科学とは現象を理解するための哲学、と言った人がいる。科学の目的は真理を追究することだ、ということはよく聞く。1883年に物理学者マッハは力学史を著すが、そこで本能的知識が現象の研究に先行している、と述べている。
現象の研究とは科学的研究のことで、科学が無くても本能的知識や経験で技術が進歩することをマッハは認めている。また、いつ、どこで、どのような仕方で科学の発展が始まったかという史実を調べることは困難だとも述べている。マッハ力学史を読むと、技術が発展した歴史の中で科学が生まれた様子を知ることができる。マッハは科学の生まれた時代の研究を検証しながら何が科学なのかを明らかにしてゆく。
面白いのはニュートン力学を批判し、ニュートンがニュートン力学を生み出す過程を非科学的とマッハは述べている。ニュートン力学は高校の物理で学ぶ科学の一分野でもある。しかしそれはマッハによれば非科学的に生み出された成果である。大学で改めて力学を科学として学び直すが、高校で非科学的な力学を教えていることを誰も指摘しない。これは一つの大切な知恵である。
会社の技術開発の現場で、非科学的方法を笑う人がよくいる。技術開発の現場は、理系の大卒以上の学歴の人が多いので皆科学のプロである。ゆえに非科学的手法を見ると批判する。批判はまだ良いが嘲笑する人までいる。
科学的手順は大切である。製品の品質管理でも統計学に基づいて行われる。しかし、技術開発の効率を上げたり、イノベーションを起こしたりするときには、この科学的方法が時には足かせになったりする。超高純度SiC新規合成法は、前駆体合成を開発した手順が非科学的であったため学会でひどい目に遭った。
また、山中博士は、ノーベル賞を受賞するまでヤマナカファクターを発見した実験を詳しく公開されなかった、とTVで紹介された。その番組で公開された、発見に至る実験の内容は、極めて非科学的方法であった。山中博士を見て自分の軽率さを反省した。
時としてイノベーションが非科学的方法から生み出されていることにもっと目を向けるべきである。技術開発では科学にとらわれる必要はなく、自由な発想で取り組むべきであろう。自由な発想が難しいので、科学に技術開発の方法を頼っている、というのが現状の姿ではないだろうか。TRIZやUSITはその時の便利なツールで、このツールを使えば科学的手順を「難しく」確実に行う事ができる。
これに対して弊社の研究開発必勝法プログラムでは、非科学的方法もとりいれている技術開発のための問題解決法である。技術開発でコーチングをうまく実施する方法も公開している。このコーチングは科学的方法に準拠していない。部下の発想を促すのに科学的方法論は不要である。機能実現のための真摯さがあれば良い。
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技術とは機能を実現する行為あるいは手段だと思う。
福島原発の事故の状況は、技術とは何か、科学とは何かを考えさせてくれる。そもそも原子力発電は20世紀を代表する科学技術の象徴の一つであった。それゆえに現代抱えている科学技術の問題のほとんどが事故の状況に象徴的に現れてくる。放射性物質を含んだ海水の漏洩問題が3年経った今でも現在の新聞報道の内容になっているのは、水俣病の反省を技術者がしていない、と言われても仕方がない状況である。
さすがに最近では,東電の技術者が発言し問題となった「あれだけの事故が起きても、まだ死者は出ていない」というたぐいの発言は無くなった。しかし、事故後の状況を見る限り福島原発の事故を未だに反省していない技術者や経営者がいることも確かである。一生懸命やっている、という人がいるかもしれないが、一生懸命やって当たり前で、さらに何も問題が起きないのが当たり前なのである。またこれを経営者は理解しているので海水への漏洩問題を先送りにしてきたのである。東電の対応に「どうせ」という言葉が見え隠れする。
福島原発の事故について人災であるにもかかわらず未だ責任が明確にされていない。福島原発について人災か天災か不明、という人がいるかもしれないが、原発の安全確保、事故=0という機能が必達であるとするならば、その技術が未完成のまま運転していたことになるので天災ではない。また女川原発では、福島原発同様に津波に襲われたにもかかわらず、大事故に至らず停止している。この2つを比べるだけでも天災とは言えない。
