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2014.06/17 STAP細胞騒動の真相を示す否定証明

本日カオス混合の(9)をとりやめ、STAP細胞に関して報じられた新たなニュースで科学と技術について分かりやすい事例があったので取り上げる。詳細については、昨日のWEBニュースや新聞で取り上げられているので省略するが、本日とりあげるのは山梨大学若山教授の会見である。若山教授は、すべての責任を押しつけられるのではないかという恐怖感があった、とそこで語っており、その恐怖感から真実解明を急いだと言われている。

 

若山教授が恐怖感を感じたお気持ちを理解できる。当方もゴム会社でFDのデータを壊されたときに日常の流れから同様の恐怖感を味わった経験があるからだ。そしてその恐怖感は社長室乱入腹切り事件として現実になってしまった。STAP細胞の事件も、関係者の発言を聞いていると、当事者である未熟な研究者が真実を語らず、副センター長も責任が直接指導した若山先生にあるかのような発言をしている。

 

若山先生の立場では、性善説と理研の組織体制の中で精一杯の努力をされた方で、罪があるとしたならば、科学の世界では危険な存在の未熟な研究者の正体に早めに気がつき対処しなかった点であろう。しかし、関係者の中で一番早く自分の責任に気がつかれたので、その後のとるべき行動を会見でのべた恐怖感もあり迅速に結果を出せたと思われる。

 

とにかく若山先生の責任感と恐怖感のおかげで、論文取り下げから「論文に取り上げられたSTAP細胞」の正体まで理研のメンバーよりもいち早く結論が出された。この作業に科学と技術を正しく理解することが重要であることを示す事例が生まれた。それはイムレラカトシュも指摘している、「科学では、容易で確実にできるのは否定証明である」ということを示した事例である。若山先生は第三者機関の助けも借りて、STAP細胞騒動の真相を否定証明で迅速に科学的に証明した。

 

恐らく若山先生は迅速に結論を出し、自分の責任の所在を明確にされたかったのだろうと思う。否定証明で出てきた結果は、若山先生が未熟な研究者に騙されていた事を示している。「簡単に騙された」責任は残るが、そもそも科学では性善説で運営されているので悪意のある研究者がいた場合にはその責任は軽減されるか無くなるはずだ。

 

さて、この若山先生の行動はSTAP細胞の存在を証明しようとしている理研の立場からはどのように見えるのか。おそらく迷惑な仕事に見えているに違いない。若山先生の出された否定証明について「STAP細胞の存在を否定するものではない」という、「当たり前な」見解を発表している。理研の立場では、正しくは若山先生の結果の重要性を指摘した上で、STAP細胞を作る技術は、再生医療に革命を起こすので、その存在証明を行うために技術開発を急ぐと回答すべきであった。

 

すなわち若山先生は恐怖感から迅速に結果を出したかったので、科学的に間違いなく正しい結果を出せる否定証明を行ってそれに成功したが、理研は再生医療の技術を開発するためにSTAP細胞の存在を証明する研究を推進しているのである。科学的に容易である否定証明ではなく、科学的には極めて困難であるが技術として重要なSTAP細胞を作る機能の明確化とその存在証明を行おうとしている。

 

ただし理研の担当者はここでずるいことを考えており、存在証明ができたならば論文問題の騒動をうやむやにできるのではないか、という意図が見え隠れしている。科学と技術を混在化させて研究を推進しているだけでなく不純な動機が報道関係者への発言から漏れてくる。

 

STAP細胞の技術を生み出す努力は重要である。しかし、今回の騒動について正しい原因の究明と再発防止は、国の研究機関として「今」最も重要なはずである。若山先生が示された否定証明による真実は、未熟な研究者が若山先生のマウス以外の細胞を使い、さらにES細胞を用いてSTAP細胞を作った事実を明らかにしている。まずこの事実に基づきSTAP細胞の責任を明確にすべきである。

 

但し、この否定証明が為されたからと言って、STAP細胞が存在しないことが証明されたわけでないことは理研の主張どおりである。科学の否定証明で示された真実は、その事実をひっくり返す技術の出現で容易にひっくり返される「弱さ」がある。歴史の荒波に耐えた科学の真実が未来も残ってゆくだけなのだ。

 

科学は自然現象を眺める哲学に過ぎない。技術はよりよい生活環境を得ようとする人間の営みでもある。人間の強い思いが新たな技術を生み出し、科学を鍛えた事例はいくつもある。理研が純粋な気持ちで技術を追究したならばSTAP細胞は現実に生まれるかもしれない。

 

カテゴリー : 一般

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2014.06/16 カオス混合(8)

