高純度の酸化スズゾルに含まれる粒子(以下酸化スズゾル粒子)は、アンチモンを不純物として含む結晶質の酸化スズ粒子(以下不純酸化スズ粒子)に比較すると、導電性は1000分の1以下です。従って高分子のバインダーに分散し、帯電防止層として必要な導電性を得る時に、低い技術的難易度のため不純酸化スズ粒子が好んで選ばれます。特に溶媒として水を用いるときには、酸化スズゾル粒子は導電性が悪いだけでなく水中において分散性が高いので、塗布したときに、パーコレーション転移が生じにくく、抵抗が下がりにくい(導電性が出ない)。パーコレーション転移が生じにくいので、導電性を出すためにはパーコレーション転移を制御する技術が必要になる。このパーコレーション転移の制御方法について、特公昭35-6616特許には書かれていなかったために、ライバル他社も含め実施例の再現が難しかった。しかしできあがった帯電防止層の特徴について、30年経過しても再現可能な科学的データが記載されていたので当時特許として成立したのでしょう。
酸化スズゾル粒子とパーコレーション転移制御技術を組み合わせて実現した帯電防止層の透明性は極めて高く、透明樹脂フィルムに塗布してもその透明性を損なわない。不純酸化スズ粒子を用いた帯電防止層の場合にはわずかに透明性が劣化するので、透明フィルムの帯電防止層に用いるには、酸化スズゾル粒子の方が好ましい。しかし、ライバル他社も含め1993年まで酸化スズゾル粒子を用いた帯電防止層を商品化できなかった。パーコレーション転移制御技術の難易度が極めて高かった為であるが、運良く技術開発を行った時がタグチメソッドの普及期で、田口先生のご指導を受けることができた。
田口先生のご指導を受けたときに、ロバストの観点で不純酸化スズ粒子を用いる技術を選択する方が正しい、と言われた。ご指導を受けたときの最初の実験結果で、不純酸化スズ粒子を用いた帯電防止層のSN比が高かったからですが、タグチメソッドを用いてパーコレーション転移制御技術を最適化したところ、SN比が逆転した。この結果をご覧になった田口先生は、酸化スズゾル粒子を選択する方がよいでしょう、と言われました。田口先生をご存じの方は、このあたりのニュアンス並びにこの結果に至るまでの実験の苦労をご理解頂けると思いますが、パーコレーション転移制御技術が完成した瞬間です。
田口先生のご指導を受ける前まで、化学的な視点からパーコレーション転移を制御するのに最適な条件を採用し技術を創り上げていましたが、品質工学的に最適化を行っていませんでした。タグチメソッドを用いて最適化を行ったところ、化学的に最適化した条件から少しはずれた結果となりました。パーコレーションという現象が確率過程を含む現象のため、ある程度はこの結果を予想していたのですが、田口先生の満足された表情が印象的でした。
化学は科学の一領域です。パーコレーションを制御するためには、化学と物理学の両面の知識が最低限必要です。パーコレーションという現象を科学的知識だけで制御する試みは、うまくいけば運がよかった、と捉えるべきで、ロバストの高い技術として完成するためには、技術開発力が要求されます。この意味で、技術は科学的知識以外も包含し、タグチメソッドの習得は、技術開発力を高める一つのソリューションと思っています。また、このような表現は誤解を招くかもしれませんが、タグチメソッドは「工学的技能」として優れており、汎用化されていますので、メーカーであればどこでもその導入効果を感じ取ることができます。
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昭和35年(1960年)の公告特許に記載された実施例には、酸化スズゾルが導電性を有しどのような湿度依存性があるか書かれておりましたので、当時の帯電防止薄膜の技術について検証することができました。
発明者がノウハウとして隠したためでしょうか、製造方法について記載不十分であり、30年以上経過してから実施例を再現するために少し苦労しましたが、驚くべきことに酸化スズゾルのパーコレーション転移に配慮していることを実験で理解できました。パーコレーションについて科学的な議論が活発になりましたのは、1970年代に入ってからであり、材料技術に展開されるのは1990年代で、2001年にICパッケージに使用された難燃剤の赤燐粒子によるパーコレーション転移でハードディスクのコントローラーICが誤動作するという品質問題が発生し、社会問題化しました。
