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2018.10/17 高分子の運動(2)

原子では一個の玉を想定して、室温において高速で飛び回っている運動だけを考えればよい。球が自転していたりする運動をここでは無視しているが、それは飛び回ることで衝突したりして費やされるエネルギーの方が大きいだろうから、誤差として扱うこともできる。

 

ところが分子では、飛び回っている運動と分子を構成する原子の回転運動を原子のように扱えない場合も出てくる。これは、分子がいくつの原子でできているのか、分子の形はどうなのか、原子がどのような結合でつながり分子となっているかなどいろいろ考えなければいけないからである。

 

これは人間でも同じで、独身であれば一人の世界で何かしていても問題とならないが、夫婦という関係ができたとたんに一人の世界が壊滅状態になる夫婦生活もあれば、ある程度の一人の世界が許容される夫婦関係もある。子供ができればこの関係も変わる。

 

夫婦の片方が大変活性な運動をしている場合もある。夫婦の関係では不倫となるが、相手が独身の立場では訴えられない限り問題は起きない。原子と分子の夢想をこのように行うと話が進みづらくなるが、似ているところもある。

 

化学反応など一定のルールの中での結合形成である。科学的ではない反応が起きた場合など化学だけでなく物理も動員して考えなければ新たなルールを生み出せない。LGBTの問題は少し似たようなところがある。

 

さて、高分子は炭素原子が大量につながった構造をしている。1本の手、σ結合だけでつながっている高分子をポリオレフィンと呼んでいるが、このポリオレフィンにおいて炭素原子は、室温に相当するエネルギーでくるくる回転している。

 

その回転に合わせてσ結合が振り回されるから、もしポリオレフィン分子1本が空気中に浮いていたならば、ものすごい状態で動いている様子を観察できるだろう。但しこれは少し不気味で気持ち悪いかもしれない。粗視化モデルで温度を下げると異なる世界が見えてくる。

カテゴリー : 一般 高分子

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2018.10/14 ハゲタカジャーナル

「インターネット専用で、質が十分に保証されていない粗悪な学術誌「ハゲタカジャーナル」が増えている問題で、名古屋大と新潟大は、研究者のヒアリングや論文の投稿ルール作りなど独自の対策に乗り出す方針を決めた。両大は、ハゲタカジャーナルに学内から多数の論文が投稿されていたことが毎日新聞などの調査で判明している。」

 

少し寂しい記事をヤフーニュースで見つけた。この記事のどこが寂しいのかというと、アカデミアの先生が金を払って論文投稿している点とハゲタカジャーナルへの投稿を悪い、と決めつけている大学の見識である。

 

さて、このニュースの内容では、研究者が自分でお金を払って論文を載せてもらっているのだという。当方のこの年齢になるまで、お金を払ってまで自分の研究成果について論文を投稿する研究者がいるとは夢にも思わなかった。これはお金を払って学会発表するのとは少し異なる。

 

学会発表では自分の研究の審査を受ける意味あるいは反響を探る意味があるから有償であり、それ以外は学会発表でも招待講演者には交通費ぐらいは出る。6月に上海で行われた国際会議に招待講演者として講演する機会があったが、ビジネスクラスの飛行機にホテルはスイートルーム、謝礼は封筒がたつほどの束を頂いた。この経験から研究成果の価値を考えた時にお金を払って論文投稿する、という行為など考えられない。

 

せいぜい学会に依頼され、その雑誌へ無料奉仕として投稿するのが我慢できる限界だろう。論文を書くにはそれなりのエネルギーと時間を使う。労働対価を頂くか、社会奉仕のために自分のエネルギーと時間を提供するのかどちらか目的になるだろう。

 

価値ある研究成果を公開するためにお金を払う、という条件では論文を書く気にまずならないはずだ。逆に何か惨めな気持ちになり、筆が止まる。

 

少し話が変わるが、会社設立時に出版社数社から社長インタビューのためお伺いしたい、というご提案をいただいた。設立したばかりの会社なのに、と不思議に思っていろいろ質問すると、雑誌を数年購読してほしい、という依頼が目的の取材だった。

 

手の込んだ商売方法になると有名女優のインタビューを持ち出してくる。それだけでなく、その女優と楽しそうにツーショットがのっているインタビュー記事が書かれた立派な紙質の雑誌を送ってくるなど、ものすごいエネルギーで勧誘してくる。そのようなエネルギーに対しても有償であれば、徹底してお断りしている。

 

