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2021.06/27 弾性率と強度(3)

それでは、強度と弾性率とはどのような関係があるのか。これはまだ科学で完璧に答えが出されていない。それは、強度のばらつきが大きく、またその原因を科学的に明らかにできない場合も存在するからである。


但し引張強度と曲げ強度の違い程度は、科学的に理解されている。すなわち、曲げ強度では引張と圧縮それぞれの強度情報が入っていることと、引張強度では材料によりポアソン比が変化することなどである。


科学的に説明ができそうな強度データだけ調べてみると、弾性率と強度とは相関している。これを科学の形式知とするのか技術者の経験知とするのかは曖昧であり、科学と技術の境界領域の知識となる。


当方は、人生経験を活かし、靭性という経験知との組み合わせで、強度は弾性率と靭性の関数として捉えている。時として誤差項を独立項として扱ったりもするが、このように考えていると技術開発でうまくノリ易いからである。


32ビートの曲を16ビートでノっているのかもしれないが、とりあえずこれが関係した開発で失敗したことは無い。バスドラムとスネアドラムの拍を聞きながらノッテいるから、と安心している。


この考え方では、強度のばらつきをすべて靭性のばらつきが原因であるという大胆な仮説を用いている。マテリアルインフォマティクスに一生懸命な研究者の中には当方よりもザルな仮説で研究されている方がおられるので、当方のデータを学会で発表できるかもしれない。


当方の強度が弾性率と靭性で説明がつく、という考え方は、ゴム会社に入社した時に指導社員から教えられた。ゆえにゴムの強度試験は怖かった。正確な歪量を知るためにサンプルにしるしをつけて、定規をあてて強度試験を行うのである。サンプルが切れたときに目をつぶらないようにできたのは数度しかない。


その結果、歪量は目をつぶった瞬間の値を想像して採用していた。この歪量を用いて求められた弾性率には、当然見えなかった瞬間の誤差が入っている。今ならばこのような原始的な方法に寄らず、高速度カメラで破断した瞬間を見ることができる。

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2021.06/26 売れない五輪グッズ

五輪グッズが販売不振で、このままではゴミになる、とのニュースがあった。毎週どこかの時間で「お宝鑑定団」を見ているが、今回の五輪グッズは、40年後に高価なお宝になる可能性が高い。なぜなら多くの人が買っていないからである。


コロナ禍で開催された五輪なのでグッズも売れなかった。その結果五輪グッズの大半は廃棄されたので、このような完全な形ですべてそろっているのは素晴らしい、1億円、などと言ったコメントが将来番組の中で語られるかもしれない。


環境問題がこれだけ騒がれているのでおそらく売れない五輪グッズをそのままプラごみとして廃棄することはしないと思われる。セクシーに環境問題に取り組む日本なので、オリンピック終了後参加した選手に無料配布し、お土産として大量に持ち帰ってもらう方法もある。


すると日本に残る五輪グッズは少なくなるのでお宝としての価値が出てくるはずだ。もっとも不人気な五輪なので五輪グッズの骨董品価値は上がらない、という意見もある。


4000年前の我が家のご近所が捨てたかもしれない壺にとんでもない値段がついたりするので、骨董品の価値判断は難しい。しかし、1世紀後の子孫にお宝として残しておくのは悪くないと思う。


「売れない五輪グッズ」というタイトルよりも、将来への投資として五輪グッズを買おう、という気の利いたタイトルを何故つけないのだろうか。日本製もあるので五輪グッズが売れれれば多少なりともGDPに貢献する。

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2021.06/25 弾性率と強度(2)

弾性率は物質固有の定数、と教科書に書かれたりしている。実はこのような前提が崩れると材料力学の形式知の体系が吹っ飛ぶことになる。ゆえに弾性率に関する科学的研究はかなり昔から行われてきて、1970年代でも日本化学会の年会でその考察が発表されたりしている。

物理学会ではないのに化学会でもそのような発表があったのは、物質起因のばらつきを議論したいためであった。すなわち、弾性率のばらつきは、単結晶<多結晶<非晶質体と大きくなってゆく。単結晶でも結晶格子が乱れてもばらつくはずである。

