ニコンから焦点距離58mmという中途半端な新レンズが発売されている。写真雑誌にその作例が載っていたが、ニコンらしくない画像だった。ちょうどニコンとペンタックスの中間の画像という印象を受けた。
画像に対する印象は主観的なので、他の人がご覧になったら異なる表現になるかもしれないが、当方にはペンタックスに近い写りのようで柔らかく好感が持てた。しかし、単焦点レンズ1本の価格が19万円とは少し高い。
ニコンのカメラの欠点は、レンズも含め高価なことだ。ペンタックスに比較して2-3割以上高いような気がする。しかも最近は日本で製造されている製品が少なくなっているにもかかわらず値段が高い。
値段が高くても売れるのはブランド力だろう。ペンタックスブランドは、昔の望遠レンズや広角レンズをフレーズに入れたCMのように親しみやすさがあるが、ニコンブランドは、高価なイメージである。
高価でもカメラとしての性能が優れているので売れるのだろう。しかし、画像には個人の好みの問題もある。ポートレートを主体に撮影している当方は、安価なペンタックスを使用する機会が多い。ニコンカメラの出番は、失敗したくない場面である。
数ヶ月前、ペンタックスのカメラで大失敗をやらかした。カメラの設定ミスでピンぼけ写真になってしまったのだ。撮影直後確認したときには、それなりに写っていたのでペンタックスの絵柄と勘違いし安心して、拡大し確認することを忘れた。
自分のミスなのでカメラのせいではないが、一度取り返しのつかないミスをすると「もしニコンのカメラだったなら」という思いが出てくる。ニコンのカメラでは、これまで撮影のミスは無い。58mmという中途半端な焦点距離のレンズが欲しくなった。人間の嗜好とは不思議で、マーケティング技術が存在する理由を理解できる。
新レンズは値段を下げた普及版を出せば、新しいニコンファンを増やせるのではないか。ニコンレンズの共通したカリカリとした写りに不満な顧客は多いように思う。長年のペンタックスファンはその一例だろう。
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「JAPAN Face Painting & Body Art Show 2009」という珍しい大会が2009年9月22日に開催された。たまたまインフルエンザの世界的流行でアーティストの欠席が相次ぎ、芸術学部に入学していた娘に飛び入り参加の要請があった。
ボディーアートなど未経験の娘であったが、参加したいと相談してきた。20歳になっても父親に相談してもらえる、と喜んでいたら、写真家と組んで参加するという大会規程があるので一緒に参加して欲しい、という内容であった。相談内容には、少しがっかりしたが、父親と一緒に出たい、という言葉に動かされた。
大会の様子は今でも「 http://2011.japanbodyart.com/2009/」で見ることができる。この大会では、ボディーペイントのコンテストと同時に会場の様子を撮影した写真コンテストも同時開催された。この写真コンテストでは、ポートレート撮影になるので、ペンタックスD10で参加した。レンズはお気に入りの77mmLimitedレンズである。
ペンタックスD10は、二台目のデジタル一眼レフカメラである。一台目は、当時驚異的連射速度を誇ったニコンD2。娘の運動会では活躍したが、日常使うには重すぎた。レンズをつけると1kgを軽く超えるのである。このカメラを使用するために毎日鉄アレイトレーニングを始めたほどである。
また、ニコン特有のメリハリのある絵が、家族写真に向いていなかった。しわまでくっきり写るのである。女性をとるには軟調気味のペンタックスがよく、また少しノイズ感のある絵がデジタルカメラでありながら銀塩写真のようでペンタックスを気に入っていた。
真実をそのままくっきりと写すカメラが必ずしもよいとは限らないと思う。特に女性ポートレートは、柔らかく写るカメラが最高だと思うし、年齢を重ねた被写体には喜ばれる。ペンタックスの77mmLimitedレンズは不思議なレンズで、おそらく光学性能は良くないのだろうけれど、ポートレートに使用すると、プロ写真家が撮ったような絵が出てくる。
フィルム時代から気に入って使用していたが、D10でもほとんどの写真はこの77mmで撮っていた。ただD10の撮像素子はAPS-Cサイズなので、フィルムカメラ場合よりも被写体と距離を置く必要があるのが欠点だった。
ボディーアートのコンテストで娘は素人ながら2位になった。写真家として参加した当方の結果は、このコンテストを紹介したホームページをご覧ください。
