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2015.08/26 カオス混合

カオス混合は30年以上前に指導社員から教えていただいた混練技術である。彼の説明ではロール混練でそれが起きている、という。そしてその機構をバッチ式ではなく連続式で実現したら混練技術に革新をもたらす、と教えてくれた。そしてその実現が当方の宿題となった。
 
その後ポリウレタンやフェノール樹脂の難燃化というテーマからセラミックスへ仕事がかわり、カオス混合を考える機会が無くなった。しかし、カオスを混合したらどのようになるのだろうと、酒を飲みながら話のネタにはしていた。
 
以前紹介したが、退職前の単身赴任の時に偶然その技術開発を行うことになった。人生とは面白いもので、思い続けているとそれがかなうことがある。カオス混合はいつかやってみたいと思い続けてきた技術の一つだ。
 
思い続けてきたが、ストーカーのように追い続けてきたわけではない。学会で関係する発表があれば、それを聴いてみる、という程度である。印象に残っているのは、日本化学会で発表のあったラテックス粒子の自己組織化現象である。
 
ラテックスが一層流れる程度の薄いスリットの中にラテックスを流すと規則正しく粒子がならぶという報告である。溶融した高分子の粘性流体をそのような細いスリットに流すことは不可能だが、ロール混練の条件に合わせたスリットへ急速に流したらどうなるか、というアイデアが生まれた。
 
アイデアが生まれたがそれを実施するまで10年近く月日が流れた。運良くカオス混合を開発できるテーマが目の前に現れた。そして、単身赴任した開発現場には、それをモデル的に確認できる環境が整っていた。
 
カオス状態とは混沌としたものだが、問題がうまく解決されるときというのは、不思議なことにとんとん拍子に進む。人生全体はカオスのようなものかもしれないが、その一瞬一瞬というのは、努力の積み重ねた結果が現れるのではないか、と思うようになった。
 
だから苦労しているときには、なおいっそう真摯に努力に励まなければいけないのだろう。長期的視野では、努力は必ず報われると信じたくなる、そんな人生である。
    

カテゴリー : 一般 高分子

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2015.08/25 混練の知性(3)

どのような高分子でも完璧なコンパウンドにできるように、混練技術を形式知として体系化するのは困難だろうと思う。だから、実践知と暗黙知、そしてわずかな形式知の知性の境界を越えた体系化が必要になってくる。
 
混練技術者とはそれができた人を言う。おそらく30年以上前に当方を指導してくださった指導社員は、今でも通用する混練技術者だろう。彼の指導方法はあくまで実践知が中心に据えられていた。彼の形式知さえも本人は懐疑的に見ていた。
 
暗黙知を伝える方法も秀逸だった。二本のロールにゴムを巻き付け、それが混練されてゆく様子を30分眺めていた。そしてそこへ少量のカーボンを添加し、あっという間に真っ黒くなる現象を解説してくれた。言葉ではなく黒くなったゴムをロールから外し、実際に触れることでカーボンがゴムに分散された状態を教えてくれた。その説明に分散混合と分配混合は出てこなかった。
 
彼は職人ではない。ダッシュポットとバネのモデルから導いた常微分方程式を電卓で解き防振ゴムの材料設計を行う京都大大学院出身のレオロジストだった。面白いのはダッシュポットとバネを使ったレオロジーの形式知が将来は使われなくなるだろうと予測していたことだ。
 
また、研究用のサンプルを作成するときにも、小型のニーダーを使用するのではなく、現場のパイロットスケールのバンバリを使用した点である。マスターバッチを大量に製造できるので効率を考えてのことかと質問したら、ゴムはプロセスの履歴が物性に表れる、と実践知を教えてくれた。
 
そのほか彼から教えられた知識は多い。3ケ月間マンツーマンで指導され、ゴムの混練技術とその考え方は良く理解できたが、ゴム会社でその知性を活かす機会は二度と無かった。
 
しかし実践知や暗黙知は、水泳や自転車のように一度身につけると忘れない。形式知は忘れてしまう部分があるが、実践知は体で覚えている。たった3ケ月で身につけた知識(注)であるが、指導社員の熱意とともに自然と思い出す。10年前に単身赴任して、その時初めてバンバリーを操作したときも躊躇なく運転できた。
 
高分子科学は現在もアカデミアの努力で進歩している。特に高分子物理は地味ながら20年前よりも大きく進歩した。まずダッシュポットとバネのモデルでレオロジーを論じる研究者を見かけなくなったことだ。OCTAの登場で容易に高分子物理をコンピューターで学べる環境が整った。今教科書に書かれている混練の形式知はおそらく10年後は異なった内容になっている可能性が高いと思う。
 
