電気粘性流体のオイルでゴムに配合されている添加物が抽出されて增粘する問題は界面活性剤の添加で解決された。このような問題は界面活性剤で解決する以外に方法を思いつかないのだが、担当者は、あらゆるHLB値の界面活性剤で失敗したのでそれ以外の科学的な方法を探索していた。
目の前で起きている現象は、様々なSP値の物質が微粒子とオイルで構成された流体に微量抽出されて增粘しているのである。電気粘性流体というデバイスではオイルは必須成分であり、この問題の解決手段によっては用途が限定されることになる。すなわち汎用的な技術手段で解決する必要もあった。
界面活性剤は、様々な物質が開発されている。また洗剤のビルダーに見られるようにその技術手段にはノウハウも存在する。しかし、教科書にはHLB値程度の説明しかされていない。すなわち界面活性剤の活用を科学的に考えるときHLB値が一つの指標になる。しかし、目の前では様々なSP値の物質が微量オイルの中に抽出され增粘しているのである。
幸運なことに耐久試験が終わった段階でゴムに配合された添加剤全てがオイルに抽出されているわけではなく、抽出されている量が微量であったことだ。様々なSP値の微量の成分のために增粘という現象が引き起こされていたので、問題解決は容易だと感じた。すなわちオイルと粒子と微量成分の集団の3種が独立で運動できるようにすれば良いのである。オイルの中で微粒子と抽出された微量成分の粒子が相互作用無く分散しておれば、增粘をわずかにできる。これが技術的なあるべき姿となる。
增粘したオイルを10ccずつ試薬瓶に入れ、そこへ1%程度界面活性剤を添加したものを50種類用意した。高純度SiCの前駆体合成条件を検討したときの1/6の実験数であるが、3種類ほど界面活性剤を添加しただけで粘度が下がった試薬瓶があり、観察された状態が頭で思い描いていたようになっていたので成功を確信した。
しかし、サンプル数が多かったので、振盪機を使うのをやめとりあえず各サンプル瓶を1日に10回ほど手で振り、80℃のオイルバスに放り込んで帰宅した。翌朝サンプル瓶を回収し観察したところ5種類ほど粘度が下がっており、そのうち2種類はほとんど粘度上昇が解決された状態になっていた。いい加減な実験であったが、技術的に確かな解決策を見いだすことができた。
ちなみに見いだされた2種類の界面活性剤は、界面活性剤として市販されている試薬ではなく、親水性基と疎水性基でできたブロックコポリマーであった。親水性基といっても水にわずかに溶解する程度の構造であり、一般の界面活性剤において分子設計するときに用いられる基ではない。界面活性剤として販売されていない化合物であったが、分子構造が界面活性剤と呼べる構造だったので検討に用いた。
試行錯誤の実験では、考えられること全てを実施することが重要である。それで解決できなければ、「今」問題解決できる技術手段は無い、という結論になる。もし界面活性剤で解決できなければ、ゴムの表面コーティングであらゆる手段を試す予定であった。表面コーティングの実験は時間がかかる。今回の実験は、たった1日で結論が得られる実権であった。
科学的に否定された実験であったが、1日でできる実験なので気楽にあらゆる材料を試すことができた。科学的に考えれば、表面コーティングの手段が可能性が高く、期待されていた実験でもあった。一方界面活性剤の技術手段で解決ができた場合に報告をしにくい雰囲気があった。
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電気粘性流体のオイルでゴムに配合されている添加物が抽出されて增粘する問題は界面活性剤の添加で解決された。このような問題は界面活性剤で解決する以外に方法を思いつかないのだが、担当者は界面活性剤で失敗したのでそれ以外の科学的な方法を探索していたようだ。例えば配合剤無添加のゴムを試したり、ゴム表面をガソリン用ゴムホースと同様に表面コーティングしたりして耐久試験を行っていた。
配合剤無添加のゴムでも加硫剤は添加しなければならないのでやはり電気粘性流体の增粘は生じた。この場合も加硫剤を何種も検討したらしいがいずれも効果が無かったようだ。表面コーティングも增粘するまでの時間をのばすことはできたが目標の耐久時間を達成することができなかった。絶縁オイルの種類を変える検討も同様の結果であった。わずかな抽出物で增粘していた。また抽出物の中にはゴムの低分子成分も含まれていたケースもあった。