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20世紀末になると写真機のデジタル化が加速された。しかし、当時デジタル一眼レフはまだ高価で、銀塩写真同等の画像が得られる製品は、ニコンやキャノンのハイエンドの製品しか無かった。デジタル化の流れの中で、明らかにキャノンが先行しニコンがその後を追いかけ、他のカメラメーカーはどんどん置き去りにされている状況が生まれていた。
キャノンのハイエンドのデジタル一眼レフは、当時デザインを除き気に入っていた。デザインはジウジアローによるニコンの一眼レフが好きだった。グリップ部分に一部赤色を入れたデザインは、ゴム会社のロゴデザインと同じく、かっこいいと感じた。
美しくなければ車ではない、という刺激的コマーシャルがあったが、美しくなければカメラではない、というフレーズを当てはめてみたくなるのがニコンのデジタル一眼レフだった。デジタル一眼レフは将来ニコンでシステムを揃えようと思い、とりあえず会社に貢献するために、フィルムカメラニコンF100を購入した。
F100を使用してびっくりしたのは、写真の失敗作が激減したことである。ペンタックスのカメラでは24枚撮りのフィルムで平均20枚ほど気に入らない写真となっていたが、F100を使用したらこれが5枚ほどになった。ただ、ベストショットは、ペンタックスのカメラからいつも生まれていた。ペンタックスのカメラによる写真はばらつきが大きかったのだ。スキルが無くてもほどよい写真が得られるのがニコンのカメラだと思った。
F100を購入して1年ほど経ち、ペンタックスとニコンで撮られた写真を比べてみたら、ペンタックスで撮影した写真のほうが良い写真が多かった。運動会の写真ではF100が圧倒的にその性能を誇示していたが、その他はペンタックスであった。ニコンのカメラで撮影した写真は、どこか硬かった。ペンタックスの少し軟調気味でぼけ味が柔らかい写真が、ポートレートに最適だった。
たまたまヘーベルハウス主催でキャノンが協賛の撮影会の案内を妻が見つけて、参加することになった。写真家の桃井氏が審査員及び講師としてキャノンのデジカメを持って参加していた。まわりを見ると大半がキャノンのカメラで参加しており、ペンタックスとニコンのカメラで参加したのは当方だけであった。撮影会のモデルはカメラ雑誌でおなじみのモデルだったので少し気合いが入った。F100を選択して参戦した。
残念ながらフォトコンテストでは優勝を逃がし、二位であったが、キャノンの双眼鏡を手に入れることができた。一位はキャノンのkissで撮影された写真であった。kissは当時キャノンの戦略的新商品で、参加者の多くがkissを使用していたのも、協賛がキャノンゆえに納得のゆくコンテストであった。その様な状況でデジカメで撮られていない写真が二位になることができ、F100の実力に感服した。おそらく状況からペンタックスでも一位になれなかっただろう。
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学生時代にアルバイト代を貯金してペンタックスME及びレンズを3本ほど購入した。人生初めての一眼レフカメラである。それまでオリンパス「PEN」を使用していた。父親はコニカの一眼レフを使用していた。
ペンタックスの良いところは小型軽量で操作がよく考えられているところである。当時カメラの自動化でシャッター速度優先か、絞り優先かという議論がなされていたが、ペンタックスは絞り優先の自動化を推進していた。キャノンはシャッター速度優先であった。
ポートレートを撮るときには絞り優先になる。スポーツ写真を撮るときにはシャッター速度優先になる。このような説明がカメラ雑誌にされていたが、絞り優先カメラでも、シャッター速度優先で使用することも可能であった。ファインダーを覗きながら、絞りリングを調整すれば良いのである。
初めての一眼レフで姪を撮影し、カメラ雑誌に投稿したところいきなり佳作に入選した。撮影技術など未熟であったが、カメラがすべて条件を設定してくれるので、構図だけを考えれば良かった。また絞りを開放気味にすればボケが良くなることは理科の知識があったので分かっていた。
うまく背景がボケて、構図も良く、モデルもよければ簡単に入選するのがフォトコンテストと誤解した。以後投稿するのをやめた。29の時にカメラ雑誌に投稿しなければいけない事態になった。初めて投稿して入選した自慢話をしたら、某女性からポートレート撮影で写真雑誌への投稿を頼まれたのだ。
