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2015.12/12 高分子の未溶融体

高分子には、室温で固体のものから液体のものまで存在する。室温で固体であっても、加熱すると溶融体に変化する高分子は、樹脂あるいは熱可塑性ゴムと呼ばれている。加熱しても溶融体にならず熱分解し、さらに高温度で熱処理すると炭化した残渣を大量に生ずる高分子も存在する。
 
高温度で溶融体を生ずる高分子や室温で液体の高分子についてその状態は、科学的に解明されているように思っている人が多いが、解明されているのは特殊な場合だけであり、大半は未解明と言っても良い状態である。その昔フローリーにより体系化された高分子科学は、高分子を溶媒に溶解した状態、それも2%未満の希薄溶液の状態で研究された成果である。
 
教科書に書かれた高分子の性質の大半はこの科学に基づいているため、実務で遭遇する高分子の姿はしばしば教科書とは異なる。ところが教科書と異なる非科学的現象に遭遇した時に無理やり教科書の記述で理解しようとする人が多いのにはびっくりした。
  
科学の時代なので、教科書に記述された事柄で理解を進めても不都合はないが、教科書の記述とは異なっている、あるいは教科書に書かれたパラダイムと異なっているという認識は持ってほしい。すなわち、科学的に論じても間違いが無い部分と科学的に不明な部分とを認識しながら現象を眺める習慣は、高分子材料を扱う時に重要である。
 
この習慣を忘れると、例えば、樹脂を融点(Tm)以上で加熱した時に流動性を示すようになるが、この融体が高分子一本一本ばらばらの状態で流動している、という誤解を生じる。この誤解を持ったまま現象を眺めていると、現場で絶対に解決できない問題を生み出すことになる(注)

 
大半の樹脂は、Tm以上で加熱し混合しても高分子一本一本ばらばらで均一な状態にならない。これは粘弾性測定の実験を注意深く行うとそのように納得できるデータが得られる。すなわち、融体に含まれる高分子の一部が未溶融で存在する、と仮定しなければ説明のつかない現象を見出すことができる。そしてこれが科学だけでは理解できない現象を引きおこす。

  
(注)そもそも実務で遭遇する現象の大半が非平衡状態であることを忘れているのが問題

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2015.12/11 射出成形体のボツ

射出成型では金型に樹脂が押し付けられるのでボツは発生しない、と思っていたら、昨年面白い体験をした。中国のローカル企業を指導して、高い難燃性を有するPC/ABSの独自処方を開発した時だ。
 
横軸にPCの含有率をとり、縦軸に衝撃強度や引張強度の値をとった軸でグラフを書いたところ、公知の変化を示すグラフが得られた。引張強度が10%程度グラフ全体で低めになっている点以外は、異常のないデータに見えた。
 
ただ、全サンプルが10%前後低め、というのが少し気になったので、引張試験片の破断面観察を行ったところ、PCの未溶融物質で形成されたドメインがすべてにおいて観察された。大きなものでは0.5mmほどの大きさのドメインを見つけた。
 
たまたま上海近郊で知人が樹脂の混練事業をやっていたので、そこの二軸混練機を借りて混練してみたら、某ローカル企業と同一処方の配合で引張強度が20%ほど向上した。破断面観察を行っても異常は見つからなかったので、こちらがまともなデータなのだろうと考えた。
 
さて問題は某ローカル企業の二軸混練機である。L/Dは42程度で外観に異常はない。フィルターもオートチェンジャーがついている立派な装置である。表示温度が高めに出ているのか、と疑ったりしたが、熱電対に異常はなかった。
 
一通りの点検をして、スクリューとシリンダーの隙間が怪しいのではないか、と疑った。樹脂を流さないでスクリューを回転したところ、異音はしないが優しい音色である。おそらくこの二軸混練機ではポリマーアロイの混錬は不可能だ、と総経理に伝えたら、何とかならないかと言ってきた。
 
新しい二軸混練機を買うことを勧めたら、修理してくれと言う。さすがにそれは当方には無理だ、と答えたら、翌日その混練機メーカーの技術者を連れてきて、一緒にやってくれと言う。どうも通訳からうまく総経理へ話が伝わっていなかったようだ。
 
仕方がないので、スクリューセグメントをメーカー推奨の状態から変更し、さらにカオス混合装置を取り付けるように提案した。
 
2ケ月後にできあがったカオス混合装置をセットし、混練したところ、驚くべきことに引張強度が20%程度上がったのだ。そして破面観察を行っても未溶融物は見つからなかった。昨年高分子学会から招待されて講演したが、カオス混合装置がものすごい発明であることをもう少し宣伝すべきだった。

