逆向きの推論は、結論から推論を展開する方法ですが、この考え方を研究開発に応用しますと、開発中の技術を市場でテストしながらアイデアを練る、という少し乱暴とも思える開発スタイルも考えられます。すなわち市場という結論に相当する場に未完成の技術を投入し、そこから研究室で開発すべき課題を推論する、という方法です。
最先端の事例を紹介すれば、ロボットの人間らしさを研究している大阪大学石黒浩教授は演出家平田オリザ氏とコラボレーションし、1台のロボットを役者として演劇に参加させ、観客の反応を探る取り組みをしています。近い将来アンドロイドが人間の生活の中に入ってくるのは予想されます。そのような未来に備え、前向きの推論を積み重ね人間の生活へ指向するのではなく、研究の初期から、ロボットを人間社会に投入し、試行錯誤を繰り返し作り上げてゆく取り組みです。
人間社会におけるロボットの動作に関し仮説を設定し、前向きの推論を展開して人間社会におけるロボットのあり方について研究してゆくのではなく、いきなりロボットと人間が共存する場で研究をスタートするのは大胆でありますが成果を得るスピードは速くなります。なぜならば、アンドロイドのゴールが人間社会なので、人間社会のモデルである演劇の舞台から得られるデータは、ゴールに直結したデータとなります。
テクノロジーだけで人間の繊細さを表現できない段階において、このような取り組みを行うのは、研究者と演出家にとりましてリスクが大きいですが、人間の表情や動作などで表現される繊細さをロボットで再現するために要求される動作の制御に必要な精度のレベルがわかった、と石黒教授は話されています。
このようなデータは実験室で前向きの推論を積み重ねる研究でも得られるでしょうが、1回の上演で成果が得られるスピードに追い付けません。この例のように不確実性の時代には、リスクよりも解決策の得られるスピードを重視した、ゴールに直結したアクション戦術が今後増えてゆくかもしれません。
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ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)などのポリオレフィン系ポリマーは難燃性が低く、LOIが18.5前後である。ポリスチレン(PS)もこのカテゴリーに入れる場合も多い。難燃性の観点から、PSをポリオレフィンに分類するのは妥当と思います。
すなわち、ポリオレフィン系ポリマーが燃焼するとポリマーの骨格を構成している主鎖が熱分解し、低分子量化するだけでなく、ラジカルと呼ばれる反応性の高い状態の物質を生成するため、急激に熱分解が進行することになる。そこへ空気が入れば急激な酸化反応、すなわち燃焼となります。
ポリオレフィン系のポリマーについて自己消火性の難燃性を付与する技術は難燃剤を添加する方法以外に存在しないようだ。「ようだ」としたのは、実験をしたことはないが、LOIが低い他の材料で難燃剤を用いずに溶融型でUL-94V2を達成し、商品化したことがあるからです。同様の方法で自己消火性レベルの材料ならば設計できる可能性が高いと思っています。
難燃性のポリオレフィンのコンパウンドには難燃剤が少なくとも5%以上含まれています。難燃性のポリオレフィンという商品には100%単一ポリマーで構成されているコンパウンドが存在しないことを示しています。耐光性や滑り性その他何か機能性を付与された場合には、ポリマーの成分は90%以下になります。
ゆえに力学物性の良好な難燃性ポリオレフィンを設計する場合には、難燃剤の使用量を低減できるポリマーアロイで材料設計した方がマトリックスを構成するポリマー成分が多くなるので射出成形時の外観などの他の品質の安定化のためにもよいと思っています。
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高分子材料以外にも、遺伝子分野も同様の状況のようで、山中博士は躊躇することなく、答を先に決める方法や逆向きの推論、さらには宝くじ的消去法などKKDを発揮しながら成功を収めています。
興味深いのは、二十四個の遺伝子を細胞にすべて入れた時に遺伝子がどのようになるのかが科学的に不明の状態でも学生の提案による実験を許可していることです。そしてその実験に成功した学生は宝くじ的消去法を提案し、ヤマナカファクターを確定しているのです。
この著書に書かれた内容から、学生は工学部出身で生化学の研究については素人でしたが1年未満でも山中博士のKKDの一部が伝承されたことを伺い知ることができます。