パーコレーションは材料技術の分野において重要な概念で有り、パーコレーションの概念が無かった時代には、有名な混合則と呼ばれる経験式が一般に使用されていました。パーコレーションは科学的論理で現象についての議論が展開されますが、混合則は統計により導かれた「実験結果としての」経験式であります。両者はグラフにすれば似たような結果になりますが、全く異なる概念です。パーコレーションの概念が理解されておればハードディスクの誤動作という品質問題防止できた、と思っています。
このように材料技術の歴史を考えますと、昭和35年の公告特許は「ものすごい発明」という位置づけになると思います。
昭和35年の公告特許は、科学よりも技術が10年以上先行していたことを示していますが、その技術が30年の間に消えている現実に驚きました。科学的に解明されていない現象を技術として完成したのですから、経験知と思われますが、それがうまく伝承されていないどころか、その周辺の技術がライバルに特許で抑えられているひどい状況でした。
昨今の経済状況からリストラを行うのは仕方がないことですが、リストラにより経験知を持った人材を抹殺すると技術は伝承されなくなります。基盤技術の整理や確認を一生懸命行う風景を20年間見てきましたが、技術の担い手である人材についての議論をあまり聞かず、また自分自身も転職後リストラされ、掘り起こした技術を伝承できないまま、失意の中で、新入社員時代に伝承して頂いた技術で中国人を指導しながら、定年間近のサラリーマンとして勝負せざるを得ない状況になりましたから、おそらく経験知には関心が無い風土で仕事をしていたと思っています。また、この会社に限らず某自動車会社からリストラされ物質材料研究機構の研究員になった技術者や、某自動車会社からサムスンに移りLiイオン二次電池の指導をしている技術者などリストラされた技術者を見るにつけ、リストラに伴う技術の消失リスクという問題をもう少し日本の企業は真剣に考える必要があると思います。
昭和35年の特許を発明した技術者がどのように処遇されたかは不明ですが、技術が伝承されていなかったために、30年後の永久帯電防止技術の商品化で出遅れた経済的損失は大きいのではないでしょうか。転職した職場で、まず悩みましたのは、少なくともライバルと同等レベルである透明金属酸化物導電体技術を構築しなければ、透明機能性フィルム事業で負ける、という危機感からでした。
転職前の会社にはフェロー制度などがあり、経験知を身につけた人材が定年後も在職し後進の指導に当たっていますが、技術を伝承するために大切な制度で、創業者の理念に基づき人材を重視している会社だと思っています。人に蓄積された経験知を如何にして組織内で移転するのか。そのためのコーチングスキルが研究開発部門で重要と考えています。
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20年ほど前に酸化スズゾルは、新素材として販売されていました。
私が転職したときに、写真感材用の帯電防止剤として、その材料評価は完了しておりました。評価結果は、導電性が無いので帯電防止剤として使用できない、という結論が報告されていました。昭和35年の特許によれば、高純度の酸化スズゾルには導電性がある、と書かれていましたので、この報告は不思議なお話です。
ちなみに酸化スズについて調べてみますと、インジウムやアンチモンを不純物として含む酸化スズ結晶は、カーボン並の高い導電性を有するが、高純度酸化スズ単結晶は、絶縁体である、と論文に書かれていました。非晶質の酸化スズの導電性につきましては、様々な値が公開された論文に記載されていましたが、いずれも不純物を含む酸化スズ単結晶の値よりも100倍以上導電性が悪いデータでした。ただし、多くの金属酸化物が、含まれる酸素のわずかな量の違いで電気特性が大きく変化する、というのは常識でした。
市販の酸化スズゾル10%水溶液(非晶質酸化スズを10wt%含む)を自然乾燥して非晶質酸化スズを取り出して電気特性を測定したところ、アンチモンを含む酸化スズ結晶の1000倍程度導電性が悪い結果でした。ただし、この程度の導電性があれば、昭和35年の特許の実施例に書かれた半導体領域の導電性は十分に出ます。しかし、社内の評価結果では、酸化スズゾルに含まれる非晶質酸化スズは絶縁体であることになっています。
