440Hzの2倍の周波数は、880Hzである。これは1オクターブ高いラ(完全8度)の振動数になる。
1.2倍の周波数は528Hzでこれは、ド(C:A音とは短3度の位置関係)である。
1.5倍の周波数は660Hzであり、ミ(E:A音とは完全5度の位置関係)だ。ラドミは、一つの和音として小学校で習う。
この時、ドに#をつけると550Hzの周波数となり、A音との位置関係は長3度の関係になる。
ラドミの和音と、ラ(#ド)ミの和音では、少し響きが異なる印象となる。音楽を聴いたときに音の印象が異なるのは、このような和音の響き方に原因があるのだが、ドに#がついてもつかなくても、あるいは印象の違いがあっても、和音として不協和ではない。
この3音について、ラとドの振動数の比は5:6であり、ラとミの関係は2:3でそれぞれ整数比になっている。
実はドレミファソラシドの各音の周波数が、簡単な整数比となる組み合わせは、不協和とならず、協和な和音となる。
もし小学校の時にこのように音楽を学んでいたなら、もう少し音楽を好きになっていたかもしれない。義務教育でわかりにくかった授業は音楽であり、とりあえず丸暗記する以外に学ぶ方法は無かった。
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ドレミファソラシドは、音階と習った。ギターの独学書にはメジャースケールと書かれている。
ギターのチューニングを行うのに、最初ギター弦と同様の6音程の笛を買ったが、すぐにこの笛ではチューニングに時間がかかることに気がついた。
そして購入したのがラ(A)音の音叉である。440Hzの音叉をギターの胴に充てると、チューニングされた5弦が振動する。
ギターの12フレットは、弦の真ん中あたりにあり、ここに軽く指を当てはじくと大きな音になる。すなわち、音叉と共鳴するのだ。
音叉を使用する、すなわち音の共鳴現象を利用するとギターのチューニングが容易になる。耳だけでなく、共鳴している様子を目でも確認できるのだ。分かりにくければティッシュの小さな切れ端を弦にのせてみるとわかりやすい。
今はもっと便利なチューニングメーターがあるからそれを使うが、学生時代はこのようにしてチューニングしていた。
チューニングできていない5弦と音叉と同時に鳴らすとやや気持ちの悪い音になる。ここで音楽とは、2音以上のまじりあった音が心地よく聴こえる芸術であることに気がつく。
小学生の頃たて笛を授業で習ったが、合奏がうまくできたときの心地よさがあった。同じ音程(ユニゾン)でもうまく重なり合うと心地よい。
場の空気が気まずい雰囲気になった時に不協和音が聞こえる、などと言ったりするが、不協和の逆の協和した雰囲気を作り出すのが音楽と言う芸術かもしれない。
美術には色相、明度、彩度を色の三要素とした形式知が存在するが、形状表現については訓練であるレベルまでスキルを磨く必要がある。
音楽表現について楽器演奏スキルを磨く必要があるが、一時期、コンピューター音楽が流行していた。表現スキルについては、美術よりも音楽はそのハードルが下がったように見える。
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国務大臣までNTTから接待を受けていた疑惑が問題となっている。バブル経済時には社用族も含め、接待が経済を活性化させていた側面が指摘されている。
団塊の世代は、給与以外のこうした恩恵に預かり、人生を大いに楽しんだ世代ではないか。スーダラ節に代表されるように、またFD問題を安直に隠蔽化しようとする発想で被害を被っているので当方は団塊の世代に良いイメージを持っていない。
それが20世紀末になるとノーパンしゃぶしゃぶが一世を風靡し、国家公務員の民間接待が大問題化した記憶は、しゃぶしゃぶの連体形容詞(?)として連想できないような言葉のついたネーミングから忘れられない。
その後タクシー居酒屋が社会問題となり、国家公務員に対する接待が厳しく取り締まりを受けるようになった実感を持った。
その後接待や贈答の禁止は民間でも厳しくなり、中国で中国人と割り勘で食事やカラオケをしている日本人サラリーマンを見るようになった。
もう接待は死語になったのかと思っていたら、突然首相の御子息による接待が飛び出した。首相は、息子とは別人格だから、と弁明していたが、接待を受けた役人はこの言葉を聞いてどのように思ったのか。
罰せられた役人は、接待金額を上まわる罰金を支払い、更迭され、大損害である。民間よりも高い給与で働いているのだからもう少し凛と襟を正し誠実真摯に仕事にあたるべきだが、出世するためには誠実真摯ではだめだ、といわれる役人もいるぐらいなので国民は不幸である。
