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2014.06/09 カオス混合(3)

カオス混合では混練しようとする物質が急速に引き延ばされて、有限空間でそれがさらに可能となり続けるために細かく折りたたまれ、カオス状態になり、混練が進む。これは混練を有限空間で考えたときのカオス混合の説明である。ロール混練では、ロールに巻きついたゴムはエンドレスの状態なので無限空間という捉え方もできる。

 

例えば少量のゴムをロールに巻き付けただけでもロールでゴムに剪断力がかかれば混練は進む。この時細かく折りたたまれる現象は起きず、急速な引き延ばしだけとなる。ナイフによる返し作業が無くても混練が進むが、返し作業があれば、より早く進む。しかし、作業のばらつきの問題を抱え込むことになる。

 

面白いのは、ロール混練における作業のばらつきに対して鈍感なゴムの配合処方があるということだ。すなわちロール混練の作業を厳しく管理しなければ混練できないゴム処方から、いい加減な作業を行っても、さらにはナイフの返し作業をサボっていても物性ばらつきの出ないゴムの処方まである。後者ばかりのゴム処方を扱っている技術者は不幸である。また前者は作業者を不幸にするが技術者を幸運にする。前者は技術者と単なる作業者を分ける踏み絵となる。

 

新入社員時代にとんでもないゴム処方の開発を担当した。ロール作業のばらつきで耐久寿命試験のデータが10時間から480時間までばらつくのである。それに対して力学物性データはそれほどのばらつきを示さない。そのためハートマークやどっきりマークだけの実験ノートでは何が何だか分からなくなる。現在のSTAP細胞のような生化学分野のテーマよりも難しい開発テーマだった。

 

ナイフの返し回数についてマッチの棒を置いてカウントしたり、ナイフの位置を色ビニールテープで機械にマークしたりして、可能な限りの管理の工夫を行い、正確に実験ノートに記録しないと、ばらつきの小さくなる作業を見いだせなかった。

 

ゴム会社の凄いところは当時アカデミアでも持っていないような電子顕微鏡を備えていたことだ。さらに、その顕微鏡を操作する技術者のスキルも高く、実験ノートに書かれたデータから問題となったゴムの配合処方をすぐに可視化データにできた。樹脂補強ゴムでは、樹脂の分散状態がゴムの耐久性に影響を与えており、そしてその分散状態はロール作業のばらつきの影響を受けていた。

 

 

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.06/08 カオス混合(2)

昨日は講演前に論文を送って頂いたアカデミアの親切からSTAP細胞の問題に話がそれたが、STAPの騒動では山形大学の研究者の行為と異なり当たり前のことが当たり前に行われていなかったことが気になっていた。もっとも発言内容や行為について何を当たり前として受け取るのかに普遍的な基準は無いが。カオス混合にもカオス状態を実現するための普遍的な基準は無い。まさにカオスである。

 

忙しい時代である。論文請求を電子メールで受け取っても差出人が見知らぬ人物であれば無視しても問題にならない、という考え方もできる。そこを親切な行為として実行した姿勢がその研究者の普遍的行為として思われたのである。

 

技術の世界でも同様に普遍的な基準というものは無く、標準的な技術を示すためにISOなどの規格を制定しようという動きが出てくる。混練の世界にはできあがった材料について幾つかの規格はあるが、プロセスについてその規格は存在しない。例えばスペックがまったく同じ二軸混練機を使って混練してもできあがるコンパウンドのレオロジー的性質は全く異なるというケースも出てくる。技術者の経験から作られたそれぞれの基準があるだけだ。未だに「技」と「術」を使いこなせる世界である。

 

そもそも混練プロセスのような動的な世界では非平衡となっているのでそれを理論的に扱う学問は遅れており、科学的に正確な議論は大変難しい。例えば混練のベスト条件を決める、という場合では、できあがったコンパウンドの物性から手探りで条件を決めてゆく。このような状況では、混練プロセスに用いられた装置の問題は大半が隠れてしまう。

 

