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2015.08/08 未だ科学は発展途上(18)

(昨日からの続き)相談者は、科学的に推論してペレットの材料設計を行い、そのペレットを用いてベルトの押出成形を行ったところ、科学的な材料の分析結果では期待通りの中間転写ベルトができていたが、品質特性は改善されていなかった、と説明した。
 
成形された中間転写ベルトの周方向の抵抗データを見せていただいたが、ウェルド以外は、抵抗偏差は小さかった。相談者も6ナイロンの効果が出ている、と胸を張っていた。ウェルド部分について詳しく分析したのか尋ねたところ、電子顕微鏡写真や光学顕微鏡写真を多数見せてくれた。
 
百聞は一見にしかず、という科学的なアプローチだった。しかし、見せていただいた写真からは何も分からなかった。カーボンの個数を数えてみたか尋ねたところ、それは難しい、と言われた。
 
確かに質問した当方もその場で数える気にはならない数である。しかし、品質データに表れている結果は、カーボンの個数がウェルド部分で多くなっている、と解釈しなければ説明できない現象である(注)。
 
すなわち、このベルトの周方向における抵抗ばらつきの問題は、ウェルド部分でパーコレーション転移が起きて抵抗が下がっている現象と推定され、顕微鏡写真では分散状態が同じようなので、導電相の個数が変化している、と科学的に推論を進めることができる。
 
しかし、多数のカーボンの粒子を数えるのは至難の技であった。また、数えられるように拡大したならば、全体の現象を捉えることができなくなる。
 
このような解析の科学的限界以外に、PPSに6ナイロンとカーボンとを一緒に混練しているにもかかわらず、顕微鏡写真に写っている像では、6ナイロン相内部にカーボンが取り込まれていないことを奇妙に思った。
 
当方のゴム会社における実践知では、二相に分離した場合、カーボンと親和性の高い相の内部に一部カーボンが取り込まれたりする。技が必要だが、親和性の高い相にすべてのカーボンを分散させることも可能である。
 
1990年代に読んだ論文でマトリックスが二相分離したときのカーボンの分散状態を議論している研究があった。この研究でも相談者が見せてくれたカーボンの分散状態だった。
 
その論文の著者に学会でお会いしたときにカーボンの分散が不十分ではないかと尋ねたら、大学の実験用ニーダーで混練した結果だから、と愛想の無い簡単な回答だった。
 

アカデミアの先生は混練プロセスで高分子の高次構造が変わったり、フィラーの分散状態が変わったりする現象に無頓着なのかもしれない。しかし実務では重要なことなのである。コンパウンドのモルフォロジーを科学的に考察する時には、混練プロセスや混練条件との関係を科学的に考察することが重要になってくる。真理が一つの科学で高分子のモルフォロジーは扱いにくい分野だ。
 

 

(注)単身赴任後、部下にカーボンの個数を数えさせたら、ウェルド部では1割ほどカーボンが多い、という結果が得られている。1割の違いで生じる抵抗変化ではないので、カーボン粒子間の接触抵抗も疑うことになり、面白いアイデアがその後生まれた。
 すなわち導電性粒子の接触抵抗は粒子間にかかる圧力で二桁以上変化する。これは、粒子間がわずかに離れていても電子はホッピング伝導で流れることができ、距離で電流が大きく変化するからである。高分子に分散した導電性粒子の接触抵抗は、その密度を上げたり、ひっぱたりすると変化させることができる。かつて酸化スズゾルの帯電防止層を研究していたときに、延伸しながら帯電防止層の電気抵抗を測定したことがある。このときパーコレーション転移前後で変化の様子は変わる(日本化学会講演賞受賞)が、やはり2桁以上変化した。この機能を用いると、コンパウンドの段階で1桁程度抵抗がばらついても、押出成形段階で引き取り速度を調整することにより、抵抗をスペックにあわせることが可能になる。
 これはノウハウのように思えるが、科学的に考えれば当たり前の方法である。しかし、この方法が使えるためには、カーボンの分散がソフト凝集状態でうまくクラスターを生成している必要がある。そうでない場合には、常時引き取り速度を変化させながら押出成形を行うことになる。この理由は少し考えていただくと分かる。ソフト凝集したカーボン分散状態を作り出す混練技術がノウハウとして重要である。これはゴム会社でセラミックスとゴムのハイブリッドの研究を行っていたときに獲得した技術である。

カテゴリー : 一般 連載 電気/電子材料 高分子

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