(注)今ならばブラック企業という騒ぎになるような勤務状態だった。ほとんど毎日自主的な夜勤と休日出勤だったが、楽しかった。会社の管理も緩い時代だったので、実験を思う存分にできた。指導社員からはバネとダッシュポットのモデルから計算された粘弾性のグラフを渡されており、当方はひたすらそのグラフに合った材料を見いだすのが仕事だった。樹脂とエラストマーのポリマーブレンドがすべて計算通りの粘弾性特性になるわけではなかった。
50種類ぐらい検討を進めたところ、樹脂の結晶化度が影響していそうな傾向が見えてきた。さらにその傾向は2種類の群に分かれ、コポリマーが良さそうに思われた。試作サンプルが100を超えたところで多変量解析を行って整理をしてみた。昼間は指導社員の指導を受け、夜は自分の思うように仕事ができたサラリーマンで一番楽しかったときかもしれない。高純度SiCの事業化は今思い出すと楽しかった時代になるが、この防止ゴム開発の3ヶ月間は明確なゴールとチェックポイントが示され、あたかも宝探しのような楽しさが毎日の仕事にあった。材料開発では、形式知ですべて解決できるわけではなく、試行錯誤の作業が必要になる場合がある。凡才にとって、形式知で解決できないテーマは、実践知を磨くチャンスとなる。指導社員はシミュレーションは完成したが、具体的な材料が分かっているわけではない、と正直に教えてくださった。そしてシミュレーションがはずれた材料一つ一つについて、ダッシュポットとバネのモデルで解説してくださった。最初は本当に材料の配合が見つかるのか不安だったが、指導社員が必ずできる、と励ましてくださったので、がむしゃらに混練を続けたら、最初の1ケ月でゴールに近い材料が見つかり、一週間後にはシミュレーションのグラフとずばり適合する処方が見つかった。その後はさらに探索を進める作業と、見つかった系について耐久試験を進める作業と忙しくなった。テーマを開始して3ヶ月後には新しいコンセプトに基づく防止ゴムの実用配合と、その理論の報告書が完成していた。
まったく新しいコンセプトの材料は、試行錯誤のプロセスを経てできあがる場合が多いのではないか?

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2015.08/24 混練の知性(2)

樹脂を二軸混練機で混練するときに、分散混合と分配混合という考え方でスクリューセグメントの設計を考えるようだ。ようだ、と書いたのは、当方はこの考え方でスクリューセグメントの設計を行わないからだ。
 
「未だ科学は発展途上」で、一流のコンパウンド会社から素人扱いされ、混練のアイデアを受け入れていただけなかった体験を紹介した。そこの技術者は、分散混合と分配混合、弱練りと強練りという言葉などあたかも形式知のように使っていた。
 
しかし、その一流コンパウンドメーカーの形式知をもってしても解決できなかった問題を素人が30年前の実践知で解決したのである。一流と言われたコンパウンダーの混練の形式知とは何か調べてみたところ、某書籍に書いてあり、やはり完成された知識の体系としてまとめられていた。しかし、実際の現象には使えない形式知だと感じた。
 
分散混合と分配混合については、液体モデルに何か分散させたいときの考え方であり、様々な樹脂の混練でこの考え方が当てはまるわけではない。混練では伸張流動と剪断流動が発生し、その力で混練が進む、という形式知程度しか分かっていない、ととらえた方が良い。
 
そのほかに二軸混練機を購入するならば、KOBELCO以外はどこの混練機を購入しても同じ、と以前から感じていたが、この10年の経験からこれは正しいかもしれないと思うようになった。
 
理由は10年前に購入した同社製の中古機が未だトラブルなしで量産に使用されているのと、中古機に対するアフターサービスの良さ、そしてすでに20年以上経っているのに安定に使用できる耐久性などから、made in JAPANのブランドの信頼性の高さが裏付けられたからである。
 
二軸混練機と言えばKOBELCOというのは実践知ではなく形式知になるのかもしれない。そのくらいすばらしい装置である。中国で数社の混練機を実際に使用してみたが、KOBELCOの足下にも及ばないものばかりだった。KOBELCOの唯一の欠点は値段が高いことである。
 