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最近の音楽の授業について情報を持っていないが、かつてビートルズが中学生の教科書に登場したことが話題になっている。
この時当方は違和感を持った。ビートルズを登場させるならば、ミシシッピージョーンハートなどのブルースメンも取り上げるべきだろう。
さらにカーターファミリーの業績も紹介すべきとも思ったりした。しかし友人がそんな人たちを知っているのは当方ぐらいで、一般の人はビートルズで十分だ、と言われ、そもそも音楽の基礎知識として何を知っていなければいけないのだろうと疑問を持ち続けた。
当方の小学校時代には、ドレミファソラシドとイロハニホヘトを覚えさせられた。前者は音の関係で、後者は五線譜の絶対位置を表すなどと説明され、頭が混乱した。
頭は混乱したが、音楽のテストは満点だった記憶がある。そもそも音楽のテストで間違えた記憶がない。音楽の才能など無いのでテストだけは、と思い頑張った結果である。
しかし、それだけ一生懸命勉強したのに音楽の基礎とは何か、と聞かれたときにちんぷんかんぷんである。コロナ禍で閑になり、ギターを弾くようになって、そもそも音楽の形式知とは何かを調べ始めた。
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音楽家ではないので音楽に関して語る立場ではないが、義務教育で音楽を学んできて不思議に思ってきたことがある。
絵画なり彫刻なり美術については、小さい子供の絵がそうであるように下手は下手なりの何か味があり、一応鑑賞の対象になる。
しかし、音楽については、下手な演奏や歌唱は鑑賞の対象にできないどころか、それを聴くことが精神衛生上も悪い。
カラオケでは、アルコールが入っているので多少の雑音でも我慢できるが、日々の生活の中で下手な歌を聴かされたのでは騒音公害以外の何物でもない。
芸術という同じカテゴリーでも絵画や彫刻では鑑賞者に自由があるが、音楽はその場から逃げ出さない限り解放されない。
カラオケを大好きな人が多いことから想像できるように、歌の下手さに無頓着な人は多いが、楽器演奏では細かなミスでも自分で気づくことができる。
そのため、音楽という芸術を鑑賞するために何か楽器を弾くことができるとその鑑賞眼の視野が広がるのではないかと思っている。
例えば禁じられた遊びは、ギターソロ演奏として中級レベルの曲だそうだが、それを村治佳織が弾いている価値というものを今回1曲CDの音に合わせてみて深く理解できた。
上手とか下手とかいう尺度ではなく、演奏者のこまかい表現というものは、なかなかわかりにくい。
そこを感覚ではなく知的に理解するために何度も鑑賞すればよいのだが、限られた人生の時間の範囲では、鑑賞耳をきたえたほうが早い。楽器の演奏練習は音楽の鑑賞力を高めることができると思って努力している。
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20年ほど前に4kg前後のES335を弾き始めたときは少し重いと感じた程度だった。ところが、20年の歳月で体力が落ち、ギター練習ではなく筋力トレーニングとなっている状態である。
それでも1年近く練習してきたら、それなりに筋肉もつき体幹もしっかりしてきた。ようやく禁じられた遊びをYou Tubeに投稿されている村治佳織の演奏と「同じ速度」で弾けるようになった。
ES335を購入した時は、ここまでたどり着けなかった。まず1曲ソロで弾けるようになることは、楽器練習をするときに重要なことだと思っている。
これは仕事と同様で、まず何か一つ、人に頼らなくてもできるようになると自信がつく。また、その後の改善を工夫して行うことができ、成長の機会となる。
仕事を覚えればそれで終わりと思っている人は多いが、覚えた一連の作業を独力で行う成長の機会に気がついている人は少ない。
音楽が1曲の形式で完結しているように、仕事にも一塊の完結した作業単位が存在し、それを最初から最後まで一人で行うことができると、全体の流れの中における時間の調和を味わうことができる。
この全体を俯瞰しながら部分の問題を考える、という繰り返し作業に終わりはない。一部分を改善すると、必ずどこかにその影響が出て新たな問題が生まれるからだ。それを発見し解決する習慣をつけると問題解決能力を鍛えることができる。
ギターに限らず楽器の練習では、まずその楽器を演奏するための基礎練習が欠かせないが、この基礎練習は一部分だけの最適化作業の繰り返しである。
