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2017.05/15 科学は技術開発の道具(8)

科学のプロセスで技術開発を進めると否定証明に陥る問題をすでに述べた。写真会社に転職してびっくりしたのは、ゴム会社で読んだ否定証明と同様の論理展開で書かれた報告書をみつけたことだ。

 

以前この欄で書いたように酸化スズゾルを帯電防止層に用いた技術は昭和35年に特許登録されている。特公昭35-6616という特許がそれである。当時はパーコレーションの科学についてまだ知られていないときだった。

 

だからこの技術は試行錯誤の結果かあるいは偶然の幸運により生み出された技術だと思っている。また発明者がノウハウとして隠したためと想像しているが、導電性を制御するための重要なプロセス因子について実施例に書かれておらず、当方が実験を行い(注)その再現性を確認する時にも大変だった。

 

すなわちこの特許に書かれた情報だけで帯電防止層を製造しようとすると、実験者の運がよければ導電性のある帯電防止層が得られるが、運が悪ければ絶縁性の薄膜しか得られない。ゆえに科学に忠実な実験者が運の無い人であれば、その結果の考察は否定証明となる。

 

しかし、先人の技術者を信じて自分の出した実験結果とこの特許の実施例について注意深く思考実験を進めるような謙虚な科学を身に着けた技術者ならば、特許に書かれている内容に隠された因子が見えてくる。ただし、先人への敬意もなくこの特許の実施例を信じないならば、その再現性を得ることが難しくなる。

 

このようなケースでは「科学を道具として使うとうまく開発を進めることができる」。(明日に続く)

 

(注)市販の酸化スズゾルを用いて実施例に準拠し最初に実験を行ったときにやはり導電性が出なかった。そこで実施例に忠実に従い、素材である酸化スズゾルの合成から実験を行った。実施例には酸化スズゾルの合成法が簡単に書かれていた。当時金属塩化物を加水分解するプロセスは公知だった。また、ろ過技術が無かったために酸化スズゾルの洗浄にはデカンテーションを繰り返さなければならなかった。しかしその洗浄回数について記載されておらず、洗浄後中性になるまで繰り返す、とあった。おそらくこの時代にはpH試験紙で確認していたと思われるのでpH試験紙とpH計の両方で確認しながら実験を行った。洗浄回数12回程度でpH試験紙で中性を確認できるがpHは7よりも少し低かった。14回洗浄したところでpHは7に限り近くなった。洗浄回数の差は微量の塩素を残すのかどうかという選択に関係すると思われた。昭和35年の特許には得られた薄膜の導電性が湿度依存性を示さない、と書かれていたので14回の洗浄回数という条件を採用した。後日この洗浄回数の因子は他の意味があったことと洗浄時の攪拌方法にもノウハウがあったことなどわかってくるのだが、とにかく先人の技術者が発見した機能を当方も取り出す努力を惜しまず実施した。STAP細胞で否定証明を展開した理研の科学者ならばやらないであろうと思われる泥臭い作業だった。優秀な研究者が自殺してまでSTAP現象の存在を訴えていたのだから、同僚はもう少し誠実真摯に研究をおこなうべきだったろう。学位のお粗末な扱いをした早稲田大学も含め「科学とは何か」を社会に示した事件である。

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2017.05/14 科学は技術開発の道具(7)

高純度SiCを合成するための前駆体として1980年には、ポリエチルシリケートとカーボンを組み合わせる方法と高純度シリカと高純度フェノール樹脂を組み合わせる方法がすでに知られていた。

 

しかし、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂を組み合わせた技術について特許出願は皆無であった。これはいまでも高分子科学のポリマーアロイを研究するときに用いられているフローリーハギンズの理論から均一な混合物を得ることが困難と推定される組み合わせだからである。

 

科学のプロセスでこの組み合わせがナンセンスなアイデアであることを否定証明することは易しい。実際にポリエチルシリケートとフェノール樹脂を混合すればすぐに証明したい現象が目の前に現れるからである。すなわちどのようなミキサーを用いても混合状態では白濁し、混合をやめればすぐに二相に分離する。