もし二軸混練機の勉強をしたいならばKOBELCOのカタログをダウロードして読んでみると良い。スクリューセグメントの考え方も簡単ではあるが丁寧に記載されている。そして購入したくなったら電話をかけ相談すると、スクリューセグメントの設計まで親切に行ってくれる。依頼すればそのシミュレーション結果もサービスとして送ってくれる。ちなみに弊社は同社と無関係の中立の立場である。
 

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2015.08/23 混練の知性(1)

混練を形式知で記述しようとするときに、装置と混練される材料との関係が問題となる。すなわち高分子材料は、その種類により一次構造が異なればレオロジー特性も異なる。しかし、溶融状態のレオロジーについてはいまだ学会で議論されているレベルである。
 
材料側の物性変化が一義的に定まらない状態で装置と材料の関係を議論するとなると、科学的にどのように論理展開すればよいのか。そこで材料モデルを考案し、近似解を得られるように問題を解くわけだが、ここで怪しいことが起きる。
 
約10年にわたり、樹脂の混練技術に携わってきた。そして新しいカオス混合装置を開発し、そこから創りだされる新たな材料の特許出願もできた。この装置は日本と中国でそれぞれ稼働している。日本で量産に使用されている装置を第1世代とすれば、中国のそれは思想の進歩した第2世代である。
 
第1世代を開発したときに、社内のデザインレビュー(DR)と呼ばれる、ステージゲート法のゲートに似た仕組みを突破するためにシミュレーション技術を駆使した。そのときはDRを通したい都合で、あたかも形式知がそこにあるかのような説明をしてきた。
 
混練のシミュレーションなど普通に計算するとうまく適合した結果など出ないのだが、シミュレーションそのものを実際に合うようにパラメーターを設定して結果を出してきた。すなわち通常粘弾性の測定データを入れるところを、現実にあうパラメータの値を入力し、結果とあわせこんで計算したのだ。
 
実際にあわせて計算しているので、何のためのシミュレーションだ、というつっこみは起きるかもしれないが、実際に計算しているので捏造には当たらない。データを説明しやすいようにシミュレーションで得られるきれいなグラフィックを利用したかっただけである。
 
そのようなシミュレーションのやり方で分かったことはいくつかあるが、スクリューセグメントを設計するために行う混練機の温度シミュレーションは、実践知によく適合すると感じた。もっとも実践知が蓄積されるとシミュレーションを行わなくてもスクリューセグメントの配置から概略温度変化は予想がつくようになりシミュレーションなど不要だが、実践知が無いときには、シミュレーションされた温度データは頼りになるはずだ。
   

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2015.08/22 混練

身の回りにある高分子材料には必ず何か添加剤が入っている。高分子合成段階に添加剤も一緒に混合する方法もあるが、多くは混練機で添加剤を高分子に混練する。
 
二種以上の高分子を混ぜるときには必ず混練プロセスが必要になるが、この混練技術について誤解が多い。例えば、未だ科学で完全に解明された混練プロセスは存在しない、という事実でさえも否定する人がいる。
 
これはゴム会社を定年で退職した同期の技術者に聞いた話だが、ようやくロール混練について80%ほど科学的に解明できたところだ、とのこと。バンバリ-については未だ藪の中だそうだ(注1)。
 
だから混練について書かれた書籍は、非科学的内容と受け止めながら読む必要があるが、科学的に断定して書かれている論文に遭遇すると誤解が生まれるのも仕方がないとため息がでてしまう。
 
混練について書かれた論文を読むときにはこのような考え方もある、というぐらいの心構えが必要である。それでは、混練技術を理解するための基礎は何か、と問われるとレオロジーという抽象的な回答になる。
 
混練プロセスでは、伸張流動と剪断流動が起きており、この組み合わせで混練が進む、というのが一般的な考え方だ。そして少し古い論文には、剪断流動では細かく分散できる粒径に限界があり、ナノオーダーまで分散するには伸張流動が有利である、と書かれている。
 
しかし、2000年頃に行われた高分子精密制御プロジェクトで、高速剪断流動でナノオーダーまで高分子が分散されることも示された(注2)。すなわち過去に書かれていた剪断流動の話は混練プロセスにおけるスクリューの回転速度の範囲では、という条件付きで読む必要がある。
 
(注1)昔は闇の中、と言われたので少しは進歩した。
(注2)あの技術は分子量低下が起きているからだめな研究だ、と批判していた人がいたが、分子量低下が起きていてもナノオーダーまで分散している、という見方が実践知による見方である。なぜ500回転前後の二軸混練機で剪断流動を中心とした混練でナノオーダーまでゆかないのか、と疑問を持つことは重要である。そして1000回転以上でナノオーダーまで混練が剪断流動で進むという実践知が生まれている。ここで問題になるのは、せっかく有用な知が生まれても、実験結果に科学的な厳密性が欠けている部分をみつけ、知の全てを非科学的と否定することである。混練では少しの条件変動で興味深い結果が生まれたりすることがある。それらをどのように扱うかで技術の蓄積量が変わる。

