あまり公開したくないが、上手な思考実験のコツというものが存在する。思考実験を夢想実験と誤解している人がいるが、怪しげな妄想とは異なる。思考実験にもルールが存在する。
思考実験についてはニュートンの万有引力の法則発見が有名な事例だが、マッハも認めている非科学の成果である。非科学ではあるが一定のルールで実験を行っているとマッハ力学史には書かれている。
面白いのは、思考実験でも失敗することがある。というよりも思考実験で何度も何度も失敗し、その結果新たなアイデアが生まれるといった方が良いかもしれない。
ただし文章の推敲とは似て非なるものである。文章の推敲作業では、何か採用されるアイデアが存在するが、思考実験では、すべて失敗することもある。
ただ思考実験の良いところは、どれだけ失敗してもお金がかからない点である。電気粘性流体の耐久性向上技術は、思考実験で何度も失敗したので、一晩で技術が生まれている。
カテゴリー : 一般
pagetop
昨日の文春オンラインに長野県上高井郡小布施(おぶせ)町の役場でこの2年間に3人の職員が自殺したという記事が公開されていた。
原因はソニー勤務後町長に就任した人物(73)にあるような書き方だった。町長はソニーの経験を役場内の組織に適用したとの反省の弁を述べていた、とある。
ニュースを読む限りではそれなりに誠実な人なのだろう。今パワハラやセクハラはじめ各種ハラスメントを無くそうという社会機運がある。
実は各種ハラスメントを無くしても組織の在り方、運営を間違えたなら自殺者だけでなく他人の業務妨害をするような悪人まで現れる(注)。
当方はゴム会社で新規事業を起業した後、組織内でいわゆる「いじめ」にあい、その極めつけが会議前になると報告資料のデータが入ったFDが壊されている、という状態まで追い詰められた。
当方の当時の状況では自殺してもおかしくないと今でも思っている。しかし、当方はドラッカーを読んでいたのでこのような組織内の問題に死なずに何とか対応していた。ただ、事件の数々を上司に隠蔽化され、にっちもさっちもいかなくなって自殺ではなく転職している。
ハラスメントを解決しても、研究所と言う特殊な組織風土で発生する人間特有の残酷さはリーダーが気を配りマネジメントしない限り無くならない。
そもそも組織運営は平凡な人間に非凡なアウトプットを出させる仕組みが最良であるとされている。ゆえに民間の厳しい手法をぬるま湯だった職場にそのまま持ち込んだなら、一人や二人自殺者が出るのは当然と考えてマネジメントにあたるべきだった(そのままではなく役場に適するようなマネジメントを工夫すべきだった)。
今ロシアとウクライナの戦争がつぶさにニュースで報じられている。平和ボケしている日本人には理解できないロシア兵士の残虐性だが、それが戦争と言う業務から発生していることを忘れている。
どのような組織マネジメントが良いのか、ドラッカーの多数の著書に分散して書かれている。ゆえに彼が読者に何を伝えたいのかわかりにくいところがある。ただし、組織の被害者になって読み返すと理解できる。
(注)企業における異常な事件は自殺ばかりではない。他人に対して攻撃的な行動をとる人物を生み出したりする。ゴム会社では当方が転職後とんでもない事件が起きている。
カテゴリー : 一般
pagetop
20世紀は科学技術が急速な進歩を遂げた時代とよく言われる。そのように言われても、科学によらない技術も多数生まれている。当方の発明の多くは、科学を活用していない発明である。
少なくとも技術の芽を出すところでは科学を用いていない。そのためFDを壊されるようなひどい目に遭っている。犯人は科学こそ唯一の技術を生み出すエンジンと信じていた人間である。
科学を盲信している人には当方の技術開発手法を科学を冒涜するけしからん行為に見えるらしい。iPS細胞もそのようにして生まれているにもかかわらず、なんでも科学のおかげとしたい人が多い。
しかし、自然界の現象を眺めるときに機能へ着眼すれば科学によらなくても思考実験で新たな技術開発が可能である。例えば高純度SiCの合成技術では前駆体の製造技術が重要であり、この技術創出のために科学は使われなかった。
技術が創出されてからは、科学による反応機構の解明など科学をふんだんに活用し学位を取得しているが、技術創出に際して思考実験が最初に有効に働いている。思考実験に成功していたので新たな機能を見出すことができた、ともいえる。