私は自分で実験を行いました。実験は、市販の酸化スズゾルを用いた場合と昭和35年の特許の実施例をそのまま再現した場合と2つのケースで行いました。最初の実験条件では、両方とも社内で報告されたデータと同様の帯電防止性能が無い、という結果でした。奇妙に思いました私は、昭和35年の特許の実施例について、詳しく書かれていない条件を変化させた場合にどのような結果が得られるのか調べてみました。その結果、この特許の実施例に、ある特殊な条件を加えると実施例と同じ実験結果が得られることを見つけました。おそらく特許を書かれた人はノウハウとして記載しなかったのではないか、と推定しました。帯電防止性能が得られた、この実験条件を用いて、市販の酸化スズゾルを評価しましたところ全く同一の良好なデータが得られました。
プラスチックフィルムの表面処理で帯電防止性能をフィルムに付与する技術は、高度な技術の部類になるかと思います。しかし、塗布液を調製し、表面に1μm以下の薄膜を形成する技術は、塗布液があれば、素人には簡単な技術に見えます。特にワイヤーバーを用いて塗布する技術は1-2回練習すれば、あるいは器用な人であればすぐにでもできるようになります。この塗布技術では、塗布液の調製技術が重要で、どのような添加順序で試薬を投入したのか、その時のそれぞれの試薬の濃度はどのように管理したのか、など文献には書かれていないノウハウがたくさんあります。昭和35年の頃は、酸化スズゾルが市販されていませんでしたので、自分で合成し、塗布液に添加するときの濃度も自分で管理しなければなりませんでした。しかし、20年前には、30年前に起きたセラミックスフィーバーのおかげで多くの無機化合物の機能性ゾルが市販されており、簡単に入手できる環境でした。
ところで、市販の酸化スズゾルを用いて、昭和35年の実施例と同じ結果を出すには、市販の酸化スズゾルを一度2%前後に薄める必要がありました。ただ、2%では薄すぎてそのまま塗布液へ添加できません。その後の処理方法は、ノウハウになりますのでここでは述べませんが、科学の視点では、「パーコレーション転移の制御」という高度で難解な塗布液調製作業を行っています。
私が実験をやりましたときに、この科学的知識は、物理学や数学の世界では研究テーマとして知られていましたが、材料科学の世界ではポピュラーではありませんでした。その後当時の私の部下は、学術的にまとめ日本化学会で発表し講演賞を、また、コニカは日本化学工業協会技術特別賞を受賞しましたから、パーコレーション転移の制御を行った塗布液調製技術は、材料科学の先端技術と言ってもよいかと思います。ゆえに昭和35年に特許の実施例に書かれていた技術は、大変高度な塗布技術に裏付けられた成果と思いました。
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ディープスマートの典型例である写真感材の帯電防止技術について。
プラスチックフィルムは絶縁体であり、帯電防止加工をしなければ、静電気を蓄積する。冬場にウールのセーターを着るときのパチパチという静電気の現象を想像して頂ければ、この電荷蓄積が写真感材にとって有害な故障を引き起こすことを理解して頂けると思います。ゆえに帯電防止技術は、写真感材メーカーにとりまして基盤技術として重要というだけでなく、経験に土台を置く専門知識、ディープスマートとして事業が存続する限りコーチングにより受け継がれなくてはならない技術です。
20年以上前の頃、写真感材の帯電防止技術分野でイノベーションがあり、写真感材の現像処理後も高い帯電防止性能が維持される「永久帯電防止技術」が商品に搭載されはじめました。この技術が登場する前は、現像処理後に帯電防止性能が落ちるため写真感材を扱う部屋の厳密な調湿管理が要求されていました。
永久帯電防止技術について、透明導電体である金属酸化物を薄膜にして、写真感材の接着層に用いる技術が主流でした。しかし私が転職した会社では、イオン導電体を用いた帯電防止技術を採用していました。この技術は一応永久帯電防止技術の範疇に入りましたが、様々な問題を抱えていた技術です。様々な問題を克服する技術を新商品を設計する度に開発しなければなりませんでした。しかし、事業は成功していましたので事業の観点ではわずかな問題があっただけです。世間の潮流である透明金属酸化物導電体を使わなかった理由は、ライバル会社の特許網が完璧に思われ、特許の抵触性の観点からイオン導電体を選択したのです。
