50周年記念論文は箸にも棒にもかからなかった残念な結果、と落ち込んでいたらファインセラミックスを研究できるチャンスが飛び込んできた。また。記念論文に書いた企画について、その実現可能性を大きく左右する高分子前駆体のリアクティブブレンド技術について詳しく確認できるチャンスが、フェノール樹脂の廃棄作業という形で生まれた。
ところが、研究所部長からエレクトロセラミックスであるペロブスカイトをアメリカで勉強してこい、と言われた。これは50周年記念論文では、脇役のシナリオであり、また世の中で当時起きていたセラミックスフィーバーでは、エンジニアリングセラミックスが話題の中心だった。そして、具体的な材料はSiCやSi3N4などの非酸化物セラミックスで、酸化物セラミックスは1960年末にブームとなった材料である。
希望テーマが会社の方針と異なることや留学先の問題もあったので、大学の先生にご相談したら、無機材質研究所が世界のトップを走っており、そこで相談すべきだと指導してくださった。特にSiCについては、日本が先端をリードしており、その研究の中心機関は無機材質研究所第三グループだった。さっそくグループ長に電話をかけ面会を申し込んだら断られた。
学会やセミナー情報を調べていたら、そのグループ長が講演するフォーラムがあったので出張で出かけて名刺交換しつつ、会社でボツとなった50周年記念論文を読んで頂いた。
面白い内容だと褒めて頂き、所内の調整の上連絡する、と前向きのご返事があり、会社の上司に報告した。しかし会社の上司から海外留学と決まっているからダメだと言われた。せっかく良い返事を頂けたのにどうしようか、とKに相談したら、人事部長に国内留学を発令してもらえばよいだけだ、と教えてくれた。
翌日本社へ出張し、人事部長に事情を話し、国内留学の発令を出して頂いた。研究所内の調整は人事部長と上司がやってくださったので、無事無機材質研究所へ上司と訪問することができた。この時の上司の評価で昇進が遅れることになるのだが、ホスファゼン変性ポリウレタン発泡体や燃焼時にガラスを生成する難燃化システムなど新入社員であった当方に自由な研究時間を作ってくださったことに感謝している。
本来担当ではない仕事などをサービス残業でこなさなければならず、休日出勤など世間から見ればブラックな思い出も多々あるが、働くという意味が貢献と自己実現であり、その両者を実行できる環境が与えられていたわけなのでやりがいはあった。
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フェノール樹脂を廃棄するために硬化させる作業は大変だった。しかし、この廃棄作業のおかげで、フェノール樹脂とポリエチルシリケートのリアクティブブレンドのアイデアを具体化することができた。後日思い出してみても運が良かった、といえる。この時の実験で得られた膨大なデータが無ければ、高純度βSiC合成法は生まれていなかった。
廃棄作業であるにも関わらず、実験ノートをつけた。それはメモ程度の書き方であったが、日時と時間を細かく記録した。単なる廃棄作業でもA4の実験ノートには4ページ隙間が無いほど観察記録が書かれていた。それは習慣の賜物であった。具体的に現象を記録することで観察が細かくなるメリットがありさらに記録することで深く考えるきっかけになる(注1)。
廃棄作業の実験では完璧な前駆体高分子を創り出すことはできなかった。しかし様々な重合度のフェノール樹脂を扱ったので前駆体高分子の合成に重合度の因子があるらしいことは見えてきた。さらに世界で初めての有機高分子と無機高分子のリアクティブブレンドの反応で生じる現象について詳細なデータが得られた。
Aさんは当方の研究に対する姿勢をご存じだったので、廃棄作業を楽しくやっていることについて何も言われなかったが、上司の主任研究員からは、「趣味で仕事をやるな」と注意をされた。ところが実験ノートを見せたところ、無言で去って行った(注2)。実験ノートはマジメに仕事を行っている証拠となった。
この実験ノートに書かれたメモがその後重要なデータとなるのだが、廃棄作業を行っているときには、この詳細なメモで人生の一大チャンスをモノにできる事態になるとは夢にも思わなかった。余談だが、実験ノートには、最低限日時と実験の経過時間だけでも記録する必要がある。時間のデータは、現象がどのような速度で起きていたのか重要な証拠となるからである。