技術では、このような厳密性を認めていては大変なので、単結晶から非晶質体ぐらいの差異であればばらつきは変わらないだろう、ぐらいの扱いである。ただ、これは技術者によりことなり、ノリの悪い人では単結晶と多結晶体との弾性率のばらつきで悩んだりしている。

ノリの良い人では、多少の欠陥があっても弾性率がばらつかない、と考えたりしているが、弾性率と強度は同じものあたりまで来たノリは、16ビートのノリを4ビートでごまかしているのか、あるいはうまくワルツのリズムでノッテしまっているような人で、時として開発は成功することもあるが、原因不明の失敗をする場合が多いような人である。

実務で弾性率というパラメーターを扱う時に、強度からその定義に従い求めるのだが、歪をどのように扱うのかによって弾性率のばらつきは影響を受ける。このあたりから技術者の経験知の量に影響をうけはじめる。

セラミックスや金属、高分子ではSSカーブは大きく異なる。高分子の中には金属に近いSSカーブを示す材料もある。セラミックスと同じような高分子のSSカーブが得られた時にびっくりしたが、この時は弾性率を求めることができなかった。

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2021.06/24 弾性率と強度(1)

弾性率と強度は異なるパラメーターであることを御存じない方が多い。その他にヤング率とか、体積弾性率とか、剛性率、硬さ、ポアソン比などと材料物性に関わる周辺の言葉の意味を理解していないと、材料開発を失敗する確率が高くなる。

もっとも失敗することにより、その原因から差異を理解し、経験知が増えてゆくから失敗も無駄ではないが、ボーっと実験をしていると、せっかく得られたはずの経験知を取りこぼすことになる。

技術開発を行っている、と明確に認識しておれば、経験知は確実に増えるが、ボーっと科学をしていますとか、科学技術の開発をしていますと応える様な人は経験知が増えてゆかず、不幸なことに間違った形式知を記憶することになる。

まず、これらのパラメーターは、計測者の力量や計測方法が原因でばらつくことを知っておこう。これは科学において現象を観察するときに、誰もが知っていることである。もしこれが正しく理解されていなかったら、STAP細胞の有名な女性研究者のような未熟な科学者どころか科学者ではないと言われかねない。

計測者の力量や計測方法のばらつきだけでばらついている、と認められて初めて科学で理解された現象として認められ、そこから形式知が生まれる。結晶の弾性率はそのようにして求められた唯一の値である。ゆえに教科書には、弾性率の説明として物質固有の定数などという説明が与えられたりする。

その弾性率の定義は、単位歪当たりの力、すなわち力を歪で割った値である。これが定義されてヤング率や体積弾性率が求められることになる。

ところが、強度は弾性率だけで決まらない。ここを正しく理解していない人が多い。ひどい人になると引張強度から弾性率が求まる、と言って安直に引張試験を行い、得られたSSカーブから適当に計算した弾性率をその材料の弾性率として記載している。

簡単そうに思われる強度と弾性率であるが、アカデミアの先生でもこのあたりをいい加減にされている方がいたりする。ポスター発表の時にSSカーブを見つけるとお決まりの突っ込みをしてみるが、正しく答えられる人は少ない。

学生で正しく答えられる人に出会ったことは無い。これは偏差値とは相関していない。指導教官の力量と関係していると思っている。偏差値が低い大学でも優れた科学者とみなせる先生の指導であれば、形式知について学生は正しく答える。今の時代、大学の偏差値と社会での活躍は相関しなくなっている。

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2021.06/23 樹脂の調達

高分子材料に限らず、あらゆる商品の価格は需要と供給の関係で決まるのは昔から知られている。一方で生産側の都合で、価格を操作する場合もある。例えば市場のシェアをとるために価格を下げて競争力を上げる場合だ。

過去の高分子材料の価格は、そのような歴史の中で価格が決まってきた。しかし、20世紀末から材料メーカーも価格競争ではなく、部材として付加価値をつける競争をするようになった。

