例えば数値を入力し、計算させるプログラムをC言語で作るならば、入力部分の設計から行わなければならない。
自分だけが使用するプログラムならそれは適当でもよいが、他の人が使用することを考えると、その部分のデザインだけで1日程度かかる。Lattice Cでは、C-Entryというツールが早くから販売されていたのでこれを使用するとそれが2時間程度に短縮される。
ところが現代では統合開発環境でVisual C#を使用すると、1時間もかからない。統合開発環境を立ち上げたときに表示されているフォームにコントロール部品を配置すれば、それでC-Entryよりも見栄えのする入力デザインが完成する。
デザインだけではない。もうそれで立派なプログラムがバックで自動的に書かれているのだ。さらにそのままコンパイルもできる。
例えば、テキストボックスに数値XXを入力して、OKボタンをクリックすると、「「XX」が入力されました」と表示されるプログラムでは、次のように作成して行く。
まず、ツールボックスにある「Label]をフォームにドラッグ&ドロップして2つ貼り付ける。次にテキストボックスとボタンを同様にフォームへ貼り付けてゆく。
この作業において、数値を入力するテキストボックスの位置や、その説明(Label1)、及び出力(Labe12)、OKボタンの位置などを自分の好きなように配置する。これで入力部分のデザインは半分完成する。
MS-DOSの時代からは考えられないような便利な時代になった。ただし、便利になったおかげで、コンピュータのハードウェアに対するアクセスなど考える必要がなくなり、ハードウェアーの動作がさっぱり分からなくなった。
自分に必要なプログラムを必要なときだけ作成する時代になったのだろう。プログラミング環境は30年前よりも格段に良くなった。
簡単な計算プログラムであればExcelで済んでしまう。例えばタグチメソッドのSN比の計算でも一つの実験計画専用にExcelで表作成すれば一応一人で使う分には用足りる。計算結果のグラフも簡単に出せる。
しかし、技術者ならばExcelだけで満足せず、C#に取り組んでほしい。最近はPythonも使いやすくなったがWINDOWS環境ではC#は標準言語となっている。
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MZ-80kを使用していたときには、画面のデザインにあまり関心を払わなかった。CRTが小さくモノクロだったのと画面操作のコマンド類がプログラミング言語で多くサポートされていなかったからだ。
もっとも計算結果を得るだけならばそれで十分だった。グラフが欲しければプリンターやプロッターへ出力していた。当時渡辺測機から本格的なパーソナルプロッターが販売されていた。
画面表示のハードウェアーが貧弱だったので周辺機器が進歩していたのだ。第二精工社のプリンターはCRTよりも精度が高く、プロッターはさらに高精度だった。それらが10万円台で手に入ったのだ。
当時の大卒新入社員の初任給は12万円前後なので1ケ月分の給与で会社で使用している、価格が10倍以上の装置と同程度の性能のハードウェアーが個人で手に入る時代になっていた。
会社で実験したデータは独身寮に持ち帰りMZ80Kで処理していた。ゆえに当時は会社の研修で学んだ統計処理技術をふんだんに実務に用いていた。多変量解析など不要なデータにまで用いていた。
8bitから16bitへ移行する時代にCRTの進歩が著しかった。高精細のCRTが5万円以下で購入できるようになり、手軽にそのハードコピーをとれるようにプリンターのドラバーが設計されていた。ゆえにデータの出力をまずCRTに行うようなプログラムを書く必要があったが、プログラミング環境は貧弱な状態だった。
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学生時代に学んだプログラミング言語はFORTRANだった。現代の様な情報工学など無かったので、コンピューターの授業もその使用法が半分で、残りはその実習だった。一応動作するプログラムを仕上げるまでが単位の条件だった。