以前勤めていた会社でセラミックスの研究開発を担当していました私は、ライバル会社の20年間にわたり出願された1000件以上の永久帯電防止に関係する特許群を読み、奇妙に思いました。透明金属酸化物は私が生まれた頃によく研究された材料ですが、特許では新規化合物となっているのです。特許は学術論文ではありませんから、時折嘘が書かれていることがあります。その特許群は、昔の金属酸化物は非晶質で導電性が無かったが、自分たちは結晶質の導電体を発明した、という論理で統一されていました。これはおそらく特許出願されたときに、審査官や特許監視を行っている各メーカーの専門家が異議申し立てをしなかったために、「特許の真実」として誤った常識になったものと推定されます。もし該当分野の専門家が最初に出願されたインチキ特許を読んでいれば特許として成立しなかったと思います。
私は特許の証拠集めを行いました。その結果、酸化スズゾルを初めて写真感材に用いた昭和35年の公告特許(特公昭35-6616)を見つけました。なんとその権利者は小西六工業(現在のコニカ)だったのです。この特許は、まさに世界で初めて透明金属酸化物を透明プラスチックフィルムに用いた発明で、その後数年経ち、コダックから他の透明金属酸化物導電体の発明が公開されていますから、いかに先駆的発明であったか、また当時の小西六工業の帯電防止技術力がどれほど高いレベルであったかを知ることができます。
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開発テーマで検討している技術がライバル特許に抵触している場合について。
25年ほど前に印刷感材(印刷に用いる写真フィルム)の帯電防止と擦り傷防止に対して市場ニーズが厳しくなりました。感材の現像処理スピードが速くなった(短時間で処理することが求められた)ためです。感材の処理スピードが速くなった結果、感材の摩擦で帯電や擦り傷が発生しやすくなりました。さらに擦り傷については、現像処理工程でもゼラチンが水に膨潤し強度が低下するので深刻な問題となっていました。そこで感材メーカー各社による帯電防止技術と擦り傷防止技術について開発競争が激化しました。本日は研究開発におけるコーチング事例2として、ゼラチンの擦り傷防止技術について説明します。帯電防止技術につきましては事例3として後日ご説明します。
ゼラチンの擦り傷防止技術については、現像処理工程でゼラチンが水により膨潤し強度が低下するので、古くからシリカなどの無機フィラーを添加し硬度を上げる技術が開発されていました。しかし、硬度を上げるとゼラチンは脆くなるので、無機フィラーで補強されたゼラチンに柔らかいラテックスを添加する技術も開発されました。そして25年ほど前には、無機フィラーとラテックスの添加量のバランスを最適化する技術は確立され、さらに高度な擦り傷防止技術が市場で求められていました。このような背景で登場したのが、無機フィラーをコアにし、その周りを柔らかいラテックスで被覆したコアシェルラテックス技術です。
この技術の着眼点は、以下。ゼラチン水溶液に無機フィラーとラテックスを別々に添加すると、無機フィラーの凝集が生じ粘度が上昇します。その状態のゼラチン水溶液を塗布しますと、無機フィラーの凝集体が原因となり、ひび割れしやすくなるので、無機フィラーの凝集を防止する技術のニーズが古くからありました。分散処理技術で無機フィラーの凝集を壊し、ひび割れしにくくするところまで技術はできていたのですが、微量存在する凝集体が、柔らかいラテックスの効果に限界を与えているという仮説が知られていました。それで、無機フィラーの周りをラテックスで被覆し、ゼラチン水溶液に添加したときに無機フィラーの凝集が全く生じないようにできる技術として、コアシェルラテックス技術が注目されました。後日談となりますが、特許情報から各社同じ時期に同じような技術を考えていたようで、ゼラチン水溶液に添加するという理由で、同一技術の特許となり、特許の出願時期が勝負を決めました。ゆえにテーマ担当者は、公開されたライバル特許を見れば、自分たちがどのような状況かすぐに理解できたわけです。
転職者である私は技術の状況を全く理解していませんので不安でたまりませんでした。テーマ担当者は、出願は遅れたが、公開された技術とは少し異なる組成で検討しているから大丈夫だと言います。数年後大丈夫ではなかったことが明確になるのですが、担当者は公開情報が少ないので楽天的に判断したのでしょう。しかし、これは福島原発の津波の問題と似ており、楽天的に捉えていては事業に大きな影響を与えます。原子力の安全神話がそうであったように、このような状況でコーチングを行って新しいアイデアを導こうとしても担当者はコアシェルラテックス以外の技術を考えません。おそらくどんなにコーチングスキルが高い人でも、従来の一般的なコーチング方法では不可能だったと思います。業界の技術者全員が、コアシェルラテックスが唯一と思っていたような状況ですから。研究開発では、このようなシーンはたびたびあります。