大きなところでは、防波堤の改修を見送った事実がある。防波堤の改修を行っていたとしても全電源喪失という事態になっていたかもしれないので人災では無い、というのは見苦しい言い訳である。一部センサーの電源が外されたままになっていて運転状況が不明だったとか、外部電源車が間に合ったがコネクターが合わなかったために使えなかったとか、明らかに要所要所に人災の痕跡が残っている。
センサーの電源にしろ、外部電源用コネクターの問題にしろ、安全確保の機能の一つで有り、それをパーフェクトに維持するというのは原発の重要な技術のはずである。これらをパーフェクトに維持するための科学的方法を考えてもだめで、非科学的ではあるが、全てを書き出して対応策を立てなければ防げないのである。そもそも津波を発生確率でとらえ、確率が低いから津波対策をしなくとも良い、という科学的判断が大事故を招くことを福島原発は証明した。非科学的ではあるが、泥臭くあらゆる可能性を考えて事故=0を目指す機能を実現する技術こそ重要である。弊社の問題解決法ではこの考え方を取り込んだツールを用意している。
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科学の存在しない世界で技術が生まれる可能性があるのだろうか。
16世紀以前に科学は存在しなかったが、技術の進歩はあった。例えば木造船はかなり古い時代から使用されていたらしいが、腐りやすい材料のためいつの時代から使用されていたか不明と言われている。しかし移動手段として川に木を浮かべそれを利用して川を渡ることを覚えた人間がその後船を発明した、と想像するのは間違いではないだろう。
陸で重い荷物をコロで運ぶ方法を覚えた人類は、車輪という技術を発明し、いつの時代からか不明だが、台車を動物に牽引させて荷物を運ぶようになった。物を運ぶ移動手段としての道具の発明は、明らかに技術開発であり、科学が存在しなくても技術開発が行われていた証拠は多くの遺跡から見つかっている。
人間に不足する能力を補う大型の技術開発とは異なり、生活を便利にする工夫の技術開発はもっと早くから行われていたようだ。例えば、石を単に削って道具としていた時代から焼き固めた土器の発明は材料技術の革新と見ることができる。この土器という材料技術発明後、デザインの開発が中心に行われ、ダイナミックな形状の土器が開発されてゆく。このあたりは、イノベーションを起こした技術を活用して様々な商品開発が行われる現代の様子と似ている。
その後、土器の世界は、よりよい材料の技術へと発展する。例えば日本の縄文式土器と弥生式土器を比べればデザインが異なるだけで無く土器を焼く温度も高くなり、材料まで変化している。同じ時代に中国では青磁まで登場している。人類が火の使い方を覚え、その火をコントロールし、セラミックスの技術を進歩させていたのだ。
進歩のスピードは現代と比較して比べものにはならないが、科学が存在しなくとも技術開発を行う事は可能なのである。このような技術開発の歴史を見ると、科学と技術は車の両輪である、と言う言葉は、少し不適切な感じがする。但し、昔技術という台車を人間が押していたところへ科学という動輪をつけた、とこの言葉を解釈するとこの言葉の含蓄の深さに感心する。
すなわち、自動車にはFFとFRの形式があり、科学が先導して技術開発が進められればFFであり、技術が若干先導し、それを加速度的に後押しするのをFRという形式に当てはめると、科学と技術は車の両輪という言葉は深い意味を持ってくる。すなわち科学の進歩に頼る技術開発だけでなく、科学に先行する技術開発という考え方も重要だと、この言葉は教えている。
さらに車にはAW(四輪駆動)という方式も有り、恐らくこの方式は人類が行う技術開発として究極の方法だろう。車の両輪、という考え方から21世紀はAWによる技術開発という考え方へ変わるべきで、その変革に弊社の問題解決法が重要な役目をする。
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教科書に書かれていることを絶対視する人は多い。教科書には過去の知識がまとめられているに過ぎない。教科書で科学的方法論を身につけ活用することは重要であるが、教科書に書かれた知識に束縛される技術者は損をしている。
例えば、白川先生が高分子導電体を発見されたときに高分子半導体という教科書が先端の教科書として販売されていたが、一瞬にして過去の遺物となった。当たり前のことだが、その教科書には高分子に導電性を持たせる方法は導電性の高いカーボンを分散する技術以外に方法が無い、と書かれていた。導電性ポリアセチレンの話など一言も触れていなかった。
