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2016.09/30 組織風土

界面活性剤が混入した点滴で2名続けて死亡した病院がニュースになっている。この事件が起きる前にも病院内で怪しげな事件が続いていたという。WEB記事によれば、警察は以前から把握していたが病院から正式な訴えが無かったので放置していたという。
 
この事件は、まだ全容が解明されておらず、そのため記事により表現方法が少し異なる。記事によっては界面活性剤の殺人を警察が病院よりも先に把握していたような書き方をしているものもあり、情報が入り乱れている。
 
ただ、看護師の持ち物に対するいたずら事件が長期にわたり病院内で問題にされていなかったり、病院内の患者死亡数が増加していてもそれを問題視しなかった事実は共通している。
 
このような組織風土が関わる事件を聞くたびに、ゴム会社で経験したFD事件を思い出す。これは高純度SiCの事業を立ち上げ始めた当方の業務に反感を持った人物によるものだったが、会社へ是正をお願いしても対応されなかった。退職後しばらくしてからとんでもない事件がおきて新聞に大きく取り上げられた。
 
故ドラッカーは組織への貢献と自己実現を働く意味といった。しかし、組織への無制限の貢献までは推奨していない。時には知識労働者が組織から去る勇気を勧めている。それに従い当方は高純度SiCの業務に未練はあったが他社とのJVで事業が立ち上がって一段落したので職場を去る決意をした(注)。
 
組織風土が関わる問題では、その組織のトップマネージメントによる改善努力が重要になる。そして大切なことは問題をオープンにして改善目標を明確にすることである。これにより最悪の事態を防ぐことができる。おそらく病院の院長がナースセンターで連続して起きていたと報じられている事件をすばやくオープンにして対応していたなら複数の命を救うことができたのではないか。
 
健全な組織風土をつくりあげるのはトップマネージメントの努力だけでは成立しないが、問題の是正はトップマネージメントの努力がなければ深刻になってゆくだけである。
 
(注)SMAPのマネージャーのような無責任な転職の仕方をしていない。当時たった一人で担当してきたので転職後一年近く高純度SiCの業務のサポートをした。すぐにお手伝いにゆけるよう転職先もゴム会社の近くをわざわざ選んでいる。証拠を示す上司の手紙等を眺めると、当時の燃えていた気持ちを思い出す。若さは人生の宝である。また一度純粋に燃えた体験は挫折から立ち直る時のエネルギーになる。

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2016.09/28 高分子の難燃化技術講演会(10・4)

10月4日に高分子難燃化技術に関する講演会を予定している。高分子の難燃化技術は科学で扱いにくい分野である。40年以上前にはアカデミアで積極的に研究されたテーマだが、30年ほど前から研究発表が少なくなっていった。
 
また、そのころから、LOIとかULなどの規格が普及していった。規格の中には科学的に決められたにもかかわらず、火災を普及させるようなものも登場している。それは、社会問題となってから規格の見直しが行われ,現在は使われていないが、当時は新聞にも取り上げられ大問題になった。
 
これは、科学的に決められた規格に対して、企業におけるある発見がもとになり規格を科学的に解析し、規格を通過できる材料設計を科学的に推進したことが原因で問題が大きくなった。すなわちその規格を採用した各企業で同じような材料設計の商品が販売されたために日本全国に問題が広がった。
 
当方がゴム会社に入社して2年目の出来事だったが、LOIのJIS化が制定されようとしていた時である。そのLOIを用いて、先に述べたとんでもない材料設計の問題を指摘したのだが、上司の主任研究員は、LOIは商品規格ではないので問題とはならず、自社の商品は国の規格に通過しているので問題ではない、と涼しい顔をしていた。
 
このような問題は、今の時代では涼しい顔は許されない。企業の社会的責任として、仮にお上が制定した規格であってもその間違いを積極的に指摘しなければいけない。さらに規格に問題を見つけた場合には、本来のあるべき姿を想定し、知財戦略を展開するチャンスでもある。
 
難燃化技術に関しては科学的に扱いにくい、という理由以外に、その手段が限られる問題がある。未だに炭化促進型がドリップ促進型のいずれかの手法の材料設計となり、用いる添加剤もほぼ定型になりつつある。
 
ただまだ新しいアイデアの出てくる余地はあり、今回の講演会では、電子材料に焦点をしぼり、その考え方を説明したい。1日では難燃化技術全体を講義できないので、10月下旬にも異なる視点の講演会を予定しているので、両方の講演会に参加することをお勧めしたい。
  

