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2014.06/17 STAP細胞騒動の真相を示す否定証明

本日カオス混合の(9)をとりやめ、STAP細胞に関して報じられた新たなニュースで科学と技術について分かりやすい事例があったので取り上げる。詳細については、昨日のWEBニュースや新聞で取り上げられているので省略するが、本日とりあげるのは山梨大学若山教授の会見である。若山教授は、すべての責任を押しつけられるのではないかという恐怖感があった、とそこで語っており、その恐怖感から真実解明を急いだと言われている。

 

若山教授が恐怖感を感じたお気持ちを理解できる。当方もゴム会社でFDのデータを壊されたときに日常の流れから同様の恐怖感を味わった経験があるからだ。そしてその恐怖感は社長室乱入腹切り事件として現実になってしまった。STAP細胞の事件も、関係者の発言を聞いていると、当事者である未熟な研究者が真実を語らず、副センター長も責任が直接指導した若山先生にあるかのような発言をしている。

 

若山先生の立場では、性善説と理研の組織体制の中で精一杯の努力をされた方で、罪があるとしたならば、科学の世界では危険な存在の未熟な研究者の正体に早めに気がつき対処しなかった点であろう。しかし、関係者の中で一番早く自分の責任に気がつかれたので、その後のとるべき行動を会見でのべた恐怖感もあり迅速に結果を出せたと思われる。

 

とにかく若山先生の責任感と恐怖感のおかげで、論文取り下げから「論文に取り上げられたSTAP細胞」の正体まで理研のメンバーよりもいち早く結論が出された。この作業に科学と技術を正しく理解することが重要であることを示す事例が生まれた。それはイムレラカトシュも指摘している、「科学では、容易で確実にできるのは否定証明である」ということを示した事例である。若山先生は第三者機関の助けも借りて、STAP細胞騒動の真相を否定証明で迅速に科学的に証明した。

 

恐らく若山先生は迅速に結論を出し、自分の責任の所在を明確にされたかったのだろうと思う。否定証明で出てきた結果は、若山先生が未熟な研究者に騙されていた事を示している。「簡単に騙された」責任は残るが、そもそも科学では性善説で運営されているので悪意のある研究者がいた場合にはその責任は軽減されるか無くなるはずだ。

 

さて、この若山先生の行動はSTAP細胞の存在を証明しようとしている理研の立場からはどのように見えるのか。おそらく迷惑な仕事に見えているに違いない。若山先生の出された否定証明について「STAP細胞の存在を否定するものではない」という、「当たり前な」見解を発表している。理研の立場では、正しくは若山先生の結果の重要性を指摘した上で、STAP細胞を作る技術は、再生医療に革命を起こすので、その存在証明を行うために技術開発を急ぐと回答すべきであった。

 

すなわち若山先生は恐怖感から迅速に結果を出したかったので、科学的に間違いなく正しい結果を出せる否定証明を行ってそれに成功したが、理研は再生医療の技術を開発するためにSTAP細胞の存在を証明する研究を推進しているのである。科学的に容易である否定証明ではなく、科学的には極めて困難であるが技術として重要なSTAP細胞を作る機能の明確化とその存在証明を行おうとしている。

 

ただし理研の担当者はここでずるいことを考えており、存在証明ができたならば論文問題の騒動をうやむやにできるのではないか、という意図が見え隠れしている。科学と技術を混在化させて研究を推進しているだけでなく不純な動機が報道関係者への発言から漏れてくる。

 

STAP細胞の技術を生み出す努力は重要である。しかし、今回の騒動について正しい原因の究明と再発防止は、国の研究機関として「今」最も重要なはずである。若山先生が示された否定証明による真実は、未熟な研究者が若山先生のマウス以外の細胞を使い、さらにES細胞を用いてSTAP細胞を作った事実を明らかにしている。まずこの事実に基づきSTAP細胞の責任を明確にすべきである。

 

但し、この否定証明が為されたからと言って、STAP細胞が存在しないことが証明されたわけでないことは理研の主張どおりである。科学の否定証明で示された真実は、その事実をひっくり返す技術の出現で容易にひっくり返される「弱さ」がある。歴史の荒波に耐えた科学の真実が未来も残ってゆくだけなのだ。

 

科学は自然現象を眺める哲学に過ぎない。技術はよりよい生活環境を得ようとする人間の営みでもある。人間の強い思いが新たな技術を生み出し、科学を鍛えた事例はいくつもある。理研が純粋な気持ちで技術を追究したならばSTAP細胞は現実に生まれるかもしれない。

 

カテゴリー : 一般

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2014.06/14 自己責任の重要性

昨日のビッグニュースと同時にSTAP騒動に対して理研の改革委員会から発生・再生科学総合研究センター解体の提言が出された。カオス混合(7)は明日書くことにしてSTAP騒動の発生以来これまで関係者の発言を聞いていて釈然としない自己責任の重要性を述べてみたい。自己責任についてはドラッカーもリーダーの重要な資質である誠実で真摯な姿勢の表れとして著書でよく論じていた。