研究開発では、従来のコーチング方法にイノベーションを生み出す要素を加えたコーチング技術が必要です。時には担当者を追い込む必要から心理学的な観点でマイナスと思われるようなコーチングになることもあります。このテーマでは、別グループにコアシェルラテックスと異なる技術を検討させる開発の進め方について担当者を納得させるのに少し苦労しました。
一方、別グループにコアシェルラテックス以外の技術を検討させるに当たり、そのリーダーに趣旨を納得してもらうのにも大変苦労しました。このあたりの事情は、原発の安全神話を想像して頂ければ専門外の方にもご理解頂けるのではないでしょうか。20年前、反安全神話の観点で脱原発技術開発を日本で積極的に進めることができたかどうか、という問題と同じと考えてください。特許は公開されただけなので、まだ全電源喪失という状況になったわけではなく、せいぜいチェルノブイリの事故が起きただけの段階です。
別グループのリーダーに脱コアシェルラテックス技術のテーマを企画してもらうために、「怖い怖い戦略」に基づくコーチングを行いました。コアシェルラテックス技術全体をライバル会社に抑えられ商品の品質に圧倒的な格差をつけられた場合を想定する議論をしました。この議論の中で、ゾルをミセルに用いたラテックス重合技術というコロイド化学では全く新規の技術が生まれるのですが、この詳細は「問題は「結論」から考えろセミナー」で公開していますのでここでは説明しません。「怖い怖い戦略」に基づくコーチングという従来のコーチング概念と異なるスキルが研究開発でイノベーションを起こすためには必要と思っています。
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ドラッカーは、クライアントに「何が問題か」とまず尋ねることにしていたそうです。研究開発では、テーマが決まっているので「何が問題か」という質問はナンセンスあるいはそのような質問は必要ないと感じている方もいるかもしれません。
しかし、研究開発でも環境変化が生じた場合には、「何が問題か」と問う姿勢は重要です。さらに、「あるべき姿」に影響は無いかを検証する必要があります。
例えば20年以上前の転職したころの話ですが、シリカをコアにその周りをアクリル系高分子で被覆したコアシェルラテックスを開発している担当者がいました。その頃ライバル会社による多数の特許が公開になり始めていました。このような状況では、一度テーマの見直し、さらには技術開発戦略そのものの見直しが必要です。
管理者が対策を打たなければ、担当者は特許をすり抜けるモグラたたきを始めてしまいます。当時見かけはうまくいっているように見えて実はモグラたたき状態でした。このモグラたたき状態というのは注意をしないと管理者の立場で見えないことがあります。この点は後日お話するとして、モグラたたき状態の担当者とのコーチングについて経験をお話しします。
モグラたたき状態で熱くなっている担当者にテーマの見直しを考えさせるのは難しい場合が多いと思います。特にやる気満々の担当者であれば、モグラが数万匹いても叩くぐらいの気持ちで仕事をやっていますので、方針変更をコーチングで納得させるのは大変です。このような場合には、テーマ目標となる「あるべき姿」をコーチングスキルを発揮し、とことん話し合うのが有効です。そして、管理者が思い描く「あるべき姿」と担当者のそれが最後まで一致しなければ、その担当者にはテーマを担当者の方針で継続させ、別の担当者に管理者が思い描く「あるべき姿」を目標とする技術を検討させるのが寛容です。これは研究開発現場において一般のコーチング手法に限界があるためで、スキルが高く思い入れの強い担当者の場合に管理者の考えをコーチングで伝えるのは、コーチングスキル以外の要因が大きく影響するため大変難しいです。そこで、戦力の問題があったとしても、モラールダウンを避けるために他の担当者に管理者方針の業務を任せることになります。もし戦力が無ければ、同じ担当者に管理者方針の業務をお願いすれば良いかと思います。業務のお願いをコーチングの場面で担当者に受け入れさせることは難しくないと思います。
