活動報告

新着記事

カテゴリー

キーワード検索

2013.06/08 科学と技術(タグチメソッド3(タグチメソッド輸入前の時代))

会社の方針で技術開発に日本科学技術連盟(日科技連)の手法を導入していた時代の話。

 

高分子の難燃化技術開発を担当していたとき、実験の大半を実験計画法で行っていた。まじめに検定を行い信頼値の区間について統計計算まで行っていた。統計計算を行うために自腹でMZ80Kを購入した(注1)。当時給与の手取りが10万円前後の時代に2ケ月分の給与が吹っ飛んだ。日科技連のベーシックコースは50万円である。学生時代よりも教育費に金がかかった。サラリーマンとなりお酒にお金が消える心配よりも自己啓発にお金が消える心配をしなくてはいけない時代(注2)であった。

 

上司から、「君のグラフでは、いつも平均値がきれいに真ん中にきているが、なぜだ」と質問された。あたかもデータを捏造している、と言いたげな質問の仕方で口調も意地悪であった。検定で信頼値を求めるとこうなる、と説明したら驚いていた。その後、グラフの書き方はは実験で得られた最大値と最小値を用いて区間を示し、平均値をそこに書くように指導をされた。あたかもグラフの書き方を知らない小学生を指導するような口調である。

 

これはおかしな指導であった。間違っているかどうかの議論の前に、日科技連の方法を業務に取り入れるという会社の方針に従えば、必ず平均値は真ん中に来るのである。しかしゴムのような力学物性に大きなばらつきを持っている材料では、最大値と最小値で偏差の区間を示した場合に、平均値は真ん中に来ない場合が多い。

 

上司のあまりにも軽蔑的な指導方法のおかげで自分が大きな間違いをしているような気持ちになり、世間で偏差の区間をグラフでどのように表現しているのか調べてみた。技術論文を調べて気がついたが、当時は値の偏差の区間を最大値と最小値を使って示している場合と、検定で得られた信頼区間を用いている場合、検定を行わずただの標準偏差を示している場合の3通りあった。

 

タグチメソッドのSN比は日本ではまだ知られていなかった。日科技連の努力が続けられていても正しく日科技連の方法が世間に浸透していないことに気がついた。さらに「統計でウソをつく」などという著書まで登場した。

 

社会では1980年代は統計的手法に疑問が持たれた時代であるが、少なくともデミング賞を受賞している会社の中では日科技連の手法が標準となっているべきであるが、上司の指導が異なっているだけでなく、統計学の検定の意味すらご存じなかったことには驚かされた。全社方針がなかなか担当者まで浸透しないときには、中間管理職の教育を行った方がよい、という典型的な状態であった。

 

実験計画法にこだわる実験スタイルを周囲の人が笑うのも納得できた。全社品質発表会の時だけ統計を使うのが最も効率の良い、大人の仕事のやり方なのである。すでにこの状態が、当時の日科技連の科学的統計を用いた手法が技術開発に適合していないことを示していた。

 

それでは日科技連の手法が間違っているのか、というと技術開発には適合しないが、科学の研究には都合の良い便利な方法である。すなわち、自然現象は偏りのない統計分布を持つ、という仮定が無ければ科学の研究を進めることはできないので、日科技連の手法を使うべきなのだろう。ワイブル統計のような手法は隠れたモードを解析するのに大変便利なデータ整理の方法である。科学的手法として信頼でき、また発見を効率的に行う実験を組むことができる。科学的研究に用いる手法として日科技連の手法は間違ってはいない。

 

すなわち日科技連の手法を当時「技術開発の思想として導入」したことが間違っていたのである。その象徴が福島原発の事故なのである。技術開発を科学的統計の思想で行ってはいけないのである。但し繰り返しになるが科学的統計手法が間違っているのではない。技術開発のある場面では、科学的統計を使った方が良い場合だってある。最弱リングモデルに基づくワイブル統計は、故障モードの解析に大変有効である。即ち科学的解析手段として科学的統計を用いるのは良いが、それを技術開発の思想にするのは良くない。

 

<明日に続く>

 

(注1)当時上司に実験計画法でコンピューターが必要だ、と申し出たら、誰も実験計画法など使っていない、と一蹴された。人事部が研修でベーシックコースを技術者の必須コースとしていたので上司も受けていたはずである。MOTや企業統治がまだ話題になっていなかった時代である。

(注2)学会も年休をとり自腹で参加していた。たまに会社の出張で参加したときには、日当がついたので天国であった。若いときの苦労は金で買ってもせよ、とは父親の口癖だったが、若いときに自己啓発でお金が消えて苦労するのは仕方がないのであろう。

カテゴリー : 一般 高分子

pagetop