 

昨日の報道によると、改革委員会から、騒動の中心人物である研究ユニットリーダーのリケジョはじめ論文に関わった重要人物の責任が明確に出された。その結果としてセンター解体まで言及している。センターまで解体すべきかどうかはともかく、改革委員会が指摘した責任問題は国民の納得ゆく内容である。STAP細胞に用いたマウスが、そのDNAの解析からまったくインチキだったことまで明らかになりリケジョがどのような実験をしてどのようなことを企んでいたのか明らかになってきた。

 

本人も分かっているはずなので「生き別れの息子捜す」などと発言できる立場ではない。マスコミに向けられたこれまでの発言内容を聞く限りリケジョには自己責任の四文字が全く意識されていないように思われる。副センター長やセンター長も同じで、本来改革委員会から提言が出る前に自己責任の四文字がわかるような誠実な対応をしておればセンター解体までの表現が改革委員会から出されなかったはずである。

 

STAP騒動のような事件が起きたときに他人から言われる前にリーダーは自己責任から状況にあった行動を取るべきである。リーダーがそのような行動を取った時に本当に大切なものが守られるのである。

 

高純度SiCの事業化を住友金属工業とのJVとして立ち上げた時にFDを壊され研究開発の妨害をされる事件が起きた。騒がなければ良かったのだが静かにしていたらいかにも犯人の意思表示と思われる壊され方をされたので上司に告発したが、ゴム会社では事件を隠蔽するほうに動いた。

 

責任を取って自分のライフワークとまで考えていた仕事から身を引いた。タイヤ会社でうまく育つかどうかわからない出たばかりの事業の芽を守るためである。その結果30年以上その事業は続いている。自分が0から立ち上げた自負があっても誠実に対応しなければいけない状況では、組織人としての判断を優先すべきである。

 

ゴム会社の高純度SiCの事業には無機材質研究所の関係者やプロジェクトをスタートしたときの会社幹部の方々のご尽力や期待があり、個人のテーマ(注)ではなくなっていたのである。STAP細胞の騒動も同様で、このテーマはもうリケジョ一人の息子では無いのである。リケジョに限らず関係者は自己責任の四文字をよく考えた決断をして頂きたい。

 

(注)このテーマはゴム会社でCIが導入されたときにファインセラミックスと電池、メカトリニクスの3本の柱が新事業の方向という方針が出され、創業50周年記念論文に投稿するために企画されたテーマである。

 

(続編)

理研特別顧問が提言を受けて辞任するという。自己責任の観点から妥当な判断だが、その理由が「留まる理由は無い」とか「リケジョの採用過程は臨機応変に行った結果」とか言い訳がましい。後者は半分理解でき、同情する部分もあるが、本来一連の試験を行った上でリケジョを特別枠で採用すべきであった。

 

一連の試験をスキップして採用した結果、リケジョがどのような人物なのか不明のまま、その危険性に気がつかずに現職に就かせて今回の騒動が起きたことにまだ気がつかれていない。企業の研究管理をされた経験のある方ならば、今回のようなリケジョの扱いには慎重になる。

 

当方も経験があるが、頭は良いが重要な仕事を任せられない人がいる。訓練しても理解はできるが、その部分については全く欠如して責任感が身につかない人がいる。その様な人には本人にその旨を気付かせて問題が起きないような仕事の与え方をしなければいけない。そして本人が組織に貢献できる仕事を正しく選べるように指導しなければいけない。これは管理者として難しい仕事であるが責任をもってその人材を指導してゆくのが職責である。特別顧問はそれを怠ったのである。月10万円という報酬からの責任ではない。職務の責任である。報酬が高いか安いかはこの場合無関係である。税金で運営されている組織であることも考えて頂きたい。

 

カテゴリー : 一般

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2014.06/13 ビッグニュース

本日カオス混合(7)を書くつもりでいたら、昨日次のようなビッグニュースが飛び込んできた。

http://scienceportal.jp/news/newsflash_review/newsflash/2014/06/20140611_03.html

ちょうど今弊社のサイト www.miragiken.com でも燃料電池を取り上げたところだけでなく、このニュースで取り上げている白金触媒に置き換わる金属二核錯体酵素の存在を4月24日の本欄で書いたばかりである。

 

4月24日の活動報告では、東工大S先生の退官記念最終講義に出席した話題を書いた。アカデミアの最終講義だから居眠りをしたという話ではないが、読みようによってはその様にとられてしまう「技術の妄想」の話である。

 

自然現象を前にして、科学は真理を追究するが、技術は機能を考える。これは弊社の科学と技術に対する考え方で、研究開発必勝法プログラムの思想でもある。S先生の最終講義は、まさに酵素を模した金属二核錯体合成の「真理」を追究した話であり、その道半ばで退官するので後進はこの分野を完成して欲しい、と締めくくっていた。