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2015.08/21 Tg

高分子のガラス転移点(Tg)は、溶融して液状となった高分子を冷却する過程で高分子が流動できなくなり、固体となった時に現れる変曲点である。無機ガラスのTgよりも高分子のTgは面白い。
 
分子レベルでは運動性を失っていないので、分子を眺めることができたならば微小領域の隙間を観察すると、犬のしっぽのように高分子の端がぴくんぴくんと動いている様子を見ることができる。
 
この部分は、高分子の自由体積(部分)と呼ばれる。すなわち高分子を溶融状態から急冷すると非晶質となるが、この状態で、完全に分子運動が凍結された部分と自由体積部分の二つの構造ができる。
 
結晶性高分子では、さらに非晶質状態の中で規則性が高い構造もできるので、高分子の急冷プロセスでは3種類の高次構造ができることになる。これらは構造の特性が異なるので、急冷した高分子を熱分析、例えばDSCをTg温度を超えるあたりまで測定したときには3種類の変曲点が現れても良さそうだが、DSCの感度はそこまで高くなく、Tgが一つ観察されるだけである。(ただし、結晶性高分子では結晶化温度Tcで鋭いピークを示すので、2つ現れることになるが)
 
二種以上のコポリマーでは二つ以上Tgが観察されるが、ここでは話を簡単にするために1種類の高分子で考える。さて、DSCで観察されるTgは、結晶化温度を示すTcのピークのように鋭く現れない。明らかなピークとして現れず、時にはわかりにくい情報となるが、高分子のプロセシングの履歴をそこに観測することができる。
 
教科書を読むとTgはTcのような相転移ではないのでDSCでは、熱エネルギーの解放あるいは吸収を示すピークとして観察されない、とある。そしてただ比熱が変化するのでベースラインの変化が観察されるだけ、とそっけない説明である。
 
昔そのベースラインの変化量は高分子の自由体積の量を示している、と習った。そして、DSCでTgを計測してそのような単純なグラフとして現れた時にはうまく測定できた、と思っていたが、Tgが現れなかったり(注)、ピークとして現れたりするデータと遭遇するようになり、その意味の奥深さを味わっている。いまだ実践知と暗黙知の残っている世界である。
 
(注)DSC測定において、Tgが観察されない場合の隠し技がある。Tgが観察されないからTgが無い、という結論は正しくなく、そのような材料でもTMAを用いるときちんとTgが現れる。隠し技を用いるとDSCでも本来のTgが現れるようになる。
  

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2015.08/20 コーリーの逆合成

プロスタグランジンの全合成で有名なコーリーは、天然物の骨格合成手法の開祖と習った。彼は、それまで職人芸的であった天然物の人工的合成ルート探索手法をコンピューターでもできるようにした、有機合成のイノベーターでもある。
 
彼の合成ルート探索手法のキモは、ターゲットの化合物をスタートにして逆に合成ルートをたどりながら考える手法「逆合成」である。人工知能分野のエージェント指向という考え方もこの手法をとっていることで知られているが、これは有機合成分野において1970年代にコーリーが初めて成功した合成ルート探索手法であると学生時代に習った。
 
学生時代に、合格率が20%以下という有機合成化学の試験で毎年この問題が出ていたが、知らないかあるいは手法を身につけていない人は追試を受けなければならなかったので、化学系学生には有名な手法である。
 
ところで、この逆合成手法の「問題を逆から考える」、あるいは「問題を結論から考える」、という問題解決の手法を提唱したのは、コーリーが初めてではない。受験参考書で有名な数件出版社のチャート式数学には、チャートとして「文章題では、結論からお迎え」という標語が1970年以前から掲載されていたからだ。
 
このように問題を結論から考えると解決策がわかりやすい、という実践知は、かなり昔から知られていた可能性がある。例えばニュートンも万有引力の法則を逆から論理展開して導いている。この意味でニュートンの方法を非科学的という人もおり、科学の存在そのものが怪しい時代で、言うまでもないがチャート式数学など無かった。
 
科学的な推論は仮説から始まり、順方向に問題を解いてゆくことなので、逆からの推論は非科学的となるのだが、受験参考書にも書かれているように、問題の解決の見通しを選るのにこれほど良い手法は他に無い(注)。
 