何も書くことが無くても時間のデータだけは書いておくと良い。現象をチェックした間隔が後日分かるからである。実験ノートは後日それを見て検証できることが重要で、単なるメモ目的で書いてはいけない。ゆえに日時情報は重要である。
実験ノートの形式は様々だが、最低限記入すると良い一例を示すと、時間を記録する欄と実験目的、そして実験のゴール予想欄をどこかに必ず記入する場所を定めておくと良い。また、見開き2ページ分を一つの実験に使う形式が使いやすい。もったいないかもしれないが、一実験2ページを使用し、左上には実験の目的を、右上には、その実験のゴールを予想して書く。こうすることで仮説無しの実験を防ぐことができる。
とかく思いつきの実験をやってしまうことがあるが、どのような実験でも仮説を立てる習慣をつけることが研究者として大切で、実験の目的とその実験から得られるであろう結果、すなわち到達するゴールを書くことにより仮説を考えることになる。フェノール樹脂の廃棄作業の実験記録には、ゴールとして透明な前駆体高分子が得られること、と書かれていた。主任研究員が納得したのはこの欄の意味を理解していたからである(注3)
小保方さんの公開された実験ノートで一番ダメなのは記録された日時情報がない点である。下手なネズミの絵があったが、その絵が何の目的で描かれたのか、そしてどうなっていて欲しかったのか、も記入されていない。すなわち現象を観察したときに持っていた仮説情報である。仮説は間違っていることも多い。それが実験で確認され新たな仮説が設定され、真理に迫ってゆく。それが科学における実験の意味であり、実験が単なる作業と異なる点である。
サンプルとして収集されたフェノール樹脂の廃棄作業を廃棄作業として行えば、貴重なサンプルは単なるゴミとなる。中には高価な輸入品もあった。しかし、不要なサンプルでも新たな現象を見いだすための実験に用いれば貴重な検体として活用したことになる。さらにそこから20年以上も続く事業のシーズが生まれたのなら、サンプルを購入した金額以上に活用したことになる。
実際に、この廃棄作業からゴム会社で20年以上続いている半導体用SiCの事業のシーズが生まれた。すなわち高純度SiCの事業はゴミを活用して企画された事業であって、タイヤよりも売り上げ規模が小さいためにゴミのような事業と社内で噂されていたのは間違いである。
(注1)デジタル時代になって、パソコンを実験ノート代わりに使用する例もある。当方も一時期ワープロを実験ノート代わりに使用していた。しかし、紙に直接書く場合とワープロで記録する場合で明確に異なるのは、表現である。ワープロで書く場合には、なぜか情報が整理されて記録される。紙のノートには、日本語になっていない情報も書かれる。写真会社では会社から実験ノートが貸与されたので必ずノートに記入する必要があったのでワープロを打ち出し添付していた時期もある。今30年以上の研究生活を思い出してみたときに紙に書いた内容をリアルに思い出すことができるのは不思議だ。ワープロで打った内容については思い出せない事柄もある。
(注2)実験ノートは研究者にとって、その作業が仕事であることを証明する重要な証拠である。ハートマークが書かれているような実験ノートは単なるメモである。30歳にならなくてもその程度の理解はできているはずだ。理研の騒動で弁護士が単なるメモを実験ノートとして開示したのには疑問が残る。自ら適当に税金で遊んでいたことを白状しているような行為である。
(注3)このように今でも想像しているが、当時その程度も理解できない人だという陰口もあった。また、部下であった2年間陰口を否定するような姿を一度も見ることは無かった。しかしゴム会社で昇進が早かった方なのである程度の力量はあったと思いたい。どのような人物がどのような昇進をするのかは、組織の健全性の指標になる。理研の騒動では、理研という組織に多くの問題が存在することを世間に曝してしまった。学位論文の状態や、学位論文の図を新たな研究のデータとして使い回すのは、捏造という悪意よりも能力が無かった、と考えたほうが理解しやすい。能力の無い研究者をグループリーダーに雇用し、論文を書かせたので騒動が起きているのである。