 

S先生は学生時代の先輩で酒の飲みっぷりは良いが頭の回転の速い人だった。しかし講義終了後のパーティーで先生のお仕事は燃料電池の電極になる、というお話をしたところ、僕はその分野はわからんので、という言葉が返ってきた。若い頃はそのような返事をされない先輩だった。

 

年をとって人間が円くなったとか、謙虚な先生だという話をするつもりは無い。優れた科学者のご返事である。当方は、S先生の科学の講義を聴きながら、機能を思いつき燃料電池がひらめいた。そして講義の最中に燃料電池が機能して発電していた。それだけS先生の講義はすばらしく「科学的」世界であった。すなわち普遍性の真理が新しい機能の妄想を生みだし、もし目の前に実験室があれば、すぐにでも燃料電池ができそうな雰囲気になったのだ。講義は面白かったし、先生はその講義を科学者として締めくくられたのだ。ゆえに先ほどのご返事になったのである。

 

もしS先生の最終講義(注)にご興味のある方はお問い合わせください。後日この話題は、www.miragiken.com でも取り上げます。ただこのサイトの記事は書きためてあるので、そこへ割り込ませる関係上1ケ月以上後になります。(未来技術研究部では、昨日高分子同友会で勉強してきました藻類を使ったバイオディーゼルの話題が先に出てきます。)

 

(注)アカデミアの最終講義は通常参加費無料で開催されている。このような儲け話もあるので時間があれば出席するようにしている。

カテゴリー : 一般 宣伝 電気/電子材料

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2014.06/04 高純度βSiC合成法の開発(14)

住友金属工業とのJVが、半導体用高純度SiC事業の発展のきっかけとなった。一人で開発の死の谷を歩いているときに、気分転換で外部の顧客探し、マーケティングを行っていた。セラミックスフィーバーはエンジニアリングセラミックスが中心だったが、SiCに関しては半導体用途に対する関心が高まりつつあった。

 

半導体冶工具もエンジニアリングセラミックスのカテゴリーであり、半導体分野の市場を持っていたメーカーで研究開発が進められ、SiC半導体冶工具分野は1990年にそこそこのマーケットが形成されつつあった。しかし、低コストSiCを製造できるアチソン法やそれよりも少し高純度化可能なシリカ還元法のSiCでは、高純度化のためにコストがかかり、高純度粉体は1kgあたり10万円以上で取引されていた。

 

また、ゴム会社のSiCは、シックスナイン以上の高純度であったが、既存の方法のSiCは、それよりも純度が低く、半導体用冶工具はSiへの汚染を防ぐためにCVDによる表面処理が必須であった。ある日自宅に住友金属工業の小嶋荘一さん(注)と言う方からお電話があった。無機材質研究所のT先生から自宅に電話するように言われたからだそうだ。T先生は当方が社内で辛い立場で一人で開発を進めていることをご存じであった。

 

当時の上司に相談したところ、話を進めて良いとの指示を頂いたので、会社に来て頂いた。話はとんとん拍子に進み、まずサンプル提供による共同開発から始めた。最初のサンプルは100g程度で良かったが、次第に量が増え、1ロット1kg要求された。6年間休眠していた高純度SiC量産プラントを稼働させる必要が出てきた。

 

JV立ち上げ後10kgの生産を行うのだが、休眠していたプラントを立ち上げるのは大変であった。上司から一人で仕事を進めるように指示されていたからである。誰も手伝ってくれる人はいなかった。当方の設計した高純度SiC生産用の横型異形プッシャー炉は、最低2人で運転する装置であった。自動化装置も組み込んでいたが、最適化しないままプロジェクトが縮小し装置が休眠状態となっていた。(続く)

 

(注)ゴム会社の高純度SiCが学会賞(日本化学会化学技術賞)を受賞するに当たり、開発の歴史を捏造した推薦書のために一度落選し、二度目に産学連携の成果であるとの修正が書き加えられた形で受賞している。この方の名前も入れて頂きたかったがT先生一人を入れるのが精一杯であった。

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

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2014.06/03 高純度βSiC合成法の開発(13)

ゴム会社の50周年記念論文投稿でボツになった夢が無機材質研究所で花開いた。それも昇進試験で同様の内容を書いて否定されたことがきっかけとなってのことである。真っ黄色の結晶粉体が得られたときに無機材研では大騒ぎになったが、ゴム会社ではしばらくその意味がわからず、社員の発明を国の発明として認めてしまう。当然その社員も発明者として影の薄い存在として扱われるのだが、結果としてそれが良かった。

 

