ブリードアウトを科学的に取り扱う時に高分子中の物質拡散を問題とする。そしてこの問題を解いてみると科学的な拡散法則に良くあてはまる。
仮に生データがうまくあてはまらなくても、係数をかけたり足したりするれば、拡散法則にのせることができる。そしてうまく拡散法則にのせることができたら、このかけたり足したりした係数に考察を加えてまとめる。
科学のお勉強にはこれで良いが、製品設計の立場では、無駄な努力となる場合がある。婉曲に「場合がある」と書いている。そうしないと世間には怒り出す人がいるからだ。
実務上では拡散法則よりもブリードアウトした状態を問題としなければいけない。もし、材料設計上不要なものがブリードアウトしていたならば、それを取り除くと問題解決できるが、そもそもそのような余分な添加剤を添加しているぼけた材料設計をしている技術者は、21世紀にはいないはずだ。
必要があって添加していたものがほとんどのケースでブリードアウトして品質問題を起こしているのだ。この時科学で凝り固まった頭脳の持ち主は、拡散速度が遅い代替材料を探そうとする。ケースによってはそれで問題解決できたように見える場合があるが、品質問題が発生する時間を遅らせているだけだ。
もっともお客さんが購入した店を忘れるぐらいの時まで遅らせることができれば、品質問題に気がつかず製品寿命とお客様が諦めるかもしれない。材料設計するときにお客様が諦める時間を予測して対策を打つような技術者は誠意が無い。
やはりここはお客様が製品を使い続ける限り品質問題とならない対策を考える様な誠実さが欲しい。どう考えてみても対策ができない場合には、お客様の忘れた頃に問題となるような対策をとらざるをえないが、その前に弊社に相談していただきたい。
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当方は仕事中音楽を聴くながら族である。デスク周りにスピーカーが3セットある。1セットはギター練習用のアンプセットであり、2セットがオーディオ用である。この3セットのオーディオ用を事務所で使い分けている。
仕事に没頭すると聞こえなくなるぐらいの小音量で聴くスピーカーは、マークオーディオの付録スピーカーを使用した手作り品である。このスピーカーは音工房Zの販売した限定品のキットを使用しているのだが、すこぶるよい音がする。
トランペットは金管楽器としての音が、ウッドベースはあたかも木の響きまで聞こえてくるような分解能が高く歪率の小さいスピーカーである。他の一つはオルトフォンの60W耐入力高級スピーカーである。こちらのスピーカーは休憩中に大音量で鳴らして音楽に包まれたいときに使用している。
面白いのはこのオルトフォンのスピーカーで、小音量で聴いていると振動板の材質PPの癖が耳につくが、大音量にするとそれが消えて小音量のマークオーディオのスピーカーのような音になる。ただし老人性耳鳴りが無くなるほどの大音量ではあるが。
3セット目のギター練習用のスピーカーは1960年代一世を風靡したJENSENスピーカーを使用している手作り品で、オープンキャビネットはもちろん密閉式やバスレフにもなる箱に入れている。
箱の形式により、スピーカーの音色が変る。ギターの練習をしていると、なかなか進歩せず練習意欲が低下することがたまにある。そうすると箱の形式を変更してスピーカーの音色を変えるのである。
エレキギターのスピーカーはハイファイオーディオ用のように周波数特性などのハイファイ的制約は無く、音の音色が全てである。1960年代の技術そのままで作られたスピーカーの音色を色々変えて楽しんでいる。
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商品のマーケティング対象としてオーディオ業界は面白い。アナログからデジタルの変換が起きて銀塩写真フィルムの世界は急激にシュリンクして、4社寡占状態だったフィルム業界は富士フィルム1社が生産しているだけになった。
オーディオ技術に関して、例えばアンプ技術を見てみてもAクラスアンプ、Bクラスアンプと技術開発が続き、ABクラスアンプが登場したがこれらはアナログ技術である。デジタル化により登場したアンプはCクラスではなくDクラスアンプと呼ばれているが、写真フィルムのように過去のアナログアンプを駆逐することは無い。
