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2014.07/07 ケミカルアタックの意味について(2)

単身赴任する前に日本化学会産学交流委員会のシンポジウム委員長を務めていた。委員会の休憩時間に花王の研究所長との雑談でケミカルアタックという言葉は不適切、と聞いた。花王ではケミカルアタックという言葉をケミカルクラックとストレスクラックとして使い分けているとのこと。

 

射出成形体には成形時の内部応力が蓄積されており、それが化学物質と応力で破壊に至ったときがケミカルクラックで、化学物質が存在しないときにはストレスクラックとのことだった。手元にある「溶解性パラメーター適用事例集」には、溶剤クレイズや溶剤クラック、環境応力割れという言葉が使用されている。

 

そしてこの言葉の使い分けとして、非晶性プラスチックであるPCやABS樹脂では溶剤クレイズや溶剤クラックという言葉が用いられ、結晶性の樹脂で環境応力割れという言葉が使用されるとある。そして両者をまとめて環境応力割れと称する、と説明されている。

 

その他、環境応力歪みやケミカルストレスクラックなどもケミカルアタックの現象を称して使用されている。言葉の問題は科学の世界では定義が重要になってくるが、実務の世界では業界によりそれぞれの言葉が存在する。ケミカル製品を提供する立場の花王で、ケミカルアタックという言葉は忌み嫌われる言葉ではないかと想像した。

 

また自社の製品が使用される環境によっては問題を引き起こすことをパンフレットで説明しているのは企業姿勢として好感を持てる。最もPL法を考慮すればリスク回避の視点でもあるが、パンフレットから伺われる企業の誠実な姿勢にはコンパウンドの責任を成形メーカーに押しつける某企業と雲泥の差がある。

 

それでは業界用語であるケミカルアタックについて常識としてどのような言葉がよいのか。
例えば特許では、どの言葉が主流なのか調べてみた。特許庁のデータベースで公開特許に
ついてキーワード検索をしてみると以下の結果になった。

    ケミカルアタック        37件
    ケミカルクラック        10件
    ケミカルクラッキング      0件
    ストレスクラッキング      58件
    環境応力亀裂        192件
    環境応力歪み          0件
    ケミカルストレスクラック    4件

 

環境応力亀裂が圧倒的に多いので、ケミカルアタックという現象は学会でも使用される機会が多い環境応力亀裂という言葉が一般的に使用されていると推定される。特許検索では、これらの用語をすべて和集合として検索する必要があるが、当方の経験ではケミカルアタックが金原現象やパーコレーション同様に古くから存在する言葉でなじみ深い。

 

混合則については最近あまり使われなくなり、力学物性の分野でもパーコレーションが使用されている。ケミカルアタックという言葉はいずれ使われなくなるのか、樹脂メーカーの都合の良い言い訳の言葉として残っていくのかどちらかだろう。

 

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.07/05 シリカゾル(2)

シリカゾルを高分子に均一に分散するために表面処理が必要になる。コロイド状態でラテックスと混合する時にも表面処理が重要だが、それが無くとも見かけ上うまく分散できたような状態となる。表面処理を行わず混練でシリカゾルを分散した場合には、完全に単粒子で分散することは難しい。これは微粒子の混練を行ったことのある人は直感的に理解できるようだ。

 

コロイド状態の分散では、ラテックスあるいは水溶性高分子を水に分散した溶液を用いるが、両者を混合したときに沈殿ができるかどうかで、分散状態の判断は可能である。ところが沈殿ができない状態だからうまく分散できたのかというと、そうではない。単膜を作成し、電子顕微鏡観察を注意深く行うと数100nm以上の凝集体が見つかる。

 

混合時にpHを揃えてもシリカ粒子のゼータ電位が乱れるために凝集体が生成する。ホモジナイザーを用いても凝集体の数を少なくする程度の効果である。数100nm程度の凝集体ができると破壊強度に影響を及ぼす。すなわち単膜の引張強度の低下を引き起こす。

 

しかしシリカ粒子による補強効果で弾性率が上がるため、それに気がつかないことがある。シリカゾルの量を増やして引張強度あるいは弾性率の増加率のデータをとってみると気がつくことがある。横軸に添加率、縦軸に引張強度あるいは弾性率のグラフを書くと、後者はシリカゾルの増加とともに下に凸あるいは上に凸の曲線を描く。いわゆるパーコレーション転移のグラフが得られる。

 