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人事部から海外留学の内示を受けたが、直属の上司から数日話が無く不思議に思っていた。突然上司である主任研究員から呼び出しがあり、天井材はいつできる、と聞かれた。当方は入社してまだ2年程度の若輩なので不明である、と答えた。そしたら半年後までに仕上げよ、という。材料の基本処方もできていなくて、さらに天井材の商品仕様も決まっていない段階で答えられない、と述べたら、おもむろに海外留学の企画書を前に出して、この話が無くなるよ、と言い出した。
当時フェノール樹脂の天井材は、3人のプロジェクトで進められていたが、係長クラスのリーダーが長期病欠で、同じ年齢で社歴が5年先輩のAさんと二人で担当していた。当方は基礎技術担当でAさんは応用技術担当と仕事が分かれていたが、迷走状態であった。そもそもプロジェクトの最初にあった説明は調査研究のはずであったが、いつの間にか商品化研究テーマになっていた。
リーダーは長期休暇で、プロジェクトの全体計画も分からず、月一回の課内会議でプロジェクトのゴールだけが変わっていった。ある日後工程の部署がトラックで研究所まで乗りつけ、実験室にあったフェノール樹脂発泡体の設備一式を持って行ってしまった。
Aさんは仕事ができなくなるから困る、と抵抗していたが、後工程の課長が主任研究員からの指示で動いている、と一方的であった。上司と部下のコミュニケーションの問題であるが少々乱暴である。実験装置が無くなったので翌日からどうしようか、とAさんと相談したら、Aさんが大至急簡易実験装置を組み立てる、と言ってくれた。頼りになる先輩であった。当方は一連の動きが海外留学の内示とも関係していることが分かっていたが、内示段階なのでAさんに言えなかった。
Aさんは器用な人で社内にあった遊休設備を集めてきてとりあえず実験を行う事ができる環境を整えてくれた。そこへ主任研究員が現れ、天井材の評価技術1テーマだけ行えば良いことを伝えてきた。具体的な仕事の内容については、後工程のMさんと打ち合わせよ、との指示であった。相変わらず一方的な指示であった(注)。
翌日から仕事の内容が変わったので、集めてあった多数のフェノール樹脂材料を処分しなければならなかった。この処分について、液状物の社内処理ではコストと時間がかるのですべて固体で処理するように指示がきた。自ら志願してその担当を引き受けた。
(注)現場の状況を考えず、手配師のように仕事を進めるマネージャーがいる。仕事の中身がよく分かっていない管理職の場合、とにかく周囲との調整で仕事を流してゆくやり方を行う。主任研究員も天井材の商品仕様と材料設計の関係について理解していなかった。外部のレジンメーカーから樹脂を購入すれば簡単にできる、と勘違いしていたのである。この勘違いは係長のリーダーが長期病欠となる原因でもあった。当時フェノール樹脂発泡体は先端素材で、天井材の商品仕様を満たす材料は、それなりに高価であった。レジン販売を行わず、発泡体を完成品として販売している例もあった。安価な汎用レゾール樹脂で高防火性の発泡体システムを開発するのが課題であったが、当初掲げられたこの課題はいつの間にかどこかへ消え、外部のレジンメーカーの商品性能を評価する仕事になっていた。コストが合わなくなることが分かっていたので、ヤミ実験で安価なシステム開発を進めた。そしてそれが最終的に採用され、M社の天井材として販売された。成果は出たが、サービス残業で仕事を進めなければいけない辛い仕事であった。それにも関わらず、賞与を見て分かったことだが、その成果も評価されず逆にマイナス査定になっていた。ただ、この程度のことは主任研究員の場合には当たり前だ、と言われる人がいた。仕事を理解できていない管理職なので、理解していない仕事で正しい評価などできるわけがない、と慰めてくれる同僚がいたが、妙に説得力があった。サラリーマンはどのような環境でも腐ってはいけないのである。貢献と自己実現が働く意味であり、日々努力を続けられる環境がある限り前向きに働く努力が重要である。
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多くの企業の研究開発では、ステージゲート法あるいはそれに近い方法が導入されていると思われる。30年以上前にアメリカで話題になり日本に導入された方法だが、そのような研究開発の管理が成されていなかった頃の話である。
