高分子の難燃性について、燃焼という現象を科学の形式知で正確に論ずることが難しいゆえに評価技術が製品の分野ごとに様々である。
その評価技術さえほぼ出そろったのは20世紀末だ。だから高分子の難燃化技術は科学として未だ完成していない技術といっても間違いない。
ところがこれを理解されていない人が多い。高分子の難燃化技術に関しては、経験知が極めて重要である。またこれを無理に科学の形式知で記述しようとしたとたんに誤解を生みだす恐れがある。
評価技術さえ実務的な視点で決められてきたので、評価の物差しさえ科学の形式知といい難いからである。
このような前提で、高分子の難燃化を研究するときにどのように進めればよいのか、当方の経験知について次回から説明したい。
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LOIは、燃焼が急激な酸化現象であるという科学の視点から高分子の難燃性のグレードを決めようとした評価法である。
一方で、UL規格は、高分子材料の用途により燃焼時の挙動や求められる難燃性のレベルが異なるので、現実的な視点で実火災における材料の難燃性のレベルをモデル化して決めた規格である。
モデル化しているので当然のことだが実火災における材料のもらい火を100%実現しているとは言えない。しかし、40年近くの実績があり、産業界でUL規格を採用している製品は国内外に多い。
しかし実績のあるUL規格でも十分ではなく、分野ごとに難燃性の規格が存在する場合もあるので、製品開発に当たっては注意を要する。
30年ほど前に登場したコーンカロリーメーターは、UL規格よりも大きなサンプルと大きな火源を使用して、煙量なども評価できるので建築基準に採用されるようになった。
分野ごとに異なる難燃化規格を前提として、材料設計をどのように行うかは深刻な問題である。難燃性材料を設計するたびに目的とする燃焼試験を行い、材料設計できれば良いが、コーンカロリーメータのような大きなサンプルを用いるときには、事前にスクリーニングする方法がどうしても必要になる。
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UL規格とLOIとは相関しない。すなわち、LOIが高くてもULのあるグレードに合格しない材料が存在する。一方ULの最も低いグレードで難燃性試験に合格したからと言って、LOIが21以上となるわけでもない。
このUL規格とLOIと相関しない原因は、難燃性評価時の炎とサンプルの位置関係と炎の強さの影響が最も大きい。
まず炎の大きさだが、LOIはローソクの炎程度の火力(LOIのことをローソク試験と言っていた老人が当時いた)であるが、ULではそれよりもはるかに火力が強い。
この点はわずかな火力で着火する様子を観察する条件で評価しているという理由でLOIが厳しい評価条件となっている。ところが炎とサンプルの位置関係については、LOIは垂直に立てて、サンプルの上方から炎を近づける。
UL規格では、サンプルが水平あるいは垂直に置かれた状態で、下方から炎を当てる。実は、炎と言うのは先端が最も温度が高いので、炎とサンプルの位置関係からはUL規格の方が厳しい条件となる。
このようにLOIとUL規格では、評価試験方法が異なるので相関が無くても良いのだが、LOIは、継続燃焼し続けるのに必要な最低酸素濃度を指標化しているという科学的根拠なり考え方に納得できる。
それでは、それと相関していないUL規格では非科学的で問題があるのかというとそうではない。UL規格では火災における燃焼で「もらい火をしても火が消える」すなわち材料が着火しても燃えにくい、言葉をかえると難燃性という点をうまく評価測定法にとりいれている。
すなわち、実火災を想定した時に「燃えにくい」「万が一着火しても火が消える」材料とはどのような燃焼挙動を示すのか、という視点で評価試験法が作られている。
LOIは、化学反応の酸化現象に着目し考案された評価試験法であるが、UL規格は火災が起きたときの材料挙動を観察して決められた試験法である。
材料の用途により、火災のリスクは異なるので、製品設計時に経済性も考慮でき便利な規格なので多くの分野で採用されている。
