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2026.07/05 運(3)

訳の分からない始末書を書かされたり、80万円のローンをしてまで業務に使用するマイコンを買わなければいけない状態になっても、転職しなかった。

理由は、1970年代末の2回にわたるオイルショックで、化学系の就職先が少なかったからである。また、親から石の上に3年というから、3年は我慢できなければ将来の成功は無い、などと言われたりしたためである。

確かに3年我慢したら、セラミックスフィーバーが最盛期となり、指名留学生の対象になった。やはり、石の上にも3年、と納得している。このような納得を3回行い、4回目に転職しているが、ゴム会社の12年間は、技術者としても人間としても人生で最も成長できたのではないかと思っている。

写真会社では20年間務めたが、このゴム会社で身に着けた組織人としての知識や問題解決能力を発揮しただけである。ゴム会社のような厳しさは無く、どちらかと言えば穏やかな生活ができた。そしてゴム会社のキャリアはセラミックス技術者だったが、写真会社では高分子の専門家として処遇された。

しかし、写真会社で新しく身についた知識は無かった。ゴム会社では多くの学びや優れた技術者に出会うことができ、キャリアはセラミックスであったが、高分子の勉強ができた。

高分子の勉強をしなければいけなかった理由もある。始末書を命じた高分子合成研究室の上司や指導社員に知識が乏しかったからである。コーポレートの研究所ではあったが、メンバーの知識やスキルのばらつきが極端に大きかった。

ゆえに混練の神様とも呼びたくなるような指導社員に3か月間指導いただいたことを時々思い出しては、指導録を眺めている。この指導社員は昇進が遅れていたが、大変優秀な人物で、数理モデルを用いて材料開発を行うスキルまで伝授してくださった。

この人物の指導を受けることができただけでもゴム会社に入社した価値があると、この年になって思うようになったが、これは運以外の理由で説明ができない。

能力があっても昇進が遅れる、という事実を新入社員の時に身近で理解することができた。また、研究所で昇進されている人を見て、昇進が成果でもなく、能力でもない要素で決まっている、という事実を知ったのである。

二人目の指導社員からリーダーである主任研究員が運だけで昇進できたのよ、と説明を受けた。確かに納得のゆく説明であったが、始末書問題で1週間熱い指導を主任研究員から受けてみて分かったのは、十分に理解できていないことでも適当にコミュニケーションできる能力である。

まるで生成系AIのような人で、言葉の真の意味など理解せず、その時の文脈でうまく言葉を合わせてゆく。一番驚いたのは、ソフトウェア論の英文を見せながらホウ酸エステル変性ウレタンフォームに関する説明をしていた時である。

あたかも英文の論文を読んだことがあるようなふるまいで、当方の説明を理解していったのである。当方はその時でさえも始末書の目的を充分に理解していなかった。始末書を書きあげて、新入社員テーマに関わる問題だったのではないか、と疑念を持った。

主任研究員からの毎朝の指導は、今から思い出してみると生成系AIとの壁打ちのようなものだった。当方は始末書の目的を理解できず、主任研究員に毎朝、前日図書室でオブジェクト指向の論文を読みつつまとめていた草案を見せながら、指導(?)を受けていた。

毎回始末書の目的を問うと、ハルシネーションを起こしているような回答が返ってくる。指導社員から責めるような言い方をするとフリーズすることを聞いていたので、あたかもプロンプトを設計しなおすような会話となった。

今生成系AIを研究していて当時のことを思い出し、AIの回答に潜む問題を早い段階に気づくことができた。そして、明日研究開発におけるAIエージェントの活用についてセミナーを行うが、この時の経験が活かされたのではないかとテキストを作成しながら考えた。

技術情報協会主催で先端のセミナーを開催できるのもこの始末書のおかげと捉えると、始末書問題は不運な出来事ではなかった。

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