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研究開発テーマにおいて、ライバル会社の特許(以下ライバル特許)に抵触するかどうかは頭の痛い問題である。ライバル特許周辺で特許をすり抜ける技術を開発するのか、ライバル特許と全く異なるコンセプトの技術を開発し独自技術の発明をするのか、あるいは両者を並行して実行するのか悩みます。最終判断はしかるべき役職(問題の大きさ、会社の仕組みで異なる)が行うことになりますが、日本企業では課長クラスが戦略を決めて、上位職者にその承認を得るという手順になるかと思います。
課長クラスが該当技術分野でライバルより優れたスキルを有している場合ならば判断は容易だが、多くの場合には部下である担当者の意見に頼ることになる。この時、上司の立場であるいは経営の視点でテーマを考えられるほど担当者の力量が高ければ苦労はしないが、そうでない場合はコーチング力が判断を左右する場合があるので注意が必要である。
研究開発を担当していたときに、ライバル特許の問題に遭遇した場合は、まず最悪の結果と最良の結果を金額換算で描くことにしていた。大きな声で言えないが、最悪の結果において利益に影響しないレベルならば、ライバル特許周辺の改良技術で開発を進める方針に腹を決め、担当者の負担を軽くするように説明を聞いた。
しかし、利益に大きな影響がある場合には、ライバル特許と全く異なるコンセプトで進める方針で担当者に厳しく迫った。後者は担当者により新たな問題が発生する。担当者から、上司のコンセプトを聞かせろ、と逆に迫られた経験もある。コーチング力を鍛えなければ、と反省した瞬間であるが、難解で深刻な問題の場合には、あらかじめ上司の側からコンセプト例を提示しておくとコーチングも円滑に進む、とこの時の反省で学びました。部下の育成のためには好ましくない、という見解の方もいらっしゃるが、難解な問題の場合には、あらかじめ上司の側から全体の戦略まで提示しコーチングを進めた方が収穫が多い。但し、厳しい問題を扱っている、という認識を担当者と共有しなければ、上司の用意した戦略は単なる助け船となってしまい、部下の育成までには至らない。コーチング力が、単なる心理学の知識だけでかたずかない事例です。
この時コンセプトや戦略をあらかじめ用意するにはどうしたらよいか。「問題は「結論」から考えろ!セミナー」にそのヒントがあります。
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10数年前からコーチングブーム(最近は?)ですが、研究開発の現場に限定した効果的なコーチング方法を聞いたことがありません。10数年前にコーチングの研修を受けましたが、そのままでは研究開発の現場でうまく使えませんでした。部下から「急にどうしたのですか?」と上司の変化にとまどう質問までされました。コーチングされる側の研修も必要などと開き直ってみてもマネージャーとしての成長が無いので、部下の顔色を見ながら工夫してきました。その結果たどり着いたのは、研究開発の現場では、それなりのコーチングスタイルが昔から実践されていたのではなかろうか、という結論です。すなわち優れた技術者ならば自分の経験知をその人なりの方法で伝えようとするものです。30数年の研究開発現場で出会った優秀な技術者は皆そうでした。その中でも新入社員時代に出会った指導社員は、大変教育熱心な人でした。例えばゴム練りの技術の指導では、以下の手順でした。
1.ゴムサンプル作成のための実務上必要な知識と作業を一通り短時間で指導。
2.あるサンプルの処方とその処方で作成された標準ゴムサンプルを提示し、新入社員にサンプル作成を指示する。
3.新入社員が作成したゴムサンプルの物性と標準ゴムサンプルの物性との比較を行い、議論する。
たった1処方ですが、標準サンプルと同等レベルの物性を備えたサンプルが得られるまでに1週間ほどかかりました。加硫ゴムというものはプロセスの影響を大きく受けますので、実験段階でもあるレベルまでのゴム練りのスキルが要求されます。そのスキル会得の目的と加硫ゴムについて理解を深めるために1週間という練習時間をくださったわけですが、その時行ったなぜ標準サンプルとの差がでるのか、という議論が、今から思えば研究開発におけるコーチングの優れた見本のように思っています。