 

この実験結果から、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂の組み合わせを高純度SiCの前駆体に用いるアイデアはたちどころに否定される。さらにこの現象とフローリーハギンズ理論があれば簡単に否定証明を展開できる。

 

繰り返しになるが、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂の組み合わせは新規性があり原料の高純度化が容易な進歩性もある。しかし、フローリーハギンズ理論のχパラメーターが正で大きいのでこの組み合わせを用いた混合物は混合プロセスで分離し、シリカ成分となる高分子と炭素成分となる高分子とが均一になった前駆体を得ることができない。ゆえに高純度SiCの前駆体としてこの組み合わせを用いることはナンセンスである、と考えたとする。

 

ここで仮説「ポリエチルシリケートとフェノール樹脂を混合プロセスで均一なポリマーアロイにすることができない」と立案し、実験を行い相分離状態となることを示せば、これが仮説を指示する証拠となり、否定証明を展開するための道具立てが揃う。

 

ところがこの組み合わせにおいてリアクティブブレンドという当時よく知られていた技術を用いれば分子レベルで両者が均一に混じり合った前駆体ができてしまう。

 

このあたりについてはこの欄で過去に紹介しているので詳細を省略するが、リアクティブブレンドで均一に混合され透明な前駆体ができたときに、先の否定証明は簡単にひっくり返り、「フローリーハギンズ理論が存在しても混合プロセスを工夫すれば2種類の高分子を均一にできる技術が存在するかもしれない」という希望が出てくる。

 

フローリーハギンズ理論が科学的に正しくても、「均一に混合でき」そして「その状態を保持することができる技術」さえあれば、科学的に考えて創り出すことができない二成分の高分子の均一混合体ができることが、高純度SiCの前駆体技術で示されたのだ。

 

高純度SiCの前駆体技術では、低粘度の高分子をコロイド分散機で均一に混合することができた。この部分をカオス混合装置を用いれば高粘度高分子でも均一に混合することが可能となる。

 

問題は、その状態を保持する技術とし高純度SiC前駆体技術ではリアクティブブレンドを用いているが、これを相互に反応しない高分子の組み合わせで実現する方法である。

 

この方法は1970年代にアモルファス金属の発明で考え出された技術、「急冷法」をそのまま用いればよく、2種類の高分子のTgよりも低い状態へ一気に遷移させれば目標を達成できる。

 

すなわち、試行錯誤で装置を作ってみてカオス混合装置ができたかどうかは、その装置で混練したポリマーブレンドをTg以下まで急冷したときに透明になっているかどうか確認すれば良いというアイデアが30年前生まれた。ただ、試行錯誤で装置を作るには高額な資金が必要になるので装置についてもう少し具体化しなければならなかった。

 

30年間頭の片隅でこのアイデアを熟成しながらそのチャンスが来るのを期待していたら、写真会社とカメラ会社の統合があり豊川へ単身赴任したところ、科学で技術を考えていたために絶対に成功する見込みのない外部のコンパウンダーから成功するかもしれない技術提案に対して「素人はダマットレ」と一渇される幸運が訪れた。

 

唯一の命綱が切れた状態のテーマ(半年後には製品化が迫っていた)を周囲に支えていただくために新たな命綱として幻のカオス混合技術を企画として提案したのである。幻ではあったがそれを実現するための技術アイデアのすべては30年間に熟成され具体化されていた。豊川にいた旧カメラメーカーの研究開発部隊がゴム会社のタイヤ開発部隊とよく似た風土だったことが幸運だった。

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2017.05/13 科学は技術開発の道具(6)

カオス混合について新入社員時代にその概念を教えられた。そのとき究極の混練であればいかなる高分子の組み合わせでも相溶状態となるかもしれない、と聞かされた。ただしこれはフローリーハギンズの理論に反する想像だ。