分子軌道法の授業では、結構難解なプログラムの一例が印刷物として配布されていたが、結局は単なる見世物の様な状態でそれ以上の説明は無かった。
大学院に進学したころにマイクロコンピューターの論文を読んだ。たまたま図書室に失敗したコピーとして捨てられていたその論文は、衝撃的だった。
とにかくA4前後の大きさのボードにLED表示板がついており、キーボードをつないで入力作業と計算ができるボードコンピューターの紹介だったが、その小ささに驚いた。
機械語で動いている、という説明を理解できず、生協の書店へ飛び込んだが、どの本を読めばよいのかわからず、コンピューターの授業を担当していた教授に相談に行ったら、FORTRANができればよい、と指導された。
しかし、時代の動きは早かった。就職してMZ-80Kを慌てて購入し自分で勉強する以外に道なし、とばかりに、コンピューターにお金をつぎ込んでいった。就職して4年目にはBASICを卒業し、FORTHとアセンブラーが使えるようになっていた。
MZ-80Kで動いていたFORTHは、使いやすかった。もともとFORTHはマイコン用プログラム言語として開発されており、軽量な設計だった。Cを使い始めたのは、PC9801F2を購入し、MS-DOSの不便さからだった。
当時はコンピューターのOS自身が不便であり、ファイル操作も含めDOSレベルのプログラムを作る必要があり、FORTHとかCはその点便利な言語だった。ただ、現在のWINDOWSのプログラミング環境に較べると、コストが高く不便な環境と思い出される。
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300種類の界面活性剤について、カタログデータを用いて主成分分析を行うと、それらを幾つかの群に分類することができた。この処理で得られた結果は、統計的に偶然得られた関係である。これが科学的に意味のある関係かどうか、すなわち形式知として認められるかどうかは、統計的な意味と科学的な意味とのすりあわせ考察を行い、そこに普遍的な関係を見出だし、実証実験を行い、形式知として、改めて考察しなおさなければいけない。
しかし、技術開発に使うだけであれば、この分類された結果を一つの「機能分類表」と捉えノウハウあるいは実践知としてそのまま活用可能である。軟質ポリウレタンフォームの報告書を書くために作成した界面活性剤の分類マップをERFの劣化問題でも活用した。すなわち、増粘したERFを200個の試薬ビンに分けとり(注1)、それぞれにすべての群から選ばれた界面活性剤を一種類ずつ添加し変化を観察したのである。
この作業を形式知としてよく用いられるHLB値だけを頼りに行うと、昨日説明したような理由で最適な界面活性剤を見落とすことになる(注2)。実践知を用いて、すべての条件を実験するという姿勢が大切である。
また、界面活性剤はいろいろな分野で用いられるキー素材であり、等しいHLB値でも分野が異なると用いられる界面活性剤の分子構造が大きく異なっている場合も多い。表面界面の科学は21世紀の今日でも新しい研究論文が出ているような分野なので、形式知だけですべてを語ることは難しい、と思った方が良い。その道の職人の意見の方が、アカデミアの先生の意見よりも正しい時がある。
研究として界面活性剤の検討を真面目に行うと大変な工数がかかるが、界面活性剤の特定の機能だけを調べたいのであれば、実験計画そのものを簡単にできる。
ERFの劣化問題では、粘度を下げることができる界面活性剤を見つけるだけ(注3)なので、200個の試薬ビンを一晩静置し、翌朝粘度の下がっている試薬ビンを見つければよいだけである。この探し方も、目の前で試薬ビンを振り観察するだけの簡単な作業で済む。目視で粘度変化が分かるくらいの効果が現れない界面活性剤では、実際に用いることができない。
ところで、軟質ポリウレタン発泡体の場合には、界面活性剤とイソシアネート以外の成分をあらかじめ大量に混合しておき、ここから紙コップで分取して、紙コップの中で界面活性剤とイソシアネートを添加した時の反応を観察するだけの簡単な作業で簡単に最適な界面活性剤を見出すことができた。
