フェノール樹脂へアモルファスシリカとリン酸エステルを均一に分散したフェノール樹脂発泡体技術で一番難しかったのは、アモルファスシリカの分散方法である。高分子へアモルファスシリカを均一に分散する技術は、ゴム会社に実践知を有する人が多くいたので問題解決そのものは容易だった。
ところが、形式知ならばすぐに技術ができあがるのだが、実践知や暗黙知を活用して技術を組み立てるときには、再現性の問題あるいは技術の安定性の問題、いわゆるロバストの問題との格闘になる。そして、実験室スケールにおける技術のロバストと生産スケールにおける技術のロバストが異なれば、生産立ち上げに苦労することとなる。
実験計画法からリン酸エステル系難燃剤とアモルファスシリカとの間に交互効果が存在することが示され、この効果のロバストが低かったので量産化の際に技術の微調整が必要だった。しかし、それでも計画に遅れることなく開発から1年程度で技術移管できたので、無機材質研究所の留学を控えた立場では、計画通りできたことよりも留学準備の時間に余裕ができたことが一番うれしかった。
業務移管が無事完了し、開発に使用した様々なフェノール樹脂を処分することになった。社内の廃棄処理施設で処理するには、液状物をすべてゲル化させる必要があった。これはフェノール樹脂と酸触媒をかき混ぜてゲル化させる単純作業である。
天井材開発の初期に、フェノール樹脂とポリエチルシリケートとの混合で相分離してうまくゆかなかったことが気になっていた。フローリー・ハギンズの理論、すなわち形式知からすれば当たり前だが、ポリエチルシリケートが分解したときに生成するシラノールの反応速度はイオン反応よりも遅いので何とか工夫すればリアクティブブレンドできる可能性がある。
すなわち、フェノール樹脂とエチルシリケートとの反応バランスを取ってやれば、RIM技術のようにχの異なる高分子でも均一に相溶させることができる(実践知)。フェノール樹脂の反応速度やポリエチルシリケートの加水分解速度の情報はモデル反応において知られており、それらの形式知の情報を見る限り、RIMのようなシステムができると推定された(技術の大半が実践知であっても、20世紀にできあがった技術には形式知の部分が必ず存在し、その形式知の類似性から新しい技術の成功確率を予測可能である。また、材料技術では、少なからず実践知の部分が必ず存在する。例えば高分子の難燃化技術や混練技術は実践知の部分が多い。)。
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フェノール樹脂にナノレベルのシリカを分散する手段としてポリエチルシリケートを使用する必要はなく、フィラーとして販売されている安価なアモルファスシリカを使えば良い、というアイデアはすぐにひらめく。しかし、フェノール樹脂の難燃性改良をどのように実現するのか、という問題は未解決のままである。
この問題については、樹脂の難燃化技術の定石通り、リン酸エステル系難燃剤を使用すれば良いのでは、ということになり、アモルファスシリカとリン酸エステル系難燃剤の組み合わせでクラチメソッドによる実験計画法を行った。このクラチメソッドとは、タグチメソッドが日本で知られていなかったときに、当方が開発したメソッドである。
ゴム会社では入社すると技術者全員統計的品質管理の通信教育を受けさせられた。そしてその受講修了後、日科技連が推進していた同様のタイトルのBASICコースを一年受講する、というカリキュラムで統計的品質管理手法と問題解決法を徹底的に身に着けさせられた。さらに実務でそれらを活用することが義務になっており、研修課担当者のフォローがさらに一年間あった。
ところが、せっかく学習した実験計画法であったが、実務でうまく結果が出ない場合が多かった。しかし、うまくできない、手法がおかしい、などということは受講直後正直に言えない。会社が1名当たり50万円前後の費用をかけて新入社員の教育に採用している統計手法である。定年退職するまでこの会社で仕事をしてゆこうと決心していた当方は、実務にうまく使用できない手法を前にして悩んだ。そこで考案したのがクラチメソッドだった。