今時の先生の中には、お金を払ってまで自分の研究を雑誌に投稿される人がいるようだ。当方には原稿料を頂ける原稿依頼がよく来るので、お金を払ってまで投稿する研究者がいることなど考えたことが無かった。

 

ところで、お金を払って論文を投稿する行為の善悪だが、旧国立大学ではこのような教員に対して善悪の議論ではなく、もうその行為を理由に減給処分あるいは退職勧告してもよいのではないか。

 

税金で運営されている大学で、お金を出さなければ論文を掲載されない研究者はそれだけで失格である。国立大学の研究者には有償で掲載を依頼に来るぐらいが当たり前と思っていただきたい。

 

次にお金を出して雑誌に掲載してもらう行為だが、これは国税が使われていない研究者であれば、悪くない行為だと思う。研究の広告費として考えればそのような方法も現代ならば許される時代だと思う。ハゲタカジャーナルは少し言い過ぎだ。

 

研究内容が保証されない、云々と記事にはあるが、特許の世界では簡単には実施できない実施例が多い。しかし、その簡単には実施できない実施例を信じて苦労して実現した結果、賞を頂いた例もある。科学的に正しくても実務では使い物にならない研究もある。

 

 

カテゴリー : 一般

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2018.10/13 蕎麦屋の話について続編

昨日昼飯の蕎麦で遊んだ話を書いた。立ち食い蕎麦屋なので価格は安い。しかし、きちんと氷水でしめているようで、夏の暑いときなどおいしく感じる。

 

欠点は、昨日書いたような状態で、つるつると調子よくすすることができない。自然と食べ方が上品になる。しかし、これでは蕎麦の本当のおいしさが出ない。下品と言われても、噺家がやるように、ズルズルと音を立てて食べてみたい。

 

高級な蕎麦屋に行くと蕎麦が絡まっていなくて、巨大なラメラ状態で出てくるので下品な食べ方が可能になる。

 

さて、立ち食い蕎麦屋の蕎麦がなぜ絡まっているのか、今まで疑問に思いつつ確認したことが無かった。昨日遊んでいたために時間が無くなり、やはり確認することができなかった。

 

すなわち、立ちぐい蕎麦を食べるのは急いでいる時なので、蕎麦がなぜ絡まっているかなどその確認をしたくても時間が無いために確認できなかったのだ。

 

そこで昨日は出張からの帰り道、もう一度蕎麦屋に行って蕎麦を食べてみた。その時蕎麦を注文しながら作業の様子を注意深く見ていたら、この疑問がすぐに解決した。

 

大量の蕎麦を一度にゆでて、一度に氷水で〆ていたのだ。だから手早くやる必要があり、乱雑に蕎麦を揉むので、あたかも混練のごとく蕎麦が絡み合うのだ。

 

程よく絡み合っておれば、だまだまの大きさは小さいので食べるのに苦労しないが、昨日は違った。3回ぐらいで食べ終える程度の大きさだったのだ。さすがにそのまま口に入れるのをためらった。口に入れる前に、つけ汁にもつけれない。その結果レプテーションを観察することになった。

カテゴリー : 一般

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2018.10/12 ざるそばと高分子

昨日は移動時間の都合で昼食として池袋でざるそばを食べたのだが、その店のそばが絡まりすぎていて、一箸の塊が大きくなり、つるつるとリズミカルに食べることができなかった。

 

この蕎麦屋で、出張の際に昼食を時折食べているが、一箸の塊サイズが安定していない現象について以前より気になっていた。昨日電車の時間に余裕があり特に急いでいたわけではないが、それでもつまんだ時の大きな塊に少し焦った。

 

この現象は、蕎麦が乱雑に絡まっているためとわかっていたので、時間に余裕があるのを幸いに蕎麦一本を箸でつまんで遊んでみた。すると大きな塊が摘まみ上がってくることを期待したにも拘らず、きれいに一本だけするすると引っ張り上げることができたので感動した。

 

どこに感動したのかというと、摘まみ上げた一本の蕎麦のレプテーション的運動を観察できたからだ。高分子のレオロジーにおける現象モデルとして、土井先生が提案されたレプテーションモデルが有名だが、これは高分子が分子鎖方向に運動するモデルのことで、クリープをうまく説明できる。

 

試しに、うまく抜けそうなものを探し、もう一本摘まみ上げてみたところ同じようにレプテーション的運動でほどけて抜けてきた。三本ほど丁寧に繰り返したところ、蕎麦がうまくざるの上に広がった。複雑に絡み合っているかのように見えたのだが、そうではなかった。