 

そもそも混練をどこまで行えば完璧に混練できた、あるいは混練が完了した(注)といえるのか、これさえも混練時に高粘度の融体となる高分子では科学的研究を行うことさえ難しい。

 

一次構造が異なる二種の高分子をブレンドすると必ず相分離する。これは有名なフローリーハギンズ理論で説明される現象である。この理論ではχが正の高分子の組み合わせは相分離するとされている。χは自由エネルギーのようなものなので平衡状態では相分離状態が安定となるが、非平衡状態ではどうなるかわからない。

 

ただ、混練したときに分子レベルまで混ぜにくいことは科学的に予想される。その他起こりうる現象をいろいろ科学の世界で考えていると、カオス混合のシステムを考案できたとしてもそれを証明するのも難しいことが分かってくる(否定証明は適当な実験を行えば簡単にできる)。

 

ここまで考えると、まずχが十分に大きいブレンドシステムで分子レベルで均一にでき、そうしてできあがった混合物を相分離しないように取り出す方法が一つの問題として頭に浮かぶ。考えられる方法として二種の高分子を反応させて取り出す方法や相溶したところでTg以下に急冷し分子運動を凍結したまま取り出す方法などが心眼で見えてくる(昨日までのこの欄を全部読んでいただきたい)。

 

(注)光学用ポリオレフィン樹脂を使用してこの問題について考えたことがある。ご興味のある方は問い合わせていただきたい。

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2017.05/12 科学は技術開発の道具(5)

カオス混合装置は、30年間「思考実験」と「現実の実験」を繰り返した結果生まれた成果である。完成品は単純なシステムだが、そこに至るまで、その機能について機会あるたびに現実に実験を行い確認している(注1)。

 

高純度SiCの前駆体であるポリエチルシリケートとフェノール樹脂の相溶した組成物や、ポリオレフィン樹脂へポリスチレンを相溶させた組成物、PPSと6ナイロンの相溶した組成物などフローリーハギンズ理論をご存知の方からはありえないことと馬鹿にされた材料を実用化し、「混ぜる技術の重要性とプロセスで起きるポリマーの相互作用」について「科学の目では確認できない機能」を「技術で利用できる現象」(注2)として体験した。

 

カオス混合についてはアカデミアで2000年頃に偏芯二重円筒モデルを使いシミュレーションが行われて、混練効率の高いシステムであることが確認されている。しかし、そのシミュレーションで用いられたモデルは実用化できないモデルだった。

 

ただ科学のプロセスで示されたその詳細な流動の様子は、設備のアイデアを練るための大きなヒントになった。まさに科学を道具として用いることができたのである。

 

科学の成果はヒントになったが、そこから実際の設備に仕上げるまでは、試行錯誤でいくつか金型を作り実験している。金型は高価なので自分で研削作業も行っている。このあたりは泥臭い肉体労働だが、金型を削りながらアイデアも鋭くなって行った。

 

(注1)絶えずアイデアを練っていたわけではない。ゴム会社や写真会社で担当した仕事の中で、チャンスがあれば知識を適用し、自然界から機能の取り出し方を探っていた。故田口玄一先生が言われていた基本機能(多くの機能の中でシステムの最も基本となる機能をこのように呼んでいる)もそうだが、そもそも技術者が自然界から新しい機能を取り出すためには、技術者が利用したい機能が作用している現象を見つけ、それを取り出して使える機能か確認し、さらに自然の中に戻してその機能が高いロバストで動作するかどうか確認しなければいけない。タグチメソッドの基本機能が難しく見えるのは、このような機能の取り出しから確認プロセスを故田口先生が示さなかったからだ。先生とは3年近く直接議論する機会があったが、基本機能をどうするかは技術者の責任と言われていただけだった。この理由で先生は科学者だった、と思っている。