犬吠埼で撮影し、人生二回目の雑誌のフォトコンテストに応募したが、これは三席に入選した。モデルが良かったのだ。こちらが依頼しなくても様々なポーズをとってくれた。写真技術というのは難しく奥が深い、と加納典明がパーソナリティーを務めるラジオの深夜放送で40年ほど前に語っていたが、自動化されたカメラを使用した場合には、その敷居はぐっと低くなる。
33歳で結婚するまでペンタックスMEを使い続けたが、新生活を始めるに当たり、ペンタックス初の自動焦点カメラに買い換えた。小型軽量のペンタックスの特徴はなく、また外装はプラスチックで安っぽかった。しかしストロボを初めてカメラに搭載したデザインを気にいっていた。
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昨日工業用途のポリマー材料,エンジニアリングプラスチック,合成ゴムなどの 高分子材料の研究開発をテーマにした技術情報誌「Polyfile]から、2014年11月号の特集について執筆依頼を受けた。執筆内容については公開して良いのかどうか不明だが、当方の体得している技術の一つについて、科学と技術の視点にわけて、解説する予定でいる。もしご関心のある方は、購入してご一読ください。
これまでこのような業界誌からの執筆依頼を受けてきたが、可能な限り科学的に書くことを心がけてきた。しかし、それでも伝えたいことを書くためには、妄想と批判されても技術者の視点で見たときのポイントを述べるようこころがけた。
しかし、「妄想」が多すぎた場合に同僚から「好き勝手に書いている」とか、「よくあそこまで言いきるね」とか批判されてきた。業界誌は学会誌と異なるので技術者の妄想を書いても許されると思い、当方は書いてきたが、このような批判を受けると少しは心が痛む。
当方も学位を取得し、科学の世界で研究を行いたいと思っている技術者である。しかし、科学の世界にも定員があり、そこからはじき出されている身分では、せめて科学の世界で活躍されている研究者の先をゆく技術(注)を開発したい、と自己実現の目標を設定し研鑽してきた。
例えばSTAP細胞の論文では捏造と騒がれているが、あれは科学の世界で見ているからだ。もし本当にSTAP細胞ができているならば、技術論文として優れた論文である。STAP細胞の研究では、STAP細胞を製造する技術が無いために科学の研究ができない状態なのだ。
iPS細胞では、最初にそれを作る技術を消去法で開発し、科学の研究を開始している。STAP細胞については、小保方さんが200回も作成した、と言っているが、それを再現できる技術まで創り上げていなかったから問題になっているのだ。笹井さんも「あれは技術論文だ」と言えば良かった。
しかし、彼の立場ではそれが許されないだけでなく再現できないことも苦しい状況に追い込んだ。再現できていれば捏造ではなく妄想を分かりやすくするために脚色した技術論文となる。多くの特許がこのように出願されており、捏造などと批判されていない。技術では再現さえできれば、分かりやすく説明するための工夫は捏造とよばない。
一人の人間が200回も作成できているならば、いつかは第三者も作成できるようになる。当方は高純度SiCの前駆体製造技術について、たまたま電気炉の暴走があり1回成功しただけで、2億4千万円の先行投資をゴム会社で頂いている。そしてその先行投資された技術は今でもブリヂストンで事業として継続されている。
技術とは科学的に証明できなくても、機能をロバストよく再現できればそれで完成といえるのだ。タグチメソッドはそれを実現できる唯一の方法で、日本で生まれアメリカで育ち、日本に逆輸入された優れた問題解決法である。
今回執筆依頼を受けた内容について詳細は雑誌のPR記事をご覧頂きたいが、これまで公開してこなかった30年前に開発した技術についても惜しみなく公開するのでご一読ください。ちなみに本技術については、ゴム会社でたった2年だけ担当した技術で、退職前の一年間の最後の暇つぶしの期間に30年前を思い出しながら商品を一点仕上げることができた、由緒正しき「妄想」である。
技術とはそれを身につけることができるならば、担当した期間は無関係である。技術者の中には5年以上も担当しながら技術の完成を実現できない人もいる。一方一週間程度でも優れた技術を体得する人もいる。高純度SiCの技術はたった一日で生まれ、その一日で体得できた技術である。1日という期間であるが、未だに注目され時々質問を受ける。また某社からは数年前に改めて異なる視点で特許出願がされていた。
「www.miragiken.com 」では、未来技術についてマンガで書いている。ドラッカーは誰も見たことの無い世界がはじまる、と予言し他界されたが、誰も見たことの無い世界を書くのにマンガは適した表現手段である。