 

このように複数摘まみ上げて引き抜いたところ、大きな塊とならず、うまくつるつると口の中に入ってくるようにざる蕎麦が変性された。これだけでも蕎麦の味が変わるから面白い。まるで高分子が混練プロセスで変性される様子を味で確認しているようなものだ。

 

混練による高分子の変性はともかくとして、たった2-3本の絡み合いが複雑になっているだけで大きな塊になる現象から、樹脂のMFR測定におけるばらつきや樹脂のレオロジーの温度分散測定、ゴムが配合が同じにも拘らずロール混練条件で異なる物性を示す現象などについて思いをめぐらした。

 

20年以上昔の教科書では高分子の絡み合いについてほとんど触れていない。昔ゴムの架橋モデルについて古川先生が展開されたケモレオロジーは、ご都合主義だ、と指導社員が厳しい批判をされていたが、それは土井先生のレプテーションモデルが提案される前だったので妥当な批判だった。

 

すなわち、ゴムの架橋はゴム分子の絡み合い構造があって、その絡み合い構造で架橋反応が進行しているモデルを考えなければいけないのだが古川先生のモデルでは絡み合い構造を無視していた。

 

ゴム会社のある部長が部下に命じて古川先生のモデルについて妥当性のあることを証明するための実験をしていた時代でもある。指導社員は、これを批判したわけだが、この点について機会があったら詳細をここで書きたい。

 

蕎麦を食べていたら40年ほど昔の記憶がよみがえった。よく噛んで食べることは認知症の予防になる、と以前TVのある番組で言っていたが、このことだろう。この腰のある絡み合った蕎麦を食べなければ思い出さないような記憶を思い出したのである。認知症予防のためには確かに食事を大切にしなければいけない。

カテゴリー : 一般 高分子

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2018.10/11 個人と仕事

朝日新聞デジタル9月28日の記事だが、三菱電機が社名公表を恐れ裁量労働制を全廃したという。幾つかの記事で厚労省の調査を受けて過重労働の指摘を受けた結果だという。社名公表を恐れていたことがこうしてニュースで報じられてしまうのも皮肉なことであるが、過労死が複数発生していたという。

 

当方がゴム会社に勤務し高純度SiC事業立ち上げを行っていた時に他の事業立ち上げを行っていた若手リーダーが突然死した。NB地区と呼ばれるところで新事業関係の業務が推進されていたので、当方も顔だけは存じ上げていた。

 

当方の職場はNB地区の一番端にあり、小説で名が知られた療養所が隣接していた。仕事がうまくいかず落ち込んだときにはその療養所を眺め、あらためて気合を入れなおし仕事に取り組んでいた。

 

過労死してもよいような状態で仕事をしていたが幸運なことに独身寮が徒歩五分の所にあり、異常を感じたときにはこっそりと自分の部屋で昼寝をしていた。不謹慎と言ってしまえばそれまでだが、異常な状態で仕事を推進していることを自覚していたので命を守るために取った行動である。

 

ある日、本部長が研究棟を訪ねてきて当方がいないことを同僚に尋ね、行く先を聞いたという。同僚はしかたなく青年会館の部屋で仕事をやってますと答えたという。後日、その本部長と食事をする機会があり、その話題を出されたが特に叱責されるわけでなく、体だけは大切に、そして早く結婚しろと言われた。

 

遠慮なく、十分に体を大切にしてますから、機会があれば仲人お願いします、と答えたが、このような上司の下では何が何でも事業を立ち上げようという気力がわいてくる。不幸にもこの本部長の時に突然死が起きているが、この本部長は過重労働を求めていたわけではなかった。残業削減をむしろ推進していたのである。

 

 

カテゴリー : 一般

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2018.10/08 今という時代(4)

「個人的な興味としては、ピッチャーとバッター、それぞれを年間通して見てみたい。サイ・ヤング賞をとった翌年にはホームラン50本で本塁打王。そんな空想でもしないことを現実にできる可能性のある選手が、この先の未来に出てくるでしょうか?」

 

古いニュースも含めWEBを見ていて、イチローの大谷選手に対するコメントを見つけた。そこには、続けて次のコメントが書かれていた。

 

「もちろんそれは才能だけでは不可能でしょう。僕が見る限り、翔平にはその才能を磨いて生かす才能が備わっているように思います。実はほとんどの選手にそれが備わっていないのです」

 