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2015.12/10 フィルムのボツ対策

高分子成形体で発生するボツ対策はノウハウであり、この欄で書きにくい内容である。公知事項の範囲で書こうとすると読み手からは靴の裏から足のかゆいところを書くような状態になる。また、思いつくまま書いているので、読み手には余計に分かりにくい内容になっていると思う。もし疑問に感じたらいつでも問い合わせていただきたい。
 
フィルム成形をしていてボツを見つけると、まずボツの分析を行う、というのが一般的なアクション。その時の分析手段は、電子顕微鏡や光学顕微鏡が一般的だろう。まず、目で観察する、というのは、小学校で習う科学の姿勢である。
 
ボツを目視で観察し、原因が分かることもある。すなわち、異物が原因でボツが発生しているときには、何らかの手段でその部分を観察すると容易に原因を特定できるので、対策に結び付けることが可能である。
 
まず大きな異物であれば、フィルターワークで対策できる。その異物がコンパウンド外から入ったものであれば、クリーンルームの作業に切り替えたり、作業着対策や作業者の訓練で解決できる。コンパウンドに添加されたフィラーが原因であれば、分散を改良したり、フィラーを変更したりして対策を進める。
 
とにかく、見える化で原因を特定できる時には、その原因を除去すればボツを減らすことが可能となる。しかし、それでもボツを0にはできないのが一般的で、フィルム製造の実技では毎度問題になる定番の品質欠点である。すなわち、見える化を行っても正体不明のボツがあり、その対策がわからないのでボツを0にできないのだ。
 
この正体不明のボツは、高分子の未溶融体であり、科学では理解できない現象である。もしできるという人がいれば教えて頂きたい。少し技術的センスのある人ならば、正体不明のボツを集めて、熱分析を行うだろう。DSCや粘弾性測定を行うと正体不明のボツの姿が見えてくる。GPC測定も情報を与えてくれる。
 
正体不明のボツの姿がおぼろげながら見えてくると、その対策を考えることになるが、これが大変なのである。ここでも少し書きにくい。コンパウンドの混錬の話になるのだが、ここにたどり着いた人は弊社にご相談ください。良い方法がある。(明日もボツ)
 
 
 

カテゴリー : 一般 高分子

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2015.12/09 PPS中間転写ベルトのボツ

高分子の未溶融物の問題は難しい。例えばPPS中間転写ベルトは、PPSにカーボンを分散して製造するので、押出成形でボツが発生した時に、カーボンに含まれる異物でボツが発生しているのか、未溶融物でボツが発生しているのか原因を特定しにくい。
 
科学で現象が解明されていない場合に技術で問題解決することになるのだが、PPS中間転写ベルトのボツ問題は、技術による問題解決でうまくいき、実践知を多く身に着けることができた。また、コールドスラッジについても一般に言われている話が必ずしも正しくないことも学んだ。
 
開発がうまくいっていない状況で引き継いだ業務だったので、押出金型の見直しも行う経験ができた。Tダイをそのまま丸くしたコートハンガーダイやスパイラルダイ、スパイダーダイなどいろいろなダイをためし、ダイによりボツ発生に差異があることも発見した。
 
ここでは書きにくいので興味のある方は問い合わせていただきたいが、このような世界は実践知と暗黙知の世界であり、技術者により見解がわかれる対策もある。しかし、ボツを減少させるソリューションの一つとしてコンパウンド段階の対策は、有効だと思っている。
 
過去にこの欄で紹介したが、カオス混合によるコンパウンドは、未溶融物により発生するボツを減少できる。すなわち、コンパウンド段階で十分に練を進めて可能な限り分子状態でバラバラにできれば、押出成形で未溶融物の発生を減少できる。
 
カオス混合以外の混練方法では、二軸混練機2機種、石臼式混練機、バンバリーなどを検討したが、ボツ発生を抑えることはできなかった。この経験からカオス混合は高分子の未溶融物を少なくできる混練方法との実践知を得た。(明日もボツ)
  

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2015.12/08 フィルムのボツ

高分子の未溶融体で品質問題となった時にわかりにくいのが、押出成形により製造されるフイルムで発生するボツである。ボツについては、原料に含まれる異物で発生しやすいので、フィルターワークや工程のクリーン度をあげたりして対策する場合があるが、これで問題解決できれば幸運である。
 