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2016.09/27 企画を成功させる(10)

故ドラッカーによれば、マネジメントとは”人を成して成果を出させる”ことだという。新しいリーダーが誕生すると、担当者の仕事を見直し組織構造を変えたりするのはそのためだ。ただし、組織は道具であることを忘れてはならない。組織はリーダーにとってマネジメントの道具であり、担当者にとっては自分の仕事のための道具である。
 
写真会社に転職して拝命した職位は、センター長付主任研究員である。二年ほどでこのセンターは改組され(リストラされ)当方は30名ほどの組織リーダーになるのだが、それまで居心地の悪い組織で仕事をしていた。センター内には管理部門以外に研究開発の実務を遂行する組織が二つあり、それぞれに組織リーダーがいたのだが機能していなかった。センター長が自ら担当者一人一人を管理していたからだ。
 
管理部門も同様で、そのマネジメントが当方の役目だったのだが、仕事は伝書鳩と同じであった。いろいろ気がついてセンター長に提案すると、提案は君の仕事ではない、と言われた。だから毎日が暇になったので、貢献の手段としてセンター内のテーマを手伝うことを思いついた。パーコレーション転移のシミュレーションプログラムを作成したり、インピーダンスを活用したフィルムの帯電防止評価技術を開発したりできたのは、この暇な時間のおかげである。
 
また、各担当者の業務のお手伝いなので、センター長へ報告する必要は無く気楽に仕事ができた。当時研究ノートが各自配られており、そこに記入し定期的にセンター長へ提出すれば良いシステムで、わざわざ報告の時間を割く必要もなく、伝書鳩の仕事で暇なことに”感謝”していた。やりたいことがやりたいようにできる身分と思うと悪くない。ものは考えようである。
 
ただ、センターは大赤字でその対策をセンター長にご相談しても対応していただけなかったのが残念だった。赤字の原因は明らかで、センター内の各テーマの予算は人件費程度しか無かったからだ。センター長付マネージャーとして何とかしたかったが、せいぜい各テーマのお手伝いを手足として活動できる程度だった。それぞれに個性的なテーマリーダーがいたため、計画の見直しをアドバイスしても受け入れてもらえなかった。
 
ゾルをミセルに用いたラテックス重合技術は、そのような状況でコアシェルラテックス開発テーマの中で、コーチングにより生まれている。マネジメントの制約の中で、コーチング手法によりテーマ担当ではなかった担当者に働きかけ、写真学会から賞を頂けるような成果を出している。本手法については、11月に開催予定の問題解決の講演会で事例として説明する。
 
<ポイント>
専制君主的な組織リーダーの下でマネジメントを担当するのは至難の技が必要である。宮仕えの立場では、テキトーに仕事をするに限る、というのが一般的な見解で、このセンター長の下にいた室長二名はそのような状態だった。一人は生え抜きの管理職で、センター長から色々と雑務を指示されそれを忙しそうにこなしていた。もう一人の室長は当方より一年ほど前にフィルム会社から転職してきた人だった。その人は毎日机の上に新聞を広げておられた。この方からは、いろいろ動くとセンター長ににらまれるぞとアドバイスされていた。実際に肉体労働の範疇を越えるとセンター長から叱られた。ゾルをミセルに用いたラテックス重合技術の開発では、一日で成果が出たのでセンター長を激怒させたが、リストラが行われセンターが改組されたので救われた。
専制君主的なリーダーのため組織運営がうまくいっていない職場でマネジメントを担当するのは、毎日ドラッカーの顔が描かれた写真を踏絵にして生活するようなものである。しかし上司に人事権がある以上は我慢して仕事をしがちである。但し、そのような仕事をした場合には、組織とともにマネージャーとしての生命も終わることを覚悟しなければいけない。あくまでも基本は、成果がだせる組織になるように働きかける仕事の仕方を工夫する努力が重要である。そのように働いても決して大きく報われるわけではないが、この仕事は使命である、という考え方が知識労働者には必要である。貢献と自己実現が働く意味である以上、組織に流される働き方は自分のためにならない。
働いて得られる報酬には、金銭以外に、組織活動の中でいかに工夫して成果を出したのか、という組織活動しなければ得られない特別な経験という宝がある。この宝は人生と言うマラソンを社会という大きな組織の中で走るエネルギーになる。サラリーマンはせいぜい40年だが今や人の寿命はその倍である。100歳以上生きる人も多くなった。年を重ねる生き方のために働く意味をよく考えてサラリーマン人生を過ごす必要がある。
 
