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2015.12/05 管理職の仕事(3)

故ドラッカーは、マネジメントには4つの役割があると言っていた。すなわち、
1.組織の目的、特有の使命を果たすために存在する。
2.仕事を通じて働く人たちを活かす。
3.組織が社会に与える影響を処理するとともに、社会の問題解決に貢献する役割が存在する。
4.すでに知られているものを管理すると同時に、起業家とならなければならない。
 
そして時間という複雑な要素も役割といえなくても、重要な次元として扱うべきと指摘している。さらに明確なことは、未来は現在と異なり、断絶された未来へ向かうために現在の基礎を大切にしなければいけないと言っている。成果をあげること、人を活かすこと、そして社会に及ぼす影響を処理するとともに社会に貢献しなければならない。ところが日本の多くの管理職は、マネジメントの役割の4項目のさらに一部、管理することに終始していないか。
 
OA化が進み、目標管理の人事管理手法も普及した今日の管理業務は、一昔前のそれと比較して半分以下になっているはずである。また、管理業務については担当者に任せている場合が多いので、本来の社会への貢献を目標とする3つの役割に集中できるはずである。しかしこれがうまくできていない。
 
企業の目的は顧客の創造にある、とは彼の著書「マネジメント」に書かれていることだが、この目的達成のため十分な役割を管理職は果たさなければいけないが、管理業務一辺倒の仕事のやり方に陥りやすい。退職前の5年間単身赴任して担当した中間転写ベルト開発について、溶媒キャスト成膜という環境負荷の大きいプロセスから、熱可塑性樹脂を用いた押出成形プロセスへ切り替えるのが目的であり、この成果は、環境負荷の低減とCDという貢献を生み出す。
 
但し、この貢献には新たなイノベーションが必要で、さらにそのイノベーションを前任者から引き継いだ時には、限られた時間の中で行う必要があった。外部のコンパウンダーから樹脂を購入し、5年以上も開発を続けて、技術の完成にほど遠い状態だったので、仕事そのもの、あるいは組織の役割そのものも見直さなければならなかった。組織があって仕事があり、そのゴールが決まるという考え方は間違いであり、マネジメントでは、あくまでも特有の使命に着目する必要がある。
 
単身赴任した時に、押出成形技術開発グループリーダーという役割だったが、この組織を大きく見直し、機能性樹脂技術開発グループと新たに定義し直す必要があった。これも管理職の仕事である。組織を新たに定義し直すと仕事のやり方も変わる。
ただし、この時は周囲から支持されず、また左遷と言う微妙な立場でもあったので、ゴール達成だけに照準を合わせた。ゴールを達成できたが、少し心残りではあった。
 
 
 

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2015.12/04 管理職の仕事(2)

研究開発部門の管理職は、1組織1名おれば十分だろう。組織単位をどのように考えるのかは、経営者の仕事である。ところがこれを中間管理職にやらせるから、あるいは、たたき台の作成を任せるから、管理職が多くなる結果を招く。
 
豊川へ単身赴任し、前任者からPPS中間転写ベルトの開発業務を引き継いだ。マネージャーが2名いて、そのマネージャーにグループリーダーである当方の仕事を分担したら何も業務が無くなった。おまけに前任者が院政状態のマネジメントを行っていたので、高い給与の割には、業務は0以下と大変良い環境だった。
 
単身赴任の5年間、故ドラッカーが定義づけたマネジメント、すなわち成果を出すために知識の適用の仕方を考える知識を実行できるチャンスとなった。院政状態のマネージャーと組織に本来不要なマネージャーのおかげで、教科書通りのマネジメントを遂行するとともに自ら実験できるチャンスができた。
 
当時の組織の成果とは、1年後の本体量産試作に間に合わせてPPS中間転写ベルトの量産体制を整えることだった。引き継いだときは、外部のコンパウンダーからできそこないのPPSコンパウンドを購入し、押出成形で無理矢理数本生産できている歩留まりの悪い状態だった。
 
