活動報告

新着記事

カテゴリー

キーワード検索

2015.09/08 イノベーション(1)

社会人になってコミュニケーション能力の重要性を研修で学んでもそれが身について本当に役立った、と実感したのはカオス混合技術を実用化した時である。カオス混合技術については、それが混錬技術のイノベーションになると指導社員から教えられても、ゴム会社で研究する機会は無かった。写真会社に転職後もフィルム技術を担当していたので研究テーマとして提案するチャンスは無かった。
 
定年前の単身赴任先でそのチャンスが突然めぐってきた。すでにこの活動報告で書いたが、複写機の中間転写ベルトの生産プロセス開発のテーマでコンパウンド工場を立ち上げた話である。コンパウンド技術など無縁の写真会社でコンパウンド工場を立ち上げたのだから大きなイノベーションのはずだが、写真会社では大した評価を得ていない。
 
大した評価を得ていない理由は、大した技術ではないから簡単にできる、と周囲を説得したからである。中古機を買ってプロセスを組むので投資も少ない、という話を作り、子会社でコンパウンド工場を立ち上げる承認をえて、8000万円ほどの投資でコンパウンド工場を立ち上げた。
 
コンパウンド事業を担当している人ならば、ちょっとしたコンパウンド工場でも大変な仕事であることは理解されていると思う。工場の試運転で実験室データが再現しないのは日常茶飯事である。それよりもゼネコンに0から工場建設を依頼すれば2-3億円かかる。見積書を取り寄せてソフトウェア―の部分が高いことにびっくりした。
 
また工場を発注してから立ち上がるまで通常は一年以上かかるが、それを0から始めて半年で実現したのである。これは、周囲が高分子技術というものを知らない人ばかりだったから、簡単にイノベーションができたと思っている。ただ押出技術の開発に数年かかっているのに、0からはじめて半年でコンパウンド工場が立ち上がる話を信じるのか、という疑問を持たれるかもしれないが、その部分は当方の技術に対する信頼が大きかったからではないかと思っている。
 
しかし信頼できる一人の技術者がいたとしても、昨日まで技術が無かった会社で突然カオス混合と言う先端技術が生まれるようなイノベーションは、従業員数人の中小企業でない限り難しい。大会社であれば必ずプロジェクトにかかわる他の組織から反対があるからだ。おまけにステージゲート法あるいは類似の研究管理を行っていたなら、ゲートで必ず引っ掛かるのである。
 
このコンパウンド工場の建設では、上司であったセンター長を担ぎ上げ他部門の調整を行うとともに、ゲートは外部のコンパウンダーの技術よりも優れた技術が存在することを押出機で作ったコンパウンド及びそのベルトを示しながら通過した。すなわち、企業内で何かイノベーションを行うためには、社内の組織の調整能力と成功することを共有するための仕掛けが必要である。
 
いくら優れた技術があったとしても、あるいは科学的に優れた研究成果を出せたとしても、大企業ではそれがすぐにイノベーションに結び付かない現実を若い人は理解しなければいけない。直属の上司でさえもイノベーションをつぶす方向に動く場合すらあるのだ。30年間の研究開発経験から企業におけるイノベーションでは上司も含めた社内の調整能力が研究成果よりも重要だという結論に至った。これにより、カオス混合技術の実現では、基盤技術も何もない会社において、いきなり量産工場が立ち上がるようなイノベーションを起こしている。

カテゴリー : 一般

pagetop