9日、佐川宣寿国税庁長官が辞任した。森友問題に関連した国会対応に丁寧さを欠き審議の混乱を招いた点や、行政文書の管理状況について様々な指摘、さらには今回取りざたされている文書の提出時の担当局長だったことの3つの責任を感じて辞職を申し出たという。
さて、この問題は、森友側へ破格の安値で土地売却を行ったことから始まっている。その後「忖度の連鎖」で、最後はこの改ざんという不正、担当者の自殺まで起きた。
現在のところ、まだわからないことが多いが、ドラッカーの組織論の観点で、これまでニュースで報じられた事実をもとに、財務省という組織を眺めると、腐った組織と言わざるを得ない。
まず、「組織の優劣は、平凡な人間をして非凡なことをなさしめるか否かにある」、とドラッカーは述べている。
しかし、財務省には高偏差値の優秀な人材が集まっているにもかかわらず、森友問題では、「安倍」を「安部」と書類に書いていたりする凡ミスをはじめとして、常識では考えられない業務状況である。
また、「組織の目的は、均衡と調和ではなく、人のエネルギーの解放と動員にある」とドラッカーの著書には書かれているが、エネルギーの解放どころか、「忖度」という束縛が働く内向きの高エネルギー状態で、とても国民のために成果の出る仕事をしているとは思えない。
はたして、財務省は現在のままの組織でよいのだろうか。そのマネジメントも含め、国民は森友問題の推移を見ながら検証しなければいけないと思う。
佐川長官の辞任がやや早すぎるのではないか。もし彼が本当に責任を感じているならば、自らの処遇を国民にゆだねるべきだろう。公務員のリーダーとはそのような覚悟があってこそ高給が保証されているのだ。
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非相溶系の高分子の組み合わせを相溶させる方法はリアクティブブレンドしかない、すごい研究だと当方の学会発表を聞かれて称賛されたのはT大のO先生である。T大で学位を授与するから熱分析のデータを見せてくれ、といわれたので、U本部長に承認を得たのち生データを渡したら勝手に学術論文として発表されてしまった。
学位を早く取りたいといわれたので書いた、というのがO先生の言い分だが、企画から実験まで全然携わっていないのに、ご自分を第一著者として論文を書いてしまう厚かましさに呆れた。
高純度SiCの前駆体が均一にできているということは画期的であり、ノーベル賞級とおだてられても腹の虫がおさまらないほど腹が立ったが、学位を出すから、と言われたのでいわゆる大人の対応として我慢した。
その後写真会社へ転職したら、同じくT大のH先生が今回学位の審査をO先生と担当するから写真会社からも奨学寄付金を入れてください、と言われた。ゴム会社では本部長決済でそれなりの金額の奨学寄付金を納めていたはずだが、これまた厚かましい申し出である。
自分の企画した研究を勝手に論文発表されたうえに奨学寄附金の請求もあったりで、気分は真っ暗なブラックホールというよりも、何か悲しく自己実現のゴールがこのような状態となり惨めな気持ちも生まれカオス状態となった。
当方の貯金を奨学寄付金として支払い学位を取得するのがよいか、このようなアカデミアの対応に三行半をたたきつけて学位をあきらめるのか迷ったが、学位の意味やその人生における価値を再度沈思熟考し、結局後者を選んだ。
その後日本化学会の懇親会でK先生から当方の学位取得を問われ、一部始終顛末をお話したら後日中部大学W先生をご紹介くださった。W先生はSiCのご専門ではなかったので、学位論文のまとめ方を変えて内容が審査できる状態ならば審査しましょう、ということになった。
それで、修士の時に発表した3件の学術論文と業界紙や学会研究会の雑誌に掲載された論文などかき集め、まさにカオス状態のこまごました研究テーマを混ぜ合わせた学位論文としてまとめ上げた。
新入社員時代の指導社員から「混合」というプロセシングはすべての分野で問題となるので、これをよく勉強するのは重要と教えられたが、まさか学位論文をまとめ上げるのにも役立つとは思わなかった。
プロトン導電体から高分子の難燃化技術、さらにはセラミックスとまさに様々な分野の研究成果をカオス混合して当方の学位論文は出来上がった(注)。
学位論文の表題の手直しや、一部構成の手直し、その他細々とした体裁など懇切丁寧にご指導いただき、審査料8万円ポッキリで中部大学から学位を頂いた。この金額と比較するとT大に支払われた奨学寄付金の額はボッタクリバーよりも悪徳なレベルである。しかも学位論文のまとめ方について満足な指導も無かった。