1980年代に新事業ブームがあり、各社異業種への参入が相次いだ。そのような時代にセラミックスフィーバーが起きたので、セラミックス市場への新規参入は1000社を越えたという。ゴム会社も創業50周年を迎え、CIを導入して社名からタイヤをはずし、ファインセラミックス、電池、メカトロニクスの三本の柱が社長方針として出され新規事業への意欲を従業員および社会に示した。
創業50周年記念を機会に、新規事業への関心を高めるための行事が幾つか行われたが、その一つに記念論文の募集があった。一席は10万円の賞金付きである。まだ新入社員の香りの残っていた当方は素直に応募した。しかし、同期のKは当方の論文を一読し、これでは10万円は取れないと言った。
内容は、ポリマーアロイを前駆体に用いて高純度セラミックスを合成し、ファインセラミックス市場へ参入する具体的な戦術(注)であったが戦略論は無くむしろ学術論文に近かった。実現方法が具体的に書かかれ、半導体市場をターゲットにした論文のような、まじめな内容ではこの会社の審査員には選ばれない、というのが同期のKの見解であった。
だったら一席を取れるような見本の論文を書いてみよ、と言ったらおもむろに事務局へ電話をかけて、どれだけ応募があるのか尋ね、呆れたことに〆切を延ばすように交渉していた。ところがすんなりと〆切が一週間延びた。理由は、〆切前日において応募件数がたったの一件で、今事務局が各部署へ応募を促しているところだ、という。たったの1件は、当方の論文である。
その後事務局の努力の甲斐があって50周年記念論文が多数集まったようだが、何と一席にはKの論文が選ばれた。一席から佳作の論文まで夢のような内容だったが、実現の可能性の高い現実的な当方の論文は佳作にも選ばれなかった。表彰式の後、Kは手にした10万円で当方を誘って二人だけのお祝いと残念会をした。
当方は正直に悔しいと告げ、Kが論文に書いていたブタと牛の合いの子のトンギューを育成するバイオ技術や、蓄熱ポリマーを用いた省エネ技術の具体的アイデアを尋ねてみた。
専門家ではないからそんな具体的なことは考えていない、と意外な答えであった。すなわち事業コンセプトを伝えることが大切で、大企業が記念論文募集で求める内容とはそんなものだ、とあっけらかんとしていた。これには脱帽であった。Kの企画マンとしての能力に驚くとともに学生気分が一気に吹っ飛び頭の中が180度回転する出来事だった。この飲み会の数日後人事部から電話が入り、海外留学の内示を受けた。
(注)当時軟質ポリウレタンフォームにガラス成分を安定なアルコキシドの状態で添加し、燃焼時にガラスを生成するコンセプトの難燃化技術を完成し、フェノール樹脂に水ガラスから抽出したケイ酸をナノ分散する技術を検討していた。M社向けプラスチック断熱材を使った天井材の開発を担当し、係長に相当するリーダーが長期病欠だったため、大変苦労していた時期である。
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フローリー・ハギンズ理論の教科書を見ていただきたい。
今 N0個の溶媒分子、N1 個の高分子があり、φ0 、φ1 を体積分率とするとφ0+φ1=1のとき、φ0=N0/(N0+xN1)、φ1=xN0/(N0+xN1)である。
エンタルピーの変化は溶媒‐溶媒間や高分子‐高分子間の接触に代わり、溶媒‐高分子という接触が生じると仮定して計算される。いま、混合時の体積変化を無視してこのような新しい接触が出来る際のエネルギー変化をe01 とし、 q個の溶媒‐高分子の接触ができたとすると、エンタルピーの変化はΔH=qe01 となる。
さらに、高分子は φ0xz個の溶媒に囲まれている( zは近接する座標の数)と考えることができるので、kTχ=z e01とおけば、混合エンタルピー を ΔH=RTχn0φ1と表せる。
ここでχ は、フローリーハギンズ理論で有名な相互作用をあらわす無次元量のパラメータで、この値が低いほど良溶媒であることを示す。
さて、ここで高分子―高分子間の接触を改めて考えると、χの値が正である場合は、相溶しないという結果になる。