ところが組み立てメーカーにとって材料メーカーの川下への進出が迷惑な場合がある。すなわち部材のスペックから、ノウハウが漏れるような場合である。

かくしてそれまで良好だった材料メーカーと組み立てメーカーの関係が崩れることになる。樹脂の価格にそれが反映されるようになったのは20年ほど前からである。転職を経験してみて高分子材料の価格が単に使用量だけで決まっていない複雑な背景があることに気がついた。

一方でコモディティー化した材料は国内材料メーカーにとってお荷物商品となりその淘汰が進んだ。これをグローバル化の側面だけで考えていると国内材料メーカーは、将来の存続が難しいと思っている。

企業の成り立ちは、時代の状況とその国の政治や企業間の関係にも影響を受け、国家ごとに特徴がある。中国や台湾で仕事をしてきてそのように感じた。そしてこれが樹脂の価格にも影響を受けるのだ。

長くなるので具体例を示し、樹脂について組み立てメーカーはその調達戦略を変更する必要があることに気がついてもらいたい。

一定量調達する必要がある時に樹脂を内製化したり、その調達先との関係について従来と異なる視点で見直しを行うなどの少し大胆な戦略を選ぶ必要がある。

組み立てメーカーが樹脂を内製化できるわけがない、と材料メーカーは見下しているとオイルリファイナリーからバイオマスリファイナリーに変化している流れに押し流される可能性がある。

オイルリファイナリの例となるが、フィルム成形可能なPPSは、2000円/kg以上の価格で国内では取引されている。中国では10年前これが1000-1500円/kg程度だったが、何故か最近は2000円/kgという価格を提示してくる。

PPSは高く見積もっても月tベースであれば600円前後でも中国では利益が出る樹脂と過去に聴いていた。これ以上はここで書かないが、PPS部品を国内で製造していては人件費以外の要素も加わり中国メーカーと競争力が無くなってゆくことは明らかである。

本日の内容が分かりにくい方は、弊社へ問い合わせていただきたい。やや刺激が強い内容となるのでここでは書けない。ただし、機密事項ではなく今世界で起き始めた変化でもある。

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2021.06/22 地球規模の環境対応技術

自動車は、世界中で共通に抱える環境問題商品である。レジ袋有料化とか騒がれて脱プラスチックなどと言う実現不可能なフレーズが世の中を跋扈しているが、そのプラスチックの使用量が多いのも自動車である。

自動車とプラスチックの関係は、軽量化というキーワードで始まっている。もし、自動車を金属やセラミックスだけで組み立てていたら、今の車の1.5倍-2倍ぐらいの重量になるのではないか。

その車から脱プラスチックなどと言うことは不可能である。このようなことは自動車業界はよくわかっていて、おそらく今環境問題を考えるときにそのお手本とすべきは自動車、しかもトヨタ自動車がよいかもしれない。

社長自ら「愛、地球博」のキャラクターだったモリゾーを名乗っている。おそらく世界中でこの人ほど環境問題を真剣に考えている社長はいないのかもしれない。

数年前、「もう自動車を売る時代ではなくなった」と言って世間を驚かせたと思ったら、自動車のサブスクを始めた。これを単なるDXの一環と捉えているとその背後の戦略が見えない。詳細は弊社へお問い合わせください。

「技術のニッサン」というフレーズも良いが、「社長がモリゾー」のほうが今の時代にそのまま遡及する。昔、「+100ccの余裕」でサニーとカローラの販売競争を制したのはトヨタだが、堅実な企業でありながらメッセージの発信内容はいつも時代の少し先をとらえている。

爺さんと子供が自転車をこいでいる比較広告にはびっくりしたが、あれは駄作であり、トヨタらしくないCMだと感じた。しかし、レクサス含め最近のトヨタのCMには他の自動車会社のCMに比較し、緊張感が感じられる。

トヨタは80点主義の車作りと言われていたが、今は100点を狙うために協業はじめ様々な取り組みを行っているように感じられる。40代が勤務したい会社No.1に選んだのは納得ができる。ハイブリッドに次ぐ新しい環境対応技術の登場に期待したい。

