現在横浜FCに所属する三浦知良選手がポルトガル2部オリベイレンセへ移籍するという。ものすごいニュースである。若い人には爺の話題に過ぎないと思われるかもしれないが、人生100年時代の生き方として参考になる。
現在もそうだが、人生のステージとして教育期間と労働期間、そして引退後の期間というのが常識になっている。スポーツ選手はサラリーマンと異なりその労働期間のステージは短いと言われているが、三浦知良選手は未だに現役である。
彼が現役を続けることについて好意的な意見ばかりではなく否定的な意見も存在するが、これは本人と社会風土の問題である。この意味で彼は社会のイノベーターの役割を現在演じている。
単なるプロサッカー選手ではないのだ。そして今回の移籍先はそのイノベーション力に期待して彼を招聘したに違いない。彼の経験の豊富さから出てくる影響力を活用して若手を刺激しようという思惑が見えてくる。
彼自身も語っているように、実際のプレーで長時間高いパフォーマンスを維持することは難しい年齢である。若い人にはわからないだろうが、40代から体力は急速に衰える。
当方は転職してテニスを辞めてしまったが、急速に体力が落ちてゆく実感から水泳を始めた。しかし60歳を過ぎたあたりから水泳を散歩に切り替えた。泳ぎ続けることに不安を感じたからである。
老いとはこのように進展し、ますます運動能力低下へとなるのだが、昨年末事務所を自宅から徒歩7分の場所から15分の場所へ移転し、なんとか低下を食い止めようと努力している。
この効果はすぐに現れて、通勤500mを通勤1kmに変更したことにより、体重が1か月で3kg減少し、食事の量が増加した。不思議なことに頭も冴えてきた。
運動能力は、それなりの負荷をかけ続けなければ維持できないことを改めて悟った次第だが、その負荷に事務所の距離という環境が大きく影響していることを申し上げたい。
三浦知良選手も日本でプレーしていたほうが楽だったのではないか、と想像している。しかし、あの年齢で海外でのプレーを選んだのである。
話題作りもあるかもしれないが、たとえそのためであってもきつい年齢であることを申し上げたい。年寄りの苦労は同じ年寄りでなければわからないのかもしれないが、ぜひ成功していただきたい。
ただし、彼の挑戦の成功は、高齢イノベーターを活用しようとしているオリベイレンセのマネジメント能力に大きく左右されることを付け加えておく。
日本企業でも70歳定年制を視野に入れた経営をどうするのか大問題となっているが、こうした高齢者活用の成功例を学んでゆく以外に答えが見つからないように思う。
もし働きやすい職場だったなら、当方も早期退職を考えなかった。日本の組織は高齢者が働きにくい職場が多いと思っている。帰宅難民となり一晩八王子の事務所で考えていたテーマの一つでもある。
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標題は今晩から始まるNHK大河ドラマのタイトルである。この10年報じられているように、大みそかの紅白歌合戦だけでなくNHKの看板番組が軒並み視聴率が低下し、大河ドラマも「韋駄天」では10%をきった。
「鎌倉殿の13人」も面白いドラマだったが、視聴率回復には至らなかったようだ。しかし、他の解析方法によるとこのドラマは、かなりの評判だったという結果も得られており、実際のところは不明である。
当方は、DXの進展の中で昔ながらの評価尺度で測定評価していることが問題ではないかと思っている。今TV番組を見るのにTVだけでなく、録画視聴という方法やインターネットでも楽しめる。さらにTVでは45分拘束を受けるわけだが録画視聴であれば、自分の好きな時間で番組を楽しむことが可能だ。
さらに、録画テープやCD,DVDといった、記録メディアの変遷を見ても視聴率評価の難しさが分かる。ビデオテープのβとVHSの戦いでも証明されたように、一説によるとAVの視聴形態がメディアの変遷を大きく左右したと言われている。
今パソコンに円盤型の記録メディア再生機を搭載している機種が少なくなった。AVはインターネット配信されており、18歳未満でも鑑賞できる時代になってしまった。18禁の表示が意味をなさなくなっても社会はその対応をしていない。世界でも日本はこの分野で稀にみる放任国家である。
DXによる変化と人間の欲望が複雑に絡まり、世の中が変わっているので、昔ながらの評価指標でその番組の良しあしを評価していてよいのかどうかはともかく、今年度の大河ドラマの企画説明や番組の宣伝を聞いているとNHKのそれなりの努力を理解できる。
ともすれば悪役として扱われてきた明智光秀を主役とした「麒麟がくる」あたりから、大河ドラマに社会へ発するNHKのメッセージが込めているような意図を感じるのだ。