昨日まで式を出さずに述べてきたが、改めて教科書の説明と現実がうまく合わないことに気がつかれたと思う。すでにχパラメーターが正の場合でも相溶する例を説明した。そもそも低分子の正則溶液の理論の考え方をそのまま利用しているところに無理がある。
また、溶媒と高分子の組み合わせでは、混合エントロピーの導入は比較的簡単そうに思われるが、高分子と高分子の場合には工夫が必要である。低分子は束縛無く動くことができるが、高分子は一本の紐状になってFH理論で考えているモノマー単位の自由度を奪っている。
またFH理論は非圧縮下で考察しているが、圧力が加わった場合には相溶しやすくなるはずである。その時混合エントロピーは小さくなると思われる。スリットを利用したカオス混合装置のアイデアはこのような考察から生まれた。
6月6日(金)に東工大で開催される高分子学会のフォーラムで招待講演者としてカオス混合装置の話をする。また、www.miragiken.com でも未来に向かって解決しなければいけない話題、高分子のツボに関する話を取り上げてゆくのでご覧ください。
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高分子技術者ならば、KKDでFH理論を眺めてみたときにそのおかしさに気がつくはずである。すなわち昨日書いたようにエントロピーの扱いを不思議に思うはずである。低分子の正則溶液の混合と高分子の混合ではエントロピーの扱いが大きく変わらなければいけない。さらにほとんどの高分子は多分散系であり、数学的な扱いもかなり煩雑になるはずである。
新入社員の頃、SP値を計算で求めてはいけない、と言われた。便利なSMALLの式があっても必ず有機溶媒にポリマーを溶解してみてその溶解性からSP値を求めるように言われた。サンプルビンにSP値の異なる有機溶剤を入れ実験台の上に並べ、そこへゴムを入れて溶解性を確認する作業は退屈な実験であった。
実験ノートに落書きもしたくなったが、溶解する様子を丁寧にノートに書き貯めた。現在のような便利なデジタル機器など無いので、文章表現力を磨く必要と注意深い観察眼が求められた。「溶けた」や「溶けない」だけではいけないのである。実験ノートには、一定量の溶媒にどれだけの量のゴムを溶解できたのか、またその時の溶け方はどのようであったのか、不溶解分は無かったのか、などきめ細かく書き留める必要があった。
週末には指導社員が実験ノートを見ながら正しくSP値が求められていたのか、そのノートから判断するのである。理研では許されても、ゴム会社ではハートマークなど実験ノートに書けない。そのような記号を書けば「実験中に**のことを考えている」と噂されてしまう。さらにだれでもわかる客観的な表現による記録が実験ノートには求められた。ドロドロ、ベトベトもだめだ。粘度を表現したいならば少なくとも粘度計で計測された値を書かなければならなかった。
おかげで週末に料理をやっていても目の前の状態から添加スピードを変化させたり添加順序を変えたり勘が働く。女房よりも調味料の分散だけはうまいという自信はこの時の実験で身についた。味にムラができるので味の素や砂糖、塩などを無造作に添加してはいけない。ゴム粉でも添加方法が悪いとダマダマになる。溶けないように見えても、すこしずつ撹拌しながら添加するときれいに溶ける場合がある。だから、手抜きをするとSP値が不明になったりする。酢豚で少し塩味が足らないから、と最後に塩を無造作に入れると塩の塊のついた豚肉料理ができたりする。イオン結晶だからいつでも簡単に溶解すると誤解してはいけない。
また、低分子溶媒へ高分子を分散する時に分子量の効果が現れることは素人でも気がつくと思っていたが、写真会社へ転職して驚いた。FH理論を知らなくても構わないが、高分子に分子量という因子があり、それが溶解性に影響を与えていることを知らない人がいた。温度をあげれば何でも簡単に溶解するという誤解もあった(注)。
FH理論のχパラメーターは温度の逆数と相関する式なので、温度を上げた時に生じる現象では、χは小さくなり相溶しやすくなるはずである。しかしそのようにならない場合も存在する。側鎖基に嵩高い基を持ったポリオレフィンにポリスチレン系TPEを相溶させて透明な樹脂を作ったが、それを加熱していったら、ポリスチレンのTgあたりで白濁してきたのである。