三井化学のアペルという光学用ポリオレフィン樹脂は、バルキーな側鎖基によりTgをあげた分子設計がなされている。このバルキーな側鎖基でできる空間に入り込む高分子としてポリスチレン系TPEに着目した。すなわち錠と鍵の関係になるような高分子の組み合わせで相溶を実現しようというコンセプトを考案した。

 

これを実現するためには分子設計だけでなくプロセス設計も重要である。一般に樹脂はTm温度以上で混練される。この樹脂をTmより低い190℃で混練したところ、DSCのTgで計算されるエンタルピーが安定化するために30分以上かかった。Tm付近の200℃では、10分程度で安定化したが、190℃で安定化して得られたエンタルピーよりも高かった。

 

DSCで計測されるTgのエンタルピーは、高分子の自由体積の量に相関するとも言われている。すなわち混練された樹脂がアモルファスでスカスカな状態の場合には、このエンタルピーは大きくなる。逆にアモルファスでも密度が高い場合には、この値は小さくなる。実際に得られた樹脂の密度とこのエンタルピーの値とは相関していた。

 

錠と鍵の関係で相溶させるためにはこのエンタルピーが小さくなるような条件で混練しなくてはいけないだろう。この値が大きくなる条件で混練したのでは、χが0ではないのでうまくバルキーな側鎖基とポリスチレンのベンゼン環とが噛み合わないと想像される。小さくなる条件では、バルキーな側鎖基にポリスチレンのベンゼン環がひっかかり、抱え込みつつ混練が進行してゆくはずだ。

 

バルキーな側鎖基がポリスチレンを抱き込みつつ混練が進行したところでTg以下に急冷すればアペルとポリスチレンが相溶した樹脂が得られるはずである。ただし、このような現象は教科書や論文には書かれていない、あくまで勝手な想像、思考実験だ。技術者にはゴールを実現するための機能が必要で、この機能を探るための思考実験は大変良いツールである。真実が保証されていない現象で発現している機能でも、思考実験では難なく実現できる。

 

この思考実験と仮説とは異なる。仮説とは真理を組み合わせて新たな真理を導き出す(注)ことだが、この思考実験では、真実とは保証されていない条件まで動員して機能の働きを確認するのである。妄想でも構わないのである。ただしどのような思考実験を行い、実際の商品で機能がどの程度のロバストで再現されるのかは、技術者の経験に依存し、それを高めるのは技術者の責任である。

 

常識外れなTm以下で行う樹脂の混練で、そのTg付近のエンタルピーが下がって安定化するなどという科学的真理は存在しない。ゴムのロール混練で得た経験からの「期待値」である。樹脂補強ゴムでは、樹脂のTm以下の混練を何度も経験していた。そして樹脂のTm以上で混練するよりも速く混合が進むことを経験で得ていた。自分で勝手に剪断混練と名付けていた。

 

アペルを混練できそうな170℃から200℃までの温度領域で、短時間で最小のエンタルピーになる条件を探したところ、180℃20分という混練条件でエンタルピーは0.25mj/deg・mg以下と最小になった。この条件で、市販のポリスチレン系TPEとアペルとを混練したところ、完全な透明物は得られなかったが、Tgが一つになる混練物が得られた。

 

ポリスチレン系TPEの最適化を行えば完全に相溶して透明になる現象が観察される、と期待し、300程度合成処方を考え、それを実行してくれるメーカーを探したところD社が見つかった。実際には300もの合成をするまでもなく16番目のTPEと混練して透明なポリマーアロイが得られた。

 

(注)数学では、論理ですべてを証明できるが、物理や化学では論理だけで必要十分な条件で証明できない場合があるので実験が重要になる。すなわち実験により新たな真理を証明するのである。そのために実験サンプルやノートをずさんに扱う、という姿勢は科学者に許されない。

カテゴリー : 連載 電気/電子材料 高分子

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2014.06/15 カオス混合(7)

前回の(6)では、ゴムのSP値から科学と技術の話になったが、二種類の高分子を混ぜる時の科学について、未だに解明されていない事項が多いため、30年経っても進歩していないように見える。だから、ゴム会社の友人がカオス混合装置について妙なシミュレーションの発表にしない方が良い、とアドバイスしてくれたのだろう。

 

高分子を混ぜるときには混練と呼ぶが、低分子の時には混合すると表現されている。どこから高分子というのか、という議論と同様に混合と混練の境界も曖昧である。ところが混ざり合った平衡状態の科学では、低分子についてSP値で議論し、高分子ではχで議論する。そしてχパラメーターをSP値で表現する式まで提案されている。

 