例えば、番組の宣伝から想像すると、今年の「どうする家康」では家康の問題解決方法と意思決定が描かれるのかもしれない。
「鎌倉殿の13人」では、組織のトップに上り詰めるノウハウを番組の中で解説していた。そしてトップに上り詰めるためには、反対者を次々と粛正してゆく冷徹な決断が必要なことを示していた。
これは三浦氏の暗躍を示すことにより現代社会でも同様と言わんばかりのメッセージだった。組織の階層がどのようなものか、NHKなりの解釈を世界に発したのである。
出世とは多くの粛清の成果であることを伝えたかったのだろう。GDPが低迷する説明として分かりやすい解釈である。
「どうする家康」では、家康が戦国時代に対峙する様々な問題をどのように意思決定してきたのかそのプロセスを描く可能性が高いが、演出家の力量をさらけ出すような番組になるのかもしれない。
まさかドラッカー流の問題解釈を展開するとは思いたくないが、この視聴率が悪かったら大河ドラマをどうする、NHK。
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高校生の時に父に勧められ、ドラッカー著「断絶の時代」を読んだ。日本で親子の断絶や世代の断絶が流行語となっていた時代である。
そこには知識労働者の時代の到来が書かれていた。詳細はこの本を読んでもらいたいが、DXの進展で新たな断絶を生み出す亀裂が社会に生じた。数年前にデータサイエンスの講座を新設するブームがアカデミアで起きているが、このデータサイエンスに関する知識が常識の時代になった。
すなわち技術者はデータサイエンスを駆使して研究開発を進めることが求められる時代になったのだが、正しくこの知識を教えている大学は少ないと思われる。
当方は、大型コンピューターの時代から多変量解析はじめ統計手法を駆使し、研究開発を進めてきた。周囲からその手法は非科学的と言われながらも、科学的手法と同時に活用することで、統計手法による現象解析で注意すべきノウハウを蓄積できた。
これは膨大な経験知であり、これを問題解決法としてまとめ、セミナーで活用してきた。当方のセミナーを受講された方ならば、その一部に触れているはずである。
40年以上前に非科学的と非難されたように、データサイエンスによるヒューリスティックな解を得た後に科学的な証明が必要になるが、学会発表しないならば、機能の再現確率、ロバスト確認だけで十分である。
アカデミアではマテリアルズインフォマティクスが学問として推進される時代で、科学と非科学の境界が、イムレラカトシュが指摘したように変動し始めたのが今起きている現象である。
今年度弊社はこのデータサイエンスについて体系的なカリキュラムのセミナーを開講したいと思っている。他では得られない知識の体系を提供できるよう尽力しますのでご期待ください。
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製品化まで半年しかない状況で、歩留まり10%以下の押出成形プロセス立ち上げのリーダーを引き受けた。コンパウンドに問題があり、それを解決すれば歩留まりを改善できることがヒューリスティックな解(注1)として得られていたからである。
コンパウンド供給メーカーに協力を仰いだところ、「素人は黙っとれ、やりたければ自分でコンパウンドを作れ」と言われた。コンパウンドメーカーにしてみれば、半年でコンパウンドラインなど建設できない(注2)、と分かっていたからである。
上司と相談し、当方の権限をすべて部下に委譲し、半年で当方のアイデアを実現するコンパウンドの生産プロセス建設のための準備および社内調整を、コンパウンドメーカーに協力を断られた日に行っている。一日でも無駄にできなかった。
上司であるセンター長は、予算面のバックアップを約束してくれたが、人材は当方が集めなければならなかった。コンパウンディングの基盤技術など無い会社(注3)なので、中途入社で1名採用し現場で退職が近いということで暇にしていた有能な技能員を1名確保して、当方も現場に立つ覚悟を決めプロセス開発を行っている。
やればできるもので、半年後には押出成形の歩留まり90%以上を実現できる世界初のカオス混合プラント生産ラインがアジャイル開発により完成した。ただ半年間は眠る時間も休みも返上し(注4)作業者の一人として活動している。
幸いにも部下の2名も優秀で「貢献」を理解している人材だったので、開発はおもしろいように進んだ。研究開発人生で最も短期間で技術を実用化(量産開始できた)できた開発成果である。しかし、当方の役割からその仕事は評価されることはなく、すべてがまさに貢献だった。ただし部下の評価は100点以上をつけている。
マネジメントとは人を成して成果を出すことだが、緊急事態にはすべてを放り出して貢献に焦点を合わせ業務を推進すると周囲の協力が得られる(注5)。転職して20年勤めた会社で最も気持ちよく仕事ができた思い出である。部下の課長二名には迷惑をかけたがーーー。