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2021.06/21 レジ袋有料化

昨年7月からレジ袋有料化となり、1年経った。折り畳み式の買い物袋が必須の時代になったのだが、どうしてもレジ袋が欲しい時がある。海洋ゴミの問題を考慮するとこのような場合でも我慢しなければいけないのだが、便利さに負けてポリエチ袋を購入してしまう。

この時けしからんのは、店によって価格が様々で、単なるポリエチレン袋を10円で売りつけるところもある。ポリ乳酸の袋ならば我慢できるが、紙袋含めこのようなエコ対策袋でも通常5円である。

コロナ禍前は夜だけ営業していた焼き鳥屋があるが、コロナ禍となり、早い段階からテイクアウトをやっていた。最も、コロナ禍前でも焼き鳥だけのテイクアウト販売があったのだが、店に入る必要があった。

それが店頭に机を並べて店に入る手間を省くとともに、昼間も営業するようになった。商材も焼き鳥だけでなく、夜営業時の酒のつまみをすべて並べるようになった。お弁当迄販売している。

ところが大半はプラ容器、それも密閉性の悪いプラ容器なので汁が漏れる。しばらくして焼き鳥については、タレをかけずにタレ袋が添付されるようになった。おそらくお客からクレームでもあったのだろう。

しかし、油状の汁がわずかながら漏れるので、ポリエチ袋を購入することになる。この袋の値段が10円なのだ。それもサイズは1種類しかないので、二つ三つ焼き鳥のパックを購入するとレジ袋代だけでも2-30円となり、時には消費税よりも高くなる。

もっとも海洋ゴミを考慮して自前の袋に入れ、汚れれば洗濯すればよいだけである。頭では理解できていても便利さに慣れてしまっているので高いと思いつつレジ袋を購入している。

焼き鳥屋ではこのような調子だが、魚屋で刺身などを購入するときには、サービスでレジ袋代を値引きされても魚に気を遣って保冷袋を用意している矛盾した生活である。

環境問題は待ったなしだが、企業の環境対策でもこのような矛盾が生まれる可能性をトヨタ社長は指摘しており、カーボンニュートラルで世界の潮流は電動化一色でも、日本国内の電力事情からエンジンを残すという。

トヨタは水素エネルギーにも力を入れており、社長の強いリーダーシップで環境問題と真摯に取り組んでいる。環境問題は、ファッションの時代が終わり、解決の実績を出していかなければいけない時代となった。無料でもレジ袋を使わない習慣を徹底したい。

カテゴリー : 一般 高分子

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2021.06/20 新規事業のアイデア

あまり公開したくない情報だが、公共性が高いので新たな事業アイデアを一つ。3年前大阪北部地震があり、その時某病院の非常電源に不具合が発生し、医療危機となった事例があるとの特集記事が昨日あった。

このような問題は、どんどん特集記事を組むべきである。本来は非常電源を点検していなかった病院側の不手際であり、社会問題として扱う内容かどうかの検討も必要だが、注目すべき点は、非常電源の点検に数千万円かかるという事実である。

DXが叫ばれている現代において盲点となっていた部分である。非常電源の点検は、本来毎日やっていなくては意味のない点検である。しかし、費用が掛かるので年に一回と決めているとのこと。

このようなナンセンスな事例は、身の周りに意外と多い。そもそも非常**といういつ発生するのかわからない災難に備えるシステムは、システムが確実に動作することが前提になっている。その前提に立ったときに点検費用が高いシステムとは欠陥商品であることに気がついていない。

欠陥商品に対して高いお金を払って導入しているので、サービス供給側も胡坐をかいて点検費用が掛からないようなシステムを開発しようという動機が起きない。

このような事例は身の周りに意外と多い。少し毛色が異なるが、各部屋に義務付けられた煙探知機や温度探知機の点検を行ってみるとけしからんことに気がつく。電池切れした場合に、電池交換しようとすると本体よりも高いのだ。

メーカーに文句を言ったところ、電池寿命は本体寿命と捉えてもらいたいためだという。すなわち電池交換を考えていない非常警報装置なのだ。この装置の場合に、電池容量が少なくなると女性の声で電池切れです、と知らせてくれる。