白川先生の導電性高分子発見のニュースで、1ケ月前に大学生協で購入した本がその日にゴミとなったのである。食べ放題の焼き肉屋へ2日通えるお金が無駄になったショックは大きい。この時科学の進歩の残酷さを身にしみて知った。
高分子のレオロジーの教科書も似たようなところがある。30年以上前はバネとダッシュポットのモデルでレオロジーを解説した教科書しかなかった。今でも時代遅れの教科書にはバネとダッシュポットを用いて高分子のレオロジーを解説しているが、すでに高分子鎖1本の粘弾性データが得られている時代である。やがては高分子物理というタイトルでまとめられるだろうが、高分子のレオロジーというタイトルは過渡期のような気がする。高分子のレオロジーから目を離せない。
高分子のレオロジーを勉強するにはどうしたらよいか。専門外の人にはやや馬力を要求されるがOCTAの日本語マニュアルが良いのではないかと思う。2000年前後に当時名古屋大学土井教授がリーダーになって開発されたOCTAは、今でも開発が続けられている世界に誇れる国研の成果である。無料で中身の濃い説明書をダウンロードできる。OCTAを使えなくても、この説明書を理解するだけで価値がある。
高分子のレオロジーについてはバネとダッシュポットのモデルを忘れた方が良いかというと、過去の遺物が意外と便利に使えることがある。アイデアを練るときにオブジェクトを抽象化する作業をする場合があるが、この時バネとダッシュポットのモデルを使うと便利である。また、複合材料を設計するときなどバネとダッシュポットのモデルは重宝する。すなわち高分子材料技術の一手段としてバネとダッシュポットの考え方を身につけておくと便利である。
このような事情で高分子のレオロジーは、科学と技術が混在しており教えるときに苦労する分野ではないだろうか。今の時代は科学として教えるよりも技術として実験の結果など実践に準じて教えた方が良いように思う。
科学の教科書は方法論あるいは考え方を学ぶには重要である。しかしそこに展開された知識にとらわれすぎると新しいアイデアを否定することになる。技術の世界では「必要は発明の母」と考え、自由にアイデアを出すべきである。そのために弊社の問題解決法がある。
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電子写真用転写ベルトを開発していたときに、「写真工業と静電気」に書かれていた技術で解決できそうな問題に遭遇した。しかし、技術を理解していなかったために活かすことができず、問題解決に2ケ月という時間を費やすことになった。
2ケ月程度で技術を再構築できるならば技術の伝承などしなくても良い、という考え方もできるかもしれない。しかし、技術には複合化し発展する側面があることを知るべきである。基盤技術を重視した経営を一部のメーカーが行っている理由でもある。技術を伝承する努力は重要な活動である。「写真工業と静電気」に書かれていた技術は、30年以上前に静電気を活用した商品へ応用できたはずである。
カラー電子写真システムはレーザーを用いた先端のデジタル機器であるが、美しい画像情報を出力する技術について科学的にすべて説明できていない。例えば画像を形成する網点再現性は転写ベルトの表面比抵抗と相関しているデータを「作る」ことはできる。しかし、ベルトの材料が変わるとこの相関とは異なる関係が見えてくる。PIをマトリックスに用いたベルトよりもPPSの方が、同じ表面比抵抗でも網点再現性が優れていた。
また、PIでは高抵抗領域のベルトを設計できないがPPSでは高抵抗領域のベルトを設計できると思われる。「思われる」と書いたのはそのための研究をしていないからである。ただ、間違えてPPSで高抵抗のベルトを作成し画像を出力してみたら大変良かったが、「高抵抗のベルトだからこの程度でしょ」と周囲が言うのでそれ以上は検討せず(注1)、こっそりとルーペで網点再現性を見ただけだ。驚くほど美しいドットであった。
静電気が関わる機能は科学で完璧に説明できない部分がどうしても出てくる。システムの概略は均一な材料を仮定した誘電体論で説明できるが、商品設計になると均一な材料を使用していないので、怪しい「技」も繰り出さなければならない状況も出てくる。カラー電子写真システムはこのような技術で生み出されるのでリバースエンジニアリングがうまくできないおもしろい商品の一つである。またこのような商品なので常識的な見方をしていると大切なところを見落とす。