ロール混練ではロール間の隙間を正確に維持できる仕組みが重要となってくる。ただ二本のロールが回転しているだけの状態でどうして混練が進むのか不思議だった。指導社員からカオス混合が起きているかもしれない、と教えられた。カオス混合の研究が始まったばかりのころである。その指導社員は京大出身の神様のようなレオロジストであった。目の前の現象をすべてレオロジーを使い説明してくれた。

 

説明するだけであれば専門の技術者ならば誰でもできる。その人の凄い点は、ダッシュポットとバネのモデルで説明しつつ、このような説明は10年後に無くなっているだろう、と予測していたことである。すなわちレオロジーの専門家でありながら自分の寄って立つ領域の学問に対して懐疑的であったのだ。このような人であったから現象に対する見方には鋭さがあった。科学の視点と技術の視点を明確に分けていたのである(注)。科学技術というミソクソ一緒の言葉が闊歩していた時代に凄いことであった。

 

(注)科学では真理を求めることが仕事になるが、技術ではロバストの高い機能を実現することが目標となる。実現された機能にロバストの高いことが要求されるが、それが科学的真理ですべて証明できる必要は無い。技術で為すべき事と科学で為すべき事は異なる。STAP細胞も一度技術を創り上げてから科学の研究を行う、という順序が効率的である。iPS細胞はそのようなステップでノーベル賞となっている。ヤマナカファクター発見は科学的に行われていない。ヤマナカファクターというiPS細胞を作る技術が開発されて、今科学的研究が進められているのだ。

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.06/06 シリコーンLIMS(2)

リアクティブブレンド技術としてシリコーンLIMSを見たときに何が問題か。大きく分けて2つ原因がある、と推定している。一つは未だミラブルタイプのゴムについてその物性と高次構造の研究が不十分な点とLIMSにおける反応機構解析がゴム物性の視点から十分に成されていないことである。

 

軟質ポリウレタンフォームやポリウレタンRIMについては古くから研究されており、学会などで報告されたデータに優れた内容の論文が多い。しかし、シリコーンLIMSについてはその配合がブラックボックス化されており、公開された研究報告に学術的な内容が少ない。ましてや物性との関係については材料メーカーのカタログを信じる以外に情報は無い。

 

シリコーンLIMSの材料メーカーの戦略がシリコーンLIMSの技術的発展を遅らせている。換言すればRIMにはSが無いがLIMSとなっていることにより、末端ユーザーが価格に対して弱い立場になっている。

 

シリコーンLIMSでは御三家と呼ばれるメーカーが国内に3社存在する。トップのS社にそれを追うT社とM社である。この三者に見積もり書を出させるとS>T>Mとなる。S社の情報で得た製造条件で他の二者の材料の物性比較をするとS>T>Mという序列になるから面白い。しかし、T,Mそれぞれに製造条件を尋ね、技術レポートをもらい最適条件で評価するとS=T=Mとなる。

 

当たり前のような結果だが、実務の現場ではS社の営業マジックで基本を忘れ、うっかりと同一製造条件でT社とM社を評価するようなミスをする。S社の技術サービスはうまい、というよりもきめ細かい。だからS社の話を鵜呑みにしてT社とM社の材料を評価し、やはりS社の材料が一番良い、となる。

 

S社はサギをしているわけではない。やはりそれなりの技術を持っており、それで営業戦略を展開しているのだ、T社とM社はその点で負けてしまっている。それでは、S社がダントツに優れた技術を持っているのか、というとそうではない。ゴム技術という視点で眺めたときにまだ稚拙と感じるミスを行う。少なくとも1970年代のゴム技術で解決できていた内容を分かっていない品質問題に遭遇した。

 

シリコーンLIMSもwww.miragiken.com で扱う予定にしているが、まだ先の話である。もし質問があれば気軽に尋ねて頂きたい。シリコーンは無機高分子の代表的存在であり、当方は高分子学会無機高分子研究会の企画委員の実績もある。最近は他の講演会に忙しく研究会に参加していないが、今年は時間を作り参加したいと思っている。なお本日東工大で開催される学会  http://www.spsj.or.jp/entry/annaidetail.asp?kaisaino=943 でカオス混合の招待講演者になっている。順番では最後の講演者なのでお時間のある方は足を運んで頂けるとうれしいです。