界面活性剤を検討してだめだったので科学的に考えられることを全て試してみたそうだ。技術の問題を解決するときに試行錯誤というセレンディピティーを活用する方法を忘れているようだ。すなわちゴムからの抽出物で增粘しているので、このような問題は界面の問題であり、それを解決できるのは界面活性剤が最も良い手段である。そのほかの手段はたとえ科学的な手段といえどもゴムの表面コーティング以外は何らかの大きな副作用が存在する。
問題解決にあたり解決手段が限られる場合には、その限定された手段で汗を流す以外に解決の道は無い。このとき他の手段を有識者に聞き試すことは構わないが、その時の手段は技術的に実現可能性のある場合だけ解決手段として採用すべきである。例えば配合剤無添加のゴムという手段はゴムの役割を考慮すれば、たとえ科学的に正しくとも技術的な対応策とならないからである。
配合剤無添加のゴムを検討したおかげで、低分子成分のゴムの抽出物も增粘に関与しているらしいことも分かってきたからムダでは無い、と説明していたが、それは考え方の問題で、機能実現のために効率の良い開発を進める視点に立てば、無駄な実験である。すなわち抽出物の解析から、早い段階に様々なSP値の物質が電気粘性流体のオイルで抽出されていたのである。オイル用ゴムホースよりもさらに過酷な条件でゴムとオイルが直接接触しているデバイスで発生している問題だ。
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ゴムからの抽出物で電気粘性流体の增粘する問題について昨日からの続き。
開発グループの書棚に市販されている界面活性剤のカタログは、すべて取りそろえてあった。そのカタログ数値の幾つかをピックアップしてデータベースを作成し、多変量解析を行った。主成分分析で界面活性剤の分類も行ってみた。第Ⅰ主成分はHLB値と思われる値になったので、科学的に妥当な分類になっていると推定した。
見つけた界面活性剤について、第Ⅰ主成分と第Ⅱ主成分の軸で整理されたチャートへプロットしたら、ある群と重なった。相談に来た担当者にその群の界面活性剤の検討を行ったかどうか尋ねてみたら、1種類検討したが効果が無かった、という回答。
その群について他のパラメーターも入れて主成分分析を行ったところ、二つに分かれた(相談に来た担当者は運が悪かったのと汗をかきたくなかっただけである)。また第Ⅰ主成分は新たに導入したパラメーターとHLB値の積のような関係であった。この新たに導入したパラメーターは分子量で、高分子界面活性剤の特定のHLB値が問題の解決策を示すパラメーターとして浮かび上がった。
電気粘性流体の增粘の問題は、このように多変量解析を用いて問題解決を行ったが、必ずしも科学的な方法とは言えない。また多変量解析を行う前に、手当たり次第手元にあった試薬を增粘した電気粘性流体に添加して変化を観察している。方法は試行錯誤であり、まったく科学的とは言えない。手元に揃えてあった界面活性剤のキットの中に解があったので、むしろ運が良かったといえる。世間ではこのようにして解決策を得られる人をセレンディピティーがある、というがこんなことは誰でもできる。しかし、徹底してそれを最初から実行する人は少ない。
科学万能の時代では、まず科学的に考えようとする。科学的に考えて解決できそうな問題であれば科学的なアプローチは有効であるが、科学的な解決の糸口を見いだせない場合には、まず実験をやってみる、という姿勢が重要である。知恵のある人は知恵を出し、知恵の無い人は汗をだせ、という名言があるが、汗を出せば何か見つかる。何か見つかったら、その科学的意味を考える。
このような手順では、仮説設定など無い。可能性がありそうな(電気粘性流体の界面活性剤を見つけられなかった人のように、わけの分からないときに仮説で絞り込むと失敗する)手段や方法を「すべて」試してみる。これで兆候が見いだされなければ、「今」自分たちで問題解決できないのである。解決できる問題であれば必ず何か兆候がある。このあたりはヤマナカファクターの発見プロセスが参考になる。何が何でも問題解決したいときには、機能達成手段を無制限に広げ、可能性のある方法からすべて試みる以外に道は無い。コンサルタントや大学教授などの外部の有識者を活用するのも良い方法である。
但し、何か兆候が見つかったときに科学的意味を考えるかどうかは、技術を確立する時間に影響する。科学的意味が解明され、仮説設定できるようになると開発スピードはアップする。科学的に問題解決できるときには仮説設定して問題解決に当たった方が効率が良い。さすがに最初から最後までセレンディピティーでは、時間がかかる。一生運の良い人も稀にいるが、研究開発だけで運を使いたくない。最初に科学的に問題を考察し科学的に解決可能な問題であれば科学的に問題解決して大切な運を次の機会までとっておくこと。