定年退職5年前に、カラー電子写真システム分野で、転覆しかかっていたテーマを運良く担当することができた。教科書の知識しか無い他の人では絶対にゴールへたどり着けないテーマであることをすぐに理解できた(注2)。単身赴任してこのテーマを無事立て直し商品化へ結びつけたが、科学と技術について、これまで述べてきた教訓の重要性を確認できた。
科学的知識だけで対応出来ない技術の世界が21世紀になった今日でも存在している。ゆえに、非科学的方法でもそれが重要な技術的手段ならばためらわず実行すべきである。ヤマナカファクターもこの方法で見つかっている。このような科学と非科学が混在したシステムの問題解決で弊社の問題解決法は有効である。
(注1)企業の風土にも依存するが、教科書に書かれていない、あるいは教科書と異なることはすべて間違い、という風土では、新発見をできない。33年間の技術開発生活で小さな事柄も含め多くの発見があったが、それを周囲に話して何度も痛い目に遭った。コミュニケーションの努力だけでは片づかない問題がある。外部の先生の名前をお借りして周囲を納得させる方法もとったりしたが、一番の問題は科学的知識が不変である、という常識である。科学は、発見により過去の真理がひっくり返ることだってある事を知るべきである。
(注2)本稿では書きにくい事であるが、アカデミアでも理解できない問題であることが後にわかった。均一な物質の誘電体論では説明できない現象である。
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スクラップアンドビルドで新しい技術開発を促進する、という考え方がある。ゴム会社で6年間一人で高純度SiCの技術開発を担当していた時に、半年ほど上司になった主任研究員が言われた言葉である。
その方は当時ポリアニリンLiイオン二次電池の開発を担当しており、そのパイロットプラント建設のためファインセラミックスの研究施設を全部廃棄して場所をあけるように、と指示してきた。当方も電池の開発を一部担当していたので、協力しなければならない立場にあった。しかし、ここで設備をすべて廃棄したら何も残らない、と説明し、セラミックス研究棟を明け渡さなかった。この時の勇気は新入社員の研修時に社長から伺った話が役にたった。
その後一担当者の意見が通った結末となり、セラミックスの研究施設を廃棄せよ、という指示が全社方針ではないことを理解できた。しかしこの主任研究員の指示は少し乱暴である。また、その後事業を辞めてしまったテーマのために研究施設を上司の指示という理由で廃棄しなくて良かった、とも思った。もしあの時施設を全部廃棄していたら、住友金属工業とのJVを開始できなかったばかりでなく10数年後の日本化学会技術賞受賞もなかった。
技術は人材が残っておれば復元は可能である。しかし、一時期職人も含め20人以上の技術者が関わってできあがったパイロットプラントを廃棄したのなら、無形の技までも捨て去ることになるのである。先端過ぎた技術開発で失敗したのだが世間の技術水準が上がれば今後事業機会がでてくるテーマだったので会社方針が変わらない限り研究施設を廃棄するわけにはいかない、と若く経験の浅い頭で考えた。この事件以後、設備で独自の改良が施されたところを含め、記録として残す作業を始めた。
例えばフェノール樹脂をカーボンの代わりに使用するのも重要なノウハウで、当時カーボンだけでSiCをホットプレス焼結できたのは無機材質研究所とゴム会社だけであった。フェノール樹脂でSiC粉体を処理する技術にノウハウが必要だったからである。そのホットプレス装置には焼結過程をモニターする独自の設備が取り付けられ焼結に伴う緻密化を管理できるようになっていた。
スクラップアンドビルドで新陳代謝を促し新技術を育てる、という考え方は、合理的でもっともらしく聞こえる。科学技術ではその考え方が正しいのかもしれない。新しい科学的成果に基づき新しい技術を創り出す活動は重要で、この方法による競争が20世紀続けられてきた。しかし人間の「技」から創り出される技術というものも存在する。それでも科学で翻訳し科学技術に書き換えることができればスクラップアンドビルドも良いだろう。
ところが、科学で翻訳できない技術については、うまく伝承し発展させる努力をしなければ消えてしまう。消えてしまうような技術であれば不要という判断は少し乱暴で、その技術が重要な差別化ノウハウとなるケースもある。
昨日紹介した「写真工業と静電気」には、重要なノウハウと呼べる技術がいくつか記録されていたが、科学で翻訳が不可能のためそのままの再現が難しかった。しかし静電気の考え方には、現代の科学的にまとめられた静電気の教科書には書かれていない独自の内容が展開されていた。しかもその内容で設計された商品が工場で生産されていたのであるが、処方成分以外の情報を誰も詳しく知らない状態であった。転職してきた技術者にできることは、科学的な翻訳だけである。