ゴム会社の社長の前で半導体用高純度SiCの事業についてプレゼンテーションを行い、2億4千万円の先行投資が決定され、新たな研究棟も建設が決まった。1年前には、3年間留学していて良い、と邪魔者扱いだった社員に対して早く会社へ戻って会社で研究するように、と催促が来るようになった。結局1年半で留学を切り上げ、ゴム会社に戻り開発体制を整備する仕事から始めた。

 

新しい上司の下で10名前後のグループを想定し、テーマ企画も含めシナリオの作成を始めた。ところがこの上司は新しい研究棟の竣工式の日に病気で他界された。5月6日の竣工式が終わるやいなや翌日は葬式という忙しさであった。この上司の墓前には転職するまで毎年参拝していた。米国のゴム会社買収を推進するためリストラが行われ、一人で開発を続けるようになってからは、墓参りがモラールアップのきっかけとなっていた。

 

半導体冶工具について住友金属工業とのJVが決まったときにも真っ先に墓前へご報告にいった。だから、事業が立ち上がったので創業者はいらない、と仏様が判断されたのだろうとも思ったりもした。騒動が泥沼化したときに不思議にも写真会社から管理職としての転職の話が舞い込んだ。将来会社の幹部候補としての条件で年収も150万円程度上昇するという。当時の資料を見ると典型的な異業種のヘッドハンティングだった。

 

ただ写真会社で20年勤め、途中他の会社との統合もあり、転職時の約束など全て吹っ飛んだので、仏様の思し召しで無かったことに気がついた。サラリーマンの流動化が言われて久しいが、やはり日本では最初に勤めた会社で最後まで勤め上げた方が良い。甘言につられて転職し、約束が守られなかった時に惨めだ。当時問題が泥沼化して誠実に判断して自分がやりたい仕事を犠牲にした道を選んだだけに心は複雑である。

 

ただ、このことも含め高純度SiCについて考え始めてから幾つかの偶然が重なる事が多く、不思議に思っている。この時もセラミックスが仕事ではなく、高分子材料の技術開発を担当する話であり、ゴム会社が転職を拒む理由は無かった。ゆえに被害者ではあったが自己責任として真摯に対応することができた。

 

STAP細胞の騒動を見ていると渦中の若い研究者の将来が心配になる。もう少し自己責任の気持ちを持った方が良い、と思われるが、それを誰も指導していない。ここは理研を去る決断しかないように思われる。早く新しい環境で貢献と自己実現の活動を再開できるように努力した方が良い人生になるような気がする。

 

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

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2014.06/02 高純度βSiC合成法の開発(12)

昇進試験に落ちた連絡を受けた日の無機材研の話に戻る。昇進試験のショックに落ち込んでいたのは数分だった。I先生やT先生の激励でリベンジを決意した。無機材研でアイデアを検証することについて会社とも十分な調整をした。特許が無機材研から出願されることになる、というのに会社では誰も反対しなかった。検証結果に期待していなかったのである。

 

ゴム会社で、朝9時から高純度SiC合成のために用いる前駆体高分子の合成実験を始めたが、結局終了した夜9時まで食事抜きとなるハードワークとなった。それでも完全に透明になる条件が見つかり、その条件で炭素含有率が異なる10水準のサンプルを合成することができた。

 

この10水準のサンプルを用いて、炭化とSiC化の反応を行うのだが、許された時間は5日である。ゆえに4水準ピックアップして、SiC化の反応では、同時にこの4水準を処理することにした。その時電気炉の暴走が発生し最適条件となった話はすでにこの活動報告で書いた。運も味方したのである。

 

与えられた1週間の時間の中で1日残し、超高純度のSiCを安価に合成できるプロセスが完成したのだが、技術特許をどこが出願するのか改めて問題になった。I先生から基本的には無機材質研究所から出願して頂きたいが、会社とも再度調整するように、とも言われた。

 

当方は実験開始前に会社と調整が済んでいたのでどちらでも良かったが、ゴム会社に電話して驚いた。実験結果が出た後も、研究所のどなたも反対されなかったのである。結局この技術の基本特許はすんなりと無機材質研究所で出願することになった。

 

その後この特許を基に国のプロジェクトの準備が進められるのだが、ささやかな新聞発表もあったのでゴム会社が大慌てになった。結局ゴム会社が無機材質研究所と調整し、国のプロジェクトではなく、ゴム会社で国から斡旋を受けて開発を進める企画になった。試験に落ちてからたった一週間の成果で状況が改善されたことにびっくりした。

 

数ヶ月前のSTAP細胞発表の騒動と当時の無機材研のマネジメントを比較すると面白い。セラミックスフィーバーが吹き荒れていた時に当方の発明はSTAP細胞同様の扱いになってもおかしくない成果であった。30年経過した現在でも某セメント会社からこの技術を利用した類似の特許が出願されているような基本技術である。またゴム会社では現在でもこの技術で事業が展開されている。このような大きな影響力の予想された技術であったため、極めて慎重に研究テーマはマネジメントされた。

