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2012.08/31 研究開発におけるコーチング(事例2-2)

開発テーマで検討している技術がライバル特許に抵触している場合について。

25年ほど前に印刷感材(印刷に用いる写真フィルム)の帯電防止と擦り傷防止に対して市場ニーズが厳しくなりました。感材の現像処理スピードが速くなった(短時間で処理することが求められた)ためです。感材の処理スピードが速くなった結果、感材の摩擦で帯電や擦り傷が発生しやすくなりました。さらに擦り傷については、現像処理工程でもゼラチンが水に膨潤し強度が低下するので深刻な問題となっていました。そこで感材メーカー各社による帯電防止技術と擦り傷防止技術について開発競争が激化しました。本日は研究開発におけるコーチング事例2として、ゼラチンの擦り傷防止技術について説明します。帯電防止技術につきましては事例3として後日ご説明します。

 

ゼラチンの擦り傷防止技術については、現像処理工程でゼラチンが水により膨潤し強度が低下するので、古くからシリカなどの無機フィラーを添加し硬度を上げる技術が開発されていました。しかし、硬度を上げるとゼラチンは脆くなるので、無機フィラーで補強されたゼラチンに柔らかいラテックスを添加する技術も開発されました。そして25年ほど前には、無機フィラーとラテックスの添加量のバランスを最適化する技術は確立され、さらに高度な擦り傷防止技術が市場で求められていました。このような背景で登場したのが、無機フィラーをコアにし、その周りを柔らかいラテックスで被覆したコアシェルラテックス技術です。

 

この技術の着眼点は、以下。ゼラチン水溶液に無機フィラーとラテックスを別々に添加すると、無機フィラーの凝集が生じ粘度が上昇します。その状態のゼラチン水溶液を塗布しますと、無機フィラーの凝集体が原因となり、ひび割れしやすくなるので、無機フィラーの凝集を防止する技術のニーズが古くからありました。分散処理技術で無機フィラーの凝集を壊し、ひび割れしにくくするところまで技術はできていたのですが、微量存在する凝集体が、柔らかいラテックスの効果に限界を与えているという仮説が知られていました。それで、無機フィラーの周りをラテックスで被覆し、ゼラチン水溶液に添加したときに無機フィラーの凝集が全く生じないようにできる技術として、コアシェルラテックス技術が注目されました。後日談となりますが、特許情報から各社同じ時期に同じような技術を考えていたようで、ゼラチン水溶液に添加するという理由で、同一技術の特許となり、特許の出願時期が勝負を決めました。ゆえにテーマ担当者は、公開されたライバル特許を見れば、自分たちがどのような状況かすぐに理解できたわけです。

 

転職者である私は技術の状況を全く理解していませんので不安でたまりませんでした。テーマ担当者は、出願は遅れたが、公開された技術とは少し異なる組成で検討しているから大丈夫だと言います。数年後大丈夫ではなかったことが明確になるのですが、担当者は公開情報が少ないので楽天的に判断したのでしょう。しかし、これは福島原発の津波の問題と似ており、楽天的に捉えていては事業に大きな影響を与えます。原子力の安全神話がそうであったように、このような状況でコーチングを行って新しいアイデアを導こうとしても担当者はコアシェルラテックス以外の技術を考えません。おそらくどんなにコーチングスキルが高い人でも、従来の一般的なコーチング方法では不可能だったと思います。業界の技術者全員が、コアシェルラテックスが唯一と思っていたような状況ですから。研究開発では、このようなシーンはたびたびあります。

 

研究開発では、従来のコーチング方法にイノベーションを生み出す要素を加えたコーチング技術が必要です。時には担当者を追い込む必要から心理学的な観点でマイナスと思われるようなコーチングになることもあります。このテーマでは、別グループにコアシェルラテックスと異なる技術を検討させる開発の進め方について担当者を納得させるのに少し苦労しました。

 

一方、別グループにコアシェルラテックス以外の技術を検討させるに当たり、そのリーダーに趣旨を納得してもらうのにも大変苦労しました。このあたりの事情は、原発の安全神話を想像して頂ければ専門外の方にもご理解頂けるのではないでしょうか。20年前、反安全神話の観点で脱原発技術開発を日本で積極的に進めることができたかどうか、という問題と同じと考えてください。特許は公開されただけなので、まだ全電源喪失という状況になったわけではなく、せいぜいチェルノブイリの事故が起きただけの段階です。

 

別グループのリーダーに脱コアシェルラテックス技術のテーマを企画してもらうために、「怖い怖い戦略」に基づくコーチングを行いました。コアシェルラテックス技術全体をライバル会社に抑えられ商品の品質に圧倒的な格差をつけられた場合を想定する議論をしました。この議論の中で、ゾルをミセルに用いたラテックス重合技術というコロイド化学では全く新規の技術が生まれるのですが、この詳細は「問題は「結論」から考えろセミナー」で公開していますのでここでは説明しません。「怖い怖い戦略」に基づくコーチングという従来のコーチング概念と異なるスキルが研究開発でイノベーションを起こすためには必要と思っています。

カテゴリー : 高分子

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