カテゴリー : 連載 電気/電子材料 高分子

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2014.06/02 高純度βSiC合成法の開発(12)

昇進試験に落ちた連絡を受けた日の無機材研の話に戻る。昇進試験のショックに落ち込んでいたのは数分だった。I先生やT先生の激励でリベンジを決意した。無機材研でアイデアを検証することについて会社とも十分な調整をした。特許が無機材研から出願されることになる、というのに会社では誰も反対しなかった。検証結果に期待していなかったのである。

 

ゴム会社で、朝9時から高純度SiC合成のために用いる前駆体高分子の合成実験を始めたが、結局終了した夜9時まで食事抜きとなるハードワークとなった。それでも完全に透明になる条件が見つかり、その条件で炭素含有率が異なる10水準のサンプルを合成することができた。

 

この10水準のサンプルを用いて、炭化とSiC化の反応を行うのだが、許された時間は5日である。ゆえに4水準ピックアップして、SiC化の反応では、同時にこの4水準を処理することにした。その時電気炉の暴走が発生し最適条件となった話はすでにこの活動報告で書いた。運も味方したのである。

 

与えられた1週間の時間の中で1日残し、超高純度のSiCを安価に合成できるプロセスが完成したのだが、技術特許をどこが出願するのか改めて問題になった。I先生から基本的には無機材質研究所から出願して頂きたいが、会社とも再度調整するように、とも言われた。

 

当方は実験開始前に会社と調整が済んでいたのでどちらでも良かったが、ゴム会社に電話して驚いた。実験結果が出た後も、研究所のどなたも反対されなかったのである。結局この技術の基本特許はすんなりと無機材質研究所で出願することになった。

 

その後この特許を基に国のプロジェクトの準備が進められるのだが、ささやかな新聞発表もあったのでゴム会社が大慌てになった。結局ゴム会社が無機材質研究所と調整し、国のプロジェクトではなく、ゴム会社で国から斡旋を受けて開発を進める企画になった。試験に落ちてからたった一週間の成果で状況が改善されたことにびっくりした。

 

数ヶ月前のSTAP細胞発表の騒動と当時の無機材研のマネジメントを比較すると面白い。セラミックスフィーバーが吹き荒れていた時に当方の発明はSTAP細胞同様の扱いになってもおかしくない成果であった。30年経過した現在でも某セメント会社からこの技術を利用した類似の特許が出願されているような基本技術である。またゴム会社では現在でもこの技術で事業が展開されている。このような大きな影響力の予想された技術であったため、極めて慎重に研究テーマはマネジメントされた。

 

また、当方が企画から検証まですべて行ったにも関わらず、特許等の書類では末尾に名前が書かれるとか、あるいは全く当方の名前が無い書類もあった。単なるビジター研究員だったので当然であるが、全てについてI先生は当方への配慮として説明してくださった。

 

I先生の人柄を信じていたので、実質の発明者として扱われていない状況に不満を述べないだけで無く、すべてお任せした。その結果、何も騒動は起きず、その後ゴム会社で当方が研究開発できる体制ができ、少なくともある問題が起きるまでは、無難に研究開発を進める体制ができていった。

 

32年経過して思い返してみると、もしこの時STAP細胞発表のような騒動を起こしていたなら学位を取ることもできなかったろう、と胸をなで下ろしている。よい問題にしろ悪い問題にしろ、組織の中で発生した問題について中心人物は静かにしているのが一番である。その結果良くない方向に動いたならば、後日それなりの対応をとっても遅くは無い。これは組織人としての知恵でSTAP細胞の騒動で弁護士まで表に登場したのでは、無難に収集するのが難しくなる。

 

研究開発者にとって一番大切なことは、穏やかに研究開発できる環境である。そのために技術マネジメントが重要である。割烹着が登場した時点で少し胡散臭さを感じたがW大学の学位審査のずさんさまで明るみに出るパンドラの箱をあけたような騒動になっている。