 

また、当方が企画から検証まですべて行ったにも関わらず、特許等の書類では末尾に名前が書かれるとか、あるいは全く当方の名前が無い書類もあった。単なるビジター研究員だったので当然であるが、全てについてI先生は当方への配慮として説明してくださった。

 

I先生の人柄を信じていたので、実質の発明者として扱われていない状況に不満を述べないだけで無く、すべてお任せした。その結果、何も騒動は起きず、その後ゴム会社で当方が研究開発できる体制ができ、少なくともある問題が起きるまでは、無難に研究開発を進める体制ができていった。

 

32年経過して思い返してみると、もしこの時STAP細胞発表のような騒動を起こしていたなら学位を取ることもできなかったろう、と胸をなで下ろしている。よい問題にしろ悪い問題にしろ、組織の中で発生した問題について中心人物は静かにしているのが一番である。その結果良くない方向に動いたならば、後日それなりの対応をとっても遅くは無い。これは組織人としての知恵でSTAP細胞の騒動で弁護士まで表に登場したのでは、無難に収集するのが難しくなる。

 

研究開発者にとって一番大切なことは、穏やかに研究開発できる環境である。そのために技術マネジメントが重要である。割烹着が登場した時点で少し胡散臭さを感じたがW大学の学位審査のずさんさまで明るみに出るパンドラの箱をあけたような騒動になっている。

 

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2014.06/01 高純度βSiC合成法の開発(11)

人事部長との面接は2時間以上の長丁場だった。人事部長も当方のガス抜きは大変だろうと時間を取ってくださっていたのだ。この時の人事部長はその後子会社の社長として栄転されるのだが、企業人としてお手本になる人だった。難解な技術の話でも熱心に傾聴してくださり、的確な仕事の進め方や対応のアドバイスをしてくださった。

 

32年間のサラリーマン生活で何があっても腐らず貢献と自己実現を実践できたのはこの時の面談が大きく影響している。サラリーマンとしての一大事に親身になって状況へ真摯に向き合いアドバイスしてくださったのだ。悔しさや腹立たしさが、自分の未熟さの反省に変わる気づきを与えてくれた。

 

翌年の昇進試験では、会社の先行投資も決まった後であり合格することはわかっていた。試験官はリクエストどおり前年度と同じ方だと伝えられた。同じ内容の答案に今度は100点という最高点がついていたという。その試験官とは直属の部下になって仕事をしたことは無かったが、その心意気が気に入った。会社では昇進試験だけの接点であったが、良い印象を持っている。

 

この時の会社の風土は、CIを導入していた時期であり、前向きで建設的な動きが感じられた。ゆえに昇進試験の問題のような解決方法がなされたのだろう。しかし、7年後研究の妨害のためが起きたときは、全く異なる風土になっていた。世界5位の会社が3位の会社を買収し、世界1位を目指そうと血みどろの戦いをしているときであった。

 

バブルがはじける前に激しいリストラの嵐が吹き荒れていた。どの部門の管理職も血眼になって仕事をしている様子が担当者にも伝わっていた。そのような風土に変化していてもマイペースで他社とジョイントベンチャーにより半導体冶工具の事業を立ち上げた姿が周囲から反感をかってもおかしくない状況であった。この劣悪な風土は、新聞や週刊紙で大きく報じられたあの騒動まで続いたそうだ。

 

何か社内で問題が起きたときに、会社に裁判所は無いのである。その会社の組織風土がその問題を裁くことになる。会社には規則や規程はあるがその運用は経営者にゆだねられている。ゆえに会社内で問題に遭遇した場合には、決して自分で動いてはいけない。第三者も巻き込み、信頼できる管理者に動いてもらい問題を解決するのが良い。誰も動かなかったのなら、何もしない解決というのがサラリーマンの知恵である。問題解決に動けば動くほど誠実で真摯に対応したいのであれば、問題を明確にして会社を辞める以外に道は無い状態になっていった。

 

しかし、昇進の問題では当方が無鉄砲な動きをしても会社に留まれるような環境が次々と作られていった。社長の前でプレゼンテーションしてその場で2億4千万円の先行投資が決まったり、社長との飲食や、ファインセラミックスのための特別な研究棟が建設されたり、と会社の動きは速かった。その結果、3年でも留学していいよ、と言われた状態から今すぐ研究所に戻ってこいという状態まで当方の周囲の環境整備が進められた(続く)。

 

 

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2014.05/31 博士の学位

STAP細胞の騒動以降、博士の学位が必要な3つの理由などツイッターで学位の話題を目にするようになった。企業で研究開発を行い、その成果をもとに学位を取得した経験から博士の学位について述べてみたい。

 