退屈であるだけでなく、忠実に基礎事項を繰り返さなければ練習の意味がない。一曲を弾けるようになると、その曲について深く考え、忠実な繰り返しの基礎練習とは異なる楽しさを味わえる。
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コロナ騒動が一年以上続くと平常時では見えなかった日本の問題が見えてくる。まず、素朴な疑問として日本におけるコロナウィルス用のワクチン開発が欧米よりも著しく遅れた問題がある。
すでに企業側の都合はニュースで報じられたが、そのような事情は厚生省ならわかっていたはずで、それを国が放置してきた責任は大きいと思う。
次に、ワクチンの注射器の問題。日本で通常使われている注射器では1瓶当たり5回分しか注射できないが、韓国で開発され米国で普及している注射器を使用すると6回以上注射できるという。
これは今回の特別な状況で明らかになったことだが、冷静に考えるとこの問題は、日本でこれまで大量のワクチンが廃棄されてきた歴史を浮かび上がらせた。
ジェネリック医薬品の品質管理の問題が先日報じられたが、どのようなワクチンでも1回分は10円とか20円ではないはずだ。
最低でも1000円以上するはずで、それが医療現場で安直に捨てられてきたのだ。さらに、現場の医者はそれに気がつかず仕事を行っている現実に、ただあきれるしかない。
野党は、コロナゼロを目指せなどという荒唐無稽な要求をするのではなく、今回明らかになった放蕩医療の問題を指摘すべきだろう。日本の医療行政についてこのコロナ禍で多くの問題が見えてきたので野党の仕事ぶりをアピールするのにチャンスだと思う。
コロナ関連以外に、情報通信関係の材料開発についても幾つか疑問をもっている。1年以上前まで中国ナノポリスで活動してきたが、コロナ禍で中断している。
おもに情報通信関係の材料開発を指導してきたのだが、日本ではこの方面の特許出願が少ない。公知技術以外の新技術は、弊社で特許出願したが、公知技術でも組み合わせ新規技術は特許出願が可能である。
恐らく材料メーカーにニーズが見えていないのではないかと心配している。もし心配になられた方はご相談ください。
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日産自動車のハイブリッド車には、トヨタやホンダと同じカテゴリーのハイブリッド車以外にe-Powerと呼ばれる日産独自のハイブリッド車がある。
ご存知のように、ハイブリッド車はトヨタのプリウスが先鞭をきり、ホンダが続いて登場させて、老人と子供の比較CMが話題になったりした。
この両者のハイブリッド形式については、1980年代にコンセプトの発表がモーターショーでなされている。
すなわち、単純にエンジンを回転させて電池を充電し、その充電された電池からエネルギーを取り出しモーターを回す方式では、熱力学の観点からエネルギー効率が下がることが自明なので、高速ではエンジンを使い、低速ではモーターを使うというハイブリッド車のコンセプトが生まれている。
そして20世紀末にトヨタはプリウスを21世紀に間に合いました、と気合十分に新発売しており、当時カローラに次ぐ売り上げを達成している。
すなわち科学の成果としてプリウスが生まれたわけだが、ハイブリッド車開発の過程で、自動車の走行時に発生する無駄なエネルギーを回収する技術が進歩した結果、20世紀には科学の視点から効率が悪いと判断された方法が技術により科学の成果と遜色のない形で実現された。
日産自動車のe-Powerは、20世紀に熱力学すなわち科学の形式知から効率が悪いと否定された仕組みだったが、開発された種々の技術を組み合わせることにより、科学の成果と遜色のないシステムを生み出した。
そして、その生み出したシステムに潜んでいた長所の機能を導き出して開発したのが、熱効率50%のレシプロエンジンである。
このハイブリッド車の開発の歴史を見ると、科学と技術とが異なるシステムを生み出す場合があることを学ぶことができる。
また、科学で明らかになっていない現象から、技術開発の結果「科学的には不明だが」優れた機能が見出されることを知る。
科学だけが未来を約束するのではなく、科学的ではない部分をも包含した、人間の営みとしての技術開発があって、未来は明るくなるのである。
日産自動車が「技術のニッサン」といいながらトヨタに負けているのは、科学と技術の優劣さではなく、周知のように経営の問題であることを注記しておく。トヨタと日産がシェアーを競っていたような時代を生きている間にもう一度見てみたい。