高分子科学の基本であるフローリー・ハギンズ理論に反する材料の二相系システムにおいて均一な単相系システム変換する機能は、実際の実験を行う前に頭の中で繰り返し行われた思考実験で見出されている。
カテゴリー : 一般
pagetop
学生時代に満足に弾けなかった「禁じられた遊び」をコロナ禍の2年間に練習して弾けるようになった。若いころとの違いは、努力の仕方を身に着けたからである。
人生を生き抜くためにはやはりそれなりの努力が必要で、例えば偏差値が50以上の大学に合格しようとしたならば受験勉強の努力がそれなりに必要である。
低い偏差値の大学を侮ってはいけない。試験で合格しようとしたときに、それなりに勉強しなければトップで合格できない。東大はじめどこの大学でもトップ合格のためにはそれなりの努力が必要となる。
努力も何もしなくても今幸せだという人がいるかもしれないが、当方から見るとそのような人はかわいそうだと思う。やはり、努力をして得た何らかの成功体験による幸福感というものは、人生の幸福感として最高のものと思う(注)。
さて、その時の努力の仕方であるが、まず成功したといえるゴールが明確になっていることが重要である。つぎにその努力が誰のためであるのか、それを明確にすることも必要だ。
3つめに努力の結果成功しても報酬が得られないときの覚悟も重要である。この3つ目の覚悟ができているかどうかは、成功した時の幸福感を大きく左右する。
銀メダルを取った女性マラソンランナーの名言、「自分を褒めてやりたい」という言葉が最大の幸福感となるような努力が良いのかもしれない。
おそらく彼女はメダルの色は何でもよかった可能性がある。多大なプレッシャーを抱え最低でも日本人トップでゴールできること、そこを彼女は当時目標としていたのかもしれない。
逆に自分を褒めることのできない努力をしない方が良い。努力して成功してもいつでも正しく報われる社会ではないからだ。
当方のこれまでの人生でも他人のために努力して成功し、努力の対価としてふさわしく報われた経験は無い。例えばゴム会社における業務はすべて過重労働で行っており、膨大な残業代を申請していないだけでなく最後は、事業を立ち上げてもFDを壊されるような妨害を受け転職している。
散々な12年間だったが、命をかけるほどの努力をし生きる力を磨けた時代でもある。社長方針通りの事業を立ち上げてもそれにふさわしい報酬どころか残業代さえも申請できず頂いていない。
この努力の結果における成功体験で、努力をするときの心構えを理解できた気がしている。「自分を褒めてやりたい」と言える努力をするのがコツだと思うようになった。
ただし、自画自賛ではない。住友金属工業とのJVとして立ち上げた高純度SiCの事業は、日本化学会技術賞を受賞するなど多数の賞を頂いただけでなく、現在は愛知県のセラミックス会社で事業が継承されている。
(注)これは価値観の類かもしれない。ただ当方が伝えたいのは、若いころに弾けなかった「禁じられた遊び」を今頃弾けるようになっても幸福感を感じられる人生を伝えたいのである。この曲は中級レベルの曲なので、大した努力をしなくても弾けるようになれる人がいるかもしれない。それでも当方は若いころに最後までそれを弾けなかったのだ。才能が無かった、と言ってしまえばそれまでだが、奮闘努力し、できなかったことができるようになる喜びを忘れないようにしたい。平和でなければ味わえない喜びである。
カテゴリー : 一般
pagetop
反応速度論においてアーレニウスプロットを行うと直線が得られ、その直線の傾きから活性化エネルギーが得られることを化学系の大学生ならば、初期の2年間の間に学ぶ。
おそらく高等専門学校でも反応速度論を学ぶと思うが、これが本来経験則から生まれた学問であることを知らない人が多い。そもそも化学反応機構を解析するために考案された経験則である。
無機化合物や有機化合物の反応機構の解析にこの反応速度論は重要なツールであり、アーレニウスプロットは、仮説設定した反応機構でモニターされた結果を確認するために重要な作業である。
これがうまく直線にならない場合には、仮説が間違っていることになる。一方直線が得られ、仮説が正しいと確認されても、まだ真理の一つにはならず、仮説の反応機構で反応が進行していることを示す中間体なり副反応の有無などを確認する実験が必要になる。
反応中間体や副反応の有無、反応の誘導期間の確認など様々な検証結果が揃えられて有機化学や無機化学の反応が調べられて、反応速度論も体系化されてきた。