しかし引張強度は弾性率のようなきれいな曲線にならないときが多い。わずかなシリカ粒子の凝集体が破壊の起点になり、期待される強度を低下させているのだ。1990年までこのことを明確に書いた論文を見つけることができなかった。ところがシリカゾルに高分子を吸着させてミセルとして用いたラテックス合成を行い、できた単膜の力学物性を評価したところ驚くような効果が得られた。K1cを評価してみても3割ほど増加していた。

 

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.07/03 シリカゾル(1)

省燃費タイヤのトレッドにはフィラーとしてシリカが使われている。このシリカについて最も研究が進んだのは20世紀末の20年間である。セラミックスフィーバーもあり、様々なシリカ粒子が登場した。タイヤ用フィラーとしてもオイルショックの影響から省燃費フィラーとしての研究が行われていた。

 

高純度SiCの開発を担当した時にもシリカについて検討したが、コストダウンは可能であるが反応時にSiOガスの生成が多くなるので、前駆体用に採用することは見送った。すなわちフェノール樹脂とポリエチルシリケートからリアクティブブレンドで合成される前駆体で、シリカは分子状で分散していることが間接的に証明された。

 

超微粒子のシリカをシリカゾルと呼んでいるが、写真会社に転職し、改めてその奥深さを学んだ。シリカの結晶である石英よりもはるかに面白く難解な材料である。特にアモルファスである点が問題を難しくしている。表面状態は合成法により様々に変化する。用途によりその影響が大きく出る場合もあれば、表面状態に鈍感な用途も存在する。

 

また、合成時にアルミなどの原子をドープすると表面に塩基性サイトと酸性のサイトを創りだすことが可能である。このような工夫をしたシリカ粒子に高分子を吸着させるとシリカゾルをミセルに活用できるようになる。

 

金属酸化物ゾルをミセルに用いる研究は2000年以降行われているが、世界で初めての成功は写真会社である。過去に研究が行われていたかどうか調べて、自分たちが初めてだとわかっても、単純な技術なので初めてだという自信が無かった。特許だけ書いてそのままにしていたら外国の研究者による論文が2001年に発表された。

 

その論文にはゾルをミセルに用いてオイルを分散した初めての研究とあった。編集者は日本の特許など読んでいないことはすぐに分かった。あわてて高分子学会で報告したが、あまり反響は無かった。しかしシリカゾルへの高分子の吸着を研究しているアカデミアの研究者と知り合うきっかけになった。

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.07/01 高分子中のカーボンクラスターの設計

絶縁体である高分子に導電体のカーボンを分散した半導体材料は、多くの分野で用いられている。この材料技術で最も難しいのはカーボンクラスターの制御である。いわゆるパーコレーション転移の制御を生産技術で実現できるかどうかにかかっている。

 

導電性の高いカーボンで10の9乗Ωcmを安定に実現するのは大変である。すぐに10の5乗Ωcmレベルまで下がってしまう。押出成形において押出工程でパーコレーション転移の制御を行うことは難しく、コンパウンド段階で目標となる抵抗を実現できるように創りこんでおかなければいけない。

 

このとき、どのような材料設計が理想かと言えば、カーボンの同じ大きさの弱い凝集体が均一に分散している構造が理想である。これは科学的に考察しモデルをつくりコンピューターでシミュレーションすればすぐに理解できる。

 

弱い凝集体もカーボンのクラスターだが、この凝集体のパーコレーション転移を制御したほうが、カーボン粒子の分散をあげる設計よりも技術的に容易である。すなわち1Ωcmの粒子が分散した時に生じるパーコレーション転移は急激に抵抗が下がるが、弱い凝集体では、その抵抗は凝集状態で制御でき、パーコレーション転移を穏やかに制御できるようになる。

 

すなわちカーボンの凝集体は凝集が密になればなるほどその抵抗は下がる。高分子の中にできるカーボン凝集体の抵抗は、おおよそ10の7乗から10の3乗Ωcm程度まで変化する。目標とする抵抗の凝集体ができるように高分子の配合設計を行えば、パーコレーション転移をうまく制御できるのである。

 

このように科学的なモデルで説明できる知恵が、なぜ教科書に書かれていないのか不思議である。「目標とする抵抗の凝集体を作る」という部分が技術的に難しいが、試行錯誤にプロセスで制御できる因子を動かし、カーボンクラスター生成の様子を体系化すればよいだけである。この部分は科学的に考えると意外と実現が難しくなる。

 

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2014.06/30 カオス混合(19)