その内容を読むと研究する価値があるのかどうか不明な、乱雑で手書きされた、およそ手本となりそうもない審査の完了した学位論文を見本として、O先生は貸してくださっただけであり、あたかもこの程度でも学位が取れる、と言いたげだった。
まとめ始めていた学位論文の主要部分を扱っている研究論文が第二著者となった論文で大丈夫かと質問して不安になっていた小生を安心させるためだったのかもしれない。どの世界でもネオンの様なきらびやかな看板には誠実さではなく偽りがあるということだろう。
スタップ細胞の騒動では、これまたきらびやかな看板のW大におけるコピペの学位論文審査が問題となったが、当方の経験からすれば、審査の先生はもちろん問題だが学位論文の著者にも責任があるように見える。
コピペだからという理由で学位を授与後取り消しても問題解決とはならない。一番の問題は、大学の学位審査がどのような指導あるいは運営で行われて来たのか、という点である。その指導が不誠実であれば、教え子も不誠実を学ぶことになる。いつの時代でも師の偉大さはその弟子を見よと言われている。
中部大学では、20年以上前から英文で書かかれた論文をすべて日本文で書き直す(当方は、すでに英文で発表した論文をそのまま使用できるので英文の方が便利だったが、日本語に訳すのは英語論文のコピペ防止策と言われた)ような厳しい指導と語学試験など、審査料が赤字になるような懇切丁寧な指導がフルコースで行われていた。
だからT大のような、仮に研究論文にそれなりの価値があったとしても、お金を持ってくればすぐに出します、というユルイ審査の姿勢には疑問を持ってしまう。
アカデミアの先生には、聖人君主のような方から他人の研究は何でも自分の成果と誤解しているようなとんでもない先生までさまざまである。
ただ、いつの時代も社会はアカデミアの知に期待していることを忘れないで欲しい。学位の社会的価値が下がってきているが、当方は中部大学から授与された学位が、自己実現の一つのゴールとして人生の支えになっている。
中部大学の先生方の審査料を顧みない誠実真摯な指導と、自分の書いた英文を訳しながら自己嫌悪になったり、ドイツ語の試験も行うといわれてくじけそうになっただけに、苦労して取得した学位の価値は身に染みている。
(注)学位論文のタイトルは、「ホウ素、リン、ケイ素化合物によるケミカルプロセシングとその評価」であり、材料創成のプロセシングに視点を置き、まとめている。この作業で電子材料から構造材料までのプロセシングについて考え直す機会となった。これが現在の飯のタネになっているからSiCを中心にまとめ、安直に仕上げた英文の学位論文でかまわないといわれたT大の学位審査を辞退したのは良い判断だったのだろう。亡父から人生に迷ったら苦しい道を選べと教えられたが、これまでの人生では、この言葉に従いすべて良い方に転がっている。例えば、学位論文を読まれた方から、「機能材料」への投稿を勧められ、当方の学位論文の要約が2号にわたり掲載された。ゴム会社ではゴムの混練からセラミックスの焼結まで担当させていただいたが、材料を形にして機能を出すまでの過程にもそれなりの哲学が必要である。本来は科学の対象として研究されるべき分野のはずだが、アカデミアでは研究分野として成功していない。かつて化学工学という講座があったが機械工学との相違が明確でなかった。おそらく経験知や暗黙知の占める割合が多い分野なのでアカデミアで扱いにくいのかもしれないが、それゆえに形式知として研究する必要があると思っている。もしプロセス分野についてそれなりの形式知が出来上がっていたなら、STAP細胞の騒動ももう少しまともな方向に収束していたのではないか。STAP細胞はプロセスがその機能を決めているように夢想している。
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SiCは、エジソンの弟子アチソンによりシリカを炭素で還元することにより世界で初めて合成された。しかし、セラミックスフィーバーの起きた1980年代でさえ、その反応機構について様々な提案がなされていた。
原因は、シリカが高温でSiOガスを生成し、それがカーボンと反応する気相の反応が固相反応と同時に進行するためで、シリカとカーボンが固相で均一に生じる反応だけを取り扱うことが難しかったからである。
ゆえにSiCのシリカとカーボンとの反応機構は、気相反応を組み合わせた様々な機構が報告されていたが、シリカとカーボンが気相を介さず純粋にその反応だけが進行する均一固相反応の取り扱いには誰一人成功していなかった。