それどころか、音楽供給メディアまでデジタル化されてもAクラスの真空管アンプが最高とかアナログレコードが最高とかいう声を聞く。もちろんこのような声は少数派であり、そのためこれらのニーズにこたえた商品は手作り以上のプレミア価格がついて販売されている。
世の中すべてがデジタルになってゆくのか、と思っていたら、音の出口となるスピーカーについてはデジタル化された製品が販売されていない。技術的にむつかしいからだ。
おそらくスピーカーは21世紀もアナログ技術の製品が使い続けられると思われるが、このような技術的制約がオーディオという商品には存在するが、それでもかつて活況を呈したホームオーディオの市場が高級品だけにシュリンクした事情を説明できない。
音楽愛好家は、今も昔も変わらずに存在する。ただし、TV番組を見るとその中身は大きく変わり、クラシック音楽愛好家は減少するととともに音楽のジャンルは単純ではなくなった。様々な音楽ジャンルとその他と結びついた音楽が溢れている。
クラシック音楽ならばコンサート会場という基準が存在したかもしれないが、それ以外の音楽については、ハイファイと言ったときの基準となる音が存在しないというのが実情だ。ジャズならばライブハウスが、と指摘する人がいるかもしれない。
しかしライブハウスはクラシック音楽のコンサート会場の様な基準となりえない。時として音楽と異なる雑音の存在も良い音の条件になったりする。このような状況でホームオーディオが目指してきた良い音と言う定義が怪しくなってきた。
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テニスの4大大会、全米オープン(OP、30日開幕・米ニューヨーク)の前哨戦、ウェスタン・アンド・サザンOP(米シンシナティ)に出場する女子テニス世界ランキング2位大坂なおみ(日清食品)が16日、大会前の公式オンライン記者会見に出席した。質疑の途中で泣き出して約4分間中断したという。(スポーツ報知8・17抜粋)
この会見で大阪なおみは、「自分のためにしか話せない」と答えたという。正直な回答である。これまで、多くのスポーツ選手が「公」を意識した理想的な会見をこなしてきたが、大阪なおみは、自分は一テニス選手であって、それ以上の期待をしてもらっては困る、というのだ。
これは組織で働く人間も本音はこうではないのか。ただサラリーマンが出世するためには組織に滅私奉公しなければならない。給与を増やすためには出世が必要で、そのため反道徳的なことでも上司に忖度しなければいけない。
あるいは、当方がゴム会社で被害に遭い転職したように他人の業務妨害をしてでも自分の立場を守らなければいけないという犯罪まで平然としてしまうサラリーマンの存在、はたしてこれが健全な社会だろうか。
大阪なおみは、テニス選手として頑張っている姿を見てもらうだけで良い、と言っているのだ。あるいは、その程度の貢献で許してほしい、と正直に記者会見で応えている。
彼女はプロのスポーツ選手だが、それゆえ記者会見で社会に有益なアドバイスをしなければいけない、という一般の期待は、彼女のパフォーマンスを落とす問題が明らかになった。
サラリーマンの過剰な滅私奉公や大阪なおみの記者会見の問題は、貢献の仕方を問うているようだ。成果主義の現代における貢献について、成果だけでは許されないのだろうか。
かつて1970年代のフォークソングブームでは、あえてマスコミに姿を見せず、そのカリスマ性でファンを獲得する手法が使われた。良いパフォーマンスの成果だけを提供するだけでも十分な貢献とみなしても良いのではないか。
思い出されるのは、ローラボーである。プロのゴルフ選手として大した成績も残さず、その美貌とコミュニケーション能力でゴルフ界の大スターとなった。プロのスポーツ選手としてどのような選手を私たちは期待しているのだろうか。
ローラボーの対極に大阪なおみを位置づけたなら理解しやすい。少なくともプロスポーツの世界では、何か尖がったものがあればスターになれるのだ。記者会見の義務化は辞めた方が良いのでは?