製品化ステージでコンパウンドの内製化など提案しても反対されたかもしれないが、運よくグループ内の別会社でコンパウンド工場を立ち上げることができ、外部購入のコンパウンドと同等の扱いで開発を進めることができた。開発を進めた、といっても土日を利用したボランティア活動だ。製品化ステージなので集めなければいけないデータは生産に関わるデータだけである。根津にある中小企業のご厚意で実験を進めることができた。

 

休日にそのような努力と苦労をしていたことなど同僚の誰も知らないと思っていたら、問題社員のひげ親父だけは気がついていたようだ。出世するとたいへんですな、と言ってきた。この仕事ができてもこれ以上出世できる年齢ではないので出世目的ではない、と答えたら、俺も最後の仕事だからいい仕事をしたい、と言ってきた。

 

まっとうな人物で安心した。臭いのきつい煙草をパイプで吸い、サングラスをかけて現場で仕事をしているその姿は、およそサラリーマンの姿ではなかった。この姿は最後まで変わらなかったが、仕事に向かう姿勢は出会った時と180度変化し、積極的になっていた。知識欲も旺盛であった。

 

二軸混練機など扱ったことが無い、というので面白い男と二人並べ混練の講義を行った。当方も二軸混練機の扱いは初めてだった。しかし中古機の整備など土日のボランティア活動で薀蓄を語れる程度にはなっていた。その上混練の教科書には書かれていない高分子融体のレオロジーについて講義をしたので先生と呼ばれるようになった。ゴム会社で教えてもらったことがサラリーマン最後の仕事で活きた。

 

できあがった技術もカオスだがこの時の二人も多分にカオスであった。ただこの二人がいなければ、短期の生産立ち上げから安定生産維持に至るまで供給をショートすることなく立ち上げることができなかった、と思っている。

 

この二人がどこまで技術を理解して仕事に臨んでいたのかは不明であるが、メヤニはじめ工程で発生した細かいトラブルの対応は見事だった。科学的ではなく、現場的発想のヒューマンプロセスで動きに無駄は無かった。人手もなく予算も無かったので問題解決できればそれでよし、という姿勢を貫いた。お互いが初対面で性格もカオスであったが、量産開始後は安心して二人に仕事を任せていた。

 

ただ、化学工場の中でひげ親父に堂々とパイプを吸われた時には慌てた。マネジメントで苦労したのは、プラントからは遠かったが喫煙室まで行く習慣をつけなければいけないことぐらいであった。

 

 

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2014.06/29 カオス混合(18)

実用化された技術は、中古の二軸混練機の先に弁当箱よりも少し大きめの箱が取り付けられただけのシンプルな装置である。大きな弁当箱には、ある幅のスリットが3本内蔵され、ストランドを押し出すための穴が前面に幾つか開いている。このような単純な構造だが、その穴からは、フローリー・ハギンズ理論を信じていては理解できない樹脂が吐出する。

 

PPSと6ナイロン以外では確認していないので他の樹脂でどのようになるのか不明である。特許を書くためにPC/ABSで実験を行ったところ、驚くべきことに細かく均一に分散したゴム相だけが見える高次構造の写真が得られた。興味のある方は特許を見ていただきたいが、明らかに二軸混練機だけで混練した場合と大きく異なる高次構造である。二軸混練機だけの場合には、不均一なゴム相と他の樹脂相の分散した高次構造が観察される。

 

科学的な研究も技術開発もほとんど行わず、いきなり生産機を立ち上げたのはこれが初めての経験だった。日本化学会技術賞を受賞した高純度SiCのパイロットプラントを立ち上げた時には、独自開発した2000℃まで測定可能なTGAを用いて速度論的解析を済ませていた。実現すべき機能が明確になっており、それを達成できる手段があるならば、科学ですべてが証明されていなくても技術を作り上げることができる。

 

科学の無い時代でも技術が存在し進歩できたのは、人類の欲求が機能を明確にし、試行錯誤で達成手段を探すことができたからだ。科学の時代になり、人類は科学の成果に期待するようになった。科学の成果により機能や達成手段がパーツのごとく提供される時代である。そのおかげで技術者は科学の恩恵を受けて科学の無い時代よりも速いスピードで技術を進化させることができた。

 

その結果、学校教育も科学一辺倒となりネコも杓子も科学的な思考プロセスで問題解決するようになった。確かに科学的プロセスは論理的であり、その結果に誰もが納得する。但し科学で解明された分野は未だ自然現象のほんの一部分であることを忘れている。たとえば高分子融体については科学的に不明の部分が多いにもかかわらず、高分子材料技術者は多く残されている未解明な領域で技術を創り上げなければいけない。そのような状況でも技術者に科学的な答えを要求するケースを見かける。

 