ポリエチルシリケートとフェノール樹脂のリアクティブブレンドで得られた前駆体では、それを1000℃まで不活性雰囲気で加熱するとシリカと炭素が分子レベルで均一に混合されたシリカとカーボンの固体が得られる。
工業的には、リアクティブブレンドにより得られたこの固体が均一であるかどうか品質管理する方法が問題になる。科学の立場では、この固体を用いて均一固相反応の解析が可能ではないか、という仮説が生まれる。
ゆえに、2000万円を投じて2000℃まで1分以下で昇温できる熱天秤を開発し、品質管理と基礎研究に使用した。
レーザーと赤外線イメージ炉を熱源とした、ほとんど手作りに近いこの熱天秤で均一固相反応の速度論的研究を企画から実験まで当方一人で行っている。
この解析結果が得られたことにより、リアクティブブレンドで得られた前駆体の品質管理が目論見通り可能になっただけでなく、それまで知られていなかった固相反応だけで進行するSiCの生成機構も明らかにすることができた。
これらの技術開発と研究は、1983年にゴム会社で行われ、熱分析の結果はゴム会社の発表許可を得た当方により日本化学会年会で口頭発表されているが、その数年後発表された研究論文では第一著者は研究にはかかわっていなかった外部の人物となり、苦労して熱天秤を開発し解析した当方は第二著者となっている。これは、アカデミアでさえ誠実さを軽視していた時代のできごとである。
カテゴリー : 電気/電子材料 高分子
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貴乃花親方が9日、部屋の担当弁護士を通じて内閣府に対して告発状を提出した、とニュースで報じられた。これまでの一連の成り行きから、ほぼ予想された行動である。貴乃花親方を批判しているのではなく、日本女子レスリング協会でも起きていることだからとりあげた。
やや異なるカテゴリーに思われるかもしれないが、昨年報じられた燃費計測における不正や材料の品質データ改ざんが明るみに出た問題も同じような時代背景があるととらえている。すなわち、一昔前ならばいずれの問題においても、大人の対応なり、長いものに巻かれろ的発想が重宝され、何か問題が発生した時に事を荒立てないことが良しとされた。
あるいは、裸の王様のごとく真実を指摘すると子ども扱いにしたり、その場あるいはその組織から摘まみだされたりした。それは社会全体が誠実さを大切にしながらも誠実さでは現実を生きてゆけない、とあたかも誠実さを時には忘れることが大人の社会では大切という誤解をしていた時代だから許された。
しかし、振る舞いも含めた組織の価値が重視されるようになり意識は変わりつつある。企業はコンプライアンスを重視し、組織活動そのものがドラッカーが指摘したように誠実さを求められる時代になった。
また、情報化時代になり、過去には躊躇された匿名の告発が容易になった。その結果、大人の対応を求めていたのでは組織の不誠実さを社会にさらけ出すことになり、企業価値を損ねるリスクが大きくなった。
燃費のごまかしや、品質データの改ざんでは、インターネットの世界に内部告発の情報が出るや否や経営者による謝罪の記者会見が迅速に開かれるようになった。そして1社だけでなく組織内にその疑いのある会社は競って謝罪会見を開くという、不謹慎かもしれないがやや滑稽な光景がTVに映し出された。
相撲協会は、隠ぺい工作をしていたことが社会に明らかにされていてもそれを無かったことのように解決をはかる大きなミスを犯した。さらに第三者機関が間の抜けた対応をした結果今日の事態に至っている。
レスリング協会にしても被害者は伊調選手であるにもかかわらず、その事情聴取も行わないで、告発されるや否やそのような事実は無い、と否定するミスをした。パワハラなどの問題では、従来の対応では誠実さを欠くので誤解を招くことを知るべきである。
誠実さが無ければ解決できないセクハラやパワハラなどの撲滅が社会で真剣に取り組まれている時代である。組織で何か問題が起きたときに、昔の様な対応をしていたのでは、社会から組織そのものが罰せられる。
カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子
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ロール混練を行っていると、あたかも高分子の混練の進行が目に見えるような錯覚に陥る。オープンロールはその名の通り、丸裸の状態でゴムを混練しているのだが、微妙なしわの入り方や表面の光沢感でそのような錯覚を起こすのだ。
