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2013.08/13 科学と技術(21)

高分子の相分離はスピノーダル分解で進む。Si-Ti-Al-C系の相分離も同様に進むのだろうか。手元にある18個のサンプルの電子顕微鏡観察を行いながらその相分離メカニズムを考えてみた。検討している系の相図はほとんど公開されていなかった。しかし、一部のSiC-TiC、SiC-Al4-Cの相図について論文が存在した。これを頼りに考える作業を始めた。

 

18個のサンプルの中で1種類1400℃前後で急激に柔らかくなる、すなわちかなり柔らかい液相ができる組成があった。この組成のおかげでホットプレスのカーボン型を1セットだめにした。しかし、論文に記載された情報からはその現象の説明がつかない。18個の電子顕微鏡写真を眺めながら、途方に暮れた。高分子の相分離のように簡単ではない。液相から様々な結晶形態が析出しているように見える。

 

SiCも低温度で結晶析出しているかのようだった。これは当時の科学常識に反する現象である。商品は期待通りできたが、期待していない不思議な現象も起きている。科学的に表現すれば、仮説通りの現象と仮説に反した現象の両方が起きていた。この状態は、第三者からみれば偶然にモノが出来た、となり、少し気の利いた人ならば、優れたセレンディピティーの持ち主という表現になるのだろう。

 

18個のサンプルの硬度と靱性の関係は、セラミックスの組織構造からうまく説明できた。しかし、仮説では半分以上良好なサンプルが得られるはずだったが、なぜ1サンプルだけ高硬度高靱性のサンプルが得られたのかが分からない。機能を実現できているので、技術として完成させることは容易でも、この組織構造がどのようにできたのか科学的に説明するとなると情報が少なく大変である。研究を行っていたら1年程度時間がかかってしまう。

 

偏光顕微鏡観察も加え、少なくとも6相程度できているらしいことはわかったが、それぞれの相を決定できる科学的データを1ケ月で揃えることなどできない。幸いなことに鋳鉄を研削できる組成が見つかり、その物性を組織構造から説明できたので、物性と組織構造の関係だけでも線形破壊力学を用いてまとめ上げることができた。また、最良のサンプルについて繰り返し再現性も問題なかったので生産することは可能であった。

 

この繰り返し再現性を見る実験でも一つ発見があった。1400℃前後で液相ができ、収縮が激しくなるが、圧力をあげても収縮速度の大きな変化が見られなかったのだ。X線分析でSiC相やTiC相は観察され、その他未確認の結晶相によるピークが多数あるが、これは他のサンプルと大きく異なる点である。他のサンプルでは、明確に同定できるピークは存在しない。この結晶相の構成は繰り返し再現性があるのであまり複雑なことは起きていない可能性があると推定し、仕込み比から組織構造で観察された結晶相の同定を試みた。

 

各元素の分散状態等の対比も含め、超微粒子相はSiとAlとTiCを含む相と結論づけた。やや強引であったが、配合条件、焼結の進行等から当時公開されていた論文を頼りに、この系の焼結機構のマンガを書いてみた。そしてマンガの各コマに集められたデータと文献情報を加え、上司に説明できる一応それらしい資料を作成した。

 

科学情報が少ない段階で新しい現象を発見した時に、アカデミアであれば研究のネタができ、真理を追究する作業に時間を割ける。しかし、企業では商品開発が中心になり、研究に多くの時間を割けない。ましてや、1ケ月先にはテーマでなくなっている可能性がある場合に、どこまで研究時間を割くのか難しい判断だ。技術ができれば良い、と割り切れば研究など不要である。瞬間芸で機能を実現でき繰り返し再現性のある技術ができたのならそれでゴールを達成したことになる。

 

材料の焼結機構に関するそれらしい資料について上司は何も言わなかった。セラミックス分野に科学的情報の少ない状況を理解できた、とセラミックスの仕事を離れるときに言われただけだった。30年前のセラミックスフィーバーでセラミックスの科学は大きく進歩したが、それはフィーバーが始まったときに公開された科学的情報が少なかったことを意味している。

 

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