当時習った実験計画法では計測値をラテン方格の外側にそのまま割り付ける方法である。このラテン方格の外側にわりつけられた計測値のかわりに、タグチメソッドの感度に相当する相関係数を割り付けて実験したのだ。すなわち、改善効果を相関係数で評価するようにしたらどうなるか、と工夫して実験計画法を使ってみたところ、どんぴしゃで良好な制御因子の組とその値が見つかるようになった。
当方は会社の研修で習った手法を用いて問題解決できればよく、当時それがどのような理由でうまく改善できる仕組みになっているのか深く考えなかったが、ちょうどその時田口先生がタグチメソッドを開発されていた時代(注)でもあるので、無駄なことを考えなくて良かったと思っている。
さて、シリカ変性フェノール樹脂天井材の開発では、外側に割り付ける信号因子は、シリカ量を変量したときの極限酸素指数あるいは脆性の値を用いる場合が多かった。この時極限酸素指数の測定方法も便利に測定できるように改良し、会社から改善提案賞を頂いている。これはゴム会社で貢献を認められて頂いた唯一の賞である。(高純度SiCの事業化では随分と貢献したつもりであるが、----。)
(注)1979年に経営工学シリーズ18として田口先生の「実験計画法」が日本規格協会から発刊されている。その本に書かれた分散分析の手法に損失関数の記述がある。当時企業では、日本科学技術連盟の統計手法が企業内教育で使用されており、そこには損失関数の概念は述べられていない。当時実験計画法だけでも数冊本を買い込んだが、この田口先生の書籍が一番読んでいて面白かった。但し、この書にはタグチメソッドは書かれていない。
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昨日の続きで、フェノール樹脂天井材の開発について。
フェノール樹脂天井材の開発は、難燃性評価用の炎から逃げるように膨らみ合格した可燃の硬質ポリウレタン発泡体に置き換わる商品として企画された。国内で多発した火災の反省から評価法が見直され、難燃性の規格レベルも高くなり、ポリウレタンではゴール達成が難しいので、フェノール樹脂が選ばれた。しかし、フェノール樹脂でも発泡体になると難燃性能が著しく低下するので新しい技術が要求され、無機高分子で変性する技術を提案した。
最初に検討したのは、ケイ酸ソーダから抽出したケイ酸ポリマーの変性効果である。これは当時発表されたばかりの研究成果があり、形式知により良い結果が出ることが見えていた。すなわち、可燃性の有機成分の一部を無機成分で置換すれば、単位重量当たりの発熱量は必ず少なくなる。発熱量が抑制された結果、不完全燃焼となり炭化促進されるという仮説があった。また、無機成分として用いるケイ酸ポリマーの抽出方法もセメントの分析技術として公開されていた。
この実験結果は仮説通りになり、無機成分が多いほど難燃効果が高かった。また、フェノール樹脂そのものが炭化しやすい樹脂だったので、ケイ酸ポリマーを増加すれば燃焼後も構造材としても使用可能なレベルの材料ができた。しかし、問題となったのはTHFやジオキサンを使用してケイ酸ソーダからケイ酸ポリマーを抽出するプロセスである。
作業環境に悪い有機溶媒を使用するだけでなく、抽出過程も考慮すると、かなりのコストアップになりそうだった。そこで当時半導体用途で市場に出回り始めたポリエチルシリケートに着目した。この化合物は、テトラエチルシリケートを加水分解し、重合させた液状のケイ酸ポリマーの重合体である。タンクローリーで購入すればkgあたり800円という難燃剤として捉えると安価な価格であった。
しかし、実験を始めてすぐに挫折した。フェノール樹脂と混合するとすぐに二相に分離するのである。また、混合攪拌し二相に分離する前にフェノール樹脂を硬化させようと酸触媒を増加させると、ポリエチルシリケートが加水分解し、シリカとして沈殿し、その形態でフェノール樹脂に分散して狙った効果が得られないのだ。
仮説から期待された実験結果は得られなかったが、この時思わぬ発見をした。超微粒子が分散したフェノール樹脂の脆性が著しく向上するという複合材料の形式知どおりの材料が得られただけでなく、燃焼試験後の炭化したサンプルの靱性も向上しており、難燃効果は小さかったが、燃焼前と燃焼後の力学物性改良技術として使える成果だった。