これを大学では完成された科学の理論として学ぶ。低分子の溶液論については物理化学の学生実験にテーマとして組み込まれている(40年前の話)。当時高分子の相溶については、幾つか完全に相溶する例が知られていたが、皆χパラメーターは大変小さな値だった。リアクティブブレンドは、χが大きくても相溶状態を作り出せる唯一の方法だった。

 

どのくらいの大きさまでリアクティブブレンドで相溶できるのか確認するために有機高分子と無機高分子の組み合わせについて取り組んだ。この活動報告では高純度βSiCの開発にその様子を詳しく書いたが、OCTAで計算して得られた8以上というχの値の組み合わせでもリアクティブブレンドで相溶状態を作り出すことが可能であることを見いだした。

 

もちろん簡単では無かったが、条件を工夫さえすればどんなに大きなχであってもリアクティブブレンドで高分子を相溶できることが分かったことは大きな成果だ。これがわかると、リアクティブブレンド以外の方法でも高分子の相溶を実現できるのではないかと思いたくなる。分子間相互作用のある系については当時学会発表にも登場していたので、高分子の立体的な構造で相溶を実現できる系を探すことにした(注)。

 

(注)

人生とは面白い。高純度SiCの事業化では、6年間一人で死の谷を歩き住友金属工業とJVを立ち上げることになるのだが、ストレス解消と上司の勧めもあり、ゴム会社内のあらゆるテーマの御用聞きをしていた。会社内の活動なので、他部署のテーマのお手伝いをさせられることになる。

 

電気粘性流体は、メカトロニクスの一分野として長く研究されて実用化が見えていなかったテーマだった。開発しなければいけない最も難しい機能は、ゴムの中に電気粘性流体を入れたときに、ゴムからゴムの配合物が電気粘性流体に染みだしてきて電気粘性流体の粘度を著しく上昇させる現象だ。この現象のために電気粘性流体の耐久性が悪く実用化が見えていない状態だった。

 

分析結果では、ゴムの配合物のあらゆるもの(すなわち大半)がシリコーンオイル中に抽出されていた。面白いのは、ゴムとシリコーンオイルのχパラメータは大きいのでシリコーンオイルがゴム中に拡散することはなく、ゴムの外に染みだしてくることはなかった。問題を相談されたときに思わず吹き出しそうになったことを覚えている。

 

本来相溶しないポリマーによりゴム内の配合物が抽出される現象というのは当時知られていた理論を駆使しても説明つかないはずだ(これについての仮説は後日述べる)。そのため問題を説明していたプロジェクトリーダーは、メカニズムは不明なのでその解析を行って欲しい、と依頼してきた。メカニズム解析よりも問題解決が先だろう、と言ったら、抽出メカニズムが分からないので問題解決ができない、と科学の観点で問題を捉えている悩ましい姿で回答していた。

 

抽出されても增粘しなければいいのだろう、と問うたら、そんな当たり前のことができればすでにやっている、と叱られた。あくまでも現象の機構が分からないから問題解決できない、という科学的石頭の説明である。自然科学の現象で解明された現象であれば科学的にメカニズムを解明し科学的に対策をうてばよい。

 

しかし科学で解明されていない現象では、問題解決を行うために必要な機能を考えた方が簡単である。電気粘性流体の耐久性の問題では、增粘を防ぐ機能を電気粘性流体に付与すれば良いだけである。

 

相談を受けて1日で問題解決できた。電気粘性流体の担当者は皆χやSP値を一生懸命議論していた。この問題では界面活性剤を添加すれば機能が付与されるわけで、χやSP値のことを散々考えていたところへ飛び込んできた問題なので、それでは解決できないと判断でき、すぐに頭を切り換えることができた。

 

ただこの仕事では、せっかく解決できても担当者に恨まれる結果になった。理由は界面活性剤の検討をすでに1年以上やっていて見つからなかった、という過去があったのだ。それを当方が簡単に一晩で見つけてきたものだから、問題の解答を示したときに、全員が絶句した。

 

なぜ彼らは1年以上も界面活性剤を探索して結果を出すことができなかったのか。それは科学的なアプローチを行い、否定証明に向かったためだ。実際にそのような報告書ができていた。一晩で問題解決した手法は弊社の研究開発必勝法そのもので、後日紹介する。

 

科学と技術は異なる、この点が分からなければ解決できない典型的な問題だった。それがχとSPの問題を考えていたときにでくわした。科学から技術へ頭を切り換える必要があったが、科学が怪しい、と判断していたので、あっさりと科学をすてて技術で問題解決を行った。

 