今や目標管理が企業のマネジメントの中心になり、社長方針から各部門各組織へそのブレークダウンを行っているように、仕事の問題も逆から考える習慣になりつつある。問題を逆から考えると解きやすい、と言うことが分かっていても、実務に普及するのに少なくとも40年以上の年月がかかっている。
 
(注)弊社の運営するサイト「未来技術研究所(www.miragiken.com)」をご覧ください。

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2015.08/19 シクラメンの香り

秋から冬にかけて楽しめるシクラメンの香りは、布施明が歌って、40年ほど前の学生時代にヒットした曲だ。小椋佳作詞作曲のこの歌にはシクラメンの香りの特徴がうまく表現されている。ちなみにシクラメンのほのかな香りの成分にゲラニオールというテルペン類のアルコールが含まれている。
 
大学の卒業論文ではジケテンを出発物質としたゲラニオールの合成ルートを研究した。詳細は省略するが、このゲラニオールの合成研究では、失敗すると、精製分離したときにとてつもなく臭いにおいの物質が分離カラムから出てくる。
 
実験で失敗したのか成功したのかこれほどわかりやすいテーマは無かった。もちろん成功すれば鼻歌を歌いたくなるぐらいの良い香りが辺り一面に漂い、大学の事務の女性が実験室をのぞきに来たりした。このテーマのおかげでもてたのだ。
 
また、原料のジケテンはにおいをかぐこともできないくらいの刺激臭なのに、これが大変良い香りに変わるのが、頭で理解できていても不思議だった。不飽和脂肪酸では二重結合の位置が異なると腐敗臭になる、とか、何とかと言う化合物は水添される前はとてつもなく臭い、とか、試験問題として出されても、当時その臭さの理由を答えることができた。それでもゲラニオールのすがしい香りは不思議だった(注1)。
 
頭で理解できているのに不思議に思う感覚が重要であることに気がついたのは、ゴム会社に入社してからである。頭で理解できても分かったと思うな、と指導社員に教えられたからである。
 
実践知や暗黙知を学ぶときに、頭で理解できることは伝承の手続き上重要であるが、これらは形式知ではないので、頭で理解できていない知の世界が存在する。だから頭で理解できても分かったと思うな、と指導社員は言われたのだろう(注2)。
 
学校教育の効果かもしれないが、人間はまず頭で理解できなければ、なかなか身につかない。感覚的に理解するというのが苦手になってしまった。逆に頭で理解できれば教えられた形式知をすぐに実行できる便利な動物に進化しているのだが、科学誕生以前の遙か昔はうまくできたかもしれない技術の伝承が、現代は下手になっているような気がしている。
 
(注1)だから詩になったのかもしれない。何ともいえない不思議な良い香りだった。年をとり香りに鈍感になるのは悲しいことである。昨日花屋の店頭にあったシクラメンに気がついたのは、鼻ではなく目である。
(注2)バンバリーとロールを使いゴムを混練するプロセスは二軸混練機と異なり、混練状態を途中で観察することが可能である。わかりやすいプロセスであるが、二本の回転しているロールに巻き付いたゴムが時間とともに変性される現象は、今でも不思議に思う。ニーディングディスクやロータの組み合わせで混練状態が変わる二軸混練機よりも単純であるが奥の深いプロセスである。業務を担当して間もない頃、一日回転するロールのゴムを眺めていたがどのように混練が進むのか結局理解できなかった。平衡状態になっているように見えても、粘弾性を測定してみると、再現できないわずかな違いが現れる。誤差と呼ぶには大きな差が観察された。指導社員が面倒でもパイロットプラントレベルで試作したゴムを使え、と言われた理由を理解できた。

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2015.08/18 技術を重視した開発

科学は形式知として重要である。しかし、自然現象のすべてを形式知で理解できるわけではない。形式知で理解できる現象は限られている。換言すれば自然現象を科学的に理解するために人間は特殊な条件を設定してそれを見ているにすぎない。
 
これを補う能力として、人間には実践知や暗黙知がある。数年前TVで紹介された映像によれば、カラスでもこれらの知能を少し持っているようだ。カラスでも持っているような「知」なので人類は皆備えているのではないか。また、学校教育を受ける前の幼児が一人遊びできるようになるのはこの知能のおかげであるとも教育番組で放映していた。
 