以上のように、形式知に頼り真面目に実験を行っても、漏れがあったならば、長時間かけて否定的な結論しか得られないが、漏れがないようにすべてのケースについて(その結果、実験数は膨大になるが)実践知を活用して機能だけを追求する(その結果、実験時間を短縮できる)ような実験を行えば、短期間で技術シーズを見出すことができる。
この連載で伝えたいことは、何でも科学的に行おうという考え方をそろそろ見直したほうが良いのではないか、と言うことである。科学は技術者にとって便利で大切な哲学であるが、形式知が不足している分野では、それを使って問題解決できない場合も出てくる。しかし非科学的な方法で問題解決できるならば、それは良い方法で活用すべきである。iPS細胞の研究も非科学的問題解決法から始まっている。
(注1)この時手元には200種類の界面活性剤しか用意していなかった。
(注2)実際に複数のスタッフが一年以上界面活性剤の検討を行ったが、この問題を解決できる界面活性剤を見つけることができなかった。HLB値を頼りに100種の界面活性剤について実験を行ったそうだが、それでも見落としているのである(当方は偶然二倍の量だったが実験は一晩である)。科学は普遍的な真理を提供してくれるが、それは自然現象をモデル化したある側面の真理であることを忘れてはいけない。
(注3)繰り返しになるが、ゴムに封入されたERFの機能が喪失した現象を問題として捉えるときに、(1)増粘しているERFに着目する、(2)ゴムに着目する、(3)ゴムとERFの界面に着目するという3つの視点がある。当方にお手伝いの依頼が来たときには、(1)の視点については解決策が無い、という結論が出され、難しい(2)と(3)の視点で問題解決しようという方針が立てられていたようだ。しかし、そのような方針すら知らされなかったので、まず一番解決しやすいと思われる(それゆえ依頼してきたマネージャーも最初に取り組み否定証明で解決策無しという結論をだした。)(1)の視点で実験に取り組んだ。同じ部門でありながら、奇妙な秘密主義のおかげで問題解決が早くできた。
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常圧焼結よりもホットプレス焼結が容易な理由は、焼結反応時にかかっている圧力に違いがあり、ホットプレス焼結では、その圧力で異常粒成長が抑制されるため、と言われている。
高純度SiCの事業化で苦戦しているときに、切削工具の企画を立案せよと指示が出た。この時の企画は「まずモノを持って来い」企画である。SiCは鉄と反応するので切削工具は難しいと言われていた。しかし、そんなことは言っておれない。
一発勝負でSi-Ti-B-Al-C系の組成で切削チップを開発することにした。当時クラチメソッドという怪しい方法を開発していたのでその方法を用いた。この方法はタグチメソッドと似ており、ラテン方格を用いる。但し外側因子には相関係数を割り当てる。切削チップなので、硬度測定における荷重と特殊な圧痕サイズから求めた相関係数を用いた。
実験計画法と同様の方法で相関係数が最小になる、すなわち圧痕がつきにくい材料組成を求めたところ、複合組成にもかかわらずSiC並の硬度の組成を見いだすことができた。驚くべきことに硬度はSiC並だが、靱性は部分安定化ジルコニアに近かった。
この開発で驚いたもう一つあり、それはホットプレス焼結における挙動だ。収縮カーブのモニタリングデータから、この組成において液相ができる領域があり、それを活用すると低温度で焼結できることも発見した。
その他にも興味深い現象が観察されたが、まずモノを作る必要から、最良組成の試料で、実際に切削チップを作って鋳鉄を削ってみた。切削チップは和井田製作所のご協力を得て製造し、鋳鉄の研削は赤羽の工業試験所で指導してもらい実験を行った。
結果は大成功でSiCで鋳鉄の切削ができ、工業試験所の先生もびっくりされていた。早速企画にまとめ研究テーマとして半年遂行したが、マーケッターの報告から、今回得られた組成を中心とした事業ではマーケット規模が小さいことがわかり開発中断を申し出た。