この現象はFH理論のχパラメータで説明ができない。さらに面白いのはポリオレフィンのTg近辺でまた透明になるのである。ポリスチレンのTgからポリオレフィンのTgの間で相分離したのがまた相溶し透明になる、というおかしな現象である。マトリックスを構成しているポリオレフィンはTgよりも15℃以上高くならないと加重をかけていない状態では変形しないのでこの現象を可逆的に観察することが出来た。
(注)化学系の学部を出てきて高分子科学の実験を行っている、といってもそれなりの知識があるとは限らないのでOJTが重要になってくる。知識の有無を見抜くのは大変である。知識が無い人という扱いをするとモラールが下がる場合もある。知識があるという前提で指導してもおかしなことが二つ三つ見つかったら知識が不足していると諦め、教育をしなければいけない。このあたりは企業により考え方が異なり、ゴム会社では丁寧な現場教育が慣習になっていたが、写真会社でそれを行っていたら上司から注意を受けた。理研のように未熟な人を全く指導しないという風土もある。未熟も自己責任という考え方である。しかし、30過ぎても未熟と言い訳をされては困るのである。当方は30過ぎたときに、一人で高純度SiCの事業化という死の谷を歩いていた。マーケティングから学会発表まで一人で全て行うのは大変だったが、稀に役員の方が様子を見に来てくれて、大きな会社でありながら社長までガラス張りの環境で仕事ができて楽しかった。
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FH理論の物理学的な基礎事項には、ポリマーの混合におけるエントロピーとエンタルピーの扱いが含まれている。この点は、低分子における正則溶液の混合における扱いとどういう関係にあるのだろうか。
低分子の混合で考察される混合エントロピーの大きな効果は、一般に液相における混和現象に基づくもので、混合によるエンタルピーの扱いではあまり好ましくないためである。低分子の流動性における混合のエントロピーは、分子が自由に混ざり合って集まる状態を全て予測して求める、すなわちコンビナトリアル的なエントロピーである。
手元に教科書があれば見て頂きたいが、これはΣiNiln(Ni)に相関する。ここでNiは、系におけるiという種類の分子の個数を表す。ポリマーにこの考え方を拡張したFH理論では、この項をΣiNiln(φi)に置き換えている。なおφiは、あるポリマーiの体積分率を表す。
各ポリマーは、モノマーの重合によってできている。すなわち、ポリマー一分子には大量のモノマーが含まれている。しかし、ポリマーの混合物を熱力学的に捉える時の分子の個数は、これに比較して少ない。なぜならモノマーa個で1個のポリマーができるので、b個ポリマーが存在すれば、モノマー単位はaxb個存在することになるからである。
ここから得られる結論は、低分子の場合に比較してポリマーの混合のエントロピーは小さく、その相溶性を促進させるエントロピー的な力は弱いということになる。これでは以前この欄で紹介したが立体的に嵩高い側鎖基を持ったポリオレフィンとポリスチレン系TPEとの相溶を考えるときに矛盾が出てくる。
科学的な矛盾を承知し、自らの経験を信じPPSと6ナイロンをその間隔が1mm前後の平行なスリットへ通したら相溶し透明になった。FH理論を考えてきた経験で、すでに科学で説明された事柄でも技術者の長年の経験と合致しないところは、一度経験知で見直した方が良い、と言える。
第三者はそれをKKDによる開発と呼び、中には軽蔑する人もいるが、KKDが大きな発見をもたらし、新たな科学を創り出す事がある。少なくとも科学の存在しない時代には、KKDによる自然現象への取り組みが成されていた。科学の時代においてもKKDは時として大きな発見を導き出す。
例えばSTAP細胞は、植物では起きる現象だが動物では起きない、という科学的常識が、度胸のあるリケジョによりひっくり返され生み出された新たな科学の領域である。理研の笹井副センター長が記者会見でそれに近い発言をされた。経験豊かな日本のトップランナーがリケジョに引きづられた結果KKDでSTAP細胞の科学の世界が生み出されたのは新聞や週刊紙の報じるところである。理研という国民の税金で運営されているレベルの高い場所で作成されたイタヅラ書き程度の実験ノートは、その度胸の大きさを物語っている。
