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2015.08/19 シクラメンの香り

秋から冬にかけて楽しめるシクラメンの香りは、布施明が歌って、40年ほど前の学生時代にヒットした曲だ。小椋佳作詞作曲のこの歌にはシクラメンの香りの特徴がうまく表現されている。ちなみにシクラメンのほのかな香りの成分にゲラニオールというテルペン類のアルコールが含まれている。
 
大学の卒業論文ではジケテンを出発物質としたゲラニオールの合成ルートを研究した。詳細は省略するが、このゲラニオールの合成研究では、失敗すると、精製分離したときにとてつもなく臭いにおいの物質が分離カラムから出てくる。
 
実験で失敗したのか成功したのかこれほどわかりやすいテーマは無かった。もちろん成功すれば鼻歌を歌いたくなるぐらいの良い香りが辺り一面に漂い、大学の事務の女性が実験室をのぞきに来たりした。このテーマのおかげでもてたのだ。
 
また、原料のジケテンはにおいをかぐこともできないくらいの刺激臭なのに、これが大変良い香りに変わるのが、頭で理解できていても不思議だった。不飽和脂肪酸では二重結合の位置が異なると腐敗臭になる、とか、何とかと言う化合物は水添される前はとてつもなく臭い、とか、試験問題として出されても、当時その臭さの理由を答えることができた。それでもゲラニオールのすがしい香りは不思議だった(注1)。
 
頭で理解できているのに不思議に思う感覚が重要であることに気がついたのは、ゴム会社に入社してからである。頭で理解できても分かったと思うな、と指導社員に教えられたからである。
 
実践知や暗黙知を学ぶときに、頭で理解できることは伝承の手続き上重要であるが、これらは形式知ではないので、頭で理解できていない知の世界が存在する。だから頭で理解できても分かったと思うな、と指導社員は言われたのだろう(注2)。
 
学校教育の効果かもしれないが、人間はまず頭で理解できなければ、なかなか身につかない。感覚的に理解するというのが苦手になってしまった。逆に頭で理解できれば教えられた形式知をすぐに実行できる便利な動物に進化しているのだが、科学誕生以前の遙か昔はうまくできたかもしれない技術の伝承が、現代は下手になっているような気がしている。
 
(注1)だから詩になったのかもしれない。何ともいえない不思議な良い香りだった。年をとり香りに鈍感になるのは悲しいことである。昨日花屋の店頭にあったシクラメンに気がついたのは、鼻ではなく目である。
(注2)バンバリーとロールを使いゴムを混練するプロセスは二軸混練機と異なり、混練状態を途中で観察することが可能である。わかりやすいプロセスであるが、二本の回転しているロールに巻き付いたゴムが時間とともに変性される現象は、今でも不思議に思う。ニーディングディスクやロータの組み合わせで混練状態が変わる二軸混練機よりも単純であるが奥の深いプロセスである。業務を担当して間もない頃、一日回転するロールのゴムを眺めていたがどのように混練が進むのか結局理解できなかった。平衡状態になっているように見えても、粘弾性を測定してみると、再現できないわずかな違いが現れる。誤差と呼ぶには大きな差が観察された。指導社員が面倒でもパイロットプラントレベルで試作したゴムを使え、と言われた理由を理解できた。

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