(注)電気粘性流体の技術をいくつか開発したが、FDを壊して開発活動を妨害してきたのは研究者である。犯人は、「なぜそんなに早くできるのか、隠している論文を見せよ」とある日迫ってきたが、とんでもない勘違いである。電気粘性流体の科学論文など読んでいなかった。技術者は、その心眼で現象を眺め機能が正しく働く様子を心に描き、技術をデザインしているのである。その具体的方法を弊社では研究開発必勝法として販売している。
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昨晩は大変な日々であった。中国から帰国するための飛行機が1時間以上遅れ、成田着最終便となった。このような日に限って、預けた荷物は荷物受け取りカウンターで一番最後に出てきた。
成田からの足が無くなるのかと思ったら、京成電鉄は臨時特急を出してくれた。しかし、これが上野着の普通電車との途中接続という内容。日暮里で池袋行きの最終電車に乗ったら、東武線の最終電車に接続していると期待していた。
池袋に着いたら、自宅駅近くの電車は無く大変だった。家に着いたのは今日の2時で、お化けが出る時間である。足が無い状態なので当方がお化けかもしれない。
最近はテレビで怪談が少なくなり、道には街路灯のおかげでお化けも出にくくなった。しかし、このような日は出てきてくれて、冷気を与えて欲しかった。やや蒸し暑い。
せめてお化けでも出てきて仲間になってくれ、と思っていたら、池袋駅には人があふれていた。久しぶりに夜中の池袋駅を見たが、足の無い人ばかりでタクシー乗り場はあふれていた。これではお化けも出てこれない。下手に出てきたら携帯電話のカメラを向けられ、一斉射撃に合う。
夜中も人間が闊歩しているからお化けも辛い時代だ。少し景気が良くなったのか。
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年をとると鈍感になると聞いた。確かに肘掛けで腕が触れあう位置に若いタレントがいても冷静でいられたのは年齢のなせる技であろう。美女数人に囲まれても動揺しない年齢である。しかし、実験結果には未だに感動する。
研究開発必勝法プログラムで必ず成功する技術開発法を提案しているが、必ず成功すると思っていても、期待したとおりの結果になると感動する。おそらくこのままではノーベル賞級の大発見をしたらその場で脳卒中を起こすかもしれない。
このような感動は、経験された方ならご理解頂けると思うが本当に気持ちが良い。おそらく薬物による興奮の上をいく最上の喜びだと思う。この成功体験は、次のチャレンジへの原動力となる。
これは技術指導していても同様である。中国では弊社の必勝法に基づく技術開発を指導している。オリジナルを目指す技術開発を指導し、すでに特許も出願している。
新技術の構築を指導している限り技術持ち出しの問題は無い。公開された文献から新技術を開発する習慣を定着させたい。研究開発必勝法プログラムは日本でビジネスにならなかったが中国でビジネスになりつつある。
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世間は盆休みであるが、今日からまた中国である。会社を始めてから休日が無くなった。もっともサラリーマン時代でも休日でもなんやかやと勉強していたので仕事をやっていたようなものだが、それでもそれは自分の時間である。
社長業のつらさは四六時中会社のことを考えなければいけない事だろう。イラク空爆時にアメリカ大統領がゴルフをやっているとの報道があったが、オフの時間を取ることは大切なことである。精神的にゆとりが無くなってくると、オフの感覚もなくなってくる。
幸い当方はまだ精神的な余裕があり、出張時の移動時間は大切なオフ時間である。7月29日9時50分発ANA-NH919便では、面白い出来事があった。左隣に元AKB48現JKT48のタレント近野莉菜嬢が座ったのである。前には若いマネージャーが座っていた。
搭乗時間ぎりぎりに入ってきた彼女はすっぴんに近い薄化粧であった。後日娘に話したらそのような化粧が若い人にはやっている、とのこと。顔のイメージはタレントに見えなかったが、衣装はそれなりの姿であった。
当方も短パンTシャツとそれなりの姿であり、二人並べば親子で、海ならぬ上海へ遊びに行く姿に周囲から見られたのかもしれない。姿形は紳士にほど遠くオタクオヤジの姿だったが、サインを求めたりせず、一応気がつかないふりをして静かに紳士的に振る舞い飛行機を降りた。