ちなみに当方は中部大学で学位を取得し、その中心となっている研究は日本化学会化学技術賞の受賞対象となった技術で現在もその技術はゴム会社で事業として継続されている。ただし、化学技術賞の中心をなす研究を行ったにも関わらずそこに名前は載っていないが、学位と受賞理由を参照して頂ければこの賞における学位論文に書かれた研究の重要性をご理解頂けると思う。

 

まず企業活動を行う上で学位が必要かどうかという点について。少なくとも国内でサラリーマンとして活動する限りにおいて学位は不要である。理由は簡単で、今回のSTAP細胞の騒動でも表沙汰になったが、博士の学位のいい加減さである。STAP細胞では学位審査した大学と、学位を授与された側双方のいい加減さが表に出た。

 

この騒動では、論文をまともに書けない、日々の実験管理もまともにできない、実験ノートは落書き帳というとんでもない博士にたいして、他人の論文の20ページ近くもコピペしていても許し学位を授与すると言ったお粗末さが明るみに出た。

 

日本の企業人は皆日本の学位審査の実態だけでなく、そこから生み出された博士の品質のばらつきの大きいこと、そしてばらつきが大きいだけでなく、平均値が学部以下、すなわち会社で業務を遂行するときの能力が低いことも経験的に学んでいるのである。ちなみにSTAP細胞の中心人物は表に出た証拠を頼りに能力を評価すると企業では使い物にならない人材となる。

 

だから博士の採用を企業は渋るのである。博士を扱いにくい、という理由は、能力が低いからである。ここでいう能力とは潜在能力ではなく、表にでてくる実践的能力のことである。STAP細胞の騒動の中心人物は潜在能力はあるのかもしれないが、新聞情報では潜んだままで少なくとも表に出てきた能力の証拠の数々は学士レベル以下である(注)。

 

ところが海外との仕事になってくると少し事情が異なってくる。名刺交換したときに学位の有無で外人は対応が異なるのである。当方が学位を取得しようと考えた動機はそこにある。仕事のできない博士のほうが偉く扱われたからである。

 

たとえば技術開発を担当していなかったにも関わらず、パーティーなどで話題の技術について意見を求められるのは名刺に博士の学位が書かれている人物に対してである。学位の無い名刺を出した方は、いくら実力があっても軽く扱われる。同じ役職の場合に、学位で大きく扱いが異なってくる点が日本人同士の場合と異なる。

 

今技術者は国際化の流れの中で研究開発を行わなければならない。ゆえに実力のある技術者は学位を取得した方が良い、と経験上言える。一方大学に残ってまで学位を取る必要があるのかというと、学位はお花などのお稽古事と異なるので、不要である、と言える。

 

大学に残ってまで学位を取りたい場合には、自分にそれに値する能力があるかどうか、具体的には学位取得後も企業に就職できる自信があるかどうか、で判断すれば良い。学位取得後、就職先が無い、といって嘆く人は進路を間違えたのである。能力が無いのに学位を取ろうとした結果である、と考えるべきだ。本当に能力がある学生が、学位を取得している状況になれば、企業も積極的に学位取得者を採用するようになる。これは当たり前のことだ。

 

ただし、学生生活では企業の実践的な研究開発の事情が分からないので能力を発揮できていないだけだ、という言い訳が出てくるが、そのような方には弊社の研究開発必勝法を学習することをお勧めする。また、その入り口として未来技術研究部( www.miragiken.com )を立ち上げているのでそちらをごらんください。未来技術研究部では、未来技術を語りつつ技術開発について学べるようなマンガを目指している。

 

(注)ここでいう学士レベルは、理系であれば、4年終了時に論文を1報仕上げているレベルである。理研の所長もその程度を描いておられると思う。当方は学士卒業時にそこまで求められた。

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2014.05/30 高純度βSiC合成法の開発(10)

STAP細胞の騒動では記者会見が開かれ、管理者側と被評価側双方の意見を聞くことができた。両者の意見から浮かび上がってきたのは、理研の所長が未熟と表現したように、およそチームリーダーはおろか一人前の研究者として勤まらないような人材(すなわち研究成果を責任もって推進しそれを正しくまとめ論文投稿する一連の動作ができる人材を標準と考えている)が国の税金を使って指導者も無く実験を行っていた現実である。

 

データ管理の方法、実験ノートに記載された内容、さらには博士という学位論文の状況など公開されている資料から判断する限り学部レベルの学生以下の能力であることを示す内容である(注1)。当方は4年時の卒論でアメリカの化学会誌に投稿する論文を助手の指導でまとめているが、最後の仕上げは助手の方が全て行い、始めて論文投稿という作業の大変さを学んだ。その指導のおかげで修士の二年間では半年に1報のペースで論文を書くことができた(注2)。

 

STAP細胞の騒動では、被評価側の立場が悪いが、それは双方の資料が公開された上での評価である。これが会社の人事評価になると状況が異なる。直属の人事権を持った管理職の評価が全てである。会社の人事評価を天の声と言う人がいるが、たとえ多面評価を行ったとしても直属の上司の評価が悪ければ、それがその人の評価になってしまう。

