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2016.01/02 3種類の知識

知識には科学で代表される形式知と経験から獲得される実践知や暗黙知が存在する。20世紀は科学の時代ともよばれ、形式知一辺倒の時代だった。1960年代末から始まった研究所ブームがそれに拍車をかけ、企業でもアカデミアと同様な細分化された知の獲得競争が、あたかも陣取りゲームのように行われた。
 
そして新たに見出された形式知を基に新たな技術開発が行われ、様々な価値が企業から提供された。しかし、20世紀末の情報革命は、形式知の公知化速度を速め、企業の研究所で開発された形式知の独占期間を著しく短縮化した。また、細分化の方向に進んだ科学は、体系の緻密さを可能としたけれど新しい形式知の創出を困難にしていった。
 
科学の良いところは、真理が一つと決まっている点と新たに見つかった真理が過去の真理の上に緻密な論理で結合されている点である。だから科学教育を受けた誰でもが形式知の塊である技術を容易に理解できる。その結果、リバースエンジニアリングも活発に行われ、特許で技術が守られているといっても、新たな機能と組み合わせの新規性で特許を回避した新商品の市場参入を許すことになった。
 
例えば液晶TVや太陽電池のような高度な形式知の塊の商品でも短期にコモディティー化する時代である(注1)。すなわち現代は、単なる形式知の組み立て技術で実現された商品は、戦略を工夫しない限り、新しく見出された形式知を用いたとしても高々20年の市場独占が許されるだけで、すぐにライバルとの価格競争に巻き込まれてしまう。
 
科学による問題解決法では誰でも真理にたどり着くことができ、そのたどり着いた形式知を共有化するのも容易である。すなわち、科学は技術開発の効率を上げたが、企業に技術の独占という力を与えなかった。それどころか、形式知を重視した結果、実践知や暗黙知が軽視され、リベール容易な技術を生み出すことになった。
 
衆知のように、科学と技術の目標は異なり、技術では自然現象から新しい機能を取り出して、新しい価値を創造できれば、それだけでよいのである。その時、現象が形式知で記述されていなくても実践知や暗黙知で理解できれば技術を商品に創りこむことが可能になる。
 
例えば年末まで連載で書いてきた高純度SiC合成技術の基になった、フェノール樹脂発泡体でできた天井材では、難燃化と高靱性化という機能が求められた。材料の難燃化では、その直前まで担当していたポリウレタンの難燃化技術開発で獲得した実践知が重要な役割を担っていた(注2)。難燃化手法だけでなく実験計画法を工夫した手法は、当時形式知で説明できなかった。
 
実践知を躊躇なく技術開発に用いることができたのは、理論派であった指導社員が教えてくださった「高分子材料の形式知が貧弱」という事実である。徹底して混練ノウハウを伝授していただいたが、カオス混合は当方の宿題とされた。人生とは不思議なもので、ゴム会社でセラミックス事業を起業することになり、カオス混合の開発をあきらめていたが、退職直前に担当した電子写真機用樹脂部品開発で開発「しなければいけない」状況になった。
 
30年前の実践知と暗黙知を活用し無事開発できたその技術は、10年経った今でも無事トラブルなく稼働している。そして、カオス混合という形式知で解明されていない特殊な混練技術でブラックボックス化されたコンパウンドが安定に生産されている。このコンパウンドは、χが大きなポリマーアロイであり、形式知であるフローリー・ハギンズ理論では理解できないので、リバースエンジニアリングが難しい技術になっている。
 
(注1)技術の流出が騒がれたりしているが、亀山ブランドのシャープが苦境に立たされているのは、技術に占める形式知の比率が高いためだ。また、製造設備の展示会にゆくと、誰でもお金を出せばその設備を購入することができ液晶TVの製造ラインを作れそうな状態である。ブラックボックス化された技術が無い状態の事業が液晶TV事業である。
(注2)当時日本のトップであったゴム会社の研究所は、アカデミアに近い状態の思想とその会社のDNAに基づく実践知と暗黙知の活用を認める思想のせめぎ合いが存在した。新入社員のスタートが後者の思想の指導社員だったのは幸運だった。ところが、この指導社員とは3ケ月間しか仕事ができず、その後担当したポリウレタンのテーマでは、科学こそ命と言う主任研究員の指導の下、学会発表や論文執筆をさせられた。大学院を修了して間もない小生にはありがたい仕事でもあったが、ゴム会社に入社後1年間で強烈なカルチャーショックを受けていたので、心中複雑であった。また、高分子の難燃化は形式知で語れる部分が少なく(それゆえ形式知による論文は書きにくい)、実践知や暗黙知の占める割合が大きい。実火災など未だに形式知だけでは説明ができない。実践知で偶然見つかった現象を科学的に解析し、形式知の成果で材料設計されたお餅のように膨らむポリウレタン発泡体は、実火災では燃えやすいが、規格に基づく燃焼試験では燃えないという奇妙な商品を生み出した。上司である主任研究員の自慢の成果であったが、こっそりと極限酸素指数を測定し19(空気中で良く燃える材料である)であったことでびっくりした。あわてて問題提起をしたところ、「難燃化技術とは燃焼試験規格に通過する商品を作ることであり、君はまだ実務をよくわかっていない」と妙な指導を受けた。この指導は形式知の視点では正しいかもしれないが、消費者の求めている品質と異なり社是に反する考え方だ。この主任研究員とは、形式知と実践知の戦いのような状態の人間関係になった。その後市場で火災が多発しこの天井材が問題となり、当時の通産省が燃焼試験規格(形式知100%の規格だった)を見直すことになった(新しい規格は、実火災に近づけるために実態に近い試験方法が規格になった。当方はそのお手伝いを担当でき光栄であった)。そしてフェノール樹脂天井材の開発、という仕事を担当することになった。

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

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