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この一週間書店に並ぶ週刊紙には理研副センター長の自殺の記事が掲載されていた。しかし、内容はこれまでの寄せ集めの記事ばかりで、中には死者に失礼な記事もあり執筆者の人格を疑いたくなる。
彼の自殺は大きな事件であるが、週刊誌ネタとして騒いではいけない事件である。彼の立場と行動を考えたときに、あまりに悲しい事件である。彼の周囲の人は彼のおかげで利益を得たにも関わらず、誰も彼の苦しみを救おうとしなかった。むしろ彼を自殺に追いやる方向へ動いていた。
高純度SiCの事業をゴム会社で立ち上げた時に組織という実体が人間そのものの現れであることを知った。すなわち健全な組織は、健全な精神を持った人間の集団で運営された結果である。
入社時のゴム会社は創業者の精神が生きている健全な組織だったが、巨額の企業買収でしだいに不健全になり、新聞沙汰になったできごとが起きるまでに至った。すでにそのキズは癒え、3年前講演者として招待されたときには昔の健全な会社になっていた。創業者の伝説を大切にする会社は、仮に一時的に風土が病んでも自己再生する力がある。
たまたま風土が不健全になっていたときにFDをいたずらされた。犯人が分かっていたので課内会議で他人のFDにいたずらするのはやめましょう、と提案した。会議終了後、犯人から呼び出され、謝罪があるのかと思ったら説教であった。机をばんばんと叩きながら尋常では無かった。
その後は思わぬ方向へ推移したので、組織と個人のジレンマに陥り、自ら企画し学位までまとめ、事業として立ち上げた仕事をすべて捨てる決断をした。組織に発生したジレンマでは、個人の力で解決できない状態の時、個人は逃げ場を失う。もし組織がその個人を本当に心配しているならば、組織が問題解決に当たらない限り、最悪の場合に個人は死以外に逃げ道が無くなる。
転職を表明してから、組織は少し動き始めたが事態の改善には至らなかった。しかし当方の始めた事業は30年近く継続されており、喜ばしい限りだが、類似の問題が世の中で起きる度に思い出すトラウマになっている。
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格安航空会社スカイマーク社(SKY社)で賞味期限切れ商品を販売したという。カップラーメンとコンソメスープの賞味期限切れ商品なので大事には至らないだろうが、ここのところJAPANブランドの商品品質の問題記事が多い。
35年前にゴム会社に入社して一番感動したことは、社是「最高の品質で社会に貢献」とその社是を実行するための徹底した教育である。それでも小さな品質問題は起きる。
入社して間もない頃、スノータイヤのゴム部材に金具の破片が入ったかもしれない、という品質問題が発生した。品質問題のタイヤのシリアル番号は、ある範囲で分かっており、北海道へ出荷されたことまで追跡できていた。すぐに問題を起こした班の作業メンバー全員が北海道へ飛び、梱包されたタイヤを開梱し、お客様へ商品が渡る前に全品回収したという。
当時スパイクタイヤがスノータイヤとして使われており、スパイクの本数が現場で一本不足していたのでこの騒ぎが起きた。不足していたスパイク一本が本当にゴムの中に入ったかどうか不明である。それでもその不足した問題が関係していたタイヤをすべて回収廃棄したのである。
製造現場では、INPUTとOUTPUTが厳密に管理され、異常があれば徹底して対応し、品質の維持に努める。これがJAPANブランドの高い品質を支えてきた。最近その伝統が揺らぎつつあるが、品質問題を起こしているのは、限られた会社だけのようにも見える。
品質問題が起きてもそれを隠さず公開しているだけでもまともである、という論評が聞かれたりするが、かつてはお客様の手前で問題発生を阻止するという姿勢が基本だったはずだ。三菱自動車のリコール隠しの問題あたりから、このような論評が出てきたように思うが、品質問題について日本全体でタガが緩んできているように感じている。
格安航空会社のビジネスモデルは機内食などのサービスを削りコストダウンするとともに、機内販売を充実させて利益を上げるビジネスモデルだった。しかし、その機内販売される品物の品質も低グレードという評価が定着したならば、利益を上げようとしているビジネスモデルが崩れてしまう。
すなわち、商品の品質確保は利益を確保するために重要な活動の一つであり、そこに問題があったなら、経営者は他の活動も一緒に点検した方が良い。おそらく飛行機の点検品質にも問題が見つかるはずである。品質問題というのはそのような性質の問題である。
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