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高分子製品で比較的品質問題が多いのはブリードアウトと呼ばれる現象である。高分子材料には、成形性を改善したり、難燃性を付与したり、耐久性を上げたりする必要から必ず何か添加剤が数%以上添加されている。
その添加剤が表面に染み出してきて(ブリードアウトして)品質問題を起こす。このブリードアウトと言う現象は、高分子材料では必ず発生している。すなわちブリードアウトが生じても品質問題となっていない場合がある。
実は高分子製品を設計するときに、ブリードアウトを100%防止しようとすると製品設計などできない。ブリードアウトしてもそれが品質問題とならないような設計ならば可能である。
また、積極的に高分子のブリードアウトを利用している分野もある。例えばタイヤは、常にワックスが表面にブリードアウトしている状態になっており、その黒く美しい(?)外観を保っている。外観の美しさだけでなく紫外線によるゴムの劣化防止にも役立っている。
50年以上前のタイヤでは、時々粉を吹いているようなタイヤが存在した。ワックスが表面にブリードアウトして結晶化したために白い粉を吹いたような状態になっていた。
これは、品質問題となり、その改良が求められたが、その時ブリードアウトしない目標を設定できなかった。なぜなら、全くブリードアウトしないタイヤでは、ゴムの劣化が早まったからである。
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オーディオ業界の衰退が起きたからと言って、音楽を楽しむユーザーがいなくなったわけではない。なぜなら音楽配信事業やユーチューブは盛況だからである。
音楽の視聴スタイルが変わった、と評論する人がいるが、それならばオーディオ業界もマーケットを調査し様々な商品を出してきたことをうまく説明できない。
例えばソニーのウオークマンのヒットは、ユーザーのスタイルに合わせた商品だったのでヒットしたのである。残念ながらウオークマンは携帯電話の一機能で代用できる時代になったので、不要の商品となった。
当方はオーディオ業界の衰退は、音楽を配布するための媒体とそれを再生する装置の変遷が激しく、オーディオ業界がその時代に真にユーザーが望む商品を提供してこなかったため起きたのではないかと思っている。
携帯電話で多くの若者が音楽を楽しんでいる姿を見るにつけ、そのように考えてしまう。もし、今の時代にオーディオ製品を企画するとしたならば、携帯電話を接続可能な3万円前後の卓上ステレオだろう。
ところが、3万円前後の卓上ステレオと言う企画商品をまとめるのが結構むつかしい。なぜならハイファイオーディオを目指した時のスピーカーの品質をこの価格で実現できないからだ。
そこそこの品質のスピーカーをパーツで購入し自作しても、パーツ代だけで2万円前後する。すなわち、良い音を空間で再生しようとしたときに、その再生装置を安価に設計できないのだ。
この原因は、「良いスピーカー」の標準規格が存在しないことが大きな原因と思っている。例えばギターアンプのキャビネットは、良いものを購入しようとすると10万円以上するが、そのような商品で日本の住宅環境に合ったものは無い。
そこで自作してみたのだが、スピーカー部分は9千円ほどで20万円相当のものができた。これを駆動するアンプについては中古部品を1000円で調達し、20万円相当のギターアンプ(クリーン)の音が出そうなキャビネットができた。
この実験結果で重要なポイントは、ホームオーディオ用のスピーカーが高すぎるという点である。ギター用の10インチのフルレンジスピーカーは3000-5000円で部品を購入可能だが、ホームオーディオ用では8000円以上する。ステレオだからこれが2セット必要だ。
ギター用の良質なスピーカーが安い原因は1960年代から造り続けてきたスピーカー、いわゆるビンテージスピーカーだからだ。これが商品として店頭に並ぶと20万円となっている。面白いのは無印のスピーカーを用いたエレキギター用キャビネットの最も安価なものは5000円前後で購入可能だ(但し音を我慢する必要がある。ロックのように歪ませるだけならオーバードライブにするとそれなりの音が出るが—)。