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現在でもゴム会社で続いている異色の半導体事業の心臓部の技術である高純度SiCの合成技術は、形式知よりも実践知や暗黙知の占める割合の高い技術だ。会社を創業してから外国からの問い合わせがあったり、最近は国内のメーカーからこの技術に関係した特許出願があったりと少しブームの兆しがあるように思われる。
高純度SiCの注目されている本命のマーケットはパワートランジスタの領域で、ハイブリッド車や電気自動車に必要なインバーターの重要部品である。すでに市場が立ち上がり始め、川上では6インチウェハーの生産が開始され、川下では高級オーディオアンプにも普及し始めた。
オーディオアンプへの普及は、高純度SiCの開発に成功した時に一番最初に思いついた分野である。1980年初めにすでに高級オーディオ市場ができつつあり、パワートランジスタのニーズが見えていたので期待した。
また、ゴム会社の基盤技術として音や振動分野を制御する技術開発が活発に行われていた時代であり、音の見える化技術やその評価技術を用いた新幹線の騒音対策壁デルタの発明などオーディオ市場につながりそうな気運が社内にあった。また、その技術の担当者の一人は定年退職後オーディオ専門店を始めている。
パワートランジスタへの夢を育てる環境はあったが、実際にその夢を会社へ提案するきっかけは、既にこの活動報告に書いたように、社名からタイヤを取り除くCIの導入時に行われた創業50周年記念論文の募集である。
この記念論文に応募する時、フェノール樹脂天井材の開発を担当していて、フェノール樹脂へ水ガラスから抽出したケイ酸ポリマーを相溶させたり、その技術の発展形としてポリエチルシリケートの相溶を検討したりしていた。この時は、科学的方法こそ技術開発の王道という時代で、形式知100%のアプローチだった。
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特公昭35-6616という特許を発明した技術者はどのような人なのだろう。写真会社にはその人物をご存じの方がすでにいなかった。なぜこの特許を書いた後に他の特許出願をしなかったのだろう、という疑問があった。この特許が公開された後、日米の企業で対抗出願が多数なされているにも関わらず、この人物が所属した組織から5年間一件もこの関連の特許が出願されていない。
想像になるが、当時酸化スズゾルの科学的情報は、皆無に近かったので、自分の実験結果に自信が無かったのかもしれない。特許に書かれた実施例は、偶然できた薄膜をネタにして書かれた可能性がある。実際に30年以上経って実施された再現実験では、実施例に記載された因子以外の因子を最適化し制御しなければ、実施例のデータを再現することができなかった。タグチメソッドを知らなければ、大変な工数になる仕事である。
もし、この想像が正しいならば、何故再現性を改善する実験を行わなかったのかという新たな疑問が出てくる。ニーズが無かった訳ではない。写真フィルムに帯電防止技術は不可欠である。現像処理後も帯電防止能力が劣化しない技術は、当時は夢の技術だったはずである。
発明者に直接聞くことができないので、いろいろと想像することになるが、実際に開発を進めてみて痛感したのは、科学的情報が少ない技術開発は、企業風土によってはかなり困難な活動になる場合がある、と言うことだ。ゴム会社では、道の見えない技術開発は歓迎(注)されたが、写真会社では、どちらかと言えば、肩身の狭い仕事になった。
科学的に明確で、あとは実用化だけ、という仕事は易しいが、競合が多くなる。一方科学的に不明確で先が見えない仕事は難しく、それを推進するためには、周囲の理解が必要となる。最近は、さらにこのような仕事はやりにくくなったと聞く。
