現象や実験室で収集されるデータを次々と検証した。そして2nm前後である酸化スズゾルの一次粒子の体積固有抵抗が導電性領域の値であることを確信した。またパーコレーションという現象を精度良く検出するために薄膜をインピーダンスで評価できないか研究をはじめた。これらは当時学術論文には存在しなかった研究である。しかし技術開発にはパーコレーション転移を精度良く検出するために重要な研究なので担当外ではあったがヤミ研として進めた。
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