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TRIZやUSITはじめこれまで提案されてきた科学的な問題解決法で各種問題を解決できイノベーションを起こす力があるならば、「あるべき姿」を最初に決める問題解決法や、KKDを見直す必要は無いでしょう。しかし、言葉では表現しにくいKKDやその他のヒューマンプロセスも動員してイノベーションを起こす覚悟をしなければ3.11以降激変した環境を乗り越えることは難しいように思っています。
不確実性の時代とか、誰も見たことの無い未来とか言われておりますが、自分達の未来ですから「あるべき姿」を描き、そこから逆向きの推論を行って、現在やらなければならないことをスタートしなければなりません。
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ポリスチレン(PS)は、側鎖にベンゼン環がぶら下がった形の分子構造を持っている高分子です。ベンゼン環が入っていますと、一般にLOIは高くなりますが、側鎖基にぶら下がったPSでは、ベンゼン環を含まない高分子と大差はなく、18.5前後です。
ゆえにPSを難燃化して空気中で自己消火性にするためには、リン酸エステル系難燃剤が用いられる。しかし、リン酸エステル系難燃剤を添加した場合には、可塑剤として働くので、弾性率等の物性が低下する。アンチモン系の難燃剤も過去に検討されたが、環境への配慮から最近ではリン酸エステル系難燃剤を使用するケースが多い。
高い難燃性を得たい場合には、難燃剤を大量に添加することになり、弾性率だけで無く靱性なども低下する。線形破壊力学によれば弾性率の低下とともに靱性は向上するが、添加剤が入ったときには、その添加剤が形成するドメインの大きさで靱性が影響を受け、このように靱性が低下する場合がある。
物性低下を最小限にして、高い難燃性を得るためにはどうするか。このような問題解決には、ポリマーアロイの技術が使用される。すなわち難燃性の高い高分子を添加してマトリックスの難燃性レベルを持ち上げてから、難燃剤の検討を行うのである。このとき難燃剤の分散状態も変化しているので、その効果の検討には注意を要する。すなわちプロセス因子の寄与も大きくなるのである。
PSの場合には、ポリフェニレンエーテル(PPE)がよく使用される。これはPSとPEがうまく相溶系のポリマーアロイを形成し、どのような比率でもほどよい物性が得られるからである。面白いのは、PS/PPE/難燃剤の3元系の検討であるが、難燃剤の構造とPS/PPEの比率で難燃剤の添加量と難燃性が変化することである。PPEはPSよりも価格が高いので、コストパフォーマンスを狙うときには、弊社にご相談ください。
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「勘(K)と経験(K)と度胸(D)の研究開発」は、新入社員の時に先輩社員から教えられた企業の研究開発精神です。KKDは、日本企業の共通精神と思っていましたら間違いであり、ゴム会社特有の精神でした。
ゴム材料については、現在も高分子科学で解明されていない技術が多く存在し、それがタイヤ業界の参入障壁にもなっています。特にプロセシングで材料物性が大きく影響を受ける現象は、現場を経験した技術者でなければ理解できない世界です。
しかし、そのような世界でもKKDプロセスで科学的成果は生まれています。KKDを大切にする企業では、技術の伝承に力を入れております。すなわちヒューマンプロセスによる技術は、人から人への伝承以外に正確に伝える手段がないからです。
入社後担当したゴム材料の開発では、バンバリーやロール混練作業の練習が日課でした。手動式の不便な道具をわざわざ使用して指導社員からプロセスとゴム物性の関係を教えていただきましたが、驚いたのは30年経過して樹脂開発を担当した時に、その時の勘と経験を問題解決に活かせたことです。
勘と経験は、「考える技術」としてどのように役立つのでしょうか。刑事コロンボは、「刑事は年に100回殺人事件を見てるんだ。しかし真犯人はたった1回の経験だから必ずどこかにミスがあるはずだ」と名言を述べています。すなわち、繰り返しの現場観察による積み重ねられた情報とその情報により支援を受けた逆向きの推論で過去の事件における犯人の行動とが結び付けられ、真犯人を推理しているのです。刑事コロンボのドラマには、死体から逆向きの推論を行うシーンがこの他の作品にも何作も存在します。
科学分析技術が進歩し、刑事コロンボに限らず多方面において現場観察により得られる情報量は大変多くなりました。高分子材料につきましても、製品の分析を行えば、分子レベルの考察が可能になっています。しかし、その製品が作られたプロセス内の挙動に関しては、現在の科学分析技術を駆使しても解明することはできません。刑事コロンボが、犯人しか知りえない情報をKKDを頼りに逆向きの推論を展開しているのと同様に、高分子材料ではプロセス開発で発揮されるKKDの占める割合は大きいと思っています。