科学的に未解明で訳の分からない現象というものは多い。例えばSTAP現象はそのような現象の一つで、科学的な否定証明はなされているが、なぜできないのか、という命題に対する答えはまだ知られていない。このような現象について企業で研究開発を進めるためには、経営者の理解とそれを許す組織風土が必要となる。
昭和35年頃の科学の状況は、ITO膜の発見はあったが、酸化スズ単結晶の性質については未解明であり、そのため導電機構は、科学的に未解明の状態であった。ただ、ITO膜は再現よく導電性を示したので、すぐにATO膜も発明され、酸化物半導体の科学がこの頃より発展してゆく。
ただ、非晶質体の物性については、現在でもその科学の完成ができていないように、当時はまったく手つかずに近い状態だった。ある種の物質の非晶質体の一形態であるガラスの研究はすでに行われていたが、それは、モルフォロジーに関する研究であり、電気的な研究が活発に行われるようになったのは10年後あたりからである。
(注)新入社員の研修では、二律背反の現象の問題解決はすばらしい仕事として紹介された。そして未知への挑戦は会社の風土であるとも。新規事業を起業するチャレンジも歓迎された。高純度SiCの事業提案とその推進を7年も売り上げ0で推進できたのは、このような風土だったからである。
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面白い仕事は人を育てる。特に技術の仕事は面白くする必要がある。どうしても泥臭いプロセスが仕事に入ってくるからだ。面白さが少しでもあれば、泥臭さが9割でも技術者は一生懸命仕事をやり、そして一生懸命仕事に打ち込み実践知を身につけ暗黙知を獲得してゆく。
酸化スズの帯電防止技術開発は何が面白かったのか。管理職の立場では、ライバル特許網に風穴を開ける醍醐味と、担当者の立場では、新発見ができた楽しさである。
薄膜評価では、クラックが発生して直流で正確な抵抗測定ができない障害にたびたび遭遇した。この問題については、インピーダンス法で評価する技術を開発した。
単なる薄膜のインピーダンス評価法だが、その周波数依存性とパーコレーション転移の関係、フィルム帯電の実技評価法である灰付着テストとの関係に新発見があった。
またゾルのような超微粒子を水溶性高分子に分散したときに生じるパーコレーション転移を自由に制御できる技術も技術として開発できた。これは一部日本化学会でパーコレーション転移の破壊として、技術に採用した逆の現象に置き換え発表している。これはノウハウを隠すためである。日本化学会からは若い技術者が講演賞を頂いている。
酸化スズゾルに含まれる微粒子は非晶質で科学的に大変怪しい材料である。しかし、技術としてその機能を制御することは可能で、帯電防止層として活用されてきた。
酸化スズの仕事では、日本化学会と化学工業協会から賞を頂き、さらにその技術を担当した若い技術者はその後学位をめざし無事取得している。形式知と実践知、そしてゴム会社で身につけた「技」暗黙知を駆使して、昭和35年の特許を実用化した仕事はサラリーマン生活における楽しい思い出の一つである。
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市販の酸化スズゾルに含まれていた微粒子の導電性と特公昭35-6616から推定された微粒子の導電性とは2桁程度異なっていた。そこで特許の実施例に書かれた酸化スズの合成法について、実施例に書かれていない因子を書き出し、魚の骨にまとめた。
やる気を喪失していた若い技術者がいたので、面白い大発見ができる、とおだてて、実施例に隠されていた因子について実験計画法を行い、酸化スズを合成してみた。
驚くべきことに、導電性は、1000000倍まで変動した18種の微粒子を合成することができた。最も良い条件では、実施例通りの1000Ωcmの特性が得られていた。
近くの都立科技大学(現在は都立大学)に導電性の専門家がいる、と聞いたので、その若い技術者を一年派遣して、この酸化スズの導電性の研究をやらせることにした。
本人は大変喜んで、一年後にはそれまで未発見の導電性準位があることを見つけてくれたが、大学の先生がアモルファスの同定は難しいので、と公開を辞退されたため学会発表を行っていない。