ところが学校教育では形式知を中心に教育が進められている。アカデミアでは形式知一辺倒である。たまたま実践知や暗黙知を活用した研究者がノーベル賞を受賞しているが、実践知や暗黙知を活用する研究者は少ないようだ。しかし、アカデミアは知を追究するところでもあるので形式知以外の知もそこで扱うべきではないか。アカデミアの役割には真理の追究以外に知の追求と言う仕事もある。
 
企業には実践知や暗黙知の重要性を技術者に指導しているところもある。一方で科学に忠実に仕事を進めることを技術マネジメント(MOT)と勘違いしている経営者もいる。当然そのような企業では事業の企画も科学の美しさに魅かれた企画が中心になる。また、科学以外を排除しようとする極端な管理職も現れる(TRIZやUSITを推進しようとするのもその一例)。
 
ところで、技術開発の使命は自然界の現象から人類に役立つ機能を取り出し、それを製品に組み込み新しい価値を市場に提供することととらえたときに、もしこれを科学の知識だけで行ったらどうなるか。
 
科学情報が普及している現代ではすぐにそのような技術はコモディティー化することが予想される。それを防ぐために特許があるが、保護されるのは高々20年間である。20年後には形式知だけで組み上げられた技術は公知の科学的情報により容易にリベールされ、どこでもだれでも活用できるようになる。
 
自然界には,今でも科学で理解されていない現象が存在(注)している。それらの中には永遠に科学で理解できない現象もあるかもしれない。科学だけに頼っていては、それで理解できない現象を機能として利用できないだろう。
 
一方で、人類には実践知と暗黙知を蓄積できる能力があり、科学誕生以前にはそれらで自然現象を理解してきた。職人は後者を熟練というプロセスで獲得した機能を安定に製品へ創り込んできた。
 
技術者にも暗黙知や実践知は重要であるが、それらをメーカーでなければ学ぶことができない。ところがそのメーカーで科学一辺倒のMOTを行ったらどうなるか。それらを学ぶ機会がなくなる。
 
補足になるが、実践知や暗黙知で問題になるのは、これらが属人的な特性である点だ。また、うまく伝承するにも時間と工夫がいる。一つの工夫として形式知である科学を「利用」する方法がある。詳しくは弊社へ問い合わせていただきたい。
 
(注)PPSと6ナイロンが相溶する現象は、プロセスを工夫すると起こすことができる。通常科学的にはコンパチビライザーを用いる。これを用いていない、PPSと6ナイロン、カーボンという単純な三元系で製造されている中間転写ベルトが約10年近く市場で使われている。この技術のリベールは特許を取り寄せても難しいと思っている。

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2015.08/17 新入社員実習

ゴム会社の新人研修は、人事部所属で半年という長期間だった。その半年間に座学と現場実習を繰り返し、徹底的に会社の全体業務を学べるようにカリキュラムができていた。そして研修終了後、各人の希望を第3希望まで面接で話し合い、配属が決まった。
 
今もそのように行われているかどうか不明だが、人材を大切にする会社というイメージは、研修にも現れていた。この研修カリキュラムの一つに技術サービス実習があり、そこでの体験を書いてみる。
 
某支店で1ケ月実習したのだが、ある日指導社員に連れられて、某タクシー会社を訪問した。そこにはゴム会社の材料部門の開発担当者も来ていた。そのタクシー会社で、5台のタクシーについているタイヤの各種パラメーターをそれが装着されたままの状態で測定するのが当方の仕事だった。
 
帰り道、喫茶店で打ち合わせが行われ、その時初めて仕事の内容の説明を受けた。指導社員は状況をご存じだったのだが、統計的なデータを得るために事前情報を隠していた、と詫びられた。
 
驚いたのは、商品企画テーマとしてまだ採用されていないような基礎段階の材料を市場で検討していたことだ。基礎研究段階の配合なので万が一に備え、担当者は毎月このようにチェックしながらデータを集めているという。
 
タイヤの品質を落とさないため、新材料を一部に使っているだけなので、その品質は商品とほぼ同等か、商品よりも品質が上がっているとのこと。実際測定データはそのようになっていた。
 
2種類の新材料がタイヤに使われており、その比較として既存のタイヤが統計的に5台のタクシーに配置されているのだという。実車で新技術の可能性を試してから、企画を立案するのが、担当者の仕事のやり方だと説明してくれた。
 
基礎検討段階から市場で技術を試す考え方は、研究開発のスピードアップのために良い考え方だと学んだ。また、それを実現するための統計的品質管理手法も指導していただき、研究所に配属されても統計学を勉強する動機付けになった。

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