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.06/14 自己責任の重要性

昨日のビッグニュースと同時にSTAP騒動に対して理研の改革委員会から発生・再生科学総合研究センター解体の提言が出された。カオス混合(7)は明日書くことにしてSTAP騒動の発生以来これまで関係者の発言を聞いていて釈然としない自己責任の重要性を述べてみたい。自己責任についてはドラッカーもリーダーの重要な資質である誠実で真摯な姿勢の表れとして著書でよく論じていた。

 

昨日の報道によると、改革委員会から、騒動の中心人物である研究ユニットリーダーのリケジョはじめ論文に関わった重要人物の責任が明確に出された。その結果としてセンター解体まで言及している。センターまで解体すべきかどうかはともかく、改革委員会が指摘した責任問題は国民の納得ゆく内容である。STAP細胞に用いたマウスが、そのDNAの解析からまったくインチキだったことまで明らかになりリケジョがどのような実験をしてどのようなことを企んでいたのか明らかになってきた。

 

本人も分かっているはずなので「生き別れの息子捜す」などと発言できる立場ではない。マスコミに向けられたこれまでの発言内容を聞く限りリケジョには自己責任の四文字が全く意識されていないように思われる。副センター長やセンター長も同じで、本来改革委員会から提言が出る前に自己責任の四文字がわかるような誠実な対応をしておればセンター解体までの表現が改革委員会から出されなかったはずである。

 

STAP騒動のような事件が起きたときに他人から言われる前にリーダーは自己責任から状況にあった行動を取るべきである。リーダーがそのような行動を取った時に本当に大切なものが守られるのである。

 

高純度SiCの事業化を住友金属工業とのJVとして立ち上げた時にFDを壊され研究開発の妨害をされる事件が起きた。騒がなければ良かったのだが静かにしていたらいかにも犯人の意思表示と思われる壊され方をされたので上司に告発したが、ゴム会社では事件を隠蔽するほうに動いた。

 

責任を取って自分のライフワークとまで考えていた仕事から身を引いた。タイヤ会社でうまく育つかどうかわからない出たばかりの事業の芽を守るためである。その結果30年以上その事業は続いている。自分が0から立ち上げた自負があっても誠実に対応しなければいけない状況では、組織人としての判断を優先すべきである。

 

ゴム会社の高純度SiCの事業には無機材質研究所の関係者やプロジェクトをスタートしたときの会社幹部の方々のご尽力や期待があり、個人のテーマ(注)ではなくなっていたのである。STAP細胞の騒動も同様で、このテーマはもうリケジョ一人の息子では無いのである。リケジョに限らず関係者は自己責任の四文字をよく考えた決断をして頂きたい。

 

(注)このテーマはゴム会社でCIが導入されたときにファインセラミックスと電池、メカトリニクスの3本の柱が新事業の方向という方針が出され、創業50周年記念論文に投稿するために企画されたテーマである。

 

(続編)

理研特別顧問が提言を受けて辞任するという。自己責任の観点から妥当な判断だが、その理由が「留まる理由は無い」とか「リケジョの採用過程は臨機応変に行った結果」とか言い訳がましい。後者は半分理解でき、同情する部分もあるが、本来一連の試験を行った上でリケジョを特別枠で採用すべきであった。

 

一連の試験をスキップして採用した結果、リケジョがどのような人物なのか不明のまま、その危険性に気がつかずに現職に就かせて今回の騒動が起きたことにまだ気がつかれていない。企業の研究管理をされた経験のある方ならば、今回のようなリケジョの扱いには慎重になる。

 

当方も経験があるが、頭は良いが重要な仕事を任せられない人がいる。訓練しても理解はできるが、その部分については全く欠如して責任感が身につかない人がいる。その様な人には本人にその旨を気付かせて問題が起きないような仕事の与え方をしなければいけない。そして本人が組織に貢献できる仕事を正しく選べるように指導しなければいけない。これは管理者として難しい仕事であるが責任をもってその人材を指導してゆくのが職責である。特別顧問はそれを怠ったのである。月10万円という報酬からの責任ではない。職務の責任である。報酬が高いか安いかはこの場合無関係である。税金で運営されている組織であることも考えて頂きたい。

 

カテゴリー : 一般

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2014.06/13 ビッグニュース

本日カオス混合(7)を書くつもりでいたら、昨日次のようなビッグニュースが飛び込んできた。

http://scienceportal.jp/news/newsflash_review/newsflash/2014/06/20140611_03.html

ちょうど今弊社のサイト www.miragiken.com でも燃料電池を取り上げたところだけでなく、このニュースで取り上げている白金触媒に置き換わる金属二核錯体酵素の存在を4月24日の本欄で書いたばかりである。

 

4月24日の活動報告では、東工大S先生の退官記念最終講義に出席した話題を書いた。アカデミアの最終講義だから居眠りをしたという話ではないが、読みようによってはその様にとられてしまう「技術の妄想」の話である。