住友金属工業と半導体治工具のJVを立ち上げるまで、このような事業企画は数多く検討されたが、技術的な理由ではなく、マーケット規模ですべてアウトになっていた。半導体治工具の事業も一度つぶれた企画である。しかし、住友金属工業が当時としてはそれなりのマーケットを持っていたので、会社からJVの許可が下り20年以上経過した現在まで事業として続いている。
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中間転写ベルトのコンパウンドは、子会社の敷地を間借りして建設されたプラントで現在も生産が続けられている(現在はリスク管理の観点から国内2ケ所で生産を行っている)。科学では説明できない6ナイロンとPPSが相溶したコンパウンドが、技術で組み立てられた生産体制で品質が安定に維持(注)され、後工程の押出成形で高品質のベルト生産を可能としている。
科学の知の体系では、二相に相分離すべき系である。当初の材料設計では、この考え方に沿って開発が進められた。しかし、技術として完成できなかっただけでなく、分析を科学的に進めてもその原因を解明できなかった。
科学的に解決困難に見えたのだが、電気粘性流体の増粘の問題や酸化スズゾル薄膜の導電性問題のように、ウェルド部分では必ずこのような現象が生じるため、この技術を完成させることは不可能だという論法で前任者は否定証明を行わず、技術を完成させる意志決定をして当方に相談に来た。科学的手順でゆきづまったらヒューマンプロセスに頼る賢明さが大切である。
ところで、科学の知の体系では高分子のプロセシングの効果に関する情報が不足している。理由は、多くの高分子材料が非平衡で進行するプロセシングにより生産されているからである。これは科学的な解明が難しく、今でも研究が行われているテーマである。しかし技術では技術者の想像力により、異分野で行われている類似のプロセシングを応用することができる。そして異分野で成功した事例で起きている変化を活用し新たな材料を作り出すことができる(アナロジーの活用はヒューマンプロセスの一つ)。
技術者の知の体系では、アナロジーは重要な手段で、科学の知の体系では想像のつかない技術を生み出す原動力になっている。科学で未解明の現象でも、アナロジーにより機能を絞り出し、技術の実体として実現できる。
科学以外を排除するマネジメントでは、このような技術を生み出す土壌は育たない。TRIZやUSITなどのツールを用いて技術を科学で支配し、開発を論理的に進めることは科学の勉強になるかもしれない。しかし、実践知や暗黙知を軽蔑する風土では、形式知を超える技術を生み出すことが難しくなる。
6ナイロンとPPSが相溶し、しなやかなベルトを生み出すコンパウンドに科学的な解説を与えることは難しいが、カオス混合という技術について実践知と暗黙知がどのように生かされたのか説明することはできる。昨年高分子学会から招待されて、すでに公開された資料とその後の研究成果を基に1時間の講演を行っった。また、暑くて眠れない夜には、フローリー・ハギンズ理論の見直しを行い、睡眠不足解消に役立っている。
(注)ベルトの電気特性をコンパウンド段階でチェックしている。その結果、工場出荷されたコンパウンドでエラーが一度も起きていないという。弊社の研究開発必勝法を用いて短期間にプラント立ち上げから品質管理体制まで当方含め3人で行った。高純度SiCのプラントと同様に小平製作所に助けていただいた。
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部下のマネージャーが成功したサンプルを見て、成功はしたけれど製品には載せられないですね、としたり顔で言い始めた。何故だ、と尋ねたら、デザインレビュー(DR)をやっていないから、というのがその答えだった(注)。
ここに至るまでの彼の姿勢から不誠実極まりない回答と感じたが、まさかできるとは思わなかったからすぐにやってみることに賛成した、と言うのである。すなわち失敗すればアイデアを諦めてグループリーダーの役目に戻る、と思った、といい、本心はグループのマネジメントを心配しての対応だったようだ。
