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2013.05/27 科学と技術(高分子の難燃化)

高分子の難燃化について科学として取り組もうとする時に一つの大きな壁が存在する。燃焼という現象をどのようにモデル化するのか、という壁である。「燃焼は物質の酸化反応が激しくなった現象」と、よく教科書に書かれているが、実際の燃焼を観察すると単純に「酸化反応が激しくなった」と一言で表現できない様々な現象が起きていることに気がつく。例えば「燃焼とは酸化反応が発生する熱が蓄積し、その熱により物質が変化し自ら被酸化物質を供給しながら酸化反応を加速する現象」と表現して初めて実際の燃焼の様子に近づく。

 

しかしこの表現でも全てを表していない。燃焼という現象は極めて複雑である。この複雑な現象をうまくモデル化できたならば少量で効果のある高分子の万能難燃剤を設計できるであろう。しかし少量(数%未満)でどのような高分子でも難燃化できる万能難燃剤という材料は存在しない。20%程度添加する条件で考えた時には、ホスファゼン系難燃剤始め一部のリン酸エステル系難燃剤、酸化アンチモンとハロゲン系化合物の組み合わせなどは万能難燃剤と言えなくもない。しかし難燃剤の20%以上の添加という配合は高分子の他の物性に影響が出る量である。

 

このように考えると高分子の難燃化の科学がいかに難しい領域か想像できる。しかし、技術としての取り組みでは、機能を実現する方法に重点が移るので科学の研究のように普遍的真理を追究するよりも易しくなる。すなわち、商品の品質を達成できる難燃化技術開発というテーマでは、難燃化規格が存在するので、その規格を目標として設定して開発を行えばよい。これは他の物性に影響の少ない高分子に適した難燃剤の種類と量の選択の問題となる。

 

高分子の難燃化というテーマは、科学と技術の違いを理解するのに良いテーマである。このテーマに科学として取り組むと底なし沼の状態になる。しかし、技術では難燃規格が存在するのでゴールが明確であり3ケ月もあれば一応の技術成果を得ることができる。但し特許に抵触しない技術になると半年は必要かもしれない。明らかに、科学として高分子の難燃化研究に取り組む場合に比較して易しい。技術では、いざとなればホスファゼンあるいは酸化アンチモンとハロゲンの組み合わせ処方を使うことができる。

 

高分子の難燃化について科学的アプローチは難しいので技術開発をやりながら新しいアイデアを探す、あるいは新しいコンセプトで技術開発を行う、という取り組みをすると新しい高分子の難燃化技術を見つけることができる。科学的研究では難しいが、技術では驚くべき仕掛けで機能を実現すればよいので面白いコンセプトを見つけ出すことが可能となる。

 

このような考え方で、退職前取り組んだ射出成形用PETの開発(注)では、難燃剤を用いなくともUL94-V2を通過できる難燃化システムを開発できた。PETを80%前後、他の高分子を4種類ほど総量で20%添加し実現できた。この時のコンセプトでは、混練技術が大きな寄与をしている。すなわち32年間勉強してきた高分子技術の総力をあげて開発した技術である。

 

(注)PETは良好な射出成形体を得るのが難しい高分子である。そのため、フィルムやブロー成形用樹脂として応用開発が進められた。また、燃えやすく難燃化も難しい材料である。フィラー無しで良好な射出成形体を得るのも難燃化も難しいという、難燃化技術の可能性を研究するのにまたとない機会が定年退職半年前にありました。ゴム会社でポリウレタン発泡体の難燃化技術開発を担当して31年目のことです。発泡体も難しかったがPETの難燃化も強相関ソフトマテリアルというコンセプトで技術を考えたので大変難しく苦労しました。

カテゴリー : 一般 高分子

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