前任者の成果として、歩留まりが極めて低いままでPPS中間転写ベルトを無理矢理安価なプリンターに実用化(注)した実績があったので、担当した業務を周囲に納期通りできません、といえない状態だった。すなわち、存在するはずのない技術の最終完成形を作るのが必達のゴールになっていたのである。
 
このような状態では、技術ができていない状態と考え、1年後の本体量産試作に間に合わせるために、どのような知識をどこから調達し、どのようなタイミングで展開してゆくのか、戦略と戦術を白紙状態から創り上げるという仕事を一人で担当できるチャンスとなり、弊社が販売している研究開発必勝法を実戦で試せるチャンスでもあった。
 
 
(注)なぜ実用化できていたかは、ここで詳細を書けない事情がある。

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2015.12/03 管理職の仕事(1)

管理職の業務は業界によって異なるが、メーカーの管理職は、担当者よりも自由な時間は多い。各種書類作成に時間を忙殺されている管理職もいるかもしれないが、もし担当者よりも忙しい、と本音で感じている管理職がいるならば、仕事のやり方が悪い、と反省して欲しい。
 
何年か前にこっそりとその仕事を観察した管理職も忙しそうにしていたが、時々机の上を眺めてみると、どうでも良い仕事を転がしていた。写真会社に転職したときに、センター長付管理職という職分だったが、転職1年目という条件もあり暇だったので、自ら志願して担当者の仕事を手伝った。初めての体験であったが、写真感材の一連の開発業務を学ぶことができた。
 
研究開発管理部門の管理職としての業務は日々存在したが、転職したばかりだったので手続き業務などは知っている人に相談に行くと、事務担当の女性を紹介してくださり、彼女たちが皆親切に片付けてくださった。部門との調整業務にしても、新人と言うことで難解な交渉ごとにはならず、想定していた落としどころにうまく落ち着いてくれた(注1)。当方の積極的な性格も幸いしたのかもしれない。
 
OA化がかなり進んだので、少なくとも70年代の中間管理職よりも今の管理職の業務はかなり合理化されたはずである。OA化が進み始めた80年代でも、実験室で油を売っている上司の暇な姿を見てきたし、転職前の数年は、高純度SiCのマーケティングとセラミックス研究テーマ企画、他部門のお手伝いと超多忙な上司不在状態だった期間があり、その時には、研究管理部門の管理職の業務とは?という疑問を持ちながら死の谷を歩いていた。
 
この時は、予算管理も含めすべて自分で業務として行わなければならなかったので、すなわち管理職と担当者を兼ねていたようなものだったから忙しかった。転職することになる1年前に研究部門へ転籍してきた仮の上司にお世話になったが、予算業務が無くなった代わりに報告業務が増え、上司不在の時よりもますます多忙になった。
 
ただ、この上司がいてくださったおかげで、無事転職することができた。住友金属工業とジョイントベンチャーとしてスタートした高純度SiCの業務はこの上司が小生に代わり推進することになった(注2)。
 
サラリーマンとして変則的な扱いの担当者期間のおかげで、組織における中間管理職の問題を冷静に考えることができた。最近は、組織を簡素化する会社も増加し、ラインからはずれたマネージャーも多くなった。研究開発部門におけるラインからはずれたマネージャーは、組織への貢献を考える良い機会であり、いろいろと学ぶための時間もある。
 
(注1)転職した部署は、写真感材用の高分子材料技術開発を担当していた開発センターで、65歳のセンター長が運営していた40人程度の職場だった。そのセンター長付主任研究員という肩書を拝命したが、驚いたのは経理上赤字の職場で、転職して2ケ月ほどで予算業務に苦しむことになる。しかし、ゴム会社で高純度SiC開発を推進してきた経験から予算調整のツボを心得ていたので調整作業を難なくこなすことができた。
(注2)何かと親切な上司で仕事はやりやすかったが、転職のきっかけとなる出来事で相談したところ、当方の思惑とは異なる方向へ処理が進められた。当時の状況として誠実で真摯な処理ではない、ということで上司と衝突した。すでにJVの社長承認が下りた後だったので、業務がつぶれることは無いと判断し、泣く泣く転職を決意した。
 