実際には電池切れではなく、電池容量が少なくなっているだけだが、要するに本体を交換せよと、とメーカーの説明を解釈すると意味は同じである。本体の交換時期です、と言わないところが姑息である。電池寿命のばらつきが大きいことを考えてのセリフであることが透けて見える。

電池は特殊な電池だが、汎用品で同じ仕様の電池があり、それを加工して取り付けてみたところ、400円で生き返った。他の警報装置も同じ時期に設置したので、同様にして全部電池交換を行い、毎日点検する習慣をつけた。簡単なことである。点検用スイッチを押すだけなのだ。これで低コストによる安心が手に入った。

世の中の非常**と呼ばれているものを調べてみると、意外にもメンテのことが十分に考慮されていないシステムが多い。それぞれについて実験など行わずインチキ特許を書けそうな状況だが、公共性を考慮しこのように公開してみた。

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2021.06/19 オリンピックの開催

東京オリンピックの開催について、賛成は内閣の支持率程度である。反対は一時期過半数を超えたが、最近は賛成とほぼ同数であり、残りは「どちらかと言えば」という態度保留意見だ。今回はこの中間の意見には、開催について賛成か反対か判断できない人も含まれているので、中間の層を単純に賛成意見に組み入れるのは正しくない。

このように考えると、国民の過半数の賛成が得られていないところで、政治判断によるオリンピックの開催となるが、なぜ政府が開催しようとしているのか、について当方の推測を書いてみる。

まず、前回のG7で諸外国が開催に反対だったなら、政府は、国民の意見を鑑みオリンピックの開催について政治判断を変えた可能性がある。今回の場合に諸外国が反対する中で日本政府がごり押しで開催する理由なり根拠は何もない。

諸外国が反対しなかったのはそれなりの理由がある。裏で日本政府が動いたかもしれない、という可能性以外に、仮に戦争時であっても戦争を中断してオリンピックを開催できるような世界でありたい、という思いがあるからだろう。

オリンピックがそのくらいの価値ある大会であると世界の首脳は考えている。命以上に大切なものは無いからオリンピックを中断すべき、という意見は的が外れている。そもそもオリンピックと命とは、異なる価値だからである。ゆえに戦争を中断してでもオリンピックを開催するのが理想であるが、これまでその理想は実現されていない。

また、今回のコロナ禍の開催について、世界中の誰もが唯一の正しい判断をできる基準を持っていない点にも着目する必要がある。オリンピックの開催により、人流が増加し急激に感染者が増える、その結果日本人が危険にさらされる、という予測がある。

オリンピックが単なる国内の大会であれば、恐らく政府も中止判断をしたかもしれないが、オリンピックは「特別な国際行事」であり、この予測との天秤にをかけるならば、なぜオリンピック招致したのか、と国際的な非難を受ける可能性がある。

この非難を承知で中止判断を出せるとしたならば、昨年の延期判断をしたタイミングである。あのタイミングで本来国民は中止判断を政府に出すように圧力をかけるべきだったが、当時の国民の意思は延期派が多数と読み取られる状況だった。

世界の諸事情を考慮すると政治判断として開催となるが、その開催方法については今でも修正が可能である。例えばマラソン会場を暑くても良いから東京に戻すべきではないか。

とにかく国内の人流を少なくするような努力を開催までにすべきである。もう開催すべきかどうかを議論している暇はなく、開催時のリスクを最小限にする努力が求められている。

都民ファーストの会は無観客開催を公約としたが、知恵が無い。ここまで想像力のない方たちが政治家を目指していると思うとがっくりするが、コロナ禍のオリンピックの開催について無観客よりも都民の心を動かす大切なあっと驚くような公約がある。本来政治家とはそのような理想を掲げて仕事をすべきである。

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2021.06/18 ノリ

クラシックファンは、形式知を重んじる科学のような楽しみ方で音楽を聴いているようだが、クラシックファンから見ると野卑な音楽に聴こえる分野(例えばポップスやロック、ジャズその他演歌など)の音楽ファンは、ノリがよければそれでよい、という気楽な楽しみ方で音楽を聞いている、と思う。