スポーツでもなんでもトップを目指すには才能が恵まれていることが必要だが、トップ以上を目指すためには、その才能を磨いて伸ばす才能が必要だとイチローは言っている。

 

この才能を磨いて伸ばす才能とは、具体的な例として、「今日は自分をほめてやりたい」と名言を述べた女性マラソンランナーがいる。彼女のメンタル面も含め、自分に目標を課し、それを達成しようとする自己実現能力もその一つだろう。

 

才能を磨いて伸ばすコーチングスキルが話題となる時代である。暴力はいかなる状況でも許されないが、一方でその暴力によらなければイチローの指摘する才能を磨いて伸ばす才能に目覚めない選手もいるようだ。

 

コーチングで重要なのは、イチローが指摘している才能を磨いて伸ばす才能をいかに目覚めさせうまく機能させることではないか。それが難しいから暴力に走るコーチが出てくる。

 

スポーツに限らず会社のOJTにおいてもコーチングが重要視されるようになった。そのような場面では、セクハラやパワハラをするつもりが無くてもコーチが不注意にスキル以上の指導に深く踏み込むと、それが発生してしまう時代である。

 

全く無能な人間はいない、という説教を法事で聴いたことがあるが、自らの才能に気がつかせ、それをうまく生かせるような能力を目覚めさせるコーチングの方法は、現場で学ばなければ身に着かない。

 

すなわち名コーチにスポーツ選手が多いのは、みずからが実際にプレーを必死で行って結果を出した経験があり、実戦で勝つためのその努力の仕方を知っているからだ。実戦で成果を出そうと努力した経験が無ければ育たない、科学では見えないコーチングスキルがあると思う。

 

組織での仕事で成果を出すには、機関としての組織をうまく活用することが大切である。しかし、それだけで非凡な成果は出せない。結局非凡な成果は、日々磨かれるべき個人のスキルに依存する。今日本の組織で求められているのは、個人のスキルを育て伸ばせるような組織である。例えば、今年のプロ野球セリーグの状況を見ていると、ピッチャーをうまく育てたチームが来年の優勝チームとなる。

 

(注)イチロー氏は時々コーチングの重要なポイントを発言しているが、必ずしもニュースではそれを伝えていない。イチロー氏に限らずそれなりの成績を残してきた野球選手の発言にはコーチングで育った経験からの発言が多い。

 

カテゴリー : 一般

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2018.10/04 講演会のお知らせ

9月は台湾ITRIからの依頼で講演会がありましたが、国内の参加者はいらっしゃらないと思い、案内を掲載しませんでした。10月には下記3件の講演会が開催されますのでご案内いたします。参加ご希望の方はお問い合わせください。また、弊社にて特別価格で行うセミナーもございますのでお問い合わせください。例えば高分子の専門外の方が高分子について学ぶ特別少人数セミナーを弊社事務所で休日の午後を利用して安価(15000円/1名、基礎の基礎編は時間が短く10000円です。)に開催しておりますのでお問い合わせください。また、企業向けの講演会も随時受け付けておりますのでお問い合わせください。

 

1.テーマ:リチウムイオン電池の信頼性向上・難燃化技術

開催日時:2018年10月9日(火)10:30~16:30
会 場:ちよだプラットフォームスクウェア 5F 503
〒101-0054 東京都千代田区神田錦町3-21
参 加 費:50,000円(税込) ※ 資料代含

弊社へお申し込みの場合には2割引きでご案内しております。

* アカデミック価格は 25,000円(税込)

2.テーマ:プラスチック/ゴムの劣化・破壊メカニズムとその事例および寿命予測法

開催日時:2018年10月19日(火)10:30~17:30
会 場:日本テクノセンター研修室
参 加 費:48,600円(税込) ※ 資料代含

3.KRIワークショップ’18

2018年10月24日京都リサーチパークで開催されますが詳細は直接KRIへお尋ねください。本件につきましては弊社で受付できません。

以上

カテゴリー : 一般 学会講習会情報 宣伝 電気/電子材料

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2018.10/03 科学と技術(0)

本庶先生は科学の研究を推進する姿勢について良いことを言っておられた。すなわち、自分の知りたいことを研究するという姿勢である。

 

科学とは真理を追究するのが使命の哲学であるから至極当然の言葉である。

 

しかし、研究者の中には自分のできることを繰り返している人がいる、とたしなめている。

 

当方もアカデミアの先生方の中に本庶先生が指摘されるような研究者がいることを残念に思っていた。自分のできることを繰り返しているならば、それは職人である。

 