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2015.12/02 シャープの将来

産業革新機構がシャープの再建に乗り出すという。シャープの不振は液晶事業が価格競争に巻き込まれにっちもさっちもいかなくなったのが原因である。亀山ブランドが世界のブランドとして君臨したのはほんのわずかな期間であり、会社自体が風前のともしび状態になってしまった。
 
液晶事業はじめデジタル機器のコモディティー化は急速に進んだ。原因がいろいろ書かれているが、やはり形式知である科学の成果である点が問題だと思っている。すなわち、今の時代において、科学的知識はインターネットで容易に入手可能で旧来の生産資本である人、モノ(土地その他)、金を揃えれば、そこそこの人材でも事業ができてしまうのである。
 
産業機器展に行けば、液晶ディスプレーの生産装置は一通りそろえられる状況である。おまけにパネル一枚の生産は、すべて自動化可能で、タイヤ生産のような熟練工を必要としない。すなわち、すべて自動化可能なハイテクは、労働集約的なローテクよりもコモディティー化しやすい。
 
ただ、産業構造をよく見ると液晶ディスプレーの材料や部材を生産している企業は堅調である。すなわち、液晶事業と言っても材料や部材を組み合わせて単なる組み立てを行っているメーカーが、コモディティー化の結果事業継続が難しくなった、という状況である。
 
面白いのは自動車産業で、同じような組み立て事業でありながら、トヨタのように利益率を高くしている企業の存在だ。自動車の場合、エンジンを低コストで生産する技術は、その設計技術から組み立てまでが大変難しいと言われている。また自動車工場を見学すればすぐに理解できるが、自動化は行われているがラインには人が張り付いている。
 
また、トヨタ生産方式として有名となった看板方式はじめ、生産ラインの改善活動が品質の安定化に寄与しているような、未だにヒューマンプロセスが生きている現場である。電気自動車になれば、モーターの生産は簡単なので急速に自動車産業もコモディティー化が進む、と言われてはいるが、自動車と言う機械はアナログ的であり、高級車や運転して本当に楽しい車という製品をレゴのように単純組立産業化するのは難しいと思われる。
 
例えば、デザインや乗り味などの感性という要素の占める割合は大きく、この部分ばかりは非科学的要素として残る。おそらく21世紀のメーカーは、その生産要素にヒューマンプロセスの部分が多い製品でない限り生き残れないのではないか。形式知だけで完成できる製品は、情報化時代においてコモディティー化しやすく、その事業の存続はは日本において難しくなると思われる。
 

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2015.12/01 三菱自動車の諭旨退職処分

三菱自動車は、2016年に予定していた主力車「RVR」の開発に失敗した担当部長2人を諭旨退職とし、相川哲郎社長の役員報酬の一部自主返納や執行役員ら2人を降格する処分を11月1日付で行ったというニュースが報じられていた。「開発段階で上司への報告が不適切だった」ことを処分の理由としている。
 
社長はじめ役員一同も処分とされており、担当した部長が降格ではなく諭旨退職というのは、厳しいように取れるが、社内の制度や風土によっては降格よりも温情処分となる。
 
三菱自動車と同様の状況で、部長が降格になる会社もあるだろう。写真会社ならば、どのような処分になるか20年勤務していても想像できない。三菱自動車と同様の事例も見てきたし、膨大な赤字事業を行いながら常務までなられたという、さらに温情的なシーンも見てきた。
 
企業において、ミッション遂行に失敗した時に最近の日本企業では管理職や役員の処分が厳しくなり、それが稀に公開される。これは良いことだと思う。すなわち、ミッションに失敗した時に責任をとれないような経営者や経営幹部に運営されている会社では、昨今のグローバル競争が厳しい状況で生き残れない。
 
今回のような公開は、企業の生き残りをかけた厳しい姿勢を株主に見える化できる。このため、今回のようなケースでは株主を意識した対応と言われることもある。
 
ところで、諭旨退職とは、懲戒解雇よりも温情的な措置として行われる退職手続である。一般には自己都合退職に相当するのか解雇に相当するのか、その境界は不明瞭だ。
 
不明瞭ではあるが、部長職として必要なコミュニケーションスキルが求められた、という視点で、規則違反の理由が述べられているので、一応規則違反による処罰であり、部長職として評価したうえでの納得のゆく手続きとなっている(注)。なので、今回は退職金が支払われている可能性がある。
 