すなわち、オーディオ業界の衰退の原因は再生装置のキモとなるスピーカーのコストダウン努力を怠ってきたところではないかと思う。スピーカーの技術は1960年代から大きく変わっていないのに、である。
今やSN比の高いデジタルアンプは10Wステレオ出力の場合に1万円以下で購入可能である。10Wあればデスクトップで楽しむには十分な出力だ。当方は片チャンネル60Wのアンプを用いて音楽をかけ流しで生活しているが、この時のアンプ出力はせいぜい2Wから3Wである。耳の悪くなった年寄りでさえこの程度である。
現在生き残っているオーディオメーカーが真剣にスピーカーのコストダウンを実現し、3万円前後でインターネットとも接続可能な魅力ある卓上ステレオを販売したならば、必ずヒットする。
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昨日の日刊ゲンダイデジタルに三枝成彰氏の「東京五輪の”学芸会”開閉会式は日本のダサさと思考停止ぶりを世界に知らしめた」と言う記事には同感である。
今回の東京五輪の開閉会式の出し物について開催前にすったもんだしたあげく、お金をかけた三流のショーになっていたのは誰の目にも明らかだった。
松健サンバ待望論もツイッターで出ていたが、お金をかけずサンバでも踊っていたほうが言い訳ができただろうと思う。サンバ一色ではどこの国かわからないので阿波踊りや東村山音頭などを総動員すれば費用も安く日本を表現できたのではないか。
冗談はさておき、三枝氏の指摘は東京オリンピックに限ったことではなく、バブル崩壊後の日本企業にも当てはまる。何かコンプライアンス違反でも起きようものならすぐに謝罪する。本質的な解決は後回しにまず世間に良い顔をしてごまかそうとする姿勢が見えている。
例えばくい打ち不正で問題となったハウスメーカーでは子会社社長が謝罪し、真摯に再発防止に努める、と言っていたが、その後この会社に我が家の定期的な外壁修繕をお願いしたら、多数の壁の装飾を壊してその上から塗装し、見栄えの悪い工事をされた。
クレームをつけても音沙汰なしで半年ほったらかしにされたので、本社のホームページに実態を投稿したら、本社の課長が謝罪しながら実態を点検確認し、無償で修理すると言ってきた。当たり前である。
ヘーベル板は建築後20年でガタガタになるような材料ではない、と宣伝しているのだ。またそうならないためにユーザーもハウスメーカーに言われるままメンテナンスをしている。
ついでに工事の際に養生を忘れて玄関扉を汚した話をした。そうしたら、担当者が工事前の汚れていない写真を見せて、そのようなことは無いと否定してきた。
当方は工事終了後に汚れた状態の写真を撮っていたので、遠山金四郎が刺青を見せるように、その写真を見せたら課長も含め写真の前にひれ伏した。当方はそのようなことを望んでいたのではなく、誠実な対応を希望していただけである。
東京五輪に限らず、日本中が安直な思考で商業主義的にただ儲かればよいという考え方で企業活動が行われているように思われる。品質問題は高度経済成長期でもあったが、もっと対応が誠実だった。東京五輪の失敗を事例として企業活動も見直してみてはいかがか。
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1970年代から1980年代にかけてオーディオ業界は活況を呈していた。卓上のコンパクトステレオから超高級品までそれぞれのセグメントごとに王者が存在した。
ローエンドはブランドよりもコストであり、ハイエンドはコストよりもブランドと言う状態だった。ミッドレンジはブランドとコストのせめぎあいであり、ブランド力の無い家電業界のステレオは次第にこのレンジで淘汰されていった。その結果ローエンド製品も消えるという運命をたどった。
アカイやナカミチといった高級録音機に特化したメーカーも存在した。しかし、時代の流れとともに一般向けの製品は作られなくなり、プロ向け、いわゆるBtoBのビジネスに転業したり倒産したりした。
面白いのは、音響機器でありながら、音楽演奏者用の機器は独自のマーケットを形成していったのである。ギターアンプは今でも健在である。またコンピューターの普及でDTM商材も時代に応じて新製品が開発されている。
この分野を観察すると面白いのは、必ずしも価格と性能が相関していないのだ。オーディオ業界で真空管アンプと言えば20万円を越える価格帯の製品だが、ギターアンプでは2万円台から存在する。