正直なマネージャーである。不誠実と思ったが、彼は彼なりに20名近くのグループの運営を心配していたのである。君がグループリーダーをやれ、といったら彼は、それはむちゃな回答です、人事上ありえない、という。それにDRはステージゲート法に似ていて、各段階を踏んでステップアップしなければいけないので5ケ月ですべてのゲートを通過することは難しい、と教えてくれた。
一か月に3回ゲートを通過すれば、2ケ月後には、今検討している材料と同じファイナルステージになる、と言ったら、健康に気をつけてどうぞご自由に、となった。
DRの資料作りは徹夜すれば可能なので、一人で進められるが、問題は実験データである。部下のマネージャーは極めて堅物なので捏造でもしたら、その時点で新提案のプロジェクトは終了となってしまう。
新薬の開発などでデータを捏造をしたりするのは、おそらく薬が完成すればそれでもう商品ができた、という技術者の思い上がりが原因だろう。薬は人体への副作用なども明らかになって初めて完成する商品である。だから臨床データの捏造は許されない。
今回の中間転写ベルトについて、ベルトの押出成形機でコンパウンドを製造する、というプロセスは、その繰り返し再現性も確認していた。また、そのコンパウンドを用いて製造されたベルトを旧製品に取り付け絵出しを行い、PIベルトよりも美しい絵が出ることを確認できていた。
問題なのはコンパウンドの量産機が無い点である。ファイナルステージの手前のDRだけで許してもらえないのか、とマネージャーに相談したら、そんな馬鹿なことを言ったら品証部に叱られる、と悲鳴にも聞こえかねない回答が返ってきた。下手な回答をしたら、社内の調整を始めかねない困った上司に見えたのかもしれない。
DRのようなゲートを用いた管理はステージゲート法が有名で20年ほど前から日本でも普及していたが、当方は各社の実施状況を高分子同友会の開発部会など企業人の勉強会で話を聞き、この方法に疑問を感じていた。
すなわち開発スピードが要求される時代にウオーターフローのような開発の進め方をして良いのかという問題である。ゴム会社ではもっと気の利いた開発方法を行っていたが、そのおかげで高純度SiCの事業は立ち上がり、30年たった今でも事業が継続している。
今回の場合、ゴム会社であれば、すぐにやれ、という判断をトップが簡単に出してくれただろう。そしてトップは品質保証部に品質保証体制の構築の指示を出したと思われる。高純度SiCの事業立ち上げはそうだった。品質保証体制はすべて品質保証部が整えてくださった。しかし、今回は、仕様書も含め品質保証体制つくりも自分たちで行わなければいけない。それも5ケ月未満でプラント立ち上げとコンパウンドの品質検査方法も開発しなければいけない!コンパウンド技術の基盤もない会社でできるのか?
(注)今日の話は、苦労の状況をお伝えするために一部フィクションを書いている。実際には部下のマネージャーは二人いた。一人は極めてまじめで、仕事を誠実にこなすマネージャーだった。彼にマネージメントの仕事を託すことができたので、当方はコンパウンドのプラント建設に集中でき、感謝している。ただ最も大きな障害となったのは、DRを通過させる作業だった。このあたりは、書けない話もある。しかし、新製品の発売タイミングに支障をきたすことなく無事コンパウンド工場を立ち上げることができたので、終わりよければすべてよし、と気持ちよく退職するはずだった。しかし、この仕事以外に新たな仕事をすることになり、退職が一年延びて、最終日2011年3月11日は記憶に残る日となった。
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技術の知恵の構造体が明確になっていると、アイデアを具体化しやすいばかりでなく、その実体を作り出す方法も見えてくる。もしその機能を創りだすために代用できる道具が身近にあるならば、それを活用して実体を作り出せばよい。この時その道具の本来備えている機能と全く異なる場合もあるが、代用できれば何でも良い。