高分子の未溶融体でボツが発生しているときにその正体を見つけることは不可能である。すなわち、正体不明のボツを見つけてはじめて高分子の未溶融体の存在を考えることになる。高分子の未溶融体は、フィルターワークでも除去できない場合が多いので消去法で答を見出すことになる。
 
光学用フィルムでは、延伸工程でボツが消失し、輝点異物となる場合がある。ある日PETフィルムの輝点異物を集めて分析したところ、結晶化したPETが他の部分よりも多く含まれていた。このような結果ではない場合も存在したので、断定的な結論を避けるが、高分子の未溶融体は結晶部分がまずその原因として考えられる。
 
写真会社で経験したTダイによるPETフィルム成形では、ボツの問題で悩むことは無かったが、しばしば遭遇する輝点異物には迷惑した。後工程の下引き処理で発生するエラーとの区別が難しいために、時々対策を誤ったりした。詳細をここでは書きにくいが、ボツが100%発生しないフィルムは存在しない、ということとボツの発生個所には局在化している場合とランダムな場合が存在する点は注意したい。全体のシステムでボツの発生の仕方が変わる(ただしここでは輝点異物がすべてボツ由来と仮定している)。
 
PPSは20年ほど前からそのフィルムが登場しているが、ボツの発生により量産体制に入るまでその対策に苦労した樹脂と聞いている。フィルムの中央のボツが少ないところを商品として供給していたようだ。PPSフィルムの成形は経験が無いが、PPSベルトについては10年前に業務を引き継いだ経験がある。抵抗の安定化とボツ問題の解消が最後に残ったミッションと言われ、やや尻込みした。
 
前任者が言うには、某フィルムメーカーがPPSフィルムの量産をできるようになったのは、写真会社でベルト成形の研究を進めたおかげだそうだ。当方が単身赴任する前に、前任者は大変低い歩留まりのPPSベルトをある方法で商品化していた。フィルムはマグロのトロのように部位を選んで切り取ることができるが、ベルトは、円柱状で成形しそのまま使用するので、それができない、だから技術的に大変難しい。
 
それを実用化できたのだから、と自慢し、歩留まりを上げるのが当方の仕事と言っていた。当方はその傲慢な物言いに憤りを感じたが、PPSメーカーが聞いたならもっとカチンときたかもしれない。しかしベルトはフィルムのように押し出された中央部分だけを使うということはできないので、一理ある。(明日に続く)

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2015.11/30 酸化スズゾルと技術者(10)

特公昭35-6616という特許を発明した技術者はどのような人なのだろう。写真会社にはその人物をご存じの方がすでにいなかった。なぜこの特許を書いた後に他の特許出願をしなかったのだろう、という疑問があった。この特許が公開された後、日米の企業で対抗出願が多数なされているにも関わらず、この人物が所属した組織から5年間一件もこの関連の特許が出願されていない。
 
想像になるが、当時酸化スズゾルの科学的情報は、皆無に近かったので、自分の実験結果に自信が無かったのかもしれない。特許に書かれた実施例は、偶然できた薄膜をネタにして書かれた可能性がある。実際に30年以上経って実施された再現実験では、実施例に記載された因子以外の因子を最適化し制御しなければ、実施例のデータを再現することができなかった。タグチメソッドを知らなければ、大変な工数になる仕事である。
 
もし、この想像が正しいならば、何故再現性を改善する実験を行わなかったのかという新たな疑問が出てくる。ニーズが無かった訳ではない。写真フィルムに帯電防止技術は不可欠である。現像処理後も帯電防止能力が劣化しない技術は、当時は夢の技術だったはずである。
 
発明者に直接聞くことができないので、いろいろと想像することになるが、実際に開発を進めてみて痛感したのは、科学的情報が少ない技術開発は、企業風土によってはかなり困難な活動になる場合がある、と言うことだ。ゴム会社では、道の見えない技術開発は歓迎(注)されたが、写真会社では、どちらかと言えば、肩身の狭い仕事になった。
 
科学的に明確で、あとは実用化だけ、という仕事は易しいが、競合が多くなる。一方科学的に不明確で先が見えない仕事は難しく、それを推進するためには、周囲の理解が必要となる。最近は、さらにこのような仕事はやりにくくなったと聞く。
 
科学的に未解明で訳の分からない現象というものは多い。例えばSTAP現象はそのような現象の一つで、科学的な否定証明はなされているが、なぜできないのか、という命題に対する答えはまだ知られていない。このような現象について企業で研究開発を進めるためには、経営者の理解とそれを許す組織風土が必要となる。
 