 

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2016.09/25 企画を成功させる(9)

写真会社でカオス混合プロセスのプラントを立ち上げた仕事では、高純度SiCの成功体験が生きた。ただひたすら周囲の反感を生まないように努力した。組織に歓迎されない企画ではこれが最も重要である。
 
高純度SiCの仕事では、経営層の支持が得られていたことはわかっていた。職場診断で、必ず社長が当方の仕事ぶりを見に来てくださったからだ。しかし、研究部門ではつぶれても良いテーマだという陰口がささやかれていた。
 
中間転写ベルトのテーマは、単身赴任前に所属していたコーポレートの研究所で評判が悪かった。しかし、開発を推進していた現場では、何とか成功させたいという思いが伝わるほど熱く仕事をしていた。成功させたいという思いから部下の課長は当方が計画外の仕事を推進するのを嫌がった。
 
このような問題では、コミュニケーションを図り組織を動かすマネジメントが理想の解答となる。担当者に成功させたいという意欲があるので、成功しない要因を論理的に説明し、あるべき姿を提示すれば、すぐに方向転換できる組織であることは赴任してすぐにわかった。
 
しかし、PPSと6ナイロンを相溶させる技術は、どこの高分子の教科書を見ても間違い、すなわち科学的に否定される技術だった。さらに世界初のカオス混合プロセスを開発します、という内容を理解してもらうには時間が必要だった。このような場合には「モノ」を示すことが重要で、出来上がった「モノ」を示せば皆がすぐに納得し方向転換する。
 
そのためには、世の中に存在しないカオス混合プロセスを立ち上げる必要があった。ゴム会社でお世話になっていたエンジニアリング会社社長にお願いし、プラントを設置予定の子会社の敷地と同様の広さの場所を用意していただき、そこで中古機を用いて最初のプラントを立ち上げた。
 
子会社の敷地に合わせたのは、プラントが完成したらすぐに移設するためであった。高純度SiCではパイロットプラントをいきなり建設しU本部長に叱られたが、ここでは直接生産プラントを建設するアジャイル開発を行っている。
 
この作業は、土日東京に帰った時に行われた。新幹線代は自腹である。自己責任で推進していた仕事なのであきらめはついていたが、やや懐には痛かった。別荘へ都民の税金を使って出かける前M知事が批判されるのは当たり前である。民間ではこのような仕事でも自腹を切らなくてはいけないのである。
 
このような仕事のやり方は正しくない、とわかっていても、企画を成功させるためにその方法以外に道がないならば、コンプライアンス違反にならない程度にやや非常識な手段もとらざるをえない。ただし、どのような場合でも悪事は禁止である。ゆえにセンター長に予算の手当を赴任早々お願いしたのである。
 