技術者には技術者特有のヒューマンプロセスがあるはずで、それは時々KKDと揶揄されたりするが、それを大切に伝承する風土がメーカーには必要である。ゴム会社ではそのような風土が存在したが、残念ながら写真会社ではそのような風土を築くことは否定された。科学的プロセス以外は認められなかったのである。弊社の研究開発必勝法プログラムはゴム会社で考案したヒューマンプロセスを独自ツールで使いやすくしたプログラムである。

 

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2014.06/28 カオス混合(17)

若い技術者1名と技能者1名でコンパウンド内製化チームを作った。当方も現場で作業をしなければならなかったが、短期決戦では少人数により効率をあげることができる。特許に公開されているように3mm未満のスリットへPPSと6ナイロン・カーボンが混練された状態で通過させるとフローリー・ハギンズ理論で否定される現象が生じる。すなわちPPSと6ナイロンの相溶が起きて、PPSのTgは85℃まで低下する。

 

中古機の検収条件として、PPSと6ナイロンだけ混練し透明になることを記載した。この検収条件は科学に反するが、量産開始3ケ月前に一発で検収に成功している。コンパウンドの内製化工場は大成功だった。立ち上げて7年近くになるが問題なく稼働しているようだ。

 

さて細いスリットへ高分子の混合物を流すアイデアは、1995年にウトラッキーがEFMという装置で実現している。ただ、これは鋭利なスリットを使い、伸張流動を発生させる装置でカオス混合を狙った装置ではない。特許に書いたように平行な距離が10mm以上のスリットでカオス混合が起きる。ロールと同様に剪断流動により生じる急速な伸張で二相界面の規則性は無くなりカオス混合となる。

 

急速に引き延ばされているので伸張流動という呼び方になるのかもしれないが、スリットの間隙が狭いことから発生する大きな剪断力がカオス混合を実現している、と考えている。この技術実現のためにアイデアは30年以上練られたが技術を実現するために費やされた時間はせいぜい数ケ月である。十分な科学的研究は行われていない。

 

KKDと批判されてもいいような技術であるが、科学に先行する技術とはそのようなものだ。iPS細胞でもできた当初はKKDの賜物である。KKDと科学を節操も無くブレンドして推進されたのがSTAP細胞だ。

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2014.06/27 カオス混合(16)

押出成形技術については、新入社員時代の工場実習でゴム会社の職長から学んでいた。コンパウンドが作りこまれていなければ品質を維持できない、「いってこい」の世界である、と習った。押出工程でできるのは金型の温調ぐらいしかないので、コンパウンド段階で性能を作りこまない限り成形体の品質を安定にできない技術である。

 

このテーマのコンパウンドで目標性能を作りこむプロセスとは、カオス混合以外考えられなかった。さらにそのアイデアもこれまでの経験から十分に熟成できていた。あとは商品化直前のステージで行う方針変更について周囲を説得する戦術だけであった。

 

大きな問題は内製場所と予算だった。コンパウンドの内製化はテーマに含まれていなかった。ただこの問題は、二つの企業が統合するに当たりカンパニー制になっていたので、他のカンパニーに依頼すれば解決できる。本来ケミカル会社は現在の電子写真の子会社で会った方が良かったのだが、なぜか幸運にもコーポレートの研究を行う会社の子会社になっていた。ゆえにこのケミカル会社にコンパウンド工場を作ることを決心し調整を始めた。

 

次に金の問題である。製品化テーマのため開発予算変更は製品価格に影響するので、大幅な変更はできない。ただ、投資を1億円以下にして、数種類の製品でコンパウンドを活用するシナリオにすれば、新たな投資金額を誤差の範囲にできる可能性があった。また二軸混練機の納期は通常半年以上かかるので中古機以外に選択の余地は無いので1億円以下でプロセスを組み立てる見通しも立った。

 

残るのは人の問題である。製品化まで1年しか無い状態でコンパウンドの内製化技術を立ち上げるとなるとそれなりの人数を割かなければいけない。押出成形技術だけでもいろいろな問題を抱えていた。当方も工数を割かなければ内製化プラント立ち上げまでやりきれないことは見えていた。

 

また短期決戦では、少人数活動で効率を上げたほうが成功率が高くなる。すなわち、外に出せる業務は可能な限り外部に委託して、外部に委託できない仕事だけを行う方法である。金はかかるが、計画を立てやすい。幸い面白い男は教育のため当方の下につけていた。さらに現場には一名仕事はできるが問題社員のひげ親父がいた。

 

 

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2014.06/26 カオス混合(15)