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新製品ペンタックスK-3の度重なる発売延期の末、今年3月2日に新製品の紹介動画が公開された。しかし、紹介動画の公開はされたのだけれど、発売日についての情報がどこにもない。
最初の発売延期から新製品についての紹介動画が、ペンタックスのサイトに掲載されるようになり、いずれも開発技術者の思いを伝える様な内容になっている。
このような動画は、2-3篇であれば効果的だが、幾度も発売延期が伝えられた末、今回は元気のない技術者の紹介動画である。
見ようという意欲からこの新製品が販売されないのではないかという好奇心に代わり、3月2日の動画を結局最後まで見た。
学生時代にペンタクスカメラを購入して以来使い続けてきた。デジタルカメラの時代になり、ニコンを使い始めたが、K10がでたころから、またペンタックスに戻った。
ニコンカメラとペンタックスカメラは、デジカメになってもその個性の違いが明確である。雑誌の表紙やポスター写真などにはニコンカメラが適しているように、ペンタックスは個人で家族を写す楽しみに秀でていた。
ペンタックスのカラーバランスは写真同様の記憶色に近く、長くフィルムカメラを使用してきた一部マニアにはペンタックスでなければというファンが多い。
しかし、今回の新製品についてそのPRの仕方は、こうしたファンを愚弄するものである。技術者が作りたいカメラなのか、ファンに喜ばれたいカメラなのか、もちろん後者でなければヒットしない。
30年以上前に、ビデオテープの規格について、ベータは無くなるの、という新聞各社の一面を割いた広告が話題になった。そして、一気にVHSテープの時代になった記憶が思い出された。
カメラに興味のない方も含め、一度ペンタックスのサイトをのぞいてみていただきたい。カメラに対する興味よりも新製品を本当に出せるのかどうかという好奇心が湧いてくると思います。
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昨日とんでもないニュースを見つけた。内燃機関の熱効率50%を実現した自動車用エンジンの開発に成功したというニュースだ。
さすが、「技術のニッサン」である。「科学のニッサン」と言わないところが好きで、結婚後セレナ、キューブ、ジュークと乗り継いできた。
独身時代乗り継いだレビン、セリカ、プレリュードとは異なるカテゴリーの車だが、その品質に満足してきた。
また、ジュークは、クラッチ切り替えによるトルクベクタリングもついた4駆で200馬力近いエンジンが小さな車体に載っているため、その加速は刺激的である。
さて、1978年にムーンライト計画という国家プロジェクトがスタートしてガスタービンエンジンの熱効率向上を目指し、現在までプロジェクト名を変えながら開発が続いている。
これが60%を超える熱効率を達成したのが21世紀に入ったころで、レシプロエンジンでは40%前後が限界だろうと、当時言われていた。
ちなみに現在の実用化エンジンは、トヨタやスバルのリーンバーンエンジンが熱効率の高いエンジンとして知られており42%の熱効率を達成しているという。
マツダのスカイアクティブが、45%を達成しているかどうかが話題になっており、そしてこれが限界ではないかと言われていたところで、一気に50%だという。
もっともこの成果は、e-Powerの発電専用に開発されたエンジンによるものだそうで、発電専用にすることで負荷を一定にでき、最も熱効率の良いところで動作させた結果である。しかし、それでも内燃機関の熱効率としては優れている。
熱効率50%の内燃機関も魅力的だが、日産自動車は自動車用ガスタービンエンジンを開発し、熱効率60%を超える自動車を創り出した方が面白い。
ムーンライト計画が引き金となって1980年代にセラミックスフィーバーが起きているが、当時日産自動車は、オールセラミックスの断熱自動車用ガスタービンエンジンをセラミックスの展示会やモーターショーで発表している。
ガスタービンエンジンは、エンジン単体におけるパワーウェイトレシオがレシプロエンジンよりも優れており小型化が可能である。
但し、低速域ではレシプロエンジンよりも効率が劣る問題があるが、高速一定回転で運転できるe-Power用ならば問題ない。
もしこれが自動車に搭載されたなら、バットマンカーと同様のガスタービン車が日本を走ることになり、想像しただけでも夢がある。「やっちゃえニッサン」である。
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