 
<ポイント>
新幹線代を出張旅費として請求する道もあった。しかし、当時東京から豊川へ赴任している管理職が出張と称して帰省している問題が労働組合から指摘されていた。あるいは、月曜日に東京地区で仕事を作り、金曜日夜に出張旅費で帰省する場合も問題視された。民間企業ではこのような厳しい状況であることを公務員は知るべきだろう。そして厳しい状況では、管理職は疑いをもたれぬように誠実真摯に行動しなければいけない。公費による毎週の帰省が許されないことは当時の状況では仕方がないのである。前M知事の感覚が批判されるのは当たり前だが、私費で会社の仕事のために高い新幹線代を払うのも実は問題なのである。当時の職位からそれが問題とならなかっただけである。
会社の企画を成功に導くためにどこまで自己犠牲を強いるのか、という問いはナンセンスである。自己犠牲を強いる組織はそもそも問題なのだ。しかし、自分がここで踏ん張れば企画は成功する、しかし、その方向に組織を動かすためには時間がかかる、という場合にはやはり自己犠牲覚悟で踏ん張る必要がある。本来踏ん張るべき人が踏ん張らなかったためにダメになった企画をゴム会社でいくつか見てきた経験から、企画を成功させるためにいかなる仕事でもやり通す覚悟が無い人は、企画を担当すべきではない、といえる。
少し異なるが、豊洲の移転騒動において地下の空洞問題を部門の管理者が知らなかった、と平気で言っている姿がTVで映し出されている。豊洲移転に関して一生懸命仕事をやっていませんでした、と発言しているような姿である。建築現場を一度でも見に行けば、地下空間の存在を建築途中で見つけることができたはずだ。このような人たちに都民の税金から給与が支払われ、そして都民の税金が人件費として支払われている団体へ当然のように天下りしているのである。貢献と自己実現を働く意味と信じて働いている誠実真摯な知識労働者が報われる世の中に変えてこそ生産性はあがる。真に働き方とその意識を変えなければいけないのは、公務員の管理職だろう。この問題でニュースから判断すると、一部の心ない管理職が原因ではなく、この仕事に関わったほとんどすべての管理職が業務を誠実真摯に遂行していなかった都庁の実体が見えてくる。元都庁の職員で某大学の教授を勤めておられる方が、新宿と豊洲の現場が離れていたから、と解説していたが、豊川と袋井の間を毎日往復して仕事をした経験から、新宿と豊洲は離れている距離とは思えない。都庁の1階と屋上の間の距離程度である。TVによく出てくるこの教授もその考え方が甘過ぎる.
ところで、企画に問題があり推進途中で失敗すると解った時には、踏ん張ってはいけない。できない企画を推進した責任を取り、早めに企画中断を申し出なければいけない。15年ほど前に光学用樹脂レンズの材料開発を依頼された。中間転写ベルト同様に外部に材料開発を依頼して進める企画だった。この企画では早い段階で技術的に不可能と言う結論を出したが受け入れられず、プロジェクトの担当から外され窓際になっている。プロジェクトの結末は当方の結論が正しかったが。周りが竹やりでも戦う勢いで仕事を進めているプロジェクトでは、なかなか悪い情報や悪い結論を提案しずらい。しかし、失敗する可能性を示唆する情報こそ早めにメンバーと共有すべきである。科学の方法論では否定証明は科学で完璧にできる唯一の方法と論じている。否定証明が難しい場合には、とりあえず「モノ」を完成させることである。科学でそれを説明できる必要はない。再現良くモノを作れれば生産はできる。科学で否定されても「モノ」の実体ができる場合はあるが、技術で否定された仮想上の「モノ」は科学的に正しくてもインチキである。実際にできていることが重要である。
  

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2016.09/24 企画を成功させる(8)

転職した写真会社で窓際になり、研究部門から豊川にある生産部門へ単身赴任して担当した業務は、研究部門の誰もが「できもしない企画」と捉えていた仕事である。ゆえに、研究部門ではその仕事の後工程を担当していたが、重要テーマとして位置付けられていなかった。そのため、当方が成功し生産段階に移行した時にばたばたと開発を始め、結局開発納期遅れと言う結果になっている。
 
この仕事では、企画した前任者はその仕事が成功後昇進している。一方、納期通り開発に成功した当方は、横滑りで単身赴任終了東京帰任となったことがこの時の成果報酬ぐらいである。それでも転職まで選択しなければいけなかった高純度SiCのテーマに比較すれば幸せな終わり方だった。
 
この中間転写ベルトの仕事では、コンパウンド技術が重要だった。しかし、この重要な技術を外部に依存し、どのようなコンパウンドができているのかわからない状態で、前任者はひたすら押出成形をして開発を進めていた。
 
当方はコンパウンド内製化の企画を立案するのだが、高純度SiCの時と同様に組織内では歓迎されなかった。しかし、上司のセンター長がなかなか腹の座った人物で、無条件に当方を信頼してくれた。このような上司の場合には組織に歓迎されない企画でも進めやすい(当方の部下の課長は、外部から購入したコンパウンドによる開発の継承を主張(注)したため、管理下のメンバーはだれも成果を出せなかったが組織として成果がでた、という奇妙な結果でこのテーマは終了している。)。
 
センター長は、当方を信頼し中古の二軸混練機を買ってくれただけでなく、カオス混合の開発に成功した時にプラント建設に必要な投資の約束もしてくれたのだ。しかし、組織で歓迎されない仕事なので生産開始の3ケ月前までコンパウンドプラントの開発進捗を詳しく報告していない(報告できなかった、と言う表現が正しい)。そのためコンパウンドプラントは開発したのではなく、ただ必要になって立ち上げただけの小さな成果となった(プラントは発注から3ケ月ほどで立ち上がっている。誰が見ても小さな仕事だ)。
 
実際は外部のコンパウンドメーカーでも実現できなかった混練技術と、押出成形プロセスと相関する高度な品質管理技術がコンパウンドプロセスのために開発されたのだが、それらは成果として評価されていない。これら高度な技術を開発するために、報われないことが分かっていても土日を返上し働いた。
  