新しい非科学的アイデアであるPPSと6ナイロンを相溶させるカオス混合で必要な機能は、急速に引き延ばし、すばやく折りたたむプロセスである。また6ナイロンをPPSに相溶後それを急冷しなければ相分離が始まる可能性がある(注1)ので、混練後急冷するプロセスが必要になる。
詳細な説明は省略するが、身近にあったベルト押出成形機がそれらの機能を備えていた(注2)。不完全な部分は「急速に」という点だけだった。実験用の押出機にはトルクと回転速度の大きなモーターが運良くついていたので、外部のコンパウンドメーカーの製造したペレットを押出機の能力限界を超えた速度で押し出してみた。サイジングダイには水を流し、押し出されたクチャクチャのベルトをそれで急冷した。
10kgほど強引に押出し、粉砕器でそれらを粉砕した。電子顕微鏡写真を見てびっくりした。6ナイロンの島は狙い通り無くなり、カーボンのソフト凝集体がうまくできていたのである。
一応その高次構造ができることを期待した実験ではあるが、あまりにも期待通りの高次構造が一発でできたので、そのような場合には、心の準備ができていてもやはり驚く。これは、30歳の時に無機材質研究所で初めて高純度SiCを合成できた時と同様の感動した驚きである。いくつになってもこのような感動は心地よい興奮を伴い天に上るような不思議な気持ちとなる。ましてや今回は30年近く温めてきたアイデアである。そのアイデアを試すチャンスが不運の処遇で訪れただけでなくその実現にも成功したのである。
理想通りのコンパウンドができたので、翌日それでベルトを成形してみた。周方向の電気特性を測定し、こんどは思わず涙が出てきた。PI製ベルトよりも精度の良い抵抗安定性だったからだ。6ナイロンがPPSに相溶していたので、脆さはMIT値でPPS単体の50倍以上となった。品質特性をすべて満たしPIよりも電気特性が優れたベルトを簡単に作ることができたと同時にカオス混合の条件と得られる機能も確認することができた。
(注1)科学的可能性なので対策は必須である。この技術を創りだしてわかったことだが、PPSと6ナイロンのスピノーダル分解速度は遅く、また流動状態ではこれが極めて遅いこともわかった。これは技術を創り上げる上において幸運な現象だった。このように技術を作ってみて初めてわかる科学もある。iPS細胞もそのような幸運があったので成功している。
(注2)どのような押出成形機でもこの機能を備えているわけではない。この時の金型形状は現場で5年間改良されてきた特殊な形状だった。驚くべきことは、その改良点には科学的意味があり、マトリックスが単一成分の時に発生した問題は、ウェルドも含め不完全ではあるが改善されていた。この部分は科学と技術の違いや科学的に解明されていない世界で科学的に問題解決した時に生じる問題を論じるには適した例であるが、そこには偶然様々な技術が生まれていたので、ここでその詳細を公開できない。ちなみにPPSだけの場合にこの金型で押出成形を行うと歩留まり30%程度で低価格プリンターにかろうじて使用できるレベルとなる。
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バンバリーと技を用いて混練したコンパウンドを用いて、力学物性は脆くて使い物にならないが、電気特性は良好な中間転写ベルトを作ることができた。樹脂の混練については一流のコンパウンドメーカーの研究者から見れば素人だが、バンバリーを用いた高分子の混練については30年近く前に獲得した技術があった。技で製造したベルトの高次構造は6ナイロン相の島がPPSに分散し、その島の中にだけ導電性のカーボンが分散している。
もしこのベルトの高次構造において、6ナイロン相がPPSに相溶したならば、カーボンの凝集は拘束が無くなり、ソフト凝集体になるだろうと想像した。相談者も含め周囲はその考えに納得し、6ナイロンがPPSに相溶し、カーボンがソフト凝集して分散した高次構造のベルトを開発目標にしようと言うことがすぐに決まった。(この結果豊川へ単身赴任し、相談者から業務を引き継ぐことになった)
科学的には否定されるアイデアであるが、目の前に実体があり、6ナイロンを相溶させる技術的アイデアも用意していたので、社内の合意を得るのは簡単だった。