これが分かっていない人が多いのではないか。企業の研究開発を担当している人にも職人は多い。

 

以前科学と技術についてこの欄で連載を書いているが、科学が真理を追究するのが使命ならば、技術は現象から機能を取り出すことが使命、と説明している。

 

この技術者の使命については、これまで著名な技術者が書かれた書籍を読んできて、その思想から思いついたコンセプトである。

 

技術者にとってそれが真理かどうかはともかくも、繰り返し安定に動作する新しい機能を取り出すことができれば大成功で、そこに進歩性があれば発明となる。

 

真理が不明な場合が多いので機能の動作にばらつきが生まれたときにその解決手法が要求されるが、真理の追究をしなくてもそれをできるようにしたのがタグチメソッドだ。だからタグチメソッドは科学というよりも技術の手法である。

 

技術者と自称している人の中にも職人の人が多い。すなわち技術者は自分のやりたいこと、やらねばならないこと、使命として求められていることを実現できる機能を取り出すことが仕事であるが、自分のできることあるいは自分のそれまでの経験の組み合わせで機能を実現しようとする人である。

 

技術者は自分の実現したい動作について諸事にとらわれることなく自然現象も含め多くの現象の中から、使える機能を取り出す努力をしなければならない。

 

このとき温故知新は凡才でもうまく機能を取り出すコツのコンセプトである。不易流動の現象をまえに俳句を詠むような気持で機能を取り出せばよいのだ。少し古くなったがピコ太郎のPPAPもよいヒントだ。

カテゴリー : 一般

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2018.09/30 貴乃花親方の騒動

貴乃花親方の提出した書類が退職届ではなくて引退届だったので受け入れられない、と相撲協会から発表の後、貴乃花親方側は粛々と廃業の準備を進め、昨日は講演会の方たちとの送別会が行われたという。

 

相撲協会側の慌てぶりが見える。サラリーマンの場合には、業務引継ぎなどを行う必要から退職の半年前に退職届を出すことになっている会社が多いが相撲協会のルールはどうなっているのだろうか。

 

また貴乃花親方は、記者会見で組織にいじめられていた報告をしているが、相撲そのものに対する不満を述べていない。むしろ弟子たちを思いやった言葉を述べており、そのあたりを中途半端だと指摘される方がいるが、当方は貴乃花親方の「本当はやめたくないが、今の組織体制では辞めるという選択しかない」という気持ちがよくわかる。

 

当方は二つの会社で退職願いを出しているが、ゴム会社には38歳の時であり、写真会社には56歳といずれも世間の常識からは中途である。いずれの会社も理由があったので中途であるが、後者は55歳から権利ができる早期退職制度を使い円満退社である。

 

すなわち、55歳になったところで担当部長という役職であり、ゴム会社では55歳役職定年にあたるので早期退職制度を使い辞めることを考え、役員と人事部に相談した。役員から環境対応樹脂の進め方の相談を受けたので、それを最後の仕事にしましょうということになった。

 

人事部は事務的に、定年では誕生日月となるが早期退職制度では3月と9月が退職日となります。どちらを選択されても、57歳で辞められるとちょうど20年です、と伝えてきた。そこで2011年3月11日を最終日と決めて直属上司に退職日の報告をしたら、早期退職制度では引き留めてはいけないルールなので残念だ、ともったいない言葉を頂いた。

 

当方も会社が嫌で辞めるわけでなく、ゴム会社で入社面接のときに社長になりたいと応えた思いを実現したいので起業することを伝えた。ゆえに写真会社は円満な早期退職であり、退職日には最終講演を2011年3月11日15時から準備していただいた。

 

ゴム会社の退職状況は貴乃花親方と似ており、それゆえ貴乃花親方の引退における一連の行動や無念の気持ちがよくわかる。もし協会内部でいじめが無ければ彼は退職という選択をしなかったと思われるし、協会のリーダーになる夢を持っていただろうと思う。

 

退職届ではなく引退届を出しているのもその表現のつもりだろう。彼は相撲を退職する気持ちは無いのだ。当方もサラリーマン研究開発職を辞める気持ちは無く、一方で高純度SiCの仕事を推進したセラミックスのキャリアからくる制限で高分子材料の研究開発を行える写真会社への転職を一年近く前に申し出ている。ただし、転職マニュアルに沿い会社名は伝えていない。

 

