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2015.04/13 実験のやり方(11)

6ナイロンが相溶したPPS中間転写ベルトの開発では、周囲から見れば悲壮感漂う処遇あるいは立場だったが、その左遷された単身赴任の5年間は感動の連続であり、定年退職を迎えるために用意されたようなテーマを担当できたという楽しい思い出となった。サラリーマンは、どのような処遇でも決して腐ってはいけない。もしその職業を続けるならば、いつでもニコニコ元気に勤める(努める、ではない。心から勤める)べきで、それができないならば、転職するかやめたほうが良い(経営とはそのお客様と社員が心からニコニコできる環境を創り上げることである。また、社員はその会社に勤務するならばニコニコする義務が発生する)。

 

フローリーハギンズの理論で解釈すると相溶しない、と思われる系で相溶現象を実現したり、電気電子物性と力学系の現象との相関を見出し(注)、世界でも珍しいコンパウンドの品質管理方法を開発したりした。その他新たに開発された技術がたくさんあるが、科学では説明しにくい技術を短期間に大量に生み出すことができたのは、その昔、宮崎美子嬢をCMに起用したメーカーの風土のおかげである。木陰で着替えている女性を隠し撮りするようなイメージを与えかねないキワモノCMだったが、それを容認する大胆な風土である。

 

実験のやり方は企業風土の影響も受ける。日本企業に多い科学的方法を重視する風土では、ヤマナカファクター発見のような技術開発を進めにくい。ゴム会社のような現場重視の企業風土であると、現場現物が科学の真実よりも優先されるので、新たな技術が生まれる土壌ができやすい。転職した写真会社は、科学重視の会社であったが、現場重視の会社と合併した結果バランスのとれた企業になった、と感じている。

 

日野八王子地区から豊川へ単身赴任し、最初にお稲荷様にお参りしたが、職場は、まさに狐に騙されたような科学の香りがしない自由な雰囲気であった。6ナイロンとPPSを相溶させるための前提になる講義をする必要もなく、実験が上手くゆけば何でもアリ、の楽しい職場で仕事ができた。

 

このような職場では、リーダーさえ舵取りを間違えなければ、どんどん成果が出る。そもそも馬力のある担当者が多く、中間転写ベルトの開発がうまくいっていなかったのが不思議に思えた(注2)。科学の常識に反する技術で成果を出せたのは、この風土と担当者のモラールの高さに依存するところが多い。

 

単身赴任前、失敗して東京へ帰ってくる、とか周囲で噂されていたテーマでも、無事商品化でき、予定していなかった環境対応の再生樹脂技術開発まで短期で製品に搭載できた。アカデミアからみたらめちゃくちゃな実験の連続であったが、技術開発のための実験は、科学で真理を追究するための実験と少し異なる。

 

あくまで機能を実現するための実験が中心になる。技術開発のリーダーは、科学の正しい実験のやり方を熟知していることは当然だが、それにとらわれることなく、機能を実現するための実験を心がけなくてはならない。

 

(注)2000年頃に4年間推進された国研の精密制御高分子プロジェクトで、アカデミアから提案された強相関ソフトマテリアルというコンセプトがある。このプロジェクトでは、実用の観点で眺めると夢のある提案が多くなされている。このプロジェクトは科学で大成功を収めているが、技術の視点で評価されたためにその成果を正しく理解されていないもったいないプロジェクトである。このプロジェクトには20世紀の技術を科学で体系化するプロジェクトも動いていた。中浜先生はじめ当時の先生方を再評価すべきプロジェクトである。コンパウンドの段階で押出成形の結果を予測する新しい品質評価法では、制御された高分子の高次構造を媒介変数として用いている。すなわちパーコレーション転移を制御することに成功している高次構造を想像し、その時の電気物性との強相関性と力学物性の強相関性に着目した。中間転写ベルトの機能実現のための重要品質項目は、ベルトの周方向の電気特性の安定化であるが、これをレオロジー測定で予測している。品質項目は、両者についてSN比で表現している。人間が、クルミを割る方法を開発したカラスと異なるのは、経験値と科学的知識を対比させて思索できる能力である。この方法についてもっと知りたい方は、弊社へご相談ください。

(注2)この事例は技術マネジメント(MOT)とはどのようなものか、を説明する時に最適である。マネジメント能力とは何かを勘違いしている人が多い。知識労働者のマネジメントについてはドラッカーの著書に詳しいが、この著書が少し難解で読みづらい。含蓄のある内容の著書の多くは読みづらいものなので3回は繰り返して読む必要がある。ドラッカーを過去の人と言われたりするが、ドラッカーの著書の奥深さを理解していない人だ。多様に解釈できる彼の著書は時代が変わっても経営の教科書になりうるのではないか。効果的なMOTとは、実現したい機能を中心にしたマネジメントであり、科学的研究を推進するマネジメントではない。科学の研究が必要とされるのは、知識を体系化し伝承しやすくするためである。ナイロンの相溶したPPS中間転写ベルトの商品では、PPSの基材にプラズマCVDでシリカ薄膜を形成する技術も必要とされ、この技術は科学的に完成していることになっていた。しかし、その商品化ではこの科学的に完成されたことになっていた技術が足を引っ張り、上市されてもすったもんだしていた。当方が単身赴任する前は、どうせ基材が間に合わないからプラズマCVDの技術の問題はーーー、という陰口が研究所内で聴こえたが、単身赴任の1年後には、当初の開発計画に無かったコンパウンド工場が立ち上がり、安定な基材を供給できる目途がたっていた。これは機能を中心にした実験の成果である。その結果科学的完成とはどのような意味かがわかる結果となった。そして納期が迫ってきたら、科学的のはずが試行錯誤のやっつけ技術で完成するという状況になった。このような技術開発を進めている企業は多いのではないか。最初に技術を完成し、その後に科学でまとめる、というのが正しいMOTである。科学でまとめて技術で完成という手順は、科学が技術を推進していた20世紀には通用したが、「誰も見たことの無い世界が始まった」21世紀には、この手順を見直さなければいけない。

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