*本日の内容をマジメにそのまま実行しようとすると天文学的時間となることもある。それを効率良くするために弊社の研究開発必勝法がある。ご活用ください。
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電気粘性流体をゴムに封入したデバイス開発をそのテーマの途中で担当した話。
先日までオイルと高分子成形体の組み合わせで引き起こされるケミカルアタックの話を書いたが、ゴム会社では、オイルを封入でき耐久性のあるゴムを開発できるのだ。
ところがオイルを封入するゴムができても電気粘性流体が劣化する問題が発生し担当者はあせっていた。電気粘性流体はオイルと特殊な半導体粒子でできている。電場をかけると電極間に粒子が並び、あたかも固体のように変化する。電場を除去するとまた流体に戻る。すなわち電場のON-OFFで流体の物性と固体の物性とに制御できるデバイスであるが、使用中にゴムの添加剤が電気粘性流体のオイルの中に抽出されゲル化するという問題が発生したのだ。
ゴムの耐久性を最も心配していたらしいが、ゴムの配合物が流体に抽出されゲル化する問題を考えていなかったらしい。コロイド科学の問題なので界面活性剤で対応する、というのが定石であるが、市販の界面活性剤をすべて試しても良いモノが見つからなかった、とのこと。担当者が相談に来たときに「解説策は界面活性剤」、といったら「それは試したけどだめだったので他のアイデアを期待している。」といって部屋を出て行った。
他のアイデアといっても界面活性剤以外に対応の方法は無いはずである。とりあえず增粘した流体をもらい、その中に1%ずつ手元にあった界面活性剤を添加したら、ある種類の界面活性剤で增粘が改善された。
さっそく担当者に連絡して方法を教えたら、それは市販の界面活性剤ではない、と言い出した。確かに界面活性剤として購入した化合物では無いが、分子構造は親水性部分と疎水性部分が存在するのでれっきとした界面活性剤である。このようなミスを防ぐには弊社の研究開発必勝法プログラムを導入するとよい。
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樹脂の破壊機構は複雑であり、研究報告を読むと諸説あるように思われるが、共通している点を取り出すと次のようである。
1.高分子の構造的、形態的な不均一によって生じる歪みが拘束されて応力集中が生じる。
2.ボイドの形成を伴う局所的な塑性変形であるクレイズ発生。
3.クレイズをささえていた繊維状組織の強度(フィブリル強度)を越えたときにクラックが形成されて脆性破壊は開始。
構造材として使用され古くなった樹脂を観察するとクレイズが多数発生している時がある。一方古くてもほとんどクレイズが観察されない場合もある。添加剤などの樹脂の配合設計の効果が現れているのである。
ゴムや樹脂の配合設計では必ず耐久試験が行われるが、屋外暴露試験をマジメにやっていたかどうかが樹脂やゴムの実際の耐久性に現れる。「マジメ」と表現したのは、屋外暴露試験にもノウハウが存在するためである。樹脂やゴムの用途により屋外暴露試験も工夫しなければならない。
例えばわざわざ北海道や沖縄まで試験用サンプルを運び行う場合もある。タイヤの試験でわざわざヨーロッパまで持ち込みテストをしている話を新入社員の時に聞いてびっくりした。信頼できるタイヤというのは見えないところにお金がかかっている。
退職前に事務機の品質問題に関わったことがあるが、材料メーカーの耐久試験がどこまで行われているのか(あるいは耐久試験など行っていないのではないか)という疑問を感じたことがある。事務機の部品であれば多少故障が起きても命に影響することはないので気楽に考えているのではないか、と思ったりもした。あるいはコストのかかる耐久試験など最初から省略している可能性があるのかもしれない。
100円ショップの樹脂製品の耐久性は様々である。100円ショップでも品質保証をしているところがある。購入して10日ほどで壊れたケースがあったので、試しに100円ショップで交換をお願いしたら、レシートが無くても交換してくれた。お客様の責任などと言わず良心的である。
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破壊原因がケミカルアタックによるものであるか判定することは多くのケースで容易である。すなわち破壊箇所にオイルがついていて、膨潤したようになっていたらケミカルアタックによる破壊である。ゆえに問題が発生したときに樹脂の破壊箇所は解析が終了するまで汚染されないように保存をしなければならない。