昭和35年頃の科学の状況は、ITO膜の発見はあったが、酸化スズ単結晶の性質については未解明であり、そのため導電機構は、科学的に未解明の状態であった。ただ、ITO膜は再現よく導電性を示したので、すぐにATO膜も発明され、酸化物半導体の科学がこの頃より発展してゆく。
 
ただ、非晶質体の物性については、現在でもその科学の完成ができていないように、当時はまったく手つかずに近い状態だった。ある種の物質の非晶質体の一形態であるガラスの研究はすでに行われていたが、それは、モルフォロジーに関する研究であり、電気的な研究が活発に行われるようになったのは10年後あたりからである。
 
(注)新入社員の研修では、二律背反の現象の問題解決はすばらしい仕事として紹介された。そして未知への挑戦は会社の風土であるとも。新規事業を起業するチャレンジも歓迎された。高純度SiCの事業提案とその推進を7年も売り上げ0で推進できたのは、このような風土だったからである。

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2015.11/29 酸化スズと技術者(9)

面白い仕事は人を育てる。特に技術の仕事は面白くする必要がある。どうしても泥臭いプロセスが仕事に入ってくるからだ。面白さが少しでもあれば、泥臭さが9割でも技術者は一生懸命仕事をやり、そして一生懸命仕事に打ち込み実践知を身につけ暗黙知を獲得してゆく。
 
酸化スズの帯電防止技術開発は何が面白かったのか。管理職の立場では、ライバル特許網に風穴を開ける醍醐味と、担当者の立場では、新発見ができた楽しさである。
 
薄膜評価では、クラックが発生して直流で正確な抵抗測定ができない障害にたびたび遭遇した。この問題については、インピーダンス法で評価する技術を開発した。
 
単なる薄膜のインピーダンス評価法だが、その周波数依存性とパーコレーション転移の関係、フィルム帯電の実技評価法である灰付着テストとの関係に新発見があった。
 
またゾルのような超微粒子を水溶性高分子に分散したときに生じるパーコレーション転移を自由に制御できる技術も技術として開発できた。これは一部日本化学会でパーコレーション転移の破壊として、技術に採用した逆の現象に置き換え発表している。これはノウハウを隠すためである。日本化学会からは若い技術者が講演賞を頂いている。
 
酸化スズゾルに含まれる微粒子は非晶質で科学的に大変怪しい材料である。しかし、技術としてその機能を制御することは可能で、帯電防止層として活用されてきた。
 
酸化スズの仕事では、日本化学会と化学工業協会から賞を頂き、さらにその技術を担当した若い技術者はその後学位をめざし無事取得している。形式知と実践知、そしてゴム会社で身につけた「技」暗黙知を駆使して、昭和35年の特許を実用化した仕事はサラリーマン生活における楽しい思い出の一つである。
   

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2015.11/28 酸化スズと技術者(8)

市販の酸化スズゾルに含まれていた微粒子の導電性と特公昭35-6616から推定された微粒子の導電性とは2桁程度異なっていた。そこで特許の実施例に書かれた酸化スズの合成法について、実施例に書かれていない因子を書き出し、魚の骨にまとめた。
 
やる気を喪失していた若い技術者がいたので、面白い大発見ができる、とおだてて、実施例に隠されていた因子について実験計画法を行い、酸化スズを合成してみた。
 
驚くべきことに、導電性は、1000000倍まで変動した18種の微粒子を合成することができた。最も良い条件では、実施例通りの1000Ωcmの特性が得られていた。
 
近くの都立科技大学(現在は都立大学)に導電性の専門家がいる、と聞いたので、その若い技術者を一年派遣して、この酸化スズの導電性の研究をやらせることにした。
 
本人は大変喜んで、一年後にはそれまで未発見の導電性準位があることを見つけてくれたが、大学の先生がアモルファスの同定は難しいので、と公開を辞退されたため学会発表を行っていない。
 
その後その技術者は自分の道を見つけてくれて、寿退社した。この酸化スズの実用化は、バトミントンに夢中になっていた技術者に引き継がれた。この仕事が面白かったのかどうか知らないが、化学工業協会から賞をいただける程度まで技術を完成させて、途中紆余曲折はあったが実用化できた。
    

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2015.11/27 酸化スズと技術者(7)

酸化スズゾルをシャーレに入れて、ドラフトの中に放置したところ、1ケ月弱で10%相当の重量になり、ゾルから固形分を取り出すことができた。その固形分を粉砕し、圧粉法で圧力を掛けながら導電性の変化をグラフ化し、外挿法で微粒子の導電性を求めた。
 