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FH理論は、無理矢理個々の高分子鎖を平面に組み込む、単純な格子理論である。このモデルを実際の現象で表現するならば、高分子がTm以上で完全に溶融し、液相を形成して混ざりあっている状態である。高分子のモノマー単位を一つの格子にそれぞれ当てはめているために、モデルの図を見る限り、ランダムに入っているように見える。
実際の溶融した高分子がこのモデルのように一つの格子に一つのモノマー構造を当てはめるようなコンフォメーションをとれるならば、このモデルを使って相溶という現象を熱力学でうまく説明することが可能である。
ところが現実の溶融した高分子は分子運動しており、様々なコンフォメーションを取るので、厳密な配置計算は明らかに実現不可能である。すなわち単純な格子モデルを用いたFH理論のような現象が起きないだけでなく、仮にそのような現象が起きたとしても一瞬にモデルとは異なる配置になると予想される。
一方で高分子融体についてレオロジーデータでやや怪しいデータに出会うことがある。自分が測定した動粘度よりも高いデータがあるのだ。注意深い研究者ならば、高分子融体が分子鎖一本一本の自由運動で構成されていないのではないかという疑問を持っているので、測定条件を変えて測定を行ったりして間違いに気がつく。
高分子の種類によっては、凝集力が強く高分子一本一本に遊離しにくい場合もある。そのような高分子の場合、高分子融体のレオロジー測定では注意が必要である。例えばPPSについて説明すると、測定器にサンプルをセットしTm以上に昇温しただけでは安定した融体の動粘度を測定することができない。サンプルセット後一定時間不連続な歪みをかけて測定器で混練し高分子鎖をほぐしてやらなければうまく測定できない。
10年以上前に推進された国研、「高分子の精密制御プロジェクト」の成果で、この10年間に高分子鎖1本のレオロジーデータも多数公開されてきている。高分子鎖一本のデータは、今ようやく得られつつある状態なのだ。あらためてFH理論について大胆なモデルで考え直す研究者が現れても良いと思う。FH理論の改良は実務上大変有益な成果をもたらす。STAP細胞と同等以上のイノベーションを引き起こす可能性がある。
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フローリー・ハギンズ理論(FH理論)は、高分子のモノマーに着目すると低分子の正則溶液に関する考え方と大差ない。だからSP値と相関してもおかしくない。しかし実際の高分子の混合では、高分子特有の「一本のヒモである」分子構造の形が影響するはずである。あるいはスター型や枝分かれした複雑な分子構造の相溶であれば単純にモノマー構造だけで考察しているFH理論とズレが生じるはずである。
そのためFH理論の拡張あるいは改良を目的とした研究も行われているが、今ひとつ決定打が無いために、相溶の説明のために一般の教科書ではFH理論が書かれている。確かにFH理論は初学者には理解しやすい考え方であるが、現象に合っていない部分が多いため、単純な考え方でうまく説明されると時として現象を見誤る場合やアイデアを生み出す障害になったりする。
例えばSTAP細胞の騒動はその例で、植物細胞ではSTAP現象が生じるが動物の細胞ではSTAP現象が生じない、というのが30年近く定説になっていた。それに対して、生物学について科学に対する意識は低いがやる気満々の研究者がSTAP現象を発見し、理研が揺れ動いている。おそらくハーバード大で実験を行った人物が優秀な研究者であったならSTAP現象を見落としていたに違いない。
学位論文の20ページ前後を平気でコピペして仕上げるちゃっかり者の研究者(注1)であったためにそのおかしさに気がつき発見に至り今回の大騒ぎになっている。知識が少ない、ということは先入観にとらわれる危険性が低いことを意味する。