破壊箇所についていたオイルを分析してそれがどこから由来したのかを推定し、工程で対策を行う、というのがケミカルアタックの一般的な工程対応の方法である。しかし、破壊箇所にオイルがついていなかった場合にどうするのか。
破壊箇所にオイルがついていなかった場合には、フラクトグラフィーにより破壊原因の解析を行う。そして破壊原因がオイル以外である可能性が高いならば、その対策を実施し問題解決する。オイルが付着し、それが揮発して分析時にはオイルが見つからなかった、というメカニズムではフラクトグラフィーを行った時にその痕跡が見つかる。しかし、その痕跡が見いだされなかったときには、オイル以外の要因を探す。
金型設計も含め成形技術要因であれば、管理された状態で実験を行うと再現可能である。ゆえにこの要因は最初につぶすことができる。難しいのは樹脂起因の場合である。フラクトグラフィーで破壊の起点が樹脂内部にあり、その起点情報から明確に樹脂起因であることが解る場合でも樹脂メーカーとの議論ではへりくつをつけてくる場合があるので慎重に原因解明を進める。
信頼できる樹脂メーカーの場合には彼らの協力を得ながら対策を行うが、信頼できない場合にはまず樹脂材料の問題解析を自分たちで行い、樹脂の問題をいくつか見いだしておく。また、樹脂の製造工程の見学を樹脂メーカーにお願いして実施し問題点の整理をしておく。そして樹脂の問題を明確にしてから樹脂メーカーとの議論を実施すると良い。
汎用樹脂についてはコストダウン競争が激しく日本の樹脂メーカーの中にも誠意の無い会社があるので注意を要する。かつて原材料メーカーの技術サービスは至れり尽くせりであった。しかし、退職前に出会った日本の樹脂メーカーの技術サービスはひどかった。巣のはいった樹脂を納入しながら、また解析結果すべてにへりくつをつけ、現場の混練機のシリンダー温度の異常な状態を写した写真までも無関係とし、樹脂の問題を最後まで認めずケミカルアタック説を押しつけてきたのである。
最後までオイルが見つからなかったケミカルアタックといういやな思い出であるが、「ケミカルアタック」という問題の難しさを示す事例でもある。またこの分野の高分子の評価技術がまだ不完全であることを示す事例でもあり、ケミカルアタックであるかどうかを判定する標準規格が必要である。
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昨日ケミカルアタックは樹脂のSP値と関係があるが、SP値には、計算で求められた値と実験値が混在している話を書いた。そして重要なのは実験値であり、実際にSP値既知の有機溶媒に樹脂を溶解し、正しいSP値を求めて判断する、と説明した。しかし樹脂のSP値では説明がつかないケミカルアタックも存在し、これが現場の混乱の基になる。
樹脂を実用化する場合には各種添加剤が添加される。また樹脂の物性や外観を向上させるために2種以上の樹脂をブレンドする場合がある。このとき油の樹脂への拡散は母材である樹脂のSP値だけでなく添加剤や組み合わせに用いた樹脂の影響を受ける。さらに密度の影響も出てくる。
すなわち現実の樹脂では配合処方によりケミカルアタックという現象が複雑になるわけで、そのため実際にオイルを樹脂に1週間以上接触させた後の引張試験で現物を確認することが重要になってくる。しかしこれは樹脂メーカーの責任で行うべきで、カタログにケミカルアタックを起こしやすいオイル情報を記載すべきである。
そして樹脂に付着しても良いオイルも記載し品質保証すべき問題であるがそのような樹脂メーカーは少なく、ひどい樹脂メーカーになると原因がケミカルアタックでなくとも、ケミカルアタックを原因にして責任回避を行う場合があるので注意をする必要がある。
ここは調達担当が樹脂メーカーに次のようなことを一筆ケミカルアタックに対する対応を書かせておくと良い。すなわちケミカルアタックが発生した場合には、その原因解明に協力し、使用可能なオイルを明らかにします、と約束させるのである。おそらくこのような保証をしてくれる樹脂メーカーは良心的だと思うが、このような約束を条件にコストを上げるメーカーも出てくると思う。
ケミカルアタックは製品設計と現場管理で防ぐことが可能と思われる品質問題である。しかし科学的に発生しうる可能性があるときには対応可能であるが、FMEAに現れない事象で発生した場合には新たな経験として対応するとともに伝承する努力をしなければ防止できない製造現場では厄介な問題であり、一度原因不明な状態になったら5Sの徹底など現場管理が重要となってくる。それでも発生するならば樹脂に問題があるのである。