驚くべきことに、酸化スズゾルに含まれる微粒子は、10000Ωcm未満の半導体であることが分かった。しかし、過去の研究レポートでは、酸化スズゾルから生成した薄膜は絶縁体と評価されていた。研究レポートに従い、薄膜を製造しその評価をしたところ、確かに導電性は無かった。
 
不思議に思い、顕微鏡観察を行ったところ、薄膜には微細なクラックが観察された。すなわち微細なクラックが大きな接触抵抗をうみだし、絶縁性を示していたのだ。
 
薄膜に生成している微細なクラックは目視観察では気がつかない。薄膜に導電性がないことを疑って初めて見つかる現象であった。科学者はときおりこのようなミスを行う。STAP細胞では、何らかのミスが重なり、あのような大騒ぎになったのだろう。
 
技術者は、自然現象から機能を取り出そうと努力をするので、愚直な実験方法を選ぶ。バカな方法でも、それが必要であれば、実行するのが技術者である。あくまでも現物にこだわり、その現物を用いたあらゆる条件の実験で仮説が否定されて初めて技術者は、一つの仮説を断念する。そして新たな仮説に基づき機能の取り出しを試みる。
 
あらゆる条件の実験をどのようにデザインするのかは、技術者の力量に依存する。科学的知識が豊かでも、技術者としての力量が低いために簡単な実験で早急に結論を出す人がいる。一方科学分野の知識が乏しくても心眼を使い、身の回りの設備を用いた可能な限りの実験を愚直に行い技術を創り上げる人もいる。ゴム会社と写真会社それぞれの会社で、後者のタイプの技術者に出会ったが、ゴム会社では評価されていたが写真会社では評価されていなかった。当方は後者の人を技術者として力量が高いと評価した。
 
面白いのは、科学的に実験を進めて非科学的な技術が出来上がったりする。話はそれるが、カオス混合装置を用いた中間転写ベルト用のコンパウンドは、科学的には相溶しないと言われている高分子の組み合わせで相溶現象を起こし、わずかに生じるスピノーダル分解を活用し凝集したカーボンの接触抵抗をコントロールしている非科学的成果である。PPSと各種ナイロンの組み合わせでコンパウンドを製造し、カーボンの凝集状態を観察しながら技術開発を進めた。これは酸化スズゾルのパーコレーション転移制御技術を担当してから15年後の成果である。
  

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2015.11/26 酸化スズと技術者(6)

1990年頃市販されていた酸化スズゾルが絶縁体である、という社内レポートは、科学的にレベルの高い否定証明の報告書だった。当時複合材料で一般に用いられていた複合則を用いて超微粒子の導電性まで推定していた。
 
このレポートを書いた技術者は、それなりの能力の技術者と思われたが、企業風土が悪かった。技術を追求する風土ではなかったのだ。日本の企業では、自然科学の優秀な研究者を採用している。
 
そして、やがてメンバーの一員として管理職に、さらには経営陣へ成長してゆくことが人材に求められている。このような風土では、技術者としての自己実現など目標にうっかり努力すればラインから外されてしまう。
 
日本の多くの企業では、技術者の将来として技術者のままでいることを期待していない。しかし、今の時代は技術者のジョブも高度化しているのでジョブ中心の採用と育成が求められている。
 
もし技術者が本当に酸化スズゾルの機能を実用化したいと考えたならば、酸化スズゾルの微粒子を取り出し、その導電性を直接評価する、という泥臭い方法を行わなければいけない。すなわち現物の機能を現物で評価する、という技術者の鉄則に従い業務を遂行する。
 
確かに10wt%程度の濃度のゾルから超粒子を取り出すのは大変で、それなりの「技」がいる。濾過して超微粒子を取り出すことなどできないからだ。
 
これをスプレードライ法で取り出す、というアイデアがひらめいた技術者はそれなりの実践知を持っているが、スプレードライでは加熱プロセスを避けて通れないので、「加熱により物質が変化する」という形式知に邪魔され、その採用ができない。
 
愚直に自然乾燥で取り出す、という方法があるが、意外にもこの方法を馬鹿にする技術者は多い。実際にある担当者にお願いしたら、「どうぞ暇に任せてご自分でやってください」と、言われた。シャーレに分取し、紙をかぶせてドラフトに放置するだけの15分もかからない作業であるが、絶縁体として結論が出ている材料ではmotivationそのものが沸いてこない。
  

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