管理職に対し評価が厳しくなっているのが最近のサラリーマンの状況である。そのため出世しても大変だから今のままの方が良い、と言っていた上司がいたが、おそらくこの上司は出世したことを後悔していたのかもしれない。しかし給与を増やす方法が出世以外にないサラリーマンにとって厳しくても昇進に努力するのである。
 
(注)本人が納得するかどうか、という別の問題が存在する。他の誰が推進しても失敗したであろうテーマを自ら現場に入り短期に成功させても、部長職としての加点は得られず退職金が増えない、という逆の例も、評価としてもう少し考慮してくれても、という思いは残ものである。このとき、すべてに誠実真摯な人事評価がされておれば、納得できる風土となるだろう。人事評価の平等性は、重要なことである。
 
 
 
 

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2015.11/30 酸化スズゾルと技術者(10)

特公昭35-6616という特許を発明した技術者はどのような人なのだろう。写真会社にはその人物をご存じの方がすでにいなかった。なぜこの特許を書いた後に他の特許出願をしなかったのだろう、という疑問があった。この特許が公開された後、日米の企業で対抗出願が多数なされているにも関わらず、この人物が所属した組織から5年間一件もこの関連の特許が出願されていない。
 
想像になるが、当時酸化スズゾルの科学的情報は、皆無に近かったので、自分の実験結果に自信が無かったのかもしれない。特許に書かれた実施例は、偶然できた薄膜をネタにして書かれた可能性がある。実際に30年以上経って実施された再現実験では、実施例に記載された因子以外の因子を最適化し制御しなければ、実施例のデータを再現することができなかった。タグチメソッドを知らなければ、大変な工数になる仕事である。
 
もし、この想像が正しいならば、何故再現性を改善する実験を行わなかったのかという新たな疑問が出てくる。ニーズが無かった訳ではない。写真フィルムに帯電防止技術は不可欠である。現像処理後も帯電防止能力が劣化しない技術は、当時は夢の技術だったはずである。
 
発明者に直接聞くことができないので、いろいろと想像することになるが、実際に開発を進めてみて痛感したのは、科学的情報が少ない技術開発は、企業風土によってはかなり困難な活動になる場合がある、と言うことだ。ゴム会社では、道の見えない技術開発は歓迎(注)されたが、写真会社では、どちらかと言えば、肩身の狭い仕事になった。
 
科学的に明確で、あとは実用化だけ、という仕事は易しいが、競合が多くなる。一方科学的に不明確で先が見えない仕事は難しく、それを推進するためには、周囲の理解が必要となる。最近は、さらにこのような仕事はやりにくくなったと聞く。
 
科学的に未解明で訳の分からない現象というものは多い。例えばSTAP現象はそのような現象の一つで、科学的な否定証明はなされているが、なぜできないのか、という命題に対する答えはまだ知られていない。このような現象について企業で研究開発を進めるためには、経営者の理解とそれを許す組織風土が必要となる。
 
昭和35年頃の科学の状況は、ITO膜の発見はあったが、酸化スズ単結晶の性質については未解明であり、そのため導電機構は、科学的に未解明の状態であった。ただ、ITO膜は再現よく導電性を示したので、すぐにATO膜も発明され、酸化物半導体の科学がこの頃より発展してゆく。
 
ただ、非晶質体の物性については、現在でもその科学の完成ができていないように、当時はまったく手つかずに近い状態だった。ある種の物質の非晶質体の一形態であるガラスの研究はすでに行われていたが、それは、モルフォロジーに関する研究であり、電気的な研究が活発に行われるようになったのは10年後あたりからである。
 
(注)新入社員の研修では、二律背反の現象の問題解決はすばらしい仕事として紹介された。そして未知への挑戦は会社の風土であるとも。新規事業を起業するチャレンジも歓迎された。高純度SiCの事業提案とその推進を7年も売り上げ0で推進できたのは、このような風土だったからである。