上司からは転職先を言わなければ退職届を受理しないとか、提出した退職願いは会社の所定の形式ではない、とか当初貴乃花親方状態だった。また、カーボンを製造している子会社の見学やらいろいろと会社に残る道を提示してくださり、遅々として退職手続きが進まなかった。

 

挙句の果ては、それまで一人で電気粘性流体と高純度SiCの住友金属工業とのJVの業務を担当していた状態を改善し、10名程度のプロジェクトの話が持ち上がった。ちょうど湾岸戦争がはじまったころである。

 

煮え切らないまま日々が過ぎたが、写真会社から10月1日までに入社すれば年末のボーナスを支給すると言われ、ゴム会社から年金手帳など退職の手続きが順調に進行しておれば頂ける書類一式を頂けないまま転職している。

 

当方が提出した退職届の日付は半年以上前であり、一応サラリーマンとして手順に則っていたが、すっきりしない退職だった。それでも転職した理由は、貴乃花親方の置かれた境遇と結局同じだったからである。

 

創業者の理念にあこがれた会社であり、その方針に沿って新事業を起業し、決して中途で退職などしたくなかった。また会社への悪い印象は持っていない。しかし研究所の組織風土があまりにも会社全体の風土と体質とは異なりすぎていた。

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2018.09/29 今という時代(3)

塚原夫婦の問題で考えなければいけないのは、指導育成の立場にある人たちのスキルと資質についてそのあるべき姿である。いくらAIが進化したとしても、人を指導育成するためには「人が関わらなければいけない」と思っている。

 

仮に指導育成について完璧に実行できるAIが作り出されたとして、すべてをAIに任せたならば、人が人であることを放棄した世界になるような危惧をしている。ただ、この心配について当方は自信が無い。感傷的に「人がしなければいけない」と思っているだけかもしれない。

 

また、人間よりも優れた教育者になったAIが出現するかもしれないと少し期待もしているが、その資質について問題なしと人が認めるために何をすべきか想像できない。

 

例えば、スキルだけの指導育成ならばAIでもできると思われるが、体操の内村選手が語っているような「美しい体操」という抽象概念をAIが作り出せるのかどうか。

 

もし「美しい」という抽象概念をすべて具体化でき、それをスキルに落とし込むことに成功したとしても、それを表現したり表現を美しいと感じたりするのは人間である。そのような表現をAIが生み出した時にそれを見て人間が感じるのは希望なのか絶望なのか。

 

ところで、塚原夫婦の問題に限らず、体罰はすべてが認められない時代である。子供の頃、書道塾で教師からよく体罰を受けた。その先生は全国的に著名な先生でいつも羽織はかま姿であった。

 

おしゃべりが多いといわれては扇子で唇を打たれた。また、筆の持ち方が悪いと同じように扇子で手を打たれた。人差し指を打たれたときにはしびれて思うように筆を握れず手が震えたところ、今度は二本重ねた扇子で頭を殴られた。

 

体罰に耐えかねて結局その書道教室を辞めることになったが、昔は指導方法に対する配慮などない時代だった。書道教室に限らず先生と名の付く人はやりたい放題だったような気がする。

 

数年前、ある書道教室における指導の様子をTVで放送していた。女性の書道家によるコーチングが中心のその風景には愛があふれていた。生徒の自由に任せて文字を書かせている。文字の形に囚われず、その活き活きとした個性あふれた文字は書道の本質を伝えているように感じた。

 

今の時代、毛筆で文字を書く機会は少なくなったが、日本語の賞状は今でも毛筆である。ところがその多くは印刷物である。息子が小学生の時に毛筆書体で印刷された賞状にボールペンで名前が書かれた無粋な賞状をもらってきた。しかもあまり上手な字とは言えない名前の書かれた賞状をしばらく眺めていて息子を褒めるのを忘れた。

 

字の上手下手程度の指導であれば、並のレベルまでAIに任せることができるかもしれない。しかし、新たな芸術として表現を生み出せる能力までの指導をAIができるのだろうか。それは人間でも難しい。

 

また、指導項目以外に指導者と生徒との日常の交流から生まれる場合もある。人間とAIとの交流でこのようなシナジーによる能力向上の機会を生み出すことができるのかどうか。

 

塚原夫婦の問題では、報道された事実に人間の欲望が見え隠れしている。そこから指導者としてふさわしくないと多くの人が思っている。かれらの資質に多少問題があったと感じた人がいてもこれまで合格点を与えてきたのだが、それが時代と合わなくなって問題となっているのが今回の騒動のように思える。

 

 

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