(注2)発明とは、技術で利用できる現象Aをまず見つけることが大切である。そしてその現象の中から機能を取り出し、開発しようとしているシステムの中で動作を確認する。現象Aが新発見であれば基本特許を書ける。現象Aが科学で明らかであってもそこから取り出した機能を用いたシステムが新しければ発明となる。そして発明に新規性と進歩性があれば特許が書ける。新システムが基本特許になる場合もあるが、それよりも「驚くべきこと」すなわち非科学的な現象を見つけ採用したほうが強力な特許を書くことができる。新しい発明をするために発明に必要な事柄を調査から始めて行うと思っている人は多いが、技術者は創り上げるシステムを考えながら機能の動作を思考実験を繰り返し発明に仕上げたりする。さらに、日々システムに活用できる新しい機能がないか、その機能が具体化されてなくても自然現象の中から探そうとする。興味深い現象が見つかったならそれを人工のシステムに置き換えて思考実験をしたりする。この作業では科学的であるかどうかなど必要はない。システムとして動作しているかどうかが重要である。最初はブラックボックスのシステムでも過去の経験と照らし合わせながら試行錯誤を繰り返し機能を探し出すことができる。ファーガソンはこの時心眼を働かせると言っている。日本ではKKDのKKが相当する。

 

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2017.05/11 科学者は専門に拘ってはいけない

AI技術者の相奮戦が起きているという。恐らくこれから各分野にAI技術はどんどん浸透してゆくだろう。そして今では無用の思考ツールとなったTRIZが考え出されたように、論理が命である科学の分野にもAIを導入しようとする動きがある。すなわち、科学で忠実に仕事を進める科学者はAIに仕事を奪われるかもしれない。正確な論理はコンピューターが得意とする技である。

 

ところで1970年代にコンピュータで有機合成プロセスを開発する試みがコーリーらにより提唱され、すでに多くの実績が出ている。これは、逆合成と呼ばれるコンセプトで実現された。すなわち目標となる複雑な化合物について、その一段階前の構造を考える。

 

これは化合物の解析ルールを決めればコンピュータでもできるようになる。その構造について、同一のルールでさらに一段階前の構造を考えてゆく、というようにどんどん繰り返し、目標化合物を合成するために必要な原料までさかのぼる。

 

このようにして示されたプロセスを原料から逆にたどれば目標化合物の合成ルートとなる。合成ルートに出てくる反応条件をデータベースとして用意しておけば、必要となる化合物を合成するための処方をコンピュータに作らせることができる。

 

この研究が発表され話題になっていた時に、有機合成第一講座で卒業研究をやっていた。この逆合成という考え方はAIのプログラミング技術にも使われている逆向きの推論そのものであり、前向きの推論で考えてきた研究者にとって衝撃的だったが、小椋佳作曲のシクラメンの香りが布施明の歌としてヒットしたのもフォークソングがJ-POPに変遷する過程として衝撃的だった。そこで卒業研究の目標化合物をシクラメンの香りとした。

 

合成ルートについてコーリーの逆合成手法で容易に計画をたてることができた。研究成果は指導してくださった先生の成果と一緒にアメリカ化学会誌に掲載された。有機合成について専門家として仕事ができるくらいに大学で学びながら、大学院では科学として未熟だったセラミックスの講座へ進学し、そして今積極的に取り組んでいるのは科学では解明しにくい混練技術である。

 

このような科学で扱いにくい対象でも、多数の専門の経験を動員して思考実験を行うと不思議なことに複雑な現象が見えてくる。恐らく各専門分野ごとに科学で確定していない現象については、そのとらえ方が異なるためだろうと推測している(補足)。

 

さて、40年間研究開発に携わり高純度SiCの合成に関する研究を中心にした有機から無機に至るプロセシング研究で学位を取得しているが、金属材料から有機物まで、物理蒸着から混練プロセスまでいろいろと取り組んでその勉強のためサラリーマン人生は忙しく過重労働の毎日だった。

 