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ケミカルアタックは、樹脂にオイルがついたまま放置すると樹脂がオイル(油)で膨潤し、オイルが可塑剤のように働き強度が低下する現象である。その名前から化学反応が起きているような錯覚を持つが、オイルの樹脂への浸透、拡散という物理現象である。
この現象は樹脂と油の組み合わせで起きるので、油に対する樹脂の溶解度を調べれば、ケミカルアタックを起こす油かどうかチェックできる。この溶解度についてはSP値という値があり、その熱力学的意味も充分に研究されており科学的に式が導かれている。そして油や樹脂のSP値の表ができている。似たような値にχパラメーターがあり、しばしばシミュレーションではχの値をSP値から求めているが、科学的に厳密な意味では別モノである。しかし教科書に明確に書かれていないから問題である。
χはフローリーハギンズ理論で高分子の相溶を議論するために「定義」されたパラメーターである。SP値は低分子の溶解現象を説明するために理論的に導かれたパラメーターである。ゆえに科学的に厳密な議論をする場合に、高分子であればχで議論するのが科学的に正しい。但しこれも科学的に正しいだけで、実務的に正しい値が得られる、と言うことではないので注意する必要がある。
SP値に関しては、低分子でよく当てはまるが高分子量の分子や分子の形状が複雑になってくると外れる事が知られている。すなわち、高分子と低分子の組み合わせや、高分子と高分子の組み合わせをSP値から推定すると外れる事が多くなる。経験的には6割前後の確率である。
だからケミカルアタックの品質問題を教科書に書かれたSP値から推定すると失敗する場合がある。ゴム会社にいたとき指導社員から高分子のSP値について必ずSP値既知の有機溶媒に溶かしてみて決定するように指導された。SP値は加成性が成立するので計算で求めることが可能だが、実技上はSP値既知の溶媒を用意し、その溶媒に高分子を溶解して決定する。溶媒には溶解度があるので、SP値の小数点以下の値は、SP値が1程度異なる2種の有機溶媒を混合し、その混合比率を変えてグラフを作成して決定する。
このように実際に低分子溶媒に高分子を溶かしてみて決められたSP値が、ゴム業界で使用されているSP値である。ところが公開されているSP値の表の中には計算値で作成されている場合が存在するので注意が必要だ。
ケミカルアタックは、SP値がかけ離れた油と樹脂の組み合わせでは生じないが、これがどの程度離れていたら大丈夫なのかは樹脂により異なるので厄介だ。実技的には、強度測定用樹脂サンプルをオイルにつけておき、引張試験を行い安全な油と樹脂の組みあわせを求める。
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ケミカルアタックは、現象を科学的に説明できるが、その科学的説明でごまかすこともできるので注意が必要である。
実際の体験を話すと、ある樹脂メーカーの特定の樹脂でボス部分が壊れやすい、という品質問題が発生した。樹脂メーカーの技術サービスがケミカルアタック説で解説し現場を丸め込んだ。しかし現場の担当者から油を使用していないので納得できない、と相談があった。ペレットを調べたら巣が入ったような状態のペレットが多く見つかった。経験上混練時に温度が高いときなどこのようなペレットができやすくなる。その樹脂には難燃剤が入っていたので、もし混練時にエラーが発生していたらDSCを調べたときに難燃剤の分解による吸熱が幅広く観察されるとの仮説で測定したらそのようなデータが出た。
また、巣のはいったペレットだけ集めて引張試験用のサンプルを作り引張試験を行ったところカタログ強度の半分のデータが得られた。明らかに樹脂の異常である。さっそく証拠固めのために射出成形体の強度データやIR,電子顕微鏡写真、熱分析データなどを揃え、樹脂メーカーと議論した。驚いたことに当方の測定データをことごとく科学的説明で否定してきた。例えばDSCについて測定方法が未熟でベースラインの揺らぎが観察されただけだ、と。
集められたデータすべてにエラーが観察されたのだが、それぞれのエラーについて科学的に樹脂のエラーでは無く評価法に問題がある、と説明してきたのである。誠意が感じられなかったので、最後にペレットの巣の問題と樹脂生産現場における温度異常を示す証拠写真を見せたら沈黙した。しかし後日この決定的な証拠にもへりくつをつけてきたが、巣のはいったペレットは確かに商品として好ましくないので、その点は改善すると回答してきた。そして巣とボス割れは無関係であるとの結論である。但し無関係を示す科学的データは無い。あるのは当方が巣を集めて作成したテストピースで異常に強度が低下するデータだけである。これすらも巣の入ったペレットだけを集めたデータなので恣意的な実験で科学的では無いと否定してきた。