この錯覚が生々しく脳裏に残っている状態で、リアクティブブレンドによるポリウレタン発泡体の開発を担当できたのは幸運だった。すなわち高分子を混ぜるという高分子のプロセシング技術で重要な経験知を整理することができた。
経験知は、乱雑に身に着けていても「思いつき」という形で役立つかもしれないが、形式知と経験知とを関係づけ、さらに形式知で明らかにされていないところをモザイクの消去を行うような感覚で経験知で埋める作業を行うと、見えていないところが見えてくるから不思議だ。
とかく見えないところをリベールする作業は怪しい作業に見られがちだが、このような自然現象のリベールは、十分な好奇心を満たしても他人に後ろ指をさされることはない。ただ、その結果を形式知のように話してしまうと軽蔑される。
高純度SiCの前駆体合成をリアクティブブレンドで行うアイデアは、単なる思いつきではなく、フローリーハギンズ理論で相溶が否定される材料を安定に相溶させる手段がそれしかないこと、と頭の中に整理されていた結果生まれているが、最初に研究所の先輩社員にアイデアを話したらバカにされた。
高純度SiCの前駆体合成技術は、高純度SiCの新生産プロセスを開発できただけでなく、カオス混合でどのような結果が得られるのかを検証した成果でもある。この成功で高分子を相溶させるには、フローリーハギンズの理論よりも、高分子を「混ぜて」(ΔSの変化)「安定化」(ΔGの減少)させるイメージが重要であることに気がついた。
このイメージを実践し成功したのが、光学用ポリオレフィン樹脂にポリスチレンを相溶させた実験である。この実験では、錠と鍵の関係(ΔSの偶然による制御とΔGの減少)にあるようなイメージを持ってバンバリーで高剪断をかけながら混錬したところ、アペルと新たに合成したPSとが相溶し、透明になった。
これは高剪断と分子の一次構造の組み合わせ効果で相溶に至った事例である。この成功で高分子を相溶させる方法がリアクティブブレンドだけでなくプロセスを工夫すれば可能であることが見えてきた。そしてカオス混合における伸長流動は高分子の引き伸ばしにより相溶を促進するかもしれない、という妄想を持つに至った。
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ロール混練ほど不思議な混練装置は無いだろう。二本のロールが回っているだけで混練が進行してゆく。ロールの表面はつるつるであり、ロールの回転速度差とロール間隙により、混練で必要な剪断流動と伸長流動が制御されている。
もし二軸混練で不満があれば一度ロール混練で材料を処理してみることをお勧めする。55%もパルプを含有した樹脂パルプ複合材料を開発した時には、ロール混練でPS並みの射出成型性を有した材料を開発している。
ロール混練は生産性は悪いが、二軸混練機などの連続式混練機では得られない混練レベルのコンパウンドを製造可能である。ゆえに指導社員はカオス混合の発明は混練の世界に革新をもたらす、と説明されたのだった。
指導社員は、ロール混練について形式知の観点から指導してくださったが、技能指導をしてくださった年配の方は経験知をいろいろと教えてくださった。二人の指導内容を比較すると科学の知識が無ければ技術が出来上がらない、という考え方が誤解であることに気がつく。
科学的ではない思考方法でも技術が創りだされ、技術によって生み出された人工物に含まれる知識は科学がもたらした物である、というのは科学の時代の俗説というファーガソンの言葉を理解できる。
当方の発明したカオス混合装置はロール混練の機能をそのまま実現しただけの非科学的装置だが、中間転写ベルトの開発や樹脂の難燃化技術などで十分な成果を生み出した。
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結晶が焼き固められたセラミックスでは、結晶構造でその機能性が決まり、結晶のサイズや欠陥で力学物性が支配されている。結晶の機能性に着目し、強相関物質と呼ばれたりしている。
しかし、高分子の構造と物性との相関はセラミックスほど強くはない。ただし、経験知として整理してみると、セラミックス同様にその構造と物性との間には相関がみられ、このことから高分子を強相関ソフトマテリアルと呼ぶ研究者もいる。