この議論は、毎日同じパターンで行われました。すなわち、標準サンプルと練習で作成したゴムの物性比較を行い、劣っている物性について、その原因を議論する、材料開発ではおなじみのパターンです。毎日同じゴム処方で実験を行っていましたので、要するにゴム物性のばらつきを議論しているにすぎないのですが、ゴム物性のばらつきがプロセス因子にどのように影響を受けるのか明確ではない時に、それを学ぶには良い手段ではなかったかと思います。毎日同じ処方を同じプロセスでサンプル作成していたのですが、不思議なことに数日で物性が安定して出るようになりました。スキルが向上しただけですが、毎日の議論のおかげで加硫ゴムの理解が深まっただけでなく、原材料からプロセスを経て形になるまでのスキルやどのように観察をすれば良いのかなどの暗黙知を身につけることができました。この暗黙知は担当した防振ゴム開発で新たなアイデアを引き出す基になっただけでなく、30年経って担当した樹脂開発でも新たなアイデアを生み出す原動力になっていたと思います。
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異なる種類の高分子を混合(ブレンド)するときにフローリーハギンズ理論を最初に勉強する。そして、χパラメーターを考慮してブレンドする組み合わせを考える。ポリマーアロイはこのような手順で設計するもの、と思っていた。しかし35年前の新入社員時代に指導社員O氏から教えて頂いたのは、新しい材料を開発したければブレンド系の材料設計において高分子物理を信用してはいけない、というアドバイスでした。
30年経ち、高分子シミュレータOCTAが登場して高分子物理の成果を容易に可視化できるようになりました。OCTAは複数のプログラムの総称で、高分子のブレンド系シミュレーションではSUSHIを用います。SUSHIの計算でもχパラメーターを使用するので指導社員O氏の言葉によれば、計算結果を信用できないことになるが、いろいろ計算してみると分子構造の組み合わせによらずχに左右されて計算結果が異なって出ていることに気付く。おそらく指導社員O氏がアドバイスしたかった本質はここにあったのでしょう。
7年ほどセラミックスの研究開発に専念していたので、高分子材料開発歴は25年でありますが、その大半はブレンド系高分子材料を扱っていました。その経験から、おおざっぱにはフローリーハギンズ理論が当たっているかもしれないが、この理論を拡張あるいは修正しなければ説明のつかないブレンド系高分子およびその現象が多く存在する、と感じています。高分子物理の進歩に期待するところが大きいですが、指導社員O氏の言葉を借りれば、科学が遅れているので今でも錬金術のような怪しい方法で材料開発できる面白い分野、という見方もできます。
但し35年間に高分子物理は着実に進歩しており、低分子をポリマーアロイへの分散するときにはSUSHIの情報を材料設計に使えますので、OCTAを若い人が勉強する価値は十分あります。
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高分子のツボセミナーは、教科書ではありません。高分子材料を扱うときに、最低限これだけは知識として身につけていて欲しい項目だけをまとめました。高分子物理を重視し、その結果高分子重合の単元を省略しております。
40年前の大学における高分子の授業は、高分子合成化学が中心で、高分子物性については分析技術の一分野として扱われていたように記憶しています。しかし、実務で高分子を扱うときに、高分子重合に関する知識が重要となるシーンは少なくなりました。20年前にブリヂストンからコニカへ転職しましたときに、ラテックス重合を担当しましたが、商品開発を指向した研究開発現場では重合の知識よりも単膜の評価技術の方が重要でした。しかし、商品の品質と高分子材料の関係で問題が発生したときに、高分子物理を実務の視点でご指導してくださる先生の少なさに悩みました。物性評価技術は企業のノウハウ、と言ってしまえばそれまでですが、知識の整理の仕方だけでも実務寄りにして頂けると初心者にはありがたかった。実務2-3年の若い技術者を大学の先生のところへ質問に行かせても、問題解決につながるアイデアを持ち帰った確率は低く、さらに部下の力不足のせいにするにはかわいそうなこともしばしばありましたが、この問題は、大学の先生に責任があるのか、というと、大学の先生の使命を考えた場合に”?”である。むしろ技術情報を商売とするセミナー会社が生まれた背景となるのでしょうが、企業で20年研究開発マネジメントを行ってきて、大学とセミナー会社の隙間を埋めるサービスが必要と感じるようになりました。電脳書店設立の動機ですが、その思いから高分子のツボセミナーを販売しています。
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