 

天の声という意味は人事評価に振り回されるな、という意味であって公明正大な評価という意味では無いことを理解しておくことは重要である。天の声も妙なことをいうなァ、と言った首相もいたが、会社の人事評価はどのような手法を用いても直属の上司が人格的に優れた人物で無い限り、その評価は歪む(注4)。

 

ゴム会社では、新入社員は半年間という長い時間集合訓練で人事部の方達と寝食を共にする。ゆえに人事部の方達は、新入社員がどのような人物かおよそ把握している。当方は、この研修期間中に良い評価を頂いたそうなので配属後の3.5年間を人事部長に全てお話しをする機会を得た。人事部長はその話をすべて傾聴してくださった。

 

新入社員の6ケ月間の研修以外は、定時に帰宅したことはほとんど無かった。研究所には残業時間の制限があったのでほとんどがサービス残業である。最初に担当した樹脂補強ゴムのテーマでは指導社員が大変優秀な方だったので、一年のテーマをたった3ケ月でまとめることができた。初めての特許出願も体験し、後工程にゴムの配合処方が採用された。しかし配属後3ケ月で人事異動となった。

 

異動した部署の主任研究員は部下に評判の悪い人だった。この方の査定が悪く昇進試験に落ちたのだが、成果を出さなかったわけではない。軟質ポリウレタンフォームの難燃化技術がテーマとして採用されホスファゼン変性ポリウレタンフォームを数ヶ月で工場試作することに成功したが、始末書を書いている。

 

この始末書については書かなければいけない理由がよく分からなかったが、周囲からサインしておけば良い、と言われたのでサインをした(注3)。研修では入社二年間は責任を問われないから思い切り仕事をやるように人事部長から聞かされたが、責任を問われたわけである。しかし、責任を問われたことよりも企画を提案したときに設定したゴールを達成して始末書という意味がよく分からなかった。とにかく先端材料であるホスファゼンを用いたことが問題にされたらしい。

 

ならば、と始末書に落胆することなく、燃焼時にガラスを生成して高分子を難燃化するというコンセプト企画をぶち上げた。ガラスを生成して高分子を難燃化するコンセプトを実現するために処方設計したが、ガラスではアルカリ性が強くポリウレタンの反応を制御できないことが実験を開始してすぐに分かったので、燃焼時にボロンホスフェートが生成する設計に変更した。

 

これも数ヶ月で試作することができ、この時はそのまま製品展開され少し褒められたが、給与は同期のKよりも少し下がった。成果が出て給与が下がる面白い会社だ、と笑ってみせたが、昇進試験に影響が出るとは予想しなかった。そのあとフェノール樹脂天井材を担当したのだが、プロジェクトリーダーが長期病欠になる散々なテーマで、さらに思うように仕事を進めることができず、ヤミ研で開発した技術が製品に活用されたにも関わらず、明らかに考課は下がった。サービス残業代ももらえなかった。

 

人事部長の面談で以上の話をすべてしたら、君は人間リトマス試験紙と思って生きてゆきなさい、と言われた。その心は、と尋ねたら、君を悪く評価する人は悪い人である、と思って諦めなさい、とのこと。すなわち悪い上司に当たったからと言ってそれに左右される生き方をしたり、ましてや腐ったりしてはいけない、と励まされた。

 

今でもこの時の面談を思い出すが、人事部長も大変だったのだろうと思う。本来悪い考課をつけられたのだから反省しなければいけない社員が、反省をしないで職場の問題を訴えているのである。しかもその社員は職場を訴えている意識など無く、自分の成果を訴える過程で職場の問題が吹き出しているのだ。

 

若い頃は社会人として未熟でかつ純真である。しかし、それも30歳までに卒業できるように周囲は指導しなくてはならない。学校教育では教えていない本当の働く意味を指導しなくてはいけない。人事部長からはその後きめ細かなコーチングを受けた。感謝している(続く)。

 

(注1)学位論文では他人の論文のコピーアンドペーストが20ページにわたり行われていた、という。理系の学位論文では、学会誌へ投稿した論文をそのまままとめることが多い。学会誌に投稿された論文は、共同研究者の査読なりチェックが必ずはいるので学部レベルでも他人の論文も含めコピペを行えば学位論文をまとめることができる。またこのレベルの研究者でも新現象の発見はできる。むしろ発見という行為は知識が少ない、それゆえ先入観が無いほうが容易に行える。

 

(注2)当方は理研の鬼軍曹が頭に描いている標準レベルの研究者である。鬼軍曹というあだ名は、名古屋大学時代につけられたが、あだ名からは想像できない優しい熱心な指導者である。すなわち自分の受け持ちの学生でなくとも真摯な努力をする学生に対しては、きめ細かな厳しい指導をしてくださる。けっして鬼では無い、当たり前の指導者だ。ただ、コピペの論文を査読もせずに学位を与えるいい加減な先生よりも熱心なだけだ。