(注1)この手法について弊社のセミナーで解説している。
(注2)生産用の二軸混練機の製造には1年以上かかる。根津にある有名な中小企業に協力をお願いし、中古機を集めて埼玉にあるその工場で組み立てた。静岡にあるケミカル工場にプラント建設が決定さえた後それを運び込んでいる。木下藤吉郎の一夜城と同じ方法である。蜂須賀小六と藤吉郎のように信頼関係が重要である。
(注3)ゴム会社の新入社員時代の3か月間、混練の神様と呼びたくなるような指導社員からカオス混合については学んでいた。
(注4)毎週東京に帰っていたのだが、出張旅費を申請していない。労働時間数から過重労働となるからである。新幹線代は自腹であり、報われないどころか個人的に大赤字の業務だった。
(注5)ただしこれは企業風土にもよる。当時二つの会社の統合が行われていた時で、皆が統合の成功を目指していたタイミングの良い時だった。サラリーマン最後に気持ちの良い風土で仕事ができたので余韻が冷めないうちに2010年に早期退職する決心をしたのだが、PETボトル再利用の環境対応樹脂を開発するために、それが1年延びて2011年3月11日が最終出社日となり、一晩誰もいない事務所で過ごすことになった。
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上司に世界初の研究テーマ企画を命じられ、それを実現しても成果とならない。これは特許を見ていただけば、企画し研究を推進して特許を書いた人物が末席になっているところにも表れている。
上司に命じられて夜遅くまでサービス残業しホスファゼン誘導体を合成して実施した工場試作に成功したところで始末書を書かされた。
それでも会社を辞めたいと思わなかった。新入社員の2年間は残業代がつかないが、定時後自由に研究をやってよいと上司が言ってくれたから、楽しかった。
無機材料のアルコキシドを均一に分散し燃焼時の熱でガラスを生成する高分子の難燃化技術は、コンセプトが世界初だけでなく、有機材料からセラミックスを製造する前駆体技術にも広がる可能性のあるアイデアだった。定時後の研究で高純度SiCの前駆体技術を完成させている。
40年以上前のあの頃は、必ずしも労働環境は良くなかったが、ヤミ研を行う自由な時間が許され楽しかった。ドラッカー少年ではないが、自分で新たな問題設定をして研究を進める楽しみが保証されていた。
給与は増えないどころか始末書まで書かされているが、貢献と自己実現の欲求は満たされていた。これが新入社員の気楽さと後になって理解できたが。
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毎月末に経理部門が締めるときレシートが無い支出が問題となっていた。上司がポケットのゴミ整理を行う時に誤ってゴミと一緒に捨てる習慣があったためである。
ドラッカー少年が毎朝早く出勤し、ゴミ箱の整理をするようになってから、レシートの紛失が無くなり、経理の締めがスムーズにゆくようになった。
ドラッカー少年は、自分で見つけたこの仕事が、勤務する会社におけるもっとも重要な仕事と位置付けたのである。ただし、彼のこの仕事は上司に命じられたものではなく、上司は彼の功績と分かっていても感謝もしなければ特に褒めもしなかった。
それでもドラッカー少年は、退職するまでこの仕事を最も重要な仕事として一生懸命励んだ、と著書には書かれている。この逸話は、働く意味を示すとともに仕事をどのように楽しむかが示されている。
公知のように働く意味とは貢献と自己実現にある。能動的に仕事をしているときにその意味を理解できる。某女性大学教授が働き甲斐という概念をやりがい詐欺と述べたりしているが、これは間違った考え方である。仕事の価値を常に賃金と連動させている限り、仕事を楽しむことはできない。
また「やりがい」は、経営者が決めるものではなく、労働者が決めるものである。経営者は労働者が仕事にやりがいを見出しやすいようにマネジメントする義務がある。
最近派遣労働者と正規労働者との賃金の問題や、就業率の低下が問題となっているが、支払われる賃金にふさわしい仕事そのものが日本では少なくなってきている。
日本ではアメリカのように成長著しい先端事業の起業が少ないためであるが、大会社で出世した人が雇用を増やせるように退職後起業すべき立法化をすべきではないか。そして何も起業しない高給退職者については増税して派遣労働者の問題解消に使うべきではないか。
同一労働同一賃金というシステムで運用できるならば、派遣労働者を正規社員へ転換すべきである。ドラッカー少年は正規社員だったので貢献的な仕事スタイルをとることができた。