しかし、外部のコンパウンダーの説得には苦労した。挙げ句の果ては新しくコンビを組むことになった部下のマネージャーからアイデアが極めて危険な賭ではないか、と科学的に正しい指摘をされ苦しい立場になった。技術としては実現可能性が高い方法だと説明しても納得してもらえなかった。
結局部下のマネージャーは従来通り外部のコンパウンドメーカーからコンパウンドを購入し科学的に開発を進めて、当方が混練プラントを立ち上げることでその場は納得してもらった。驚いたのは外部のコンパウンドメーカーも了解したことだった。
あとが大変だった。危険な賭という噂が広まる前に、技術の知恵を完璧な実体として示す必要があった。しかし、新アイデアに用いるカオス混合機は、その時この世に存在しなかった。
この状態でどうするのか、弊社の問題解決法を用いて考えた。すぐに答えが出てそれを実行に移したところ、6ナイロンが相溶したPPSにソフト凝集したカーボンが均一に分散した理想通りのベルトを製造できた。知の全てを動員する点に特徴がある弊社の問題解決法は、巷の科学的問題解決法よりも強力である。
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中間転写ベルトのコンパウンドは、その道の一流メーカーで二軸混練機によりコンパウンディングされていた。また、コンパウンディング条件も設計者の希望を満たすように設定して行っている、と語っていた。
そこで、6ナイロン相にカーボンがすべて取り込まれてPPSに分散しているコンパウンドを製造してくれないか依頼した。回答はすぐに来た。「そんな物は二軸混練機でできない」という。考えていることが当たれば面白い材料となるが実用性の無い材料であることが分かっていたので、しぶしぶゴム会社で獲得した実践知を活用して、某社から借りたバンバリー(注)で目標とするコンパウンドを製造した。
そのコンパウンドで押出成形を行いベルトを製造したところ、周方向の抵抗偏差が0.5桁以下という、電気特性についてはスペックを満たしたベルトを製造することができた。但し、6ナイロン相にカーボンが分散しているため、その相の弾性率が高くなった。
一般に、樹脂へ大きな硬い粒を分散すると脆くなることが知られている。もともと脆いPPSへそのような硬い相が分散したので紙のような脆い材料になってしまい、これでは電子写真の中間転写ベルトとして使えない。
電気的品質特性を満たすが力学的品質特性を満たさないベルトができた。これは技術の知の形態から想定内の実体であった。このベルトは商品として使い道が無かったが、中間転写ベルト開発の方針変更のためには大切なベルトだった。
このベルトについて、相談者と同様に電子顕微鏡写真を揃え、解析した。コンパウンド段階でカーボン粒子はすべて6ナイロン相に取り込まれていたので、導電相は6ナイロンの島の数だけ数えれば良かった。解析の結果、周方向のどこをみても6ナイロン相の島の数はすべて等しかった。すなわち、ウェルド部分が他の部分と同一高次構造になれば、ウェルド部分の抵抗も他の部分と等しくなるのである。
(注)ゴムのコンパウンドは、バンバリーとロール混練で製造されているが、樹脂のコンパウンドはその技術が誕生以来一軸あるいは二軸押出機が進化した連続式混練機(多くは二軸混練機)で混練されてきた。最近低コストのゴムは二軸混練機でも製造されるようになってきたが、樹脂をバンバリーやロールで混練することは通常行われない。後日解説するがこれは樹脂の混練技術について考える時に落とし穴のようなものである。バンバリーやロール混練技術はおよそ二世紀の歴史があるが、連続式混練機の歴史はその半分もない。最近トリッキーな二軸混練機の使用方法によるフィラーのナノ分散技術やポリマーアロイの権威故ウトラッキーによるEMFがようやく登場してきた。そして10年近く前に二軸混練機による当方のカオス混合技術(第一世代)が登場したのである。今この技術について第三世代の開発を行っている。
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