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LOIは、燃焼という現象を急激に進行する酸化反応ととらえたときにわかりやすい高分子の難燃性評価指数である。しかし、この指数が見つかっただけで完成とならないのが高分子の難燃化技術である。
例えば家の構造材料と家電製品の構造材料では、LOIも含め同一基準で材料の難燃性を議論できないことは、すぐに気がつく。
出火する初期の原因が大きな火種となりやすい家の構造材料では、周囲の材料がすぐに高温にさらされるが、家電製品の内部において出火原因となる火種は小さくても密接している。
また、家電製品は構成材料の種類を制御管理することが可能となるが、家の場合には不特定多数の材料の製品がその内部に配置された状態で着火することになる。
すなわち、火災の初期における環境が同一ではなく、その差が大きい。ゆえに火災の発生初期における機構が材料の使用環境で異なることになり、使用環境ごとに適合した評価技術が必要になることに気がつく。
使用環境ごとに適合した材料の難燃性評価技術が必要になるので、市場の様々な分野に適した難燃性評価法が1970年以降開発されてきた。
その中でUL規格というアメリカの民間保険会社の研究機関が開発した評価法は、様々な火災現象における材料の変化と経済性リスクをうまくとらえた、難燃性のグレードとなっている。
建築の難燃性基準の多くがLOIで21以上の材料でなければ通過しないのに対し、UL規格において難燃性が低いレベルの難燃性材料ではLOIが21以下でも合格となる場合がある。
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極限酸素指数法(LOI)は、物質が継続燃焼するために必要な最低の酸素濃度を指数化した評価技術である。
空気の酸素濃度はおよそ21%なので、LOIが21以下の物質は、空気の酸素濃度よりも低い領域で燃焼できるので、火がつけば空気中では必ず継続燃焼する。
逆にLOIが21以上の物質は、酸素濃度が空気よりも高くなければ継続燃焼できないので、空気中で着火しても継続燃焼できないので自己消火性となる。
燃焼が急激に進行する酸化反応であることを示す、わかりやすい指数だ。しかし、実火災では、周囲の温度が800℃以上になることはよくあり、このくらいの温度になると、大半の有機物は、酸素濃度が低くても熱分解する。
高分子発泡体の難燃化研究を3年間行ったが、高分子の熱分析は欠かせない分析手法だった。この熱分析経験で600℃以上まで安定な有機高分子に出会ったことが無い。
窒素中において最も高い温度まで安定だったのは、特殊なフェノール樹脂で400℃まで熱分解しなかった。
高分子には280℃以下で1%以上熱分解するものも存在し、このフェノール樹脂の熱分析結果には大変びっくりした。ちなみに大抵のフェノール樹脂は280℃近辺から少し熱分解が始まる。
文献に書かれている限りの方法で製造したフェノール樹脂は350℃以下で熱分解が始まるので400℃まで安定なフェノール樹脂は世界初の材料だった。
この耐熱性が極めて高いフェノール樹脂でもLOIは38であり、40に届かなかった。ちなみに耐熱温度とLOIとは相関しそうで相関しない。
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1960年代、高分子の熱分解に関して研究が進みLOI法が発表された。1970年にはスガ試験機(株)で酸素指数燃焼性試験機が開発されている。
高分子の難燃性について1970年代にはかなり研究が進み、日本でも火災時に発生するガスに着目した建築関係の独自規格が登場している。そして、1980年代に縮合リン酸エステル系難燃剤の発展と臭素系難燃剤の上市が活発に行われた。
コーンカロリーメーターは1983年に米国で開発され、1993年にはこの測定装置に関する国際会議がつくばで開催されている。
高分子の難燃性評価装置に関する発展史から、全自動酸素指数測定装置の開発がニーズに対応して行われたものであることが伝わるだろうか。
但し測定対象サンプルとして燃焼速度の速い発泡体は考慮されていなかったので、ゴム会社の研究所において購入後、使えずに放置する事態になったのだ。