この材料の構造と物性との相関が形式知として整理されると材料設計が容易になる。しかし、高分子材料技術はまだそのレベルに到達していない。ゆえに、この分野の有力なソフトウェアーであるOCTAで材料設計ができるわけではない。
ところがOCTAが無用の長物であるかというと、そうではない。現在の段階では使いこなすのにそれなりの知恵が必要である。
これが分かってくると日常OCTAをつかいたいシーンも登場する。すなわちOCATであたりを決めて材料設計する、ということがもうすでに一部の分野で可能になった。
OCTAを使ってみてわかったことがある。しかし、ここでは書かない。時折当方のセミナーで気が向いたときにその成果をお話しすることがある。
気が向かなければこんなこともできます程度の話で終わるが、無料のOCTAが普及するには少々高い敷居を越える根性が要求される。
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高分子材料技術に関し門外漢が勉強しようとしたときにまず困るのは適当な教科書が無いことだ。絵解きの初心者用の書物も存在するが、それを読んでもすぐに実務では役立たないだろう。
実は最近絵解きの初心者用モータ技術に関する本を購入したのだが、これがたいへんわかりやすかった。そして読んだ後、すぐに新しいアイデアが浮かんだ。残念ながら思いつきのアイデアに関して最近類似の特許が提出されていた。
残念な結果ではあったが、このきっかけで、分かりやすい本とは、と考えるととともに、なぜ高分子材料にこのような本が無いのかと考えてみた。
同じ材料に関しても、金属やセラミックスに関しては材料からそのプロセシングに至るまでの初心者用の適当な書物があるのに、なぜ高分子材料に関しては普遍的と呼んでもよいような初心者用教科書が存在しないのか。
一つの原因として、日常接している高分子材料でできた製品の特長について一応の理解をするために、形式知だけで説明できないことが考えられる。
金属やセラミックスについては、形式知だけで何とか分かったような感覚になる説明が可能だが、高分子では例外事項が出てきて説明する側も苦労する。原因は、高分子の一次構造がそのまま製品物性に現れている事例が少なく、高次構造を持ち出さないと説明しにくいからと思われる。
その高次構造について形式知がどのような状況かというと、最近は階層化構造という認識が一般的であるが、研究者により微妙にその階層化構造のイメージが異なっている。困ったことに階層化構造の形式知が固まっていないのにメソフェーズの研究が盛んに行われていることだ(階層が分かりにくいのでメソフェーズ構造の研究がなされている、が正しい認識かもしれないがーーー)。
すなわち高次構造認識は、まだ確定した形式知が存在しないために、高分子研究者それぞれの思いの認識で研究が進められている状態と言ってもよいかもしれない。
セラミックスでも40年ほど前は研究者により材料認識が異なっていた時代があった。すなわち結晶を研究している研究者の認識と古典的に混ぜ合わさった焼き物を研究している研究者とは、大きく異なっていた。
焼き物の研究者の説明を聞いても門外漢にはさっぱり理解できなかったが、結晶の研究者の話は論理的でわかりやすかった。セラミックスフィーバーはこのような状況を一変した。そのフィーバーのさなか、古典的な焼結理論に関する激論があった。
自由エネルギーをもとに展開された新説を速度論と勘違いされている大御所の先生がおられた。思わず自分が無知であっても新説を素直に理解できたので自信がついた。やはり、科学では、まず論理的に現象を説明できなければいけない。論理的な説明であれば、偏見が無い限りその理解について勉強すればだれでも可能になる。
形式知の良いところはこのような点だが、高分子材料の形式知に関しては一次構造以外についてうまく整理されていないように思われる。だから、高分子材料に関してもセラミックスで展開されたような激論がなされるべきかもしれない。力学物性については、かなり情報がそろってきたように思われる。
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当時の研究所は、8階建ての大きなビルの6階以上が職場となっていた。5階以下はタイヤ開発部隊が使用しており、夜7時過ぎは6階以上の電気が消え、5階以下は朝まで電気がついていた。
研究所に配属されたのは二人だったが、同期から雲の上の人だから早く帰れてよいなと、嫌味とも思われるようなことを言われたりしたが、今の時代だったらこのような言い方はしないだろう。