その後その技術者は自分の道を見つけてくれて、寿退社した。この酸化スズの実用化は、バトミントンに夢中になっていた技術者に引き継がれた。この仕事が面白かったのかどうか知らないが、化学工業協会から賞をいただける程度まで技術を完成させて、途中紆余曲折はあったが実用化できた。
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酸化スズゾルをシャーレに入れて、ドラフトの中に放置したところ、1ケ月弱で10%相当の重量になり、ゾルから固形分を取り出すことができた。その固形分を粉砕し、圧粉法で圧力を掛けながら導電性の変化をグラフ化し、外挿法で微粒子の導電性を求めた。
驚くべきことに、酸化スズゾルに含まれる微粒子は、10000Ωcm未満の半導体であることが分かった。しかし、過去の研究レポートでは、酸化スズゾルから生成した薄膜は絶縁体と評価されていた。研究レポートに従い、薄膜を製造しその評価をしたところ、確かに導電性は無かった。
不思議に思い、顕微鏡観察を行ったところ、薄膜には微細なクラックが観察された。すなわち微細なクラックが大きな接触抵抗をうみだし、絶縁性を示していたのだ。
薄膜に生成している微細なクラックは目視観察では気がつかない。薄膜に導電性がないことを疑って初めて見つかる現象であった。科学者はときおりこのようなミスを行う。STAP細胞では、何らかのミスが重なり、あのような大騒ぎになったのだろう。
技術者は、自然現象から機能を取り出そうと努力をするので、愚直な実験方法を選ぶ。バカな方法でも、それが必要であれば、実行するのが技術者である。あくまでも現物にこだわり、その現物を用いたあらゆる条件の実験で仮説が否定されて初めて技術者は、一つの仮説を断念する。そして新たな仮説に基づき機能の取り出しを試みる。
あらゆる条件の実験をどのようにデザインするのかは、技術者の力量に依存する。科学的知識が豊かでも、技術者としての力量が低いために簡単な実験で早急に結論を出す人がいる。一方科学分野の知識が乏しくても心眼を使い、身の回りの設備を用いた可能な限りの実験を愚直に行い技術を創り上げる人もいる。ゴム会社と写真会社それぞれの会社で、後者のタイプの技術者に出会ったが、ゴム会社では評価されていたが写真会社では評価されていなかった。当方は後者の人を技術者として力量が高いと評価した。
面白いのは、科学的に実験を進めて非科学的な技術が出来上がったりする。話はそれるが、カオス混合装置を用いた中間転写ベルト用のコンパウンドは、科学的には相溶しないと言われている高分子の組み合わせで相溶現象を起こし、わずかに生じるスピノーダル分解を活用し凝集したカーボンの接触抵抗をコントロールしている非科学的成果である。PPSと各種ナイロンの組み合わせでコンパウンドを製造し、カーボンの凝集状態を観察しながら技術開発を進めた。これは酸化スズゾルのパーコレーション転移制御技術を担当してから15年後の成果である。
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1990年頃市販されていた酸化スズゾルが絶縁体である、という社内レポートは、科学的にレベルの高い否定証明の報告書だった。当時複合材料で一般に用いられていた複合則を用いて超微粒子の導電性まで推定していた。
このレポートを書いた技術者は、それなりの能力の技術者と思われたが、企業風土が悪かった。技術を追求する風土ではなかったのだ。日本の企業では、自然科学の優秀な研究者を採用している。
そして、やがてメンバーの一員として管理職に、さらには経営陣へ成長してゆくことが人材に求められている。このような風土では、技術者としての自己実現など目標にうっかり努力すればラインから外されてしまう。
日本の多くの企業では、技術者の将来として技術者のままでいることを期待していない。しかし、今の時代は技術者のジョブも高度化しているのでジョブ中心の採用と育成が求められている。
もし技術者が本当に酸化スズゾルの機能を実用化したいと考えたならば、酸化スズゾルの微粒子を取り出し、その導電性を直接評価する、という泥臭い方法を行わなければいけない。すなわち現物の機能を現物で評価する、という技術者の鉄則に従い業務を遂行する。