 

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2014.06/01 高純度βSiC合成法の開発(11)

人事部長との面接は2時間以上の長丁場だった。人事部長も当方のガス抜きは大変だろうと時間を取ってくださっていたのだ。この時の人事部長はその後子会社の社長として栄転されるのだが、企業人としてお手本になる人だった。難解な技術の話でも熱心に傾聴してくださり、的確な仕事の進め方や対応のアドバイスをしてくださった。

 

32年間のサラリーマン生活で何があっても腐らず貢献と自己実現を実践できたのはこの時の面談が大きく影響している。サラリーマンとしての一大事に親身になって状況へ真摯に向き合いアドバイスしてくださったのだ。悔しさや腹立たしさが、自分の未熟さの反省に変わる気づきを与えてくれた。

 

翌年の昇進試験では、会社の先行投資も決まった後であり合格することはわかっていた。試験官はリクエストどおり前年度と同じ方だと伝えられた。同じ内容の答案に今度は100点という最高点がついていたという。その試験官とは直属の部下になって仕事をしたことは無かったが、その心意気が気に入った。会社では昇進試験だけの接点であったが、良い印象を持っている。

 

この時の会社の風土は、CIを導入していた時期であり、前向きで建設的な動きが感じられた。ゆえに昇進試験の問題のような解決方法がなされたのだろう。しかし、7年後研究の妨害のためが起きたときは、全く異なる風土になっていた。世界5位の会社が3位の会社を買収し、世界1位を目指そうと血みどろの戦いをしているときであった。

 

バブルがはじける前に激しいリストラの嵐が吹き荒れていた。どの部門の管理職も血眼になって仕事をしている様子が担当者にも伝わっていた。そのような風土に変化していてもマイペースで他社とジョイントベンチャーにより半導体冶工具の事業を立ち上げた姿が周囲から反感をかってもおかしくない状況であった。この劣悪な風土は、新聞や週刊紙で大きく報じられたあの騒動まで続いたそうだ。

 

何か社内で問題が起きたときに、会社に裁判所は無いのである。その会社の組織風土がその問題を裁くことになる。会社には規則や規程はあるがその運用は経営者にゆだねられている。ゆえに会社内で問題に遭遇した場合には、決して自分で動いてはいけない。第三者も巻き込み、信頼できる管理者に動いてもらい問題を解決するのが良い。誰も動かなかったのなら、何もしない解決というのがサラリーマンの知恵である。問題解決に動けば動くほど誠実で真摯に対応したいのであれば、問題を明確にして会社を辞める以外に道は無い状態になっていった。

 

しかし、昇進の問題では当方が無鉄砲な動きをしても会社に留まれるような環境が次々と作られていった。社長の前でプレゼンテーションしてその場で2億4千万円の先行投資が決まったり、社長との飲食や、ファインセラミックスのための特別な研究棟が建設されたり、と会社の動きは速かった。その結果、3年でも留学していいよ、と言われた状態から今すぐ研究所に戻ってこいという状態まで当方の周囲の環境整備が進められた(続く)。

 

 

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2014.05/30 高純度βSiC合成法の開発(10)

STAP細胞の騒動では記者会見が開かれ、管理者側と被評価側双方の意見を聞くことができた。両者の意見から浮かび上がってきたのは、理研の所長が未熟と表現したように、およそチームリーダーはおろか一人前の研究者として勤まらないような人材(すなわち研究成果を責任もって推進しそれを正しくまとめ論文投稿する一連の動作ができる人材を標準と考えている)が国の税金を使って指導者も無く実験を行っていた現実である。

 

データ管理の方法、実験ノートに記載された内容、さらには博士という学位論文の状況など公開されている資料から判断する限り学部レベルの学生以下の能力であることを示す内容である(注1)。当方は4年時の卒論でアメリカの化学会誌に投稿する論文を助手の指導でまとめているが、最後の仕上げは助手の方が全て行い、始めて論文投稿という作業の大変さを学んだ。その指導のおかげで修士の二年間では半年に1報のペースで論文を書くことができた(注2)。