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科学的方法については小学校の算数に始まり、高校を卒業するまで全員がトレーニングを受ける。理系の大学に進学すれば科学的方法をさらに専門として4年間学ぶ。しかし、技術については会社に入り、技術開発を担当するか製造現場に配属されて初めて学ぶことになる。
会社の方針で大学の研究室と同じくらいに科学的な姿勢を大切にしているところもある。一方でメーカーでありながら、若い技術担当者にマネージャー指向の指導をしている会社も有り、次の配属先は、と尋ねると企画をやりたい、という答えが返ってくるような状態をかつて体験したこともある。このような専門の技術者を育成しない会社でも、製造現場では技術が生きているので何らかの形で技術を学べる。すなわち、現在の日本では、メーカーは技術を学ぶための場所である。
科学は知識としてその内容、方法論を伝承できる。論理的に曖昧な事柄は科学の教科書には書かれないので、一応誰でも教科書からその時代の標準的な水準の科学を学べるようになっている。だから科学はこれだけ急速に発展することができた。またそれに支えられて技術も科学技術として急速に発展することができた。
しかし、技術の中には科学技術と呼べないカテゴリーの技術が存在する。例えば加硫ゴムの世界はその典型例だと思う。いまだに数多くのノウハウがゴム工業の参入障壁として存在する。界面活性剤にしても高度な応用技術が必要な領域になってくると、科学的方法では対応できず、非科学的な方法で最適化する作業が求められる場合がある。例えば体験談で紹介した電気粘性流体の耐久性向上技術やリアクティブブレンドを自由自在に使いこなす時にも非科学的世界が存在する。このような世界はその伝承が難しく、それなりの対策を行わなければやがては企業の中から技術が消えてゆく運命をたどる。
企業から消滅した技術の例として酸化スズゾルを用いた帯電防止層がある。「写真工業と静電気」という社内の古い技術資料が出てきても、科学的に読み解けない部分が存在した。学力の問題ではなく、日本語で書かれた技術の説明を理解できないのだ。どのように実現したのか大切なところが書かれていない。その機能を実現した技術が存在することを前提にした説明が絵とともにされていた。恐らく言葉による説明が難しかったのだろう。このように理解できない技術ではあるが、カラーフィルム事業をやめるまでその技術を搭載した商品は残っていた。
残念ながらシミが多く臭い本だったので図書室に置いたままにしていたが、今ではその本は図書室ごと無くなっている(リストラが行われていたときであり気がついたときには図書室までも無くなっていた。)。パーコレーション転移の制御をコンセプトにした帯電防止技術でその部分を置き換えたのだが、昔の技術では異なるコンセプトで商品に必要な帯電防止機能を実現していたように思われる。
悔しい思いをしたのは、退職前カラー電子写真用部材を担当した時で、ある部材の問題で昔の技術を理解できておれば早期に解決できた可能性があると感じたことである。問題解決してできあがった姿は同一だった。しかし機能を実現した技術まで同じかどうか不明である。
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リアクティブブレンド技術は、ポリウレタン発泡体やフェノール樹脂発泡体の技術開発で体得した。ポリウレタンRIMはじめリアクティブブレンド技術を長年研究開発してきたグループに所属できたのが幸運であった。寝具用ポリウレタン、建築資材など商品開発の実績のあるグループだったが、無機材質研究所の留学から戻ったときには解散していた。技術を指導してくださった美人のメンターも他部署へ異動していた。
研究所にリアクティブブレンド技術はじめ界面活性剤の技術を知っている人は誰もいなくなった。このような技術は知識だけでは伝承できない。前駆体ポリマーについて300種以上の配合実験を知識だけで取り組んだなら、途中であきらめるか、適当に間引いた実験で失敗するかいずれかだったと思う。
パイロットプラント稼働後早すぎた技術開発のため市場が無く、プロジェクトグループは縮小され、住友金属工業とのJVが立ち上がるまでの6年間一人で高純度SiCの仕事を担当することになったが、セラミックスヒーター、切削チップ、高純度るつぼなど商品になりそうな製品の品揃えがテーマとなった。その時電気粘性流体のテーマを手伝うことになった。当初は、アイデアだけ出してくれれば良いと言うので、アイデアだけを提供していたがどれもうまくいかない。