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2015.11/29 酸化スズと技術者(9)

面白い仕事は人を育てる。特に技術の仕事は面白くする必要がある。どうしても泥臭いプロセスが仕事に入ってくるからだ。面白さが少しでもあれば、泥臭さが9割でも技術者は一生懸命仕事をやり、そして一生懸命仕事に打ち込み実践知を身につけ暗黙知を獲得してゆく。
 
酸化スズの帯電防止技術開発は何が面白かったのか。管理職の立場では、ライバル特許網に風穴を開ける醍醐味と、担当者の立場では、新発見ができた楽しさである。
 
薄膜評価では、クラックが発生して直流で正確な抵抗測定ができない障害にたびたび遭遇した。この問題については、インピーダンス法で評価する技術を開発した。
 
単なる薄膜のインピーダンス評価法だが、その周波数依存性とパーコレーション転移の関係、フィルム帯電の実技評価法である灰付着テストとの関係に新発見があった。
 
またゾルのような超微粒子を水溶性高分子に分散したときに生じるパーコレーション転移を自由に制御できる技術も技術として開発できた。これは一部日本化学会でパーコレーション転移の破壊として、技術に採用した逆の現象に置き換え発表している。これはノウハウを隠すためである。日本化学会からは若い技術者が講演賞を頂いている。
 
酸化スズゾルに含まれる微粒子は非晶質で科学的に大変怪しい材料である。しかし、技術としてその機能を制御することは可能で、帯電防止層として活用されてきた。
 
酸化スズの仕事では、日本化学会と化学工業協会から賞を頂き、さらにその技術を担当した若い技術者はその後学位をめざし無事取得している。形式知と実践知、そしてゴム会社で身につけた「技」暗黙知を駆使して、昭和35年の特許を実用化した仕事はサラリーマン生活における楽しい思い出の一つである。
   

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2015.11/28 酸化スズと技術者(8)

市販の酸化スズゾルに含まれていた微粒子の導電性と特公昭35-6616から推定された微粒子の導電性とは2桁程度異なっていた。そこで特許の実施例に書かれた酸化スズの合成法について、実施例に書かれていない因子を書き出し、魚の骨にまとめた。
 
やる気を喪失していた若い技術者がいたので、面白い大発見ができる、とおだてて、実施例に隠されていた因子について実験計画法を行い、酸化スズを合成してみた。
 
驚くべきことに、導電性は、1000000倍まで変動した18種の微粒子を合成することができた。最も良い条件では、実施例通りの1000Ωcmの特性が得られていた。
 
近くの都立科技大学(現在は都立大学)に導電性の専門家がいる、と聞いたので、その若い技術者を一年派遣して、この酸化スズの導電性の研究をやらせることにした。
 
本人は大変喜んで、一年後にはそれまで未発見の導電性準位があることを見つけてくれたが、大学の先生がアモルファスの同定は難しいので、と公開を辞退されたため学会発表を行っていない。
 
その後その技術者は自分の道を見つけてくれて、寿退社した。この酸化スズの実用化は、バトミントンに夢中になっていた技術者に引き継がれた。この仕事が面白かったのかどうか知らないが、化学工業協会から賞をいただける程度まで技術を完成させて、途中紆余曲折はあったが実用化できた。
    

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2015.11/27 酸化スズと技術者(7)

酸化スズゾルをシャーレに入れて、ドラフトの中に放置したところ、1ケ月弱で10%相当の重量になり、ゾルから固形分を取り出すことができた。その固形分を粉砕し、圧粉法で圧力を掛けながら導電性の変化をグラフ化し、外挿法で微粒子の導電性を求めた。
 
驚くべきことに、酸化スズゾルに含まれる微粒子は、10000Ωcm未満の半導体であることが分かった。しかし、過去の研究レポートでは、酸化スズゾルから生成した薄膜は絶縁体と評価されていた。研究レポートに従い、薄膜を製造しその評価をしたところ、確かに導電性は無かった。
 