 

STAP細胞の騒動では、被評価側の立場が悪いが、それは双方の資料が公開された上での評価である。これが会社の人事評価になると状況が異なる。直属の人事権を持った管理職の評価が全てである。会社の人事評価を天の声と言う人がいるが、たとえ多面評価を行ったとしても直属の上司の評価が悪ければ、それがその人の評価になってしまう。

 

天の声という意味は人事評価に振り回されるな、という意味であって公明正大な評価という意味では無いことを理解しておくことは重要である。天の声も妙なことをいうなァ、と言った首相もいたが、会社の人事評価はどのような手法を用いても直属の上司が人格的に優れた人物で無い限り、その評価は歪む(注4)。

 

ゴム会社では、新入社員は半年間という長い時間集合訓練で人事部の方達と寝食を共にする。ゆえに人事部の方達は、新入社員がどのような人物かおよそ把握している。当方は、この研修期間中に良い評価を頂いたそうなので配属後の3.5年間を人事部長に全てお話しをする機会を得た。人事部長はその話をすべて傾聴してくださった。

 

新入社員の6ケ月間の研修以外は、定時に帰宅したことはほとんど無かった。研究所には残業時間の制限があったのでほとんどがサービス残業である。最初に担当した樹脂補強ゴムのテーマでは指導社員が大変優秀な方だったので、一年のテーマをたった3ケ月でまとめることができた。初めての特許出願も体験し、後工程にゴムの配合処方が採用された。しかし配属後3ケ月で人事異動となった。

 

異動した部署の主任研究員は部下に評判の悪い人だった。この方の査定が悪く昇進試験に落ちたのだが、成果を出さなかったわけではない。軟質ポリウレタンフォームの難燃化技術がテーマとして採用されホスファゼン変性ポリウレタンフォームを数ヶ月で工場試作することに成功したが、始末書を書いている。

 

この始末書については書かなければいけない理由がよく分からなかったが、周囲からサインしておけば良い、と言われたのでサインをした(注3)。研修では入社二年間は責任を問われないから思い切り仕事をやるように人事部長から聞かされたが、責任を問われたわけである。しかし、責任を問われたことよりも企画を提案したときに設定したゴールを達成して始末書という意味がよく分からなかった。とにかく先端材料であるホスファゼンを用いたことが問題にされたらしい。

 

ならば、と始末書に落胆することなく、燃焼時にガラスを生成して高分子を難燃化するというコンセプト企画をぶち上げた。ガラスを生成して高分子を難燃化するコンセプトを実現するために処方設計したが、ガラスではアルカリ性が強くポリウレタンの反応を制御できないことが実験を開始してすぐに分かったので、燃焼時にボロンホスフェートが生成する設計に変更した。

 

これも数ヶ月で試作することができ、この時はそのまま製品展開され少し褒められたが、給与は同期のKよりも少し下がった。成果が出て給与が下がる面白い会社だ、と笑ってみせたが、昇進試験に影響が出るとは予想しなかった。そのあとフェノール樹脂天井材を担当したのだが、プロジェクトリーダーが長期病欠になる散々なテーマで、さらに思うように仕事を進めることができず、ヤミ研で開発した技術が製品に活用されたにも関わらず、明らかに考課は下がった。サービス残業代ももらえなかった。

 

人事部長の面談で以上の話をすべてしたら、君は人間リトマス試験紙と思って生きてゆきなさい、と言われた。その心は、と尋ねたら、君を悪く評価する人は悪い人である、と思って諦めなさい、とのこと。すなわち悪い上司に当たったからと言ってそれに左右される生き方をしたり、ましてや腐ったりしてはいけない、と励まされた。

 

今でもこの時の面談を思い出すが、人事部長も大変だったのだろうと思う。本来悪い考課をつけられたのだから反省しなければいけない社員が、反省をしないで職場の問題を訴えているのである。しかもその社員は職場を訴えている意識など無く、自分の成果を訴える過程で職場の問題が吹き出しているのだ。