 

自然現象を前にして、科学は真理を追究するが、技術は機能を考える。これは弊社の科学と技術に対する考え方で、研究開発必勝法プログラムの思想でもある。S先生の最終講義は、まさに酵素を模した金属二核錯体合成の「真理」を追究した話であり、その道半ばで退官するので後進はこの分野を完成して欲しい、と締めくくっていた。

 

S先生は学生時代の先輩で酒の飲みっぷりは良いが頭の回転の速い人だった。しかし講義終了後のパーティーで先生のお仕事は燃料電池の電極になる、というお話をしたところ、僕はその分野はわからんので、という言葉が返ってきた。若い頃はそのような返事をされない先輩だった。

 

年をとって人間が円くなったとか、謙虚な先生だという話をするつもりは無い。優れた科学者のご返事である。当方は、S先生の科学の講義を聴きながら、機能を思いつき燃料電池がひらめいた。そして講義の最中に燃料電池が機能して発電していた。それだけS先生の講義はすばらしく「科学的」世界であった。すなわち普遍性の真理が新しい機能の妄想を生みだし、もし目の前に実験室があれば、すぐにでも燃料電池ができそうな雰囲気になったのだ。講義は面白かったし、先生はその講義を科学者として締めくくられたのだ。ゆえに先ほどのご返事になったのである。

 

もしS先生の最終講義(注)にご興味のある方はお問い合わせください。後日この話題は、www.miragiken.com でも取り上げます。ただこのサイトの記事は書きためてあるので、そこへ割り込ませる関係上1ケ月以上後になります。(未来技術研究部では、昨日高分子同友会で勉強してきました藻類を使ったバイオディーゼルの話題が先に出てきます。)

 

(注)アカデミアの最終講義は通常参加費無料で開催されている。このような儲け話もあるので時間があれば出席するようにしている。

カテゴリー : 一般 宣伝 電気/電子材料

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2014.06/12 カオス混合(6)

科学と技術では思考方法や現象の取り扱いが全く異なる。これを車の両輪と言う人もいたが少し違うと思う。科学技術とくっつけて論じる人もいるがおよそ異なる概念をくっつけてミソクソ一緒に語るのにも無理がある。但し宮本武蔵の二刀流のように科学と技術両方のスタイルで現象に対峙することは訓練あるいは適切なツールの使用でできるようになる。

 

当方は科学と技術の思考方法について、コロンボとホームズの事件解決で行う推理方法の違いに似ていると思っている。ゆえにどこかのシーンでコロンボが、わたしゃホームズのような刑事じゃない、というセリフを語っていたが、それは正しい感想だ。コロンボとホームズではその思考スタイルが異なるのだ。このあたりについては www.miragiken.com で説明しているのでそちらを見て頂きたい。

 

現象に対峙するときに科学の接し方と技術の接し方を区別しないとどうなるのか。STAPの騒動では真理を見いだそうとする視点と機能を重視する視点とを区別しないために問題が起きた、とも言える哲学の事件である。渦中のリケジョは科学者ではなくテクニシャンだったのだ。実験ノートから伺われるのはレベルの低い技術者の顔である。レベルの高い科学者かつ技術者でもあるバカンティー教授にこのリケジョがかわいく見えたのは当たり前である。

 

科学者は目の前の現象から真実を探そうとするが、技術者は目の前の現象で機能を確認しようとする。現象を前にしたときに、すでに科学者と技術者は異なる姿勢になっている。科学の世界でリケジョが犯した過ちを正しく理解すると、科学と技術の違いを明確に教育してこなかったアカデミアの責任が見えてくる。

 

批判を恐れずに言えば、科学で世の中全てが動いている、と誤解しているアカデミアの研究者がいる、という問題だ。すなわち技術によって生み出された人工物も存在し、それに含まれる知識まで科学がもたらした、というとんでもない勘違いをしていることだ。科学的ではない思考法で生み出された人工物も多いのだ。

 

だから学会は科学と技術が対等に議論できる場になるべきで、対等の議論ができるようにそれらを明確に区別しなければいけない。もし学会がそのような風土であればSTAP細胞の問題はすぐに是正ができたはずで、論文の内容表現も変わり何も問題が起きなかった。

 

昨日のロール混練の条件を変えて上司の理論に合致する実験結果を導いた指導社員の話(注)は、科学で解明できていない、それゆえ真実がどこにあるのか不明な技術を使い、科学のデータを創り出さなければいけないという科学者から見ればパラドクスのようなものだった。しかし、科学と技術が別物であることを認めればパラドクスでもなく、一つの作業手順であることに気がつく。そこに気がつけば効率的な科学の研究方法や技術開発の手順が見えてくる。弊社の研究開発必勝法はそこに着眼したプログラムだ。www.miragiken.com に一部紹介している。