ギターアンプの分野で真空管アンプと言えばマーシャルだが、VOXも十分に頑張っておりビートルズ伝説を活かして真空管アンプの新製品を2年前上市している。ホームオーディオ市場でアンプは死滅状態だが、楽器分野では今でも新技術新製品が登場している。この10年のトレンドはモデリングアンプである。
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現在のハイファイオーディオの市場は、それを趣味とする人たちの間に今でも存在するが、それも次第にシュリンクしており、生き残った高級オーディオメーカーも将来の事業について模索をはじめている。
当方のリビングルームにはボーズとオンキョーのスピーカーがあり、ローテル社の最高級プリメインアンプにつながれている。CDプレイヤーやダイレクトドライブのレコードプレイヤーも健在で、たまに昔のレコードを楽しんだりしている。
2種のスピーカーがつながれているのは、音場調製用である。当方のリビングルームは専用のオーディオルームではないのでどうしても音場が不正確となる。そのため、どこで聴いてもステレオ感を楽しめるように2種のスピーカーが使われている。
体験からハイファイオーディオ製品には今でもその性能が差別化されていることを理解できるが、それでも市場が無くなった現実をどのように理解すればよいのか考えてきた。
その結果明らかに家電のマーケットとは異なる市場の特徴に気がつくとともに、現在それなりの市場を形成している製品でもハイファイオーディオと同様の運命となる可能性のある製品群に興味が出てきた。
ハイファイオーディオの市場がシュリンクしたと言っても、音楽市場全体はシュリンクしていない。むしろインターネットの世界を中心に広がりを見せている。ゆえにその再生装置の市場もそれなりに存在している。
一般に若者の音楽を聴くスタイルが変化したのでハイファイオーディオ装置市場がシュリンクしたと説明されるが、それは現象を説明しているにすぎず、そこから市場開拓のアイデアは出てこない。
ハイファイオーディオ市場の衰退について考察を進めた結果、当方はオーディオメーカーの市場戦略と新製品開発の失敗が現在の状態を招いたのではないかという結論に至った。
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オーディオ業界は、およそこの50年間に誕生から衰亡までを経験した業界である。今この業界は、車載用オーディオ製品がメインとなり、BtoBのビジネスが展開されている。
そこではブランド価値が付加価値となっており、単なるOEMビジネスでは利益があがらないので一部のメーカーだけ事業として成り立っている。車載用マーケットには、昔から自動車部品としてのオーディオメーカーが存在していたからである。
ローディーやOTTOなど家電メーカーのブランドで車載用オーディオ製品を目にすることが無く、ボーズやJBLといった海外高級オーディオブランドで特にスピーカー分野で有名なメーカーが、高級自動車のオプションとして採用されるに至った。
中国の安価な家電に押されて衰退した家電業界とオーディオ業界の相違点は、前者では市場はそのまま残っているが、後者ではかつてのセパレートステレオやコンポーネントステレオが商品として販売されていたホームオーディオ市場そのものが無くなっていることである。
さらにその末期は高級オーディオ分野がバブル前に活況を呈していていたが、それさえもしぼんでオタク市場となり国内は風前の灯火となっている。さらにこの分野を支えているのは往年のオーディオマニアたちであり、皆高齢化している。
加齢とともに耳が悪くなることはよく知られており、その耳の悪くなった老人たちによるオーディオ談義は、ある意味滑稽である。昔の印象で語られるその内容は、ぼけ老人の回想以外の何物でもない。
しかし、彼らの語りの中には真実も存在し、TVの音がいくら良くなったと言っても、さらにSN比の高い専用のオーディオシステムの音にはかなわず、また音場再生能力については悪くなった耳でも聴き分けることは可能である。
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