確かに10wt%程度の濃度のゾルから超粒子を取り出すのは大変で、それなりの「技」がいる。濾過して超微粒子を取り出すことなどできないからだ。
これをスプレードライ法で取り出す、というアイデアがひらめいた技術者はそれなりの実践知を持っているが、スプレードライでは加熱プロセスを避けて通れないので、「加熱により物質が変化する」という形式知に邪魔され、その採用ができない。
愚直に自然乾燥で取り出す、という方法があるが、意外にもこの方法を馬鹿にする技術者は多い。実際にある担当者にお願いしたら、「どうぞ暇に任せてご自分でやってください」と、言われた。シャーレに分取し、紙をかぶせてドラフトに放置するだけの15分もかからない作業であるが、絶縁体として結論が出ている材料ではmotivationそのものが沸いてこない。
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科学者は、形式知に精通しておれば、職業として成立するが、技術者は、形式知と実践知、そして暗黙知まで身につけていることが要求される職業である。そして、この3つの知識のバランスが技術者の知識労働者としての価値を決める。
例えば、暗黙知と実践知に偏りがある技術者は、昔の職人に近い技術者である。一方、形式知に偏りのある技術者は、科学者に近い。今学校教育では科学教育が行われているので、この形式知に偏りのある技術者が多くなっている。
形式知に偏りがあるからと言っても、科学者ほど知識が深くないので、企業で漫然と実務をこなしていると中途半端な実力の技術者となる。そのような技術者は、酸化スズのような材料を技術として活用しようとする時に、否定証明に走る傾向がある。
本来技術者という職業は自然界から機能を取り出し、人類に有益な価値を提供することが仕事のはずなのだが、科学者のような仕事のやり方を行い、せっかく目の前にある機能を実用化する術を持たないために、チャンスが訪れてもそれを活かすことができない。
パーコレーション転移がポピュラーでなかった1980年代に、この形式知を知っているかどうかは、技術者の自己実現努力に左右される。材料系の学会においてその現象が複合則で議論されている状況でも、形式知としてそれがどのような意味なのかを体系づけて取り込む努力を怠らなければ、それが実践知に分類すべき知識であることに気づき、形式知としてパーコレーション転移を勉強するようになる(注)。
科学者の問題は、実践知をあたかも形式知の如く扱う人が稀にいる点である。STAP細胞もiPS細胞もそうである。後者については実用化研究が花盛りであるが、未だ「何故ヤマナカファクターで細胞を初期化できるのか、初期化できるのはヤマナカファクターだけなのか」という科学的な解明がなされていない。
この解明が進めばSTAP細胞が何故できないのか(あるいはできる条件があるかもしれないが)も明らかになるのかもしれない。iPS細胞の研究は、今科学ではなく技術として進められているのが現状である。世界中で技術開発競争が繰り広げられている科学分野では、形式知と実践知の混乱が起きる。STAP細胞の騒動はそのような事件だ。
特公昭35-6616を見つけたとき、慎重に企画の準備を進めた。ラッキーだったのは知財部門に優秀な人がいて知財戦略をアドバイスしてくださったことだ。転職した最初の一年は一生懸命特許を書いていた。また、都立科技大(現在の都立大)に留学生を送り、酸化スズゾルの導電性を研究しようとした。そしてパーコレーション転移シミュレーションソフトウェアーも開発した。この頃久しぶりに研究色の高い仕事をした思い出がある。
(注)この分野で有名なスタウファーの教科書は、1990年前後に登場するが、1980年前後には科学雑誌にパーコレーションの話題が取り上げられている。また、79年にゴム会社へ入社したときに指導社員はパーコレーション転移をご存じで、混合則で議論する問題を指摘されていた。
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