 

(注)理論に合うように得られた実験データに修正を加える作業を捏造という。しかし、理論に合うデータを得るために、理論に影響を与えない(と思われる)操作手順を変えて理論に一致する実験データを得るのは、捏造ではない。

 

科学では実際にデータが得られている事が重要なのである。科学の新規領域を開拓するときには、科学的な技術が不明なので、しばしばこのような滑稽な手順を見ることができる。本来は、理論を実現できるロバストの高い技術を開発してから科学的研究を進めなくてはいけない。

 

iPS細胞では、iPS細胞を実現できるヤマナカファクターをKKDで見いだし、そして科学的研究を行ったのでノーベル賞受賞へとつながった。NHKの放送で山中博士は特許の都合で公開してこなかった、と言い、消去法による実験をしたことを明かしている。

 

STAP細胞の騒動では、笹井副センター長も確認したようにSTAP現象は存在すると思われる。しかし、技術と科学をミソクソ混ぜたように扱い、さらにミソまでもクソのようなハートマークで表現する実験の進め方をしたのでせっかくの科学的真理が分からなくなってしまったのである。

 

科学では1000に1個でもよいから、誰でもどこでもその手順を踏めば実現できることが重要で、技術では実現すべき機能を明確にしてそのロバストを高めることが要求される。STAP騒動では刺激をどのように与えればよいのか、すなわちSTAP現象を引き起こす技術が分かっていないために、あるいは細胞と外部刺激の関係における基本機能が分かっていないために、作ることができないのだ。

 

iPS細胞発見のように、まずSTAP細胞を作る技術を確立してから科学の研究を始めれば良い。この意味が分からない人はSTAP細胞を創り出すことはできない。

 

よく研究者に「モノ」を作ることはできない、という人がいるが、研究者は一つ一つの現象に潜む真理に目を奪われ、機能を見ようとしないからである。「モノ」を作れないのではなく、基本機能という概念を理解していないのが原因である。タグチメソッドでも基本機能の議論になると激論になる。

 

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.06/11 カオス混合(5)

樹脂補強ゴムの開発では、ゴムのSP値を測定しなければならなかった。きれいな海島構造の相分離を可能とする組み合わせを求めるためだ。フローリー・ハギンズ理論のχパラメータで高分子の相分離は議論されるが、指導社員からはSP値が分かっている溶媒にゴムを溶かし溶解する状態観察からSP値を求めるように言われた。

 

SP値については分子構造のモノマー単位に着目して計算するSmallの方法も知られていたが、必ず溶媒から求めるように言われた。ゴム業界でSP値と言えば溶媒法で求めるのが標準と教えられた。しかしSP値を求める実験は退屈な作業だった。

 

毎回配合が変わる度に測定していては面倒なのでサンプルビンを大量に用意し、ドラフトの中にそれを並べ、たこ焼きを作るときのタコを入れるようにサンプルビンに実験で使用予定のゴムを一切れずつ落とし、そのまま放置しロール混練を行いながら作業の合間に観察するという手抜き方法を考案した。

 

丁寧に実験を行ったときよりも廃棄溶媒が増えるが、他の作業と並行して実験できるというメリットがあった。しかし、それで予期せぬ事を学んだ。SP値が適合したゴムと溶媒の組み合わせでも静置したままでは溶解していかない場合があったのだ。スパチュラーで強引に撹拌してやってはじめて溶解するのだが、多少振盪しただけでは膨潤したままで溶解しない。

 

おそらく擬似ゲルかエントロピーの関係だろう、と指導社員から教えられた。正則溶液の理論ではエントロピー項はモル分率だけで表現されていたが、高分子では様々なコンフォメーションが存在するために理想溶液の混合理論では取り扱えない、とも説明を受けた。ヘキサンとシクロヘキサンの溶解性の違いも同様で、χパラメーターで高分子の溶解を議論するにはエントロピー項の中身の精度があがらないとだめだ、と説明を受けた。

 

大学の講義では、χパラメータで高分子の相分離が議論できると習った。会社ではそれが使えないという。カルチャーショックという言葉があるが、これはカルチャーショックというレベルではない。大学で学んだ高分子科学の内容が明確に否定されているのだ。もっとも当時大学で学ぶ高分子科学は、合成化学が中心で、一次構造に対して高次構造ができる、その高次構造は現在学会で議論されている、と言う程度だった。

 