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社会システムとして働く意味が貢献と自己実現となる仕組みに戻すべきである。派遣労働者は、その目的があって派遣と言うシステムを利用している社会システムとなれば、派遣問題は解決する。
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「スチャラカ社員」で描かれていた会社の社長は女性だった。ミヤコ蝶々が演じていたので子供の目には社長の風格十分だった。たまにそろばんで部下の頭をどつく、今ならば許されないパワハラが横行していた会社だが、社員は明るかった。
藤田まこと演じる若手二枚目社員と藤純子演じる事務員とのかけあいは、社内恋愛が流行していた時代を反映しているのだろうが、仕事をやらず社内でデート同然のシーンには子供の目にも違和感があって笑えなかった。
この番組から数年後ドラッカーが愛読書となるのだが、スチャラカ社員のイメージが頭に残っており、それがドラッカーの理解を困難にしていた。
ただ、スチャラカ社員を社会のイメージとして持ちながら、ドラッカーを理解しようとした努力は無駄ではなかった。明るく笑って成果を出せるサラリーマンという職業に夢を描けたのである。
難解なドラッカーの著書だったが自己の体験を述べた話は、素直に理解できた。ドラッカー少年の上司はミヤコ蝶々演じる社長のようにおおざっぱで、ポケットの中の掃除ついでにレシートをごみ箱に捨てる様子を見て、彼はその会社で最も重要な自分の仕事を見つけたのだ。
大学を出ていなかった彼の仕事は上司の雑用係だったが、毎朝掃除担当が来る前に出社し、ゴミ箱に上司が誤って捨てたレシートが無いか探すのが日課になった。これは上司に頼まれた仕事でもなく、第三者にはどうでもよいような仕事に見えた。
しかし、月末経理担当が彼の上司と経理事務について長い時間打ち合わせることが無くなったのである。すなわち、彼がゴミ箱に誤って捨てられたレシートを経理担当に届けていたのだ。
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子供時代に見たTVに「スチャラカ社員」という番組があった。吉本喜劇でミヤコ蝶々が社長を演じる会社で起きるドタバタ事件の物語だが、ボーナスも出ない会社で社員が活き活きと楽しく仕事(?)をしている風景を見て、早く社会に出たいという気持ちになった。
歌番組では、植木等のスーダラ節などがヒットし、サラリーマン生活が天国のような時代だった。そして日本経済はバブル崩壊まで未曾有の大成長を遂げた。
二度のオイルショックにも当時の勢いで克服できたのだから、今の経済状態が信じられない。このオイルショック二度目の就職氷河期時代に就職したのだが、就職先にこだわらなければ、いわゆる中堅以上の企業に就職できた。
しかし、職種にこだわった同級の10数名は就職に苦戦し、その結果飲食業へ何人かは就職している。就職氷河期と言われていても、学生がどこか甘く考えてしまう時代でもあった。
当方は先輩社員に勧められるままに受験し、無機材料を2年間研究したが、専門にこだわらずゴム会社へ就職している。有機材料の研究所だったが、無機材料の知識を活かして独自の研究テーマを設定することができた12年間である。
転職することになるが、今でも事業が続く高純度SiC半導体治工具事業をゴム会社で基盤技術0の状態から起業できた経験および仕事は、大学院でSiCウィスカーを研究していた講座の卒業生として誇りに思っている。
もっとも、SiCについて本格的に研究したのは、無機材質研究所に留学した時である。SiCの線膨張の異方性に関する研究やSiC結晶のスタッキングシミュレーション、SiCの無助剤焼結(Cを助剤として用いているが)の研究など1年半に多くのことを学んでいる。
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新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
コロナ禍となって3年、WEB会議やWEBセミナーも定着しました。今年度弊社は技術者のリスキリングに貢献できるようデータサイエンスに力を入れます。
活動報告に書きましたように1979年にゴム会社に入社してから多変量解析はじめ統計手法を業務に取り入れる工夫をしてきました。
当時は、まだ科学こそ命の研究者が統計手法はじめQC手法を軽蔑していた時代でした。QC手法は現場のツール程度に考えられていた時代でした。
しかし、DXの進展によりデータ中心に思考する方法が普及し、3年前には大学でデータサイエンスの講座新設ラッシュとなりました。
科学と非科学の境界が変わる時代において、どのように技術開発を進めたらよいのか企画段階からのアイデア創出法ふくめ提案させていただきます。ご期待ください。