 

若い頃は社会人として未熟でかつ純真である。しかし、それも30歳までに卒業できるように周囲は指導しなくてはならない。学校教育では教えていない本当の働く意味を指導しなくてはいけない。人事部長からはその後きめ細かなコーチングを受けた。感謝している(続く)。

 

(注1)学位論文では他人の論文のコピーアンドペーストが20ページにわたり行われていた、という。理系の学位論文では、学会誌へ投稿した論文をそのまままとめることが多い。学会誌に投稿された論文は、共同研究者の査読なりチェックが必ずはいるので学部レベルでも他人の論文も含めコピペを行えば学位論文をまとめることができる。またこのレベルの研究者でも新現象の発見はできる。むしろ発見という行為は知識が少ない、それゆえ先入観が無いほうが容易に行える。

 

(注2)当方は理研の鬼軍曹が頭に描いている標準レベルの研究者である。鬼軍曹というあだ名は、名古屋大学時代につけられたが、あだ名からは想像できない優しい熱心な指導者である。すなわち自分の受け持ちの学生でなくとも真摯な努力をする学生に対しては、きめ細かな厳しい指導をしてくださる。けっして鬼では無い、当たり前の指導者だ。ただ、コピペの論文を査読もせずに学位を与えるいい加減な先生よりも熱心なだけだ。

 

(注3)サインは当方一人だけだった。当方を一人前として扱ってくれた、と誤解した。

 

(注4)32年間のサラリーマン生活で人事評価は大きく変動した。同じ答案でも0点から100点となったように、人間は変化しなくとも評価者が変わればその評価は変動する。世の中には誠実さや真摯さを嫌う人がいる。ドラッカーは逆に経営者は誠実で真摯な人材を見いだすように努力せよ、と言っている。あえてドラッカーがその書で強調しなければいけないくらいに誠実さや真摯さは評価する管理者にとってリトマス試験紙のようになるのだろう。サラリーマンは誠実で真摯に自己実現に努力し社会に貢献する努力を怠らないことが大切である。そのように生きている人に悪い評価をする人間は、やはり悪い人なのである。

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2014.05/28 高純度βSiC合成法の開発(8)

当時ゴム会社では、係長職と管理職(社内の呼称は異なる)の選抜に筆記試験が課せられていた。しかしこの試験については過去問題や予想問題が受験者に流れていたり、裏の噂もあったりした。無機材質研究所へ留学して3ケ月経過したときに受験案内が人事部から届いた。また研究所の友人からは予想問題が届いていた。不合格になるとは思えない状況だった。

 

筆記試験の問題は数題ある試験問題から一題選択し、3時間の試験時間でA4用紙3枚程度にまとめるというものだった。新規事業のシナリオや過去の業務について考察しまとめるなどの試験対策をして臨んだ。びっくりしたのは予想問題と称されていた問題がそのまま出ていたことだ。合格したと思った。

 

10月になり、人事部長から昇進試験不合格の知らせを無機材質研究所で受け取った。意外であった。入社後担当したテーマでは、必ずゴールを期限内に達成していた。また商品化テーマも3件担当していた。0件でも研究所では合格ラインであり、1件担当すれば絶対に合格とも噂されていたので何らかの意図を感じた。

 

電話の応対を見ておられた、総合研究官I先生と主任研究員T先生が心配され、当方が描いているビジョンを実現するための実験を無機材研で一週間だけ行ってよい、と言ってくださった。当方のモラールダウンを心配してのことである。すぐに当方は、ゴム会社の研究所元同僚に電話をかけ、事情を話し、ドラフトで実験できるように準備して頂いた。高純度SiC前駆体高分子を合成するためである。

 

人事部長にも無機材質研究所のご配慮をお話しし、1日だけ研究所へ出張し実験を行うとの連絡をした。フェノール樹脂の廃棄作業で反応条件についてデータを収集していた実験ノートのデータが役立った。元同僚は、丁寧にドラフトの中に試薬関係をすべて準備してくださっていた。また、フェノール樹脂についても、素性の分かっている樹脂を3種類ほど緊急で取り寄せるなど至れり尽くせりであった。