これは転職も一因だが、過重労働にも耐え専門に拘らなかった理由の一つに学生時代にコーリーの研究で学んだコンピュータの脅威がある。コンピューターは科学の成果であると同時に科学のターミネータとなるかもしれない。

 

科学は論理こそ命である。だから科学的プロセスの業務はコンピューターにすべて置き換わる時代が来るかもしれない、といつも頭の隅で怯えていた。恐怖に打ち勝つため独学を続け、気が付いたら日曜プログラマーになっていた。

 

その結果、多数の専門を持ち、その境界を超えて考えることができればコンピューターに負けない、と悟った。多数の専門を持つことがコンピューターに対してどうして優位に立てるのか、興味のある方は問い合わせていただきたい。

 

(注)ヒントは過去の本欄で書いているコンピューターでは絶対に到達できない能力を獲得できる。弊社の問題解決法ではその能力の発揮の仕方を多数の専門を勉強することなく獲得できる方法を提供しています。

 

(補足)強相関ソフトマテリアルで紹介した固体物理(金属や電子セラミックス)は、科学としてほぼ完成の域に到達したが、高分子物理はそのシミュレーターOCTAを開発された土井先生のお話では、現在の固体物理のレベルに到達するまでにまだ20年かかるという。このOCTAを使ってみるとわかるが、コンピューターでありながら出てくる結果が使う人の影響を受ける、「使いこなしが必要なプログラム」である。これとAIとを結び付ければ完璧なOCTAになるのか、というとそうでもなさそうだ。非平衡という現象について統計力学が現在唯一の学問である限り、科学では解決できない世界だ。たとえばカオス混合のシミュレーションができたからといって生産設備がすぐにできたわけではない。当方が提案しているカオス混合装置はコンピューターのシミュレーションで使われたモデルではない。さらに面白いのは当方提案のカオス混合装置で起きている現象を既存のレオロジーシミュレーターでシミュレーション不可能なのだ。おそらくどんなに素晴らしいAIを動員してもこのカオス混合装置を考え出すことができないだろうと思っている。技術者は科学を道具として使い、AIではできないような仕事を目指さなければならない。カオス混合装置はそれができることを示している。

 

 

 

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2017.05/10 科学は技術開発の道具(4)

思考実験ではないが、思考実験というものがどのようであると豊かな着想が湧くのかというヒントとして「テルマエロマエ」という映画化もされたマンガがある。ストーリーは単純でローマ時代の浴場技術者が現代にワープし、近代的なお風呂やトイレなどを見て、それをローマ時代に再現するという話だ。

 

ばかげた話だが、現代の電子機器で管理されたお風呂やトイレに感動する阿部寛の表情が面白く、その後ローマ時代に戻りその時代の技術を駆使して現代と同じシステムを再現してどや顔するところは大笑いできるシーンである。

 

思考実験もこれとよく似たプロセスで始めることがある。最初は実現出来ないようなシステムで「開発したい機能」を確認する作業でスタートする。この段階では、あたかもテルマエロマエのように未来へワープしたかのような荒唐無稽のシステムで良い。

 

とにかく実用化したい機能について機能が動作する仮のシステムを思い浮かべることが大切である。この段階は科学者に話すと、あるいは科学を唯一の技術開発プロセスと思っている人に話すと馬鹿にされるから言わない方が良い。せいぜい何も知らない女房に話す程度にとどめておく。

 

ただ、この「人に話してみる」という作業は空想を具体化できるので大切なプロセスである。ばかばかしい話を聞いてくれる人がいない場合には、白い紙にマンガで良いから書いてみるのも良い方法である。

 

20年ほど前に高靱性ゼラチンを開発したときには、ホワイトボードに荒唐無稽の絵を描いて部下に示した。そこに居合わせた5人は、否定証明を始めるものや、頭ごなしに馬鹿にするものなどそれぞれ異なる反応を示したが、その中にたった一人、この絵をあるべき姿として真剣に考えてくれた部下がいた。彼はその場をすぐに離れ、4時間後にはホワイトボードの絵に相当するラテックスを合成して持ってきた。