1970年代からこのアーレニウスプロットの考え方を高分子の劣化問題にも応用する研究者が現れ、それなりの成果が得られたので、今では耐久試験データを整理するために普通にアーレニウスプロットが用いられたりしているが、ここに大きな落とし穴が存在する。
カテゴリー : 一般
pagetop
知床半島の遭難事故について、経営者の資質が問われている。この経営者は、ある経営コンサルタントの指南を受け、多角化を行い、経営の素人から脱却したと言われている。
そしてその経営コンサルタントから芸術的資質の成功者として褒めちぎられていたようだ。それが、今はもう削除された経営コンサルタントのブログに書かれていたそうだ。
この経営コンサルタントのサイトを眺めてみて少し思ったのは、ドラッカーを読んでいない可能性が高い、ということだ。
ドラッカーは20世紀の哲人であり、もう古い、という人もいるが、18歳から彼の書を読み続け、それを実践し高純度SiCの事業をゴム会社で立ち上げている。
今回の観光船の会社の社長ほど短期間に事業を軌道に乗せたわけではないが、30年以上ゴム会社で高純度SiCの事業は継続し、2018年に愛知県のセラミックス会社へ事業が売却された。
遭難事故のような事件を起こさず無難に事業を継続できたのはドラッカーの書に従っただけである。ただし、それに従ったために転職しているが、その判断で事業が継続されたと思っている。
現在の会社も一度コロナ禍前に黒字になりかけたが、中国の事業がコロナ禍ですべてダメになり、今また再構築の最中だが、ドラッカーを読み返しながら倒産せずに何とか頑張っている。
カテゴリー : 一般
pagetop
材料力学は、一応完成した体系として大学4年間に学ぶ。しかし、その一部高分子のレオロジーについては、20世紀末にダッシュポットとバネのモデルの体系が崩壊している。
そして、分子一本から積み上げその体系を見直す研究が現在も行われている。OCTAは高分子物理を可視化できる優れたシミュレーターである。
高分子物理については今も発展途上である。ゆえにその体系が必要となる混練の体系も未完成と言わざるを得ないが、分配混合と分散混合という粉体の混合技術の体系が混練の体系として一般的に用いられている。
不思議なのは、当方がゴム会社に入社した時にはこの体系は無く、ダッシュポットとバネのモデルを使ったレオロジーの視点で学習している。もっともこれはOJTの中で毎日午前中3時間の講義を3か月指導された体系であるが。
今一般的に用いられている分散混合と分配混合による体系では、混練を単純な混合と分散技術としてとらえるときには便利でわかりやすい。
しかし、これではゴムや樹脂の目標物性をデザインしようとする時に応用できない。ゴムや樹脂では練りの要素が物性に現れるのでどうしても混練プロセスのレオロジーによる理解が必要になる。
少なくともロール混練では、ロール間距離の考え方や返しの技などが何故必要なのかを理解するためにレオロジーの視点がどうしても必要になる。
また、バンバリーでは投入順序により出来上がるコンパウンドの状態が変化する。これも分散混合や分配混合の視点から合理的な説明ができない。
さらに、カオス混合を実現したいと思ったときにどのようにプロセス設計すべきか分配混合や分散混合からアイデアをひねり出すことができない問題がある。
カテゴリー : 一般 高分子
pagetop
問題の認識の違いが答えの違いをもたらす、とは故ドラッカーの名言だが、昨日でも佐々木投手と白井球審との話題がネットに多かった。プロ野球OBの体験談も飛び出したりしている。
この欄で指摘したが、最初に報じられたニュースのすべての記事に佐々木投手の判定に不満な態度について書かれていた。野球のルール書に厳格に従えばこれだけで退場が命じられる出来事だ。
実際にこのような厳密な運営を行ったら面白くなくなるから球審が目こぼしをしたのだが、これが何日も議論が続く原因を生み出したようだ。
何故他のものは意見が違うのかを明らかにすることからスタートしなければならない、と言うのも故ドラッカーの名言であり、今回の場合はボール判定に対する佐々木投手の態度に対する見解が異なることからスタートすることになる。
しかし、ニュース記事全てに不満な態度をとったと書いてあったから、球審はルールに従い退場を命じればよかった。その方が問題が明確になる。
ルール書には球審の判定に不服を申し立てることを禁じているのだからあの場合に退場を命じておれば、問題は厳しすぎる球審の判断、となる。
ただし審判がルール書に厳格に従い判断を出すことは間違っていない。それで野球が面白いかどうかという別の問題が生じ、議論が行われるだろう。