ヘボなアイデアを提供していない自信があったので、提案したアイデアを自分でやってみたところどれもこれもうまくいった。アイデアは間違っていなかったのである。技術内容については以前この欄でも紹介したので詳細は省略するが、このことは言葉だけで技術をうまく伝承できないことを表していると思う。
界面活性剤にしてもHLB値を頼りに検討を行っただけでうまくいかないアイデアという結論が出されていた。粉体の合成実験にしても反応をうまく制御できず、だめなアイデアとの判断が出されていた。なぜ成功するまで実験を行わないのか、理由は簡単である。成功した時の状態を思い描けないからである。図に書いて説明しても科学的ではなくそんなうまく行くはずがないと、まず批判が先に出てくる。しかし、科学的ではないが技術的に正しい表現をしている、それを共有しようと質問者が入ってこないのでうまく伝わらないのだ。
科学は否定証明を得意とする、とはイムレラカトシュの言葉だが、うまく進めるための筋道を考えるよりも否定する方が易しいのである。技術の存在を認めようとしない姿勢がそこから生まれる。
これをコミュニケーションスキルの問題としてかたづけるのは簡単である。しかし技術の伝承は、単なるコミュニケーションスキルだけではうまくいかない。機能実現の行為をどのように実行するのかという言語にできないノウハウをうまく伝える技術と、受け手にはそれを受け止める心構えなり環境が必要である。コミュニケーションスキルの問題は、伝える側の責任として片付けることができるが、技術の伝承は伝える側の責任だけで片付かない。
リアクティブブレンドだからできて当たり前、という言葉はメンターの印象的な一言である。この一言は、メンターの自信に裏付けられた実験動作と重なると単なる軽薄な一言ではなくなる。高速剪断で均一に分散されること、反応の進行がその気になれば化学分析などしなくとも目視でも分かることなどの暗黙知が、伝承を受け止めようとする姿勢とそれにふさわしい環境で伝えられたのである。
技術の伝承のために設備が整っている必要はない。受け手が技術の臨場感を共有できる心の準備と環境が技術の伝承には重要である。それを何とかできないかと考え、弊社の問題解決法としてまとめた。弊社の問題解決法で展開している手順は、科学的ではない。しかし、技術開発報告書と一緒にこの問題解決法で使用したツールを添付して後世に伝えれば臨場感を伝えられる工夫をしている。
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2000℃まで計測可能な熱天秤の設計で一番問題となったのは、天秤を組み立てる材料である。センサーはW/Reを使用することができたが、その他の部品がアルミナや石英では2000℃までもたないのである。大変高価な熱天秤になりそうなので、材料については既存の材料を使用する設計方針で加熱系を工夫することにした。
赤外線イメージ炉を使用した熱天秤が市販されており、そのイメージ炉を使用して試料だけの局部加熱を行い他の部品への影響を試験した。しかしアルミナの部品が1600℃で変形したので、その温度までが赤外線イメージ炉を使用した場合の限界となった。試料ケースをカーボンで作り、YAGレーザーで直接加熱する方法を試みたところ、周辺の部品への影響はほとんど無かった。但し、試料ケースを直接加熱するとカーボンが少し蒸発し、それが重量減少を引き起こしノイズとなって現れる。
直接加熱が無理ならば、ということで試料ケース近くにセットしたカーボンをYAGレーザーで加熱したところ、2000℃まで安定に試料ケースを加熱することができた。また30秒以内に2000℃に到達する。温度上昇を見ていると、試料ケース下に取り付けられたセンサーの感度の影響で時差が生じていると思われた。
この方法ならば2000℃までの温度領域で反応速度論の研究に使用できる熱天秤ができる、と思い、赤外線イメージ炉とYAGレーザーを組み合わせた熱天秤を開発することにした。加熱系部分をすべて手作りで行い、世界で初めての超高温熱天秤を真空理工と共同で作り上げることができた。