不思議に思い、顕微鏡観察を行ったところ、薄膜には微細なクラックが観察された。すなわち微細なクラックが大きな接触抵抗をうみだし、絶縁性を示していたのだ。
 
薄膜に生成している微細なクラックは目視観察では気がつかない。薄膜に導電性がないことを疑って初めて見つかる現象であった。科学者はときおりこのようなミスを行う。STAP細胞では、何らかのミスが重なり、あのような大騒ぎになったのだろう。
 
技術者は、自然現象から機能を取り出そうと努力をするので、愚直な実験方法を選ぶ。バカな方法でも、それが必要であれば、実行するのが技術者である。あくまでも現物にこだわり、その現物を用いたあらゆる条件の実験で仮説が否定されて初めて技術者は、一つの仮説を断念する。そして新たな仮説に基づき機能の取り出しを試みる。
 
あらゆる条件の実験をどのようにデザインするのかは、技術者の力量に依存する。科学的知識が豊かでも、技術者としての力量が低いために簡単な実験で早急に結論を出す人がいる。一方科学分野の知識が乏しくても心眼を使い、身の回りの設備を用いた可能な限りの実験を愚直に行い技術を創り上げる人もいる。ゴム会社と写真会社それぞれの会社で、後者のタイプの技術者に出会ったが、ゴム会社では評価されていたが写真会社では評価されていなかった。当方は後者の人を技術者として力量が高いと評価した。
 
面白いのは、科学的に実験を進めて非科学的な技術が出来上がったりする。話はそれるが、カオス混合装置を用いた中間転写ベルト用のコンパウンドは、科学的には相溶しないと言われている高分子の組み合わせで相溶現象を起こし、わずかに生じるスピノーダル分解を活用し凝集したカーボンの接触抵抗をコントロールしている非科学的成果である。PPSと各種ナイロンの組み合わせでコンパウンドを製造し、カーボンの凝集状態を観察しながら技術開発を進めた。これは酸化スズゾルのパーコレーション転移制御技術を担当してから15年後の成果である。
  

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2015.11/26 酸化スズと技術者(6)

1990年頃市販されていた酸化スズゾルが絶縁体である、という社内レポートは、科学的にレベルの高い否定証明の報告書だった。当時複合材料で一般に用いられていた複合則を用いて超微粒子の導電性まで推定していた。
 
このレポートを書いた技術者は、それなりの能力の技術者と思われたが、企業風土が悪かった。技術を追求する風土ではなかったのだ。日本の企業では、自然科学の優秀な研究者を採用している。
 
そして、やがてメンバーの一員として管理職に、さらには経営陣へ成長してゆくことが人材に求められている。このような風土では、技術者としての自己実現など目標にうっかり努力すればラインから外されてしまう。
 
日本の多くの企業では、技術者の将来として技術者のままでいることを期待していない。しかし、今の時代は技術者のジョブも高度化しているのでジョブ中心の採用と育成が求められている。
 
もし技術者が本当に酸化スズゾルの機能を実用化したいと考えたならば、酸化スズゾルの微粒子を取り出し、その導電性を直接評価する、という泥臭い方法を行わなければいけない。すなわち現物の機能を現物で評価する、という技術者の鉄則に従い業務を遂行する。
 
確かに10wt%程度の濃度のゾルから超粒子を取り出すのは大変で、それなりの「技」がいる。濾過して超微粒子を取り出すことなどできないからだ。
 
これをスプレードライ法で取り出す、というアイデアがひらめいた技術者はそれなりの実践知を持っているが、スプレードライでは加熱プロセスを避けて通れないので、「加熱により物質が変化する」という形式知に邪魔され、その採用ができない。
 
愚直に自然乾燥で取り出す、という方法があるが、意外にもこの方法を馬鹿にする技術者は多い。実際にある担当者にお願いしたら、「どうぞ暇に任せてご自分でやってください」と、言われた。シャーレに分取し、紙をかぶせてドラフトに放置するだけの15分もかからない作業であるが、絶縁体として結論が出ている材料ではmotivationそのものが沸いてこない。
  

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