例えばどれを聞いても同じようなコード進行に聴こえてしまう演歌でも、詩の内容に入っていけるかどうかが、すなわち詩の世界にノレれば十分にその歌を楽しむことができる。

石川さゆりの天城越えのような非日常の世界に松本清張を知らなくても入ることができるのは歌唱力によるところが大きいと思っている。無理やり詩の世界に引きずり込まれるような歌唱力がある。35年前聞いたときには歌いだしの流し目をみただけでその世界感に落ちた。とても20代に思えない演歌の歌唱力だった。

ジャズではノリをグル-ブ感と言ったりするが、昔は年寄りでもノリやすかったスイングが主流だったが、今はスピードアップし、その速度についていけずノレない曲も出てきた。リーリトナーが限界である。

これより早くなると息切れしたりする。だからアップテンポのロックは雑音以外の何物でもない。ロックならばシカゴやボンジョビまでである。年寄りは無理をしてこのような音楽を聴くより、クラシックを聴いて眠りに入ったほうが良いのかもしれない。

渡辺貞夫のファンが多いのは、昔のスイングからフュージョンまでリズムの幅が広いだけでなく、メロディーラインの美しさもあり、クラシックファンでも聴きたくなる曲があるからだろう。童謡のような懐かしいメロディーもある。多くの曲がノリ易いテンポである。

当方の好きな音楽をここで論じるつもりは無くて、ノリという感覚の重要性伝えたかった。最近マテリアルインフォマティクスという分野がにぎわっているが、あれをAIでやってしまうのは面白くなくて、人間の頭で大量のデータにうまくノル方法を伝授したい。

その方法とは、多変量解析を用いて手動でデータを操作しながら解析を進めるのだ。但しデータの捏造をするのではない。例えば主成分分析を用いた場合ならば、第一主成分と第二主成分における分布を見る以外に、他の象限のデータにおける分布の眺めるのである。

ここでノリが大切で、思いつくまま主成分の軸を変えながらデータの動きを見るのだ。データ群の変化にうまくノルことができると思わぬ発見がある(悩んでいた問題にヒューリスティックな解が得られる)。

30年以上前、電気粘性流体の耐久性改良問題を主成分分析で解決したが、当時はPC9801程度の能力のコンピュータでもうまくノルことができて、一晩で結論を出すことができた。

逆にうまくノレナイ時でもノレナイ理由を考えてゆくと、それなりの発見がある。PPSの金属音が心地よく鳴り響く中間転写ベルトの押出成形の現場を事例に説明する。現場には、そのシーンだけでなく音にも多数の情報が含まれている。

それまでキンキンと高音の心地よくない音にもかかわらずリズミカルに流れてノッていたのに、突然バスドラムの不規則なリズムが鳴りだした。それは、まったく不規則でうまくノレない。この瞬間にカオス混合のアイデアが閃いている。

科学では論理が重要であるが、日々の営みの中で進められる技術開発では、このようなノリも重要である。うまくリズムにノレないならば、それはそれで新たな機能の発見につながったりするので、現場と生データを大切に扱いたい。

勘で研究開発をやるな、と昔よく言われたが、今でもヤマカンはあまりあてにならないが、「感覚」は技術開発で重要である。すなわち暗黙知の部分だからである。情報にうまくノリながらそこから新たなデータを見出すのは暗黙知が刺激されるからである。

多変量解析は、それまでの積み上げられたデータにより経験知や形式知まで刺激できる。アカデミアでマテリアルインフォマティクスが流行りだしたのは、偏った科学の見方で現象に潜む新しさを見つけにくくなったからである。

若手将棋指しがコンピュータ将棋に熱中するのをヒントにAIを使いだしたのかもしれないが、まだ人間の頭でも技術の視点に立てば新しい機能を自然現象の中に見出すことができる。ボケていない。若手研究者には到底追いつけない経験知と暗黙知が年寄りには備わっている。

カテゴリー : 一般 高分子

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