この熱天秤を使用してリアクティブブレンドで製造された高分子前駆体の炭化物を用いた等速昇温実験や恒温測定実験を行った。データは均一素反応で進行していて、反応の誘導期間まで観察された。TGA測定データはAvrami-Erofe’evの式で解析できた。また、高分子前駆体の反応条件がずれたときの問題についてコンピューターシミュレーション(注)も行い、前駆体の品質管理が熱分析でできることを確認した。
解析結果から反応の活性化エネルギーは391kj/molと求められた。この値は炭素の拡散に必要な活性化エネルギーよりもわずかに大きいので、この前駆体炭素中の反応は、炭素の拡散律速で生じていると推定した。すなわち、速度論の解析で求められた活性化エネルギーや他のパラメーターの考察から、生成したβSiCの結晶核の表面へ炭素が拡散しシリカを還元しながら結晶成長している、と推定した。
この科学的に導かれた結果から、前駆体の品質管理方法や、独自の異形横型プッシャー炉の運転条件の概略を決めていった。リアクティブブレンドの反応条件は、試行錯誤で決めたために技術はできたが、詳細は未解明のままだ。しかし、その前駆体を用いたSiC化の反応は均一素反応で進行したので、技術について未解明な部分があるにもかかわらず、透明な有機無機ハイブリッド前駆体ポリマーは分子レベルで均一になっていると推定された。この6年後住友金属工業とのJVが立ち上がるのだが、リアクティブブレンドの反応条件は、酸触媒をスルフォン酸系からカルボン酸系に変更した程度で、フェノール樹脂とポリエチルシリケートの組み合わせで前駆体高分子を合成する手順は短時間で完成した技術がそのまま使用された。
(注)シリカとカーボンが不均一に分散した状態で反応を行うと見かけの反応機構は変化する。反応速度論的解析手法の問題点として、見かけの反応機構でも公知の速度式で解析できる時がある。ゆえに重量減がCOガス、SiOガス、Siガスの3種で起きたときにどのような重量減少になるのかをシミュレーションで検討した。
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ポリエチルシリケートとフェノール樹脂のリアクティブブレンドで合成される有機無機ハイブリッド前駆体のロバストの高い技術が4日間で完成し、その顛末をゴム会社へ報告した。人事部所属で留学していたので、報告先は人事部長であった。
高純度SiCの開発については、社会現象となったセラミックスフィーバーと社長方針などを背景として会社の50周年記念論文その他で提案し続けてきた内容であり、人事部長も経緯をよくご存じで我が事のように喜んでくださった。研究所へも同様の報告を行ったが大きな温度差があった。たった4日間のデータなので信じて頂いていないことを理解できた。しかし、リアクティブブレンドについては、バケツを使用した合成実験で、10kg以上の前駆体製造もすでに成功していたのでスケールアップのリスクは無かった。
無機材質研究所で行った研究なので基本特許を無機材質研究所で出願するという条件について、承認も簡単に下りた。その後いろいろとあったが1ケ月後には社長の前でのプレゼンテーションとなり2億4000万円の先行投資が決まった。ファインセラミックス専用の研究所を建設することになり、3年の留学を1年半で切り上げることになった。
先行投資はパイロットプラントの設備導入ために大半が費やされた。SiC化の反応を行う独自に設計した異形横型プッシャー炉が最も高い買い物であった。設備設計については、研究データも満足に無い状況で大胆ではあったが、セラミックスフィーバーが吹き始めて3年経過した当時の日本には、マンガの説明から器用に図面を書き上げる設備メーカーが存在していた。すなわちセラミックスの反応から容易に生産技術へ展開できるレベルに日本のメーカーの技術が到達していたのである。
このようにSiC生産技術はすでに存在していたが、シリカ還元法の反応機構の研究は遅れていた。中間体としてSiOガスが必須かどうかの議論をした論文が出たばかりの状態であった。有機無機ハイブリッド前駆体ではSiOガスは生成していない。この前駆体を使用したシリカ還元法の反応機構に関する研究は、セラミックス科学の進歩のため必要であった。
また、この反応機構の研究は、前駆体の品質管理に展開できるので高純度SiC生産のためにも重要である。問題は2000℃まで短時間に昇温可能な熱天秤の開発にあった。世の中には1500℃まで昇温可能な熱天秤の技術は存在したが、2000℃まで計測可能な熱天秤は、高温度に耐える装置の材料設計からやらなければならなかった。
<明日へ続く>
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