ところが、佐々木投手と白井球審との間で問題が起きたときにルール書に従い、白井球審が退場を命じなかったことが問題だ。ゆえに正しい問題が見えなくなりいつまでも議論が続くことになる。
恐らくいまごろ佐々木投手は井口監督から説明を受け白井球審の意図を理解しているに違いない。そのため井口監督は選手登録を抹消し休養させたのだろう。
これは監督の効果的な意思決定であり、どのような認識の仕方が出てくるのか監督も予想したうえで休養としたのではないかと想像する。
カテゴリー : 一般
pagetop
昨日も佐々木投手と白井球審の記事が目についた。その中に井口監督が佐々木投手を休養させるために選手登録を抹消したとの記事があった。
今時の若者はそれなりの実力があっても今回のようなトラブルで大きな精神的ダメージを受ける。パワハラ撲滅が叫ばれるゆえんである。
バブル崩壊後若者の精神の弱体化が進んだように思う。またそれにより社会全体の保守化が進み、イノベーションを避ける動きが出てきた。
ゴム会社は、1980年代第二の創業をスローガンに電池とメカトロニクス、ファインセラミックスを三本の柱に多角化を目指したが40年近く経ち、最近第三の創業と称してタイヤ事業一本に絞る経営が行われている。
井口監督はこのような社会の変化に敏感かどうかは知らないが、佐々木投手に対する配慮は今の時代の流れに沿った対応だと思う。
時代に沿った対応ではあるが、例えば巨人に移籍した中田のように成長できない状態になるリスクがある。佐々木投手が休養後、無事復活できるようにうまく指導できるかどうか。
カテゴリー : 一般
pagetop
昨日は24日のロッテ-オリックス戦で見せた白井球審の態度についての記事が多かった。白井球審が大人げない、という論調の記事が大半だが、審判という立場であれば佐々木投手への配慮として誠実な対応と言う記事も少数存在した。
ただし多数の記事を読み見えてきたのは、試合の流れからあの場面で白井球審が佐々木投手に退場を命じても良い場面だったようだ。
当方は試合を見ていなかったので何とも言えないが、すべての記事に、公認野球規則8.01(d)に違反した佐々木投手の行動が記載されており、白井球審は規則を説明し佐々木投手に退場を命じておれば問題は発生しなかったようだ。
全ての記事で記載されたこの規則違反である彼の行動の評価について意見が割れ、規則違反の行動ではあったのだが、規則を知らないために意見が割れていた、というのが真相だろう。
ただし、試合中に判断を下すのは審判の役割であり、どのようなスポーツでも最初に下される判断は審判が出さなければいけない。想像するに白井球審は佐々木選手に不名誉な退場を命じることを我慢し、指導した可能性が高い。
指導ならばベンチに下がって見えないところでやればよい、と記載していた記事もあったが、公認野球規則に違反していても目こぼしをしなければならない白井球審にしてみれば、大人げないかもしれないが、職務上その場で審判として叱りたかったのだろう。
昨日の選手と審判とのトラブルでは様々な見解が出てくる。しかし、どのような見解でもそのよりどころとなる事実は同じで視点と知識情報量(今回は規則に対する無知)が異なるために見解が異なっているだけである。
ゆえに事実を追ってゆくと本来のあるべき姿が見えてきて、どのように問題解決すべきだったのか反省点が見えてくる(注)。
表現や見解は異なるがすべての記事に記載された「規則に反した行動」を球審は杓子どおりに退場としなかったので、佐々木投手は感謝しなければいけなかったのかもしれない。
心配なのは佐々木投手の精神面である。このようなごたごたは人生経験を積んでいない真面目な若者には少なからずショックを受けるものである。当方が監督ならばローテーションから外し、しばらく休養させる。今の若者にはそのくらい配慮した対応が必要だ。
(注)<科学と技術>
科学で見出された真理とそれにより導き出された定理は自然現象のルールブックのようでもある。1960年代に活発になった研究所ブームは、技術開発において科学に忠実に行うことが重視され、ゴム会社の研究所のようにアカデミアよりもアカデミックなところも存在した。しかし、技術開発ではこの投手と球審の問題の議論のようにルールブックの存在を一度忘れた方が新機能の発見が容易になる。スポーツではルールブックに厳格でなければ面白味が半減するが、技術では科学に縛られず自由な発想をしたほうが新しい機能創出が容易となる。
カテゴリー : 一般
pagetop