 

 

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2014.05/27 高純度βSiC合成法の開発(7)

無機材質研究所で最初に担当したテーマは、αSiC単結晶の異方性がどれくらいあるのか実測する研究だった。四軸回折計に単結晶を取り付け、それをYAGレーザーで直接加熱し、2000℃までの線膨張を測定する仕事だった。ところが2000℃まで耐える接着剤が世の中に無いので、結晶を高温度で固定することができず、1000℃前後までしか測定できない。また、その温度領域までならYAGレーザーも不要であった。

 

このような状況だったので最初の仕事は接着剤開発となった。この仕事では天井材開発でフェノール樹脂を扱った経験が生きた。すなわち特別に配合したフェノール樹脂で結晶をカーボンロッドに固定し、それを窒素下で炭化する。処理後石英管に封入しゴニオヘッドに取り付けて2000℃までの測定が可能となった。

 

石英管への封入は学生時代のガラス細工の経験が生きた。フェノール樹脂の処方については、残炭素率をあげ、さらに熱処理でひび割れしないように材料設計する必要があったが、いずれも高防火性フェノール樹脂天井材の開発で経験した改善項目である。入所後1週間でαSiCの線膨張率測定が2000℃まで可能となったので周囲がびっくりされた。

 

この線膨張率測定のテーマ以外にSiCのスタッキングシミュレーションのソフトウェア-開発を行った。SiCには積層の形態の違いで多数の結晶系ができ(多形)るのでこれをシミュレーションするプログラムである。当時16ビットのPCが主流だったがフロッピーを使用することができたので、50層程度まで積層で生じる多形のスタッキングデータを集めることができた。これは計算が安定してできるまでに1年近くかかった。

 

半年間はこうしてSiCの単結晶についてじっくりと研究することができた。留学し半年が経過して、昇進試験の結果を人事部長から知らされるまで幸せな毎日が過ぎていった。また、ゴム会社から義務として命じられていなかったが、I先生がT所長室での面談時の状況を心配され、月に1回報告書を持って人事部へ出張したらどうか、と言われていた。そこで定期的に本社へ出かけた。留学中の所属は人事部だったので、人事部長から研究所へ報告書が回覧されていた。しかし報告書のフィードバックは一切無かった。

 

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2014.05/26 高純度βSiC合成法の開発(6)

無機材質研究所から帰路の社有車の中で話題になった、バッテル研究所と無機材研T所長の見解との相違は、事業としてみているコンサル会社とアカデミアの楽観的見方との違いだろう、という結論になった。2:1であったので多数決としての結果である。

 

当方は、経営的な見方や考え方について参考になったが、30年以上経過してその社有車の中で行われた議論を振り返ってみると、技術のイノベーションに対する感度が経営判断を左右する問題が大きいと思った。これまでの技術の歴史というものを十分に理解しないで、ステレオタイプ的にアカデミアの見解を批判するのは危険である。アカデミアにも凄い先生がいらっしゃるのだ。高い金を払ったバッテル研究所のレポートを信じたい気持ちも分かるが。

 

バッテル研究所の調査レポートは、過去から現在の科学的情報を基にその延長線上の未来を予測した内容である。T所長の予測は、科学的情報を基にしているが、未来の社会における無機材料のあるべき姿を語った内容である。両者の違いは、予測不可能なイノベーションの存在を認めているかどうか、という点である。

 

社有車の中では、T所長の予測は経済性を考えていないから学者の意見だ、と簡単に切り捨てられていた。当方は、地球上のクラーク数や、単結晶育成技術の進歩などT所長の発言の中にも経済性の要素が語られていた、と思っていたが、それらは他の2名によれば教科書の上での話で実現されていない、と否定された。

 

当方の高分子前駆体による高純度化技術についてもまだ実現できていない、という理由で事業判断のまな板に載せられない、と排除された。道路が渋滞していたため、社有車の中で2時間以上企業における事業企画の考え方を教育された。