当方は、この全自動酸素指数測定装置の自動化機構の理解に努め、燃焼速度に制御が追いつけない問題をただ解決するだけで使い物になることを突き止めた。
しかし、改造のためには費用が発生する。課長は金を使わずに改良するように命じてきた。金をかけず一番手っ取り早い方法は、マニュアル測定だった。
ところが機械はマニュアル測定に対応していなかったので、制御系の電源を外し、一部ギアも外して、マニュアル制御できるようにして、その手順をアルゴリズムで書いた。
何か成果を出せ、という宿題に対しては、発泡体を熱プレスして密度を上げ、全自動酸素指数測定装置でLOIを自動測定し、発泡体のLOIについてはマニュアルで測定し、その両者の相関を求めた。
この研究結果から、相関係数がほぼ1となり、誤差分析の結果、発泡体のLOIが最大で0.5程度、熱プレスで高密度化したサンプルよりも低くなる、という成果が得られた。
発泡体密度によっては弾性率が低いためにサンプルが自立できない場合もあったので、専用のホルダーを手作りした。お金がないのでタイヤ試作室の職人にお願いし、ステンレスの端材をもらい、加工道具も借りて仕上げた芸術品である。
研究報告書とともにこのホルダーも課長に説明したところ、社内の品質発表会に推薦してくれて、そこで賞を頂くことができた。しかし、全自動酸素指数測定装置をただマニュアル測定できるように改造しただけなので、この受賞は心苦しかった。
マニュアルの測定手順をアルゴリズムで書いたので、おそらく課長はマニュアルであることに気がつかなかった可能性がある。ただし、アルゴリズムには目視とか手動と言う言葉が随所に登場していたが。
改善提案の審査員は、自動装置を手動測定に変えるという逆転の発想が素晴らしい、と褒めてくださったが、なぜか皮肉に聞こえた。研究部門から唯一推薦された発表がこの程度だったので、審査員もコメントに困ったのかもしれない。
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火災とは、不規則な燃焼が継続して進行する現象で、燃焼は急激に進行する酸化反応である。このような現象の中で耐えられる高分子材料の機能をどのように設計したらよいのか、という問題を科学的に解くことは難しい。
まず、急激に進行する酸化反応は、非平衡の現象である。それを科学的に表現できるほどのレベルに現代の科学は達していない。簡略化したモデルさえ難しい。
これは、燃焼試験の一つである極限酸素指数法(LOI)を使用してみるとすぐに理解できる。LOIは、物質の継続燃焼可能とする最低限の酸素濃度を指数化して、物質の難燃性の序列を評価する方法である。
着火する手順や、継続燃焼している時の炎の状況まで細かい決め事がある。実はこの試験法を用いて、急激に進行する酸化反応のモデルを組み立てる事すら難しい。
何故なら、いくら試料の燃焼状況を管理しても0.25程度ばらつく。多い時にはその測定値に1.0という偏差が観察さることもある。この偏差の原因について少し研究した経験があるが、試料のわずかなばらつきが影響していることが分かり、研究を諦めた。
この研究の過程で、発泡体サンプルでもばらつきを小さくできる手法を見出し、当時のJIS規格とは異なる独自の測定法を編み出し、ゴム会社から改善提案賞を頂いた。
LOIの測定値の精度を上げるためには、ISO規格でも不足しており、試料のセット方法や、ガス流量の調整方法まで厳格に管理する必要がある。
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高分子材料の難燃化技術は、1970年代に体系的な科学としての研究が始まったととらえている。その後もアカデミアでの研究が続けられているが、不燃化ではなく、難燃化という考え方が確立されたのも1970年代である。
実は、高分子を燃えにくくしようとする試みは、ピラミッドの時代から存在し、竹取物語では、高分子の不燃化が不可能である予測が登場し、かぐや姫のセリフにそれが示されている。もっともかぐや姫は月よりの使者だったので未来技術を知っていても不思議ではない。
それがようやく1970年代に火災に関する科学の体系的研究が活発になり、極限酸素指数法や、1983年にはコーンカロリーメーターの発明がなされている。