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高分子の難燃性について体験談を書くとパワハラ上司の思い出話となる。パワハラだけでなく無責任で部下が全員この課を出たい、とコミュニケーションカードに書かれるような上司だった。また、部下を消耗品のごとく公私混同して扱うような上司だった。
このような上司が出世する研究所で12年間働いたが、最後は机の上にナイフが置かれたり、会議前になるとFDを壊されるなど犯罪と呼んでも良いような事件が連続し、それでも配属されてから3人目の本部長から我慢しろと言われた。しかし、命が惜しかったので転職している。
当方が自殺をする気が無くても、実験時の大事故によるケガあるいは殺される可能性を感じ、いくら楽しんで仕事をしていても会社に迷惑をかける。そんな気配も感じられた職場だった。
最近パワハラ自殺が話題になったりしているが、社長でもない限り従業員が自殺を考える必要はない。日本では生活保護などセーフティーネットが充実しているので、死ぬくらいなら社会保障をうまく使い、生き延びることだ。
生きて努力をすれば何とかなる。当方は高純度SiCの半導体治工具の事業を住友金属工業とのJVとして立ち上げ、その仕事で全く報われぬまま転職を選んでいるが、やはり命が惜しかったからである。
運よく写真会社から高分子技術の研究管理者として中途入社(注)のお話を頂き、セラミックスのキャリアを捨て、リスキリングする覚悟で転職している。
日本を代表する企業、トヨタでもパワハラ自殺があり、社長がすぐに謝罪したのでそれが異例だとニュースになった。トヨタのような皆が憧れる社長が経営する優良企業でも起きるのだ。おそらく大なり小なり日本の会社ではこのような問題が日常となっている職場が多いのかもしれない。
従業員にとって、会社の印象は直属の上司のイメージで決まる。職場の風土も同様で、社外がパラダイスと従業員が感じるような職場の管理者は失格である。ヤミ研が認められていたのが唯一の救いだった。残業代さえ申請しなければ研究を楽しめたのだ。部下のアイデアに頼るしかない上司だったので自由に仕事ができた。
高分子の難燃化研究を担当していた時の上司は小心者で、パワハラの日常でも当方の元気が勝っていた。理不尽な始末書を書け、という命令にもホウ酸エステル変性ウレタンフォームの企画を添付して提出している。
ただし、後日始末書だけが人事部に提出されたと風の便りとして聞いて騙された、と思ったが、この企画を推進しながら実験を楽しみ、馬鹿にされながらもデータサイエンスの可能性を検討し、半年後には工場試作を成功させた。入社して二つ目の実用化できた研究成果となった。
この研究所の12年間をどのように表現したら世間に伝わるのか不明だが、12年間勤務して死を覚悟しなければいけないような職場風土でも、夢を持ち自由に楽しく働くことができたことを申し上げたい。
職場風土がそのようであっても、会社を離れれば天国だった。同僚や友人との余暇の楽しみでは、恐怖の上司が酒の肴であり笑い話のネタになる。社長以外は会社に命をかける必要などないのだ。
どれだけの社長が会社に命をかけているのか知らないが、雇用される側は、仕事を楽しむ工夫をすべきである。ライフワークバランスがブームとなったが、エンジョイワークが大切である。
どのようにすれば仕事を楽しめるのか、30年以上楽しみ仕事をした体験とその工夫を来年はセミナーのネタにしたいと思っています。新聞に載るような大事件の起きた会社の恐怖の職場でも楽しんで研究を進め、30年以上も続く新事業を基盤技術0の会社で起業することができました!
良い年をお迎えください!
(注)転職して分かったのだが、日本の会社は、まだ転職者には不利なシステムである。例えば、年金額は、ゴム会社に我慢して勤続していた方がはるかに多かっただろうと思う。12年間勤務したのでゴム会社から企業年金を頂いているが、写真会社にはそれが無い。また、転職時に年収は上がったが、年金のランクは1ランク低かった。年金のランクは基本給で決まる仕組みのため、ゴム会社の基本給よりも写真会社の基本給が低かったからである。このような話は転職時に気がつかない。転職時、直属の上司はじめ多くの人は引き留めてくれた。しかし、職場の問題解決には誰も尽力してくれなかったのである。ドラッカーは誠実真摯な人物をリーダーにせよと言っている。不誠実な人物では人材に逃げられるのだ。リーダーの不誠実さを示すいくつかの証拠を大切に保管しているが、ドラッカーが当たり前とも思える「誠実さ」をしつこく繰り返している理由は、ゴーンはじめ誠実なリーダーが少ないためだろう。
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