<ポイント>
組織の都合で正しい仕事が行われない場合がある。例えば豊洲の建物の問題も何か組織の問題があったのだろう。ワイドショーでは縦割り行政の弊害が指摘されているが、組織単位を階層の視点で見れば、豊洲移転は一つのテーマで、下部組織において複数のテーマに分かれてゆく。元石原都知事が言ったとか言わないとか議論されている建築下の空洞問題は、ワイドショーの情報を聞いている限り、下位の組織で独自の判断がなされたのだろう。単純に縦割りの弊害であれば、犯人探しは容易である。本来上位職者が知っていなければいけない金額が発生する業務において、上位職者の知らない状態がおかしいのだ。縦割りという問題ではない。下位の組織で扱えない金額の仕事を自由に担当者が推進できる状態がおかしい。これは、業者からわいろをもらい誰かがお金を着服しても監督指導できない状態である。大雑把にいえば昨日小池都知事が指摘していたガバナンスとコンプライアンスの問題となる。
高純度SiCの企画では、経営者の信頼は得られていたが研究部門は事業化したくない、というねじれた状態だった。すなわち、ガバナンスの問題である。
中間転写ベルトの企画では、一流の外部メーカーからコンパウンドを購入し開発するので必ず成功するという企画内容だった。しかしその「一流のコンパウンダー」の技術をもってしても製造できないようなスーパーコンパウンドが必要な企画だった。この事実を明らかにすれば、開発はすぐに中断となったが、すでに製品化フェーズに入っていたので、開発中断の責任は経営レベルまで及ぶ。だからスーパーコンパウンドを開発できる技術をセンター長に相談すれば、ゴーサインが出ることを当方は確信していた(判断力の無いセンター長ならば決断ができない)。センター長はこの点を理解していたので、当方のカオスな提案についてすばやく決断できた。もし無能な上司だったら、当方の退職が早まり東日本大震災で送別会が無くなる、という事態にはならず、このセンター長と一緒に盛大な送別会となっていた。しかし無事中間転写ベルトの開発に成功し、ついでにPETボトル廃材を用いた射出成型部品まで開発したので退職時期が遅れ、不幸にも大震災の日と重なった。おかげで送別会が無くなっただけでなく、帰宅難民として会社に一泊することになった。
 
(注)開発方針と開発納期を形式で判断すれば、外部のコンパウンダーからコンパウンドを購入し、仕上がったレベルの製品で我慢し生産を行う、という結論にいたる。部下の課長は、外部のコンパウンダーの技術では完成しないという当方の判断を聞き、外部のコンパウンダーに依頼するコンパウンドの検討の条件を増やす方針を出してきた。当方は、真面目な課長の計画を聞き、技術の視点で無意味なのでこの計画に反対だが科学的に否定できないので承認する、と伝え、2000万円の予算外の稟議書を起案している。ロジカルシンキングというセミナーはいつの時代でも受講者は多い。ただ、そのセミナーではロジックの間違いの可能性に技術的視点があることを教えていないのが問題だ。科学的に間違いでは無くても、技術的に実現できないロジックと言うものがあることを知らない人は多い。一方で科学的に間違っていても技術ができる場合があることを知っている人も少ない。PPSと6ナイロンを相溶させる技術は、教科書に書かれたフローリー・ハギンズの理論からは否定される。しかし、この中間転写ベルト用コンパウンドでは、これを技術として用いている。詳細は弊社へ問い合わせていただきたい。

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2016.09/23 企画を成功させる(7)

政府が21日、原子力関係閣僚会議を開き、高速増殖炉原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)について「廃炉を含め抜本的な見直し」を表明したことについて、地元からは不信や困惑の声が上がった、と昨日の産経新聞で報じられた。そして、「夢の原子炉、 迷走20年、 なぜ成果が出なかったのか」という表題の記事も掲載されていた。
 
廃炉に対する反対意見を地元民の名を借りて記事にしているところは、昨今の国民の動向を捉えた配慮だろう。国民の大多数は廃炉に賛成だからだ。ただ地元への経済の影響は大きいので、当然反対意見も局地的に多くなる。しかし、1兆円超が投じられながら、「無用の長物」と酷評されてきたもんじゅは、なぜ20年以上も成果が出なかったのか。
 
新聞記事では、ナトリウム漏れ事故での隠蔽工作や、組織のずさんな体質が論じられていた。しかし、福島原発の事故の状況やその後の対応などをみていると、ただそれだけではない。根本的に「甘え」が、担当している人たちにあった、と思っている。「あったのではないか」と推定にしていないのは、これまでの原子力関係の報じられた記事を読めば明らかである。
 