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テレビ放送で紹介された山中博士の問題解決プロセスは、非科学的でしたが科学的大成果をあげました。そしてその大成果をもし科学的に行うとしたら天文学的数値になるほどの実験回数を行わなければなりません。
日本の理科教育では、科学的なものの見方や考え方の重要性を教え、算数や数学で論理の緻密さを指導します。そして企業に入れば、ロジカルなビジネスプロセスを学び、TRIZやUSITに代表されるように製品開発では科学的なプロセスが重視されます。また、ホワイトカラーの業務手順については標準化がこの10年進められ、業務品質の向上が図られました。
科学的な思考やプロセス、業務の標準化は大切ですが、それを重視するあまり、効率を悪くしたり、新しい発想を阻害したりしているように感じられます。山中博士が進めたようなヒューマンプロセスでノーベル賞を受賞できること、そして短期間に目標を達成できる、その効率に注目し、非科学的プロセスも推奨すべきと思っています。すなわち、科学的成果は重要ですが、その成果を出すプロセスに関しては科学的というよりも効率を重視すべきと思います。この効率を重視した時にあるべき姿から逆向きの推論で得られるアクションは、最も重要なアクションになります。
ところで科学的方法論がこれまで尊重されてきましたが、この科学的方法論についてイムレ・ラカトシュという哲学者によれば、「科学的方法で完璧にできるのは否定証明だけ」(「方法の擁護」)だそうですから、完璧に問題を解こうとした時にほとんどのモノづくりの問題は科学的方法で解けないことになります。ヤマナカファクターは、科学的成果は重要だが問題解決は科学的プロセスに拘る必要は無い、というメッセージに見えてきます。
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高分子材料とセラミックスは、物質としてかけ離れた材料に見えますが、力学物性の発現機構に似ているところがあります。特に結晶化度の高い樹脂の脆さなどはセラミックスとよく似た挙動をとります。
力学物性を専門にやっておられる研究者には叱られるかもしれませんが、商品に構造材料を組み込むときには、セラミックスも高分子材料も同様に扱った方が安全です。即ち金属材料に比較して品質管理が充分に行われなかったときのペナルティーは大きいです。
金属材料には錆びとか外観上の問題でセラミックスや高分子よりも品質問題を引き起こすリスクが高い因子もありますが、少なくとも構造材料として用いたときの力学的信頼性は、セラミックスや高分子よりも高い。
学生時代には、セラミックス<<高分子<金属の順序で構造材料としての信頼性を学びましたが、1980年代のセラミックスフィーバーでかなりセラミックスの技術革新が進みました。高分子材料につきまして信頼性を向上できるような革新的技術は、複合材料以外ありません。ポリマーアロイを革新的な技術にあげても良い面はありますが、実務の観点では合金の信頼性に及びません。実務で射出成形や押出成形を経験し、高分子材料のコンパウンドから成形プロセスに至る品質管理の重要性を痛感しています。
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ニュートンにつきましては、リンゴが落ちるのを見て万有引力を発見した人物として有名ですが、リンゴではなく「月が地球に落ちてこないのはなぜか」という問いを「マッハ力学史」では考えたことになっています。すなわち、「身の回りの物は地球の重力により落下するが、月はなぜ落ちてこないのか」、という問いを考え続けたそうです。
マッハは、ニュートンの思考過程を彼の業績と彼以前の学者の業績を示しながら説明し、非科学的な思考ではあるが科学的な成果を出した優れた方法と評価しています。ここでは、マッハ力学史を参考にして、伝説に従い身の回りの物をリンゴに置き代えてニュートンの思考過程を想像してみます。
(1)満月の夜、リンゴの木を見つけたニュートン。
(2)そよ風が吹いて、リンゴが木から落ちた。
(3)リンゴが落ちたのは、リンゴを木につなぎ止めていた力が弱かったからだ。
(4)しかし、満月は、なぜ地球に落ちてこないのか。
(5)ニュートンは、リンゴを拾い上げ、ヒモをリンゴにとりつけ振り回している姿を想像する。
(6)振り回す速度を速めていったら、恐らく遠心力でヒモからリンゴがはずれ、リンゴは月明かりの中に飛んで行くだろう。
(7)月が地球の周りを回っているのは、遠心力と釣り合う力が働いているためだ。
(8)この遠心力と釣り合う力を地球の重力と考えよう。
(9)ところで地球に重力があるならば月にも重力があるはずだ。