そのため指導社員から学ぶ高分子物性論は新鮮な内容だった。ダッシュポットとバネのモデルで説明しながら、この方法ではクリープを説明できないので将来このモデルは無くなる、とか、**先生のレオロジーはケモレオロジーといってなにやら怪しい話をしているが、このあたりは怪しいだけでなく間違っている、とか歯に衣着せぬ評論が面白かった(注1)。

 

さらに*△先生はこの会社の部長時代に上司だったが、自分の理論から導かれたグラフどおりのデータがでないと何度も実験のやり直しをさせられた。そのうえデータの捏造を許さないから大変だった。ロール混練の条件を変えてプロセスでデータを作りこんだ(注2)が、高分子という学問の実態を知る良い体験学習だった、と皮肉交じりに教えてくれた。科学のデータを創り出すためには、まず技術が必要であるというSTAP細胞と同様の状況であった。

 

(注1)指導社員の高分子の世界感はユニークだったが、OCTAの世界感に似ていた。分子レベルから行うズーミングとは逆にバルク状態から分子レベルへ考察を進める独特の説明は面白かった。

 

(注2)この連載のどこかでポリオレフィンとポリスチレン系ポリマーが相溶した体験を書くが、その体験では、混練条件を変更すると相溶しないというおもしろい現象に遭遇した。その体験ではカオス混合のヒントがまた一つ得られた。

 

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2014.06/10 カオス混合(4)

指導社員からロール作業はロール間距離を3mm未満で行え、と指導を受けた。混練するゴム量が少ないときにはその教えを守れたが、多く混練したいときには3mm以上のロール間距離にする必要があった。しかし、その様なときには面倒でもゴム量を減らせ、と指導された。

 

またニーダーも使うな、とも言われた。理由は現場作業ではバンバリーとロール混練が使われており、ニーダーを使っている工程は当時存在しなかったからである。現場で得られるデータとの対応をとるためには、同じ種類の混練機で実験を行うべきである、と習った。この指導は徹底しており、バンバリーでマスターバッチを混練したのだが、開発段階で用いる最も大きなバンバリーで実験を進めた。ゆえに余った大量のマスターバッチのゴムを捨てることになった。

 

ニーダーや二軸混練機の進歩はすばらしく、バンバリーやロール混練作業が過去の遺物になるような雰囲気があった。研究所では、バンバリーとロール混練プロセスをやめて便利なニーダーで処方開発を進める人もいた。しかし、指導社員はロール混練の重要な機能をよくご存じであった。今でもロール混練の機能を100%実現できる混練装置は存在しない。特許に公開され先日の講演会で説明したカオス混合装置でもロール混練の一部の機能を実現できていない。

 

ロール混練ではロールの回転数や混練物の量、ロール間距離、ナイフの返しなどに特有の機能が存在する。効率の悪いプロセスではあるが、ゴムに限らず高分子に混練が必要なときには一度試してみると良い。二軸混練機やニーダーで満足がゆかない混練物の性能がすばらしく良くなることがある。写真会社で環境テーマとして企画した樹脂とパルプの複合材料のテーマでは、バンバリーや石臼、二軸混練機など様々な混練装置で実験を行ったが、ロール混練プロセスで最も良好な混練物が得られた。

 

オープンロールの取り扱いについて教科書に詳しい説明は無い。現場の技術者の伝承が全てである。たかが二本のロールと侮ってはいけない。小平製作所のロールはすばらしい。どこが良いかといえば安全対策が十分に行われ初心者でも安全に取り扱うことができる。新入社員時代に使用したロールのブランドも小平製作所であった。

 

混練機でもブランドの威力は絶大で、KOBELCOの二軸混練機は値段が高い。しかし、値段の高いだけのことはあり、中古機10年物でも新品同様の機能を持っている。カオス混合装置の実用化ではこの中古機を使用したが、中古機の組み立ては小平製作所にお願いした。ちなみにゴム会社の研究所は小平市にあるが小平製作所は根津にある中小企業である。

 

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2014.06/09 カオス混合(3)

カオス混合では混練しようとする物質が急速に引き延ばされて、有限空間でそれがさらに可能となり続けるために細かく折りたたまれ、カオス状態になり、混練が進む。これは混練を有限空間で考えたときのカオス混合の説明である。ロール混練では、ロールに巻きついたゴムはエンドレスの状態なので無限空間という捉え方もできる。

 

例えば少量のゴムをロールに巻き付けただけでもロールでゴムに剪断力がかかれば混練は進む。この時細かく折りたたまれる現象は起きず、急速な引き延ばしだけとなる。ナイフによる返し作業が無くても混練が進むが、返し作業があれば、より早く進む。しかし、作業のばらつきの問題を抱え込むことになる。

 