福島原発の事故後でも「甘え」は残っており、凍土壁の問題でもあれだけ金をかけても成功させようという気概が伝わってこない。もっと金出せ、金出せの大合唱である。この原子力担当者の「甘え」が無くならない限り、日本で原子力技術がこれ以上発展することも無いだろう。もし誠実真摯で志の高い人物が原子力関係の担当者の中に現れれば状況は逆転するかもしれないが、TVで見る限り、そのような人物にお目にかかれていない。
 
事業を推進しようとする時に、組織体制の果たす役割は大きいが、その組織に対して成果を出すように働きかけるのは人間なのだ。組織は成果を出すための単なる道具であって、成果は人が組織に働きかけて、初めて出てくるものなのだ。腐った組織でもそこへ働きかける人間が腐っていなければ、成果は出る。ゴム会社における高純度SiCの事業はまさにその事例だ。
 
原子力事業では安易に国からお金が大量に流された結果、それを担当してきた人間が腐ってしまったのだ。故ドラッカーも頭の良い人達が成果を出せない問題を指摘しているように、組織ではなく原子力事業に担当している人の問題に大きなメスを入れない限り、福島原発の事故処理もうまくゆかない。ご相談があればいつでも弊社は協力します。
 
 

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2016.09/22 企画を成功させる(6)

高純度SiCの技術について他社が実施できなかった理由は、特許部から研究所へ戻られたI次長のご指導の貢献が大きい。基本特許が公開される前に特許戦略に基づく出願計画を示され、特許を書く作業をアドバイスされた(職制上は上司ではなかった。ただ当方の立場とテーマの状況をご判断されてのこと。この方に関しては、少しドラマめいた話がある。)。
 
研究開発における特許戦略を本格的に学んだのはこの時が初めてである。I次長の説明は大変わかりやすく、高純度SiC紛体を製造するに当たり、重要となる技術についてすべて抑えることができた。
 
このとき、SiC化の反応とSiC回収の冷却ゾーンとを分けた電気炉の発明も書いている。アイデア特許であったが、先行投資を受けてから、この発明に基づく電気炉を生産炉として開発している。
 
今、政府の方針はモーレツ社員撲滅であるが、この頃は、睡眠時間4時間未満で多数の特許を書いていた。しかし留学中でもあったので残業代はもらえなかった。その数年後FDを壊されるような妨害にあい事態を収拾するために転職することになるが、この頃はそのようなことを想像すらしていなかった。ただ真摯に企画の成功だけを祈って特許を書いていた。
 
経営方針とは合致していても所属組織内では歓迎されない企画というケースでは、個人の負担が大きくなる。個人の犠牲を払ってまでも推進するのか、という問題については、個人の価値観に依存する問いである。また、個人の犠牲を払ってまでも努力する社員をどのように処遇するかは会社の風土で変わる。個人の犠牲を払ってまでも仕事をやられたのでは会社として迷惑だ、という会社もある。
 
ワークライフバランスの導入でこのような仕事のやり方が無くなるのは良いのかもしれない。個人の犠牲を払って仕事をしても決して報われないからだ。ましてや、企画が成功しつつある最後の段階で、FDを壊されるような妨害をされたのではたまらない。
 
だから無理な企画推進はしないほうが良い、と他人にはアドバイスするが、努力して成功した時の達成感はものすごい。麻薬の経験は無いが、週刊誌などに書かれている麻薬の快感よりも気持ちが良いと思う。住友金属工業とのJVが立ち上がり、未来の確実なマーケット情報まで見通せるようになった瞬間の気持ちの余韻は今でも残っており、苦しい業務でも頑張れるエネルギーの源になっている。成功体験が重要と言われる所以だろう。
 
<ポイント>
ワークライフバランスなど働き方の見直しが政府中心に進められている。人間らしい生活と仕事のバランスをとる、といえば当たり前に聞こえる。しかし、誠実真摯に仕事に打ち込むときに、人間らしい生活を犠牲にしなければならないときがある。その時に躊躇無く、ワークライフバランスを崩す勇気があるかどうかで企画の成否が変わる。個人の犠牲など無く、誰もが楽に企画という業務を推進できるのが理想の組織だが、実際の現場では理想からほど遠い状態だ。あとは個人の価値観になる。企画の成功を目標に掲げたら、徹底して推進する覚悟が重要である。FD事件が起きたとき、ゴム会社を辞める決断をしたのは、すでに事業が立ち上がり、組織も動きだし、テーマを担当したい人も出てきて当方でなくても事業推進が可能になったからだ。このとき功労者に正しく報いるような会社ならば、次から次と新事業が生まれる風土となる。逆に誠実真摯に努力した社員を見殺しにするようでは、会社の未来は暗いだけでなく、さらに悲惨な出来事も起きるような風土となる。
 