(10)お互いが引き合って、遠心力とバランスを取っているのだろうか。
以上は筆者の推測ですが、満月に向かって真っ赤なリンゴが黒い影となり飛んで行った時に万有引力が発見された、という絵画的なシーンを思い浮かべながら思考実験の様子を描いてみました。
上記の手順で本当にニュートンが考えたかどうかは不明ですが、マッハは、彼のこのような思考過程を非科学的と批判しつつも、現象を考察する時に用いた思考実験を称賛しています。そして、このニュートンの思考実験の方法をアインシュタインに紹介し、相対性理論の発見へ彼を導いています。
光の速度で運動している物体をあたかもその場で見ながら考えるという実現不可能なことを考えたい時に、思考実験は使えますので、「考える技術」として大変便利な方法です。すなわち、たとえ非科学的ではあっても、思考実験を使えば現実に実験できない現象までも頭の中でシミュレーションすることができ、架空の観測結果から予想外のアイデアを生み出せる可能性が出てきます。
ところで、ガリレイやニュートンの思考方法に共通しているのは、経験や観察結果を活用する非科学的な思考方法であるにも関わらず科学的成果を導いている点です。そして、その成果を生み出す動力となりましたのは、whyからhowへの発想の転換や思考実験など現代にも利用できそうな方法です。彼らの思考方法をこのように評価しますと、17世紀頃にアイデアを生み出す動力となる「考える技術」が誕生し現代まで伝承されてきた、と言って良いかもしれません。
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高分子発泡体の難燃化は、バルクに比較し密度が低く燃えやすいので難燃化は難しい。バルクと発泡体では、LOIはほぼ一致するが燃焼速度が異なるので、燃焼規格では異なる評価結果になる場合が多い。
あまりにも低密度であるとLOIもうまく評価できない場合が存在するが、23以上であればバルクも発泡体も評価結果が良い一致を示す。炭化型でLOIを24以上にする材料設計が可能であれば、発泡体でもうまく自己消火性にできる。21-24程度であると、炭化型でもうまく火が消えず、バルクでは自己消火性になるのに発泡体では自己消火性に材料設計するのに苦労する場合がある。
もしドリップが許されるならば、炭化促進型の設計をあきらめ、溶融型で設計した方が容易に自己消火性にできる。溶融型材料設計の場合には、バルクよりも発泡体の方が簡単である。
もし炭化型で燃焼速度も抑え自己消火性にしたい場合には、LOIは、少なくとも23以上にしなければならない。24以上であれば、かなり低密度の高分子でも自己消火性にできる。材料によっては21でも多くの難燃性規格で自己消火性になる場合もあるが、発泡体ではLOIと燃焼規格の自己消火性と一致しない場合が多いので苦労します。
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マッハは著書の中で、動力学の基礎の議論を近代的な科学の萌芽と位置付けていますが、それが登場したのは17世紀前後と思われます。17世紀初めにガリレイは、「なにゆえに(why)」の問いをすて「いかに(how)」を問い、落下運動の問題を解いています。ガリレイ以前にもガリレイの認識に近い議論がなされていたそうですが、一様に加速される落下運動の定義に成功し、その成果が記録として残っているのはガリレイが初めて、とマッハ力学史に書かれています。
マッハの解説によれば、落下運動の問題は1世紀以上議論されてきたようで、ガリレイは現象に対する問いかけをwhyからhowと変えることにより科学の時代の扉を開けた、と言えます。このガリレイが行った発想の転換による問題解決法は、例えば連関図や系統図の作成などに利用できますから現代でも使える「考える技術」といえます。
マッハは、ガリレイの業績に対して、現在よく知られている知識や概念、さらに正確な時計すら無かった時代に科学的成果を出した点について評価しています。しかし、ガリレイの思考過程は科学的ではなく過去の時代と同様の本能的経験によるものである、と厳しく批判しています。
このマッハの批判は、科学的成果を得るための思考過程について、科学的であるという制約を設ける必要が無く、観察を主体にした本能的経験的な思考過程でもよいことを示しています。極論すれば、「風が吹けば桶屋がもうかる」式でも観察結果がそうであれば、問題を解き科学的成果を上げることができます。この観察結果を中心にした議論を大胆に展開した人物がニュートンで、17世紀にニュートン力学を完成しましたが、やはりその思考過程についてはガリレイ同様に非科学的である、とマッハに批判されています。
<明日に続く>
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