最後まで樹脂メーカーはケミカルアタック説で押し通してきた。実は高分子の技術上の問題を科学的に完璧に説明できる現象は少なく現場で発生するエラーについて改善姿勢が無い限り、この場合のように集めたデータが無駄になることがある。当方も科学的限界を理解しているので、へりくつと解っていても認めざるを得ない。ケミカルアタックというエラーは樹脂の問題になったときに樹脂メーカーが改善姿勢を示さない限り、解析が難しい問題である。ケミカルアタックは油が無ければ発生しないが、油が無かったことを科学的に明らかにするのは難しく、問題解決のためには樹脂メーカーの協力が必要である。そのために誠意のある樹脂メーカーの製品を使う必要がある。成形工場の現場で全く油が無い状態を作り出す、ということは難しい。ゆえに樹脂のエラーとケミカルアタックの分離も樹脂メーカの協力が無い限り困難な問題となる。ちなみに体験談ではペレットの巣が無くなったら問題解決した。
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アインシュタインもニュートンも非科学的な方法で物理学の新世界を切り開いた。白川先生は学生が実験を失敗したおかげで導電性高分子を世界に先駆け発見することができノーベル賞受賞に輝いた。ヤマナカファクターも学生の度胸のある実験でそのヒントが見つかり、消去法で完成させた。科学的ではない方法で科学の大発見がなされていることに注目をすべきではないか。
科学的手順による問題解決をめざして50年以上前、旧ソ連の時代に研究されたTRIZやUSITを重視するのはなぜだろう。この方法で得られるのは科学的に導かれた当たり前の解決案であって技術的にできるかどうかの保証は無い。大切なのは技術的な問題解決案である。科学的に正しくても技術として意味の無いあるいは実現できない解決案も存在する。科学的に得られたことと技術的成果が等価という誤解がある。科学的に説明できないが技術として成立している例は多数存在する。ヤマナカファクターも4種類の遺伝子が見つかったときには科学的に説明ができなかった。その後この4種類の遺伝子について科学的研究を進めている状態である。このような手順の科学的研究を企業の現場で行っては問題なのか。
このような手順で行われることがある凡人の非科学的な技術成果を低く見るのはどうしてだろう。実際にアンケートを取ったことがないので少し説得力に欠けるが、アイデアが生まれる瞬間とは非科学的な行為の時が多いのではないだろうか。
30年間自ら考案したK0チャートやK1チャートを使用してきた。この方法は科学的ではないので300件弱の特許出願はすべて非科学的行為の成果といえる。会社では科学的思考プロセスが重視されたので、アイデアを考案後こじつけで科学的な論理を組み立て周囲へプレゼンテーションした。さも科学の成果のようにである。そうしなければ信じてもらえない風土である。だから学会活動も熱心に行った。しかしアイデアはすべて非科学的方法で考案した。
PPSと6ナイロンをカオス混合という生産性の高いプロセスで相溶させた電子写真用材料、半導体用高純度SiC新合成法、ガラスを生成して難燃化する手法、3種類の高性能電気粘性流体用粉体、耐久性の高い電気粘性流体その他数々の成果はK0チャートとK1チャートを用いて非科学的な方法でアイデアをひねり出した。実用化されたこれらの技術の中には未だ科学的に説明できていない現象も含まれている。
複屈折が大きくてレンズに実用化はできなかったが、ポリスチレンとポリオレフィンを相溶するアイデアは、実験を進める手順までフローリーハギンズ理論を意識しそのアンチテーゼとして考案した。この材料は偏光板に使用することは可能で、フィルムを延伸しそのフィルムでクロスニコルにすると暗くなる。会社で報告しても特許出願料が無いという理由で特許出願をあきらめたが、これは大切なアイデアとして今でも頭の中で温めている。この例のように科学を否定してアイデアを出す試みも行ってきた。
当然のことだが科学を否定するアイデアの成功確率は極めて低くなる。だからその確率を高める対策が必要で、それがK0チャートとK1チャートである。K1チャートから組み立てられる思考実験で、それまで思いつかなかったアイデアが浮かぶことはよくあった。また、直接業務とは無関係のアイデアも生まれることがある。
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