当方もFH理論を疑問に感じたのは、ゴム会社に入って樹脂補強ゴムの研究を始めたばかりのかけだしで、専門知識の乏しいときである(注2)。FH理論を疑っていることについて周囲は冷淡であった。馬鹿にする人もいた。唯一指導社員だけは良き理解者で、カオス混合という概念を教えてくれた。但し、「連続生産で誰も実現できていない方法だが君ならできる」とどのように理解したら良いのか分からない激励の言葉が添えられていた。しかし、この言葉を素直に捉えてFH理論が研究開発に重要となる機会がある度にアイデアを考えてきた。
リアクティブブレンドによる半導体用高純度SiCの前駆体高分子の開発や、ポリオレフィンとポリスチレン系TPEとの相溶実験、そしてPPSと6ナイロンの相溶を実現するプロセス開発は、知識の乏しいときに素直に疑問に思って出てきたアイデアを32年間忘れずに実験してきた成果である。素人でも真摯に努力を続け年を重ねるとそれなりの成果を出せる。
(注1)もっともそのような学位論文に対して平気で学位授与する大学は大問題だが、このような問題は昔から放置されている。ゆえに博士であっても研究開発を満足にできない人が社会に出てきている。
(注2)科学に対する大卒レベルの知識はあった。卒業論文でさえも他人の論文のコピペは悪いことだという意識から実験ノートの書き方の常識だけでなく武谷三男氏やマッハ、湯川秀樹氏の著作物なども読んでいた。
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科学では真理を明らかにすることが重要なゴールになるが、技術では機能実現の方法をさぐることがその使命になる。フローリー・ハギンズ理論から非相溶系となる高分子の組み合わせでもその相溶状態で得られる物性を機能として用いたいときには、その方法を幾つか用意しようとする行為は科学的にナンセンスでも技術的には意味のあることである。
32年間いろいろ考えてきたが、高分子の専門家が誰でも思いつくのが、相溶化剤を用いる方法で、これはすでに各種ポリマーアロイの開発に多く用いられている。相溶化剤を用いないという条件では、リアクティブブレンドが唯一の科学的にも成立する方法である。しかし、これは反応条件を選ぶことができるのかどうか、あるいは反応サイトが必要だという制約があり、汎用的ではない。
ここで相溶化剤を用いる方法があるので、それで機能実現するには十分と言われるかもしれないが、相溶化剤を使用できない場合も技術の現場には存在する。例えばもう過去の遺物となったが、ハロゲン化銀を用いる感材では、乳剤層に悪影響を与えない材料以外用いることができない。あるいは感材以外の他の領域全てに共通な例として特殊なケースとなるが、技術の分かっていない担当者が適当に考えた材料を設計段階で採用し、その仕事を製品化間際で引き継いだときなど新たな配合設計をすることができない、という状況になる。
そのほかに知財の制約、力学物性の制約、高次構造を相溶化剤を使用したときよりも小さくしたいなど相溶化剤を使用できないケースは意外に少なからず存在する。ゆえに非相溶系の高分子の組み合わせでも相溶系に近い状態で使用できる技術手段を用意しておくことは意味がある。
ラテックス状態で混合する方法は、コストがかかるが汎用的方法と言える。特に表面処理工程では有効な方法である。相溶化剤は時としてブリードアウトの原因物質になることもあるが、ラテックス状態で混合し作成された単膜のブリードアウトテストでは、せいぜい界面活性剤が出てくるくらいである。
但し、ラテックスで混合された材料を一般の混練機で混練してはいけない。高次構造が大きく成長することがあるからだ。高次構造のサイズが大きくなると材料物性に影響が出る。高次構造のサイズを小さくできる混練方法はカオス混合である。カオス混合を用いると極めてサイズの小さい高次構造を作り出すことができる。組み合わせによっては相溶状態を創り出すことも可能だ。
あとは特殊な方法だが、分子の立体構造に着目し、錠と鍵の関係になるような高分子の組み合わせを探るという面白いアイデアがあるが、時間や精神的余裕のあるとき以外では行わない方が良い。このアイデアの応用として分子のエントロピーに着目したプロセシング、カオス混合が高次構造を小さくする目的で使用でき、分子の緩和時間が長ければTg以下へ急速冷却することで相溶状態を維持した材料を創り出すことができる。
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