 

この社有車の中の勉強で、かつて同期のKが言っていたことを思い出した。50周年記念論文のようなイベントは、従業員に夢を語らせる施策なので実現性よりも多くの事業を生み出す可能性を感じさせるコンセプトで訴えることが重要になってくる。今実行できる研究開発企画を書いても、そのイノベーションの要素が大きければ博打にしか見えないので研究所にも判断できる人などいないが、今実行できる内容ゆえに専門外の人間には小さな夢にしか見えない、といった言葉である。

 

30年以上経って、当時のバッテル研究所の予測とT所長の予測では、SiCに限定すれば、後者が正しかったことを歴史が証明している。そしてそのT所長の言葉を信じて住友金属工業とJVを起業するまで頑張ってみて言えることは、世の中にイノベーションを引き起こす企画の立て方を書いた満足な書が無い、ということだ。

 

技術とは機能を実現するために科学の進歩を貪欲にとりいれるものだ。科学は真理を追究し、その論理を正確に積み上げていくので進歩の速度には限界がある。新しい発見が無いと科学の飛躍的な進歩を望めないのである。だから科学に基づくバッテル研究所のレポートは無難なシナリオになっていた。

 

新しい発見が科学の世界で起きると、その先の進歩は技術の進歩が圧倒的に早い。iPS細胞のヤマナカファクターの発見で大人の細胞をリセットできる技術が開発されたが、まだ科学としての進歩は遅い。iPS細胞で今進んでいるのは技術開発である。もし科学の進歩が早かったならばSTAP細胞の発見について有益な寄与ができたはずである。T所長の予測は科学と技術の違いを認識した研究開発企画の良い例だった。T所長もI先生もそのキャリアが示すように企業の研究開発の問題をよくご存じの方であった。

 

 

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2014.05/23 高純度βSiC合成法の開発(5)

無機材質研究所へ留学するための手続きを兼ねてゴム会社の役員と直属の上司、当方と3人で終日出張した。T所長が特別に2時間面会してくださり、高純度SiCの将来性について講義してくださった。それから30年のSiCという材料の歴史を振り返ってみると、時間の尺度を除き、ほぼこの時の予想は当たっている。うれしかったのは、そのイノベーションに当方のビジョンが一役買う、と持ち上げてくださったことだ。

 

役員は、彼の論文は、あまりにも生々しいので会社ではボツになったが、わはは、と笑っていた。ここは笑うところではないだろう、と内心思ったが、直属の上司は、続けて、2年という話になっているが、3年4年と御指導して頂いて良いですから、と、当方が心配になるような冗談が飛び出した。そしたら無機材質研究所のグループ長I先生が、ここは学校ではないから長期間いても学位を取れないので、会社のサポートが重要ですよ、と真顔で答えてくださった。

 

I先生ならずとも一番びっくりしたのは当方で、まるで厄介者払いのように思われているのではないか、と心配になってきた。帰りの社有車の中で、本当に3年以上留学していて良いのか尋ねたら、海外留学には皆3年程度行っているので構わない、とあっさりとした回答だった。そしてT所長のお話と、バッテル研究所の調査レポートとの差異の議論になった。

 

バッテル研究所の調査レポートはゴム会社の企画部がまとめた市場調査レポートの種本のことであった。T所長が話された高純度SiCの将来性については、その調査レポートで軽く扱われており、高純度化のコストが負の要因として述べられていた。すなわちアチソン法で合成されたSiCをいくら低価格化できても、昇華法を数度繰り返して製造される高純度SiCは大変高価な材料になるとの予想がされていた。

 

フェノール樹脂300円、ポリエチルシリケート800円の原料を用いれば高くても1万円/kg以下で製造できる、と回答したら、直属の上司は、完全に相溶した前駆体ができているのかどうか分かっていないでしょう、と日頃言われたことのない発言をされたのでびっくりした。実験ノートをよく読んでいたのだ。

 

 

 

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