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2016.09/20 企画を成功させる(5)

ゴム会社で高純度SiCの研究開発が可能になったのは、無機材質研究所のI先生の功績が大きい。I先生がうまくマネジメントしてくださらなかったら、STAP細胞同様の混乱となりゴム会社とは異なる企業で事業化されていたのかもしれない。基本特許は無機材質研究所で出願され、この時の状況はどこでも研究開発が可能だったからだ。
 
無機材研で芽を出すことができた高純度SiCの技術は国の研究所の成果として計上され、そのように粛々と運営された。すなわち、文科省からの斡旋を受ける形でゴム会社は事業をスタートしている。そして毎年レポートが提出され、基本特許に対する報奨金もゴム会社から国に支払われている。
 
当方に対するヘッドハンティングの話など脇道はいろいろあったが、ゴム会社で事業として立ち上げる決断をし、数年の死の谷を歩き、住友金属工業とのJVとして半導体治工具の事業が立ち上がっていった。
 
ただしマーケットが無いのに高純度SiCの技術開発がゴム会社で続けられたのは、当時の研究開発本部長U氏の特徴あるマネジメントのおかげである。「まずモノをもってこい」という厳しいマネジメントに対して、忠実に研究成果としてのモノを出し、厳しい要求に応えてきた。
 
例えば、SiCセラミックスヒーターは、常圧焼結で製造されたバージョンとホットプレスで製造されたバージョンをすぐにモノにすることができた。これは無機材質研究所がSiCについて焼結理論も含め最先端の研究成果を有しており、その成果を応用すればよいだけだったからだ。
 
そのほか、燃料電池用電極、単結晶シリコン引き上げ用るつぼなど他社からの要望にも試作品として即座に対応した。もし当時マーケットが大きかったならば戦力補強もしていただけたが、無機材質研究所の紹介で住友金属工業からJVの申し出があるまでまとまったマーケットに出会えなかった。
 
例えばこのとき応用技術としてSiC基セラミックス切削チップを開発しているが、マーケット規模が一億円程度と小さくボツになっている。
 
U氏からは、高純度SiCのテーマ以外にLi二次電池や電気粘性流体の仕事を手伝うように指導された。これらのテーマでは、高純度高絶縁ホスファゼンや電気粘性流体の増粘防止技術、高性能粉体3種セットなどの成果をだし、おかげで開発予算だけは潤沢に確保できていた。
 
<ポイント>
最近では成果主義の評価を行う企業も増えてきた。研究開発部門の成果として一番わかりやすいのは、「事業となりうるネタ」である。すなわちメーカーであれば「モノ」となる。研究開発も行わずいきなりモノを作ることができるのか、と聞かれて「不可能」という人は甘い。今やそれなりの努力をすれば「先端技術でできあがったモノ」を作ることができるのだ。ただし、STAP細胞のような再現できない「モノ」では事業構築は不可能なので「再現性のあるモノ」を作る必要がある。もし先端技術を集めてみて「モノ」あるいはそれに近い「モノ」が全くできないならば、事業化は難しいだろう。企業において企画立案するときに、「モノ」を作れない企画をしてはいけない。
退職前に担当した中間転写ベルトでは、その「モノ」ができていないのに「商品化フェーズ」までテーマが進んでいた。原因は、「問題点はあるが製品立ち上げまでには改善できる」と周囲に説明されていたためだ。しかし、その問題点は、化学の教科書に書かれたフローリー・ハギンズ理論では解決できない内容だった。この仕事を引き継ぐ覚悟を決めた理由は、科学で解決ができない問題を技術で解くことができるか、という命題を考えていたからだった。そして科学では説明できない現象を利用した技術を完成し、プラントを立ち上げた。11月に予定している講演会では、科学の先を進む技術をどのように創り出すかについても説明する。
 

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2016.09/19 企画を成功させる(4)

2000℃以上まで結晶を固定できる技術を評価されて、計測実験もまかされるようになった。そして、2200℃までの結晶格子のデータが得られ、無事6H型SiC単結晶には異方性のあることを実証でき、論文が完成したときに、末席に当方の名前が載っていた。うれしかった。
 