 

(注3)サインは当方一人だけだった。当方を一人前として扱ってくれた、と誤解した。

 

(注4)32年間のサラリーマン生活で人事評価は大きく変動した。同じ答案でも0点から100点となったように、人間は変化しなくとも評価者が変わればその評価は変動する。世の中には誠実さや真摯さを嫌う人がいる。ドラッカーは逆に経営者は誠実で真摯な人材を見いだすように努力せよ、と言っている。あえてドラッカーがその書で強調しなければいけないくらいに誠実さや真摯さは評価する管理者にとってリトマス試験紙のようになるのだろう。サラリーマンは誠実で真摯に自己実現に努力し社会に貢献する努力を怠らないことが大切である。そのように生きている人に悪い評価をする人間は、やはり悪い人なのである。

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2014.05/29 高純度βSiC合成法の開発(9)

さて昇進試験に不合格となった理由だが、人事部長の話では、論文が0点だったことと、受験前二年間の業務査定がBとB-だったことらしい。業務査定から不合格は事前に分かっていたが、論文の点次第では人事部で昇進させるつもりだった、といわれた。しかし論文が0点ではどうしようもない、と説明された。

 

論文の0点については事前に問題が分かっていて、その準備をして臨んだこと等不審な点をあげ、説明を求めたが、人事部長は黙して語らず、状態だった。ただ、論文の採点は、それぞれの事業部門の基幹職が行っており、来年は試験官が変わるから期待せよ、と慰められた。

 

しかし、当方から逆に来年も同じ試験官でお願いします、もの凄いことが起きますから、とお願いしたら、人事部長はびっくりされて、留学に精進するよう言われた。留学先で一生懸命頑張った結果が凄いことになりますから、と笑顔で答えたが、人事部長にはどのように写ったのか記憶に無い。この時の人事部長との面談では無性に悲しく今にも泣き出したかった記憶だけある。

 

この業務査定や試験結果は、組織としてこの人材はいらない、と意思表示している意味である。1年の予定のテーマを3ケ月で仕上げたり、高分子合成のテーマで新入社員でありながら企画を提案し、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの試作を成功させたり、ホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームやシリカ変性フェノール樹脂天井材(注)を毎日サービス残業を行い短期で実用化したり、周囲から見ると異常に見えたのかもしれない。

 

フェノール樹脂天井材を除き、ほとんど一人で推進したような仕事である。仕事を行っているときには、最初からとばすな、という声は聞こえたが、マネジメント上の指導は無かった。せいぜい趣味で仕事をやるな、という主任研究員の一言だけである。研究所は成果主義の評価、と聞いていたので成果を真摯に追求しただけである。

 

この時の記憶が、やがて管理職になり人事評価をする立場になったとき、成果に対して正しく評価するよう努める姿勢に向かわせた。他人が上げた成果をひいきしている部下の成果とするような評価を一切しなかった。どうしても甘い評価をしなければいけない状況になったときには、良い評価をつけてもきめ細かなコーチングやその後の指導を厳しくし、評価と業務成果が連動するよう管理者として努めた(続く)。

 

(注)当時のそれぞれの成果は、特許や論文、学会の講演記録として公開されている。さらにホスファゼン変性ポリウレタンフォームや、ホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームの研究成果は、無機成分による高分子前駆体プロセシングの一環として学位論文の一部になっている。入社して3年半でこれだけ成果を出せたのは、最初の指導社員が極めて優秀な人で、研究開発の極意を伝授してくださったおかげである。その方も事業に貢献する企画を数多く成功させたが主任研究員止まりであった。しかし、その方の研究開発哲学は企業における研究開発をどのように行うべきか、経営の視点における一つの答を示していると、今でも思う。当時研究所ブームの名残が残っており、どちらかと言えばアカデミックな研究が企業でも行われていた時代で、その中でオブジェクト指向の研究開発スタイルは異端であった。ちなみにその指導社員はレオロジストであり、関数電卓でダッシュポットとバネのモデルの計算をやっていたもの凄い人物である。製品ができあがるプロセシングからゴムの材料設計をとらえている技術者でこの指導社員を越える力量を持った人物に未だに出会ったことはない。1年のテーマを3ケ月で仕上げることができたのは、テーマ開始時にシミュレーションによる答が得られており、実作業で出てくるデータがそのとおりだったからである。この仕事において自分の貢献できる役割は、開発の時間短縮だけだと考えた。1日7時間労働で1年かかるなら、休日出勤して1日15時間労働すれば3ヶ月で終わる、と仕事のシミュレーションをして、それを実行したら計算通りに仕事が終わった。その指導社員が神様に見えた。

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