 

科学的ではないプロセスから生まれた高靱性ゼラチンは写真学会でゼラチン賞を受賞したが、そもそもこの技術はライバル企業のそれよりも簡便で優れていた。当方は担当者が特許回避に苦労していたので、気休めに当方の頭に浮かんだマンガを書いてみただけである。

 

ただ、できあがった技術については三重大学川口先生と共同研究を行い、何がどのように機能したのかを科学的に解明している。世界初のゾルをミセルに用いたラテックス重合技術が誕生した裏話である。

 

ちなみに、当方がホワイトボードに書いた漫画は、特殊ではない。「そんなことは誰でも考えている。しかし、科学的にナンセンスな現象だ」と、否定証明をした部下は話していた。

 

その一方で、当方の漫画を受け入れた部下は、「実験に失敗した材料の状態がそれに近いかもしれない」と考えたという。そして、「科学的に考察して実験を失敗と判断した」という。

 

岡目八目という言葉が昔からあるが、科学的プロセスで考えていると科学という条件で否定されてアイデアに行き詰まってしまうが、「科学」という枠をとっぱらって考えると、あたかも未来へワープしたように荒唐無稽も含めていろいろと多数のイメージを描くことができる。

 

それらのイメージを目標に手持ちの技術で創り上げてゆくプロセスは、まさにテルマエロマエの物語のようでもある。ゾルをミセルに用いたラテックス合成技術は、科学的に考えていたら、すなわち仮説を設定して実験をしていたら、絶対に思いつかなかった技術である。

 

しかし、できあがった技術は科学的に解析され、ゼラチンをこのラテックスと混合しても、なぜ安定だったかも解明された。解析や分析に科学的プロセスはふさわしいが、モノづくりには弊社の提供する問題解決法が便利である。

 

ゴム会社で事業として現在も継続されている高純度SiCの基盤である前駆体技術や、電気粘性流体の実用化のために提供した多数の技術、酸化スズゾルを用いた帯電防止層、高靭性ゼラチン、Tg以上でアニールするPENのまき癖防止技術、カオス混合技術、PPSと6ナイロンを相溶した中間転写ベルト、廃PET樹脂を用いた環境対応射出成形体など多くの技術でこの問題解決法を用いてきた。

 

一方でポリウレタンの難燃化技術は、上司から「趣味で仕事をやるな」と叱られたために科学的プロセスで忠実に実行した成果であるが、技術が生まれるまでに半年から一年程度時間がかかっている。実はこの開発を行いながら弊社の問題解決法を考えていた。タグチメソッドと似ている、相関係数を用いた実験計画法を考案したのもこの時である。

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2017.05/09 科学は技術開発の道具(3)

廃PETボトルを用いた環境対応樹脂は、強相関ソフトマテリアルという概念を用いて材料設計している。この概念はゴム会社の研究員も経験された元東大教授N先生方が中心に提唱されたコンセプトだ。

 

アカデミアの中にはこのコンセプトについて批判的な先生もいらっしゃる少し科学的というには危ないきわもの的コンセプトである。また、20年近く前に作られた説明資料の図も科学の視点からご都合主義と言ってしまえばそれまでだが、技術者から見ると大変にわかりやすい説明になっていた。

 

ポリマーブレンドされたコンパウンドから強相関する各成分を本当に回収できるかどうかはともかく、ポリマーブレンドの設計にそれぞれの機能性成分を添加して材料設計を行う考え方は、無機材料ではうまくできても高分子ではうまくいかないことも多いが、うまくいったときには痛快である。

 

PETはよく知られているように射出成形で良好な成形体を得ることが難しい高分子である。ゆえに押出成形によるフィルムや繊維あるいはブロー成形によるボトルといった応用が主でPETの射出成形体をほとんど見かけない。当方は大学の研究室以外では見たことがない。

 