しかし、幸福は永く続かない。投稿前の論文を見せられたときに、ゴム会社から電話がかかってきて昇進試験に落ちたことを知らされた。
 
ゴム会社では世間でいうところの係長職に相当する役職へ昇進するときに論文試験があった。当方が受験したときの問題は「あなたが考えている新事業について会社へ提案してください」という内容だった。当方にとって易しい問題で、高純度SiCの事業シナリオを書いた。しかし、その答案に0点がつけられたそうだ。そして0点は試験制度始まって以来の最低点と言うことも電話で告げられた。
 
会社からの連絡はI先生の机に置かれた電話にかかってきたので一部始終I先生に聞かれることになり、これが一瞬の地獄から幸運へ向かうきっかけとなった。I先生は1週間だけ無機材質研究所の設備を自由に使えるように研究所内の調整をしてくださること、そしてこの1週間の間に当方の夢を完成するとの条件付きで高純度SiC合成法研究のチャンスをくださった。
 
このチャンスを見事活かすことができて、真っ黄色の粉体を一週間で開発できた。この実験結果は無機材質研究所の中で噂になった。そのままであればSTAP細胞と同様の騒動になっていたかもしれない。しかしI先生はうまくマネジメントされ、騒動にならないように研究所に箝口令を敷いてくださった。
 
この時の体験があったのでSTAP細胞の騒動については組織マネジメントの問題が大きいのでは、と思っている。研究開発部門というのは活性が高ければ高いほど騒動が起きやすい。大きな成果が出たとしても冷静に対応できる、あるいは推進できるマネジメントが必要である。
 
I先生はうまくマネジメントしてくださり、ゴム会社で高純度SiCの開発ができるように下地を整えてくださった。下地はできたが、ゴム会社はすぐに対応しなかった。このあたりのごたごたは省略するが、やがて故服部社長の前でプレゼンテーションを行いファインセラミックス専用の研究棟建設と2億4千万円の先行投資が決まり、企画実現のチャンスが訪れた。
 
 
 

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2016.09/18 企画を成功させる(3)

上司だった主任研究員と研究開発本部長(取締役)と当方の3人で、無機材質研究所長を訪問した。そこで所長が大阪工業試験所(大工試)で研究していた頃の話題が出て、ゴム会社の創業者が大変な額の寄付を大工試にしたこと、そして今その恩返しができるチャンスが訪れたとお話ししてくださった。
 
その結果、どのような仕事でもお手伝いをする、という条件で、SiCの研究部門、I先生のもとへ定員オーバーであったけれど留学の許可をしてくださった。
 
翌年の4月から無機材質研究所で研究のお手伝い生活が始まった。大学と異なり授業は無いので、毎日言われた仕事をこなすだけである。最初にお手伝いを頼まれたのは、SiCの熱膨張を四軸回折計を用いて直接計測する仕事だった。
 
計測そのものは無機材研の主任研究官の方が行うので、当方は実験室の掃除やサンプル準備その他の雑用だった。SiCの単結晶を石英ガラス管に封入し、それをYAGレーザーで加熱し、赤外線温度計で単結晶の温度を計測、結晶の格子定数をX線回折で求めるという実験である。
 
ガラス管への封入が難しく、ガラスくずがたくさん出ていた。それでガラスくずからサンプルを封入しやすいように工夫した電球状の細工をして主任研究官にお見せしたところ、ガラス管への封入作業も当方の仕事になった。学生時代の有機合成実験で鍛えたガラス細工の腕が役だった。
 
実験が進み、1000℃以上の温度で計測する段階になった。しかしこの温度領域では接着剤が溶けて計測ができない。市販の耐熱接着剤は1200℃まで耐久する仕様になっていたが、1000℃前後で軟化することがTMAの計測で判明し、主任研究官の方は頭を抱えていた。
 
当方に1週間ほど時間を頂ければ2000℃まで単結晶を固定できる方法を考えます、と申し出たところ、開発して欲しい、と言われた。また、耐熱接着剤が無ければ計測実験もできないので、当方の業務も無くなった。
 
耐熱接着技術は3日ほどでできあがった。さっそくその接着剤で単結晶を炭素ロッドに固定し石英管に封入して試験を行ったところ、2000℃以上の計測でもそれを使用可能なことが分かった。世の中でそのような接着剤の開発が進められていた時代だったので、大変な成果だと褒めていただくとともに3日でできたことに驚かれていた。そこで、ゴム会社ではこのくらいのスピードで仕事をしなければ企画を通していただけない、と説明した。
 
 
 

カテゴリー : 一般

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