1980年代は高分子の難燃化が、科学による形式知が明確となり技術として発展し始めた時代であり、1993年につくばで第一回発熱速度と火災に関する国際会議が行われている。
この高分子の難燃化というテーマは、科学と技術について学ぶには大変適したテーマである。形式知だけで火災という現象をすべて記述できないことは明らかであるように、どうしても経験知をその理解のために使う必要がある。
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1970年代に高分子難燃化技術について形式知の整備が進んだ。ゴム会社就職前に東北大村上先生らが翻訳された古典的名著も出版されていた。
当方は大学院でこの書を読み、ホスホリルトリアミドをPVAの反応型難燃剤として使用できるようにデザインして、PVAの難燃化に学生時代成功していた。
PVAを難燃化材料の対象に選んだのは、難燃化が難しい高分子として知られていたからだ。当時は一部の高分子について難燃化が成功していた時代で、難燃化の基準も提案され始めた。
極限酸素指数法についてJIS化が検討されており、スガ燃焼試験機が発売された。PVAは環境にやさしい水性塗料に使用されていたので、極限酸素指数法で評価した結果を色材協会誌に論文投稿している。
当時すべての有機高分子材料を不燃化する技術は現実的ではなく、難燃化すなわち燃えにくくする技術が実用的と言う考え方が普及し始めており、そのための難燃化規格が各業界で検討されていた。
難燃二級は建築用の難燃規格として登場して、炎から逃げるように変形する硬質発泡体が、高分子発泡体メーカー各社から発売されるようになった。そしてアカデミアからも炎から逃げるように変形する高分子材料は難燃性高分子材料の一つ、とまでお墨付きがでた。
その結果、極限酸素指数値(LOI)で20にも満たない発泡体で台所用天井材が開発され、1980年になって社会問題化し始めた。ちなみにLOIは1970年代に提案された難燃性高分子材料の評価技術で、1970年末から各国で難燃化規格として検討され始めた。
高分子の難燃化技術について体系的な科学的研究は、1970年頃から始まった、と捉えている。ただし、森林火災についてホスホリルトリアミドのようなりん系化合物を散布する技術は知られていたので、高分子を燃えにくくする技術は古くから存在した。
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軟質ポリウレタン発泡体製造技術及び、それを実験室で簡便に行う方法など、軟質ポリウレタン発泡体を開発するための周辺情報についてそろったが、高分子の難燃化技術については、当時各社が競っていた時代である。
また、市販されているリン酸エステル系難燃剤について現在ほど種類が多くなかった。臭素系難燃剤について開発が盛んになるのはこの5年後である。
ただ、塩素系化合物と三酸化アンチモンとの組み合わせ難燃剤については、開発が先行しており、ゴム会社でも米国のタイヤ会社から技術導入した塩ビ粉とアンチモンとの組み合わせ難燃化技術が難燃性軟質ポリウレタン発泡体に使われていた。
この系の問題は、配合された処方を半日以上放置すると塩ビ粉やアンチモン系化合物が沈降し凝集して使えなくなる現象だった。また、この系の検討過程で難燃剤成分の分散状態が難燃性に影響を与えることも知られていた。
ところで、高分子の難燃化技術について、すでに一部難燃化機構が学会で議論されており、それなりの体系が見えつつあった。
教科書には、リン酸エステル系難燃剤による燃焼時の高分子の炭化機構が図示されており、また燃焼時に塩素とアンチモンが反応して塩化アンチモンが生成して空気を遮断する機構も解説されていた。
新しい難燃化機構として、溶融型や、炎から遠ざかるように変形する技術などが提案されていた。後者は当時の硬質ポリウレタン発泡体の難燃化技術として市場で成功していたかのように見えた技術である。
実はこの難燃化研究を担当してから半年後に難燃性天井材としてすでに販売されていた製品による火災多発が社会問題となっている。
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