ゆえに廃PETボトルを電子写真の精密部品に使用できるようにするためには良好な射出成形体が得られるように変性しなければいけないが、その変性方法は他のブレンドする成分と二軸混練機で混練する時に1プロセスで実現出来なければコストが高くなってポリ乳酸コンパウンドと競合する。

 

コスト目標は300円/kg(注)とし、強相関ソフトマテリアルのコンセプトで思考実験を行った。その結果、射出成形性以外に難燃性や靱性向上、弾性率向上などの因子と相関する成分を20wt%程度含有し80wt%が廃PETで精密な射出成形が可能なコンパウンドを実用化することができた。この詳細についてご興味のある方は問い合わせていただきたい。

 

(注)使用済みPETボトルはリサイクル業者へ40円/kg前後で売り渡されている。それが洗浄されて70-80円/kgとなる。バージンPETが130円/kg前後で取引されている現状を考慮しても環境樹脂というプレミアがついているので安価な材料という位置づけになる。またこの価格であれば十分にコスト目標を達成できる。ちなみに環境対応樹脂として当時定番だったポリ乳酸は450円/kgを超えていた。ゆえにリサイクルPETを主成分とした環境対応射出成型用樹脂は、環境対応樹脂というコストの視点からみると大変魅力的な技術となるが、科学的にはPETの性質を考慮すると大変難しい企画である。まともな科学的プロセスでは開発が難しい技術だが3ケ月程度で最初の試作品ができた。少し手直し後開発を開始して半年程で製品に搭載された。昔ながらの技術的プロセスでは科学を道具として用いると著しく効率があがる。PETの結晶化がどのように制御され射出成型性が出たのか、靭性がどのような機構で改善されたのかなど科学的データは何もない。しかし完成したコンパウンドは、PET以外の各成分が期待された機能を発揮してくれたので目標スペックを満たしていた。これは手品ではない。非科学的ではあるが伝承可能な技術的プロセスである。ご興味のある方は問い合わせていただきたい。

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2017.05/08 科学は技術開発の道具(2)

コロンボとホームズの共通点は事件現場も含めた「観察」を重視している点である。しかし観察した後の行動が異なっている。ホームズは仮説を立て、その仮説が正しいかどうかワトソンと一緒に確認する。ところがコロンボは「どうすると」その観察結果となるのか試行錯誤を進める。

 

すなわちコロンボの行動は、試行錯誤を繰り返してモノ創りを進めてきた技術者の行動と似ている。技術者は自然界の現象から機能を取り出すときに自然界でどのように機能が働いているのか、自然界で起きている現象を再現できるように、試行錯誤でモノを作ってみてうまく機能する形や構造を探す。

 

ニュートンもコロンボと似ていた。彼は、リンゴが木から落ちるのになぜ月は地球へ落ちてこないのかと思考実験を繰り返し、すなわち「どうすると」月は地球に落ちずにそのままになっているのか、力の釣り合いについて試行錯誤を行いながら万有引力の法則を発見している。

 

マッハはこのュートンの思考実験を非科学的と批判しているが、それは科学の立場からの見方であって、ニュートンを技術者とみなせば、昔から技術者が行っていたプロセスを彼は踏襲していたにすぎない。

 

手前みそになるが、退職直前の仕事ではニュートンの思考実験を有効に使いカオス混合装置や廃PETボトルを用いた環境対応樹脂を実用化している。思考実験の優れたところはどこでもいつでも迅速に実行できることだ。さらにそれらを繰り返しても費用が発生しない。弊社ではこの効果的方法を提供しています。ご相談ください。

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2017.05/07 科学は技術開発の道具(1)

科学と技術は車の両輪である、とは1970年代にとある経営者が学会の講演で言われた言葉である。当方はベクトルとしての例えならばこれでもよいが、そもそも科学は技術開発の道具にすぎない、と思っている。

 