ゴム会社には、タイヤ事業の研究開発部隊と非タイヤ事業の研究開発部隊、それと基礎研究部隊の3組織があり、基礎研究部隊は、アカデミアよりも恵まれた研究環境でその風土はまるで大学の研究室のようだった。
おそらく当時の高分子関係の企業に設置された基礎研究部門の中ではトップクラスの人材が集まっていたのではないだろうか。この研究部門から東京大学をはじめとしてアカデミアの研究者になられる方もいた。
半年間の新入社員研修で2ケ月間タイヤ設計部で構造設計開発の研修を体験したが、およそその職場の風土と基礎研究部門の風土とは異なっていた。
一番びっくりしたのは、当方のロール混練の手際の悪さを見て、例えば、「フローリー・ハギンズ理論を説明してみろ」と聞いてくる先輩社員が職場にいたことだ。大学で使用された当時の高分子の教科書には、言葉が載っていただけなので、論文でも読んでいなければ答えられないこのような質問をして得意になっていたのだろう。
そして、およそ企業と思えないような会話が始まるのである。知識を増やすには良い職場であったが、当方はむしろロール混練の実技を指導していただいたほうが嬉しかった。ちなみに、バンバリーやロールの扱いは指導社員から習ってはいたが、ナイフの返しのコツなどは一度聞いただけではうまくできない。
また、実験室でロール混練をしている人たちの手元を見ても、様々な流儀が存在した。幸いなことに、事故をおこすといけないので、と小生の指導を指導社員に申し出られた年配の方がいて、その方から混練の現場ノウハウをいろいろ教えていただいた。
指導社員も丁寧に混練について教えてくださったが、実技の細かい点になるとやりやすいように、と言われるだけだったのでこの方の指導はうれしかった。そもそも、やりやすい形にはやくたどり着くためには、それなりのコツがあった。
例えばナイフ作業の回数については、慣れないうちはマッチ棒で数える、とか、添加剤を添加するときにあらかじめ添加回数が少なくなるように添加剤を組み合わせて混ぜておくとか、経験知といえる内容である。
また指導社員による午前中の座学における小生の居眠りが噂になっていたようで、指導社員には叱られなかったが、この年配の方から「たるんだ新入社員と言われないように」と注意を受けた。たった3ケ月で一年間のゴールを達成したのだが、このような周囲の温かい指導もそのバカ力の源泉となっている。そしてカオス混合のアイデアも現場の雑談で少しずつ具体化されていった。
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樹脂補強ゴムの開発は、一年間の計画が立てられていた新入社員テーマだった。一方で、大衆車のエンジンマウント用に高性能かつコストダウン(CD)配合の防振ゴム開発が緊急課題として生産現場から研究所に求められていた。
この緊急性について同期が製造技術部門に配属されていたので知ることができた。生産現場からすぐに欲しいとの要望が出されていたが、研究所では基盤技術研究テーマとして樹脂補強ゴムを位置づけていたため、当方以外の戦力はあてられていなかった。
また、このテーマは、ニーズとは無関係で指導社員のアイデアとして企画され、半年間指導社員が一人で推進してきた。ゆえに一応当方がニーズに合わせた補強要員という役割だった。
ドラッカーの働く意味は、貢献と自己実現であり、当方が担当していた樹脂補強ゴムの成果でニーズに合わせてすぐにアウトプットを出すことは十分な社業への貢献に思われた。また、カオス混合装置について研究することは混練技術に興味を持ち始めた段階では、ゴム技術者を目指す自己実現手段として意味があった。
さらに新入社員である一年間は残業代が支給されない規則だったので、残業を死ぬほどやっても会社に迷惑をかけるわけではなかった。健康には自信があったので、仮に死ぬほど残業をしても死なないだろうと楽観的に考えたため、寝ている以外は仕事という毎日になった。
今の国会で議論されている働き方改革とは程遠い考え方ではあったが、働いていると何故か不思議な幸福感があった。指導社員から、計画が遅れない限り好きなように仕事を進めてよい、とあたかも裁量労働のように言われていたからである。
ただし、計画に遅れない、とは、新入社員発表会において発表できる程度の成果が出ておればよい、という意味だった。ありがたいことに指導社員は残業を全くしない定時退社の習慣だった。
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