朝のミーティングでカオス混合装置の話をしたが、マネージャーからはコンパウンドをどこで作らせるのか、という現実的な話になった。このテーマでは、PPSと6ナイロン・カーボン系のコンパウンドを外部コンパウンドメーカーAから購入して押出成形技術を創り上げることがミッションだった。

 

製品化まで1年という期間のテーマ、すなわち製品化ステージに入っており、新たに混練技術を内製化する、という変更ができない状態だった。しかし、PPSと6ナイロンを相溶させる以外にこのテーマを成功させる道は無い。結局カオス混合技術を外部コンパウンドメーカーAで実現する以外に道は無かった。

 

そこで、混練プロセスの見直しを行いたい、という申し出を行ったところコンパウンドメーカーAは非協力的だった。説得するために納入されているコンパウンドの混練方法について少し見解を述べたら、素人は黙っていろ、と同等の厳しい言葉を言われた。

 

伸張流動が注目されていた時代である。そんな時代に剪断流動を重視した混練を提案しても否定されるのは分かっていた。さらにフローリー・ハギンズ理論に反した結果でこれを信じて1年以内に生産プロセスを作れ、といっても無理な話であることは当方も理解していた。しかし、PPSと6ナイロンを相溶させパーコレーション転移のシミュレーションから導かれた最適なカーボンクラスターを実現するためには、二軸混練機におけるスクリューセグメントの設計から見直したかった。

 

いくら説明してもダメだった。コンパウンドメーカーAの技術営業の頭が硬いのではなく当方を信じていない、ということが分かった。コンパウンドメーカーAの技術者も自信があるのであろう。当方が担当している押出技術さえ完成すればこのテーマは成功する、とまで言ってきた。早い話が押出成形技術の未完成はコンパウンド技術ではなく当方の責任、と言っているようなものだ。

 

当方はカーボンクラスターの説明からカオス混合の可能性まで一通り情報提供したが、ムダだった。質問すら無かった。信用が無い、ということはコミュニケーションもおかしくする。せっかく面白いデータが出て、それをすぐに業務へ反映させようとしたが、外部の協力が得られず頓挫した。コンパウンドメーカーAへの対応はマネージャーに任せ、内製化の準備を始めた。

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2014.06/24 カオス混合(14)

押出成形機の最大速度で押し出したベルトの電子顕微鏡写真には、6ナイロン相の島が無く、さらにカーボンクラスターの形状も変化していた。面白い男の大発見である。さっそくTダイを手配して、並行スリットの実験を行った。詳細は省略するが、期待していたデータだけでなく面白い結果もたくさん得られた。単身赴任してからアイデアが行き詰まっていただけに喜びもひとしおであった。

 

分かってしまえば簡単な答でもなかなかそれが見つからない時がある。間隙の狭い並行スリットに樹脂を押し出す実験を行えばすぐに答が得られたわけだが、それが分かっていても、身近に装置がないのでできない、と一度思い込んでしまうと隘路にはまる。その様なときには他人に話してみると良い。この事例のように、他人の頭を借りて自分が陥った隘路を打開するのである。

 

面白い男の素性が分かっておれば素直に相談したが、まだ転職してきたばかりなので、素直に相談しても相談された側が困るのではないかと遠慮していた。しかし、現場で何気なく話したことで一気に解答が得られた。ところが、彼はその答を得ようとして努力したわけでもなく、むしろ上司の話した内容の否定証明を行おうと思って実験して、思わぬ発見をした。彼はセレンディピティーが優れている。

 

ところで、科学において間違った命題の否定証明では予期せぬ結果が出るものである。

 

PPSと6ナイロンはχが大きいので相溶しない。だから成形装置の能力上限で製造したベルトではPPSと6ナイロンは相溶していないだろう、上司の考えを否定するには試作ベルトの結果と装置能力上限のベルトの結果を揃えて報告すれば良い、と彼は考えたのだ。

 

PPSと6ナイロンはχが大きいのでベルト成型の過程では相溶しない、という前提条件が、この否定照明において間違っていたために、予期せぬ結果となりDSCで測定したTgが大きく下がった。そして電子顕微鏡観察で6ナイロンの島が消失しているデータから新たな真実が生まれると同時に機能が明確になり、開発テーマを成功に導くプロセシング技術の設計が完成した。

 

自分一人で思い悩むよりも他人を巻き込んでアイデアを練った方が良いアイデアになる。三人寄れば文殊の知恵とは良い言葉である。今回の場合は犬も歩けば棒にあたる、のほうが良いかもしれない。

 

 

カテゴリー : 連載 高分子

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