科学が生まれる前から技術は存在していた。いつの時代に技術が生まれたか知らないが、少なくともマッハ力学史では技術は遠い昔から存在していたことになっている。そして科学が誕生する直前にニュートン力学が生まれた、と書かれている。

 

すなわちニュートン力学は科学の成果ではなく技術の成果であり、その象徴がリンゴの落下現象である。マッハ力学史ではニュートン力学の誕生過程を非科学的である、と言っている。非科学的成果であっても科学の時代に通用する成果が生まれているのだ。

 

科学はそもそも哲学の一種であって、論理学の誕生により生まれている。またこの論理学の成果が無ければ、現代の科学の研究など発展しなかった。驚くべきことに論理学の誕生から1世紀も経たないうちに探偵小説が生まれている。すなわち論理学という学問が恐るべきスピードで大衆化しているのだ。

 

特にホームズ探偵は巧みに科学のプロセスを駆使して事件解決を行っている。面白いのは科学が成熟しつつあるときに刑事コロンボが生まれている。コロンボ刑事はどちらかと言えば非科学的で技術開発の手本にできそうな方法で事件解決を行っている。

 

もしコロンボとホームズが事件の解決を競ったならばコロンボが勝つと思っている。なぜならコロンボは上手に科学を道具として利用しているからだ。すなわち科学は彼にとって道具にすぎず、ドラマにはそれがわかるシーンが幾つか見られる。

 

 

 

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2017.05/06 科学の問題(10)

電気粘性流体の増粘問題を事例に、科学の研究プロセスで「モノ造り」をしたときの問題を指摘した。最近はものづくり論とプロセス産業論の議論が盛んに行われるようになってきたが、抽象的な議論が多い。

 

具体的な問題をとりあげづらいのだろう。しかし、裸の王様をそのままにしておくことが本当に良いことなのだろうか。またその事実を指摘するのは子供にしか許されないことなのだろうか。成長する正しい社会のあり方は、大人でも裸の状態を王様に申し上げることが可能な懐の深い「世間」だと思う。

 

科学の研究プロセスにおける問題の一つとして、仮説設定によるモデル化の過程で排除される現象の処理方法がある。これはやや婉曲な表現であるが、わかりやすく言えば、科学ではいつでも解ける問題を設定して解いているに過ぎない、ということである。

 

子供のころ読んだ科学雑誌に、「科学というものは複雑な自然界の絡み合った糸を紐解き一つの真理として明らかにすることである」という言葉が書かれていた。素直に感動したこの言葉だが、自然界から人類に役立つ機能を長年取り出してきた立場からすれば、絡み合った紐のままロバストの高い技術を創りださなければいけない苦労を科学者は理解してほしい、と言いたい。

 

高純度SiCの新合成技術を初めて学会で発表したときの屈辱感は今も忘れられない出来事だった。フェノール樹脂とエチルシリケートから合成された均一前駆体を炭化しその炭化物からSiC化の反応を行った熱分解カーブから反応速度を均一素反応として取り扱うことが可能と結論したら、前駆体の均一性が証明されていないのに、なぜそれが言えるのか、という質問が飛び出した。

 

覚悟していた質問だったので、フェノール樹脂とポリエチルシリケートを酸触媒存在下で混合すると透明な前駆体が得られ、それで均一と判断した、と答えたら、フローリーハギンズ理論をご存知か、となった。すなわちフェノール樹脂とポリエチルシリケートは均一に混ざらない組み合わせだからその結果はおかしい、と指摘されたのである。

 

透明な前駆体が得られたので均一と仮定し、まず今回の発表に至った、と当方も若かったのでまともに受けて答えてしまった。そのあとは偉い先生から発表そのものがおかしいようなコメントをされて時間切れとなった。このできごと以来高純度SiCについては招待講演以外で講演することをやめた。

 

技術発表ができないような学会では技術者の参加は増えない。ちなみにこの技術は30年近く事業として続いており、日本化学会技術賞も受賞している。(実はこの受賞についてもドラマがあり、機会があればそのドラマを公開したい。)

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