面白いのは、ロール混練における作業のばらつきに対して鈍感なゴムの配合処方があるということだ。すなわちロール混練の作業を厳しく管理しなければ混練できないゴム処方から、いい加減な作業を行っても、さらにはナイフの返し作業をサボっていても物性ばらつきの出ないゴムの処方まである。後者ばかりのゴム処方を扱っている技術者は不幸である。また前者は作業者を不幸にするが技術者を幸運にする。前者は技術者と単なる作業者を分ける踏み絵となる。

 

新入社員時代にとんでもないゴム処方の開発を担当した。ロール作業のばらつきで耐久寿命試験のデータが10時間から480時間までばらつくのである。それに対して力学物性データはそれほどのばらつきを示さない。そのためハートマークやどっきりマークだけの実験ノートでは何が何だか分からなくなる。現在のSTAP細胞のような生化学分野のテーマよりも難しい開発テーマだった。

 

ナイフの返し回数についてマッチの棒を置いてカウントしたり、ナイフの位置を色ビニールテープで機械にマークしたりして、可能な限りの管理の工夫を行い、正確に実験ノートに記録しないと、ばらつきの小さくなる作業を見いだせなかった。

 

ゴム会社の凄いところは当時アカデミアでも持っていないような電子顕微鏡を備えていたことだ。さらに、その顕微鏡を操作する技術者のスキルも高く、実験ノートに書かれたデータから問題となったゴムの配合処方をすぐに可視化データにできた。樹脂補強ゴムでは、樹脂の分散状態がゴムの耐久性に影響を与えており、そしてその分散状態はロール作業のばらつきの影響を受けていた。

 

 

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2014.06/08 カオス混合(2)

昨日は講演前に論文を送って頂いたアカデミアの親切からSTAP細胞の問題に話がそれたが、STAPの騒動では山形大学の研究者の行為と異なり当たり前のことが当たり前に行われていなかったことが気になっていた。もっとも発言内容や行為について何を当たり前として受け取るのかに普遍的な基準は無いが。カオス混合にもカオス状態を実現するための普遍的な基準は無い。まさにカオスである。

 

忙しい時代である。論文請求を電子メールで受け取っても差出人が見知らぬ人物であれば無視しても問題にならない、という考え方もできる。そこを親切な行為として実行した姿勢がその研究者の普遍的行為として思われたのである。

 

技術の世界でも同様に普遍的な基準というものは無く、標準的な技術を示すためにISOなどの規格を制定しようという動きが出てくる。混練の世界にはできあがった材料について幾つかの規格はあるが、プロセスについてその規格は存在しない。例えばスペックがまったく同じ二軸混練機を使って混練してもできあがるコンパウンドのレオロジー的性質は全く異なるというケースも出てくる。技術者の経験から作られたそれぞれの基準があるだけだ。未だに「技」と「術」を使いこなせる世界である。

 

そもそも混練プロセスのような動的な世界では非平衡となっているのでそれを理論的に扱う学問は遅れており、科学的に正確な議論は大変難しい。例えば混練のベスト条件を決める、という場合では、できあがったコンパウンドの物性から手探りで条件を決めてゆく。このような状況では、混練プロセスに用いられた装置の問題は大半が隠れてしまう。

 

ロール混練ではロール間の隙間を正確に維持できる仕組みが重要となってくる。ただ二本のロールが回転しているだけの状態でどうして混練が進むのか不思議だった。指導社員からカオス混合が起きているかもしれない、と教えられた。カオス混合の研究が始まったばかりのころである。その指導社員は京大出身の神様のようなレオロジストであった。目の前の現象をすべてレオロジーを使い説明してくれた。

 

説明するだけであれば専門の技術者ならば誰でもできる。その人の凄い点は、ダッシュポットとバネのモデルで説明しつつ、このような説明は10年後に無くなっているだろう、と予測していたことである。すなわちレオロジーの専門家でありながら自分の寄って立つ領域の学問に対して懐疑的であったのだ。このような人であったから現象に対する見方には鋭さがあった。科学の視点と技術の視点を明確に分けていたのである(注)。科学技術というミソクソ一緒の言葉が闊歩していた時代に凄いことであった。

 

(注)科学では真理を求めることが仕事になるが、技術ではロバストの高い機能を実現することが目標となる。実現された機能にロバストの高いことが要求されるが、それが科学的真理ですべて証明できる必要は無い。技術で為すべき事と科学で為すべき事は異なる。STAP細胞も一度技術を創り上げてから科学の研究を行う、という順序が効率的である。iPS細胞はそのようなステップでノーベル賞となっている。ヤマナカファクター発見は科学的に行われていない。ヤマナカファクターというiPS細胞を作る技術が開発されて、今科学的研究が進められているのだ。

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